第31話 -拠点3-1-
○愛紗
一刀「ふ、ふぁあ~あ。」
大きな欠伸は部屋の外まで聞こえてないかな。少し耳をそばだててみるが、他の人の気配はなさそう。
一刀「いつものこととはいえ、連日これだと嫌になるよなぁ。」
うず高く積まれた書簡の山は見慣れたもの。ただ、昼食の後の眠気と相まって、仕事は殆ど手に付かない。支配領域の拡大に伴う案件の増大は経験済みであっても、その内容は多種多様だ。
一刀「だめだ、これは...」
少し水でも飲んでおこう。あいにく、水差しは空っぽで、厨房まで水を貰いに行かねばなるまい。呼び鈴で呼んでもいいのだけれど、少し歩いたほうが目も覚めるというものだ。
一刀「先客は...なしっと。」
水を入れてもらって戻る途中。そよ風が気持ちよく、ちょっと休むのにはちょうどいい木陰が俺を誘っているように見えた。ここはそこそこ人気のスポットなのだが、今日は運の良いことに誰もいなかった。ここで水を飲んでいってから政務に戻ろう。
一刀「あ~、生き返るなぁ。」
コップを傾け一息つくと、意図とは反して強烈な眠気が襲ってくる。
一刀「い、いかんいかん。このままでは本末てんと...」
だが、ここちの良い風と暖かな日差し、そして連日の政務疲れに意識はあっさりと手放されてしまう。
一刀「ん、んー。」
どれくらい眠っていたのだろうか。薄目を開けて周囲を伺ってみると、どうやらまだ日は高いようだ。せいぜい一時間といったところだろう。
??「...おはようございます。」
ギクッ!
突如隣から声をかけられそちらを見やれば、今一番会うのが怖い人物がそこにいる。
一刀「あ、愛紗、奇遇だね...ははは。」
愛紗「なにが奇遇ですか!昼食を終えお部屋の方を訪ねてみれば、途中で投げ出された政務の跡があるばかり。こんなことではないかと思って心当たりを探してみれば、最初に訪ねた場所で一刀様はぐっすりとお休みのご様子。さすがに、お約束にもすぎるというものです。」
木に腰掛けたまま答える愛紗にどこか不自然さを感じるも、その正体にはあと一歩のところで手が届かない。わかるのは二人の距離は思ったより近かったということくらいだ。
一刀「ははは、まいったな...さすがに付き合いが長いとゆっくり昼寝もできないって...あれ。」
愛紗「なんです?」
そこで一刀は思い至る。
一刀「愛紗が飯の後部屋まで行って、そこから探し始めて最初のとこにいたってことは...愛紗、俺見つけてもしばらく寝かせてくれてたってこと?」
愛紗「ななな、なんのことでしょう?!べ、別に私は一刀様の寝顔など...ましてや自分も眠くなり寝てしまうなどということあるわけが...」
どうやらそういうことらしい。よく見れば、愛紗の服にも土や草が少し付着しているようだ。
一刀「それじゃ、愛紗はその間、眠りこけてる俺を放っぽいて、何してたのかなー?」
愛紗「それは...その...私は一刀様がお休みになっている間、不埒者が手など出さないよう、周辺警戒をですね...」
一刀「ここ城の中だし、そんな人はそもそもここまでこれないと思うんだけどなぁ?」
愛紗「ですから、万が一ということも...」
一刀「ふーん。」
愛紗「くっ!その顔は全く私の話を信じておられませんね?もう知りません!」
分り易すぎる嘘に少しばかりの悪戯心が首をもたげるが、愛紗はプイっと背をむけてしまう。しばしの沈黙があったが、ボソリと愛紗は呟いた。
愛紗「(これでも申し訳なく思っているのですよ?一刀様に多くの負担を強いるばかりで私は...)」
一刀「うん、ありがとうね、愛紗。」
愛紗「えっ...」
聞こえるとは思っていなかったのだろう。愛紗は驚いたような声を漏らす。
一刀「愛紗がそうやって気遣ってくれるから、俺は大丈夫さ。それに俺はこれくらいしか役に立たないしね。たまに思うんだ。俺がこれくらいの役にも立たなかったら、皆愛想つかせてどっかに行っちゃうのかな...なんて。」
愛紗「それはあり得ませんっ!」
少し怒気をはらんだ様子で答える愛紗に今度はこちらが驚かされる。地面に手をついたまま目の前まで移動してきた愛紗が顔を近づけ、まっすぐとした視線をこちらに向けてくる。
愛紗「主君の至らないところを埋めるのも、家臣である私たちの役目。一度忠義を誓った以上、全身全霊をもって支えるのが道理というものです。それに、我らが主君は無能などでは決してありません。その証拠に、今も昔も、我らのもとにはこんなにも多くの者たちが集まったではありませんか。」
