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真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第二十一話

Jack Tlamさん

またまた新キャラ登場。

思わぬ事態が発生します。

2013-11-15 05:09:46 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:7465   閲覧ユーザー数:5229

第二十一話、『黄天、真の終幕』

 

 

―青州・済南郡のとある邑で、俺達に新たな仲間が加わった。

 

楽進文謙、真名を凪。李典曼成、真名を真桜。于禁文則、真名を沙和。

 

かつての北郷隊三羽烏を仲間に迎えた俺達は一路泰山郡を抜け、徐州を目指していた。途中で三羽烏の郷里の村に

 

寄ることができ、そこで補給を行った。三羽烏も村人達に挨拶をし、長老から「この跳ね返り娘どもを頼む」などと

 

言われてしまった。真桜が「そらどういう意味やねん!」と盛大にツッコんでいたが…まあそれはさておき。

 

俺達は徐州・琅邪郡に到着していた。目的地である東海郡はこの隣にある。そして、ここは朱里の故郷でもあった―

 

 

 

(side:朱里)

 

「(―懐かしいですね)」

 

私達は今、徐州・琅邪郡にいる。ここは私の故郷…史実の諸葛孔明の出身地は、未だにわかっていないらしいけど。

 

幼くして身寄りを亡くしてしまった私は、水鏡先生の所に引き取られるまで親戚中をたらいまわしにされた。親戚の

 

名前はもう覚えていない…あんまりいい思い出ではないから。

 

雛里ちゃんも身寄りを亡くして水鏡塾に来た子だ。孔明さんは幸せだろうと思う。たぶん、両親は私と同じく亡くなって

 

いると思うけど、妹である静里ちゃんの他に、孫策軍に姉がいるという話を聞いた。灯里ちゃんは確かお母さんが存命で、

 

水鏡塾からほど近い邑で暮らしているらしいけど…。

 

肉親を失って久しい私には、少しうらやましくも思えた。だけど、今の私は一刀様や鞘名さんをはじめとした北郷家の

 

皆さんがいる…何より、一刀様がいるということだけで私は十分だった。

 

「(…)」

 

『前回の外史』で、私は成都を去る時、「郷里に帰る」と皆に告げたのに、私が向かったのは建業…白蓮さんや星さんは

 

責めずにいてくれたけど、未だに罪悪感がある。なまじかつての郷里にいるために、その感情はより強くなっていた。

 

幸い、今日はもう川岸で一夜を過ごすことになっている。私は今は亡き両親に、少しの間黙祷を捧げる。

 

「(…)」

 

黙祷を終えると、私は一刀様が張ったテント(この外史で作ったもの)に入って就寝の準備をする。

 

食事は終えているので、後は寝るばかり…一刀様は夜警にあたり、凪さんが交代要員として待機する。その他の私を含めた

 

面々はもう寝ることにした。夜の帳もおりた頃、私達はテントの中でランプ(天からの持参品)の柔らかな灯りを受けながら、

 

お喋りを楽しんでいた。一刀様はテントの外で夜警をしていらっしゃるのでこの場にはいない。

 

「…そういえば、迎えに行く人というのはどういった方なのです?」

 

ふと、凪さんが疑問を口にした。

 

尤もな疑問だ…灯里ちゃん達はもう承知しているけど、凪さん達は違う。

 

どんな反応をされるだろうか。

 

「張三姉妹…黄巾党を率いていたとされる人達です」

 

「「「なっ!?」」」

 

私が答えると、三人は驚いて目を見開く。それは当然だ。張三姉妹には悪意などなくても、世間的には大悪人…真相を知る

 

私達と公孫賛軍の面々、そして曹操さん達以外には悪党とみなされている。そんな人達を迎えに行くとなれば、彼女達の反応は

 

至極当然のものだった。

 

「…心配はありません。彼女達の力を誰かに利用されることが無いよう、私達で保護することにしたんです」

 

「…なるほどなぁ。黄巾党を率いとったってことは兵力の動員力が半端ないってことや。そら誰かに利用されたらアカンわ」

 

…ふぅ。実は現実主義者の真桜さんが冷静な意見を述べてくれたおかげで場が収まった。

 

「しかし、これから上洛するというのに、それは不味いのでは?」

 

「そこは何とかしますよ。彼女達も乱を起こすことは本意ではなかったのです。悪い人たちがそれに乗っただけ…

 

 それだけでは許されない事ではありますけど、罪を償おうとするなら、生きて償うべきです。死して償える罪はありません」

 

凪さんの指摘も尤もだ。確かに、上洛するときに彼女達を連れていったらそれこそ処刑…しかも皇帝による命が下るかもしれない。

 

今の皇帝にはほとんど実権は無く、月ちゃんがそうした政務全般を担っているが、果たしてどうなるか…色々と策は考えてある。

 

最終的には皇帝も認めざるを得ないはず。皇帝をも言いくるめるということに、この大陸の生まれである私は凄まじい何かを感じ、

 

ちょっと心臓がバクバクいっているけど、必要なことだ、仕方がない。

 

それに、私にとっての天は一刀様以外にありえない。だから、大丈夫。そう自分に言い聞かせ、心臓を鎮める。

 

「せやけど、その張三姉妹を利用されたらアカンいうけど、誰が利用するん?」

 

…そんなことを考える人は一人しかいない。覇道のために利用できるものは何でも利用する人が、兗州にはいる。

 

「…曹操さんです」

 

「へ?曹操いうたら兗州の…」

 

「ええ。兗州州牧の曹操さんです。彼女は自身が天下に覇を唱えるために人材と戦力を集めていますから…もう漢王朝には任せて

 

 おけないということでしょうね。今回の事も、可能であれば自身が献帝…劉協陛下を手中に収めてそれを正当化するという目的も

 

 あるでしょう。もっとも、後半は推測ですが…」

 

「そら不味いんとちゃうか?皇帝陛下に任せておけんって、天に唾するようなもんやんか」

 

私の推測を聞いて、真桜さんが呆れたように首を横に振る。

 

確かに、彼女の言う通りだ。

 

漢王朝が衰退していることは否定できない事実だけど、それでもまだ皇帝という存在は曹操さんからしても雲の上の存在であるはず。

 

彼女自身は民の事を想ってやっているのだとはわかってこそいるが、月ちゃんが「事実」皇帝を手中に収めているのと同じように、

 

「事実」漢王朝に取って代わろうとしているのが曹操…華琳さんだ。

 

華琳さんは悪い人ではないけど、月ちゃんと同じでやっていることをただ「事実」として捉えれば真桜さんの言う通りになる。

 

雪蓮さんについては、建前上天下を狙ってはいるけど、本音は呉の民の平穏さえ確保されれば天下に興味はないらしい。その点、

 

彼女とは後々手を取り合える気がする。状況が落ち着いたら、彼女の暗殺を防ぐために手を回さなければならないだろう。

 

桃香さんは…かなり遠いとはいえ、曲がりなりにも皇族だ。皇帝に取って代わろうとするなんてことはしないと思う。とはいえ、

 

あの人の場合は…いや、是非もない話だ。

 

「それはそうですね。ですが、私達と初めて会った時に彼女は『いずれ天下を手に入れる者』だと自称しましたから…」

 

「なんと不遜な…既に自分が誰よりも上に立っていると言わんばかりではないですか」

 

凪さんが怒りを滲ませた口調で反応する。生真面目で激情家な彼女らしい反応だ。

 

確かに華琳さんは凄い人だ。その能力は、周囲の人間を悪意なく卑下するほど高いのは事実…。

 

でも、そのあまりに尊大な…不遜という凪さんの指摘もあるが、そういった態度が要らぬ反発を生んでしまうのもまた事実。

 

一刀様によれば、それは彼女が自身を覇王として任じているが故の孤独…私からすれば甘えもいいところである。

 

だから最後まで素直になれなかった…それがこの上ない後悔となって彼女を苦しめたことは、失礼だが私も知っている。

 

でも、天下の全ては自分のものになると考えている彼女の態度は、私は気に入らなかった。人間としては、信頼しているが。

 

「…信じ続けることは難しいんです。疑うことは簡単なんです。それだけではないのですが、根底にあるのは不信ですから…」

 

乱世において他者を信じるということは、ともすれば愚行でしかない。

 

華琳さんにしたって、不信という簡単なものに囚われてしまっている。桃香さんもそれは同じ。

 

だからこそ、そんな中にあって人を信じ続けた一刀様は彼女達を統べることができた。それはある種特異な力。

 

信じることは、何より強い力になる。一刀様は、私にそれを教えてくれた。

 

信じるということに飢えていた人…私もそうだし、みんなそう。だからこそ一刀様の許には力が集った。

 

私が狂おしいとさえ言える愛情を彼に抱いてしまうのも、きっとそのせいだ。

 

そして、それはきっと皆同じなんだと思う。そう、華琳さんも…。

 

 

(side:地和)

 

―この村を作って隠れ住んで、それなりの月日が経った。皆で開墾して、畑を耕して、色々作ったりして平和に暮らしている。

 

あの決戦があってからというもの、あたしはこうして一人になることが多かった。いや、正確にはこの村ができたときくらいかな。

 

「…」

 

姉さんや人和もここで平和に暮らせている。護衛の連中もいろいろと頑張ってくれて、今ではすっかり普通の村になった。

 

一人のおばあさんが移り住んできた、なんてこともあった。あのおばあさんは知恵袋で、村を運営するためにいろいろと知恵を

 

貸してくれた。偏屈で天邪鬼だけど、面倒見のいい人だ。肉親を失って久しいあたし達にとって、母親のように思える人だ。

 

この村を作ってからは、妖術はほとんど使っていない。こうして一人になりたいときに、気配を断つのに使っているくらいだ。

 

人和に「見つからなくて心配するからやめて」って怒られたけど、それでも一人になりたいときはあった。だから今はちゃんと

 

