ここはどこだろう。
よくわからない。
まぶたがおもい。
めはみえてるのだろうか。
あつい。
のどがかわく。
だれのこえだろう。
うるさいなぁ…
おれはただ。
いえにかえりたいんだ。
…
………
………………
「いったいどういうことなの!?わかるように説明なさい!」
「せやから、ウチらにもわからんねんて!黄蓋が言うには消えたって、体が消えたって。
どうなるかわからへんからはよ帰れっていわれて…
せやかて、そないなこといわれても、ウチらだってわからんし!
息はしとったけど意識はないし…せやから華陀呼びに行ってる間におらんくなってて…」
「いってることがおかしいではないか!
意識がないなら動けないはずだ!
その死にぞこないはどこに行ったというのだ!!!」
「だからいま探しております!」
「やめなさい、こんな不毛なやり取りはあとにしましょう。
全員で探したほうがはやいわ。
皆、聞いていたわね、瀕死の北郷がいなくなった。
宴会の途中だけれど、これより魏軍総出で捜索する!
客人たちを待たせる訳にはいかないわ。早急に見つけ出しなさい!」
「「「御意!」」」
…
………
………………
水のおとがちかい。
ここはどこだろう。
ひどくのどがかわく。
ずっと体がおもかった。
ごまかしながらここまできた。
黄蓋ときりむすんだ時から。
孫呉との決戦のときから。
春蘭とどつきあいをしたときから。
赤壁から。
もっとまえから…
いつからかわからない。
きがついたらそうだった。
あたまが、からだが、りかいしていた。
「この世界から、消える。」
せかいから拒絶されているのか、はたまたここにきた役目をおえて元のせかいにかえるのか。
それはわからない。
でもここにいられないことだけは、わかった。
おもい。
心が痛い。
こころがいたい。
こころがいう。
ここにいたい。
おれはここにいたい。
いつかきいたあれがほんとうならば…
今なら俺はこうねがう。
おれは、ここにいたい。
ここがおれのいえだから…
…
………
………………
探し始めて、それはすぐに見つかった。
弱々しく、けれど確かに残された足跡。
薄々は感じていた。
その時が近いことを。
あいつの考えそうなこともわかっていた。
でも言わないのならば、と思っていた。
一人で跡を追った。
あの時、秋蘭を助けてといって倒れたあの時に。
寝室に運ばれる体は、透けていた。
黄蓋は何と言っていた?
体が消えたと。
見間違いではない。
そしてきっと…
誰かを呼んだら、予感が現実になってしまいそうだったから。
心のどこかで願っていたのかもしれない。
私一人の思い違いだと。
いつからか隣にいることが当たり前になっていた。
一人の道が、寂しくなくなった。
これからというときに。
これからあなたが必要になるという時に…
…
………
………………
人の気配を感じた。
おもわず、みがまえた。
そんな必要はないはずなのに。
とっさにつくろった。
目の前のあいつに気付かれたくなかった。
もうすぐわかれがくる。
最後くらい。
いいかおでわかれたい。
…
………
………………
「こんな所まで這って来たの?」
「わからない。気がついたらここにいたんだ。ひどくのどが渇いてね。」
「まったく、皆のところへ来ればなんでもあるというのに…」
「なんだ、そうなのか?」
「そうよ。祝勝会…では、もはやないわね。
劉備や孫権たちと手を結ぶことになったの
信じられる?少し前まで殺し合いをしていた者同士が酒を酌み交わそうとしているのよ。」
「…そうか。ってことは勝ったんだな。」
「あぁ、そうだったわね、あなたは黄蓋に担がれてきたのだから知らないのね。
霞と同じ格好のままだし。
えぇ、勝ったわよ。あなたも、私も。」
「そうか。約束、守れたんだな…」
「あなたは勝って戻ってきた。そして約束通り私も、勝って戻ってきたわ。」
「終わったのかな。これで全部。」
「何言ってるのよ。これからが大変なんじゃない。
街道や宿場の整備、戦によって荒廃した土地の開拓。数え上げればきりがないわ。
大きな戦はなくなるとはいえ、お巡りさんが捕まえるような悪党の数は増えるのよ?」
「ははっ…そうだな…
それにしても…はぁ…」
「綺麗な月ね。」
「そうだな。こんな大きい月、初めて見たかも。」
「私より年を食った人間の言葉とは思えないけど?」
「向こうの空は、狭かった。
こっちの空は…見上げる余裕なんかなかったな。」
「でも、そうでしょうね。戦っている間は、こんなにゆっくり空を見上げたことなんてなかったわ。」
「…。」
「なにか言いたげね。私だって人の子ということよ。」
「…わかってるよ。」
「怪しいものだわ。」
「何言ってるんだよ。人を見る目はあるんだぞ?
