第36剣 親の愛を知り…
明日奈Side
ユウキの家から星川駅に着いたわたし達は電車に乗って東京の方に戻った。
「それじゃ、明日奈さん、ユウキ。またALOで…」
「うん、また。体調には気を付けてね」
『またね、クーハ!』
九葉君は新幹線に乗って自宅のある奈良県へと帰って行った。
そこで丁度というべきか、プローブのバッテリー残量が少ないという表示の点滅がされていたので、それをユウキに伝える。
『そっか~…まぁ明日も一緒に学校に行けるもんね。楽しみにしてるから♪』
「時間になったら、専用の仮想空間に入っておいてね?」
『了解! それじゃあね、アスナ!』
「うん、また明日ね」
彼女と別れを告げるとプローブからは声が聞こえなくなり、
その少しあとにバッテリーが無くなったようで、電源が落ちた音が聞こえた。
わたしもそろそろ帰ろうと思って時計を見ると、時間は既に夜の8時半過ぎ。
あ、プローブも和人くんに返さなくちゃいけないや。
そう思って、わたしは携帯端末を取り出して和人くんに連絡を入れることにする。
少しの呼び出し音の後、彼の声が聞こえた。
『もしもし、明日奈か?』
「うん、遅くにごめんね」
『大丈夫だよ。それよりもどうかしたのか?』
「えっと、さっき九葉君が新幹線に乗って帰って、プローブのバッテリーも消えそうだったからユウキも戻ったの。
それでね、プローブを返そうと思ったんだけど、いまから和人くんの家に寄っても大丈夫かな~?」
『……いや、俺が迎えに行く。さすがにいまの時間に1人でこっちにくるのは危ないからな。
駅に居るんなら、人気の多い場所に居てくれ……今から行く』
「あ…ま、待ってます///」
そうして通話が終わる……はっ、ボーっとしてる場合じゃない!? 人が多い場所で待っとかなくちゃ。
それから15分ほどが経った頃、和人くんから駅に着いたというメールが入って、わたしは駅の入り口へと移動した。
そこで彼はバイクに跨りながら待っていてくれたので、彼の傍に歩み寄る。
「ごめんね、夜中に来てもらって…」
「大丈夫だって言っただろ? ほら、送るから後ろ乗れ」
微笑を浮かべながらヘルメットを渡してバイクに乗るよう促されたので、わたしも笑みを浮かべてから従った。
ヘルメットを被ってバイクに跨り、和人くんのお腹に手を回してギュッと掴むと、彼はバイクを走らせた。
しばらくの間、冬の夜の風が冷たく突き刺さる中、和人くんの体の温かさは伝わってきた。
そしてわたしの家の近くの住宅街に入る頃、わたしは彼の背中を軽く3回叩いた。
これは“少し停めて”という合図で、気付いた和人くんはバイクを止めた。
「どうしたんだ、明日奈」
「あのね、ここからは歩いて行かない?」
「構わないよ」
わたしのお願いに彼は快く承諾してくれて、わたしは鞄を手に持って、和人くんはバイクを押しながら並んで歩きます。
「それで? なにか話しがあったから、こうしたんじゃないのか?」
「やっぱり、気付かれちゃうね……うん、ユウキのことで話しがあるの…」
1度言葉を区切ってから、彼にさっきのユウキとの会話を話した。
彼女の思い出とか、親族との事情とか…和人くんは静かにそれを聞いてくれた。
「……そうか…。それにしても、俺に話して良かったのか?」
「うん、大丈夫。というよりも、ユウキが和人くんにも話しておいてって、言ってたから」
彼女は彼女で和人くんにも気を遣わせちゃったとか思ったらしくて、戻る前にわたしにそう伝えてきたんだよね。
思えば、彼は彼で横浜に行くと聞いた時、何かを考えていたのだから、何かしら予想はしていたんだと思うけど。
「明日奈は、どうしたいんだ?」
「…家のこととか、どうにかしてあげたいとは思うんだけどね…。こればかりは、わたしでもどうしようもないし…」
「まぁ、他の家の事情だしな。赤の他人である俺達が関わったところで、拗れるのが目に見えてる」
そう、そうなんだよね~。いくら大事な友達って言っても、今回ばかりは介入できるような内容じゃないから…。
それでもどうにかしてあげたい気持ちが……あ、そういえばもう1つあったっけ?
