No.577413

【南の島の雪女】雪女、耳をかじられる(終)

川木光孝さん

【前回までのあらすじ】
白雪が寝てたら、突然、風乃に耳を噛まれた。
風乃いわく「人の耳が、パンの耳(大好物)に見える」らしい。
その後、風乃は、学校でいろんな人の耳を噛みまくったため、睡眠薬で眠らされた。
困った白雪と風乃は、おじいちゃん(幽霊)に相談。

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2013-05-18 05:15:14 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:387   閲覧ユーザー数:387

【ワーマジムンはどこにいる】

 

白雪

「ワーマジムンに会えばいいのはわかった。

 しかし、今度はワーマジムンのいる場所がわからない。

 場所がわからなければ、会いようもないな」

 

風乃

「たしか、わたしの股をくぐったあと、校舎のほうに消えていったような気がする。

 もしかしたら、まだ校舎にいるかもね」

 

白雪

「…なるほどな。よし、俺は今日の夜、校舎に忍び込む。

 ワーマジムン探してケリをつけてみるぜ」

 

白雪は、コブシをパキポキ鳴らしながら言った。

平和な話し合いという姿勢は、白雪の頭の中から消えているらしい。

 

おじいさん

「…なるべく話し合いで解決してくれんかのう、白雪や」

 

おじいさんは、コブシとコブシの語り合いになりそうな気がして、

嫌な予感を感じていた。

 

 

【先祖の霊を宿そう】

 

風乃

「待って白雪。わたしも、夜の校舎に連れて行ってよ。

 だからほら、早く縄をほどいて」

 

白雪

「だめだ。お前を連れてはいけない。

 今、お前の縄をほどいたら俺の耳があぶないからな」

 

風乃

「危なくないよ! おじいさんに先祖の霊を宿してもらって

 何とかするもん!

 それに、高校は広いから、白雪、迷子になっちゃうよ。

 校内を歩きなれているわたしがいれば、楽に歩けるよ」

 

白雪

「うーむ、たしかにそうかもしれないが」

 

校内は広い。広いうえに、夜ともなれば、暗くて道がよくわからない。

 

おじいさん

「夜の校舎には、多くの霊がうろついているようじゃ。

 白雪ひとりで行くのは危険かもしれんのう」

 

風乃

「それに風乃は、夜の校舎の幽霊たちとは、

 仲が良いから、いろいろ助けてもらえるぞい。

 ふぉっふぉっふぉ」

 

風乃は、おじいさんの口真似をして、おどけてみせる。

 

おじいさん

「そうじゃそうじゃ、ふぉっふぉっふぉ」

 

孫の口真似がおもしろかったのか、おじいさんもつられて笑い出す。

 

白雪

「あーもう、うるさいな。ふたりして。

 …わかったよ。風乃をつれていけばいいんだろう。

 でも、耳を噛まれたらたまらない。

 どうにかしてくれよ、そこのところ」

 

おじいさん

「わが偉大なる先祖を、風乃の体に宿らせて、噛まないように対策しよう」

 

白雪

「その方法、すっげー不安なんですけど…」

 

おじいさんは、風乃の体に、自分たちの先祖を宿らせることができる。

先祖が宿ることにより、風乃をパワーアップさせたり特殊能力が使えたりする。

すごく役に立つ特技…のはずなのだ。はず、なのだが。

 

おじいさん

「どうした? 白雪。その不安そうな顔は」

 

白雪

「今まで、まともな先祖を宿した例がないじゃないか!

 そのたびに、俺がどんなひどい目にあったか!

 なめられたり、そ、その…もてあそばれたりしたし」

 

白雪の経験で言えば、今まで風乃に降臨した先祖にはまともな者がいなかった。

色気たっぷりに誘惑されたり、体をなめられたり、さんざんな目にあったケースばかり。

信用できないのも仕方が無かった。

 

おじいさん

「ふぉっふぉっふぉ、そんなことで悩んでおったのか。

 安心せよ、白雪」

 

白雪

「安心していいのか?」

 

おじいさん

「ふぉっふぉっふぉ…まあ、今回『も』耐えるのじゃ」

 

おじいさんは遠い目をした。

先祖がおかしい奴らばかりだということを、自覚しているようだ

 

白雪

「やっぱりおかしい先祖しかいないじゃないか!」

 

泣き顔で、白雪はさけんだ。

 

 

【あまがみ】

 

風乃

「白雪!」

 

白雪

「ふ、風乃!? お、お前、いつの間に縄を解いた!」

 

白雪が驚くのも無理はなかった。

風乃を縛っていた両手両足の縄が、いつの間にかほどけており、

風乃が自由になっていたからだ。

 

風乃

「縄を解いてもらったの」

 

白雪

「だ、誰に」

 

風乃

「白雪、見えないの?

