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真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第二十話

Jack Tlamさん

またしても新キャラ登場。

戦闘回です。そして蹂躙回です。お楽しみください。

2013-11-06 02:11:44 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:7427   閲覧ユーザー数:5256

第二十話、『謎の襲撃者と三羽烏』

 

 

―徐庶元直、真名を灯里。典韋、真名を流琉。俺と朱里双方にとって縁の深い少女達を同志として迎え、計画はいよいよ

 

加速し始めた。彼女達は俺達についていくことを望んだため、俺達と共に洛陽に来てもらうことにした。

 

徐州への旅路の途中、青州・済南郡。平原郡に隣接するこの地で、俺達は再び事件に遭遇した―

 

 

 

涿を出発してから数日が経過した。途中、各所の邑に立ち寄ったり、野宿をしたりで休みを挟みながら、俺達は天和達が

 

隠れ住んでいる徐州・東海郡を目指していた。誰かに襲われることも無い…襲ったところで相手が可哀そうなことになるのは

 

白蓮が言った通り、動かしようのない事実だろうが…少しヘコんだ。何気に人外だらけだった北郷家の面々のことを考えても、

 

修業中にじいちゃんが言っていたように、俺が一番人間離れしているということで…余計にヘコんだ…

 

「一刀様?」

 

「…いや、是非もないよ、朱里…ちょっと、自分がいかに人間離れしているかを考えたらヘコんだだけなんだ…」

 

「…それを言ったら私までヘコむのですが…」

 

「「はぁ~…」」

 

二人そろってヘコむことになってしまった。いや、人間離れしてるのは承知してるけどね?流石にヘコむよ。

 

「あはは…強いっていうのも大変なんですね…」

 

旅行用鍋をかき回しながらそう言って苦笑するのは、かの猛将の誉れ高い悪来典韋その人である。その華奢な外見に見合わない

 

剛腕から繰り出される一撃は、どんな守りも意に介さない。彼女の実力は、この中では俺が一番よく知っている。

 

…のどかに野宿をしているように見えるだろうが、実はのっぴきならない事情があったりする。

 

この旅が始まってから、邑に泊まったのは二回ほどで、それ以外は全て野宿だった。路銀の節約と、情報が流れるのを防ぐためだ。

 

路銀は十分に持って来ているから心配ないのだが、現在俺達がいる済南郡は平原郡に隣接しており、そこに『天の御遣い』が訪れた

 

という情報が噂として流れでもしたら桃香が何かしら事を起こすのが目に見えているので、こうして野宿をしているわけだ。

 

具体的には自分で馬に乗って駆けてきたりとか…ね。ちらとでも耳にしたらすぐさま全部放り出して駆けつけてきそうな気がする。

 

普通そんなこと有り得ないだろっていう指摘は、あの子には通じない。なまじ実例を見てきているだけに…ね。

 

偽名でも名乗ればいいんだろうけど…何だか気が引けたし、何かの拍子に持って来ている十文字旗を見られでもしたら即バレする。

 

冀州では十文字の旗を掲げる俺達は比較的有名であるためだ。そのため可能な限り最短ルートで抜けなくてはならなかったので、

 

渤海郡からこの済南郡に渡る際にちょっと平原郡を横切ったけど、端っこの方だし、その日のうちに抜けたので問題ないだろう。

 

とりあえず青州に入ったはいいが、先に述べたようにまだ平原が近いというか隣接しているので、さっさと兗州を経由して徐州に

 

入りたいところだ。桃香が事を起こすかどうかそのものは不明瞭な可能性でしかないが、『さいはての村』まで追っかけてきたり

 

したところを鑑みるに、おそらく徐州だろうがなんだろうが追いかけてくるに違いない。それだけ強く思われているということでは

 

あるのだろうが、今の俺達にとっては迷惑なことこの上ない…雛里はともかく将連中は迷惑だとか思わずに進んで追いかけてくるな。

 

だってあの状態だぜ?咎める人間は雛里しか…今は星もいるけど、俺のことになると途端に冷静さを失う人間が約二名…いるのでね。

 

星はそろそろ平原に到着しただろうか。彼女が上手くやってくれることを祈るしかない。

 

「明日には泰山郡入りできるかしら」

 

「何事も無ければ、ね」

 

「一刀さん、冗談でもそんなこと言わないでくださいよ。それを言うと何か起きてしまいますよ?」

 

「俺が何かに巻き込まれなかったためしなんてないけどな」

 

まあいわゆる『フラグ』という概念だが…俺の場合、行く先々で何か起きるので、むしろここまで何もないのが不気味だった。

 

灯里の指摘もなかなか鋭いところを突いている。何事もないことを望むときほど、何事かが起こってしまうのが常だ。

 

「まだ平原との距離が近いですから、あまり事に巻き込まれたり、起こしたりするのは良くありませんね。

 

 私達が近くにいると知られでもしたら、即座に突っ走りそうな人が約二名ほどいるので…自覚のない人たちがね」

 

…嫌味っぽい台詞が随分と板についてきたな、朱里。

 

その突っ走りそうな人っていうのがね…内一人はまだともかく、もう一人は君主だから始末が悪い。嫌味を言いたくもなるよな…。

 

「静里から聞いてはいたけど…そこにいたあなたの語調を聞くに、想像以上に厄介な勢力のようね…別の意味で」

 

「戦力的にはどうなんでしょうか?」

 

「武力に優れた関羽と張飛、そして諸葛亮と鳳統という智謀の士を擁しているという点では脅威でしょうけど…

 

 雛里は既にこちらの側として見ていいと思うし、色々と『毒』が回っているから、最大脅威かと問われれば疑問ね。それに話を

 

 聞いている限りでは個人の面でも組織の面でも脆弱…はっきり言うけど、乱世で生き残れない勢力の模範例と言っていいわね」

 

流琉の問いに答える灯里の分析は的確なものだった。

 

劉備陣営の最大の弱点はその「個人の脆弱さ」だ。組織として見た場合はそう脆弱ということもできない。

 

桃香の理想や人柄に惹かれてそこに集った面々は純粋に理想を追いかけ、強固に結びついている。

 

その一点においてはまだ良いように見える…が、実はその一点こそが最大の弱点となっている。

 

なぜなら個々人がしっかり大地に立てる人物であるかと問われれば、極めて疑わしいと言わざるを得ないからである。

 

「まったく、あの子たちも厄介な所に行ったわね…その点、雛里は凄いわ」

 

「ええ…」

 

「いつも誰かの後ろに隠れているような子だったのに、向こう見ずな選択をした…成長したのね」

 

成長した…というよりは、あれが雛里の本質なのではないだろうか。

 

一見しただけでは気弱に見えるものの、彼女の本質は峻厳苛烈。優しい子ではあるが、その実、気性はかなり激しい。

 

一番多くの時間を雛里と共に過ごしてきた朱里でさえ、時として恐怖を感じるほどだったという。

 

…あるいは、朱里が峻烈な覚悟を見せたことで、雛里の内面にある本質が刺激されたのかもしれないな…。

 

「劉備軍はとびきり強い毒を呑み込んだわね…その上、趙雲さんみたいな人を追加の『毒』として送り込むんだもの…」

 

「一刀さんっていい人ですけど、結構やり方は悪辣ですね」

 

「大人の対応と言ってほしいな、流琉。長く生きていれば、いやでもこうなるものさ」

 

「でも、一刀さんたちがやっていることは必要悪だっていうのはわかってます。

 

 それに…一刀さんたちに『毒』がありそうだっていうのはわかっていたはずなのに、気をつけていなかった人たちが悪いんです。

 

 態度からして辛辣だったんですから、見た目ではっきり『毒』があるってわかると思うんですけど…食欲に負けたんでしょうか」

 

…意外に黒いよな、流琉って。

 

まあ、食材を扱う上では食材が持つ毒性に気を付けなければならないことはままあるし、料理人である流琉らしい表現だと言えるが…

 

今の劉備軍に対しては最も痛烈な皮肉だろうな。

 

 

□平原

 

「―っくしゅん!」

 

「―ふぇっくしょん!」

 

「―へくちっ!」

 

「―にゃ?みんなして風邪ひいちゃったのだ?」

 

「―う~ん…何かね、どこかで変なこと言われてるような気がするの」

 

「―桃香様に同じく…」

 

「―私も同じです…」

 

「―変なの。雛里は大丈夫なのか?」

 

「―うん、私は大丈夫だけど…部屋が埃っぽいのかな」

 

「―昨日、みんなでお掃除したんだからそれは無いと思うけど…」

 

「―では、やはり誰かが…?」

 

「―もしかしてわたしのお母さんだったりして…」

 

「―桃香様の御母上、ですか?」

 

「―うん、色んな意味で凄い人でね…わたし、『阿備』って呼ばれたり、川に投げ込まれたりもしてた…」

 

「―な、なんと…」

 

「―お姉ちゃんも有名になったからなー」

 

「―うう…なんか一気に里帰りしづらくなったよ…」

 

 

 

…桃香達は今ごろ、くしゃみでもしているんだろうか。

 

「流琉、あまり悪く言うと劉備軍が総出で風邪になるからそのくらいにしておいてやれよ」

 

「風邪?」

 

「…どこかで噂をされると、くしゃみがでるっていうだろ?あまりくしゃみが出過ぎると、頭痛で風邪っぽくなる」

 

「はぁ…それはわかるんですけど…それって迷信ですよね?」

 

「いや、かなり信憑性が高いぞ。ためしに許緒の噂でもしまくって、今度再会した時に訊いてみればいいかもな」

 

「あはは…あの子の場合、鈍いから…噂をしてもくしゃみをしないかもしれませんよ?」

 

 

 

□陳留

 

「―へっくしょん!」

 

「―ん?季衣、風邪でもひいたか?」

 

「―あ、春蘭さま…そうじゃなくって、誰かがボクの噂をしてる気がするんです」

 

「―お前もか?実は私もたまにそんな気がするのだ」

 

「―ですよね~?」

 

「―うむ。しかし、お前の噂をするとなると…町の食堂の店主か?」

 

「―う~ん…たぶん、ボクの友達だと思います」

 

「―こっちに来るようにと手紙を送ったという、お前の友人のことか?それならまあ、有り得るな…」

 

「―春蘭様、そんなこと覚えてたんですか?」

 

「―部下のことくらい把握していなければ、将など務まらんだろう」

 

(―春蘭様って、けっこうどうでもいいことは覚えてるんだよね…なんだかなぁ)

 

 

 

なんか春蘭と季衣が一緒にいる画が浮かぶぞ…。

 

「お約束だということで追及しない方向でいかがでしょうか?」

 

「名案だ。これ以上誰かを引き合いに出したらさすがにかわいそうになる」

 

朱里の提案もあったので、くしゃみのジンクスの話題はここでやめることにしよう。

 

「あははっ、こんな馬鹿な話題で盛り上がれるのっていいですね」

 

「そうですね、これから辛い道のりですから。こうやって盛り上がれるっていうのは重要なことですよ」

 

朱里の言う通りである。過酷な道を歩むことにストイックではあっても、こうした馬鹿なことも忘れてはいけない。

 

俺達だって人間だ。こういう明るい話が無ければ、心は折れずとも疲弊する。つまり、これは必要な癒しなのである。

 

このくらいは、許されるよな?