愛紗の力説に思わず胸が熱くなる。思えば愛紗は出会ってからずっと、俺が弱気になれば励まし、いつも側で支えてくれていた。右も左も分からない俺に、常に真摯に向き合ってくれていたんだ。
愛紗は俺の隣まで来ると再び隣に腰をかけ、俺の頭を優しく抱いて自らの膝の上に導いた。その顔はとても軟らかで、全てを包み込むような笑みを浮かべていた。
愛紗「疲れた時には休めばよいのです。貴方に倒れられなぞしては、それこそ我らは道に迷ってしまうのですから。」
一刀「でもまだ仕事が...」
愛紗「後で私もお手伝いいたしますから。もう少しだけお休みください。目の下にクマができていますよ?」
今は愛紗の好意に甘えよう。そう思った矢先、
星「ほーう。」
愛紗「せ、星!?お前がなぜここにいる?」
星「なぜと聞かれてもな。ここは城内だし私は非番だ。ならば私がどこにいようと問題あるまい。」
一刀「たしかに問題ないな。」
一刀が言葉を発したことで、愛紗は自らが今どのような状況になっているのか気づいてしまう。
愛紗「あっ!違うぞ、星。これはだな。」
星「いやいや、みなまで言うな。主君と家臣の仲が良好であるというのは国家というものにとっても重要な事だ。もちろんわかっているぞ、あ、い、しゃ。」
愛紗「...そうだ。よくわかっているじゃないか。」
星の言葉を肯定しつつも顔の方はというと仏頂面だ。そして恥ずかしいだろうにこれは私のモノだと主張するかのように膝においた俺の頭を掻き抱いたままだ。そこに、星はニヤリと何か悪巧みをしているような顔をする。
星「ならば、これを機に私も主との仲を深めておくべきであろう。では主、少々詰めてくだされ。」
一刀「お、おう。」
そう言うなり、星は愛紗に膝枕されている俺の前にすっぽりと収まった。
愛紗「せ、星!何をやっているっ!」
星「ほう。これは中々。ふむふむ。ここをこうすればより...」
何やら唸りながら頭の位置を変えたり、俺に身体をすり寄せたり俺の腕を抱き込んでみたりしている。これはこれで幸せな状況なのだが、膝を貸している当人はふつふつと何かが沸き上がってきているようだ。
愛紗「あのな...」
それが今にも吹き出すかという寸前、
霞「あー!二人共、愛紗とイチャイチャするならウチを通してもらわんと!」
愛紗「なぜそうなる...」
さらに厄介な事態を招きそうな人物が現れた。だがおかげで俺が乗っかっていた爆弾は吹き飛ばずにすんだようだ。頭を抱える愛紗。みるみるうちに背筋を凍らせるような悪寒の正体の気もしぼんでいく。
華雄「はぁ。お前というやつは...」
これまた相方のいつもの姿に頭を悩ませる人物が一人。
星「そういえば、今日はそちらの二人も非番であったか。この際だ。お主らも主...もとい愛紗と親交を深めてはどうだ。」
さり気なく愛紗が追加されているのに本人は気づいていないが、それを聞き逃す霞ではない。
霞「そういうことなら...」
ニヤけながらそう言うと、愛紗の右側に腰掛け、愛紗の腕をとって自分の肩に回す。
愛紗「おい、それは少し違うのではないか?」
霞「せやかて、他にウチの入る場所ないんやからしょうがないやん。な?」
一刀「いや、俺に同意を求められても...」
霞「んじゃ、華雄はそっちやな。」
一刀「聞いてないし!」
華雄「まあ、関羽のことになるとこやつが人の話を聞かんのはいつものことだろう...」
諦めたように愛紗の空いた片側に腰掛け、腕を組んでもう寝に入る姿勢だ。そしていつのまにか周囲を完全に固められた格好の愛紗。
愛紗「なぜ私がこんな目に...」
すぐに寝入ってしまった四人を無が理やりどかすわけにも行かず、結局愛紗は日が暮れるまでそこから動くことはできなかった。それでも愛紗はまんざらでもない表情で、皆が起きるまでその暖かさに包まれていた。
○華雄
一刀「他になんか買う物とかあったかな...」
今日は仕事も早く片付けられたため、まるまる空いた午後の時間をどうしようかと思案顔の一刀。その一刀に、容赦なく買い物は押し付けられたのであった。
一刀「酒樽とかは持ってきてもらえるからいいけど...細々したつまみやお菓子なんかは持ってきてもらう訳にはいかないしな...にしても暑い...」
