「稟、進行状況はどうかしら」
「順調です。華琳様、諸侯の反応はいかがでしょうか?」
「まだ余裕があるわね。自分達の足元に火が迫っている事にも気付かずに」
一刀を愚か者扱いして事実から目を逸らしてるけど、本当の愚か者はあの屑どもよ。
「直に気付くでしょう、その時には既に連合は我らの操り人形です」
「期待してるわ、貴女たちの才、存分に見せてみなさい」
孫策と手を組んだ日から、私と孫策の軍師達が動いている。
思い出すと不愉快な事もあるけどね、一刀め、あの種馬。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第15話
「一刀殿は宮廷工作で停戦の勅を得ようとしてる筈です。華琳様、それは可能でしょうか?」
「時間はかかるでしょうけど、不可能ではないわ」
私は洛陽で任官していたし、皇帝の宦官を務めていた祖父の関係で朝廷の在り様は他者よりも知っている。
情けない話だけど、賄賂は有用ね。
「では、そのかかる時間は?」
「一ヶ月、というところかしら」
稟が周瑜に問いかける。
「周瑜殿、一ヶ月で一刀殿の守る汜水関と虎牢関を突破し、洛陽まで軍を進める事が出来ると思いますか?」
「無理だな。御遣いが相手では正攻法しか使えない。情報通りなら挑発や小細工が効く相手とは思えん」
「私も同感です。一刀殿は武や智ではなく、心で戦う将と私はみてます。芯が通っているとでも申しましょうか、苦境にあっても心が折れず、兵の戦意を保ち続けられる将と」
「厄介ですね~、勝敗は相手の心を折った者が勝つものですし~」
「あいつに籠城なんてやらせたら壁を殴り続けるようなものよ。それに籠城に有用なものを大量に保持してるし、まともに攻めたら此方の被害が相当なものになるわ」
「短期戦で勝つには総力を挙げた波状攻撃しかありませんねー。ですが余程追い詰められないと諸侯は協力しないと風は思います。別働軍は袁紹さんが認めないでしょうし。」
正面から打ち破る事しか麗羽の頭にはないでしょうね。
確かに、守りに入られたらこれ程厄介な敵はいないわね。
でも、此処にいる者達は大陸有数の頭脳の持ち主よ。
「でしたら、我々は策を連合側に仕掛けましょう」
この結論を基に両陣営が暗躍を始めてる。
一刀、私たちの刃を貴方はどう受け止めるのかしら。
元気の無いお姉様に、同じように元気の無いたんぽぽが声を掛ける。
「お姉様、遂に出番が回ってきちゃったね」
「言うな、全く関相手に騎馬兵でどうしろってんだよ」
たんぽぽも同じ気持ちだよ。
「飛んでくる矢から逃げる為?」
「あたしらは狩られる獣かよ。たんぽぽ、何か策はないのかよ」
「無茶言わないでよ。たんぽぽが猪のお姉様より賢いからって、軍師じゃないんだよ」
「誰が猪だっ!」
たんぽぽ達がおば様から「連合に参加して見極めてきなさい」と言われて、参戦したら天の御遣い様?が敵になってた。
私達は同じ涼州の董卓さんとは顔馴染みだったから暴政なんて信じてないし、むしろ叔母様に助けに行こうよと言ったけど、苦しい顔で駄目だって言われた。
叔母様は病気で療養中だし、何より漢の臣としての叔母様の生き方を否定する事になる。
苦渋の決断なのは皆が分かったから何も言えなかった。
お姉様は元気がなくて口数も少なかったけど、こんな絶望的な状況で董卓さんに味方した御遣い様に、「凄いよなあ」って感心してた。
たんぽぽも思った。
戦いが始まる前に御遣い様の事を知ってれば、たんぽぽ達は董卓さんを助けに行けたんじゃないかって。
「お姉様、ひとまず布陣して様子を見ようよ。被害が出ない程度に距離を取って」
それで、汜水関の前まで来たんだけど。
・・何で門が半分開いてるの、罠だよ、絶対罠だよ。
「たんぽぽ、どういう事だよ!」
「知らないよ!でも絶対罠だよ、子供でもわかるよ」
あ、門から誰か出てきた。
あれって、あれって。
「・・なあ、あれ御遣いじゃないか?」
「・・うん、御遣い様だね」
駄目だ、罠って誰の目にも明らかなのに、とんでもない餌が出された。
こんなのお姉様が挑発されて罠に飛び込むに決まってる。
お姉様が御遣い様に近づいていく。
大将同士の会話、たんぽぽに口が出せるわけないよ。
・・ぎりぎりか?
