No.646221

真恋姫無双~年老いてNewGame~ 十三章・前編

自分で書いたものですがここ結構お気に入りです。

2013-12-18 23:24:25 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:3612   閲覧ユーザー数:2864

今現在、北郷一刀の体中が痛むのは、決して以前のように昏睡したからではない。

いまや大陸中にその名を轟かす魏武の大剣・夏侯惇こと春蘭にぶちのめされたからだ。

理由は、三つ。

一つは、一刀の軍規違反への罰。

警邏隊長ごときに、軍を動かす権限があるはずがない。

にも関わらず、彼の命令で手の空いていた部隊はほぼ全軍、定軍山へと全速力で向かった。

北郷の尋常ではない雰囲気に圧倒された凪が、華琳に事の次第を告げると定軍山に兵を出したのだ。

防衛という観点から見たら中心となる都市の警備が疎かになることは絶対に避けねばならないことのはずである。

にもかかわらず、北郷は独断でこのような状況を作り出した。

こうなった時点で、問答無用で首を飛ばされてもおかしくない。

だが、それは2つ目の理由からそれはなされなかった。

北郷が春蘭に叩き伏せられている2つ目の理由。

それは彼が過去に二度、関羽に勝ったからである。

如何に軍規に背こうが、秋蘭と流琉という曹魏の主柱にして主力武将を窮地から救った功は評価せねばなるまい。

だが、やったことがやったことなだけに、死罪を帳消しに…というわけにもいかない。

だったらどうするか。

どうせ同じ殺すのであるならば、関羽を破った剣技をすべて見せてから殺すのでも良かろうということになった。

極力実戦に近い形でそれを披露させれば各将たちにとって参考になるし、何より曹魏の面々のほぼ全員が、どうやって関羽を破ったのか、話だけではなく実際に見てみたかったというのもある。

その結果、北郷に試合をさせ死ねばそこまで、勝てば免罪ということになった。

そして、その試合の相手として、限りなく死に近いという理由で春蘭が選ばれた。

功罪両方の意味を併せ持つ試合のため、試合結果如何によっては北郷の命はつながることとなる。

北郷の勝利条件は有効な一撃を春蘭に入れること。

春蘭の勝利条件は北郷を気絶させるか、殺すこと。

勝てば北郷は無罪放免とし、また勝った褒美を与えられる。

もしこの条件を断れば軍規に則り死罪。

負けてももちろん死ぬ。

そう言われたら、北郷としてはただ斬首されるよりは…となるわけである。

表向きは。

その狙いはわかりやすいもので、華琳を筆頭に、全員が全員、こう考えていた。

「関羽相手に見せた技さえ見られれば、春蘭ならきっと手を抜くだろう。」

そうであるならば、北郷は実質放免であり、怪我を負うことはないだろう、と。

北郷を含めて、その場にいたほぼ全員がそう考えていた。

たった一人を除いて。

最後にもう一つの理由がそれである。その時、春蘭だけは違っていた。

そもそも、華琳の元に集う者たちの中で一番の古株は春蘭、秋蘭である。

旗揚げよりもっと前から華琳に仕えていた彼女たちにとって、華琳が一番の存在であることは言うまでもない。

だがしかし、同僚となってくるとまたすこし、話が変わる。

桂花、風、稟、季衣に流琉に凪達…

多くの有能な武将が集う中で、一際異彩を放っているのが他でもない、北郷一刀だ。

彼は春蘭たちの次に長い期間魏に身を置き、将でありながらいまだ華琳の元に入らない客将の地位にいる。

そのくせ主要な都市の警邏隊長や本隊の訓練も任されているという魏軍の中でもぶっちぎりの変わり種なのだ。

それもこれも、華琳をはじめ皆が彼を信頼し、少なからず良く思っているからにほかならないからなのだが、当の本人はそんなことはどこ吹く風。

今回の件に関しても、彼女達から見れば、北郷自身の調子が回復しきっていないにもかかわらず、自分の身を顧みないで秋蘭と流琉を助けに行こうとしたようにしか思えない。

その行いが、春蘭にはどうしても許せなかった。

春蘭にとって、秋蘭も流琉ももちろん大事だ。だが、それと同じくらいに、それとは全く別の感情で、北郷も大事に思っている。

それをどうしても、北郷に伝えたかった。

だが、口の下手な彼女だ。

どうしても上手く言えないし、そもそも今回は怒りが先に立っている。

北郷が二週間近くもの昏睡から目を覚まし、春蘭との試合が決まって、当日になって顔を合わせるまで春蘭は上手く表現できない感情のせいで、北郷と一言も口を聞いていない。

もちろん、何度か話しかけようとしたのだが、そのたびに言葉に詰まってしまい、歯がゆい思いをした。

それは彼女が北郷を諌めなければならなかった立場の武人であり、魏の武将であったためであり、同時に一刀を思う一人の乙女であったからだろう。

以前、いまの彼女と全く同じ心境の彼にげんこつを食らわされたことのある彼女であるからこそ、彼女は拳を固め、彼を殴り抜いた。

試合開始の合図と同時に、一撃。

春蘭の握りこんだ拳が北郷に直撃した。

その結果、彼は錐揉み回転で吹っ飛んだ。

 

会場は静まり返る。

まさか…死んだ?