 

「そうね…あ、そうだ。朱里、あなたが私の知っているあなたなら…当然…ね?」

 

「…!…ええ、そうですね、灯里ちゃん…」

 

…なんだ?今、背中に物凄い寒気が走ったぞ!?

 

「…天界では…かくかくしかじか…」

 

「…なるほど…かくかくうまうまなのね…すごいわね、天界って…」

 

「…私、絵で描けるんです…」

 

「…そ、それは…破壊力が高すぎるわよ…雛里あたりが見たら三日は真っ赤になったままになるわ…」

 

たき火を離れた朱里と灯里が、こちらに背を向けて何やらこそこそと話し始めた。

 

…やっぱりかぁ~…

 

「一刀さん、なんで私の耳を塞いでるんですか?」

 

鍋で煮立っている今日の夕飯の味見をしながらも、耳をダ○ボ状態にしている流琉の耳を慌てて塞ぐ。

 

流琉はきょとんとしているが、こっちはかなり切実だったりする。だから許してくれ、これは君の兄貴分としての責務だ。

 

「流琉、君は聞かない方がいい。耳が腐るぞ」

 

「???」

 

…いくら、幼げに見えて意外と耳年増なこの子だとしても、そっち方面はマズいって!

 

俺はもう朱里がそういう趣味を持っていようが愛おしく思うことに変わりないが、それでもやっぱり…俺はノンケなんだよ!

 

しかし、灯里もそうだとすると…水鏡塾出身者はみんなそうなのか?静里はわからないけど…

 

「あ、静里は違いますよ?」

 

灯里からツッコミが入った。

 

…心を読まないでくれ。

 

 

―翌朝。

 

早朝に目を覚ました俺達は、野宿していた場所の後始末を済ませ、電影と颶風に乗って出発した。

 

昨晩灯里が言っていたように、今日中に泰山郡に入っておきたい。

 

華琳はもう兗州州牧になっているから国境警備に厳しいかもしれないけど…まあ一言。生憎だったな。

 

彼女がどういう警備体制を敷くかは、かつて魏の警備隊長だった俺が一番よく知っている。

 

故に彼女は俺達を見つけることはできない。完全に同じというわけではないだろう。だが、同じ人物であれば癖が出るものだ。

 

いくら華琳が抜け目ない少女であったからといって、彼女をよく知る俺の眼はごまかせない。

 

「よく知っているっていうのは本当みたいですね」

 

「ああ」

 

朱里と一緒に颶風に同乗する灯里は、陳留で華琳の警備体制を見てきているため、その厳しさを知っているのだろう。

 

俺が曹操の警備体制のことに一言も言及せずに泰山郡を通過する事を選んだことから、改めて確信を得たようだ。

 

俺達だって別に悪いことをしようとしているわけではないが、今の曹操に見つかるのは厄介なことこの上ない…。

 

「…会いたくはないんですか?」

 

「今の彼女には会うことはできない。会うとすれば、それは彼女がやがて興す国との戦いに決着をつけてからだ」

 

「そうですか…」

 

華琳とはおそらく、乱世が始まってから二番目に戦うことになるだろう…最初は麗羽で、その次だ。

 

放っておけば最大勢力になりかねない曹操陣営は、早い段階で潰しておく必要がある。

 

天和達はこちらで確保したから過剰な戦力増大は防げるだろうが、俺達が今いる青州には黄巾党の残党が相当数いる。

 

青州州牧・孔融はそちらの対応にかかりきりで、連合の檄文には呼応していない。というより、「できない」というのが実情だろう。

 

だが、華琳は間違いなくこの地の黄巾党残党を狙っているはずだ。いわゆる青州兵…頭数を揃えることはいくらでもできるのだ。

 

兗州といえば…俺は一緒に電影に乗っている流琉に声をかけた。

 

「流琉、君はどうなんだ?」

 

「季衣には会いたいですけど、道を違えたんです…次に会うのは戦場でしょうね」

 

「そうか。それが君の覚悟であれば、俺は全力で君を支えよう」

 

まだ幼いと言える彼女には重すぎる覚悟…俺達がそう決めさせてしまったのかもしれない。

 

だが、彼女が自分の意志でそうと決めたのであれば、止めはしないし、何かあっても俺達が支えてやればいい。

 

仲間というのはそういうものなのだから。

 

「流琉、君は許緒と全くの互角だ…だが、今の許緒は曹操軍で訓練を受け、実戦的な戦い方を身に付けている。今の君では許緒と

 

 戦っても勝つのは難しいだろう。時間があるときに、君に戦闘技術を教える。才能はあるんだ、それを磨けば互角以上になる」

 

そう、いくら二人が同様のパワーファイターであり、互いの癖を知り尽くしているとはいえ、季衣はもう正規の軍事教練を受けた

 

軍人なのだ。力の面では互角でも、今の流琉では総合戦闘能力の面で季衣に劣っている。また、季衣の『岩打武反魔』は単純な

 

鉄球であるため強度は非常に高いが、流琉の『伝磁葉々』はヨーヨーであり、構造的な弱点を有している。まともに打ち合って、

 

戦闘が長引きでもしたら、たとえ流琉がもちこたえても『伝磁葉々』のほうがもたない。そのあたりのことは流琉の操作技術の

 

高さで補っているのだが…相手の動きを一瞬でも上回れればいい。それだけで勝敗は決する。

 

パワーファイターにスピードを求めることは少々効率が悪いが、『伝磁葉々』が『岩打武反魔』に勝る点はその繰り出す速度と

 

射程距離の長さにあり、スピードを身に付ければそれを活かして一撃離脱戦法が取れるようになる。何より、自分でいちいち

 

引っ張り戻さなければならない『反魔』とは異なり、構造原理的に自力で戻ってくる『葉々』の方が、連続攻撃には向くのだ。

 

流琉が氣を使えれば、それを武器に流し込んで強度と威力を向上させるっていう方法もあるけどね…それは考慮しない。

 

「はい!よろしくおねがいします!」

 

振り向いて笑顔で答える流琉。さて、と再び前を向いたところで、颶風の上の灯里が声をかけてきた。

 

「私もいいですか?」

 

…ふむ。灯里は確か剣を使うんだったな…よし。

 

「いいとも。ただ、流琉のような打撃武器の運用に関しては俺達は門外漢だが、剣なら話は別だ。厳しいが、それでもいいか?」

 

「ええ」

 

彼女の腕前がどれほどのものかはわからないが、仕込み杖を使っているところを見るに、速度重視の一撃必殺…縮地を教えるのが

 

最良かな。『幻走脚』は氣の扱いの基本から始めなければならないので、それがいらない縮地から始めるのが良いだろう。それを

 

修得したら氣の修練に入ってもいいかもしれない。まあ、反董卓連合との戦いまでには間に合うはずもないから、気長にやろう。

 

今後の予定について考えを巡らせていると、朱里の声が聞こえたので一旦思考の海から脱する。

 

「地図によると、この近くに邑があります。食料などを買い足しておきましょう」

 

「そうだな…平原に近づいてから今まで、碌に補給をしなかったからな…そうとなれば、電影、少し急ぎ足だ」

 

「颶風、あなたも」

 

朱里の提案で、この近くにある邑で食料などの補給を行うことにした。四人旅ではあるが、馬は二頭しかいないし、車も無いので

 

そう多くの食料は運べない。故に随時補給をする必要があるので、邑はできるだけ通るようにはしているのだ。平原近くの邑には

 

寄れなかったけど、まあ理由は…ね?

 

俺達の言葉を理解した電影と颶風は、少し速度を上げる。

 

「兗州の邑にはできれば立ち寄らずに徐州入りしたい。少し多めに手に入れておこう」

 

「まだ心配というほどの残量ではないですけど…いざとなったら何度か食事抜きで泰山郡を抜けなければなりませんね」

 

「ああ。水分と塩分の補給さえ怠らなければなんとかなるだろう」

 

実際、ばれなければ泰山郡にある邑に立ち寄って補給を行うのもいいのだが、やはり兗州なので警備体制が厳しく、どうしようも

 

無い部分が多々ある。灯里や流琉は問題ないが、俺や朱里がそこにいたことが華琳に知られればご破算になってしまう部分がある。

 

やれやれ…一気に抜けられるかな?

 

そうして馬を進めているうちに、森が開け、邑が見えてくる。まだ遠目だが、それほど大きな邑ではないな。

 

…ん?

 

「流琉、あの邑から立ち昇っているのは炊煙か?」

 

まだ朝方ではあるが、時間的には半端だ。昼飯の準備というにも早すぎるし、朝飯というには遅いと言えるかもしれない。

 

個々人の自由だという意見もあるだろうが、この時代は現代とは違い、集落で生活のサイクルというものは決まっているものだ。

 

そういったことでも繋がりがあるので、個々人が完全に自由というわけではない。現代人にはわからないかもしれないけど…

 

俺も現代人だって?俺はこの時代で何百年となく生きているんだぞ?むしろ現代での生活に違和感を感じていたくらいだからな。

 

…しかし、炊煙にしては少し黒すぎないか?