一人になりたいと告げてからこうして一人でいるようにしている。もちろん、村を離れるようなことはしない。

 

「…」

 

夜空に浮かぶ月を見上げる。今日は満月の一歩二歩手前だった。銀色に輝く月は本当に綺麗なんだけど…胸がずきりと痛む。

 

理由はわかっている。

 

「…一刀」

 

そう、一刀…北郷一刀だ。

 

あの時、あたし達に何も言わずに逝ってしまったあの一刀を、あたしはあの決戦の場で目撃していた。

 

あの時はなんとなく見覚えあるなっていう程度だったけど、冷静になって改めて思い出してみると、一刀に間違いない。

 

どうしてだろう。

 

どうして消えたはずの一刀が生きていて…いや、それ以前に。

 

「なんであたし達、また黄巾党なんて…」

 

そうだ。華琳様に保護されてあたし達は彼女の許で尽力することになり、残っていた黄巾党の皆は曹操軍に編入された。

 

そしてその後も戦い続け、ついに大陸を平和にすることができた。そのはずだったのに、なんでまた黄巾党なんてものを…

 

「きっと一刀なら知ってるわよね…」

 

彼なら理由を知っているはず。どうしてまた振り出しに戻ってしまっているのか。

 

護衛の連中が教えてくれたんだけど、どうも彼は今は平原…つまり、桃香さんの所にいるという噂が流れているらしい。

 

この連中の情報はいつも正確だったから、今度の情報も信頼性は高いと思う。

 

今はどうしているんだろうか…桃香さんの所にいるっていうなら、きっと『ご主人様』って呼ばれて君主をやってるよね…。

 

会いに行こうと思えば行ける。一刀ならどうにかあたし達の素性を隠してくれるはずだ。

 

万が一素性がばれても、桃香さんの性格上、直接会った上で相手に邪悪な意思が無ければ基本は信頼してくれる。

 

愛紗さんあたりはうるさいと思うけど…月ちゃんとかに対してもそんな風に言ってたって一刀が言ってたしね。

 

あの人の場合、嫉妬が混じってるとは思うけどさ。

 

「…」

 

あたしは首にかけているお守りを手に取り、月にかざす。お守りは月明かりを受けてきらきらと柔らかい輝きを放った。

 

これのおかげで、あたし達はこうして生きていることができる…どういうことなのかは未だにわからないけど、守ってくれた

 

このお守りには本当に感謝していた。これをくれた人…公孫越、って言ってたっけ。白蓮さんの家族なんだろうか。

 

「…思い出しちゃった、のよね。姉さんや人和は思い出してないみたいだし…なんであたしだけ…」

 

このお守りが不思議な力を発揮したあの時、あたしは頭の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。その後は必死に逃げたから、

 

こうして落ち着くまで思い返す機会はなかったんだけど…満月と言えば、最悪な思い出しかない。今日は満月じゃないんだけど、

 

三国統一が成った日の夜は、綺麗な満月だったはず…でも、魏のみんなはきっと満月が大嫌いなはずだ。特に、華琳さまは。

 

だって、一刀が消えてしまった日だから。満月の夜に、彼は逝ってしまった…あたし達には何も言わずに。

 

華琳さまは直接一刀が消えるところを見ているわけだけど…あの後、華琳さまはあたし達に何をされてもされるがままになって、

 

ただ虚ろだった。春蘭さまや秋蘭さまでさえ、あの時ばかりは華琳さまの言葉を信じようとしなかった。桂花が華琳さまの頬を

 

張ったのは正直悲しむのを一瞬忘れてびっくり仰天したけど…一刀が消えた真相を知った時、誰もが暫くの間、華琳さまの覇道を

 

責める気持ちに苛まれた。それだけ、一刀は皆の心の中心にいた。それは華琳さまでさえできなかったこと。あたしたちだって、

 

姉妹三人で長いこと旅芸人をやっていて…何も残ってなかった。ずっと一緒の姉妹と、歌しかなかったんだ。それなのに、一刀は

 

ああも易々とあたし達の中心に入り込んできてしまった。

 

「…一刀…」

 

好きだった。大好きだった。この世の誰よりも好きだった。

 

彼を失ったということが本当だと分かった瞬間、あたし達の心には本当に大きな穴が開いてしまった。

 

姉さんも、人和も…泣いていない時があっただろうか。あの姉さんが、半年くらい声が出なくなっちゃった…華陀の説明によれば、

 

精神的な原因で声が出なくなることがあるみたい。戦争が続いた中、そういう子どもを何人か診てきたらしい。人和は表面上何も

 

変わらなかったけど…目が腫れていない日なんてなかった。かくいうあたしだってこれ以上ないくらい落ち込んだ。食事もほとんど

 

喉を通らず、ただでさえ細身なあたしがさらに体重を落としてしまい、華陀に世話を焼いてもらうことが何度かあった。

 

歌うことなんて、もうあたし達の思考の内には無かった。一番聴いてほしい人が、いなくなっちゃったんだから。

 

「…会いたいよぅ、一刀…!」

 

その一刀が、そう遠くないところにいる。天なんていうはるか遠くじゃなく、そんなのに比べたらすぐそこに…!

 

今すぐにでも行きたい。最初の内は「次に会ったらとっちめる」なんて息巻いてたけど、もうそんなことは関係ない。

 

ただ、彼の顔が見たい。声が聞きたい。そのぬくもりに包まれたい。

 

そんな、単純なことしか今のあたしには考えられなかった。

 

姉さんたちもひっぱっていって、一刀に会えば思い出すだろうか。だって、あんなに好きだったんだもの…あたしに負けないくらい。

 

あたしだって誰かに負けるつもりはないけど…姉さんや人和が一刀をどれだけ大切に想っていたかは誰よりも知っている。

 

誰かのものとかっていうのはもうあたし達姉妹の中で争うことはしなかった。そりゃ、三人一緒にすればそんな考え吹き飛ぶわよ。

 

…でも。

 

「…でも…一刀とまた会えたとして…」

 

一刀とまた会えたとして、あたし達はどうやって罪を償えばいいのだろう。

 

さっきは桃香さん云々愛紗さん云々考えてたけど、ふと冷静になってみると、あたし達自身が望まなかったとはいえ、起きたことは

 

消えない。あたし達は罪人だ。他人から見れば、あたし達は黄巾の乱を起こして世を乱した大罪人…許してもらえるはずもない。

 

そんな単純な事実に気付いた。

 

「…うぅっ…ぐす…うっ…」

 

ああ、なんであたし達は同じ過ちを繰り返してしまっているんだろう。

 

ああ、なんでまた振り出しに戻ってしまっているんだろう。

 

ああ、なんで…

 

「なんで…なんで…普通の、女の子として…出会えないのよぉっ…!」

 

何度も同じことを繰り返した記憶。一刀が消えた三国統一、一刀が象徴として立った三国統一…他にもいろいろある。でも、いつも

 

あたし達は結果的には黄巾党を興して世を乱し、そしてあたし達の歌を利用されてきた…なんで。どうして。

 

どうして、あたし達は普通の女の子として…芸人やってる時点で普通とは言えないかもしれないけど…それでも、大罪を犯すことなく

 

普通の女の子として彼と出会えないのはなんでなんだろう。

 

涙が止まらない。一刀を永遠に喪ったと思ったあの時とは違う…すぐそこにいるのに、会えないということの悲しさ。

 

罪人は、誰かを愛すること…誰かに会いたいと思うことさえ、許されない。それをたくさん奪ってきたのだから、それは当然だ。

 

でも、罪の意識だけで抑え込めるほど、あたしの想いは…弱くなかった。

 

 

(side:一刀)

 

―翌朝。

 

俺達はキャンプをたたむと、再び東海郡に向けて出発した…ここで、俺達の旅装についてちょっと。

 

俺と朱里は戦装束と普段着を別に持っているわけだけど、普段着は制服なので目立ちすぎる。まあ戦装束も風変りってことで目立つ。

 

でも色合いは地味なので、そう注目されることも無いはずだ。だから、戦装束に羽織を羽織って、時代劇でおなじみの饅頭笠を被る。

 

この笠は天からの持参品で、じいちゃんがノリで用意してくれたものだ。じいちゃんもかつて楚漢戦争で愛用していたとか…。

 

変な所に拘る人である。かくいう俺や朱里もノリノリだったりするが。まあメイド服とか作ってた俺がじいちゃんのことについて

 

とやかく言う資格はないか…あれは涿と平原の服屋には既に置かれていたりするが…今度は月と詠が名前を捨てなくても良いように

 

するつもりなので、彼女達が着る機会は…本人達が望めば、幾らでも用意するが。

 

「一刀殿、いくら急いでも今日中に目的地に着くのは無理です。できる限り行くだけにしましょう」

 

「ああ」

 

凪の言う通りである。東海郡入りは今日中にできるとは思うけど、目的地まではさらに一日を費やさなければならない。

 

ここまでかなり強行軍で来たので、馬をいたわる意味でも急ぎ足にならないように気をつけることにする。

 

「…」

 

今夜はおそらく満月の一歩手前になる。そして明日の夜は…満月だ。

 

なんという因果な日だろう。今現在陳留にいる曹操軍の面々以外…霞は別としても、かつての魏の面々が揃う日が満月とは。

 

これも巡ってしまった因果なのだろうか。

 

あるいは、『かぐや姫』の逸話もこの事象の基底概念となっているのだろうか。どうやっても引き止められない、去りゆく人…。

 

なんかそう考えたら今さらだが納得がいった気がする。俺はすべてを忘れて月の国…もとい、次の輪廻に去っていった。なるほど、

 

俺が日本人だからそうなったのかもしれない。『胡蝶の夢』なんかよりずっと馴染みのある題材だからな。

 

「なぁ、大将」

 

「ん?なんだ、真桜?」

 

「今から行くとこっちゅうのは、元黄巾党の連中が作っとる村なんやろ?