皆がそう考えたのも無理からぬことだった。

 

だが、春蘭だけは違った。

「おい、生きているのだろう?挨拶がわりの一撃で死んでもらっては困るぞ、北郷。」

北郷の方に振り返らずに、春蘭は言う。

その声に応えるように、北郷の指先はかすかに動く。

 

「生きているのならば、起き上がってかかってこい。」

 

ここは、北郷の耐久力を褒めるべきところであろう。

春蘭の本気の拳をくらい、顔がまだ胴体にくっついている。

吹き飛んでいないのだから。

 

よろめきながらも木剣を杖にし、北郷は立ち上がった。

 

「さぁ、ここからが本番なんだろう?さっさと剣を構え、関羽を打ち破った技を見せてみろ。」

 

北郷は何も言わない。

何も言わず、木剣を杖に立っている。

彼の表情は、今起こっていることが理解出来ない、といったものだった。

ゆっくりと北郷の方を振り返り、

ぶっきらぼうに七星餓狼を肩に担ぎ、春蘭は続ける。

 

「北郷。

 私は馬鹿だから、難しいことはわからんし、気のきいたことは言えん。

 だがな、あの時お前が言った言葉を忘れるほどの愚か者ではないぞ。

 いいか、これはお前が言った言葉だ。

 『大怪我したらどうするんだ!悲しむ人がいるんだぞ!それがわからないのか!』」

 

北郷は、まだ剣を構えない。

春蘭も、まだ剣を構えない。

 

しかし、北郷の表情は、どうせ助かるだろうとたかをくくっていた試合開始の時と比べて、はるかに真剣になっていた。

 

その顔に満足したのか、春蘭は続ける。

 

「お前が死んだら、お前に助けられた秋蘭と流琉はどう思うか。

 お前に助けられた連中みんながどう思うか考えろ北郷。

 わからないか?

 私たちを助けても、お前が死んだら意味が無いと。

 赤壁でもそうだ、定軍山の一件もそうだろう?

 誰かが助かった結果、お前が死んだら、一体誰が悲しむかわかっているのか?」

 

普段の彼女からは想像もできないほどに穏やかな声だった。

 

その言葉で、北郷はやっと理解した。

 

北郷とて、ここ何日かの春蘭の行動には疑問を持っていないわけではない。

春蘭はなぜ自分を避けるのか。

なぜ自分は殴られたか。

 

すべて納得いった。

 

あぁ…俺はこんなにも愛されていたのか。

俺の覚悟は。

今までしてきたことは。

全部無駄じゃなかった。

無駄ではないけど…

間違えていたのか。

そう思った時、彼の手に力がこもった。

死にたくない。

いま、死にたくはない。

最後まで。

最期まで見届けたい。

杖にしていた木剣を大上段に、半身になって、彼は構える。

 

漢の顔だった。

 

「…そう、それでいい。

 そうだな、関羽にいったお前の言葉を借りるならおそらくこうか?」

 