 

流琉は少しの間、前方に立ち昇る煙を観察していたが、やがてはっとしたように肩をびくつかせると、振り返る。

 

「あれは炊煙なんかじゃないですよ!あれは火事の煙です!」

 

「なんだと!?」

 

山育ちで目が良い流琉に頼んだのは上策だった。そうでなくとも流琉であれば気付いただろうが。

 

「一刀様!」

 

「これは急いだ方がいいと思います!ここは青州ですし、黄巾党の残党に襲撃されたのかもしれません!一刀さん!」

 

「ああ!電影、急げ!」

 

「あなたも急いで、颶風!」

 

俺達の馬に鞭を使ったり叩いたりする必要は無い。こいつらはちゃんと俺達の言葉を理解しているからだ。

 

そして今回もしっかりと理解した電影と颶風は、一声大きく嘶くと、地を震わせて駆けだした。

 

 

―しばらくして邑に到着する。

 

流琉の言っていた通り、遠くから見えた煙は火事の煙だった。家々は焼かれ、肉の焼ける匂い…死体が焼ける匂いが充満している。

 

馬から飛び降り、流琉も降ろす。朱里と灯里も馬から降り、周囲を見回していた。

 

「これは…!」

 

「ひどい…生存者は!?」

 

朱里の声に、俺は氣を高め、周囲一帯に放出する。氣を利用したごく範囲の狭いレーダーのようなものだ。このような小さな邑を

 

カバーすることも出来ない程度ではあるが、放出度合いを強めればなんとか…念のため、『五行流星』を抜いて、氣を流し込んで

 

もう一度放出してみるが…生命の波動はほとんど感じられなかった。

 

「…ほとんど生命の気配はないな…完全に無いわけではないけど」

 

「そうなると…手分けして取り敢えず生存者を探しましょう。邑も完全に焼けてはいないはずですから」

 

朱里の提案を受け、俺は電影を、朱里は颶風を伴い、流琉と灯里と手分けして邑の各所に散っていく。朱里の言ったとおり、完全に

 

焼けているわけではないようだが…生命の気配が無い。だが無事な家もいくらかあるので、そこにいた住民は襲撃者を追っているか、

 

あるいは…できれば前者だと信じたいところだがな。

 

「…くっ」

 

人肉が焼ける匂いが鼻をつく。そのあまりのひどさに顔が自然と歪む。

 

この匂いそのものは何度も嗅いでいるが、黄巾党との決戦も、今回も…いつまでたっても慣れることはない。

 

「おおーい、誰かいないかー!?」

 

声を張り上げながら捜索を続ける。少し離れた場所からは朱里や灯里、流琉の声が聞こえるが、反応があった様子はない。

 

「電影、お前は何か感じないか?」

 

「(ブルルルル…)」

 

電影に訊ねてみるが、電影はすまなそうに唸る。この気配に非常に敏感な馬でも駄目か…。

 

だが、兵の姿は見当たらない。国境付近ともなれば一軍とまでは行かずとも、警戒のために兵を置くことは考えられる話だ。まして

 

青州は黄巾党が大流行した地だ。孔融はそう言ったところにも気が回る州牧らしいからな。

 

孔融はまだ若いが、民によく慕われる名君であるという情報が入っている。どのくらい若いかというと、俺とそう違わない年齢だと

 

いう話だ。とはいっても、二十歳はさすがに過ぎているだろうがな…。史実とは違って実務でも活躍を見せていて、黄巾党がさほど

 

大暴れしていないのは孔融が懸命に対応を行っているからだろう。平原にいると、青州の状況はよく見えた。それでもまだ黄巾党は

 

暴れていて、対応が追い付いていないと見える。今回もそんな状況の延長線上にあるのだろう。

 

「くそ…全滅か…」

 

俺が探していた限りでは、生存者は見当たらない。これはいよいよ絶望的か、そう思った次の瞬間だった。

 

『一刀さーん!生きている人が見つかりましたーっ!!』

 

「…流琉!?」

 

今の声は流琉のものだ。俺を呼んでいるということは…見つかったのか!

 

「電影、走れ!」

 

俺は電影に飛び乗ると、流琉の声がした方に駆けだした。

 

 

 

「―あ!一刀さん、こっちです!」

 

俺が来るのを見た流琉が、こちらに手招きしてくる。俺は電影から飛び降りると、電影を引いて駆け寄った。

 

間をおかずに灯里が到着し、次いで朱里が来る。颶風も朱里の後をついてきていた。

 

「…あなた方は…?」

 

そこにいたのはまだ年若い少女だった。見たところ怪我はしていないようだが、火災の煙は悪質だ。おまけに、人肉が焼ける匂いは、

 

やはり精神的にきついものがある。そのせいか衰弱している様子だが、会話は出来そうだった。

 

「名乗るほどのものではありません。一体何があったんです?」

 

「はい…私は北海郡の者で、たまたまこの邑を訪れていたのですが、何者かが突然襲撃をかけてきて…

 

 この邑にいた兵の方々と、籠売りをしている旅の武人と名乗る三人組が襲撃者を追いかけて行ったのですが…誰も戻りません。

 

 …このような時、仁義とは…無力なものですね。力が無ければ、何も守れないのでしょうか…」

 

少女は悔しそうにそう言う。やはり、孔融はこの邑に兵を置いていたようだ。

 

ただし向こうの方が数が多かったらしいとなると、おそらく…良くて苦戦、最悪全滅も有り得る…それは流石にないとは思うけど…

 

ん?籠売りの旅の武人?

 

「籠売りの旅の武人というのは?」

 

「え?ええ…つい昨日、この邑に来たそうです。この状況を見ていられないと、兵の方について追撃に向かっておられます」

 

「三人…」

 

「はい。三人とも私と同じ位の年頃の娘…武の心得などまるでない私にも雰囲気でわかるくらいです、かなりの使い手なのでしょう。

 

 それに、彼女達の村で作られたという籠も良いものでした。私も一つ、買わせていただきまして…」

 

そう言って少女は脇に置かれた籠を指す。その籠は、どこかで見た作りのものだった。

 

三人の若く年頃の武人の少女達、かなりの使い手、籠売り…俺の頭の中で、その三つがカチリと嵌まるのがわかった。

 

朱里もはっとしたように息を呑む。

 

「その三人は…一人は銀髪で傷だらけ、一人は紫色の髪で露出度が高い、一人は語尾に特徴があるおさげ…こんな感じですか?」

 

「は?え、ええそうです。お知り合いなのでしょうか?」

 

「おそらく。俺の推測が間違っていなければ、俺の知り合いですね」

 

間違いない…三羽烏だ。陳留に訪れたという情報も無かったので消息が分からなかったが、こんなところで…

 

あの三人は元はと言えば義勇軍を組んでいた面々だ。それに、出身の村の話を聞いていると、そこでは籠編みが主要な産業であり、

 

三羽烏はそれを方々に売り歩いていたらしい。腕も立つから賊に襲われても被害を最小限にできたり、あるいは被らずに済むから、

 

村にとってはそこいらの商人よりは余程確実な収入源であったはずだ。あの籠は質が良かったからな。

 

なんだかんだで正義感の強い連中だ。こんな状況を見過ごせるはずもない…魏での俺の直属の部下だったんだ、それはよくわかる。

 

そうとなれば…!

 

「俺達も追撃します。敵が逃げた方向はどちらですか?」

 

「西に向かったと思われますが…行かれるおつもりですか?かなりの数だったみたいですが…」

 

「ご心配なく。これでも武人です。それに俺の馬は駿馬ですから。なあ、電影?」

 

「(ブルルルル…)」

 

電影に話を振ると、「任せろ」とばかりに力強く唸る。

 

「知り合いのことも心配ですからね。向こうが俺を覚えているかわからないけど…」

 

「そうですか。では、お気をつけて…。私は他に生存者がいないかどうか、捜索にあたってみます」

 

「わかりました、お願いします。また後で」

 

少女は俺に会釈すると、そのまま通りの向こうに去って行った。

 

「灯里、どうも君の指摘が当たってしまったようだな」

 

「そのようですね。私達も行きましょう、一刀さん」

 

「ああ」

 

俺達も馬に乗り、西に向かって駆け出した。

 

…一刻も早く事態を収拾する必要がある。この済南郡の西にあるのは、俺達が先日去った平原郡なのだから。

 

 

―森が深くなってきたところで、俺達は警戒の為に馬を降りる。

 

こいつらは非常に忠実だ。手綱から手を放していても、ちゃんとついてくる。故に俺達も両手が使える。

 

「…静かですね」

 

「ああ…敵はもうこの森を抜けたか?」

 

「この森を抜けても、行く場所なんてないでしょう。森に潜伏していると考えるのが妥当ですね」

 

やけに静かな森だった。鳥のさえずりすら聞こえない。不気味なまでに静かだった。音がすると言えば、他には木々を揺らす風が

 

唸る音、木々が揺れる音、それだけだった。これで鳥のさえずりが聞こえていたなら普通の静かな森だったが、こんなにも静かな

 

森は、この時代に長く生きていてもあまりお目にかかれなかった。そして大概、こういった森には闇が潜んでいるものだ。

 

しばらく進んでいくと、開けた場所に出る。森が深まっている場所だが、なかなか広い場所だ。キャンプには最適だろうな。

 

「やっぱり、生き物の気配がありません…鳥や獣だけじゃなくて、虫すらいない…」

 

森や山のことに詳しい流琉は、生命の気配が感じられないこの異様な森に恐怖を覚えているのか、『伝磁葉々』を構えつつもその

 

身を震わせていた。心なしか、森の清冽な空気が感じられない。なにやら淀んだ闇の気配がする。間違いない、敵はここにいる。

 

それにしても、黄巾党の連中がこんな気配を発するのだろうか―

 

「―っ!?」

 

気配が強まる。

 

…どうやら、見つかったらしいな。囲まれてはいないが、かなりの数だ。

 

「灯里、流琉、囲まれないように気をつけるんだ。朱里、電影と颶風を避難させるぞ」

 

「はい。電影、颶風、あなた達は先にあの邑に戻っていて。ちゃんと戻るから」

 

「「(ブルルルル…)」」

 

二頭の馬は「承知した」とばかりに唸ると、電影が颶風をリードして元来た道を駆け戻っていった。

 

涿にいるときも、こういうことは何度かあった。その時も、電影達はしっかり命じられたことを果たしている。今回も大丈夫だろう。

 

道の向こうに二頭の馬が消えていくのを見届け、それを見守っていた朱里も敵の気配がする方向に向けて視線を鋭くする。

 

足音が聞こえてきた。どうやら敵もやる気になったらしい。

 

ややあって、灯里が警戒していた方向から敵が飛び掛かって来た。

 

「―」

 

「てやぁ!」

 

一閃。灯里は襲い掛かってきた敵を、手に持つ仕込み杖『虎閃爪(こせんそう)』を抜き放って斬り伏せる―次の瞬間だった。

 

斬り伏せたはずの敵が、起き上って来たのだ。かなり深手を負ったはずなのに!

