No.636443 dream後編(2014C/S6D)2013-11-13 00:03:09 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:735 閲覧ユーザー数:735 |
もし帰る場所を見誤れば、どうなってしまうのか。
こうして生きている男が死ぬのか、はたまた生きながらえるのか。何にせよ彼が戻る正しい地は、あの感染地区の、渦の中。
そこへ戻れと言えるのか?だが、ここに彼の居場所は無いのも、また明瞭だった。
『ディーンの傍でしか生きられない僕が、他の何に意味があるっていうんだ』
そのディーンとは、キャンプチタクワのリーダーでもある、弟と離れた方のディーンだ。
現代のディーンは、未来の一つである自分の結末を知っている。もしカスティエルが死の番人から生を勝ち取ったとして、あのディーンの末路の先に何を見るのだろう。
答えを聞くのが恐ろしくなり、次第に意識を飛ばしていたせいで、背後からカスティエルに腰を抱きつかれてしまった。
「ディーン、いつまでもその格好でいると風邪ひくぞ。それとも僕に抱いてほしくなった?」
「てめえ」
人が真剣に悩んでいたというのに、元凶はセックスしか頭にないのか。
やっぱりこいつはただのヒッピージャンキーだ、間違いねえ。
カスティエルを引き剥がし、服を着るべく鞄をベッドに置く。
「お前、服はどうするんだ」
「あの埃だらけのを今着る気にはなれないな。ディーンのを貸してくれないか」
「生憎とこれ以外皆、洗濯行きのしかねえ」
事実、ディーンが今はいている下着とシャツ以外は、ランドリー袋に突っ込まれている。デニムは先ほどと同じ物。
「ふむ、僕としてはディーンが一度着たやつなんて歓迎するが」
「やめろ変態っ」
Tシャツの襟首から顔を出した後にツッコミを入れる。
「あとストリーキングもどきも止めろ。せめて腰にタオル巻いとけ」
「君はいつから花も恥らう乙女になったんだ」
少しおかしげに口角を上げつつも、ディーンに従った。
せめてと、部屋の空調を上げる許可をディーンから貰い、さっきまでなかった温かい空気が部屋を包み出す。シャツを羽織り、デニムをはいたディーンには幾分余計な気温だが、ここは妥協する。
そしてカスティエルはと言えば、ここへやってきた身体を受け止めたディーンのベッドに足を組んで腰掛けた。眼前に立つディーンを見上げる様は、キャンプのメンバーであった頃を思い出させる。
「で、僕はどうすれば良い?ディーン」
温度を感じる身体にも人間臭さをいちいち感じてしまい、ディーンは不本意さを隠さずに眉間に皺を寄せた。しかしそれも一瞬で、思考を現実的な物へと切り替えさせる。
「とりあえずサムやボビーに電話するか、キャスを呼ぶしかない」
「サム、ね」
含みのある呼び方に、いささか気になった。
「何だ」
「いや、本当にここは違う世界なんだなって、実感しただけだよ」
そうして細める眼差しの奥に隠す影は、何を憂いての物かまではディーンには分からなかった。カスティエルも気づかれたくはないから、それで良かった。
終末を回避した世界はつまり、サムがディーンの傍に居るのが当たり前だという事。
一度は地獄に堕ちた事情までは把握していない堕天使ではあるが、そんな余白は気にならない。
重要なのは、ディーンの傍らに居るのが己ではない、夢のような世界。
「そういえばここの僕はどうしている?姿が見えないが」
「そんなしょちゅう一緒には居ない。それに最近は、向こうで忙しそうにしてるらしく、呼んでもすぐには来ねえよ」
「有り得ないな」
「何が」
「君以上に優先すべき事なんて僕には無い」
人間となった男であっても、顔は同じカスティエル。そんな顔で久しく聞いていないストレートな告白を受け、思わずディーンは方笑を浮かべる。
「そうであって欲しいよ」
事実、現代のカスティエルの根幹もそれではあるが、ディーンの望むべく道から外れているのを、まだ天使の彼は気づいていない。
「カスティエルが来ないというのは僕という存在の沽券に関わる。せっかくの僕とディーンの甘いひと時を邪魔などされたくは無いが」
「おい誰と誰がだ」
「僕とディーン。そうだな、来ないならそれも良いかもしれない」
「は?って、おいっ」
言いたい事を言ったカスティエルは、有無を言わさずディーンの手を掴んで力いっぱい引き寄せた。体格と力ははなから敵わないと知っているから、多少強引でも丁度良いぐらいだった。
案の定、不意をつかれた形のディーンは、ドサリとカスティルの上に伸し掛る形で倒れこむ。
「何しやがる」
抗議を受けるのも予測済み。男はそれすらも愛しげに受けながし、腕の中にあるディーンを力いっぱい抱きしめた。
