No.645998

真恋姫無双~年老いてNewGame~ 十二章

ここで一つお断りをさせていただきます。
ここから先はいのししの主観的な解釈で書いてある部分が増えてきます。
大多数の方の解釈とは違う部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。

2013-12-17 23:10:15 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:3654   閲覧ユーザー数:2890

曹操を救い、黄蓋を助け、関羽を負かした英雄が目覚めたのは、彼の大一番の一月後だった。

敵軍の火計をみすみす成功させてしまい、軍の主柱というべき男が昏睡している。

この事実は魏軍にとってあまりにも大きかった。

そのため、それ以上の行軍を諦め失った力を蓄えるために、華琳たちはすぐ許昌に引き返したそうだ。

かと言って、蜀や呉も無事ではなかったそうで、恋や春蘭に相当こっぴどくやられて追い返されたと聞く。

赤壁は、表向きには痛み分けだったそうで…。

だが、本当のところはそうではない。

火計による魏の被害は驚くほど小さかった。

燃えたのは敵軍近くの船団だけであり、人的な被害はほぼない。

加えて、撤退戦での被害もほぼ皆無である。

痛手を被ったのはむしろ、奇襲を仕掛けた蜀軍の方であった。

「だいぶ勢力図も変わりそうだな…」

 

今日も詰所で独りごちる。

最近凪達が年寄り扱いをしてきて困る…といっても言い訳は難しい。

事実、赤壁では二度ほど、原因不明で倒れている。

一度目は黄蓋を追っ返した直後。

二度目は関羽を張っ倒した直後。

急に体が重くなり、意識がなくなった。

華佗が言うには疲労から来るめまいだろうって話だったがおそらくそれは関係無いだろう。

なんとなく、感じていた。

あれはそんなもんじゃないんだろうなと。

 

「まぁ…なんにせよ、俺はやれることをやるだけ…か。」

 

今日も一日、張り切って見回りだ。

 

「良い心がけだが、体は大事にしなければダメだぞ北郷。お前もいい歳なのだろう?」

「ん…あぁ、秋蘭か。まぁな。もう若くないからなー。いや、そこまでオッサン扱いされても困るといえば困るが…」

「問題はそこだ、北郷。若いつもりで休む時間を取らなすぎるんだ。

 流琉や凪がよく嘆いているぞ?お前はただ、働き過ぎなのだ。」

「そうは言うけどなぁ…いつ倒れるかわからないし、そもそも華琳もお前も、平和がお望みなんだろう?