 

「浅かった!?いえ、でも!」

 

信じられないものを見たかのように、灯里が恐怖したかのような声をあげる。

 

―悲鳴も上がらなかった。これは…まさか!?

 

「灯里!そいつの首を斬り飛ばせ!痛みを感じていないんだ!」

 

「―!?」

 

「斬ればあがるはずの悲鳴がなかった。こいつら…自意識が無いのかもしれない!」

 

「っ!えぇい!」

 

一瞬驚愕の表情を浮かべた灯里だったが、すぐさま再び襲い掛かってくる敵の首を斬り飛ばした。流石に今度は起き上ってこない。

 

だが、そいつが斃れたことを合図にしたのか、他の連中も木々の間から姿を現し、襲い掛かって来た。

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「―」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

言葉どころか気合を発しようともしない。ただ機械的に襲い掛かってくるだけだ。

 

―なんて不気味な。

 

「朱里、流琉!頭を潰すぞ!心臓でもいい!傷を負ったくらいじゃ、こいつら倒れてくれやしないぞ!」

 

「はいっ!」

 

「わかりました!」

 

数が多そうだ…俺は『五行流星』と『五常流星』の両方を抜き放つ。

 

この外史に来てからというもの、二刀流を使う機会は無かったが…俺もまた、得体の知れないこの敵に恐怖を感じているのだ。

 

「―行くぞっ!はぁぁぁぁあああっ!!」

 

地面を蹴り、宙に舞う。両手の刀を振るい、『空歩術』を併用しながら敵の首だけを確実に斬り取っていく。

 

「―どぉぉぉぉぉおおおりゃぁぁあぁぁぁぁぁぁああっ!!!」

 

流琉が『伝磁葉々』を繰り出し、十数人分の頭を纏めて潰す―人殺しをさせてしまったが、それも覚悟の上だろう。

 

「ふっ!しぃ!はぁっ!!」

 

素早い斬撃で敵の命を確実に奪っていく灯里。見ているとかなりの腕前であることがわかる。

 

「えぇりゃぁぁぁぁああああぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に『幻走脚』で敵の合間を縫うように駆け抜け、数多の命を刈り取っていく朱里。味方に当たる可能性を考慮してか

 

蛇腹剣は展開していない。

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「―」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

「くっ、数が多すぎるっ!」

 

灯里の呻くような声が聞こえる。これは対多数戦闘に不慣れな灯里や流琉にはきついだろうな…よし。

 

「灯里、流琉!一旦後退するぞ!朱里、まずは君の番だ!」

 

「はい、一刀様!」

 

朱里はすぐさま俺の意を理解し、敵の中心に立つ。俺は灯里と流琉を守りながら一度下がった。

 

「一刀さん!?朱里一人だけじゃ!」

 

「心配ないよ、灯里」

 

咎めるような態度の灯里を手で制する。敵もたった一人で中心に立つ朱里を標的に定めたか、一気に襲い掛かろうとする―

 

「朱里っ!!」

 

灯里が悲鳴を上げる―

 

 

 

―だが。

 

 

 

『舞踊剣!双龍乱舞!!』

 

 

 

敵が声を発しないためか、朱里の蛇腹剣が展開される音がはっきりと聞こえた。

 

肉を引き裂き、首が飛び、命が消えゆく音がこの生命の気配のない森に響き渡る。敵に等しく死を齎す舞を舞う朱里の姿は、

 

その中にあって生命の力に満ち溢れていた。朱里が放つ氣の燐光が散り、それに混じって夥しい量の血が飛び散っていく。

 

「な、なんなの、あの武器は!」

 

「すごい…!」

 

多数の敵を前に臆することなく舞う朱里の姿に、二人はただ驚愕していた。

 

氣を纏った刃が狙うのは敵の首だけではない。胴体を真っ二つにされたりなどで死んでいく敵もいる。刃の無い部分も、氣の

 

刃によって攻撃力を発揮し、自在にしなる鞭剣となるのだから、それも当然だった。

 

朱里の周囲の敵があらかた斃れた。しかし敵はまだいるようだ。一体どれほどの物量がこの森に潜んでいるというんだ?

 

だが、そろそろ俺の番だろうな。

 

 

「一刀様!」

 

朱里は一気に宙に舞い上がると、俺に交代することを告げてくる。

 

「応っ!朱里、灯里達を頼むぞ!」

 

「はい!」

 

朱里と入れ替わりで宙を舞い、何人かの首を斬り飛ばして敵の目を引き付ける。後退した朱里に興味を失くしたのか、敵集団は

 

俺に向かってきた。俺は両手それぞれに握った刀を逆手に持ち替え、全身に気を漲らせていく。氣の燐光が俺の周囲を奔り、その

 

輝きが強くなっていく。全身を駆け巡る氣を制御しつつ、刀を構える。

 

「北郷流奥義『嵐』が崩し―」

 

一瞬、目を閉じ―

 

 

 

『乱撃…散華ノ辻(さんげのつじ)!!』

 

 

 

―目を見開いた瞬間、それを爆裂させる。

 

全身から迸る氣の波動は強烈な推進力となり、ただでさえ『幻走脚』を使っている俺をさらに加速させる。それが本来閉所での

 

使用には向かないこの技を使用できるようにする制動力となり、目にも留まらぬ極超高速戦闘を可能とする加速力となる。

 

北郷流奥義『嵐』と、淋漓さん…項羽の直伝たる『空歩術』と『氣の自在制御』の組み合わせによってのみ為し得る、現時点での

 

俺が使える最高の技だ。じいちゃんならば再現するだろうけど…この技を使った俺を止められるのは、それこそ朱里くらいだろうな。

 

「おおぉぉぉぉぉおおおッ!!」

 

―手応えが伝わってくる。それは敵の命が消える感触。先ほども思ったが、やけにあっさりと首が飛ぶな…?

 

人の命を奪うことに慣れたわけではない。

 

だが、こいつらは…本当に、生きているのか?

 

「最後だぁぁぁぁああッ!!」

 

最後に立っていた敵を横薙ぎに真っ二つにする。辺りに静けさが戻り、敵の遺骸が重なる。凄まじい血の匂いが満ち、正直言って

 

胸糞悪かった。

 

だが、本当に胸糞悪かったのはそこではない…

 

「朱里、こいつら…本当に生きているのか?」

 

「ええ…なんだか、死体を斬っているような感じがしました…一体なんだというのでしょうか…」

 

朱里も同様の感想を抱いたようだ。それだけ、感触が異常なのである…いや、感触そのものはあまり変わらない。

 

違うのは、こいつらからは生気をまるで感じなかったということだ。これまで盗賊や黄巾党と戦っていた時には感じられたはずの、

 

命あるが故の気配がまるでない。感じるのは、ただ闇の気配のみ…一体、何だというんだ。

 

刀にべっとりとついた血を拭い、鞘に収める。これだけ倒したんだ、もういないだろう…

 

その次の瞬間だった。

 

「―!一刀様、囲まれています!!」

 

「なにっ!?」

 

まだいたのか!?もう相当な数を斬ってるんだぞ!

 

しかも、さっきより多いとは…もう盗賊だとかそんなレベルの話じゃない!黄巾党でもない、一体なんなんだ!?

 

「流石に囲まれては…っ!」

 

「そんな…何なんですか、この人たちは!?」

 

全方位から襲い来る異様な気配に、実戦経験が少ない二人は確実に消耗している…まずいな。

 

他に、村を襲撃した連中を追撃していたはずの青洲軍の兵や、三羽烏の姿も見えない。

 

…これはハズレを引かされたか?

 

俺と朱里だけであれば数がどれだけいようともどうということはないが、灯里や流琉がいるため、無茶は出来ない…。

 

決して彼女達を重荷に思うわけではない。だが、包囲された状況で誰かを守りながら戦うというのは想像するよりも遥かに難しい。

 

「くそ…」

 

連中はこちらにゆっくりと近づいてくる…まるで勝利を確信しているかのように。

 

一人が飛び掛かる姿勢を取ると、全員がその姿勢を取り、一斉に飛び掛かってくる―その時だった。

 

 

 

『猛虎蹴撃!!』

 

 

 

一発の氣弾が炎となって、敵集団に着弾する。爆裂する氣弾の威力は、空間を震わせた。

 

―この氣弾は、間違いない。

 

 

 

『地竜螺旋撃!!』

 

 

 

輪転する螺旋の刃が発する駆動音が響き、一つの渦となって敵の中心を貫いていく。

 

―相変わらず隠蔽性の欠片も無い武器だな…。

 

 

 

風来二天斬(ふうらいにてんざん)!!』

 

 

 

二つの刃が鋭く煌めき、一陣の風と共に敵を切り裂いていく。

 

―そんな技、聞いたことも無かったんだがな。

 

 

 

 

待っていたぞ…三羽烏!!

 

 

 

 

三人はそれぞれ攻撃を終えると、俺達の許に駆け寄ってくる。

 

「我が名は楽文謙!遅くなりましたが、掩護に参りました!ご無事か!?」

 

…懐かしいな、凪、真桜、沙和。

 

銀髪から長く伸びる一房のおさげを揺らす、傷だらけの少女が声をかけてくる。

 

「助かったよ、楽進。無事だったんだな」

 

「…?なぜ私の名を?私は字で名乗ったはずですが…」

 

あ、思わず失敗した。いかんいかん。懐かしいからといってつい名を呼んでしまった。真名を呼ばなかっただけマシだろうが…。

 

「それは後で説明するよ。今はこの状況を切り抜けることを考えよう…そうだろう、李典、于禁?」

 

「ウチらの名前まで知っとるん!?」

 

「名乗ってないのに~。お兄さん何者なの~?」

 

本日二度目の失敗である。三度目は無いぞ?