 

 ウチらは大将が言う『在野』やったからええけどな、大将は有名人なんやで?黄巾党の連中にとっちゃ悪い意味でなぁ。

 

 そないな人が行って、警戒されへんはずないやろ?そこんとこ、どないするん?」

 

「あ~…」

 

真桜の指摘も尤もだ。俺と朱里は確かに有名だ…黄巾党にとってはそれこそ畏怖すべき存在として。

 

警戒されるのは当たり前である。されなかったら逆に怖い。

 

「…張三姉妹の側近役として俺達直属の隠密兵が張り付いてる。そこを利用すれば何とかなるだろう」

 

「うわ、そんなことまでしとったん?抜け目ないなぁ、大将」

 

「やれるだけのことは常にやってきたっていうだけだよ。裏で手を回すのも必要ってね?」

 

「…せやな。やったらアカンこともあるんはわかっとるけど、まっとうな手ばっかでっちゅうのも、アホやもんな」

 

こと発明のことに関しては無限の夢を持つ真桜だが、それ以外では基本的に現実主義だ…新兵の教育方法も、冷徹に現実を教え、

 

それでやる気を引き出すっていう方法だった。関西弁だから独特の迫力もある。実際、頭が良いから口も達者だ。

 

だが実際問題、張三姉妹の信頼を得られるかどうかは非常に微妙な線だ…最初から存在を知られてたなんてわかったら、さらに

 

警戒されてしまう。護衛の連中を派遣してましたなんて言ったら、さらに…キリがねぇ。

 

彼女達三人が無事なのは良いことなのだが…別の意味で難局に直面してしまったな、これは。人和が冷静に考えてくれるのを

 

期待するしかないか…地和はあからさまに警戒するだろうしな。

 

その点、天和に関しては…あの子は人を見る目はあるから、ある程度こちらが腹を割れば信頼してくれるだろう。彼女は桃香並に

 

天然だが、世間を見てきているせいか時折鋭い指摘をすることがあり、妹達のみならず俺をも驚かせたことが何度かあった。

 

あの三姉妹は人和が纏めているように見えるが、最終的に引っ張っているのは天和だ。天然だが、泰然自若として動じない

 

彼女は、長姉という立場もあって精神的な支柱となっている。人和も、天和が下した最終決定を覆すことはしない。こう言っては

 

現金だが、天和さえ説得してしまえばなんとかなるかもしれない。警戒心の強い地和をどう説得するのかが微妙だが…。

 

「一刀さん、この行軍速度で行くと、現地には早くとも夕刻…でもたぶん夜になります。警戒心が強まりますから気をつけて」

 

…確かにな。この速度ではおそらく夜になるだろう。灯里の分析はいつも的確だ。

 

「それもそうだな…だが、彼女達も今は普通の村人として暮らしている…警戒心をあらわにすることが、素性を明かすような

 

 ものだとはわかっていると思う。最初からそう強く警戒されることも無いだろう…こちらの素性を明かせばそうなるだろうが、

 

 逃げ場がないこともわかっているだろう。それに、こちらに害意がないことを示せば、話は聞いてくれるはずだ」

 

…卑怯な言い方なのはわかっている。だが、少なくとも俺達には彼女達を害するつもりなどさらさらない。どちらに転ぶかは

 

わからないが、最善の結果になるように努力はしてきたつもりだ。今回も最善を尽くすのみ…『甲計画(ファーストプラン)』を破棄した以上、

 

今この時に彼女達を保護するよりほかないのだから。

 

―――

 

――

 

 

―そして翌日の夜。もう目的地の村は目の前だった。

 

「一刀様、いよいよですね」

 

「ああ」

 

俺と流琉が乗る電影の隣を進む颶風の背に乗る朱里から声を掛けられる。俺は前方から視線を外さないまま応じた。

 

「…私達の策略に巻き込んだ人と対面するというのは、これが初めてになります。緊張しますか?」

 

「…いや。あるとすれば、それは悔悟の念だけだ」

 

「…そうでしたね…今日はちょうど満月…ああ、なんてこと…」

 

朱里にしたってあの日は成都にいたのだ。俺が消えるところは見ていなくても、その日が満月だったということは知っている。

 

俺は電影から降りる。電影は俺が引かずともついてくるので、そのままに任せて背嚢から横笛を取り出す。淋漓さんが趣味で作った

 

横笛だ。旅立つ前、餞別の一つとして贈ってくれたもの。桔梗が使っていたものと同じくらいの長さだ。朱里と鞘名もそれぞれ

 

淋漓さんから横笛を貰っている。鞘名はこっちには来なかったけど…あの子は音楽が好きだからな。

 

「一刀さん、笛なんて吹くんですか?」

 

馬上の流琉が、俺が取りだした横笛を見て不思議そうに問うてきた。

 

「ああ。これは天の国から持ってきたものだが…横笛はこの国にもあるだろ?」

 

「はい。でも、私も草笛はよく吹くんですけど、本物の笛はあんまり見たことが無くて」

 

ほう…草笛か。俺も桔梗の真似をして吹いてみたことはあるが、音を出すことはできなかった。だが、今ではこうして横笛を使い、

 

音楽を奏でることができる。間違いなく桔梗ほどじゃないけど…桔梗に影響を受けて笛をはじめたのは確実だから。

 

「あまり難しいものは吹けないけど…」

 

それだけ断って、歩きながら笛を口に当て、吹き始める。

 

「…美しい音色ですね…」

 

少しの間吹いていると、凪の感嘆したかのような声が聞こえてくる。

 

「…でも、すごく悲しげな音色…まるで、何か大切なものを失った人の…」

 

灯里は、俺が奏でるその音色を、そう評した。そう、これは悲しい歌だ…とある少女の、この上ない悲しみの歌…。

 

歩きながら吹き続ける。サビに入ると、後ろの方からちょっと鼻をすする音が聞こえてきた。ちょっと声が漏れたので、誰かは

 

わかる。沙和だ。灯里の言葉を最後に、皆黙って聞き入っている…村はすぐそこだ。

 

 

 

―村の入り口に至る道に、一人の少女が立っていた。

 

 

 

俺は笛を口から離す。満月の光に照らされたその少女は…空色の髪をサイドテールに纏めた小柄な少女…張宝だった。

 

彼女はそのまま、歩みを止めた俺達に歩み寄ってくる。苦しげに胸に拳を当てながら。信じられないものを見るような顔をして。

 

そして、口を開く―

 

 

 

「―もしかして…一刀?」

 

 

 

―それは、予想だにしなかった言葉だった。

 

 

(side:地和)

 

あたしは今日も、村のはずれで一人、物思いに耽っていた。今夜は満月…心がずきずきする。

 

昨日はあたしが暗い顔をしていたのを見咎めた天和姉さんが離してくれなかったから、こうして物思いに耽ることも無く寝た。

 

でも、今日はさすがに…何かを考えずにはいられなかった。

 

「…はぁ…」

 

一昨日の夜、考えたことを振り返る。あたし達は自由には動けない立場だ…彼に会うのは、向こうから来ない限りは無理だ。

 

それに、華琳さまには悪いけど、もうあたし達の力をあの人に利用されたくはなかった。あの人の所にいれば、確実に一刀とは

 

敵対する道になる…それが何より嫌だった。

 

敵対したくなければ彼の許に行けばいい。だけど捕まったら終わりだし、おそらくあたし達の素性を知れば、愛紗さんあたりが

 

何が何でも処刑するようにと主張するはずだ…一刀ならそれを却下するだろうけど、彼女との関係は最悪になる。何かにつけて

 

五月蠅く言ってくるに違いない…月ちゃんと違ってあたし達にはちゃんと罪の証拠があるんだから。

 

―ふと、笛の音が聞こえてきた。

 

「…何かしら…綺麗な音…」

 

それはとても綺麗な音だった。でも、すごく悲しげだった。

 

…あたしがいる場所の近く…たぶん、村の入り口から続く道の方だ。そこから聞こえてくるんだ。

 

あたしは立ち上がり、土埃を払い落すと、村の入り口から出て音が聞こえてくる方向に歩いて行った。そこではたと立ち止まる。

 

…向こうから人が歩いてくる。何頭かの馬も一緒だ。それにも人が乗っている…旅の一団かしら。

 

だけど、その先頭を歩く人物の顔が月明かりに照らされ、顔立ちがはっきり見えた時、息ができなくなった。

 

「(…一刀!?)」

 

それは、記憶にあるのとは違う装いと髪型…だけど、あの顔は間違いなく一刀のものだ…!

 

向こうもあたしに気付いたみたいで、笛から口を放してこちらを見つめてくる。胸が苦しいので拳を握って胸に当てる。

 

近付くほどに、彼の顔立ちがはっきりしてくる。彼は少し驚いたような表情を浮かべ、笛を下ろす。

 

間違いない…一刀だ…!

 

だけど、あたしは敢えて問うことにした。

 

「…もしかして…一刀?」

 

そう問うと、彼が驚愕をあらわにする。ややあって、ひどく驚いたせいか声を少し震わせながら、彼も問うてくる。

 

「…地和…?どうして…」

 

…ああ…やっぱり彼は…覚えていてくれたんだ!

 

 

 

(side:一刀)

 

―何が起こっているのか、理解できなかった。

 

目の前にいる少女…張宝は、俺の名を呼んだ。この外史では会ったことも無い俺の名を。

 

「(…どういう…ことだ…何故、地和が俺の名を知っている…!?)」

 

息が詰まる。それほどの驚きだった。

 

「一刀っ!!」

 

次の瞬間、張宝は俺に向かって飛び込んできた。慌てて受け止める…張宝は拳を振り上げ、俺の胸を打つ。

 

「会いたかった…会いたかったよぅ、一刀ぉ…っ!!」

 

張宝の拳はまったく痛くなかったが、それどころではなかった。声をあげて泣く張宝は、まるでかつての記憶を持っているかの

 

ような言葉を放つ。一体どういうことだ?彼女は『超越者』ではない。俺達はまだ『超越者』ではない人間の記憶を呼び覚ます

 

手段を知らない。まして彼女は今まで俺達とは接触することすらなかったのに。一体何故…!?

