No.635553

dream前編(2014C/S6D)

完売した本を掲載。スラッシュ表記ですが、カプ相手は互いの時代です。終末を逃れたディーンの時代に2014キャスがひょいとやってきただけのぬるい話。11/16ムーパラ「TEAbreak!!!」F24。新刊として、「ドゥムキードゥムカの森から」A5/40p/1Cは確定。S7のC/D短編3本を連作形式で掲載。ところが前編みたいな感じになってしまい、残り後半をどうにか一緒に出せないか模索中。

2013-11-09 19:56:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:886   閲覧ユーザー数:885

正にそれは、夢にも等しい物だった。

 

ディーンをミカエルの器にしたがっているザカリヤによって、ディーンは強制的に未来へと飛ばされた。ザカリアにとって都合の良い解釈の取れる、2014年という世界の終末。

 

あれから。ルシファーをサムごと地獄の牢屋に突き落とし、再びサムは下界に復活を遂げる。魂の無い身体も、死の騎士によって防波堤付きではあるが元に戻された。

 

 新たな問題が生じ、大きな不安を抱えるという、何一つ変わらぬ中、この日も昨日の繰り返しだと、ウィンチェスター兄弟がため息をこぼす。

 

 夜遅くモーテルにチェックインし、調査は明日に持ち越しとして早めの就寝を取る。とはいえ安眠など程遠い環境に置かれてきたディーンは、すぐに眠れる筈もなく、うつうつとまどろみにもならない時間を送っていた。

 

―キャスの奴、何してやがんだか。

 

 寝付けない夜など、ろくな思考にならない。

 

 天界での事情が複雑さを帯びているためか、最近は呼んでもすぐに現れなくなった。

 

―前なら呼ばなくても俺が寝ている時、勝手にやって来てたってのにな。

 

 悪魔と手を組んだ弟を案じ夜毎眠れぬ日々において、カスティエルはディーンに寄り添おうとしているように見えた。

 

 地獄で味わった拷問を思い出しては魘される様に、いつしかカスティエルは、振り払えぬディーンの痛みを憂いていた。

 

 今はどうだろか。

 

―勝手に人の寝顔見てた頃を懐かしむようじゃ、俺も相当ヤキが回ったな。

 

 寝返りを打って、音のないため息をつく。

 

 そろそろ寝てしまわなければ、明日に支障をきたす。しかしまだ睡魔は現れず、代わりに脳裏を埋めるのは、もう一人のカスティエル。つまりは、サムがルシファーのタキシードとなった世界の彼だ。

 

 かの男の事は思い出さないように努めてきたが、何故か、今夜は思考から出て行かない。

 

―ああ、くそっ。何でよりにもよってあいつなんだっ

 

 一層、起きて寝酒でも飲もうかともしたが、既に飲み干して冷蔵庫の中は空っぽ。どうしようもない、と毒づき、うっすらと瞼を開ける。

 

 外の音すら遠いモーテルで、部屋にあるのは時計の音と、サムの寝息だけ。弟が勝手に出歩く事はなくなったが、今度は地獄での記憶が蘇らないかと戦々恐々する。

 

 心配の種が挿げ替えられただけで、本当に、何も変わらない。

 

 それでも、と拳を無意識に握る。

 

―お前と俺は、もう二度と会っちゃいけねえんだ。

 

 ヒッピー気取りの薬漬け堕天使が、勝手に脳裏で笑う。

 

 彼の最期を直接確認した訳ではないが、大方の予想はついている。ルシファーとなったサムと対峙した、自分の運命とさして大差ないだろう。むしろ見なくて済んで良かったのかもしれない。おかげで思い出す度に、彼はシニカルな笑みを向けてくる。

 

 カスティエルが人間へと堕ちた世界を軌道修正させたのだから大丈夫。

 

 困難は災厄と共に降ってくるだろうが、弟が無事で、カスティエルが天界で頑張ろうとしているなら道はある。

 

 そう言い聞かせ、今度こそ眠りの糸を強引に手繰り寄せる。

 

 くだらねえ事ばかりを考えちまったからって、夢にまで出て来るんじゃねえぞ、とある男に対して毒づきながら。

 

 