この距離、御遣いが反転して関の入り口で待機してる将と合流できるまでと、あたしの槍が御遣いを貫くまでの時間。
御遣いの馬術がどれくらいか知らないけど、あたしの馬術なら間違いなくあたしの方が速い。
御遣いが話しかけてきた。
「お初にお目にかかる、袁術軍宰相、北郷だ」
「あたしは馬孟起、西涼太守、馬寿成の名代で軍を指揮してる」
落ち着いてるな、名だけの奴じゃなさそうだ。
「馬超将軍、ひとつ聞きたい事があるんだ。答えて貰えるかな?」
「・・答えれる事なら」
「ありがとう。多分予想してると思うけど、馬騰殿は董卓殿を逆臣として討つ為に君に参戦させたのか?」
やっぱりか、そうだよ、あんたと違って母様は逃げたんだよ。
でも病気じゃなかったら、あたしが不甲斐無いから母様は。
「そうだよっ!漢の臣として逆賊董卓を、そして加担したあんたを討つ為に参戦したんだよ」
あんたに何が分かるってんだ。
さあ、いくらでも詰ってみろ、その代わり必ずあんたに銀閃を食らわせてやる。
あたしは全身に力を込めて備える。
でも御遣いは、優しい目であたしを見てる、どうして。
「わかった。答えてくれてありがとう。あと追いかけてきたら駄目だよ、罠だらけだから」
笑顔で戻ろうとする御遣いを、あたしは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あんた、あたしを挑発するつもりだったんだろ?」
「うん、そのつもりだった。君を捕らえて馬軍を連合から脱退させようと考えて。後の事を考えると董卓軍と馬騰軍に強い遺恨を作りたくなかったからね」
「後の事って」
「この戦が終わったら、董卓殿には長安と天水を治めてもらうんだ。同じ涼州人が戦ってもいい事なんてないし」
御遣いは何言ってんだ?
長安って、この戦で董卓軍は滅びるじゃないか。
そんなあたしの考えを読んでか、御遣いが強く言った。
「滅ばないよ。俺は、俺達は絶対に負けない」
あたしは御遣いに母様と同じものを、本当に強い人の大きさを感じた。
・・不思議だよな、あたしもあんたは負けないって思えてきた。
待てよ、それじゃ何で?
「どうしてあたしを罠に嵌めないんだ?その方が都合がいいだろ」
御遣いは答える。
「あんな悲痛な顔で言われたら本心じゃないのは直ぐに分かるし、君の人為りを見て無益な戦いはしないと思った。それに、君を捕えて馬軍が退くかは確証が無い。天秤にかけて、君を信じる方がいいと考えたんだ」
そこまで考えたのか、すっげえよ、器が違う。
ごめん母様、あたしは決めた!後悔したくないんだ。
・・一体何なんだ、この状況は。
馬超軍の後詰として後方に待機していた私は、目の前で起こってる事が理解できない。
最初は馬超と御遣いが舌戦でもしているのかと遠目で見ていたが、いつまで経っても戦闘は起こらず布陣したまま動かない。
何かあったのかと斥候を走らせようと思ったら、馬超軍の一部が動き出して汜水関に入っていく。
突撃でもなく、行進しているように。
御遣いが降伏したのかとも思ったが、こちらを向いている騎兵がいる。
あれは、御遣い?
さっぱり状況が判らない。
急ぎ馬超に使者を送るが作戦遂行中とだけ返ってきて、幾度か繰り返す内に馬超軍は全て入関した。
「つまり白蓮さん、貴女は馬超軍が御遣いの軍に投降するのを黙って見ていたという訳ですわね」
「そういう事になる。すまない」
あの後、馬超から使者が来て連合を抜け御遣いに合力すると伝えられた。
諸侯は騒然とし、麗羽は血管が切れるんじゃないかと思うほど怒り心頭だ。
「白蓮さん!この責任どう取るおつもりですの。無防備な状態だったのでしょう、殲滅出来たんじゃありません事」
「ああ、攻撃を仕掛けてたら出来たと思う」
その通りだ、何も言い返せない。
「落ち着きなさい、麗羽。こんな前代未聞な事が起これば、普通は困惑して身動きがとれなくなるわよ」
曹操、そうだよな、普通の反応だったんだよな。
「その通りね。普通の人間なら無理もない反応よ」
・孫策、そうだよな、普通の人間なら。
「白蓮殿を攻めるのは酷であろう。普通ならありえぬ。御遣いが常軌を逸してたとしか言えない」
・・愛紗、そうだよね、私は普通だし。
「分かりましたわ、普通の白蓮さんに私のような非凡な真似を求めるのは確かに酷ですわ。ですが、これからの働きはしっかりやって貰いますわよ」
・・・うん、普通なりに頑張るよ。
「あんた、馬鹿!?結果は最良だったけど下手すればその首飛んでたわよ」
「全くなのです。ねね達が考えた策を全部台無しにして、敵の前でのんびりと入関するなど非常識にも程があるのです」
「宰相、もう少しは、いえ、全力で御身の安全を考えてください!」
「うん、あたしが言うのも何だけどその通りだと思う」
「だよねえ、あんな無茶な事する人、大陸中探しても居ないよ」