「ディーンから良い匂いがする」
「お前も浴びたんだから。嗅ぎたきゃ自分を嗅げ」
「はは、面白い事を言うなあ。でも香料も体臭と混ざり合うんだから、これは君の匂いだよ」
そう言って腰を撫でるや、ストレートに下肢に手を伸ばした。デニム越しの感触ではあるが、事の早さにディーンは焦りを隠さない。
「止めろって、俺はてめえとやる気はねえて言ったろっ」
「ああ、今の世界の僕より満足させてあげるって言ったら断られ、挙句に『俺のキャスじゃない』だっけ。全く、あてつけてくれるよ」
Tシャツの襟ぐりから見えるディーンの鎖骨に歯を立てる。
「そういう意味じゃっ」
「これだけ愛されているのに、どうして君のカスティエルはここに居ない?」
「知らねえよっ」
ディーンの震える声に、天使の力を失った男が助言する。人ではなくなったからこそ見える物。
「どうやら君らも、お互いを意識しすぎる点だけは僕らと共通しているらしい。愛する心に偽りは無いのに、それを形にしなければ不安に押しつぶされる」
微かな溜め息がディーンの肌に当たり、思わず抵抗する力を削がれてしまった。
どう聞いても今の自分達というよりは、世界の終末に抗う二人の関係を指している。
ディーンは躊躇いつつも、自分を抱きしめる腕に手を添え、体重を預けた。やはり聞かなければいけない。
「なあ、お前はどうしたいんだ?」
「ディーンを抱きたい」
「そっちじゃねえよっ」
真面目な話をしたいのに、天使ではなくなった副作用なのか、ディーンの知るくたびれた天使より、俗物感が増している。
「だから、俺がどうすれば良いとか聞くんじゃなく、お前がどうしたいかを言え。元の世界に戻りたいか」
「おかしな事を聞くなあ、僕の世界は一つしかない。帰る場所もしかり」
ディーンの腰を撫でながら答えるので、「触るな」と結局自ら離れた。とはいえカスティエルの上からは退いていないので、体制としてはなんら変わっていない。服を纏っているディーンが、ほぼ全裸のカスティエルに伸し掛る様は、誰が見ても誤解を招く構図だ。
だが目前の自体に精一杯の二人は気にしていない。
「ちゃんと聞け。戻るって言うことは、あの只中にっていう事だぞ」
「ここが本当に僕の夢の中なら、これは永遠に続く奇跡かい?それとも、いつか覚める幻?」
永久ならば既に現世での命は朽ちている。現実から隔絶された夢ならば、もう少し留まるのもやぶさかではない。
ディーンが見下ろす先で笑む男は、既に答えを知っていて見上げてくる。皮肉にも、ディーンもそれ以外を言葉に吐く事は出来なかった。
「……夢であったらと思うよ」
せめてとばかりに苦々しく呟けば、十分だよと目が笑った。
「ここは確かに素晴らしいけど、完璧過ぎるから夢は綺麗なんだ。ただ一つ絶対的に足りない」
ベッドのスプリングを利用して起き上がれば、至近距離で互いの目が交差する。
同じ遺伝子でありながら、求める者が違う二人。
「僕が愛するディーンが居る世界に、戻して欲しい」
そして堕天使は、契約としてチュッと音の鳴る可愛いキスをディーンにした。
「この……っ」
「これぐらいは貰っておかないと割に合わない。着替えてくるから、終わってから呼んでくれ。僕の望む場所に戻せるのはカスティエルだけだ」
ひょいとベッドから起き上がったカスティエルは、バスルームに放ったままの洋服を取りに向かう。
「ったく、好き勝手すんのは、どっちもどっちじゃねえか」
とにかくサムが帰ってくるまでに決着を付けてしまいたい。時計を見ればまだ昼にもならないから、恐らくは大丈夫だろう。もし帰ってきたら来たで面倒ながらも説明すれば良いだけだ。
とりあえず今の自分は、元天使の身支度が整うの待つしか無くなった。いきなり手持ち無沙汰になったディーンは、カスティエルが持ってきたサブマシンガンに目が止まる。
銃は子供の頃から手に馴染む武器だ。力を失った男が新たに身につけた武器が、人類の発明品という始末。
己が知るカスティエルは扱いづらそうに銃を握ったが、彼は当然ながら慣れている。それがまた一層、遣る瀬無かった。
「結局、どっちにしても『俺』があいつを殺すんだな」
留まる選択を与えなかった時点で、答えは是非もない。
ディーンの声はカスティエルには届いていない。未来から落ちてきた男にも、また、現代を飛ぶ天使にも。
ドアを閉めたバスルームには、埃まみれの服を着替えるカスティエルと、くたびれたコートを着込むカスティエルが居た。
「姿を消して立ち聞きしてたな」
確信を持って口を開く男に、天使は肯定としか取れない沈黙をする。悪趣味とは思わないのが、同じカスティエルたる所ではある。
むしろ男が憂うのは、恩恵を受けながらも、己の知る自分とは一線を画す空気。