 だったら平和な世界を知ってる俺ががんばらないでどうする?」

「それが逆なのだよ北郷。

 いつ倒れるかわぬから休めと言っているのだ。

 いざそのような世の中が実現したときにお前が死んでいたら元も子もないだろうに。

 姉者も霞も恋も、無論華琳様もお前の体を心配していた。

 それだけ思われているのだから、すこしは城に戻って安心させてやれ。」

「…ったく、年下にそこまで言われちゃ長生きするしかねぇじゃんか。

 わかったよ。程々にな、程々に。」

「うむ、そうだ。それでこそ北郷らしい。」

「ったく。…ん?ところで秋蘭はどこかにお出かけかい?」

「あぁ、これから定軍山にな。何やら正体のわからぬ連中が活発に活動してるらしいから流琉をつれて偵察にいってくる。」

「へ~、そうか。まぁどこぞの野盗かなんかだろうが、気をつけて行ってこいよ。」

「北郷に心配されるのもなんかおかしいな。だが、用心するに越したことはない、な。

 ご忠告、感謝しよう。ではそろそろ行ってくるぞ。流琉もそろそろ来る。」

「あぁ、気をつけて。無事に帰ってくるんだぞー」

流琉と合流した秋蘭たちを見送り、今日の警邏を開始した。

警邏隊は本隊の予備も兼ねているから、戦の前は準備に人員を割くため忙しくなる。

逆に、そうでないと警邏に回せる人員が増やせるため、相対的に仕事は少なくなる。

いまは、決戦を控えているとはいえ、後者だ。

だから、仕事には余裕がある。

午前中は凪達とは別行動だからあれこれをものを考えながら街を見てまわる。

最近だいぶ活気づいてきた。

許昌からある程度離れても治安はいいらしいしな。

だいぶ平和になったもんだなぁ。

警邏を始めた当時を思い返してみても、ここまで来るとは思わなかった。大通り以外にも人の手が入り、開発の進まない部分でも諍いは少ない。

それも、法家思想をつらぬく華琳の統治による所が大きいだろう。

心苦しい所ではあるが、善悪の線引きはしっかりしないといけない。

善いことは善い。悪いことは悪い。そして善いことには報酬を与え、悪いことには罰を与える。

境界に立つ人間には涙を飲んでもらわないといけないし、助けたくても助けられないこともある。

だが、考えてみれば華琳の考え方は最初からそうだった。

自国の、自領の民は全力で助けるがそうでない民には手を出さない。

それは力の弱い君主が、自領地の民を守るための手段だ。

だから、最初は「手が出せない」だったのだけれど。

分をわきまえなければ上からも周りからも目を付けられ、潰される。

漢王朝が全盛の時は特にそれが顕著だった。

目立ったものは倒されて、歯向かったものは潰される。

だから、華琳は力を欲したのだろう。

自分の手の届く範囲の者を守るために。

そして、自分の手の届く範囲を広げていくために。

華琳はそういったことを最初から知っていた。

だから最初からずっとずっと、覇道を貫いてきたのだろう。

覇道を志した時点で、助けられない人たちがでることを覚悟して。

歩みだした時点で、もう戻れないから。

もしその道を曲げてしまったら、泣いていった人たちに顔向けできないから。

だから華琳は、覇道を歩んでいくのだろう。

いままで助けたこの人のために。

いままで助けられなかった人のために。

そうであるからこそ、華琳は劉備を半端者、といったのだろうな。

王として、人の上に立つ者が、華琳が、他の誰もが目指せなかったものを目指したから。

目の前にいる全てのものを助けたい。

そんなふうに考えられるやつもいなければ、その志だけであそこまで昇り詰められるものもいないだろう。

だけど彼女は、力をもっていない。

自分の理想に必要な力も持たずに、夢の様な事ばかり言うから、だから華琳は劉備をさして、馬鹿者、といったのだろう。

力もなしに過ぎたるを欲し、堕ちていく英雄もいた。

華琳もそれを嫌と言うほど痛感してるから。

だから華琳は、劉備をさして、ああいったのだろう。

では俺はどうだ。

貴方は半端ではないわと、そういった。

俺が半端でなくて他に誰が半端なのだろうか。

目にしたもの、話したものすべてを守りたいと思った。

そのために行動した。劉備とどこが違うのだろうか。

俺が大馬鹿者で、劉備が半端者だというその違いは一体なんなのだろうか。

考えてみても、それ以上の答えは出てこなかった。

 

午後からは凪達と、本隊予備兵の訓練。

とはいっても、俺のすることは主に報告をまとめて本隊の方へ情報を伝えることだけだ。

乗馬、白兵、射撃、隠密、その他の練度をまとめて各武将に伝え、将たちはその情報を元に欲しい兵を選別する。

俺が直接面倒をみるのは新兵くらいなもんだ。

なぜならば、俺は弱いからだ。

剣術も、ある程度思い出してきてはいるといっても…お察しの通りでとんと役に立ちゃしない。

関羽に届いた一撃も、おそらく再現はできないだろう。

というかほとんどだまし討ちみたいなものだったしな。

そういえば黄蓋はどうなったのか。

生きていることは確認して別れたが、戻って殺されてやしないだろうか。

自分のところまで漏れ伝わっている情報からだと孫策は孫権に家督を譲ったらしいが。

敗戦の責を追っての隠居、と考えるのが妥当なところだろうが…

 

あちらへいけばこちらへと。

考えがまとまらなかった。

何かが、心のなかに引っかかり、集中出来ない。

違和感だけが残っている。

おかしいことがあったか。

忘れてはいけないことがあったか。

思い出さなければ後悔しそうな、そんな午後だった。

散漫と想いを巡らせていると、凪がこちらにやってきた。

 