「あともう1つあるんだけど……ユウキね、九葉君のこと好きかもしれないの…」
「……マジ?」
「う、うん…」
珍しく驚いた様子を見せてくれた和人くん。
そういえば、ユウキが九葉君に対して何かを思わせそうな時って和人くんは居なかったもんね。
それなら驚くのも無理はないかも。
「でも、そうか……なら、九葉がこっちに残っていたのも納得だな…」
「え、どういうこと?」
「(ニヤリ)…さぁて、どういうことだろうな~(笑)」
「えぇ~!? お、教えてよ~!?」
「ははは、どうしよっかな~(笑)」
「教えてってば~!?」
そんな風にじゃれ合いながら、わたしと和人くんは歩いていきました。
そしてわたしの家の前に到着しました。
「送ってくれてありがとう、和人くん♪」
「どういたしまして。ま、彼氏としての務めだから、当然なんだけどな」
もぅ、それが凄く嬉しいってことに気付いてほしいんだけどな~///
でも、恋人として、恋人だからって特別に扱ってくれるのも、やっぱり嬉しいよね~///
「まぁさっきの九葉と木綿季のことに関しては、心配しなくてもあの2人なら自分たちでなんとかするさ。
俺達は頼ってきた時に力を貸してやればいい」
「ふふ、うん、そうだったね。あの2人なら大丈夫だよね」
実は家に着く前に和人くん、結局教えてくれたんだよね~…ディープなキスをされたけど///
それにしても九葉君もだなんて…。
「それじゃあ明日奈、また明日。おやすみ」
「おやすみなさい、和人くん(ちゅっ)///」
別れの挨拶をしてからわたしは素早く彼の唇にキスをして、身体を離して門を潜った。
少し間が空いたけど、和人くんもすぐにバイクを走らせて帰っていきました。
玄関の扉を開いたわたしは「ただいま」と声を掛けたけれど、反応はない。
靴を見てみれば、既に橘さんも佐田さんも帰っているのに気が付いた。まぁさすがに9時を過ぎちゃってるもんね…。
でも母さんは帰って来てるみたいだから、多分部屋に居るのかも。そう頭で考えてから、わたしは自分の部屋に戻った。
自室で寝間着に着替えようと思ったところで、ふと考え付いたことがある。
今日のユウキとの話し、それを思い出して前から考えていたことを決行しようと思ったのだ。
まずは兄さんの部屋に行ってノックをする……反応は当然無し。
少し悪いと思ったけれど、中に入らせてもらい、システムデスクの上に置いてある兄さんのアミュスフィアを借りる。
自分の部屋に戻ってそれを被り、ALOにログインする……アバターはエリカ、
わたしが使用しているサブアカウントのキャラで、
第22層の
リアルに戻ったわたしは頭からアミュスフィアを外し、それを持って母さんの書斎に向かう。
アミュスフィアは高出力のルータとワイヤレスで接続してるから、家の中であれば基本どこでも回線状態が維持されてる。
母さんの部屋の前に着くとノックをする。入室を促す言葉が聞こえたので、ドアを開けて中に入る。
「ただいま、母さん」
「おかえりなさい、明日奈。どうしたの、アミュスフィアなんか持って…」
わたしがアミュスフィアを持っていることに気付いた母さん。
母さんには絶対にアレを見てほしいと思う、だから…。
「母さん…少しだけでいいから、わたしと一緒にALOに来てくれないかな?」
「…理由を聞いてもいいかしら?」
「どうしても、母さんに見てもらいたいものがあるの……だから、お願い」
「………」
わたしのお願い、それは母さんにALOに来てもらって、あるものを見てほしいのだ。
何時かとは思っていたけど、ユウキと関わるようになって、そして今日彼女と話したことでようやく決心がついた。
何時かではダメだと、何時かではなく、今じゃなければならない。そう思ったから…。
「…分かったわ。私はどうすればいいのかしら?」
「ぁ、ありがとう! えっと、ALOについたらわたしが行くまで待ってて!」
微笑を浮かべて了承してくれた母さん。本当はアミュスフィアが苦手なのは知ってる。