飲んだくれたちの大量注文だけでなく、ちょっとしたおやつ程度のものでも頼んでくる人数が増えれば結構な量になる。いくら暑いとはいえ、他の国では汗だくになった君主が大きなかごを背負って城下で買い物する姿など到底拝めないだろう。果ては顔見知りの商店ではお気の毒にとの言葉とともにおまけまでしてもらってしまう始末だ。そんな情けなくもある自分の姿を嘆くどころか、とっくに受け入れてしまっている一刀。
一刀「ん?あれは...」
たまたま覗いた路地裏に、華雄の背中をみたような気がした。呼び止めようと思った一刀だったが、
一刀「(華雄って普段街来て何してんだろう?)」
そんな疑問が浮かんだ一刀はこっそりその後をつけることにした。
華雄はどこか目的地があるようで、とにかく人気のない通りを選んで進んでいるようだった。籠を背負った一刀に時々すれ違う人が奇異な視線を向けるが、そんなものは慣れっこだ。ただ、華雄がそのようにひと目を避けるように進んでいく理由が一刀には気になった。女性が人目を避ける理由。その一つに一刀は思い当たる。
一刀「まさか...逢引き!?」
普段は霞とともに漢らしさ全開の華雄であるとは言っても、華雄は女性としても美人だ。華雄に言い寄ってくる男の一人や二人、いても全くおかしくはない。その可能性が浮かんだ時、一刀は他のことは一切考えられなくなった。
一刀「だれだ?部下の誰か?華雄って結構部下には慕われてたしな...いや、もしかして華雄が子どもに囲まれるのを見て、普段とのギャップにヤられてしまった街の青年とか...」
そうして華雄が街を抜け、一番人通りの少ない城門から森の方に足を進めた時、一刀の予想は一層真実味を増してきた。森までくれば、たしかに誰の邪魔も入らない。思った通り、華雄は道を外れ森の深く深くへと進んでいく。草木の生い茂る森を、迷いなく進んでいく様子から、どこに向かうのかはわからないがその過程はかなり慣れたものだと推察する。一方、籠を背負った一刀は、気付かれないようについていくだけでも手一杯なのに開かれていない森を進むのはかなり難儀だ。
やがて、遅れを取ってしまった一刀は完全に華雄を見失ってしまう。しばらく周囲を探しまわってみたのだが、華雄の姿は全く見えない。
一刀「参ったな...」
着いて行くことで精一杯だった一刀は当然のことながら今まで自分がどうここまで来たのかなど把握できているはずもない。ここで取れる選択肢は二つだ。
一刀「このまま進むか、帰りに華雄が同じ道を通ることを期待してここで待ってるか...」
正直なところ、どっちを選んだところであまりよろしいとも言えない。進んだところで華雄が何処に入ったかアテなどないし、逆に待っていたところで華雄が同じ道を通るかもわからない。ならば、
一刀「進んでみるか。」
自分が帰れるかどうかより、華雄の待ち人の方が一刀は気になったのであった。
どれくらい歩いただろうか。日も傾き、さらには方向感覚もなくなり一刀はようやく自分の置かれた状況の危険さに思い至る。
一刀「街に出かけてそのままなんて失踪なんてバレたら、愛紗に何言われるかわからないぞ...」
このまま見つからずにどうにかなってしまうことより、見つかった時の方が怖い一刀である。どうしたものかととりあえず付け焼き刃の知識で切り株などを探そうとしていたところで、一刀はブンブンというなにかが空を切る音を聞いた。その何かはわからないが、近くに人がいるのかもしれない。そう思った一刀は恐る恐る音の源の方へと進んでいった。
程なくしてその音は途切れてしまったが、今度は川のせせらぎが聞こえてきた。川まで行ければ、それをたどって街まで戻るのは容易なはずだ。そうして音を辿って行くと、小さな小川へとたどり着いた。鬱蒼とした森の中にあってそこだけは開けた空間になっている。
華雄「誰だっ!」
不意にかけられた声にそちらの方に目を向けるが、
一刀「ひゃあっ!」
華雄「北郷?何だ、女みたいな声を出して。というかなぜお前がここにいる。」
緊張を解いて驚いたような表情を浮かべる華雄だが、驚いたのはむしろこっちの方だ。華雄は川の中で素っ裸で立っていた。その手には川底から拾い上げたのであろうか、物騒にも拳大の石が握られている。
一刀「と、とりあえずふふふ服をっ!」
華雄「ああ、それはすまなかったな。だがお前も汗まみれだ、水浴びしていったほうがいいぞ。」
安全を確認した華雄は、そう言って持っていた石を川にまた放り投げる。
一刀「あ、後でね...」
目隠ししてしまったものの、一瞬かいま見えた華雄の身体は...とても綺麗だった。川辺にたたまれた服に袖を通す間、良心がとがめて背を向けていたのだが、