 

「俺は北郷一刀。今は流浪の武人…しかし、明確な行き先を持つ者だ」

 

「北郷一刀…『天の御遣い』!?」

 

「そんなふうに呼ばれてもいるね…まあいい。今はこの場を切り抜けるぞ」

 

「…了解です!」

 

「何やようわからんけど…ええわ、やったるで!」

 

「わかったの~!」

 

三人とも各々の武器―楽進は徒手空拳だが―を構える。俺も再び刀を抜くが、今度は一刀流だ。そのまま氣を流し込み、刀からは

 

氣の燐光が湧き上がり、飛び散る。空間が震える甲高い音が響き、『五行流星』が眩い輝きを放つ。

 

「…あなたも氣の使い手なのですね」

 

『五行流星』から燐光が飛び散る様を見た楽進が少し驚いたように言う。

 

「まあね。さて行こうか、楽進。皆、やるぞ!」

 

「「「「「「応ッ!!」」」」」」

 

「突撃ぃぃぃぃぃいいッ!!」

 

俺達は同じ方向に向けて突進する。各個撃破を防ぐためと、一気に突破するための策だ。

 

そのまま勢いに任せて突破していく。敵は悉く吹き飛び、その命を散らしていく。最後に締めとして『衝波・鳴風』を最大出力で

 

放ち、敵集団を纏めて斬り飛ばす。そして、戦闘は終わった。一人生け捕りにはしたが…青州軍の生き残りは、一人もいなかった。

 

しかし、三羽烏と無事に再会を果たせたことは、素直に嬉しかった。喜ぶだけというにも、いかないけどね…。

 

 

―俺達が邑に帰ると、あの少女が驚いた様子で、しかし嬉しそうに出迎えてくれた。

 

「ご無事でしたか!ああ、良かった…!」

 

身長に不釣り合いなくらい豊かな胸を掻き抱き、少女は心底ほっとした様子だった。彼女の周囲には邑の生き残りであろう人々が、

 

俺達に歓声を浴びせてくる。先に戻ってきていた電影と颶風も、蹄を打ち鳴らして喜んでいた。

 

だが…

 

「…申し訳ありません、この邑にいた兵の方々は…」

 

楽進がすまなそうに報告すると、人々は静まり返る。すると少女が歩み寄ってきて、楽進の手を取る。

 

「彼らは、勇敢でしたか?」

 

「…はい。得体の知れぬ敵を相手に、恐れを知らずに挑んでいかれました。私も一人の武人として、彼らの勇気を尊敬します」

 

少女の問いに、楽進はふっと表情を緩める。少女は数瞬目を伏せたが、一歩下がって俺達に頭を下げてきた。

 

―妙に気品のある仕草の子だな…兵が勇敢だったかどうか訊くなんて、どこかの太守みたいだ…って、まさか?

 

「この青州の民のために戦ってくれたこと、心よりお礼申し上げます。私は孔融、字は文挙と申します」

 

―やっぱりか。

 

「…ということは、この青州の…」

 

「はい。若輩の身ではありますが、この青州州牧の職を預かっております」

 

この少女が孔融か…大き目の羽飾りが付いた帽子を被り、膝裏まで届く青い長髪を大きく二房に分け、先端近くで纏めている。

 

身長は桃香と同じくらいか。武官の印象は無いが、おそらく宝剣なのであろう、装飾された鞘に収められた剣を帯びていた。

 

だから「仁義」なんて言葉を口にしたのか…儒教は仁義の道を実践することが重要なことだったはずだ。うろ覚えだけど…。

 

「名乗っていただいたからには、こちらも名乗らなければなりませんね…俺は北郷一刀と申します」

 

「北郷…ということは、あなたがこの済南郡に隣接する平原国の相…劉備殿の許にいらっしゃるという…」

 

「…ええ。ですが今は故あって平原を離れ、徐州を目指しております」

 

「そうでしたか…その故は、訊かぬ方が良いのでしょうね」

 

「そうして頂けると助かります。後、ここに俺達が来たことは噂としてでも流さないようにお願いしたいのです」

 

俺の言葉に孔融は一瞬思案したが、すぐに俺の意を理解したのか、頷いてくれた。

 

「劉備殿は私達にひどく執着しているようでして…私達がここにいると知れば、すぐに追いかけて来るでしょう…」

 

「職務はどうなさるのでしょう?彼女は要職にある方なのですから、取れる手立ては他にあると思いますが…」

 

「放り出してくるのではないでしょうか?真っ直ぐで人当たりの良い方ですが、なにぶん自覚が足りなさすぎるんです」

 

「…噂だけを聞いていると、劉備殿のことがあまり良くわからなかったのですが…そうなのですか…」

 

朱里の補足説明に、複雑そうな顔をする孔融。

 

孔融という人間は、劉備と縁のある人間だ。あまり有名でなかった劉備に救援を求めたことで、劉備は大喜びしたとか。

 

…桃香がしたことの結果がここに表れている…桃香の人柄は、同じ青州の中ですらほとんど伝わっていないようだ。

 

俺達の虚名を使って強引に羽ばたいた結果がこれだ。要職にある桃香自身のことが、肝心要のことが伝わっていないとはな。

 

「襲撃者は?」

 

孔融が話題を切り替えたので、こちらも気持ちを切り替える。不気味な話になるので人払いを頼むと、孔融の頼みで住民たちは

 

邑の中に戻っていく。民によく慕われているというのは本当のようだ。何人か兵も見受けられる。どうやら俺達が見つけることが

 

できなかっただけで、生き残りはいたらしい。だが傷を負っていない様子からすると、交戦はせずに撤退してきたのかもしれない。

 

伝令役だろうか。孔融がここにいるとなれば、納得は行く。少なくとも、敵前逃亡ではないだろう。

 

辺りに人の気配が無くなったところで、俺から切り出した。

 

「襲撃者は…得体の知れない連中でした。黄巾党ではなかったようですが…ここに生け捕りにした奴がいます。李典」

 

「はいな」

 

俺が言い終わると同時に、李典の手で極めて複雑かつ強固に縛られた襲撃者が孔融の前に引きずり出された。相も変わらずまるで

 

反応を示さない。その顔からは生気など感じられず、ただ不気味であった。

 

「このような者たちが…?」

 

「はい…とても生きているとは思えないでしょう?顔は青白く、血色が無い…呼吸もしていないのですから」

 

「…!?」

 

「襲い掛かってくる際も一切無言で…斬っても致命傷でない限りは起き上ってきました。やむを得ず、残りの連中は…」

 

「…殺害したのですね?」

 

「その通りです」

 

孔融の問いを肯定すると、彼女は数瞬目を伏せる。辛そうな表情だったが、すぐに顔を上げ、口を開いた。

 

「戦った場所に連れて行っては頂けませんか?」

 

現場を見ておきたいということだろうか。

 

「…わかりました。流琉と灯里は邑の皆さんの手伝いをしていてくれ。李典と于禁もそうしてもらえると助かる。

 

 楽進、君はついてきてくれ」

 

「了解です」

 

俺の言葉に楽進は頷き、残りの四人も無言で頷くと、そのまま邑の中に入って行った。

 

俺は孔融を馬に乗せ、朱里は楽進と同乗する。孔融は馬に乗り慣れてはいないようなので補助する…変な意味は一切無い。

 

―――

 

――

 

 

「―な!?」

 

現場に到着した俺達を待っていたのは、驚くべき光景だった。

 

「死体が…ない!?」

 

そう、あれほど多数の敵を斬り、その死体が積み重なっていたはずの場所には、死体の一つどころか肉片すら転がっていない。

 

むせ返るような血の匂いだけは少しばかり残っていたが、飛び散った血もその一切が無くなってしまっている。

 

「どういうことですか…!?」

 

「わかりません。確かにかなりの数を斬ったはずなんですが…」

 

死体が消滅するってどんなミステリーだよ。しかもこんなに綺麗に痕跡を残さずに消えるものか。

 

獣に食われたにしたって、あれだけの数だ。戦闘が終わってからさほど時間が経っていないのに、全部平らげるなんて不可能だ。

 

それに、飛び散った血まで消えているというのはどう考えてもおかしい。

 

まるで、そんな連中なんてはじめからいなかったかのような。そんな光景が、俺達の前に広がっていた。

 

既に森は生命の気配に満ち溢れ、鳥が囀り、いましがた目の前を小動物が横切っていった。殺伐とした雰囲気なんて感じない。

 

「北郷殿、これは一体…」

 

「…俺にもわからない。楽進、君はどう思う?」

 

楽進は一分ほど思案すると、俺の方を見ないまま、推論を話し出した。

 

「獣に食われたにしては早過ぎるのではないでしょうか。誰かが持ち去るにしても、あれほど大量の死体です。それに、痕跡が

 

 完全に消えているなんてありえません。たとえ死体は持ち去れたとしても、痕跡を完全に消すには時間が足りなさすぎます」

 

「良い推理だ。草が刈られていたり、木の皮が剥がされている様子もない。つまり、何者かが痕跡を隠蔽したわけではない」

 

「では、いったい何が…」

 

「…文字通り『消えた』のかもしれないな。朱里、君の考察は?」

 

「私も楽進さんと同じ推理ですが…一刀様の仰るように、文字通り『消えた』のかもしれません」

 

逆に言えば、そうとしか思えないほどに不可思議な状況なのだ。

 

「…一人生け捕りにしておいて助かった。あいつの処置は孔融殿にお任せすれば良い」

 

「承知しております。邑に帰り、明朝早馬を飛ばして済南郡太守と連絡を取ります。その後、処置を決めますので」

 

話をしている間に血の匂いはすっかり消えていた。もう少しで日も暮れる…さっさと帰った方がいいな。

 

「孔融殿、もう間もなく日が暮れます。邑に戻りましょう」

 

「わかりました。御手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「いえ…生来、困っている人を見過ごせない性質なもので、どうか気に病まれませんよう」

 