だけど、わたしのお願いを聞いてくれたのが凄く嬉しかった。
わたしはアミュスフィアを母さんのサイズに合わせてから、パワースイッチを押した。
椅子に身体を預けていた母さんから力が抜けたのを見て、ダイブしたことを理解する。
わたしはすぐさま自分の部屋に駆け込んで、自分のアミュスフィアを被り、アスナとしてダイブした。
明日奈Side Out
エリカ(京子)Side
娘である明日奈に乞われて、苦手ながらもアミュスフィアを被ってVRゲームの世界へと、私はダイブした。
以前、これを使った時に軽く酔ってしまったせいで、苦手ということにさらに拍車をかけたのを覚えている。
そう考えながらも眼を開くと、そこは何処かの家の中だった。
まるで別荘のようなログハウスで、機械的なものは1つもなく、大きな暖炉などが魅力を引き立てている。
なんだか穏やかな心持になり、暖かさが溢れてくる。
食器棚の隣に姿見があるのに気付いて覗き込んでみると、そこには若草色のショートヘアの少女が映っていた。
これが、わたし……アバターというやつね…。
その時、姿見の端に水色の髪の少女が…いや、娘と同じ姿をした少女が映っているのに気付いた。
「どう、母さん」
「なんだか不思議、というよりも妙な感じね。知らない顔で自分の思い通りに動くなんて……それに、体が軽いわ」
「それは当然だよ。そのアバターの体感重量は40kg程度、現実とはそれなりに違うはずだもの」
クスクスと可愛らしい笑みを浮かべながら話す明日奈。
1年前、彼女が現実世界に帰ってきてから初めて気付いた娘の可愛い笑み。
それを忘れていた自分が馬鹿ではないかと思いつつも、口にはしないで皮肉で返してみる。
「失礼ね、私はそんなに重くはありませんよ……それに、貴女こそ本物の方が輪郭が少しふっくらしてるわよ」
「なっ!? か、母さんこそ失礼よ! 本物と一緒だもの!」
「残念ながら、嘘じゃないわよ? 本物の方が健康的なくらいでいいわよ。和人君もそう思っているんじゃないかしら?」
「え、そ、そうなのかなぁ~? そうだといいかも…///」
自分で言っておいて難だけど、まるで言い包めてしまったみたいね…。
この娘、和人君のことになると大変だわ(苦笑)。
「明日奈、私に見せたいものがあるんでしょ?」
「あ、そうだった…こっちに来て」
慣れないアバターという体を使っているからか少し足取りが覚束ないけれど、明日奈の居る扉の前へと辿り着く。
彼女が扉を開けると中は小部屋になっていて、棚には様々な道具が置かれている。
明日奈は小部屋の奥にある小さな窓へと私の手を引いた。
彼女が窓を開け放ち、私にそこから外を見るように促した……そこには、雪に覆われた針葉樹の森が広がっている。
針葉樹は杉、杉林なのだけど……この光景は、何処かで…。
「どうかな? 似てると思わない?」
「似てる? この杉林、が……あっ…」
明日奈に言われてもう1度林に目をやることで、思い出した……この光景は、
宮城にあった私の実家から見えた光景に似ている、と…。
私が生まれたのは宮城県の山間部にある小さな村、両親は農業を営んでいた。
“豊か”と言える家計ではなかったし、田舎ということが私を何よりも実家から離れさせた理由の1つだったと思う。
だからこそ、小学校と中学校は地元のところに通ったけれど、高校と大学は良い成績を収めて、良い学校へと進んだ。
ほんの少し都会に憧れて、豊かな生活を、幸せな生活を送りたくて、
様々な思いがあって、私は自分自身を実家から遠ざからせた。
けれど、娘である明日奈は京都にある結城の本家よりも、実家の方を好んでいた。
幼い頃から駄々を捏ねては夏休みと冬休みは実家へと連れて行っていたのを覚えてる…。
だが、両親は明日奈が中学2年の頃に相次いで他界し、棚田や山といった土地は全て売却し、実家も取り壊された。
当時の私は、正直に言うとそれで良かったと思っていた…。
この光景を目にした今でも、あの故郷の貧しい農村を懐かしがるとは思えなかった……はずなのに、
