我が愛剣である七星餓狼と、相手の得物の打ち合う音が甲高く響く。
既に百合は超えたな、だが少しも減速しない斬撃に私は喜びを禁じえない。
「流石は神速の張遼、この夏候惇、貴様と闘えてこれ程の喜びはないぞ」
「そりゃお互い様や、今のウチとまともに戦えるモンはそうはおらんで」
むっ、更に速くなった。
捌ききれぬ攻撃に身体の各所から血が流れる。
だがそれがどうした。
私は華琳様の剣、華琳様の道を切り開く命を持つ者、いかに傷つこうが我が魂にかけて敵を倒す。
「ええなあ、まるで修羅を思わせるその闘気。でもな、ウチにも負けられん理由があるんや、ここは絶対通さんで」
張遼からも私に劣らぬ闘気が溢れ出る。
「いくぞ、張遼!」
「来いや、夏候惇!」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第16話
明命から雪蓮の言伝を聞いて、急ぎ軍議を開く。
「連合が総攻撃を掛けてくる算段なら、明日にも撤退して虎牢関で籠城しようと思う」
俺の提案に軍師達が同意する。
「僕も賛成よ。下手に様子見するより素早く動いた方がいいわ」
「撤退に異論はありませぬが、言伝は確かなのですか?」
「そこは信用できると思う。騙すより黙っていたほうが連合には利がある情報だ」
皆が頷き、今後の行動を決める。
馬軍は明日の戦闘中に撤退して虎牢関に先に向かう。
翠にはそのまま騎兵五千を率いて洛陽に向かってもらい、美羽達と合流して交渉の役目に参加してもらう。
漢の忠臣である馬騰殿の娘が董卓陣営の味方と喧伝すれば、朝臣達への工作の効果は間違いなく上がる。
翠の武は惜しいが、優先すべきは一刻も早い勅の獲得だ。
それに連合内に変化があるのなら、別働軍を出してくる可能性もあるかもしれない。
翠なら洛陽に待機している袁・董の兵を統括して対応できる。
蒲公英は残りの馬軍を率いて俺達と共に戦う。
翠が龐徳を補佐につければ大丈夫だと太鼓判をくれた。
陳宮は翠と一緒に虎牢関に向かい、霞達への報告と籠城の準備を整えてもらう。
俺と凪、そして賈駆は明日の防衛を行い、夜半に全軍撤退する。
連合に気付かれない様に撤退の準備も防衛中に行い、戦闘が終われば直ぐに兵を休ませて撤退に備える。
虎牢関への行程は約半日、連合が追いついてくるまでに入関する。
「これらを基本にして、賈駆、陳宮と細かなところを調整するから皆はもう休んでくれ。休める時に出来るだけ休んで欲しい」
「それならば宰相もです」
「ありがとう凪。大丈夫無理はしない、先の事を考えれば必ず休むから」
全く、こいつは分かってないわね。
そういう事じゃないでしょ。
あんたがどんなに元気でも心配なのよ、大事なのよ。
「楽進、いいから御遣いも休ませなさい。後は僕とねねで決めとくから」
「えっ、ちょっと、賈駆?」
「ありがとうございます。行きますよ、宰相」
「ま、待って、凪。そんな訳には」
「うっさいわね、さっさと行きなさい。居ても足手まといよ」
御遣いを楽進が連れて行き、馬超達も出て行った。
「詠も素直でないのです」
「余計な事言わなくて良いわよ」
そもそもあいつは、月や僕達がどれだけ感謝してるか全然分かってないのよ。
今までのあいつの態度から分かったことがある、あいつの心に僕達に対する嘘は無い。
世の中が単純な善悪で成り立っていないのは充分判っているのに、人を信じる心を持ってる。
月の民を大事にしたい気持ちを、月を思う僕達の心を信じてる。
それだけで戦う理由には充分だと考えてるのよ。
月が真名を預けようとしたら、「恩で受け取りたくない。戦友として戦いが終わってから受け取りたい」って誠意の固まりみたいな返事をした。
無自覚にどれだけ格好つけるのよ。
月、真っ赤になってたじゃない!