 

…訊いてみることにしようか。俺はこの世界での俺の真名にあたる「一刀」という名をいきなり見知らぬ少女が呼んだことから

 

警戒態勢を取ろうとする流琉と灯里、三羽烏を手で制し、問いかけた。

 

「…覚えているか?あの日も、こんな満月だったな…」

 

そう問うと、彼女は少し落ち着いたのか、俺から少し体を離し、涙でひどく濡れた顔で俺を見上げ、答えた。

 

「…うん…何度、満月を見ながらあんたを想ったのか知れないわ…」

 

間違いない。張宝…いや、地和はかつての記憶を持っている。だが、一応もうひと押ししておくか。

 

「…一刀…あたし、あんたに訊きたいことがいっぱいあるのよ」

 

「それについては後で説明しよう…地和、俺が今連れている面子のほとんどは、君が知っている顔だろう?」

 

「え…?…って、あんた達…!」

 

これはもう疑う余地が無いな。ここにいるのは朱里と灯里を除けば魏の面子しかいない。その面子の名前を口にしようとする

 

地和を、俺は制する。この面々は、何も覚えていないのだから。過去の記憶の影響を受けていたとしてもね。

 

「そこまで。彼女達は何も覚えていない…君がここにいる事情は知っているがな」

 

「どういうこと?」

 

「そうだな…まず、君達がここにどうやって逃げて来たのかを知りたい。どうして君がかつての記憶を持っているのかもね」

 

「…わかった。でも後でちゃんとちぃの質問にも答えてもらうからね」

 

「それはもちろんだ」

 

そして地和は話し始める。あの決戦の時、何があったのか。そしてなぜ、かつての記憶を持っているのか―

 

―――

 

――

 

 

「―ってことがあったわけよ」

 

話が終わる頃には、もう地和の目元の赤みは消えていた。

 

あの時…彼女達は黄巾党の連中に追い詰められ、護衛の連中が奮戦したが、天和の髪の一部が切り取られてしまったらしい。

 

そして地和が首にかけていた御守りを握ってあらん限りの想いを込めると、突然黄巾党の連中が吹き飛ばされ、その上彼女達を

 

見失ったかのようにどこかにいってしまったというのだ。御守りは淡く輝き、よくわからない暖かい力が湧き出しているように

 

感じられたという。忍者兵からの話と一致するが、その報告に今になって血が通う。

 

「にわかには信じがたい話ですね…」

 

いつの間にか馬から降りてきていた朱里が、そう述べた。朱里の声を聞いて、地和が驚いたような反応をする。

 

「…もしかして、あんた…朱里?」

 

「ええ…お久しぶりです、地和さん」

 

「どうしてあんたまでここに?あんた、この時期だと確か平原に…それに、その恰好だって…何で仮面なんてつけてるの?」

 

状況は忍者兵達がしっかりと情報収集の上で三姉妹に伝えていたようだな。大陸の現状はしっかり把握していると見た。

 

「それは一刀様が説明してくださいますので、今は置いておいてください」

 

「…一刀様?あんた、一刀のことをそんなふうに呼んでたっけ?」

 

「それも後で。それより、地和さん…あなたはあの決戦の時から少しして、かつてのことを思い出したのですね?」

 

「ええ、そうだけど…」

 

「その御守りはどこで?」

 

「えっと…遼西まで公演に行ったときに、公孫越って人に…あの人って白蓮さんの関係者?」

 

「ええ、水蓮…公孫越さんは、白蓮さんの妹さんです」

 

「そう。それで、このお守りがどうかしたの?」

 

「…これは幽州で主に産出される『思抱石』という鉱石を磨いて作られる御守りです。『思抱石』は人の『氣』を増幅する力を

 

 持っています…でも、まだ未解明な鉱石です。妖術を使うために必要な力を増幅することもできるのかもしれません。今回の

 

 場合は、地和さんは妖術使いですから、それが増幅された結果、黄巾党の人たちを吹き飛ばす威力になったのではと」

 

「え?でも、あたしそんな誰かを攻撃するような妖術なんて使えないんだけど…」

 

「…妖術ではない…地和さんは気配からして『氣』を使うことはできない………まさか!?」

 

「?」

 

「朱里、どうした?」

 

思考の海に沈んで行こうとする朱里を、その前にどうにか引っ張り上げる。朱里は少し震えながら、口を開いた。

 

「…地和さんの御守りが増幅したのは、妖術や『氣』ではなく…地和さんの想念…『思抱石』とは外史の想念の結晶…」

 

俺の声には応じずに、朱里は言葉を紡いでいく。しかもかなりの高速で。俺も聞き取るのがやっとだ…。

 

ややあって、朱里が顔をこちらに向ける。相変わらず仮面で表情は見えないが、その眼は鋭く光っていた。

 

「…一刀様、地和さんの記憶が甦った理由がわかったかもしれません」

 

「なに?」

 

「…そして、その方法を使えば天和さんや人和さん…いえ、ここにいる皆の記憶を甦らせることさえできます」

 

「本当か!?」

 

「おそらく間違いはないかと。地和さん、天和さん達のところまで案内してください」

 

俺と朱里の会話を呆然と聞いていた地和が、ふと朱里に声を掛けられたためか、少し肩をびくつかせてから答えた。

 

「いいわ。どうも、あたしが質問をしてる場合じゃないみたいだし。案内するわ」

 

俺達は地和の先導に従い、村の中心からやや外れた場所にある小屋を目指した。そこが、三姉妹の住まう家だった。

 

 

他の村人…元黄巾党の面々は既に寝静まっているようだ。村には人気が無かった。

 

俺達は三姉妹が住まう家の近くに馬を繋ぐと、その家の戸の前に立つ。地和が先に入り、来客を告げると、やや間があったが

 

張角の声でこちらを招き入れるという言葉が聞こえたので、地和が開いた戸から入る。

 

予想以上に多人数だったためか、警戒する姿勢を見せる張梁。一方の張角は「いらっしゃい」と歓迎の言葉を述べた。

 

「何のお構いもできませんけど…」

 

「姉さん、この人達、何か危険な感じがする…!」

 

「だめだよ、人和ちゃん。それに、ちぃちゃんが連れて来たんだもん、人和ちゃんの心配してるようなことはないと思うよ」

 

焦燥したかのような態度をとる張梁を、張角が姉らしく落ち着いた声音で諌める。こういうところはしっかりお姉さんだ。

 

張梁が少し落ち着くのを待って、地和が二人に向かって話しかける。俺の方に、俺を紹介するように手を向けながら。

 

「…姉さん、人和…落ち着いて聞いて。この人は『天の御遣い』…北郷一刀さんよ」

 

…地和にさん付けで呼ばれると違和感があるなぁ。

 

「『天の御遣い』っ!?」

 

「へ~、こんな人が御遣い様なんだ~。優しそうな人だね~」

 

「姉さん、忘れたの!?この人は…黄巾党に最も多く被害を与えた公孫賛軍の…!」

 

「はいそこまで。人和ちゃん、わたしたちのことばらしちゃってるよ?」

 

おお…天和が人和にツッコミを入れている…普段の彼女達を見ているとなかなか考えられない光景だ。

 

「って言っても、もうばれちゃったし…いいかな。御遣い様、わたしが張角…黄巾党の指導者です」

 

「…張梁です」

 

「北郷一刀だ。張三姉妹で間違いないね?」

 

「「はい」」

 

「…張宝から事情は聞いている…というより、君達がここにいる事情は常に把握していた」

 

「え…どういうこと?」

 

張梁が訝しげに問うてくる。さて…あの連中の誰かを呼ぶか。呼べば全員来るだろうけど。まあ今は呼ばなくてもいいか。

 

「なあ、君達を常に護衛してくれる腕の立つ連中がいただろ?」

 

「え?ええ、確かにいたけど…」

 

「あれ、全員俺の部下なんだよ」

 

「なんですって!?」

 

驚きのあまり声が少し裏返る張梁。張角も流石に表情を強張らせたが、それでも落ち着いたまま口を開く。

 

「御遣い様はわたしたちのこと、知ってたんですか?」

 

「知っていた。そして、君達の歌を自身の野望に利用しようとする者の存在もね。張角、君の人相書きを見たかい?」

 

「え?あ、はい。でもあんなのわたしじゃないです~」

 

「そりゃそうだ。あんな人間がいたら俺は指先で城壁を壊してみせるよ」

 

「…一刀さんの場合、本当にやりそうだから冗談に聞こえないんですけど…」

 

冗談めかして言うと、後ろの灯里からツッコミが入る。さすがに指で城壁壊すのは無理…城壁壊すこと自体はできてもね。

 

「まあそれは置いておいて。張角、君は陳留でこう、薄桃色の髪を二つのお団子にした小さな女の子に会わなかった?」

 

「…一刀さん、それって…!」

 

「う~んと…あ、はい。会いましたよ~。名前も知ってます。許緒っていう子でした」

 

「…!」

 

流琉が息を呑む。それはそうだ。意外な人間の口からこれまた意外な人物の名前が出たのだから。

 

「やはりか…その頃の君達はまだ普通の旅芸人だった。だがその頃、許緒は既に曹操軍の将だった」

 

「それって…」

 

「そうだ。そのために、君達の素性と顔が曹操に知られた。君達の歌を利用しようとしていたのも、曹操だ」

 

「…」

 

「あの頃はまだ黄巾党が無かったんだ。名乗っても別に良かっただろう?それは責めるべき点じゃない」

 

そうだ。あの後で『太平要術の書』を手に入れたのだろうから、そこで名乗っても別に問題ではなかったはずだ。

 

だが、張梁は大きくため息を吐いた。

 

「思わぬところから火の手が上がったわね…あんな子どもが、曹操軍の将だったなんて」

 

「えー、でもいい子だったじゃない。わたしたちの歌、すっごく気に入ってくれたんだよ?」

 

「それはわかっているけど…世の中、わからないものね」

 

そう言って再び大きくため息を吐く張梁。気持ちはわかる…確かに、その後にあんなことになるなんて思いもしないだろう。

 

それに、季衣を見ているだけでは将には見えない。これが春蘭あたりだったらまだ雰囲気で軍人だとわかるが、季衣から

 

そんな気配を感じろっていうのは武人でなければ無理がある。普段は無邪気な子供だしな。

 

「話を戻そう。護衛の連中は俺が派遣した部下…連中には黄巾党内部の情報収集と、君達の護衛を命じていた」

 

「…あなたの話には筋が通ってるから、わからなくはないけど。…でも、どうして私たちを?」

 

「さっきも言ったろ?君達の歌を曹操に利用させないためだ」

 

「…それだけではないと思うのだけれど。それに、何故公孫賛軍の将…今は平原の劉備の許にいるんだったかしら?

