No.661393

【裡鋸町】或るバレンタインデー【交流】

古淵工機さん

お世話になったあの人に、ありがとうの気持ちを込めて。
こういうバレンタインチョコもありなんじゃないかな。

■出演
いづな:http://www.tinami.com/view/653563

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2014-02-07 23:25:48 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:888   閲覧ユーザー数:832

「え?チョコをあげたい?」

…ここは裡鋸(うちのこ)電鉄裡鋸駅の待合室。

本来は電車を待つための場所であるが、時折学生や住民たちもこうして立ち寄っては他愛のない話に花を咲かせる。

いわば住民のために開放されたオープンスペース…ある種の憩いの場とでもいえようか。

 

冒頭の質問を投げかけたのは高校1年生の野木いづな。誰とでも明るく接する元気な女の子だ。

いづなが話している相手は同じ学校に通う同級生の光浜オレナ…タヌキ形の獣人である。

「うん、そろそろバレンタインデーじゃない?だからチョコを作ってきたんだけどね…」

「…それはいーけどさ、オレナちゃんって彼氏とかいるの?」

「いや、そんなわけじゃないんだけど、ただ…」

「ただ?」

オレナは頬を赤らめながら答える。

「…この町ではいろんな人たちにお世話になってるから、その人たちにお礼を言おうと思ってね」

「ふーん…いいとこあるじゃん!」

「えへへ…はい、これはいづちゃんの分ね」

オレナはそう言うと、チョコの入った袋をいづなに手渡した。

 

「開けてみて」

「ふむふむ…うおぅっ!?」

そこに書かれていた文字を見ていづなは赤面した。

『いづちゃんへ。ずっとずっと友達でいようね!オレナより』

「ううっ、オレナちゃん…あんたホントいい子だよ…ありがとっ…ぐすっ」

嬉しさのあまり思わず泣き出してしまういづなは、そのままオレナに抱きついた。

「ちょ、ちょっといづちゃんってばっっ」

 

そうこうしているうちに、改札の入り口に一人の女性駅員が出てきて乗客に向かって呼びかける。

「大変お待たせいたしましたー!12時24分発の沖志町(おきしちょう)ゆきがまもなく2番ホームに到着いたしまーす。ご乗車のお客様は2番ホームへお回りくださーい!!」

見た目は人間の女性のようだが、頭の横には角のように飛び出したアンテナ。

彼女は、この駅に勤務するロボット駅員の極楽寺みどりである。

「あっ、みどりさん!」

オレナは先ほどから絡み付いているいづなの腕をそっと解くと、みどりの方へと駆け寄る。

 

「あら、オレナちゃんどこかお出かけ?」

みどりが声をかけると、オレナはチョコを取り出す。

「あの、いつもお仕事お疲れ様です。がんばってくださいね!」

「え、これを私に?」

「ほんの気持ちですけど…開けてみてください」

みどりは言われるがままに、チョコの包み紙を開けた。

『みどりさんへ。ライブの方もがんばって!オレナより』

「もう、何で知ってるのよ…」

「えへへ…」

みどりはひどく赤面したが、彼女もまた喜びの中にいることは紛れもない事実であった。

 

「そうだ!これからご町内の皆さんにチョコ配ってこなくちゃ!」

「あっ、うちも行くーっ!!」

オレナはチョコのたっぷり入った袋を引っさげて元気よく出かけていく。

そのあとをついて行くいづな。そして、その背中に向かってみどりはエールを投げる。

「なるほど、お世話になった人へのバレンタインデー…そういうのもあるのね。がんばって!!」

 

待合室にはふたたび静けさが戻る。改札口を行きかうのは電車に乗り降りする乗客の群れ。

みどりは一息つくと、ラッチを通り抜けて1番ホームに入り、ホーム上の乗客に呼びかける。

「まもなく1番ホームに阿武州(あぶす)ゆき到着いたします!黄色い線までお下がりくださーい!」

 

…午後の日差し穏やかな、とある一日であった。


 

 
 
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