目がこの光景から逸らさせてはくれない…。
そこで明日奈が語り始めた……私も知らない、両親の思いを…。
明日奈は中学1年の頃、お盆に1人で宮城の実家へと向かった。
私は夫、彰三さんと息子である浩一郎と共に、どうしても外せない結城本家の法事があったので、そちらに向かったのだ。
彼女はその時に私の両親(明日奈の祖父母)に謝ったという、「お母さんがお墓参りに来れなくてごめんなさい」と…。
そんな謝罪をした明日奈に、父と母は分厚いアルバムを見せたそうだ。
そこには、私に関する様々な記事がファイリングされていたという…。
私の初めてからその時の一番新しい時までの論文、色々な雑誌に寄稿した文章やインタビュー記事、
ネットに掲載されたものまで、プリントしてまでファイリングしてあったのだ。
そして父は明日奈に語ったという……私は、自分達の宝物だと…。
村から大学に進み、学者になり、雑誌に多く投稿し、立派になっていった私が…。
論文や学会で忙しくて、帰ってこれなくても不満など1つもない、とまで…。
そして…私が、いつか疲れて立ち止まりたくなった時、後ろを振り返って自分の道を確かめたくなった時、
支えが欲しくなった時の為に、この家と山を自分達で守り続ける、そう決めていたというのだ…。
思い返してみれば、当時の生活に何度か不満を漏らしたことがあったし、それで両親に当たったこともあった。
そこに居るのが嫌になって、帰りたくもなくて、なのに……父さんも母さんも、私に不満を持ったことがないなんて…。
それなのに、私は……2人が守ってきた棚田を、山を、家を、自分の帰るべき休める場所を…。
「わたし、昔はお祖父ちゃんの言葉の意味が解らなかったの。
だけどね、和人くんを好きになって、みんなと出会って、母さんたちとちゃんと話しができて、そのお陰で解ってきたの…。
自分の為に進むことだけが人生じゃない……誰かの為に、誰かの幸せを、
自分の幸せだと思えるような生き方もあるんだって、思えるの」
耳に入ってくる明日奈の声、心に響いてくる明日奈の想い…。
彼女は林の前を駆けるウサギに似た2匹の動物を見ながら語っていく。
「わたしね、周りの人達みんなを笑顔に出来るような、疲れた人を支えてあげられるような、そんな生き方をしたいの。
和人くんやユイちゃん、友達のみんな…それに母さん達も…」
この娘は、本当に…。それが私の堰を切らせたのかもしれない。
気付いたら、私の眼から涙が零れ、溢れていた。何度拭っても、溢れるのが止まらない。
「なによ、これ…止まらないじゃない…」
「この世界ではね、涙は隠せないの。泣きたくなったら、誰も我慢することが出来ないのよ」
「不便なところ……だけど、その方がいいのかもしれないわね…。明日奈、少しだけ、少しだけだから…」
「うん…」
もう、涙を隠そうとすることも、嗚咽を我慢することも出来なかった。
父さんと母さん、2人の私への想いが嬉しくて、そんな2人に何もしてあげられなかったのが悔しくて、
なによりも……自分で両親の守ってきた場所を踏みにじったのが、悲しかった。
―――父さん、母さん、ごめんなさい……そして、私を育ててくれて、ありがとう…!
エリカ(京子)Side Out
To be continued……
後書きです。
原作とは少し違った感じでここの話しを書きました、原作では明日奈が京子さんを説得するためでしたけどね。
この作品では明日奈が京子さんに自分の思いを、祖父母の想いを伝えることを目的としてALOに来ました。
さらに珍しくも京子さん視点、上手く書けていればいいんですけどね・・・。
次回は急展開を迎えます・・・なんと、九葉と木綿季が!
それではまた~・・・。
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第36剣です。
原作の明日奈と京子さんの会話を特色を変えて書いてみました。
どうぞ・・・。