 

 何故そんな人が、私達のところにわざわざ来るの?私達を確実に捕まえて、手柄にしようとでも?」

 

「その発想は無かった…というのは冗談。俺達は君達を保護するためにここに来たんだ。

 

 協力してもらいたいことがあってね。もちろん、無理にとは言わないけど…」

 

張梁はしばらく思案していたが、やがてゆっくりと頷いた。

 

「わかった。どうせ私達に逃げ場なんてない。それなら、保護してくれるっていうあなたの話を聞く方がまだ建設的ね」

 

「ありがとう。それじゃあ、話そうか。俺達が何故ここにいるのか、そして何をしようとしているのか」

 

―――

 

――

 

 

「―なるほど。要するにあなたは劉備という人を見限ったのね?」

 

「そうなるかな…」

 

「利用されるのは、私達だって嫌だもの。あなたも人間ということね…それなら、信じられる」

 

「うん、そうだね。お姉ちゃんも御遣い様を信じるよ」

 

皮肉なものだ。彼女達の力を誰か…主に曹操に利用されることを防ぐために講じていた策が、俺達を利用していた桃香の許を

 

脱したから信じてもらえるとは。これでは『甲計画』を用意しておいた意味が無いように思えて来るな…ま、最初からある程度

 

俺達は「望み薄」だということはわかっていたけどね…。

 

「それで、都にいる董卓っていう人を助けに行くっていうのはわかったのだけど…私達、呂布に散々な目に遭わされた」

 

「師団丸ごと、だったか?」

 

「ええ。それは大きな噂になっているし、知っていてもおかしくない。それはどうするつもり?」

 

「手は用意してある。問題ない。ただ洛陽に行っても、俺達が董卓を説得する少しの間は潜伏してもらうことになる」

 

「…わかったわ。あなたが派遣していたという護衛の人達…あの人たちのおかげでここまでこれたんだもの。信じるわ」

 

「あの人達強いもんね~。あ、そうだ。お礼を言うのを忘れてた。わたし達を守ってくれてありがとうございました。

 

 …でも、わたし達は黄巾党を興し、結果的にはたくさんの命を奪ってしまいました。それは許されないと思うんです…」

 

張角は責任を強く感じているようだ。今はこうして村を作って隠れ住んでいても、罪を償うということはずっと考えてたんだな。

 

姉としてはよくできた人間だ。彼女達は両親を亡くしているため、長姉である張角は妹達の母親代わりとして自らを任じていて、

 

それ故に責任感が強い。少なくとも、俺はそう思っている。

 

「生きることで償う機会も得られる。そして、生きることは何よりも辛いことだ」

 

「…」

 

「…だから、張角。君が死ぬ必要は無い。張宝、張梁もだ。罪の意識があるのなら、命果てるその時まで償い続ければいい。

 

 罪を償うという意志があるのなら、俺達は何としても君達を生かして見せる。何があっても、それだけは信じてほしいんだ」

 

俺が言葉を切ると、張角は数瞬考え込み、ややあって顔を上げると、決然と言葉を紡ぎ始めた。

 

「…はい。わたし達の命、お預けします。そして、この国を平和にしようとしているあなたに協力することは、わたし達が

 

 絶対に果たさなきゃいけない責任だと思います。こんなわたし達に何かできることがあるなら、ぜひ協力させてください」

 

隣に座る張梁も、姉の言葉を受けて頷く。礼式を必要としない俺達には、それで十分だった。

 

「ありがとう。君達の命、俺が確かに預かった。消えていった命たちに報いるためにも、俺達に力を貸してほしい」

 

「はい。命までお預けする以上、わたしの真名をお預けします。わたしの真名は天和といいます」

 

「では私も。私は人和と申します。この名をあなたにお預けします」

 

「ありがとう。確かに預かった」

 

その後は他の面々とも自己紹介を交わす。そこで地和からは既に真名を預かっていることも告げたが、今度は驚かれなかった。

 

…黄巾党は、確かに多大な犠牲を生んでしまった…結果的にはその原因となった彼女達を生かすというのは、消えた命たちが

 

あまりに報われないという意見も承知している。だから、消えていった命たちが生み出し得た未来を背負う。それは贖罪には

 

ならないかもしれない。だが、死を以て償える罪などたかが知れている…生きるという苦しみを背負い続けてこそだと、俺は

 

信じている。俺も…いや、乱世に羽ばたかんとする者達全てが背負う人殺しの罪…それを償うためには、『現実(いま)』を生き、

 

苦しみながらも生を遂げることしかないのだと思う。死は罰になるが…死は楽だという見解も、確かに存在するのだから。

 

 

「…さて、実際的な話に移る前に…やっておくべきことがある…誰かある!」

 

「―はっ」

 

俺の掛け声とほぼ同時、小屋の戸を開けて黒装束に身を包んだ忍者兵が現れる。それを見て、忍者兵を初めて見る子達…まあ

 

つまり俺と朱里以外の全員なのだが…皆驚いた様子で現れた忍者兵を見つめた。驚きは一瞬で終わり、張梁が口を開く。

 

「…本当だったのね」

 

「まだ疑ってたのかい?」

 

「正直…でも、私達も彼らに守ってもらっていたから。感謝しているわ」

 

「ああ…さて、長の任務、ご苦労だった。よくぞ俺の命を忠実に果たしてくれた。礼を言う」

 

「はっ…」

 

「もう一仕事頼む。黄巾党に潜入していた忍者兵全員に伝達せよ。『時は来たり』とな」

 

「はっ。では、これにて」

 

そう言って忍者兵は再び小屋の戸から出て行った。忍者が堂々と戸から出ていくっていうのに違和感を感じたけどね…。

 

「…地和、この小屋の窓を木の板で全て塞いでくれ」

 

「何をするの?」

 

「なに、君に起きたことをここで再現するだけさ。尤も、命の危険はない」

 

「…!」

 

地和が息を呑む。

 

「では…流琉ちゃん、凪さん、真桜さん、沙和さんもこちらに。灯里ちゃんはそのままでいいですよ」

 

次いで朱里が灯里を除いた面々を、張角と張梁が座っている方に移るように促す。皆何事かという顔でそれに従ったが、

 

灯里だけは合点のいった顔でそのまま朱里の傍らにいた。地和も既に記憶が甦っているため、朱里の傍らにいる。窓を塞ぐ

 

作業も終わったようだ。記憶復元に際して想念粒子が強烈な光を生み出すため、これを外に漏らしては不味い。この間の

 

一件で声が外に漏れることはないことはわかっているため、防音措置は必要ないだろう。

 

俺は大きく息を吸い、ざわつく心を抑え込む。そして、話し始める。前置きに過ぎないが、これからやることを簡潔に説明は

 

しておかなければならないだろう。いきなりというのも気が引けるからな…白蓮達の時はいきなりだったけどさ。

 

「…かつて、乱世に覇道を唱え、数多の激戦の後、それを成し遂げた少女がいた…」

 

「…」

 

「…彼女の許には、多くの力が集った…ここにいる面々のほとんどがそれだ。そして、俺はここにいる面々が彼女の許に集う

 

 以前に、彼女の許に墜ちてきた…乱世を平定し、世を安寧へと導く『天の御遣い』として」

 

「それは…」

 

「…今俺の目の前にいるみんなは、その時のことを覚えてはいないと思う。だが、心に何か引っかかるものがあったはずだ」

 

「「「「「「…!」」」」」」

 

「天和、人和、俺について何か感じることはないか?」

 

「え?…う~んと…すっごく頼もしく感じたかな~。なんか、昔なくしちゃった大切なものが、やっと見つかったみたいな

 

 気持ちです。御遣い様の顔とか、声とか、雰囲気とか…そういうの全部、わたし、ずっと昔から知ってたみたい」

 

「私も姉さんと同じ。…あなたについていかなければならないって、心の中で誰かが叫んでいる気がする」

 

…やはりか…朱里の推論のこともあるが、かつての魏の面々は物語が終端を迎える前に別れてしまった分、いなくなった

 

俺に対しての感情が強いようだ。他の所では終端を迎えるまでは一緒にいたからな…。

 

「ウチらと同じやん…」

 

「びっくりなのー」

 

「…」

 

「この人たちも…私と同じで…」

 

三羽烏と流琉は驚いている。流琉に至っては先日、三羽烏から同じことを聞いているので二度目だ。

 

「…その答えを、知りたいか?」

 

俺の問いに、全員しばらく悩んでいたが、やがて黙って頷いた。

 

「わかった…それでは、行くぞ」

 

俺は首にかけていた『思抱石』の御守りを取り出し、首から外して手に握り、皆の目の前に掲げる。かつて彼女達と過ごした、

 

あの懐かしい日々の記憶。それを思い起こしながら、石に意識を集中する。石は今やその輝きを強め、燭台で照らすなどより

 

ずっと明るい光で小屋の中を照らしていた。

 