 

                   △▽△▽△▽

 

 

 

 次の日、ディーンよりも早起きしたサムが、まだベッドから起き上がっていないディーンに朝食を押し付けるや、すぐにモーテルを出ていった。図書館と役所に行くとだけ耳に残っている。

 

 この街の狩りに関わる情報について何か思い当たる節でも見つけたのか、今日に後回しにした物を、こなす気でいる。

 

 ディーンはソファの前に投げ出すように置かれた紙袋をベッドから眺める。サラダという嫌味がなければ、中身はオーソドックスにチキンバーガーとコーヒーだろう。

 

「とりあえず腹が減ってはって言うしな」

 

 ディーンは首に手を当てて、肩を鳴らしながら立ち上がる。ところが、ベッドから離れて三歩目の瞬間、背後からボスンッという音がした。

 

「うっ」

 

「ん?」

 

 何か物でも落ちたかと振り返れば、ついさっきまで自分が寝ていたベッドに人が居たのだ。背中を丸めて顔も見えないが、男というのは認識できる。

 

「は?」

 

 状況が飲み込めず、ディーンはハンターにあるまじき無防備さで立ち尽くす。Tシャツにボクサーパンツという下着姿なのは、寝起きなので仕方が無い。

 

 おかしい。何で立って歩いて三歩で、人が降って湧いて出てきやがる?キャスじゃあるまいし。

 

 いや、人などという大雑把なくくりなどやぶさかではないか。

 

「ここは……」

 

 ゆっくりと辺りを見回しながら顔を上げる男は、ディーンにとっては出来れば二度と拝みたく無い男のそれだった。

 

「ていうかあっちのキャスってわけじゃねえよな?!そうなのか?!いや、どこのキャスだっ」

 

 何でこんな所にいやがる!と叫び近づくや、早々に胸ぐらを掴んだ。

 

 手にはサブマシンガンを握ったまま、男は埃と血で汚れた自分の様子も気にせずディーンを凝視する。

 

「ディーン……?いや、しかし君は……違うディーンだ」

 

「そうだな」

 

 緊張感の無い声に、目を細めて相槌をうつ。相変わらず、どのディーンかの区別はつくんだなと、呆れながら掴んでいた手を緩めた。

 

「どうしてこんな所にいるんだ、君は戻った筈、いや、そもそも僕は一体どうしたっていうんだ……おや、僕だけじゃないな、ここはどこだ、こんな綺麗なモーテル最近じゃ見なくなったっていうのに」

 

「そりゃそうだ、ここは俺の時間だ」

 

 サブマシンガンから手を離さないカスティエルに、間髪いれず答えを提示する。言葉少ない天使だった面影は無く、それが却って、この目の前に降って現れた男が間違いようも無く2014年から来たのだと悟った。

 

 しかも時間軸が狂う事なく、ディーンが連れてこられた世界のカスティエルだ。

 

「一体、どうなってやがんだこれは。説明しろっ」

 

 大声で叫ぶディーンとは裏腹に、カスティエルはあくまで自分のペースを保っていた。現に持っていたサブマシンガンの安全装置を戻してから、サイドテーブルに立てかけた。そして肩を上下させ、ため息をつく。

 

「この状況で僕に説明出来る事なんて無いよ」

 

「はあ?」

 

「僕はあの、感染区域真っ只中に居た。君らと別れ、囮となった、あの場所に居た筈なんだよ」

 

「っ?!それじゃ」

 

「それがどうしてこんな、しかも僕は死の淵に沈んだとばかり」

 

「何だと?」

 

 聞き逃せないセリフに、ディーンの整った眉に歪みが生じた。

 

 カスティエルは隠す気など微塵も見せず、さらりと「僕は死ぬ直前だった」と答える。

 

 無意識に顔を強ばらせるディーンに対し、カスティエルは事も無げに尋ねてきた。

 

「じゃあ、これは僕の夢かな」

 

「夢だって?」

 

「綺麗なモーテルでディーンと二人きりなんて、僕にとっては遠くに消えた天国に等しい」

 

 苦々しい例えに、ディーンは奥歯を噛み締める。

 