「…ありがとうございます」

 

俺達はまた馬に乗り、邑への道を駆け戻って行った。

 

 

―邑に帰ると、生き残った人たちが広場で火を囲み、流琉と灯里が作る料理を食べながら思い思いに過ごしていた。

 

邑の長老という人に聞いたのだが、どうも生き残っている兵は住民を邑の外に避難させていた兵らしく、そのおかげで死者は

 

出ていないようである。じゃああの人肉が焼ける匂いは…襲撃者のものだったのかもしれないな。骨片が残っていないところを

 

見ると、焼けている途中で焼失してしまったのかもしれない…本当に不気味だ。

 

邑の復旧は孔融がしっかりと支援するとのことで、住民達は安堵し、孔融を讃えた。家を焼け出されてしまった人達向けに、

 

李典がまだ使えそうな木材や余っていた木材を使って仮設住宅を建てていた。流石の仕事の早さだ。

 

于禁はといえば、持ち前の明るさを発揮して子ども達を元気づけながら、流琉と灯里を手伝っていた。

 

皆の尽力のおかげで住民たちは安心し、そのためかこの広場での集まりはちょっとした祭りのような雰囲気になっていた。

 

「―北郷殿」

 

朱里と一緒に広場の片隅に佇んでいると、孔融が歩み寄ってきた。

 

…彼女はたぶん俺に呼びかけたんだろうけど、生憎俺達はどっちも北郷なんだよね…って、朱里は名乗ってなかったか。

 

「それだとどっちだかわかりませんから、名の方で呼んでください。国の風習の違いで、俺達は真名を持たない身ですから」

 

「真名が無い?」

 

「ええ。友人達は、俺達の名を真名として呼んでいます…っと、紹介が遅れましたね。彼女は北郷朱里。俺の義妹です」

 

「先程は名乗ることもせず、大変失礼しました。北郷朱里です。一刀様と同じく、真名を持ちません」

 

孔融はやはり驚いた様子で、俺と朱里をかわるがわる見ていたが、しばらくすると納得したのか、笑みを浮かべた。

 

「真名にあたる名を預けて頂いたとなれば、私も預けなければなりませんね。私の真名は理穏(りおん)と申します」

 

理穏…理を以て平穏を齎す、といったところだろうか。孔子の子孫らしい真名かもしれないな。

 

「確かにお預かりしました。して、理穏殿…俺達に何か用事があったのでは?」

 

「堅苦しい言葉は使わなくても構いませんよ。真名を預けた方にはあまり肩肘を張ってほしくないんです」

 

「…わかった。これでいいかな?」

 

「ありがとうございます。それで、私の用というのは…よろしければ、この青州を平穏な場所に戻すために力をお貸し

 

 いただきたいということです。あなた方の虚名は関係ありません、ただ、あなた方の人柄を信じてのことです」

 

…人柄を信じて、か。虚名など関係ないと言ってくれたのは白蓮に続き二人目だ。華琳や雪蓮は俺の虚名にも注目していたが、

 

理穏はどうやらそうではないようだ。明確な目的が無ければ、首を縦に振ったかもしれない…だが。

 

「…首を縦に振ることはできないかな。

 

 さっきも言ったけど、俺達がここにいることが知られれば、劉備達が猛然と抗議をしてくるはずだ。

 

 流石に乗り込んできたりはしないとは思うけど…行動力だけはある子だからね。それでは理穏達に迷惑が掛かってしまう。

 

 それに、俺達の虚名を狙う勢力は他にもいる…兗州州牧曹操や、今は袁術の客将をしている孫策がそうだ。

 

 俺達を青州に置いておくと、将来的にはまずいことになる」

 

俺達を狙う勢力はそう多いわけではないが、今挙げた二つの勢力はどちらも厄介極まりない。俺達をここに置いておくことは

 

将来的には大きなデメリットとなってしまうことを説明すると、理穏は少し残念そうに、しかし笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「…そうですか…いえ、無理は申しません。それに、劉備殿の許を離れられた『故』があるということは…」

 

「お察しの通り、俺達には目的地がある…洛陽だ」

 

「洛陽に?」

 

「ああ。昔馴染みを助けに行くのさ」

 

理穏は数瞬思案したが、すぐに思い至ったようだ。

 

「…董卓殿とお知り合いで?」

 

「ああ。君は反董卓連合には参加しないんだろう?」

 

「ええ。ご存知でしょうが、青洲は荒れておりますので…それにしても、反董卓連合とは…仁義なき連合ですね」

 

「御明察。だが、董卓がどういう人間かは連合の結成には関係ない…董卓は懸命にやったさ。だが、事実として董卓は皇帝を

 

 守護…悪く言ってしまえば手中に収めている…相国となって政の全権を担っていることも、純粋な事実としてあるからね…」

 

そう。月がどんな人間であるかは、連合にとっては実はあまり関係が無い。

 

月が相国となって政治の全権を担い、また皇帝を守っている…手中に収めているという事実だけで十分連合を組む理由にはなる。

 

悪政を敷いているというのは、でっちあげの大義名分に過ぎないと言える。

 

つまり民衆の支持を得る方便…連合が組まれる理由そのものではないのだ。この点が特に重要である。

 

かつて桂花が指摘していた点も考慮に入れるべきではあるが、この連合の真の意義は諸侯が名声を得ることである。正史だったら

 

まだしも、ここは外史…事実があれば事象は起きるが、董卓がああなので連合の正義なんて最初からない。事実があれば、連合は

 

組める。そこで悪だなんだと風評だけで判断していた桃香達より、まだ麗羽の方が世の中をわかっていると思う。

 

「…なるほど…では、この後はどうなさるのです?」

 

「徐州に友人を迎えに行き、それから洛陽に向かうことになるかな…」

 

「そうですか…董卓殿も災難ですね…」

 

…正史では儒教的観念から見ても大悪人であった董卓を、儒家の始祖たる孔子の子孫である孔融が心配するとは何の因果か。

 

そりゃ、月が正史での董卓とは似ても似つかない善良な女の子っていう時点で因果もへったくれもないけどさ。

 

「…劉備殿の許を離れたのも、そのためだったのですね…」

 

「仁義が無いと詰るかい?」

 

「劉備殿に真実を伝えなかったという点では。ですが…思うところあってのことなのでしょう?それに、今まさに苦難に

 

 立たされている董卓殿を救いに行くということは、仁義です。あなた方はその気になれば得られるものをすべて捨ててでも

 

 仁義を為そうとしているのですね」

 

「…完全にそうとは言い切れないかもしれないけどね。でも、誰かがやらなければならないから」

 

「信じます。では、私はこれで」

 

そう言って、理穏は立ち去った。そのまま住民達に交じり、ごく普通の少女のように人々と話し始めた。

 

「…よろしかったのですか?」

 

傍らの朱里が、そう問うてくる。それは理穏に事実を教えた事についての問いだろう。

 

「ああ。仁義を重んじる彼女なら、信じることができるから。それに、君主としての自覚も、カリスマもある」

 

「桃香さんとは違うということですか」

 

「桃香は自覚さえあればね…何はともあれ、彼女は信じていいと思う。君はそう思わないか?」

 

「いいえ…私も、一刀様と同じです。彼女を信じます。あんな風に人々を笑顔にする人が、悪い人なわけがありませんから」

 

そう…あれはある意味、桃香の完成形と言える。君主として明確な自覚を持ち、地に足をつけて、その上で理想を掲げている。

 

桃香のように理想ばかりを振りかざすなんてことはしない…なんだか、桃香の立つ瀬が無いな。

 

…そんなの、前からそうだったかもしれないけどさ。

 

 

―人々が三々五々散って行き、広場には俺達四人と三羽烏だけが残っていた。

 

たき火は先程灯里が新しく薪をくべたのでまだ燃えている。とはいっても、小さくはしたけどね。

 

丸太を椅子代わりに、しばらくは無言のまま、火を囲んでいた。ややあって、楽進が口を開く。

 

「…北郷殿、あの時はしっかり名乗れなかったので、改めて名乗らせていただきます。私は楽進、字は文謙です」

 

「ウチは李典、字は曼成や」

 

「于禁、字は文則なの。よろしくなの」

 

楽進は名乗ってたけど、李典と于禁は俺が先に呼んでしまったから、改めて名乗っているのは楽進だけだ。

 

「じゃあ俺も改めて。姓は北郷、名は一刀。国の風習の違いで字と真名は無い」

 

「姓は北郷、名は朱里です。同じく、字と真名を持ちません」

 

「私は徐庶、字は元直と申します」

 

「私は典韋です。よろしくお願いします」

 

四人で自己紹介をする。流琉…典韋は正史で字が伝わっていないために、流琉も字を持たないのだろう。

 

季衣は持っているが、それは許緒の字が正史で伝えられているからだ。水蓮…公孫越にも同じことが言える。

 

「『天の御遣い』の噂は耳にしておりました。私達は泰山郡の小さな村の生まれですが、旅の途中で度々…」

 

…正史ではそれぞれ別の場所で生まれたはずの三人なんだけどね。于禁は元々泰山郡の人だが、楽進は冀州・陽平郡、

 

李典は兗州・山陽郡の人だ。俺が詳しいことまで覚えていなかったっていうのがあるから、そうした違いが生じているんだろう。

 

「黄巾党との戦いで大活躍やったって聞いとるで。蒼天にはためく白黒一対の十文字旗の話は冀州でよう聞いとったわ」

 

「珍しい戦装束を着てるっていう話もあったの。鎧も身に付けないで前線に立って、傷一つ負わないくらい強いって」

 

…いや、鎧を付けない云々を君に言われてもね?