 ほら、上にいるでしょ」

 

風乃は、自室の何もない空中を、指差す。

 

白雪

「…見えない」

 

風乃

「幽霊さん」

 

白雪

「幽霊さん…?」

 

風乃

「幽霊さんに縄をほどいてもらったの」

 

白雪

「…さいですか」

 

もう何でもアリだな、この女は。

白雪は悟りを開いたような気分で、遠い目で、窓の外を見た。

 

風乃

「サイじゃないよ、幽霊だよ」

 

白雪

「あーもう! わかった、わかったから!

 もう縛らないから、

 とりあえず、俺の耳を噛まないでくれよ」

 

風乃

「うん、わかった…はむっ!」

 

言ってるそばから、風乃は、目の前にいる白雪の耳をくわえた。

 

白雪

「おいこらぁ! 言ったそばから耳を噛むんじゃない!

 言葉と行動が矛盾し…

 あれ? 噛まれているのに痛くない?」

 

おじいさん

「耳を甘噛みする先祖を、風乃におろしておいた。

 歯を立てず、唇だけでソフトに噛むから、問題なしじゃ」

 

白雪

「…それはそれで嫌なんですけど」

 

白雪は、耳に、赤ちゃんの唇が当たっているような、やわらかな感覚を感じていた。

痛くない。でも、唾液はつくし、ちょっとくすぐったいし、実に不快であった。

 

甘噛みの得意な先祖。いったい、いつの時代の、何をしていた先祖なのだろう。

白雪は、耳を風乃に甘噛みされながら、憂鬱な気分になりつつあった。

 

 

【ワーマジムンあらわる】

 

夜。風乃の通う高校の校門前に、ふたつの人影がうごめく。

ワーマジムンを探しに来た、風乃と白雪だ。

 

白雪

「ここが校門か。まわりに人はいないな。

 よし、さっそく校舎に忍び込もう」

 

風乃

「はむはむ」

 

風乃は、いまだに白雪の耳を口にくわえて、離さなかった。

風乃はなんだか愉快そうな顔をしていて、

まるで、おしゃぶりをする赤ちゃんのようだった。

 

白雪

「風乃! いいかげん俺の耳からはなれろ!」

 

風乃

「えー。白雪のパン耳、おいしいんだもん。

 それに、甘噛みしているから、痛くないでしょ?」

 

白雪

「痛くなくても、普通は耳に噛み付いちゃだめだろ!

 夕食のときも、風呂のときも、俺の耳をずっと甘噛みしやがって!

 唾液が流れて気持ち悪いんだよ! くすぐったいし!

 いいかげん、怒るぞコラ!」

 

風乃

「うー、わかったよ。10分くらい離れるから、それで勘弁して」

 

白雪

「10分じゃだめだ! 永遠に離れてろ! フォーエバーだ!」

 

風乃

「白雪のいじわる!」

 

白雪

「俺はいじわるじゃない!」

 

風乃

「いじわるいじわるいじわる!」

 

白雪

「いじわるって言ってるやつのほうが、いじわるだ!」

 

風乃

「いじわるって言ってるやつのほうが、いじわるって言ってるやつのほうが

 いじわる!」

 

白雪

「いじわるって言ってるやつのほうが(以下略)」

 

2人は、子供じみた口げんかを繰り広げる。

それが、えんえん10分ほど続き、体力のなくなった2人は

息をきらしながら、その場にしゃがみこんだ。

 

白雪

「はぁはぁ、はぁ…口ゲンカしすぎて疲れた。

 休憩にしようぜ…」

 

風乃

「はぁはぁ…うん…休もう…。

 ノドかわいた…。

 ほら、水筒の水があるから、一緒に飲も」

 

風乃はどこからか、水筒を取り出し、キャップをまわし始める。

 

白雪

「さんきゅー」

 

「さんきゅーブヒ」

 

風乃

「どうぞどうぞブヒ! …え? ブヒ?」

 

風乃は、白雪じゃない別の声がまじっていることに気づく。

その声は、足もとからした。

ふと下を見ると。

 

