「……へぇ、ここが麻帆良学園ねぇ、なかなかいい所じゃない」
知的な容貌と抜群のプロポーションを兼ね備え、尚且つ腰まで届くほどのつややかな黒い長髪をした美女。
それだけならば何も言うまい、しかしその恰好は恐らく誰が見ても(いい意味でも悪い意味でも)注目を集めるだろう格好をしていた。
黒いボンテージ系のビキニアーマーの服とトゲ付の肩当にそこから垂れ下がっている濃い紫がかったマント……そう、それだけしか身にまとっていない、それがその女性だ。
「依頼じゃぁ、たしか図書館島っていうところの地下にものすごいお宝級の魔道書があるって話だけど……図書館島ってどこなのかしらねぇ?」
当てもなく進んでいたその女性は、学園と思しき場所の巨大な校庭の中央に仁王立ちし、腕組みをしながらきょろきょろと辺りを見回している。
今が夜中で生徒が誰もいなかったからよかったものの、誰かに見つかりでもしたらおそらくそれだけで即通報ものだろう。
「まぁ、適当に歩いてたらいつかは着くわよね。図書館“島”っていうくらいだし……水の匂いがする場所に行けば見つかるかしら?」
そしてその女は歩き出す。
依頼の品を頂く為、さらに良さげな魔道書があったらついでにちょろまかす為。
……そしてその女性の真の目的を達成する為。
「ふふふ、待ってなさいリナ・インバース! あなたの史上最大最強のライバルであるこの白蛇のナーガの帰りを! すぐに、すぐに! あなたの目の前に舞い戻ってあげるわ!」
かの自称天才美少女魔道士リナ・インバース。
あいも変わらない日常の中、いつものやり取りから彼女が放ったファイアーボール突っ込みにより吹き飛ばされたナーガは、失神から目覚めてみればいつの間にか見知らぬ世界の見知らぬ場所に転がっていた。
単なる事故か、魔族の企みか、ついにファイアーボール突っ込みのギャグレベルが世界を超えてしまったのか、他にもいろいろと原因を考えればできそうなものだが、当の本人は「これはもうあのリナ・インバースが自分を貶めるために仕組んだことに違いない!」、そ う勝手に決め込み先ほどの発言通り、元の世界に帰るために、そして自称ライバルとしてリナ・インバースの前に再び立ちはだかるために、彼女は今日も依頼のついでに貴重そうな魔道書をちょろまかす日々を繰り返す。
そして読み終わったあとは裏で流して大金をせしめる。
基本的に魔道書というのは高価なものが多い。しかもかの有名な麻帆良学園の図書館島の深部に埋もれている魔道書ならば、中身を確認せず適当に持ってきたとしてもその価値はかなり高いものとなるに違いない。
そして深部にあるということは、裏の世界にかかわっているものであったとしても危険すぎて使わせることができないような高位の呪文や禁呪、秘呪などが多いはず。
もしかすればその魔道書の中に、自分が元の世界に帰れるような異世界転移系の呪文が書かれているものもあるかもしれない。
「ふふふ、待ってなさい図書館島に眠るたくさんの魔道書達! この私、白蛇のナーガがあなたたちを有意義に使ってあげるわ! ……お~ほっほっほっほっほっほっほ!!!」
そして今日も彼女は忍び込んでいることも忘れ、どこまでも響いていきそうなほどの高笑いを上げながら我が道を進んでいく。
もともと、こそこそと忍んで動き回るようなことが性分に合わない。大胆不敵、電光石火。
それを地で行くリナ・インバース同様に、彼女もまた大胆に堂々と隠れることなく、その抜群のプロポーションを見せつけるかのごとく進んでいく。
……その進む道の先にどんな難敵が待ち構えていたとしても。
◆◆◆◆◆
「……む?」
今日も終わりに差し掛かり、もうすぐ明日へと時計の針が進むだろう深夜の事。
いつものようにワイングラスを片手に綺麗な満月を見上げていたこの家の主エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、妙な気配に気が付いた。
「どうかなさいましたか、マスター」
「いや、どうやらネズミが入り込んだようだ」
傍に控えワインボトルを抱えている己の従者、絡繰茶々丸にそう答える。
ネズミが入り込んだ、彼女にとってはその程度の事でしかない。
そう、普段ならその程度のことで彼女が動くことはない、この学園の魔法先生や魔法生徒に任せれば済む話だ。
一見小学生にも見えるほどに幼い外見をしているエヴァンジェリンであるが、その実600年以上の年月を生きる真祖の吸血鬼だ。
とある理由から表に出なくなって久しいが、それでも今だに数多くの魔法使いたちから「闇の福音」、「人形使い」、「不死の魔法使い」、そのほかにも様々な二つ名で恐れられている。
魔法使いの家系では子供が小さい頃からエヴァンジェリンについて語られている童話を読み聞かせ吸血鬼の恐ろしさを教え込み、少なくはあるが存在している吸血鬼に対して下手に手をだし刺激をして身を滅ぼさないように語り継いでいるという。