「俺はてめえの幻なんかじゃねえ。俺にとってここは、ちゃんと現実だ」

 

「そうか、ならば天より素晴らしい」

 

 上書きされる夢見心地な感情に、間違えようもなく薬物に汚染された堕天使だと確信する。

 

「良いから答えろ、どうやってここに来た」

 

「さっき述べた通りさ、分からない」

 

「訳も分からず飛んでくんのかてめえはっ」

 

「そういえばかつての僕は、訳も分からないままディーンの元へ来ていたな」

 

 懐かしげに目を細め笑う。ディーンは顧みる昨夜の自分に毒づいた。

 

 あんな事を思い出さなければ、今こうして未来の男と向かい合っても、こんなに心を乱す事はなかったかもしれない。

 

 死ぬ直前だったという男に致命傷の痕跡は見られない。ならば傷を癒したのは誰か。目の前のカスティエルは、とうにただの人間に過ぎず、天使の力は皆無だ。

 

 もし誰かが彼をここへ呼び寄せたなら、また何かの意味があるという事なのか。

 

「キャス、お前誰かに何か言われて来たのか」

 

 まさかまたザカリアだろうかと勘ぐるが、とうにあの天使は殺した。ならば誰だとパニックに陥るディーンとは別に、元天使は飄々としていた。

 

「ディーンの傍でしか生きられない僕が、他の何に意味があるっていうんだ」

 

 ディーンへ向ける感情が以前より饒舌なのは、気のせいではないらしい。

 

「それにしてもディーンの口からまた僕の名前が聞けるなんて嬉しいよ。リーダーからじゃ見込みが無いからな。やはりここは、僕が見る最期の夢かな」

 

 土埃のついた眦に皺が寄る。幸せな笑みを悪びれもせず向ける男が、ディーンには腹ただしくて仕方がなかった。

 

 キャスが己に向ける感情の意味など、とうに知っている。心を追いやりながらも、身体は繋げた。だからこそ、未来のカスティエルの達観した姿が忌々しい。

 

 説明が付かないのなら仕方が無いと諦め、ディーンは本来の目的を果たしにソファへと足を向けた。

 

「ディーン?」

 

「ひとまず飯を食う。お前の事はそれからだ」

 

 一種の現実逃避とも取れるが、空腹なのは事実だ。ソファにドカリと腰を下ろし、サムが買ってきた朝食を広げる。

 

「チキンバーガーか、美味そうだなあ」

 

 スタスタと近づくカスティエルと、かつて飢饉の騎士により、ハンバーガー過食症となった天使が重なる。

 

 ディーンはバーガーを口一杯に頬張り「やらねえからな」と釘を差した。

 

「盗らないから君が食べる姿を見てても良いだろ」

 

 質問ではなく決定事項として、ディーンの横に座った。

 

「見るな」

 

「どうして。僕の夢なんだから良いじゃないか」

 

「だからここは現実だっつってんだろがっ」

 

 埃臭さに顔顰めて、バーガーを飲み込む。

 

「ならここは君が選択した世界って事かい?だけどリーダーの忠告通りとはまた違うようだ」

 

 ミカエルを受け入れろと未来のディーンは助言した。自分のようにはなるなと。

 

 それは同時に、カスティエルを堕天使にさせない未来ともなる。

 

 ディーンは冷めたコーヒーで喉を潤してから、ゆっくりと告げる。

 

「……ああ、違う。終末は阻止したよ」

 

 今はまた別の厄介事があるが、このカスティエルに教えても詮無いこと。あえてディーンは口を閉ざした。人となったカスティエルにとっては、終末を回避した世界ある事だけで十分だった。

 

「そうか」

 

 また嬉しげに笑った。

 

「嬉しいよ」

 

 表情だけではなく、言葉にも乗せる。

 

「ディーンがディーンのままである世界が存在するのか」

 

 ならば反面教師になったかいもあったか、と一人頷いた。

 

「確かにそれなら僕だけの夢なのは勿体無いが、僕だけの為にディーンが居るというのも捨てがたい」

 

 沈黙を美としない男に、気狂いのきらいは見えない。それがかえって厄介だと知るディーンは、無言で食事を終わらせる。

 

「今度はどこに?」

 