真言は文言が違っても意味が通じれば何でもいいらしいので、ここでは文言を変えることにする。彼女達は理を超越した者では

 

ない。それに合わせて変えなければ効果が出ないかもしれないからだ。数瞬の思案の後、言霊を込めて真言を放つ。

 

 

『―数多の想い宿せし、悠久の輪廻に封じられし者よ。今こそ封印の枷を解かれ、現世と幻世の狭間より舞い戻れ!』

 

 

『思抱石』が眩いばかりの輝きを放ち、その光が小屋の中に満ちていく。

 

「「「「「「―っああああああああああああああっ!!??」」」」」」

 

少女達の悲鳴は響かない。無数の想念粒子が奔り、それらが奏でる不可思議な音色が響く。外史の外側に漂っていた『過去』の

 

彼女達の想念が、光の粒子となって『現在』の彼女達に吸い込まれていく。

 

彼女達の心と同調し、かつて彼女達と紡いだ『時』の欠片を感じ取る。そして、それを満たすように想念粒子が導かれていく。

 

最早少女達の悲鳴も声もない。想念粒子の音色が小屋を支配し、現世から切り離されたような感覚を生む。

 

やがて―

 

 

『え?季衣のお兄様なら、私も兄様でいいかなぁ……と。……ダメ、ですか?』

 

 

『了解しました。隊長』

 

 

『了解ですわ。……じゃ、よろしゅうな、隊長』

 

 

『はーい。隊長さーん』

 

 

『うーん……いいよー。ギリギリで合格にしてあげるね♪』

 

 

『バカにしないでもらえる?こう見えても世の動きには敏感なの』

 

 

―出会いの時の記憶がフラッシュバックし、光が収まっていく。『思抱石』の輝きも収まってきたところで、俺は再び

 

首にかけてそれをしまった。六人とも気を失って倒れていたが、しばらくして全員同時に起き上がる。

 

そして。

 

「……兄様?」

 

「「「……隊長?」」」

 

「……一刀?」

 

「……一刀さん?」

 

一様に俺を見て反応を示す。懐かしい感覚だ。こう呼ばれていたのもだいぶ昔のことだ…最後に魏にいたのはいつだっけ?

 

そんな無駄な自問自答をしていると。

 

「兄様ぁっ!!」

 

「「「隊長ぉっ!!」」」

 

「一刀ぉ~っ!!」

 

「一刀さんっ!!」

 

「うぉあ!?」

 

六人一気に抱き着いてきた。それはもう号泣しながら。ある程度時間をおくことで気持ちを整理できた地和でさえ、ああも

 

号泣したのだ。いきなりかつての記憶が流れ込み、整理する時間も無かった彼女達の反応は当然のことと言えた。

 

「…すまなかった。俺は結局、君達に別れも告げずに消えてしまった…」

 

「いいんです…もう、こうやって、兄様とまた会えたんだから…もういいです…!」

 

最初に俺に抱き着いたせいでやや潰され気味の流琉が、涙やらなんやらで滅茶苦茶になった顔で見上げてくる。三羽烏も、

 

天和と人和もまた、流琉の言葉に何度も頷く。それはもう皆滅茶苦茶な顔で。

 

しばらくそんな状態が続き、皆がやっと俺から離れたタイミングを見計らってか、既に状況をある程度理解している地和が、

 

自分が記憶を取り戻した経緯などを皆に説明していく。その話に、天和と人和は酷く驚いていた。そして、地和がこれまで

 

ずっと一人で抱えてきたということに気付けなかったことを謝っていた。もちろん、地和は二人が謝るのを止めようとしたが。

 

「…さて、一刀。ちぃのしたかった質問に答えてもらうわよ。…あんたが消えた理由はここにいる全員が華琳さまから聞いて

 

 知ってるわ。でも、あたしたちの記憶の中にはあんたが魏の武将じゃないのもある。これってどういうことなの?そして、

 

 なんでまたここに戻ってきたの…?」

 

説明を終えた地和が、皆を代表してそう訊ねてくる。

 

…今こそ、俺達の『計画』を明かす時だ。俺は朱里に目配せして合図をし、朱里も僅かに顎を引いて承諾の意を示した。

 

「…わかった。では、灯りをつけ直そう。少し、長くなるからな」

 

燭台の灯は既に消えかかっていたので、朱里がランプを用意し、それに火が灯されると、小屋の中は再び明るくなる。

 

そして、俺は話し始めた。輪廻する『外史』の真実を。俺達の『計画』のことを。

 

そしてその果てに、今度こそ本当の、永遠の別れが待っているということを―。

 

 

「…そんな…」

 

「嘘やろ…」

 

「…なんということだ」

 

「ひどすぎるの…」

 

「…ひどいよ」

 

「そんなことって…」

 

「…言葉も無い…」

 

話が終わる頃には、地和はともかくとして、皆も落ち着いていた。そして、俺の話にそれぞれ反応を示す。

 

「…俺達が再びこの『外史』に降り立った理由がそれだ。俺は『前回の外史』から去る時、成都から建業までやってきた

 

 朱里を伴い、俺が元居た世界に似た外史へと帰還した…その後一年は、先程説明した通り平穏に生活していたんだがな」

 

「…だから、私達には『前回』の記憶がほとんどないのね…」

 

「そうだ、人和…俺が呉に墜ちた場合、大賢良師…つまり張角は焼け死んでしまったからね」

 

「ウチらも結局、最後まで隊長とは会わんかったなぁ」

 

「赤壁の戦いの後、君達は大陸を出て行ってしまったからね。あの後、どこに行ったんだい?」

 

「それは覚えていません。気が付いたら、故郷の村にいたとしか」

 

…一体どうなったんだろう?壱与が天照との戦いのときに救援を求めようとしたのが華琳だったけど…あの時は華琳はもう

 

いなくなってたからなぁ。天照が華琳にそっくりだったが…性格大分違ったし、あいつ確か徐福の末裔じゃなかったか?

 

「それは置いておこう…俺の説明はなんとなくでいい、理解できたか?」

 

若干名首を傾げたままでいるが、それでも頷いてくれる。俺は話を続けた。

 

「現在、俺達の協力者になっているのは…皆が知っている面子で言うと白蓮、星、雛里、風、稟だ。他に田豫、簡雍、公孫越、

 

 諸葛均がいる。雛里は記憶が戻っていないがそのまま平原に。星は雛里の補佐と劉備軍の牽制役として平原に。後の面々は

 

 全員が公孫賛軍として反董卓連合への参加準備を進めている…連合の動きを牽制する役目を担ってな」

 

「…『毒』っちゅうことやな?」

 

「そうだ。直接彼女達への援軍となるのは俺達の役目。公孫賛軍は連合の動き…特に劉備軍の動きを鈍らせるのが役目だ」

 

「なるほど…しかし隊長、何故そこまで劉備軍の動きを鈍らせようと?」

 

「…一番、暴走すると危険な勢力だからだよ。華琳も言っていただろう?遠くを見ているばかりで現実が見えていないと」

 

「…はい」

 

確かに、劉備軍に対しては過剰とも言えるほどの牽制策を取っている。もちろん、それ以外に対しても牽制策は取っている。

 

だが、曹操や孫策は俺達に酷く執着しているというわけではない。一方の桃香は、俺達に対して酷い執着を見せている…ここで

 

抑え込んでおかなければ洛陽に辿り着いた後に追いかけてきかねない。あの子の馬…的盧は凶馬ではあるが、馬としての能力は

 

非常に高いし、桃香自身の馬術の腕前も中々だ。追いかけてこようと思えば来れるだろう…一人でならな。

 

「…そんで、隊長。ウチらが一番訊きたいんは…隊長がまた『帰る』ゆうことや」

 

ふと、真桜の口から放たれたのは、やはりというべきか、俺達がまた天界へと帰るという一点についてだった。

 

それには俺ではなく、朱里が答えた。

 

「…先ほどもお話しした通り、天界とこの外史の双方を救うためには、それしかないんです。

 

 この外史が崩壊すれば、天界もそれに巻き込まれて崩壊してしまいます。そして、再び輪廻が始まってしまう…

 

 私達は何があっても、それを許すわけにはいかないんです」

 

「そらわかっとる。けどなぁ、みっともないやろうけど、アンタは良くて、なんでウチらはアカンのかがわからんねん」

 

「…私達には隊長を再び失えと仰りながら、あなたは隊長と共にいることができる…理由はわかっても納得はできません」

 

「沙和たちはもう、隊長に愛してもらえないの…?」

 

「そうだよね。朱里ちゃんが良くてわたしたちがなんでダメなの?同じくらい、一刀のことが好きなのに」

 

「…納得がいかない」

 

…やはり、こうなるか。『超越者』は事情が分かっているからいいが、そうでない彼女達に同じ反応を期待するのは酷な話だ。

 

俺も、あまりに多くの女性を愛してきた…それが今、業となって降りかかってきている。これで誰か一人に決めてしまっていたら

 

いっそあっさりと決着がついたかもしれない。いかに平等に愛していたとはいえ、自分の節操の無さに今更後悔の念に苛まれる。

 

「…私達に再び、あなたを失えと。そう仰るのですか、隊長…?」

 

凪の酷く辛そうな言葉が、俺を苛む。自分が選んだ道に何の迷いもない…こうなることも当然、覚悟していた。だが、覚悟しても

 

この心臓がずきずきするような感覚は消えない。どうやっても、消えない。

 

…これは、俺の業だ。拒絶されることを拒みはしないが…それでも、罪の意識は消えないんだ―

 

 

 

「―あんた達さぁ、なんでそんなみっともない嫉妬なんかしてるわけ?朱里だけが愛してもらえる?バッカじゃないの?」

 

 

 

地和の、いつもの調子の毒舌が小屋の中に響いた。

 

「ちぃちゃん?」

 

天和が、妹の突然の毒舌に驚いたような顔をする。地和はそんな姉を一瞥すると、そのまま続けた。

 