風乃

「こ、こここ、子豚!?」

 

白雪

「…子豚だと。

 さてはお前か! ワーマジムンは!」

 

風乃の足もとに、子豚がいた。

風乃と白雪は驚き、即座に立ち上がる。

 

なんとも言えない臭気を漂わせたピンク色の小動物は、

ちっちゃなしっぽをくるくる回しながら、しゃべりだす。

 

ワーマジムン

「いかにもブヒ。

 僕は、人間からワーマジムンと呼ばれているブヒ」

 

白雪

「探す手間が省けたぜ…。

 おい、ワーマジムン、この場所じゃなんだ。

 裏へ来い。ちょいと顔を貸してもらおうか」

 

白雪は怖い顔をしながら、ワーマジムンに迫る。

話し合いをしたい、という優しげな雰囲気はまるでない。

今までさんざん耳を噛まれた不快さ・イライラを、

原因であるワーマジムンに全力でぶつけたいようだった。

 

風乃

「だめだよ、白雪。わーちゃんとは、

 お話し合いで解決しなさい、っておじいちゃんに言われたでしょ」

 

わーちゃん。風乃は、ワーマジムンの愛称を勝手につけたらしい。

 

白雪

「なんだよ、わーちゃんって」

 

風乃

「ワーマジムンのあだ名」

 

わーちゃん

「『わーちゃん』なんてかわいい名前は僕に似合わないブヒ!

 ローストン・カーツマン・ポークシャー2世・美豚王とでも呼んでくれたまえブヒ!」

 

白雪

「ロース? カツ? ポーク?

 おいしそうな名前だなぁ…? よだれがでるぜ」

 

風乃

「ほんとにね…。じゅるりっ」

 

白雪と風乃は、よだれを口からこぼし、肉食獣のような眼光で、わーちゃんを見る。

 

わーちゃん

「ぼ、僕をそんな目で見るなブヒ!?」

 

 

【わーちゃんを優しく説得する】

 

風乃は、しゃがみこんで、子豚のわーちゃんに優しく話しかける。

 

風乃

「わーちゃん、昨日わたしの股間をくぐったでしょ?」

 

わーちゃん

「そういえば、女の子の股の下をくぐった気がするブヒ。 

 お前だったブヒね!」

 

風乃

「そう。そのせいで幻の術にかかって、

 昨日から、人の耳がパンの耳に見えちゃって大変なんだから。

 早く元に戻してくれるかな?」

 

わーちゃん

「いやブヒ」

 

風乃

「そんなこと言わないで。いじわるはダメだよ。ね? お願い」

 

風乃は、小さな子供に話しかけるように、わーちゃんを説得しようとする。

 

わーちゃん

「術にかかって困る人間どもを見るのが楽しいからブヒ。

 ブヒヒヒ」

 

白雪

「ほう…術を解く気はないと。

 では、話し合いは決裂だな?」

 

早くこいつを殴ろう。そんな顔で、わーちゃんをにらみつける白雪。

 

風乃

「待ってよ、白雪。わーちゃんを殴っちゃダメだよ」

 

白雪

「風乃…」

 

意外と優しいところがあるんだな、と白雪は風乃を見直す。

 

風乃

「殴るより、食べちゃったほうがお得だよ! じゅるり」

 

風乃は、滝のようにヨダレを垂らす。

その目は、わーちゃん=食料、という図式を描いていた。

 

白雪

「お前、さっきの話し合いうんぬんはどうした…」

 

 

【雪女 VS わーちゃん】

 

わーちゃん

「黙ってやられるほど、僕は甘くないブヒ!

 捕まえられるものなら、捕まえてみるブヒ!」

 

わーちゃんは、光のような速さで、風乃と白雪の目の前から消えた。

その姿は夜の闇にまぎれ、どこへ移動し、どこから襲ってくるのか、

皆目検討もつかない。

 

わーちゃん

「ブヒヒヒ、僕の速さについていけるかブヒ!」

 

どこからともなく声がする。声はすれど、姿は見えず。

相手からはこちらが見えるが、こちらからは相手が見えない。

最悪の戦況だ。

 

白雪

「ちっ、どこにいる!? 豚のくせに素早いヤツだ…」

 

風乃

「わーちゃんは子豚だもんね…大人の豚と違って小さいし、

 すっごく素早いみたい」

 

白雪

「うおっ!?」

 

白雪の股の間を、何かがくぐり抜けていく。

それがわーちゃんだと気づいたときはすでに遅く、白雪の目の前は真っ白になった。

 

気が付くと、白雪のまわりは、甘い甘いお菓子だらけになっていた。

 

白雪

「お、おおっ!? なんだこれは!」

 

シュークリーム。マカロン。マドレーヌにバームクーヘン。桜もち。

色とりどりのお菓子たちが、白雪を囲むように並ぶ。

 

白雪

「お菓子だっ! お菓子ではないか!