 お前は束縛したがりの彼女かと心中毒づいた。

 

「どこでも良いだろ」

 

「言わなくても良いけど、ついて行くだけだ」

 

「シャワーだ、ついてくんなっ」

 

「なら一緒に入ろう」と言うや、ディーンより先にバスルームに行ってしまった。

 

「おいこらっ勝手に決めて勝手に先入んなっ」

 

 慌てて中に足を踏み入れば、ほんの数秒だというのに、既にカスティエルは半裸に近かった。何の早技だか知らないが、ここまでマイペースなのは勘弁して欲しかった。

 

「あそこだと気にならないが、ここだと僕の汚れは気になる。そうだせっかくだから君の背中を洗ってあげよう」

 

「いらねえよっ」

 

 薄ら寒い提案に早々と追い出してしまおうとした時、シャツを脱ぎ捨てたカスティエルの身体にある、無数の傷に手が止まった。

 

 銃痕に、切り傷。針と糸で縫い合わせた箇所もあれば、火傷の痕も確認できる。正にハンターである己と同じ様。

 

 ディーンの知るカスティエルには、こんな傷など無い。例えどんなに傷を負っても、天からの恩恵によりすぐに癒えていたから。

 

 結果的に僅かな時ではあったものの、天使の力を失って以降も、こんな傷など負っていない。

 

 不可抗力とは言え、見てしまった事実に閉口する。

 

 当の本人はといえば、途端に押し黙る原因に気づくや、苦笑混じりに自分のベルトに手をかける。

 

「人間だからね、仕方が無い。ディーンだって傷だらけだろ、それと同じさ」

 

 ズボンを下着ごと脱ぎ、空のバスタブに移動する。コックを捻れば、すぐに熱いシャワーになった。

 

「すぐに熱いシャワーを浴びれる有り難みを、まさかここで味わうとはねえ。早く君も入りなよ」

 

 時折湯が裂傷に当たっては痛がる顔をし、ディーンを目で誘う。

 

 訝しるディーンは洗面台に持たれる形で断りを示す。

 

「こんな狭い所に野郎が二人入れるか」

 

「充分広いと思うけど」

 

「良いからさっさと浴びて出ろ」

 

 腕を組んで拒絶を見せれば、カスティエルは濡れた格好のままバスタブの縁を跨ぎ、ディーンに近づいた。

 

「おいっ」

 

「入ろう、ほら、もう濡れたから一緒だろ」

 

 悪びれもなく抱きついてから、ディーンの手を掴んで招き入れようとする。ディーンはあの時見てしまった、女性たちとセックスする為に、シャワーを促した悪徳教祖を思い出していた。

 

「俺はお前んとこの信者じゃねえっ」

 

 バスルームに響かんばかりの声で引き剥がされた側はといえば、キョトリと目を丸くした後、声を出して笑った。

 

「その言い方、リーダーと同じだ」

 

 何がそんなに楽しいのか、カスティエルは機嫌の良い声で「大丈夫、ここで抱いたりしないから」と付け加えた。

 

 そして再び流しっぱなしのシャワーへと戻る。これではまるでセックスに怯えるティーンエイジャーのようではないかと、居心地が悪くなっただけのディーンは、諦めてぐっしょりと濡れた下着を脱いだ。

 

「……どこでだってしねえよ」

 

 ここで、と言った男に最低限の牽制だけはしてから、バスタブに足を突っ込んだ。

 

 これは確かにカスティエルではあるが、己の知る男ではないのだから。

 

 なるたけカスティエルの傷を見ないようにしていれば、自ずと相手にも伝わる。順番を待つように背後に立つディーンに、シャワーを浴びたまま声をかけた。

 

「そんなに気になるかい」

 

 ストレートに聞かれたが、ディーンは咄嗟に返せなかった。沈黙を排除するように、答えないディーンに代わってカスティエルが先を続けた。

 

「傷は男の勲章て言うらしいが一理ある。おかげで女性たちとのピロートークも弾んだよ」

 

「意味が違うだろ」

 

「でもディーンだって経験あるんじゃないのか」

 

 すっかり湯気に包まれたバスルームにて、反論できないディーンが一寸黙る事で、幾分シャワーの音が強まった。

 