そのくせ強かなところも持ち合わせてる。
守るのに充分な物資をしっかり用意して、賄賂だって時と場合によるって使うのを躊躇わない。
僕達と合流する為に洛陽の南から来たのも、今回の戦に参戦する為に劉表に領土を通らせてもらっておいて、どちらに味方するかは言わなかったと聞いた。
さぞかし劉表は慌ててるでしょうね、連合からすれば加担してるようにしか写らないし。
劉表が勝手に判断したという理屈で、悪戯が成功した子供みたいな笑顔で話してた。
恋が「あったかい人」って言ってたけど、何となく分かる。
あいつがいれば大丈夫って思ってしまう。
悔しいけど、月はあいつに惹かれてるだろうな、多分、僕も。
「詠、顔が赤いのです」
「うっさい、さっさと決めて僕達も休むわよ」
「雪蓮、明命が戻ったぞ」
「よしよし、これで一刀への借りも少しは返せたわね」
「悪い奴だな。曹操と手を組みつつ御遣いにも恩を着せるとは」
あら、人聞きの悪い。
「これくらい曹操だって予想の範疇よ。あの娘の目的も連合の勝利ではなくて、一刀と矛を交えるのを楽しんでるだけだもの」
「お前に負けず劣らずの戦闘狂か」
「失礼ねえ、私は血が騒いで見境いなくなるだけで、曹操は戦で光る人の才を見るのが好きなだけよ」
「どっちもどっちだ」
なによう、冥琳のいけず。
「それで、冥琳、明日中に撤退の読みは当たると思う?」
「まず間違いないだろう。明後日は我々が先陣だ。汜水関攻略の武名でこの戦は充分だ、あとは諸侯に任せよう」
「少しは暴れたいんだけどなあ」
「我慢しろ、こんな茶番劇に血を流す必要は無い。明日の晩には進んで戦わねばならない者が多数現われるのだからな」
フフ、袁紹の怒る顔が目に浮かぶわね。
一体どういう事ですのっ!
目の前で起こっている惨状に、優雅なわたくしも怒りが隠せませんわ。
「斗詩さん、猪々子さん、一体どういう事ですの!どうしてわたくしの兵糧が燃え盛っているんですの!」
「姫様、他の諸侯にも同様の被害が起こってます」
「無事なのは直ぐに火事に気がついたところだけだ。姫、うちは半分を失った」
「兵糧の管理をしていた淳于瓊さんは何をしていましたのっ!」
「その、酔っ払って寝てたそうです」
あ り え ま せ ん わ っ !
「首を刎ねておしまいなさい!」
「あいよ、それで姫、どうする?」
「即刻、諸侯を呼び集めなさい!」
「絶対に御遣いの仕業に違いありませんわ!もう、絶対に許しませんわ!」
あらあら、麗羽ったら怒髪天を衝くって感じかしら。
犯人は私と孫策なのだけど。
それにしても予想以上の結果ね、ここまで大きな損害が出るとはね。
私達は偽装した分を燃やしただけだけど、最小限の被害で抑えたのは真面目に警邏していた関羽と公孫讃だけ。
他の諸侯は、まさか半分以上失うとはね。
少し計算が狂ったわね、私が進言するまでもなく明日から総攻撃となったわ。
私の軍は孫策の後詰、でも私や軍師達の予測では汜水関は空の筈よ。
総攻撃は虎牢関が本番。
一刀、私は手加減しないわよ、見事私の攻撃を耐えて見せなさい。
夜が明けてきた。
虎牢関まで、あと三分の二といったところか。
俺は凪と賈駆と共に撤退の最中だ。
「それにしても昨日の晩の連合から出てた火、かなりの規模だったけど、一体何があったんだ?」
「あんたから聞いた話と状況から推測すると、孫策が連合に総攻撃をさせる為に諸侯の兵糧に火を点けたんだと思う」
「味方の兵糧に火を点けたのですか?」
「間違いないと思う。それに協力している諸侯もいるわね、単独とは思えないわ」
脳裏に心当たりのある人が浮かぶ。
「気付かれないように火が消えるまで撤退出来なかったから、予定より大分遅れてる。夜も明けてきたし進軍速度を速めよう」
二人と話していたら、ん!何だ、前方から馬蹄?