「どうやらこっちの僕は、天使というよりも迷える子羊になったらしい」
「……どういう意味だ」
不謹慎な発言に、ぴくりと天使の眦がひくついた。
「感情がダダ漏れじゃないか。力を失った僕でも、それぐらい分かる。何か企んでいるな。まあディーンが絡んでいるのは確かだろう。ディーンの事しか頭に無いからな、お互いに」
「うるさい、早く戻れ」
天使が右の人差し指と中指を、男の額に当てようとするから、慌てて男は半歩下がった。
「をっと、ここでいきなり僕が消えたら、どうディーンに説明する気だ?君じゃうまく出来やしないだろ」
反論したいのをグッとこらえ、天使は右手を下ろす。
「やれやれ、キスだけで済んで結果オーライだったかも。セックスしてたら修羅場になってたな」
「今でも殺したい気分だ」
歯に着せぬ物言いでも、男は気にしない。逆の立場でも自分だってそうすると自負しているから。ただ、何度殺してやりたいと殺意を向けようが、一度として出来ずにいる男とは違い、天使なら躊躇いは無いだろう。
それを感情の吐露で収めているのは、ひとえに男の帰る場所の為だ。
ディーンから自分を奪う権利など、己にすら無い。
さっさと身支度を済ませた男は、「そろそろ消えておいた方が良いんじゃないのか」と別れを切り出す。
天使もさすがにここから出る訳にはいかないので、言われたままに消えようとした。
「そうそう、天使カスティエル」
「何だ」
元天使が忘れ去った導く者としての眼で笑う。
「ディーンの傍から離れるなよ。それ以上の正しい事なんて無いだろ?」
「私に言われるまでもない」
今度こそ天使は姿を消した。
「本当に分かっていれば良いけど。何せ僕は、とっても一途だからな。誰かが言っていたっけな、恋は盲目だって」
最後に埃を申し訳程度に払い、ドアノブに手をかける。
本当にここが現実ならと願わずにいられない。
君が、数多の罪悪感と後悔で日々に嘆き絶望し、枯れ果てた涙を隠す必要もない。世界の大罪者として全てを背負い込む必要も、両手では抱えきれぬ程の誰かを守ろうとする必要もない。
安穏と眠る夜が有る。陽の光を慈しむ安らぎが有る。それらの中心に君が生きて在るのが、僕の望む全てだった。
どうしてこの世界に迷い込んだのかは分からないが、存外に平行世界は、こんな扉一枚で隔たれているのかもしれない。
ならばあの死淵で願った夢が、次元の扉を引き寄せたのなら、あの時過去の君と出会った意味も僕にあったのだ。
部屋に戻ると、サブマシンガンまで小奇麗になっていた。男は知らぬふりで武器を握り、準備が整ったのを知らせる。
「お待たせ、ディーン」
一方、たった一言で降りてきた天使に対し、現代のディーンは「助かるが、今日は暇なのか」と軽い嫌味を込めて尋ねた。
「ディーンが呼べば私は来る」
暗に、ディーン以外ならどうなんだと考えずにはいられない。ついさっきまで元天使と居たせいか、嫌味に嫌味で返された気分になり、これ以上ツッコミを入れるのは止めておいた。
未来のカスティエルは、何も言わないまま消えた。ただ最初に来たとき同様の笑みで、ディーンを見つめていただけ。
まどろみめいた淀みのあるくせに、やたらと迷いは無い、厄介な顔。
消えた男が、末期の水を求めて死淵を繰り返したのか、もしくは自分が未来を書き換えたように、彼もまた、未来のディーンの最期をも変えてしまうような何かをしたのか、何も分からない。
ただ、未来を思い出してきた今までの物とは別の感情が生まれた。
どこまでもディーンを中心軸から外さないばかりに、損をする二人の男に対し。
△▽△▽△▽
ある相対の夜。記憶の防波堤を崩された弟を、パニックルームに置き去りにした。カスティエルの目的を阻止すべく、バルサザールが示した場所へ、ボビーと向かう為だ。
悪魔と天使という二重苦の状況の過酷さに、インパラに乗り込む直前に立ち止まる。
いつだって勝ち目の無い戦いばかり強いられる、と皮肉るのは、今に始まった物ではない。
ディーンは慌ただしく仕度をするボビーとは裏腹に、静かに瞼を閉じる。覚悟か祈りか、何かを飲み込んでから目を開ける。
満月がぽっかりと底の無い空の海に浮かび、地上を照らしている。
「チキンバーガー、一口ぐらいならあげても良かったかもな」
嵐の前の静けさにも似た夜空は、未来の彼には繋がっていない。だけど、きっとこれから出会う男よりは届くかもしれない。
同族を殺し、果ては煉獄の扉を開けようとする天使の代わりに。
「お前みたいな馬鹿、俺がどうにかしてやるしか無いだろ」
傍に、と願うのは同じだと、いつか互いが知る日が来るのか。
それこそ彼の言う夢のごとく
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