 よし、これは全部俺のものだ! いただきまーす!」

 

白雪は何かにとりつかれたかのように、お菓子に手を伸ばし、ばくばくと食べ始めた。

 

そして、目の前に、ひときわ大きなケーキが現れた。

タワーのように、とてもとても高いケーキだ。

 

白雪

「これは…ウ、ウェディングケーキか!?

 うまそうだな…。

 よし、これも全部俺のものだ!」

 

白雪は、そびえ立つウェディングケーキに手を伸ばす。

そのとき、足もとにあるお菓子をつぶしてしまい、足のバランスを崩し、転倒。

 

白雪

「あ、足がすべっ…うわわわ!?」

 

白雪は、ウェディングケーキと一緒に倒れてしまった。

 

白雪はモロにウェディングケーキに突っ込んでしまい、顔も、首も、胸元も、お腹も、脚も、

白いクリームまみれとなってしまった。

どろどろとしたクリームに身を包んでしまう白雪。

 

白雪

「うう…くそ、クリームまみれではないか…。

 もったいない。ぜんぶなめちゃえ。

 ぺろぺろ…」

 

それでもケーキを食べたい白雪は、指についた、白くて甘いクリームを舐めとる。

 

風乃

「白雪」

 

白雪

「うるさい! 俺は今、お菓子を食べるのに夢中なんだ!

 俺を呼ぶんじゃ…」

 

風乃

「白雪ってば!」

 

白雪

「ね…え?」

 

白雪の前から、白いクリームや、ウェディングケーキや、その他お菓子ぜんぶが

いつの間にか消えていた。

 

風乃

「し、白雪ってば…わたしの指そんなにおいしい?」

 

風乃は、白雪から目をそむける。顔が赤い。

風乃の腕は、白雪の口元に伸びている。

 

白雪

「え、ええええええ!?」

 

風乃の人差し指が、白雪のやわらかな舌に包まれていた。

驚いた白雪は、風乃の人差し指を口から抜く。

 

それだけではない。白雪は、風乃の体を組み敷いていた。

 

白雪

「ウ、ウェディングケーキはどこへ行ったのだ!?

 たしか、俺はさっきウェディングケーキを押し倒したはず…。

 ま、まさかっ!」

 

風乃

「白雪ったら、いきなり、わたしを地面に押し倒すんだもん。

 わたしの指までペロペロしちゃって…。

 びっくりしちゃったよ…。

 ほら、早くどかないと、人に見られちゃうよ」

 

白雪

「す、すまない…」

 

白雪は起き上がり、倒された風乃を立ち上がらせる。

 

風乃

「白雪は、わーちゃんの幻の術にかかっちゃったみたいだね。

 ケーキなんて、ここらへんにあるはずがないもん」

 

わーちゃん

「ブヒヒ、愉快愉快!」

 

またしても、声はすれども姿は見えず。

 

白雪

「くそっ…同じ手をくらってたまるか!」

 

白雪

「立っていれば、股をくぐられてしまう。

 幻を見せられるのは二度とごめんだ。

 …よし、横になろう!」

 

これ以上、股をくぐらせるわけにはいかない。

白雪は考えに考えた末、地面にうつ伏せになって倒れこんだ。

ちょうど、ほふく前進のような恰好だ。

 

白雪

「ほふく前進スタイルだ!

 この体勢でいれば、股をくぐることはできまい!」

 

風乃

「おお! すごいよ白雪!

 わたしも真似しようっと!」

 

風乃も、横にいる白雪にならって、ほふく前進スタイルになる。

 

すると、もう股をくぐれないと判断したのか、わーちゃんは2人の前に姿を現す。

 

わーちゃん

「考えたブヒね。

 たしかにその体勢なら、僕は股をくぐれないブヒ。

 でも、そんな体勢で、どうやって僕を倒すブヒ?」

 

…しまった!