「そりゃ、あたしだって納得はできないわよ。でもさ、一刀は元々違う世界の人間よ?あたし達はこの大陸で生まれたんだから

 

 まだいいかもしんないけど、一刀は家族とか友達とか、そういうのを置いてきぼりにしてきてるんだよ?あたし達も小さい頃に

 

 親を亡くして以来、旅芸人をしてきたわけだけどさ…それとはわけが違うんじゃないの?」

 

「「「「「…」」」」」

 

「そんな一刀が、この大陸…この世界を救うためにまた来てくれたのよ?やっと得た平和を捨ててさ。そりゃ、やらなきゃだめな

 

 事情はあったかもしんないけど。逃げることだってできたっていう話じゃない。なのに、こうやってまた滅茶苦茶な大陸に来て

 

 また『天の御遣い』って呼ばれて…それで役目を果たしてから天に帰ったって、あたし達に文句が言える?」

 

「それは…」

 

「人和、とりあえず今は黙ってて。朱里にしたってさ、あたし達よりずっと長い付き合いで…そんな長い間引き離されてさぁ、

 

 一刀と敵対することもあったのよ?そんなの耐えられる?あたしは無理。姉さんや人和と敵対するなんて耐えられないわよ」

 

「…でも、それは沙和たちだって…」

 

「…そう、それはあたし達だって同じ。でも、あたし達にそれを責める権利がある?」

 

「…」

 

「無いのよ。そんな権利なんて無い」

 

…小屋の中を沈黙が支配する。地和は記憶を取り戻してから時間があった分、感情の整理はできているようだが…

 

それにしても、ここまでのことを言うとは思わなかった。彼女の独占欲の強い性格を知っていれば、普通は信じられない言葉だ。

 

「…本当の気持ちをずっと忘れて、一緒に戦ったり敵対したり…全部捨てて一緒に一刀の世界まで行ったくらいなのよ。それこそ

 

 狂ったように強い愛情があったからこそなのよ。それなのにずっと引き離されて…そんなのってある?あたし達は何度も何度も

 

 一刀と本当の気持ちで触れ合うことができたかもしんない…でも、朱里は違うのよ!?」

 

「…地和さん…」

 

「そりゃ、またこうやって結ばれるまでに二人が過ごした時間までは否定できないけど…あたしにはそうとしか思えない…」

 

「…地和、それは…」

 

「…一刀、まだあたし達のこと、愛してくれてる?」

 

「え…?」

 

「答えて」

 

地和の口調も、表情も、真剣そのものだった。俺はどう答えるべきか迷ったが…。

 

「…ああ。俺はまだ、皆を愛している…それは、いつまでも変わらない気持ちだ」

 

素直に答えることにした。言い繕うなんてことは必要ない。ただ、素直な気持ちを明かせばよいと思ったからだ。たとえそれが

 

これまでのものとは違う友愛の感情であったとしても、愛していることに変わりはない。言い訳がましいかもしれないが…。

 

俺の答えを聞いた地和は満足げにうなずくと、優しい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「…そう…なら、あたし達がやることは決まったわね」

 

「え?」

 

「…みんな、朱里が一緒で良くてあたし達がダメな理由なんて考えないで。あたし達は一刀に愛してもらってるじゃない。

 

 だから一刀はまたこの世界に戻ってきてくれたのよ。あたし達が生きるこの世界を救うためにさ。嬉しいと思わない?」

 

「「「「「…」」」」」

 

「あたし達は一刀に夢を叶えてもらった…今度は、あたし達が一刀のやりたいことを手伝う番よ」

 

地和の言葉は静かだった。だが、この上なく嬉しそうに語る地和からは、確かに何かのカリスマを感じることができた。

 

 

「…ちい姉さんがそんなことを言うなんてね…」

 

ふと、人和がポツリと漏らす。

 

「うん、お姉ちゃんびっくりしちゃったよ~」

 

天和が末妹の言葉に同意する。

 

「…確かに、私達は嫉妬に狂いかけた。でも、一刀さんが戻ってきてくれた理由を、ちい姉さんの言葉でようやく理解できた。

 

 それを考えたら、嫉妬なんてしてられない。もう関係は持てなくても、私達は愛されてる。それだけで十分だと思う」

 

「そうだね~。一刀がまだわたしたちのこと、好きって言ってくれたんだもん…」

 

「…人和…姉さん…」

 

人和と天和の言葉を受けて、続いて三羽烏が口を開く。

 

「…せやな…ウチらがなんぼ妬いたかて、現実は変わらへん…ほんなら、隊長の目的の為に戦う方がええな」

 

「今まで楽しい時間をいっぱいくれた恩返しをするのー」

 

「…我らの使命は、人々が生きる平和を守ること。そして、我らを率いてくれていたのは他ならぬ隊長だ」

 

「お前ら…」

 

そして、今まで黙っていた流琉も、口を開いた。

 

「涿で兄様と再会して、兄様の『計画』の話を聞いた時から私の決意は変わってません。もう迷いません」

 

「流琉…そうね。あなたは…」

 

「…はい。でも、兄様が私達を必要としてくれているんです。それ以上の理由なんて、いりません」

 

この旅が始まる時から事情を知らされている流琉は、それについては整理ができていたようだ。さっきまで黙っていたのも、

 

そのためなのだろう。頑固な流琉のことだ、一度言ったことは絶対に変えようとしない。

 

「皆さん…ごめんなさい…」

 

「なに言うとんねん。どうしようもないことなんやろ?朱里が謝ることないやんか」

 

「そうなのー。それに、隊長と関係を持っていいのは朱里ちゃんだけなんだから、もっと堂々としててほしいのー」

 

「…そうなれば、諦めもつくというものです」

 

「…はい」

 

実際には諦めなんてそう簡単につくものではない…だが、三羽烏は敢えてそう言い切った。それは朱里の背中を押すためか、

 

あるいは自分達の気持ちにけじめをつけるためか…おそらくどっちもなんだろう。三角関係とかそういう多重関係の場合は

 

最終的にこうなるものなのだろうか。不幸な終わり方をしなかったのは、彼女達の人が良いからだろうか。

 

「…隊長、そんな顔せんと、もっと笑ってや。ウチらも協力するさかいな」

 

「隊長には笑っててほしいのー…よく考えたら、悲しかったのは沙和たちだけじゃないの…隊長も悲しかったはずなの」

 

「私達は…それを忘れて自分達の感情に任せてあなたを責めてしまった…」

 

「ごめんね、一刀。わたしたち、結局一刀の気持ちを何も考えてなかった…」

 

「ええ…ごめんなさい、一刀さん。悲しかったのは私達だけじゃないんだよね」

 

「…ああ」

 

たとえすべてを忘れて次の輪廻に飛ばされていたとしても、それを思い出した時、確かに俺は絶望しかけた。悲しかった。

 

朱里がいたから乗り越えられたようなものだ。こう言っては蓮華達に失礼だが、朱里がいなければ今頃、俺は…

 

「…私はこの件に関しては部外者だから何も言えないけど…あなた達の想いがどれほど強かったのかは伝わって来たわ。

 

 経緯は一刀さんから聞いている。そんなことが何度もあったなんて…普通に考えれば絶望していてもおかしくないわ」

 

「…灯里ちゃん…」

 

「でも、私達は目を背けてはいけない。失うとわかっていても、絶望に立ち向かわなければならない。そうでなければ、

 

 本当に失ってはならないものを失うことになる…愛する人も、懐かしい思い出も、そしてそれらが息づくこの世界も…

 

 だからこそ、私は二人についていくことを選んだのよ。例えこれまで歩んできた道に意味が無かったとしても、それを

 

 否定せず、守るために立ちあがった…これほど誇り高い人達を、私は見たことが無かった」

 

「…灯里」

 

「私達だって生きている…生きていれば失うこともあるわ。だったら、何もかもを失くさないために…足掻きましょう。

 

 みっともなくたっていい、最後の最後まで誇りを胸に抱いて、彼らと共に歩む。そして最後は…笑って別れましょう。

 

 これまでは何もかも忘れてしまっていたかもしれない。でも今度は…彼らを失っても、思い出は失わない…それはきっと、

 

 何物にも代えがたい宝物になるわ」

 

「…」

 

「…あははっ、齢十六の小娘のくせして、演説めいたこと言っちゃったわね。でも、これが私の正直な気持ちよ」

 

灯里は自嘲するかのように苦笑する。まるで、自分にはこんな役回りは似合わないと言わんばかりだ。

 

これまでの外史では俺の前に姿を現さなかった灯里だが、彼女の言葉には言い表せない説得力があった。

 

そうした説得力がありながら、灯里の感情が強く顕れた語調で語られていることで、人間味に溢れた言葉となっているのだ。

 

「灯里ちゃんの言う通りなのー。沙和たちの誇りは、隊長と一緒に戦ってきたことなの」

 

「ホンマになぁ…ウチらには魏の平和を守ってきたっちゅう誇りがある。隊長と一緒に、な」

 

「そうだな…私達の歩んできた道に意味が無かったのだとしても…我らは、誇り高き北郷隊だ」

 

三羽烏の誇り…それは、北郷隊として魏の平和の為に日々を生き、戦ってきたこと。

 

「わたしたちにだって…!」

 

「うん。一刀さんに名付けてもらった『数え役満☆姉妹』…ふふっ、いつの間にか設立目的なんて忘れちゃったね」

 

「一刀が言ってたみたいな、みんなに夢を与える仕事…それを一刀と一緒にやってきたことが、ちぃ達の誇り」

 

張三姉妹の誇り…それは、『数え役満☆姉妹』として夢を与える仕事をするという、三人の夢を叶えたこと。

 

「私は、兄様や季衣も含めたみんなで戦い抜いたことが誇りです。きっと、それはこの時のためにあったんです」

 

流琉の誇り…それは、親衛隊を率いて大陸の平和のために戦い、そして最後まで戦い抜いたこと。

 

