燻らせていた煙草を放り、踵で磨り潰す。
最近は路上ですら吸えない。罰金だと? 民主主義ってのはいつから少数を殺すようになったんだ。喫煙者を抑えたいなら喫煙所を設けろ。具体的には徒歩10分毎に。もちろん一服してから次への最短距離だ。
消火には困らない。 これだけ路上が濡れていればな。
良い感じに頭がヤられてるらしい。元からそんなに健全じゃないか。
「どうしろってんだ」
あぁ、やっぱりヤられてるな。独り言に何の反応も無いことが寂しく感じるなんて。そもそも何言ってんだ?
どこをどう間違ったんだ。俺じゃなくてこの町が。考え方によれば素敵なカジノだが、チップが命なのは頂けない。
60を超えたあたりから数えなくなった煙草に火を着ける。やはり美味い。わりと有名なことらしいが、煙草ってのは抗精神薬の役割をするらしい。偽薬に近い程度だろうが。
何で落ち着きたいかって? そりゃ目の前に死体が転がってればな。
いや、殺ったのは俺なんだが。この状況で腹減った、なんてことが言えるやつは変態か狂人だ。この町が既に狂っているのか。
さらに救いようがないのは、その死体が元気に動き始めることだ。
駅のホームに降りたときから予感はあったが、まさかここまでとは思わなかった。臭いんだよ。血の匂いもあるが、何よりも掃き溜め特有のゲロにも勝る悪臭だ。
三日前だったはずだ。あまりに早すぎる。どんだけ盛ってるんだよ。
一番距離が近いからといって安請け合いしたことに関して、二日前の俺を撲殺してやりたい。
まぁ、一度請け負った仕事だ。やること殺って、さっさと帰って一杯やりたい。報酬はせいぜい1000といったところだろうが、この国で暮らすのには十分すぎる。大半は酒と煙草に消えるが。
「だいたい、こんな小せぇ町落として何がしたいんだよ。いつから夜の血族が真っ昼間から羞恥プレイに奔るようになった? なぁ? めんどくせぇだろ? 主に俺が」
言うが早いか、背後に建っていたビルの側面から黒いモノが這い出てくる。
それを目に映すと同時に、右の肋を鈍い衝撃がぶち抜いた。
惚れ惚れするような奇襲作戦でした。
「すぐには殺さん。私を愚弄した罰を与えねばなるまい」
いてぇ。激痛だ。蝶激痛だ。そして気障野郎はスルーだ。
肺の片方は潰れてるんじゃねぇのか? いや、ニコチンまみれであんまり意味もないか。
それよりも、血痰なんてレベルじゃない血の味、むしろ血がそのまんま逆流してきている。
「誰に、いや、どこに雇われたのだ?」
「無駄な……問答は、止めようや。俺は、掃き溜めの……ゴミ処理に、来ただけ…だ。死体に、聞け」
クソが。喋りにくい。目の前優男、といっても中身は爺なんだろうが、そいつが何か叫いているのを耳だけ馬にして受け流す。幸い風通しは良い方だ。傍目には呆けているようにしか見えないだろうけどな。
そろそろ良いか。
口の中に残っているモノを吐き出して、とりあえず煙草を箱ごと差し出してみた。
「一服するか? 死刑囚には死刑執行前の一服が許可されてるらしいぞ」
何驚いてやがる。人間様舐めんじゃねぇぞ。
残念ながら吸わないらしい。仕方なく自分だけ銜えて火を着ける。
ってこれじゃあ、俺が死刑囚側じゃねぇか。
「ありえん。貴様……本当に人間なのか?」
「混じりっ気無しだ馬鹿野郎。そもそも、てめぇ等の再生力が人間にありえねぇなんて誰が決めたよ? 脳味噌の代わりに鉄でも詰めてんのか、てめぇは?」
寿命は縮んでるらしいがな。
血の匂いに興奮していた頭を冷まして、思考をお掃除モードに切り替える。プロとしては埃一つも残すワケにはいかんな。
純銀製のメリケンを握りしめ、困惑と怒りに顔を顰める優男に向かって踏み込んだ。
こいつは近接に特化した吸血鬼らしい。脇腹への不意打ちが捉えられなかったのは、ゼニスで近づかれたからだろう。レベルは既に110を超えているらしい。あれを連発されると流石に面倒だ。
「お前、死徒だな?」
血爪を避けつつ軽く尋ねる。着込んだコートのボタンに触れそうになるが、僅かに足らない。といっても、避ける必要はそこまで無い。この程度の魔力量なら、当たったところで瞬時に回復できる。とりあえず、霞むほどに素早いが、大振りな腕目掛けてメリケンをねじ込んでやる。が、あっさり砕けた肘は、これまたあっさりと修復された。確かに吸血鬼らしいが、この程度は当たり前だ。
この、吸血鬼としては新参に近い男。真祖なはずはない。戦い方も、まだまだ経験値が不足しているようだ。レベルが上がってくると、そもそも俺程度の拳とメリケンじゃかすりもしない上に、直撃したとしても意味がない。
そもそも、真祖なんぞ相手にしようものなら、今の俺ならこの町に踏み込んだ時点で地獄逝きだ。嫌というほど思い知らされたからな。
「それがどうした」
「お前じゃ一万年掛けてもマスタークラスには届かねぇって話だよ」
「何?」
「お前、真祖を見たことが無いのか」
「それがどうした」
「いっぺん会って、絶望してくるか? それくらいの猶予は与えてやるぜ? どうせ殺すしな」
「図に乗るな。人間如きが」
「その如きを、何で吸血鬼様は殺せないのかね? まぁ、どっちにしても、尻尾巻いて逃げることになると思うぜ。そんときは追っかけて行って嬲り殺すけどな」
「調子に乗るなと言った!」
途端に内包する鬼気が跳ね上がる。メフィストに頼りやがった。馬鹿が。
「はい。お前死んだ」
メフィストは、悪魔との契約によって一時的にその身体能力を強化することができる呪術の一種だ。しかし、その間吸血鬼の最大のアドバンテージである再生能力は失われる。あくまでサポートあっての呪術だ。大真面目な話。
悪魔との契約による代償。ここでそれを支払うとは、相当頭に来たか、元々短絡的なのか。まぁ、どちらでも良い。
吸血鬼は動くのにも回復するのにも魔力を使う。そして、魔力は通常、時間と共に蓄積されるものだ。しかし、メフィストによって魔力の回復はできなくなった。これが意味するのは、今こいつを細切れの合挽肉にしてやれば、大地に還るってワケだ。
ここぞとばかりに、そこまで考えたところで、信じがたいモノを目にした。紫の軌跡が、凶悪なくせに幻想的な残滓を描いている。ファントムだ。この死徒の両腕全体から馬鹿みたいな量の魔力が撒き散らされている。こいつも全力じゃなかったのか。
ファントムは、魔力を纏った腕を振り回すだけの単純な技術だが、一定の錬度で使う吸血鬼のレベルは140を超える。つまり、こいつは少なくとも140を上回っているということか。
さて、どうやって殺そう?
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若気の至り。