 

あれってグラディエーターみたいに無駄が無いというより、防御面積が少なすぎて鎧というより単なる装飾みたいになってるし。

 

まあ将連中でマトモに防具着けてるのなんて白蓮くらいなもんだけどさ。

 

「防御?何それおいしいの?」レベルで防御ガン無視しても問題ないくらい強いからいいんだろうけどね…。

 

あ、楽進も防具はきっちりしているよな。

 

ちなみに、于禁は既に普段の格好に戻っている。普段はそれほど露出が多いわけではない。

 

李典は…露出度高いよなぁ。あの巨乳を押さえなくて大丈夫なんだろうか。戦闘時には揺れて大変だと思うんだけど。

 

霞はサラシを巻いて動かないようにしてたが…まあ、螺旋槍は偃月刀みたいに振り回したりしないからな。

 

「しかし、平原にいるはずのあなた方が、何故ここに?」

 

「せやな。劉備っちゅう人んとこにいるんやって話も聞いとった。そのあんたらがここにおる理由は聞きたいなぁ」

 

「ここは平原郡の隣だしねー。出てきてすぐなのー?」

 

楽進が話題を切り替え、後の二人もそれに同意する。理穏は色々と察してくれたが、この三人は義勇軍とはいえ民間人だ。

 

要職にある理穏と同じ反応を期待する方が無理な話である。

 

…まずは『計画』のことは抜きにして、月を助けに行くっていう所だけ話すか。

 

「君達は反董卓連合が組まれるという噂を聞いたことがあるか?」

 

「「「反董卓連合…?」」」

 

「ああ。どうやら聞いたことが無いようだな。まずはそこから話そう…」

 

―――

 

――

 

 

俺が説明し終えると、三人は皆一様に怒りの表情を浮かべていた。

 

「なんと卑劣な…!」

 

「事実さえあるんやったら連合は組める。せやけど、そらアカンやろ…」

 

「汚いのー!」

 

なんだかんだで正義感の強い連中である。連合の真実について話すと、やはり許せないと感じたようだ。

 

「乱世に乗り出すには、清濁併せ呑まなければならないというのはあるけどね…」

 

「そりゃ、わかっとるんやけど…心情的には許せへんで」

 

「そうです。世のために懸命に励んでおられる方を、嫉妬や野望でどうこうしていいはずがありません」

 

清濁併せ呑むっていう概念を、民間人である彼女達に理解しろというのも酷な話だろうな…。

 

流琉もそうだが、戦っていくうちにそのあたりがわかってくるだろう。そして、俺がそういう選択をする時についてきて

 

くれるかどうかはこれからの俺にかかっている。

 

「じゃあ、その董卓さんを助けるために劉備さんの所を出てきたの?」

 

「そうなる。彼女は董卓のことを風評や連合の檄文だけで判断し…悪し様に罵った」

 

「情報は集めようとしたん?」

 

「いいや。状況に流されてるだけ」

 

「…そらアカンなぁ…仮にも君主やろ?情報収集は鉄則やん。それをせえへんって…劉備はんはアホちゃうんか?」

 

うん…関西弁でそう言われるとキツいな。俺じゃなくて桃香が、だけどね。

 

「そうかもしれないね。俺達は彼女を試すために平原に行っていたんだけど…神輿として祭り上げられたよ。無断で。

 

 俺達は彼女の掲げる理想と正義の象徴だっていうのが向こうの言い分なんだけど…はっきり言って子どもの論理だよ」

 

「あ~…兄さんたちも災難やったなぁ」

 

李典は同情の意を示す。次いで口を開いたのは于禁だった。

 

「あそこで戦ってたとき、もうすごい数の死体が転がってたの~。あれ全部四人でやったの?」

 

「…ほとんど、一刀さんと朱里がやったのだけどね。私とこの子はちょっとやっただけ」

 

「う~ん、なんて言えばいいんだろ…凄すぎて言葉にできないくらいでした…もう何が何だか…思わず頬を抓りました」

 

「「「…」」」

 

于禁の問いには灯里と流琉が答えたが、常識では有り得ない答えがでたので、三羽烏は呆然としていた。

 

そのまま数分ほどの時が流れた時、楽進がはっとしたように首を左右に振り、一息つくと、口を開いた。

 

「あなたの『氣』を見せていただけませんか?」

 

随分と急な提案であった。

 

 

「なんでまた?」

 

「『氣』には武人の覚悟や信念が顕れるものです。憚りながら、我ら三人は『氣』の扱いには常人より長けております故」

 

「ウチの螺旋槍も『氣』で動かしとるしな」

 

「わたしは攻撃重視だからー、速度を上げるために使ってるのー」

 

つまり、俺の覚悟を見せてほしいということだろう。武人に言葉は必要ないということか…よし。

 

俺は皆に少し離れるように言うと、淋漓さんから教わった構えを取る。息を吸い込み―

 

「―はぁぁぁぁっ…はあっ!!」

 

全身から氣の燐光が散る。空間が震え、周囲も俺が放つ氣によって照らされる…たき火で明るいんだけど、それ以上に。

 

「これは…!」

 

「すごいなぁ…!」

 

「わあ…!」

 

三羽烏それぞれの口から感嘆の声が漏れる。灯里や流琉は先の戦闘で見てはいたが、この二人も見入っていた。

 

そして朱里はと言えば、いつの間にか俺の傍らに来ていて。

 

「朱里?」

 

不思議に思って声をかけると、朱里はニコッと笑って、

 

「私もお見せしようかと思いまして」

 

そう言って、朱里は俺とは違って特に構えは取らず、両手に『陽虎』と『月狼』をそれぞれ持ち、氣を高め始めた。

 

そのまま、広場の真ん中に歩いていく。俺達が囲んでいるたき火は端っこの方にあり、他のたき火は消えていた。住民の姿も

 

ない…ああ、なるほど。朱里は舞を披露する気だな。俺は氣を鎮めると、丸太に腰を下ろして見物することにした。

 

「彼女は剣を抜いて何をしようというのでしょうか?」

 

楽進が不思議そうに言ったので、俺が答えようとすると、先に灯里が口を開いた。

 

「朱里は今から舞うのよ。美しく、致命的な舞をね。朱里が敵の中心で舞うと、敵はことごとく切り裂かれていった…」

 

「え…」

 

「今は演舞といったところかしら?別に誰かに危害を加えるつもりはないから安心して」

 

そう、灯里が説明している間に、朱里は広場の中心に立ち、両手を広げるようにして立っていた。

 

目を閉じ、顔を空に向け、氣の燐光を纏うその様はまさに天より舞い降りた舞姫…そういえば、祭で天女の格好をしていた

 

こともあったっけな。懐かしい…あの時の朱里は舞の心得なんてなかったけど。

 

「―ふぅっ!」

 

一息強く吐くと共に朱里は舞い始める。蛇腹剣が展開され、それもまた氣の燐光を纏い、それを散らしながら舞い踊った。

 

「な、なんやあの剣は…!?」

 

「すごいのー…」

 

「美しい…なんと美しい氣だ…!」

 

戦いのときに比べれば非常にゆったりとした舞だ。蛇腹剣が重力に負けそうなくらいゆっくりだが、氣を通したそれは最早

 

朱里の腕そのものであり、重力に負けることなく宙を舞った。

 

穏やかな氣の波動は穏やかな夜風を呼び、氣の燐光も風に吹かれて空に舞う。まさに天女の舞だ。

 

朱里はしばらく舞っていたが、夜風が弱まってくるのに合わせて動きを緩め、夜風が去って行くと同時に蛇腹剣を収めて

 

最後の見得を切った。そして一礼し、こちらに戻ってくる。俺達は朱里をささやかな拍手で迎えた。

 

「これほどまでの氣を操る方は、初めて見ました…そして、痛いほどに強い想いも伝わってきました」

 

楽進はそこまで言うと、俺の前に跪き、臣下の礼を取った。

 

「あなたの御覚悟と信念、そして想い。この楽文謙、感銘を受けました。また、謂れのない罪で連合を組まれ、苦しまれている

 

 董卓殿をお救いするということ…連合という強者を前にしても一切の曇りなきその御覚悟、私にも支えさせていただきたい!」

 

「凪!?」

 

「凪ちゃん!?」

 

「…真桜、沙和。私は一人の武人として、この方についていきたいと思った…いや、それだけではないかもしれない。

 

 私はこの方についていかなければならない。北郷殿の背中を追いかけなければならない。そんな気がするんだ…」

 

「(凪…)」

 

かつて北郷隊で俺の副官を務めてくれていた彼女。涿を出た翌日に流琉に訊ねたが、同じような答えが返ってきたのだ。

 

俺の背中を追いかけなければいけない気がすると。

 

…朱里の推論が想起される。雛里もどこか、かつての記憶に影響を受けたかのような言動や態度をとることがあったらしい。

 

そして楽進や流琉の感じた気持ちも、かつての記憶に由来する…そう、俺は彼女達に別れを告げることができなかったのだ。

 

華琳は最後まで一緒にいたから別れを言うことができた。だが、それ以外…流琉や季衣、夏候姉妹、三羽烏、張三姉妹、風と稟、

 

霞、桂花…別れを告げることなく、俺は次の輪廻へと先に飛ばされてしまった。華琳達はその後何年かは平和になった大陸で

 

過ごしていたと貂蝉から聞いているが、俺が去ってから暫くは…酷い有様だったらしい。あの桂花でさえ、三ヶ月ほど郷里に

 

帰って引きこもっていたらしいのだ。一番酷かったのは華琳だが…次に酷かったのが凪だったらしい。それを考えてみると、魏で

 

仲間だった彼女達が俺を「追いかけなければならない」と感じるのは納得できる話だ。

 

因果は巡る…それは輪廻が続く限り、永遠に途切れない…俺が何も言わずに去ったという因果が、今を生きる彼女達を縛る。

 

『超越者』でなければ記憶は甦らない。少なくとも、蘇らせる方法は知らない。

 

訳の分からない気持ちに支配される時の感情というのがどういうものか、俺にはわからない。

 

それが『天の御遣い』…『外史を渡るもの』の宿命。俺は、すべての輪廻において仮初の旅人に過ぎない存在だったのだから。

 

 

しばしの沈黙の後、李典がポツポツと話し出した。

 

「…ウチも、おんなじ気持ちやった。言葉にできへん頼もしさっちゅうんを、兄さんに感じたんや。ウチ、どうも昔から

 

 兄さんのことを知っとる気がするんや。今追いかけへんかったら、もう二度と見つけられへんとちゃうかって…」

 

「沙和も…お兄さんを知ってる気がするの。なんかね、心のどこかが痛むの。一番失くしちゃいけないものを失くしちゃった、

 

 そんな気持ちなの。ぜったい、追いかけてかなきゃいけないって、心の中で誰かが叫んでるの…」

 