なにせ俺は大陸の王に仕えたんだから。」
「それは私の手柄じゃない。私があなたを拾いあげたのよ?」
「あぁ、そうだな。感謝してる。
そうじゃなかったら野垂れ死んてたんだしな。」
「感謝するなら、これからそれを形で返してちょうだい。
これからがあなたの知識の使いどころじゃないの。」
「だよ…なぁ…」
「……っ。」
「………。」
「…帰るの?」
「さぁなぁ。…自分でもわからないんだ。
でもな、この前からいろいろ考えたんだ。」
「……。」
「俺が来たことで、歴史が変わった。秋蘭が生きてる。流琉も生きてる。
それどころか、董卓も、周喩も、孫策も生きてる。この世界は、俺の知ってる歴史の大きい流れから、外れていった。
そしてさ、俺が倒れたのはいつだって、その節目だった気がするんだ。」
「でしょうね。」
「…気がついてた?」
「なんとなく、あなたの態度から。それこそ命を賭して、あなたはそれを変えたでしょう?
私があなたにしゃべるなと命じたから、苦しい思いをさせてしまったわね…」
「…それはちょっとちがうかな。だって、後悔はしてない。」
「…っ!」
「だってさ、華琳だってそうだろ?
お前だって、後悔してないだろう?」
「…えぇ、後悔などしてはいない。
私は私の欲するものを目指し、我が道を歩んできた。誰に恥じることも、悔いることもない。」
「そう言ってくれると思ってた。
だったら、あの時、あぁ望んだものも間違いじゃなかった…」
「あなた、何を言って…」
「華琳。」
「…。」
「君に会えてよかった。」
「…当たり前でしょう?この期に及んで私がまだ誰だかわかっていないようね。」
「曹孟徳。ははっ、そういえば最初に君を呼んだのもこの名前だったな。」
「そう。」
「誇り高き、魏の…いや、大陸の王。」
「そうよ、それでいいわ。」
「これからは、もうひとりじゃないね。おなじ道を目指した友だちもいる。」
「そうよ。これからは皆とともに素晴らしい国を作るんだから。
あなたがその場にいないことを悔しがるほどの国を作るのよ?」
「あぁ…そうだな。きっと出来る。
いいなぁ…帰りたくなくなってくるなぁ…」
「そう…
そこまでいうなら、私の側にいなさい。」
「華琳。ゴメンな。もう一個の約束は守れそうにない。
そろそろ…無理かな…」
「…どうして?」
「俺のやくめも、そろそろ終わりなのかな。」
「終いなどあなたが決めることではないでしょう。」
「それは無理だ。お前の望みがかなったんだから。
裏方はそろそろ引っ込む時間なんだ。」
「認めないわ。」
「わかってる。」
「逝くの…?」
「…そろそろみたいだな。」
「そう…恨んでやるから…」
「あぁ、うれしいな。いきたくないな。
まるでのろいみたいだから、いおうかなってずっとなやんでたんだけどさ。」
「なによ。」
「おもにになるかなっておもったんだけどさ…
おまえ、おれがきえたらなくのかな?
ないてほしいな。でもなかないでほしい。
わらっててほしい。
おれのこと、うらんでほしい。でも、うらまないでほしい。
わすれてほしい。
でも、おぼえててほしいんだ。」
「いかないで…。」
「ごめん…かりん、やくそく、まもれなくてごめん…」
「一刀…」
「さようなら、誇り高き王…」
「一刀…!」
「さようなら、寂しがりやのおんなのこ…。」
「かずと……!」
「さよ…なら…あいして…よ…華琳…」
「一刀…?一刀…!
ばか…ばかぁ…ばか!!!!!!!!
なんでさいごにそんなかっこうつけるのよ!
ずっと、そばにいるっていったじゃない!!
それにひきょうよ…ほんとにきえちゃうなんて!
一人できえるのがそんなにつらいのなら、わたしのそばにいればいいじゃないのよ!」
…
……
………
満月の夜、泣き声の響く夜。
少女の耳に最後に届いた温かいその声は、その感情を隠さず、震えていた。
………
……
…
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