白雪と風乃はそう思った。

ずっとほふく前進スタイルなら、股をくぐられることもないが、

わーちゃんを倒すこともできない。

 

わーちゃん

「その顔は、図星ブヒね。

 人間はほんとにバカブヒ…いや、僕が天才すぎるんだブヒね」

 

わーちゃんは、勝ち誇ったかのような表情で、風乃と白雪を見下す。

 

風乃

「人間はバカじゃないよ!」

 

わーちゃん

「なんだとブヒ!」

 

風乃

「雪女がバカなんだよ! わたしはバカな雪女の真似をしただけ!」

 

風乃は、白雪に責任転嫁するのだった。

 

白雪

「風乃…あとでおぼえておけよ…」

 

白雪は、ほふく前進スタイルのまま、風乃をにらみうけた。

 

 

【雪女 VS わーちゃん その2】

 

白雪

「うわっ!?」

 

ほふく前進スタイルの白雪の背中に、何かが乗っかかった。

ずしりと重い、何かが。

 

豚の臭いがしたので、白雪は、自分の背中に何が乗っかったのか、すぐにわかった。

わーちゃんだ。

 

わーちゃん

「雪女がバカとか、人間がバカとか、どっちでもいいブヒ。

 僕たち豚以外は、みな下等生物ブヒ!

 下等生物が僕に勝とうなんて百万年早いブヒ!」

 

そういって、わーちゃんは、白雪の後頭部を、豚足で力強く踏みつけた。

「ぐふっ!?」と白雪は、後頭部をおされた衝撃で、顔を地面にめりこませる。

 

白雪

「俺の頭を踏みつけるんじゃない!」

 

白雪は、顔を起こし、背中に乗っているわーちゃんをにらみつける。

 

わーちゃん

「踏むブヒ」

 

白雪は頭をふまれ、地面に顔をめりこませる。

 

白雪

「踏むな!」

 

白雪は、顔を起こし、わーちゃんをにらみつける。

 

「踏むブヒ!」

 

「踏むな!」

 

「踏むブヒ!」

 

「踏むな!」

 

「踏むブヒ!」

 

「踏むな!」

 

「踏むブヒ!」

 

「踏むな!」

 

そんな激しいやりとりが続くなか、風乃は、よいしょっと起き上がると、

その場に座り込み、水筒のキャップを開けて、水筒の水を飲み始めた。

 

風乃

「あー、水筒の水おいしー」

 

白雪

「バカ風乃! くつろいでないで助けろ!」

 

わーちゃん

「踏むブヒ!」

 

白雪

「おぶっ」

 

白雪の顔は、またしても地面とキスするのだった。

 

 

【風乃の秘策】

 

風乃

「わーちゃん!」

 

わーちゃん

「何ブヒ」

 

風乃

「白雪の頭を踏むのもいいけど、こっちもいいと思うよ」

 

風乃は仁王立ちし、股が大きく開いている。

くぐれと言わんばかりの開きようだ。

 

わーちゃん

「どういう風の吹き回しブヒ?

 まるで、くぐれと言わんばかりの開きようブヒ!」

 

風乃

「ほら、早くわたしの股の間をくぐってみてよ!」

 

わーちゃん

「言われなくてもそうするブヒ!」

 

わーちゃんは、白雪の背中から、ひょいと降りると、

風乃に向かって突進していく。

 

わーちゃん

「とう!」

 

ぴょん!

火の輪をくぐるサーカス団員のように、ジャンプし、風乃の股の間をくぐろうとする。

風乃の太ももの間に、わーちゃんの顔が入るその瞬間――

 

風乃

「ざんねんでしたー!」

 

わーちゃんが股をくぐろうとした瞬間、風乃は脚をしっかりと閉じた。

風の通り抜ける隙間もないほど、完璧な閉じようだった。

 

わーちゃん

「ぶわっ!?」

 

わーちゃんの顔は、風乃の両太ももの間にめりこんでいき、完全に隠れてしまった。

風乃の脚にとらえられ、身動きできない。

わーちゃんは捕らわれの身となってしまった。

 

わーちゃん

「ふ、ふるひいフヒ!(苦しいブヒ!)