そのためか子供が駄々をこねて言うことを聞かない時、「いい子にしないとエヴァンジェリンが夜中にやってきてさらわれるぞ」というとどんな駄々っ子でも瞬時に黙ってしまうほど「エヴァンジェリン」の名は恐怖を与える効果として十分に発揮しされているそうだ。
そんな彼女はやはりとある理由からその力の大半を削られてしまってはいるが、それでもその長い年月で身に着けてきた経験や技術は並みの魔法使いが複数で襲ってきても鎧袖一触に捻じ伏せてしまえるほどの力を誇っている。
そう、力の大半を削られてしまってもなお、彼女はこの麻帆良学園における最高戦力の一角に数えられているのだ。そんな彼女自ら出向くような事態というのは実際のところそう多くはない。彼女自身が出てしまえばほとんどの事態を早期に解決できてしまうためである。それでは他の魔法先生やまだ未熟な魔法生徒達に戦闘経験を積ませることができない。
この麻帆良学園は表向きには小学、中学、高校、大学といった教育機関やそこに通う生徒達のための様々な施設がそろっている巨大な学園都市として知られているが、それと同時に関東魔法協会としての側面もあり魔法使い達の育成や魔法の研究を行う場所でもあるのだ。神木「蟠桃」が存在する世界でも有数の魔力発生地点という意味でも、図書館島の貴重な蔵書を狙うという意味でも、学園に通う要人の子息を狙うという意味でも、麻帆良学園は侵入者が後を絶たない。だが、そんな侵入者を撃退することは魔法先生や未熟な魔法生徒達にとって絶好の戦闘経験を積む機会といえる。
そのため、学園側からもエヴァンジェリンに対して侵入者撃退の要請をしてはいるがそれは強力な敵が来たときや敵の数が多くて対処しきれないようなとき、学園の侵入者を察知するセンサーで侵入者を察知できなかったとき、といった場合に対処を任されている。
しかし
「……行かれるのですか?」
エヴァンジェリンは持っていたグラスに入っていたワインの残りを飲みほし、それを茶々丸に渡すとそのまま部屋に戻り、そこに置かれていた魔法薬の入ったビーカーを数本装備する。
「くっくっく、ネズミはネズミでもどうやらそれなりにできるネズミらしい。それに、今までろくな侵入者がいなかったのだ、少しは楽しみたいだろ?」
そういい笑う彼女の顔は、標的を前にした獣のようなそんな獰猛な顔で笑っていた。
それほどまでに強力な侵入者が来たのだろうか、主の言葉からこれから戦うであろう侵入者に対する警戒を高める。
「……さて、行こうか、茶々丸?」
「了解しました、マスター」
主は従者を従え、夜闇に溶けこむようにその姿を消す。
『お~ほっほっほっほっほっほっほっほ!!!』
「……」
「……」
「……」
「……あの、マスター?」
「……やっぱり、行くの止めようかな」
これから向かう侵入者がいるだろう方向から聞こえてくる高笑いに、エヴァンジェリンは言いようのない虚脱感を覚えた。
自身の察知したものは間違いだったのか、自身はあんな阿呆みたいな高笑いを上げるようなやつと戦わなくてはならないのか、きっとほかの巡回している魔法先生どももこの高笑いに気づいているだろうし自分は帰ってもいいのではないだろうか。
様々な思考が脳裏をよぎり、その場でしばらく行動を止めてしまう。従者の茶々丸もそれに合わせて行動を止める。何やらいろいろと考えているような主に茶々丸は行動を停止したまま首をかしげる。その内心どうしたのか聞いた方がいいのか、主の思考を妨げることはせず考えがまとまるまで待った方がいいのか逡巡する。結局後者に天秤は傾いた。
それからしばらくしてとりあえず行くだけ行ってみるかと、ようやく動き出して侵入者が向かっただろう図書館島に到着してみるとすでに物を盗んで逃走した後だという。
侵入者と対峙した魔法先生がいやに気怠そうにげんなりとした表情をしていることから侵入者と対峙しなくてよかったのか、侵入者の犯行を許したことに憤ればいいのか内心悩むエヴァンジェリンであった。
……白蛇と吸血鬼の邂逅はしばらく先になるようだ。
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どうもこんにちはネメシスです。
ほんと、最近本編より短編のほうに重点を置いているのではないかと内心悩んでいるネメシスです。
今回のも以前某所で投稿したものを改訂してお送りします。
……あぁ、ほんと、そろそろ本編(ポケモンや黙示録)にも手を付けないとなぁ、とまったく考えが浮かばない頭でぼんやりと考えているネメシスです。
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