「ほらな。それに傷は無いに限るが、生きる代償みたいなもんじゃないかな。これら全部が、リーダーの傍に居る証みたいなものさ」

 

「……ずいぶんと好き勝手にカミングアウトしてるが、あの時のお前は、そこまでストレートじゃなかったろ」

 

「リーダーには言わせて貰えないから、ついディーンに言っちゃうんだろ。君に隠しても仕方が無いし」

 

 寂寥感めいた声色とは別に、ディーンを見る目はあくまでシニカルだった。

 

 肩ごしにディーンを見るや、短い髪をかきあげる。

 

「ディーンの身体は綺麗だな」

 

「はあ?」

 

「傷があるのは僕だけじゃないって事。まあ、リーダーの場合は、上書きしていっているだけだけど。おかげで色々、痛々しい」

 

 洗い終えたカスティエルがディーンに場所を譲り、今度はカスティエルが背後に立った。

 

「僕らはお互いを意識しすぎてきた。傷跡もしかり。君たちは同じ目で僕の身体を見る。そんな目を向けられたら、僕は刺したままの刺をより深く刺すしかない」

 

 カスティエルが人間となった日から、キャンプチタクワのリーダーには刺さって抜けない刺が生まれた。

 

 カスティエルもまた、心に刺を刺してきた。ディーンの見せない罪悪感や、ミカエルの器となれなかった後悔が、その都度カスティエルに独占欲という自傷行為を繰り返させてきた。 

 

 堕落した男の仄暗い優越感を、リーダーは、このディーンは気づいているのか。

 

 一方でディーンも奇妙な既視感に囚われていた。痛いほどの視線を背後で感じるのは、いつぶりか。それを努めて意識から外し、シャワーを浴びたまま口を開いた。

 

「……刺、てなんの事だ」

 

 お湯が口内に入り、手で顔を拭った。カスティエルはディーンをつぶさに観察しながら、あの未来での二人の関係を端的に述べる。

 

「好きだと言うよりも、寝たいと言う方がてっとり早いて事」

 

 どんな形であれ暗に体の関係は続いていたのかと気づかされ、自分達の事なのに、舌打ちをしたくなった。

 

「そうかよ」

 

「だから僕とセックスしない?今の世界の僕より、ずっと君を満足させてあげられる」

 

「お断りだ」

 

 ディーンはカスティエルの誘いを吐き捨てた後、キュッとコックを閉じる。

 

 天井近くのラックに置かれているバスタオルを二つ手に取り、片方をカスティエルに投げ渡した。

 

 カスティエルは、受け取ったバスタオルで頭を拭きながら表面上で残念がる。

 

「僕の夢なのに、ずいぶんと君は都合よくなってくれない」

 

「だから俺はてめえの夢じゃねえし、ここも現実だ」

 

 タオルの隙間からディーンがカスティエルを睨みつける。

 

 すると元天使は今までにない表情で、ディーンを見やった。

 

「僕の世界ではないのなら、夢と大差ない」 

 

「キャス……」

 

「ここは良い世界だ」

 

 洗面台のそばに立つディーンに近寄る。髪を乱暴に手ぐしで整え、タオルを肩にかけた姿は、今のディーンは知らない仕草だ。そして愛しさを隠さない眼差しは、経験を積んだ色香を纏っていた。

 

「本当に、夢のようだよ」

 

 どうしようも無い程の落ちぶれっぷりだなと。あからさまに誘われているディーンは呆れた。

 

「お前は俺のキャスじゃねえ。小奇麗になったなら、さっさと元の世界に」

 

 腰にタオルを巻いてバスルームを出るが、その足が急に止まった。

 

「ディーン?」

 

 彼が足を止めたことに首を傾げる。

 

「いや、なんでもない。とにかく、来た理由が分からないって事は、帰り方も分からないんだな」

 

「そうだな」

 

 咄嗟に口をつぐんだのをカスティエルも見過ごしていないが、あえて聞き返しはしなかった。

 

 ディーンは困惑してしまった。

 

 未来から来た男は、こう言った。

 

 

 

『僕は死ぬ直前だった』

 

 


 
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