 はやふはひをはへるフヒ!(早く脚を開けるブヒ!)」

 

わーちゃんの鼻と口は、風乃の太ももに挟まれ、息ができなくなっていた。

だんだんと顔を青くしていくわーちゃん。このままでは窒息する。

 

白雪

「さすがだな、風乃。

 股を閉じて、ワーマジムンを捕まえたのか…」

 

白雪の顔は、何度も地面にめりこんだせいか、少し汚れていた。

 

風乃

「えへへ、それほどでもー」

 

白雪にほめられ、照れる風乃。

そして、閉じた脚の力を、まったくゆるめようとしない。

 

必死にもがくわーちゃん。

豚足がばたばたと動き、

ちっちゃいしっぽが、ぴこぴこと小刻みにゆれていた。

 

わーちゃん

「ぐふっ…」

 

青くなったわーちゃんは、やがて動かなくなった。

息ができず、窒息したようだ。

 

 

【チャーシュー】

 

風乃

「よし、これだけ縛ったらもう、わーちゃんは動けないね」

 

風乃と白雪は、これ以上悪さをしないよう、わーちゃんをぐるぐる巻きに縛り上げた。

 

まんまる子豚の体に、細い縄が幾重にもくいこんでおり、

焼豚(チャーシュー)かハムのように見える。

 

白雪

「なんだか、チャーシューっぽく見えるな。

 この縛られたわーちゃんは…」

 

風乃

「おいしそうだね! 食べちゃおう!」

 

白雪

「やめんか」

 

わーちゃん

「う、うう…、はっ! ここは天国ブヒか!」

 

わーちゃんは気が付いたのか、きょろきょろとあたりを見回し、困惑する。

 

白雪

「残念ながら現実だ。

 お前はまだ死んでいない。

 風乃の太ももにはさまれて、窒息して、少し気を失っただけだ」

 

わーちゃん

「僕をどうするつもりブヒか!」

 

白雪

「さて、どうするかね…。

 俺は、お前のせいで困っているんだ。

 このままタコ殴りしてやってもいいんだが?」

 

にんまりと悪い笑みを浮かべた白雪は、わーちゃんを震え上がらせる。

 

風乃

「白雪!」

 

白雪

「なんだ」

 

風乃

「豚をタコ殴りって、ダジャレにもなってないよ!」

 

白雪

「お前は黙っていろ!」

 

 

【チャーシューの処遇】

 

風乃

「わーちゃん、お願い。もう人のお股をくぐって幻を見せるのは

 やめてほしいな。困ってるの」

 

白雪

「そうだ。もう股をくぐらないと約束するなら、

 縄を解いて自由にしてやるぞ」

 

わーちゃん

「ふん、そんなこと、誰がきくかブヒ。

 僕にも意地があるブヒ。

 人間みたいな下等生物になんか従わないブヒ!

 煮るなり焼くなり好きにするブヒ!」

 

わーちゃんは、何も怖くない、と言った様子で、風乃と白雪のお願いをつっぱねる。

煮るなり焼くなり好きにしろ。子豚はそう言った。

 

白雪

「ほんとに煮るなり焼くなり好きにするぞ、豚野郎…」

 

白雪は怒ったのか、ぴきぴきと青筋を立てる。

 

風乃

「よーし、じゃあ、焼くほうにしよう! 決定ね!」

 

白雪

「えっ」

 

わーちゃん

「えっ」

 

 

【焼いた結果】

 

風乃の家のキッチンから、香ばしい匂いが漂っていた。

フライパンの上では、じゅうじゅうと音をたて、ポークソテーが焼きあがっている。

 

母親

「今日は、豚料理よ。いっぱい食べて元気をつけましょう」

 

父親

「三枚肉(角煮)に、豚足にミミガー(豚耳)まであるのか。

 豪華だな!」

 

母親

「ナカミ汁(豚の腸部分を入れた汁物)もあるわよ」

 

白雪

「もうすぐポークソテーも焼きあがるぞ」

 

白雪はフライパンで、ポークソテーを作っていた。

 

白雪

「しかしまあ、あますことなく豚肉を使ったな。

 まさか足や耳や腸まで食べるとは思わなかったぞ…」

 

父親

「沖縄の人は、豚は鳴き声以外、ぜんぶ食べちゃうって

 言われているからね」

 

母親

「ねぇ、風乃。この豚肉はどこから手に入れたの?