お姉様が御遣い様に一緒に戦いたいと申し出て、自分が殿になってる間に兵を入関させてくれって頼んだら、御遣い様は手信号らしきものを関の入り口で控えてた将に送って、馬軍を受け入れてくれた。
後で紹介されたその将の楽進さんは真っ青になってたね。
ただ入関の方法は決して慌てずに、ゆっくりと順番に入ってくれと言われた。
お姉様は御遣い様の言葉どおりに実行して、兵の困惑を眼力で必死に抑えてた。
関の上にいる袁術軍の人達も固唾を飲んでたんぽぽ達を見ていたよ。
誰一人と言葉を発しない、異様な戦場があったんだ。
そんな状況で、御遣い様は後詰の公孫讃軍の方を向いて平然としていた。
あの人、絶対人間じゃない。
そして全員が入関して、門が閉じられた。
その瞬間、かなりの兵がへたり込んで、馬上じゃなかったらたんぽぽもだよ。
その場にいる人達が表現できない空気に当てられてると、御遣い様の声が響き渡ってきた。
「皆、勇猛で大陸に名を轟かす馬軍の者達が味方となってくれた。これは俺達の勝利が、更に確実となった証だ。我等が力を合わせれば必ず勝てる。この天の御遣い、君達と共に勝利を掴む!!」
「「「「「オーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
天に届くんじゃないかって程の大歓声。
へたり込んでた兵達も皆立ち上がって気を吐いてた。
叔母様、たんぽぽ達は絶対勝つよ。
御遣い様が色んな人に攻められてる、傷の手当てをしてるから静かにして欲しいんだけどな、手元が狂っちゃうよ。
私と朱里ちゃんは、衛生兵として御遣い様の軍に従軍してるの。
こうなったのは私が御遣い様にお願いしたから。
私の駄目な理由が朱里ちゃんや愛紗ちゃん達を苦しめてる事に耐えられなくて、御遣い様に教えて欲しいとお願いしたんだ。
御遣い様は教える事は出来ないけど切っ掛けになるかもって、今回の戦に連れて来てくれた。
愛紗ちゃん達と戦う事になるかもしれないって聞いた時は凄く嫌だったけど、前線には出ないでいいと言われたし、朱里ちゃんも勧めてくれた。
私が手当てしてるのは、御遣い様が自身の短刀で傷つけた掌。
動揺を悟らせない為に痛みで心を押さえつけたって。
やっぱり分からないよ、御遣い様と私じゃ比べるのも恥ずかしいくらい。
一体どこがそっくりなの?
ふう、やっと解放された。
俺は外の空気が吸いたくなって、関の望楼で連合の夜営の様子を眺める。
掌の傷が少し痛むけど、傷を負うことに慣れてきた。
人が死ぬ事も、人を斬る事も。
以前の俺は余程の状況じゃない限り前線に立つ事は無かった。
今の俺なら、戦場で皆の隣に立つ事は許されるのだろうか?
華琳、皆。
慣れてはきた、でも怖い気持ちは変わらない。
今日だって、本心は怖くてたまらなかった。
今も思い出すと膝が震える、傷の痛みを堪えるほうが楽だったんだ。
俺は期待を寄せる人達にいつまで応えられる?
俺には特別な武も知もない。
足りない分を補う為に努力はしてるが、それでも足りなかったら?
俺のせいで、・・・駄目だ、この考え方は駄目だ。
俺が必死に悩みを振り払っていると、
「宰相」
凪が近くに来ていた。
「凪、どうかしたのか?」
俺は努めて明るい声で返事をした。
「夜風はお体に触ります」
「大丈夫だよ、俺だって鍛えてるし。そうだ、昼間の手信号、初めて使ったけど迅速に対応してくれて助かったよ。流石は凪だ」
あの手信号は言葉を発せ無い時の袁術軍幹部用の伝達手段。
いざという時の為に考えておいたけど、こんな形で役に立つとは思わなかった。
凪は何も言わずに、俺を抱きしめる。
「凪?」
「宰相、私には貴方の苦しみは分かりません。ですが、私はずっとお傍にいます。私の全てを貴方に捧げます。どうかお一人で全てを抱え込まないでください」
凪。
俺は凪という女の子を知ってる。
口下手で恥ずかしがりやで感情を表現するのが苦手な、それでいて真っ直ぐな優しい女の子なのを。
そんな凪が気持ちを伝えてくれた事が嬉しくて、凪が一緒に居てくれるのが嬉しくて、凪の柔らかい身体を潰してしまうかもしれないくらい強く抱きしめる。
「ありがとう、凪。ずっと、ずっと傍に居て欲しい」
「はい、この命尽きるまでお傍に居ます」
俺たちは見つめあい、凪が目を瞑り唇を重ねようとする時、凪の目が開く。
「誰だっ!」
凪が戦闘態勢をとり、何も無い空間を睨む。
「す、すみません。邪魔するつもりは無かったんです」
明命?
「明命殿、何故貴女が此処に?」
「は、はい。雪蓮様より言伝です。連合軍は近日中に総攻撃を掛けると」
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華琳と雪蓮が手を組む
一刀に対するは錦馬超