華雄「女の体など見慣れたものだろう?男なら堂々と前を向いていろ。」
結局服を着るまでの過程をじっくりと見せられてしまった。
華雄「で、どうしてお前がここに?」
服を着ながら問いかけてくる華雄に目を奪われながら答える。
一刀「街で華雄見かけてさ、ついて来たらこんなところまで。」
華雄「なんだ、北郷だったのか。気配がダダ漏れだったから、私はてっきりまた子どもらが遊び半分について来ていたのかと思ったぞ。」
一刀「気づいてたの?」
というか、俺の尾行って子どもと同レベルなのね。
華雄「ああ。街を歩いているとどういうわけか知らんが、すぐ子どもに見つかるのでな。門を守る衛兵には私の後に子どもを通すなと言ってある。だからここまでは来ないと思って気を抜いていたな。」
一刀「なるほどね...そう言う華雄はなんでこんなところに?相手の人は?」
華雄「相手?なんのことだかしらんが、私はコレだ。」
服を着終えた華雄は、近くに生えた大きな木の洞に手を突っ込むとそれを取り出した。模造刀...華雄の武器だから模造斧か。その他にも、洞の中には鍛錬に使うのであろう模造刀や薬瓶のようなものが詰め込まれていた。その正体を見て、一刀はなぜかホッとした気持ちになる。
華雄「城の道場もいいのだが...ここなら皆に見られずに鍛錬できるからな。」
一刀「見られると集中しにくいとか?」
華雄「いや、そうではない。次に試合する時、皆を驚かせてやろうと思ってな。秘密特訓というわけだ。お互いの武を知っておくことも重要だが、いかんせん、見られると勝負の時に手の内がバレてしまう。だからたまにこうして隠し技を磨いたりしているというわけだ。」
一刀「確かに星に見られると後でやりづらそうだな...」
華雄はそう言うとすぐにそれを元の場所に戻してしまう。
一刀「もうやめるの?」
華雄「阿呆。自らの主をほっといていくわけにもいかんだろう。大体その大荷物、買い出しの最中ではないのか?」
一刀「あっ!すっかり忘れてたよ...」
華雄「全く、お前も人のことは言えんな。」
あまり遅くなっていたのでは、愛紗あたりに何があったのかと怪しまれてしまう。一度怪しまれれば、根掘り葉掘り聞かれて全てを話すはめになってしまうだろう。
一刀「鍛錬の邪魔しちゃってごめんよ。そのうえで悪いんだけど華雄、このことは愛紗には...」
華雄「わかっている。私もここのことは秘密だからな。鍛錬の方も実を言うとほぼ終わってたしな。」
一刀「だから水浴びを...」
そう言って華雄の先ほどまでの姿を思い出し、顔が赤くなる。
華雄「ん?まあいい。とりあえず戻るぞ。というか、よくここまでこれたな。ここらへんは熊も出るというし、割りと街からここまでは距離があるから簡単にたどり着けるとは思えんのだが...」
本当に迷子になっていたらと思うとゾッとする。
一刀「じゃあ華雄はどうやってここまで?」
華雄「勘だ。」
この人も熊と同じく野性味溢れる感性を持っていらっしゃるようだった。
一刀「今度、華雄が鍛錬してるの見せてよ。」
華雄「別にお前なら構わんが...」
二人は一緒に城への帰路へついた。その後、帰りが遅くなった理由について結局愛紗から問い詰められ、誤魔化すのに一晩費やしてしまった一刀なのであった。
-あとがき-
華雄「関羽、今度私と勝負してくれ。」
関羽「ほう?挑まれた勝負は受けるが、私に勝てる算段でもついたのか?」
華雄「いや、少しでも私の鍛錬の成果のほどを知っておこうと思ってな。だがもちろん、負けるつもりは毛頭ないぞ。」
関羽「それは楽しみだ。だが、そういうことなら私も手加減はせんぞ。」
華雄「望むところだ。」
れっど「(なんか入る余地がない...)」
関羽「ふむ。悪いが一つだけ条件を付けさせてくれ。私が勝ったら...頼む、霞の弱点を教えてくれ...苦手な生き物とかなんでもいい。」
華雄「お、おう...」
関羽「いよっし!」
れっど「(結構切実だ?!)」
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第31話拠点の1つ目になります。 この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
深夜更新失礼します。そろそろR-15とか18の描写とかも...ぬーん、基準がよくわかってない私。投稿できないらしいのでとりあえずこれくらいでまずは様子見ます。
それではよろしくお願いします。