 昨日の夜もってきたみたいだけど…」

 

風乃

「そこらへんで拾ってきたの!」

 

具体的な場所は告げず、笑顔で答える風乃。

 

父親

「なんだ、そこらへんのスーパーから拾ってきたのか」

 

風乃

「そうそう。無料で手にいれたから、家計も大助かり!だよ」

 

父親

「はっはっは。家計にも優しいし、おいしいし、最高の豚肉だな。

 風乃は良い主婦になれるぞ!」

 

風乃

「もう、お父さんったら、恥ずかしいよ。

 もぐもぐ…おいしいね、このミミガー」

 

そう言って、風乃は、ミミガーを口に運ぶ。

弾力のあるミミガーは、ガムのようによく噛むことで味わいが増す。

やがて、ごくりと飲み込んで、胃の中に消えていく。

 

風乃

「わーちゃんは、股をくぐってないで、お腹をくぐるのが一番だよ!」

 

風乃は、得意げにしゃべる。

母親と父親は顔を見合わせて「?」となるが、白雪にだけはその意味がよくわかっていた。

 

白雪

「…うまいこと言ったつもりか!」

 

< おわり >

 

 

【豚足ダッシュ】

 

風乃

「…なーんてことになっちゃうけどいいかな?」

 

白雪

「今のはぜんぶ妄想かい!」

 

風乃は、自宅での豚肉祭り妄想を長々と語り、わーちゃんを震え上がらせていた。

 

風乃

「豚は、ぜんぶ食べられちゃうんだよ。

 鳴き声以外はぜんぶ焼いて食べちゃうよ?

 目玉も、しっぽも、耳までも…うふふふふふ」

 

わーちゃん

「ぶるぶる…」

 

わーちゃんは、今にも泣きそうな顔で震えている。

ちっちゃいしっぽが、力なく垂れ下がっている。

 

風乃

「ほんとに焼いちゃうよ?」

 

風乃はいつの間にかフライパンと包丁を取り出していた。

 

わーちゃん

「わ、わかったブヒ。

 こ、今回だけは言うことを聞いてやるブヒ。

 ありがたく思えブヒ!」

 

風乃

「よろしい! では縄を解こう!」

 

わーちゃんは縄を解かれた。

チャーシューだったものが、子豚に戻る。

 

わーちゃん

「おぼえていろブヒ!」

 

わーちゃんは、縄を解かれると同時に、全力で豚足ダッシュし、

夜の闇に消えていった。

 

白雪

「なあ、風乃。逃がしてよかったのか?

 またあいつやらかすぞ」

 

風乃

「当分は悪いことしないよ。わーちゃんのしっぽを見たらわかるよ」

 

白雪

「そ、そうか…しっぽを見たらわかるのか…」

 

普通『目を見たらわかる』じゃないのか?と心の中で突っ込みつつも、

何も言えない白雪さんだった。

 

風乃

「はむっ!」

 

白雪

「うわっ!?」

 

白雪は、突然、耳をはさまれる感覚をおぼえた。

耳を挟んだのが、風乃の唇であることを気づく。

 

白雪

「おい、風乃! 俺の耳を噛むな!

 まさか、まだ幻の術が解けてないのか!?

 くそ! あの豚野郎、やっぱり焼いとくべきだった!」

 

自分の耳をはむはむと甘噛みする風乃を、必死に離そうとするが、

風乃はしつこく、なかなか離れてくれない。

 

風乃

「ううん、幻の術じゃなくて、本心」

 

風乃は、白雪の耳から唇を離し、けろりとした顔で答える。

幻の術はすっかり解けており、白雪の耳は、パンの耳ではなく、

普通の耳に見えていた。

 

白雪

「なおさらタチ悪いわ!」

 

ブチぎれた白雪は、風乃の腕をつかむと、勢いよく地面に投げ飛ばした。

どかーんという音が、あたり一帯に響き渡る。

 

風乃

「冗談なのにぃ…」

 

気を失い、がくり、と風乃はその場に倒れる。

 

白雪

「もう知らん!」

 

白雪は怒って、風乃を置いて家に帰ってしまうのだった。

 

 

< おわり >

 

 

【あとがき】

 

わーちゃんを食べて終わりにする予定でした。

でも、かわいそうなので、食べる妄想だけにしました。

 

ワーマジムンについて。

沖縄では、豚はよく食べられ、身近な存在です。

そのためか、豚の妖怪の言い伝えが、沖縄に残っているようです。

 

沖縄以外では、あまり豚の妖怪の話って聞きませんよね。

西遊記の猪八戒ぐらいでしょうか。(豚じゃなくてイノシシかも?)

 

 

 


 
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