「隊長、新兵上がりの中から弓兵隊の調練をしたいのですが、いかがなさいましょうか?」

「あ~…そうかぁ、俺達だとちょっと手がまわらないのか…」

「はい…恥ずかしながら最近までは黄蓋殿に任せていた部分でもありますので…」

「そうだよなぁ…結構しっかりと指導してくれてたもんな。」

「はい…それがまさか、偽りの投降だったなんて…」

「わかってたんだけどな?馬術だったら凪がいるし、その他だった手分けしてできないことはないけど…

 遠距離武器とかほんとあれ、当たる気がしない…

 真桜に作ってもらった大筒も量産できるシロモノじゃないしな。いかんせん弾代が馬鹿にならない。

 黄忠とか太史慈とかいればなぁ。いま秋蘭もいないしねぇ。」

「そうですね。せめて秋蘭様がいらっしゃれば合間を見て訓練していただけたですが…

 今しがた流琉を連れて定軍山に向かわれまし…」

「あと他にたのめる人…恋が教えられればね、ホントは一番いいんだけど…

 …あれ?今何ていった?」

 

今何か…言ったよな?

 

「いえ、もう少し弓の腕前を磨くべきだと…」

 

引っかかっていたものとは。

 

「違う、それじゃない、そのもうちょっと後。」

 

集中できない理由とは。

 

「は、いえ…特に変わったことは申し上げておりませんが…」

 

違和感の正体とは。

 

「いや、いま言ったよな?秋蘭がどこに行ったって?」

 

思い出さなければ後悔することとは。

 

「えっ。て、定軍山にですが…」

 

これのことだった。

 

「定軍山…秋蘭が?秋蘭って、夏侯淵だよな?

 夏侯、妙才だよな?」

知らず知らずのうちに、凪の肩を強く掴んでいた。

そういえば確かに蜀にはもう黄忠たちもいるんだったよな。

流し読みした三国志が徐々に蘇ってくる。

赤壁も俺の知ってる歴史からずれたわけだし、定軍山が前倒しになっても不思議ということはない。

いいのか、何ら不思議はない。

いや良くはない。

いいわけないだろ。

定軍山で夏侯淵は殺されるのだから。

え?いや、ちょっとまて…?

秋蘭が定軍山?流琉を連れて?

流琉は典韋…?秋蘭は…?夏侯淵?

典韋はどこで死ぬ?典韋はそうだ、もっと前に死んでる。

そうだ確か張繍のところで死ぬんだ。

定軍山に二人で…?

たしか何かの罠にかかって、夏侯淵はやられるのだったか?

その罠に流琉と秋蘭がかかったらどうなる?

歴史が変わっているならば、それに合わせて起こる出来事も変わるから。

だから華琳とあんな約束をしたのだから。

でも俺は決めたはずだ、華琳の覇道を支えると。

いま、この時期に二人が一緒に死んだらどうなる?

思いだせ!

どうだった!

定軍山では何が起こる!?

俺の知ってる三国志はどうだった!!!

詳しく思い出せない!クソッ!

もっとしっかり見ておくべきだった!

どうやって殺されるんだ?

どうしたら助けられる!

アイツら二人が死んだら、華琳の覇道はどうなる!

どうしろ。

考えろ、考えろ考えろ考えろ!

いやだめだ、考えてる時間なんかないではないか!

「おい凪、今手の空いてる兵士を全部集めろ、至急だ。」

「え、いえ、まだ調練が…」

「駄目だ、急がないと秋蘭と流琉が危ない!定軍山には…!」

 

罠があると。

続けることは出来なかった。

突如として、鈍器で殴られたような衝撃が全身を貫く。

喉を潰され、手足は繋がれ、頭は抑えられ体は掴まれているような感覚に襲われる。

立っていられなかった。

鼓動の音が徐々に大きくなる。

いまここにいるのに、俺一人だけ狭い狭い部屋の中に閉じ込められていくような。

鼓動の音だけが徐々に大きくなり、視界はだんだん暗くなる。

重くなる瞼に逆らいきれない。

もはや座ってもいられない。

自分がどうなっているかさえわからない。

それでもかすかに。

遠くで、俺を呼ぶ声がちいさくも、はっきりと聞こえた。

 

「えっ…た、隊長!隊長!どうしたのですか隊長!」

 

手放すまいとつないだ意識とも、ついに別れを告げる。

俺を呼んでるその声に、満足に答えられなかった。

「…秋蘭たちが…あぶな…」

 

微かに紡いだその声は、果たして声になっていたのか。

そこで、意識を失った。


 
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