李典に続いて、于禁も同じようなことを語る。

 

「お前達も同じことを?」

 

「せや。凪…なんや、凪とは昔から一緒やったけど、それより前からずっと一緒だった気がするわ」

 

「うん。凪ちゃんも、真桜ちゃんも…沙和も、きっと同じものを失くしちゃったんだと思うの。生まれた時よりずっと昔に…」

 

「(真桜…沙和…)」

 

やはり、過去の記憶が影響を及ぼしているとしか思えない。『超越者』と違って何らかのビジョンがあるわけではないようだが、

 

記憶に伴う感情はぼんやりと浮かび上がってきているようだ。三羽烏はある意味俺と過ごした時間が一番長い…それだけに、

 

強く浮かんでくる感情があるのだろう。華琳は『超越者』だからこういう反応にはならないだろうけど…天和達もこういう反応を

 

するのだろうか。

 

「なあ、兄さん…ウチもついて行ってええか?そうしなきゃあかん気がするんや。勿論、兄さんがやろうとしとることには賛成や」

 

「沙和のことも連れていって欲しいの。二人と同じで、お兄さんがやろうとしてることには賛成なの」

 

李典と于禁も俺の眼の前に跪き、臣下の礼を取る。

 

「…いいのか?いずれは大陸中に本当の事が知れ渡ることだろうが、一時的にとはいえ君達まで汚名を被ることになるぞ?」

 

三人は一瞬目を伏せたが、すぐに元の表情に戻り、頷いてから口を開いた。

 

「心に正義があれば、それで良いのだと思います。後はそれを、鋼の意志で貫くのみです」

 

「間違った事をするわけやない。ウチらはウチらがやることに誇りを持ってればそれでええんや」

 

「正義は自慢するようなものじゃないの。何て言われたって、自分達の正義を貫くの」

 

「…そうか。だがそれは諸侯にも言える…正義のために、清濁併せ呑むというのはそういうことだ」

 

「…はい。ですが、そこに嫉妬や野望があるのに違いはないでしょう?私達はそれが許せないのです」

 

楽進の言葉に、李典と于禁も頷く。

 

…彼女達の決心は固い、な。それならば、俺は受け入れるべきなのだろう。

 

「…地獄の道程になるぞ。それでもいいか?」

 

「はい!」

 

「ウチも覚悟は決まっとる」

 

「はいなのー!」

 

ここまで言われたら…もう確認するようなことは無いな。

 

新たな同志を、迎え入れよう。

 

「楽進、李典、于禁…君達の覚悟、この北郷一刀がしかと受け取った…今この時より、君達は俺達の同志だ。よろしく頼む。

 

 俺達が歩む道はあまりにも過酷…だが、命あるものとして誇り高く歩み、未来を掴みとろう。そのために、力を貸してくれ」

 

「はい!」

 

「よろしゅう頼んます!」

 

「よろしくお願いします、なの!」

 

新たな同志、三羽烏。かつて大国・魏の平和を内側から守っていた北郷警備隊のメンバー。懐かしい仲間だ。

 

俺は三人に立ちあがるように促し、それぞれと握手を交わす。朱里は言わずもがな、灯里と流琉も三羽烏と握手を交わした。

 

「改めて自己紹介をしよう…俺は北郷一刀。字と真名は無いが、名を真名として呼んでほしい」

 

「北郷朱里です。同じく、名を真名として扱ってください」

 

「私の真名は灯里。この名をあなたたちに預けるわ。よろしくね」

 

「流琉です。よろしくお願いします!」

 

「確かにお預かりしました。私の真名は凪。これからはそうお呼びください」

 

「ウチは真桜っていうんや。ほな、よろしゅう」

 

「沙和っていうの。これからよろしくなの」

 

「ありがとう、凪、真桜、沙和。確かに預かった。よろしく頼む」

 

一気に大所帯となった俺達一行。だが、こうして心強い仲間が集ってくる…これも『縁』なのだろう。この三人がどうして

 

荒れている青州に籠を売りに来たのかはわからない。だが、何かに導かれたのだとすれば、それは『縁』以外の何物でもない。

 

魏の面子ばかりが加わってくるな…徐庶も最初は劉備に仕えたが、程昱の策で曹操に仕えることになったんだし。そう考えると

 

華琳に悪い気がしないでもないが…悪く思うなよ、華琳。君とは早いうちに決着をつけなければならないからね。

 

「よし…じゃあ、俺達の合言葉を教えよう。『ただ、誇りとともに』…命あることを誇りとせよ。名を惜しむな、命を惜しめ。

 

 命ある限り抗い続けろ。命を捨ててでも臨まなければならない時、その時まで生きていたということを、誇りに思ってほしい」

 

三人が頷いたので、俺は拳を天へと突き上げる。

 

「ただ、誇りとともに!」

 

「「「「「「ただ、誇りとともに!」」」」」」

 

朱里や灯里、流琉、そして三羽烏も俺の合言葉に呼応して拳を天へと突き上げる。

 

そんな俺達を、夜風が優しく包み込み、そして流れて行った。

 

 

―翌朝。

 

俺達は邑の人々と、理穏の見送りを受けていた。ここで、驚くべき贈り物があった。

 

理穏が、この邑に残されていた軍馬を三頭も譲ってくれると言ってきたのだ。驚いて理由を問うと、理穏は笑顔でこう言った。

 

「この邑の民は、私の民です。その民のために戦ってくれた方に私ができるお礼は、これくらいしかありませんから」

 

馬を譲ってくれたというのは、素直にありがたかった。三羽烏はここまで徒歩で来ていたので、旅程の見直しが必要かと思って

 

昨晩寝る前にちょっと考えていたのだが…ここに来て、その必要は無くなった。

 

そして、邑のはずれ。泰山が遠くに見える場所。ここから、俺達は出立することにした―

 

 

 

「―では一刀殿、お気をつけて」

 

「ああ、理穏も。これから先、黄巾党はまだ暴れ続けるだろうから」

 

「はい。私も青州の平和のため、邁進する所存です」

 

理穏の誘いは結局受けることは無かったが、彼女はそのことはもう気にしていないようであった。

 

力になれないのは残念だが、俺達には行くべき場所がある…だからせめて、互いの無事を祈ることにした。

 

接した時間は短い。だが、彼女のことは信頼できる。いつかまた、会う時も来るだろう…同志として迎えようとは思わない。

 

彼女の掲げる仁義と、俺の掲げる『計画』は、はっきり言って相容れないものだからだ。

 

…拒まれても構わない。誰かがやらねばならないことなら俺がやる。そう決めたんだ。そしてそういった俺の姿勢を、理穏は

 

信じてくれた。その信頼には、応えなければならない。

 

平和な世の中になったら、いずれ会おう…ああそうだ。一つ彼女に伝えておきたいことがあったんだ。

 

俺は彼女に歩み寄ると、耳を貸してくれるように言って、

 

「…袁紹と曹操…特に曹操には、気をつけろ」

 

「…!?」

 

今後避け得ない乱世…そこでまず青州の彼女が気をつけるべき相手について教える。

 

「どういうことです…!?」

 

「…そのままの意味だ」

 

「…わかりました。ご忠告、ありがとうございます」

 

そう言って彼女は一歩下がり、俺に頭を下げる…州牧が一般人の俺にそう簡単に頭を下げていいものだろうか…と、兵の方を

 

見やると、別に気にした様子はない。どうやら理穏は普段から腰の低い人間のようだ。

 

「それじゃあ、またいつか会おう」

 

「はい。その時を楽しみにしております。その時までに、平和な青州を取り戻して見せます」

 

「そうしたら、北海の方に遊びに行くよ。それじゃあ、その時まで互いに無事でいよう」

 

「ええ」

 

互いの再会を誓うと、俺は馬に乗る。電影には昨日までと同じく流琉が、颶風には朱里と灯里が、三頭の軍馬にはそれぞれ

 

三羽烏が一人一人乗っていた。この三人って馬に乗れたっけ…と思っていたが、問題なく乗っているな。

 

「よし…皆、行くぞ!」

 

「はい!」

 

「はっ!」

 

「ほな、行くで!」

 

「はいなのー!」

 

それぞれの馬を操る面々の返事を確認すると、俺は電影の体を軽く叩く。電影は嘶き、そのまま走り始めた。

 

それに朱里の操る颶風、そして三羽烏が操る軍馬達が続く。よく訓練されている馬のようだ。電影と颶風は全力ではないが、

 

それでもしっかりついてきている…無理はさせないようにしないとな。

 

 

 

 

 

さあ、次はいよいよ徐州だ。天和達が隠れ住む村の場所はわかっている…後はそこに行くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そこで思わぬ事態が待っていようとは、この時の俺は想像もしていなかった―

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

また更新が空いてしまいました。Jack Tlamです。

 

今回は三羽烏との再会を描きました。

 

 

孔融は史実だと実務ではてんでダメな人でしたが、ここの理穏は実務でも活躍しています。

 

桃香並みの背丈と胸を持つ反則級の美少女です。ですが灯里には敵いません。

 

 

三羽烏の活躍が上手く描けたかちょっと心配です。

 

ピンチに駆けつけるというところを描きたかったので、出番が少ないというご指摘はあるかと思います。

 

 

そして朱里と灯里の腐った交流…これはもうド定番ですね。

 

耳をダ○ボ状態にするムッツリ少女・流琉の反応もまたド定番…はい、敢えてやらせていただきました。

 

とはいっても、流琉まで腐っては読者の皆様に怒られると思うのでやりませんでした。

 

 

さて、平原も青州ですが…同じ州なのに、桃香の人柄はほとんど伝わっていませんでした。

 

これが彼女のやったことの結果ですよ。書いていて私が怒りを覚えてきました。

 

本末転倒もいいところでしょう?

 

 

 

…それと、ちょっと重めの発表があります。

 

 

 

今作のヒロインは朱里ですが、一刀と朱里が戦いを終えてこの外史を去る時、この二人だけ…ということには、

 

ならないかもしれません。何人もというわけではありませんが、二人と共に外史を去る子がごく少数、出るかもしれません。

 

かなりのネタバレではありますが、それが誰かはお楽しみに…。

 

 

 

ではでは、また次回。


 
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