仮初の命でしかないかもしれない。だとしても、彼女達は懸命に生きてきた。逃げずに、目を背けずに、ただひたむきに。

 

それが、彼女達が歩んだ道の意味。それが今、『物語』の規定を超え、今を生きる彼女達の『誇り』となる。

 

「…兄様。私たちの気持ちは一つです…せめて、兄様たちが後悔なく帰れるように、私たちが後悔なく見送れるように。

 

 兄様たちと一緒に戦って、『絶望』に打ち勝って…兄様たちが帰るその日まで、私たちにも同じ道を歩かせてください!」

 

流琉の言葉に、三羽烏も、張三姉妹も大きく頷く。流琉が放った言葉こそが、彼女達の総意だということなのだろう。

 

歩んだ先にあるものが喪失…絶望だとわかっていても、人は歩み続ける。歩み続けなければならない。歩まなければ、希望を

 

得ることなどできないのだから。希望があると信じて歩み続ける。それこそが、命在るものの誇りだ。

 

「…ありがとう、皆…俺達に、力を貸してくれ!」

 

「はい!」

 

「がってん承知!」

 

「了解です、隊長!」

 

「了解、なのー!」

 

「お姉ちゃん頑張るよ~!」

 

「やってやるわ!」

 

「私たちにできることを、今…!」

 

「皆さん…本当に、ありがとう…!」

 

皆の力強い返事が、この上ない祝福に思えた。ランプの灯は消えかかっていたが、それでも、小屋の中は光で満たされていた。

 

そう感じられるほど、今の俺達は希望に満ち溢れていた。

 

 

―不意に、戸が叩かれる音がした。

 

「あれ、お客さん?こんな夜中に?」

 

「どなたですか?」

 

人和が問う。すると、戸の向こうから老齢の女性のものらしき声が聞こえた。

 

『…ああ、わしだ。邪魔していいかい?』

 

「恭祖おばあちゃん?人和ちゃん、開けてあげて」

 

どうやら天和達の知り合いらしい。聞けば、この村ができてからしばらくして、ここに一人で移り住んできたのだそうだ。

 

しかし、もう夜中も大概…現代の感覚で言えば、それこそ「夜更かしも大概にしろ」と怒られるくらいの時間帯だ。こんな

 

遅くに訪ねて来るとは、いったいどういう用件だ?

 

「(…ん?『恭祖』…?どこかで聞いたような…)」

 

ふと、どこかで聞き覚えがある名前だと気付く。どこかで見たり聞いたりした名前だと思うが…誰だっけ?

 

「おばあちゃん、どうしてこんな遅くに?」

 

「かっかっか。お主らこそ、こんな遅くまで大勢で話し込んで。なんだい、悪巧みの相談かい?

 

 …おや、男が一人だけとは…まさかそういうことだったのかい?いや、それにしては随分と空気が平和だねぇ?」

 

「違うよぉ~」

 

「冗談に決まっとるわ、かっかっか」

 

随分とフランクなご老人だな…下世話な話をするし。

 

「ま、わしがこんな遅くに来たのは、なにやら騒がしいから様子を見に来たってことだ」

 

「あ、そうだったんだ。ごめんなさい。おばあちゃん、もう寝るところだったでしょ?」

 

「それで騒がしくなるもんだからな。気になって様子を見に来たら、馬が何頭も繋がれとるわ、若いのの声が

 

 いくつも聞こえるわ、よくわからんことを熱心に話しとるわで、もう眠気なんぞさっぱり消し飛んだわ」

 

「ごめんなさい…」

 

「気にするでないわ。別に怒っとるわけではない」

 

老婆は相変わらず心底愉快そうな表情を浮かべ、流琉が開けたスペースに座る。

 

―この身のこなし、只者ではない…若いころ、武人としてならしていたのかもしれない。それも、凪同様の武闘家だ―。

 

そんな俺の警戒を知ってか知らずか、老婆はしばらく女性陣と会話を楽しんでいたが、やがて―

 

「―そろそろ本題に移ろうかね」

 

―急に鋭い目つきになる。間違いない、この老婆は武人だった人だ。それも相当な使い手だったのがはっきりわかる。

 

「本題?」

 

天和は相変わらず天然気味に老婆の言葉を繰り返すが、それ以外の面々は老婆の異様な雰囲気を感じ取ってか、少し

 

身構えていた。かくいう俺も、身構えている。

 

そして、老婆の口から放たれたのは、驚くべき言葉だった。

 

「…さて、いよいよ覚悟を決めたのかい…張角、張宝、張梁」

 

「!?」

 

「ちょ、どうしておばあちゃんが知ってるの!?」

 

「知っとるもなにも、お主らが名乗ったのであろうが」

 

「…」

 

天和の正体を知っているということは、この老婆は俺達の話をかなり初期の段階から聞いているということになる。

 

「…安心しな。別に上に告げ口なんてしないからね」

 

そう言ってからからと笑う老婆。しかし、今のでさすがに天和も警戒してしまい、全員でこの正体不明の老婆を囲み、

 

次の言葉を待つ。民間人相手にこれは不味いとは思うのだが、間違いなくこの老婆は一般人ではない。雰囲気が違う。

 

所作に隙がまるで見当たらない。

 

「御遣い殿の誘いを受けたのは、贖罪のためかい?」

 

「…いいえ。未来のためです…彼が作る未来に、私たちが少しでも力になれるのならと」

 

老婆の問いには人和が答えた。

 

「…そうかい。お主らが選んだ道なんだ、引き留めはしないよ。わしからすれば、お主らが世間で言われとるような

 

 大悪人には見えんがな。黄巾党というのも、お主らの取り巻きの連中に便乗してならず者共が好き勝手暴れただけに

 

 過ぎんだろうと、そう思うがね。違うかい?」

 

「…実態はどうあれ、私たちが興してしまったのは事実です…」

 

「本意でもないのにかい?」

 

「…はい」

 

「それでも、お主らは責任を感じてるのかい?なら、お主らは立派だ。まだ若いし、やり直す道はあるだろうさ。

 

 そして、それが御遣い殿が示してくれた道なんだろう?それなら、しっかりその道を歩むんだよ。いいね?」

 

「…ありがとうございます」

 

人和の答えに老婆は理解を示し、人和が礼を言うと満足げに頷いた。

 

この老婆の物腰は、完全に人の上に立つ者のそれだ。思慮深く、相手の話を真剣に聞こうとし、可能な限り評価しようと

 

する。例えるなら老練の武将のようでいて、例えるなら学者のような思慮深さを持ち、例えるなら徳のある仁君…

 

そこまで考えた所で、俺の頭の中で全てのピースがカチリと嵌まったような音がした。

 

武勇、知性、仁徳を併せ持つ。徐州。そして『恭祖』という名前。完全に分かった。この老婆は…。

 

「…そういえば、御遣い殿に挨拶をしていなかったね」

 

そう言って老婆がこちらに向き直る。

 

「…なぜ、下邳にいらっしゃるはずのあなたがここに?」

 

直接は指摘しないが、敢えてこう言うことにした。すると老婆は満足げな笑みを浮かべる。

 

「おや、わしのことは既にご存じなのかい?ま、でも初めて会う顔ばっかりなんだ、名乗らせてもらうよ。

 

 わしは―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―陶謙、字は恭祖だ。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

また更新が空いてしまった…Jack Tlamです。

 

今回は張三姉妹との再会、そして記憶復活と意外な人物の登場となりました。

 

 

前回の「思わぬ事態」とは、地和の記憶が既に戻っていることでした。

 

第二章に伏線は張ってあったのですが、お分かりになりましたか?

 

 

『思抱石』を介することで『超越者』ではない人間の記憶も蘇らせることができます。

 

これは『計画』に大きな影響を与えていくことになりますが、そこはまだまだこれからですので。

 

 

地和と天和のキャラ崩壊が激しいですが…天和については姉としての責任感からこういう態度を

 

とったっていうだけです。地和については、記憶が甦ってからしばらく時間があったことで一人で

 

悩んだ分、これまでの外史よりも大人になったというだけです。それだけです。

 

 

朱里以外の恋姫の朱里への嫉妬はいずれ書かなければならないなとは思っていましたが、ここでまず

 

一度目を描きました。魏ルートの面々は華琳を除けばいきなり一刀を失ったわけで、そういう意味では

 

もっと重たく書こうかと思ったんですが…地和の成長によりそんな事態にはならず。

 

たぶん、もっと重いのはかなり後の方になると思います。ここにいる子達にはヤンデレに片足突っ込んでる

 

子がいないので。蜀と呉にはいるんですよね…(チラッ

 

 

そして何故か横笛を吹き始める一刀。多分源義経の伝記を読んだ影響です(笑)

 

吹いていた曲は…魏ルート挿入歌のあれです。挿入歌の割にはエンディングに肉薄したところで流れたけど。

 

また、饅頭笠という素敵アイテムも所持していることが発覚。武士街道をノリノリで突っ走ってますね。

 

…作者の妄想の具現とも言う。

 

 

陶謙様がいよいよ登場!最後のページだけで短いですが、結構重要な人です。

 

頭いい、器が大きい、そんでもって凄く強い人です。どのくらい強いかって?

 

春蘭を腕一本でねじ伏せて圧勝する(全盛期はもっとすごい)と言えばお分かりになるかと。

 

BBAとしては作中最強かもしれません。肉弾戦においては他のb…っと、危ない危ない。

 

 

張三姉妹のけじめのつけ方を不満に思われるかもしれません。

 

未来のためにその命を懸けて『計画』に臨むというのが三姉妹なりのけじめということでどうか。

 

 

次回は短いので割とすぐあげられると思います。

 

というかもうちょっとで第三章も終わりですね。たぶん。

 

 

ではでは。

 

 

□追記

 

お気に入りに登録してくださった方が200人を超えました!

 

ご愛読ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!


 
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