「あれは華の旗、華雄将軍では」
「ちょっと、どういう事よ!」
華雄、まさか。
華雄の率いる騎馬隊は俺達が呼び止めるのを無視して走り抜けていく。
門に岩を置いて閂をかけている。
フン、つまらん小細工をしおって、所詮臆病者の考える事だ。
戦に出ていながら必勝を期せず、敵であった馬超を味方にするなど、最早我慢ならん。
「我が武で連合など蹴散らしてくれる、早く岩を除けよ」
さあってと、空っぽの汜水関を陥としにいきましょうか。
布陣を終えて攻撃の指示を出そうとした時、門が開いて兵が出てきた。
先頭に立つ者の名乗りが聞こえる。
「董卓様に仇名す愚か者達よ!我が名は華雄、天下に武を轟かす者也。臆病者の御遣いを倒せぬ者共が、この華雄の首を取れると思うてか」
私はその声を無感動に聞いている。
「・・暴走だな。御遣いの指示ではあるまい。どうする、雪蓮?」
「冥琳、祭、穏。貴女達は汜水関を陥としておいて。私はあの底抜けの馬鹿に用があるから」
「引き受けよう」
「思うようになされよ、策殿」
「わかりました~」
不愉快よ、不愉快だわ。
私と一刀の戦いが、あんな屑の所為で水を差されるだなんて。
「春蘭、秋蘭、孫策軍が汜水関を陥としている間に門を突破して、一刀を追って捕えてきなさい!」
「華琳様、よろしいのですか?」
「あの屑の手綱を掴みきれなかった一刀の責よ、いきなさい!」
「「御意」」
「待ってくれ、張遼将軍のせいじゃない。この戦の総大将は俺だ、責は全て俺にある」
そう言ってくれんのは有り難いけどな。
華雄の暴走を止めれんかったのは、全部ウチの所為や。
華雄が不満を持ち続けとったんは分かっとったのに、いい加減煩わしくて放っておいたら、この始末や。
気付いた時にはもう遅くて急いで追ってきたけど、華雄の直属も騎馬隊や、とっくに汜水関に着いとるやろ。
おそらく即効で負けとる。
連合も目端の利くヤツが急いで追ってくるやろ。
そのうち他の連中も来る。
御遣いがやられたら完全に終わりや、絶対に虎牢関に袁術軍全てを入関させなあかん。
だからウチが殿を務める。
アンタはウチらの希望なんや。
「ええから早う行き、月を頼んだで」
「張遼将軍」
理屈では分かってるんやろな、そんな苦しい顔せんでええのに。
やっぱりええ男や。
「そうよ、早く行きなさい。後は僕と霞が引き受けるから」
「賈駆!」
ウチも驚いた、詠、アンタがそないな事言うなんて。
「霞だけじゃ強い将がいた時に兵への指示が出せなくなるわ。兵への指示は僕が出す。あんたは早く行きなさい」
そっか、詠も御遣いを信じとるんやな、自分がいなくても月を守ってくれるって。
「よっしゃ、詠、頼りにしてんで」
気合が入ってきたわ、一刻でも時間を稼いだる。
詠と一緒に向かおうとしたら御遣いに呼ばれた、それもまさかの言葉で。
「霞、詠」
「ちょ、ちょっと待ちいな、アンタ」
「僕達の真名」
「そうだ。俺は君達の許可も得ずに真名を呼んだ。勝手に真名を呼ぶ者は斬られても文句は言えない。だったら俺の命は君達のものだ、どんな事にでも従う。覚えていてくれ」
御遣いがウチらの真名を無断で呼んだ理由を悟る。
自分の命を使って、ウチらに死ぬないうんか。
アカン、笑いが止まらん、こいつホンマもんの阿呆や。
「そうかそうか、アンタの命はウチらのもんか。そんじゃ遠慮はいらんなあ、アンタ、一刀いうんやろ、そう呼ばせて貰うで」
「あんた、馬鹿よ。大陸一の馬鹿よ。・・ちょっとこっちに来なさい、引っ叩いてやるわ」
詠の言葉に一刀が近寄っていくけど、ホンマに叩くきかいな?
詠が右手を振りかぶって一刀が目を瞑ったら、顔を引き寄せて口付けしよった。
おお!やるやんか、詠、ウチもやればよかった。
一刀が目を見開いて驚いとる間に、詠は踵を返して馬を走らせる。
顔、真っ赤っ赤やったな。
「そんじゃ、ウチも行って来るわ。今度ウチともな」
詠と同じように踵を返して、馬を走らせる。
さあ行くで、張文遠、一世一代の晴れ舞台や!
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明命から伝えられた雪蓮の言伝
戦況に大きな変化が訪れる