春蘭は七星餓狼を八相に構え、

北郷は木剣を大上段に構え、

大声で叫ぶ。

「「一撃だ!」」

両者同時に踏み込む。

春蘭は前に飛び出す。

その勢いや矢の如く。

北郷の胴を両断せんがごとくに魏武の大剣が振るわれる。

見ていた誰もが、北郷の胴が飛ぶところを想像した。

が、その一閃は空を斬る。

一足で間合いを詰めて踏み込んだ春蘭。

しかし北郷の距離は縮まっていなかった。

正面から北郷を見ていた春蘭からすれば、北郷では避けられないはずの一振りだった。

しかしそれが空を斬った。

おそらく春蘭からみても関羽が言ったのと同様に、一刀がその剣をすり抜けたように見えただろう。

だが、側面から見ていた華琳たちには、北郷の動きが見えていた。

見えてはいたが、理解できたかと問われれば、おそらく解答は「わからない」。

ただひとつ、言えることは、彼が「滑った」。

踏み込んで、後ろに、まるでそこだけ不思議な力が働いているかのように。

地に落ちるはずのものが、まるで浮いているかのように。

北郷がまるで氷の上にいるかのように。

その距離はおおよそ二歩分くらいだろう。

たった二歩。

しかし、七星餓狼を回避するのには十分だ。

春蘭の剣を躱し、木剣を振るう。

その木剣の速度は、こちらも眼を見張るものがあった。

その理由は、こちらは理解できる。

北郷は半身に構えた時、木剣の鋒を握っていた。

要するにデコピンと同じだ。

強く強く鋒を抑えつけ、一撃を振るう機会を待っていた。

抑えつける手を離せば、堰を切ったようにように刀ははじき出され、最速の剣が繰り出される。

関羽の時も、おそらくこの方法であったのだろう。

元々彼の剣はどう贔屓目に見ても遅い。彼が春蘭や凪と渡り合えるのは剣速の遅さを補う不思議な技、この時代にはない技術を持つが故だ。

しかし今回は違う。

彼の普段の剣を知っているものにとっては、予想外の。

そんな彼の剣を間近で見続けた春蘭にとっては、予想外の速度だろう。

ただ単純に、速い剣。

脳天めがけて繰り出された大上段の一刀が春蘭に迫る。

春蘭は、それを見て、獰猛に笑った。

振り下ろされた木剣を避ける素振りも見せず、むしろそれを受け止めるかのように頭を突き出し、そのまま受けた。

そのとき北郷の耳にはかすかに声が聞こえた。

しかしそんなことを気にする余裕はない。

なぜならば、春蘭が木剣を、頭でへし折ったから。

 

木剣を折った勢いそのままに北郷の体に接触したかと思うと軽く、これはあくまでそう見えただけの話であるが、

軽く北郷を圧し、距離を取る。

 

木剣を振り抜いた北郷にはそれに耐える余裕がなく、よろめいた。

一瞬だけ、春蘭から目が離れる。

体勢を立て直すほんの一瞬。

それは春蘭にとっては十分すぎるほどの隙であった。

北郷の視線が春蘭に戻ったときには時既に遅し。

七星餓狼は振りかぶられ、次の刹那には春蘭の絶叫と共に魏武の大剣は振り下ろされていた。

 

「死ぃぃねぇぇぇえぇぇぃ!!!」

 

普段と変わらぬ大声とともに振り下ろされた大剣。

受けた男は体をくの字に折り、その後、吹っ飛んだ。

上から殴りつけられたのに、上に吹っ飛んだ。

 

「安心しろ、峰打ちだ。」

 

北郷がその意識を手放す直前に聞いた最後の言葉は、確かにそう聞こえた。

 

今現在、北郷一刀は療養しているが、その原因は決して疲れからではない。

いまや大陸中にその名を轟かす魏武の大剣・夏侯惇こと春蘭にぶちのめされたからだ。

あそこまでやられて、命に別状はないのはさすが春蘭の峰打ちというべきなのだろうか。

そして春蘭が泣いているのは北郷が死んだからではない。

いまや大陸中にその名を轟かす魏王曹操こと華琳にしこたま説教を食らったからだ。

あそこまでやっといて説教ですんでいるというのも、これもまたさすが春蘭というべきなのだろうか。

 

「なぜ、あなたは剣を止めなかったのかしら?」

「だって…華琳様が本気でやれとおっしゃったので…」

「でもあなた、たしかに死ねと叫んだわね?」

「それは、ですから!言葉のアヤといいますか!」

「それで俺は危うく死にかかったのか?」

「ふ~ん…ではなぜ試合終了の合図があったにもかかわらず、北郷を場外まで打ち出したのかしら?」

「…………」

「なに?聞こえないわ?」

「私は負けていません…」

「…だそうだけど…霞?あなたはどう見えたかしら?」

「いや~…あれは避けれんかったんと違うのん?ウチにはそうみえたけど?」

「秋蘭は?あなたにはどう見えたかしら?」

「はい、私も霞と同意見です。」

「ぐぬぬ…」

「だ、そうよ?春蘭?それでもあなたはまだ負けてないというのかしら?」

「あ、ぐ…うぐぐ…」

「なにかしら?まだなにかあるのかしら?」

「……悔しかったんです」

「「「へ?」」」

「ですから!悔しかったんです!だってあの北郷の剣が避けられなかったなんて…!」

「あっはっはっはっ!そうかそうか!いやそれでこそ春蘭だよな!」

「やるな、北郷。」

あの時、北郷にそう聞こえたように感じたからだろうか。

北郷は、まるで子供のように大声で笑った。

なぜか、一番の被害者である北郷が一番嬉しそうだった。

これならば安心して任せられる。北郷はそう思った。

 

後日、涙目で、でも北郷の笑い声にすこし安心した顔の姉者はとても可愛かったと、秋蘭は語った。

 

 


 
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