はぁ、と何度目かのため息を漏らす。
そのたびに傍で一緒に寝転げているトゥースが「ぐぅ?」と喉を鳴らして視線を向けてきた。
なんでもないよ、と口端を上げて力なく微笑む。
そこでもう一度ため息が出てしまった。
小鳥の鳴き声や木々のざわめき、湖面の波立つ音が1人と1匹を優しく包み込む。
1匹、すなわちドラゴンのトゥースは、様々な音に耳をヒクヒクと動かし、時には視線をせわしなく動かして反応するが、ヒックの耳にはそれらは全く入ってこなかった。
そう。
なんでもなくないのだ。
(あー、どうしよう、どうしたらいいのかな?)
さっきからウジウジ悩んですでに30分。
トゥースと出会った大きな池を中心とした窪地に来れば、多少は心も落ち着いて、いいアイディアが浮かぶかと期待したが、
「あー、全く、全く僕という男は、なんてつまらない男なんだろう。おもしろいことの一つも思いつきやしない!」
大げさな身振りで頭を振りながら、ばったりと背後の草地に倒れこんだ。
とたんに蝶を追いかけることに夢中になっていたトゥースがのっしのっしとヒックに近づいてくる。
大きな影が頭上に落ち、すぐさま頭をぐいぐいと押される。
『グルル…』
トゥースが鼻面でヒックの頭をつっついているのだ。
やめろよ、と手でその鼻面をおいやれば、彼はおとなしく鼻を引いた。
だが心配なのかうろうろとヒックの周りを歩き回り、結果的に左側に伏せるように身体を落ち着ける。
ヒックの顔のすぐ傍にトゥースの顔がある。
まるで「話してみろよ」と促しているかのような優しい瞳をヒックに向けていた。
しばらくじっとその瞳の奥を探るように見つめあうも、根負けしたのはヒックだった。
「……アスティの誕生日なんだ。何かプレゼントしたいんだけど、何もおもいつかないんだよ。もうこの季節、この辺りじゃ花なんて咲いてないだろ? じゃあ、何かおもしろい趣向でも、って思ったけど、思い出したら僕はそんなに器用じゃなかったんだよ、なんてことだ! まったくスノットにバカにされても文句がいえないよ!」
ここまで一気にまくしたてて、はぁと大きくため息を漏らしてから目を閉じる。
本当に浮かばないのだ、何一つ。
そもそもアスティはそんな女の子らしいものを喜ぶんだろうか?
これでもいろいろ難問を潜り抜けてきた、多少はマシだろう頭脳も、この問題にはまるで尻尾のさきっちょしか残っていない魚のようだ。そんなもの、ドラゴンのエサにもなりはしない。
心底困ったように、今度こそ肺にたまっていた空気を鬱憤ごと全て吐き出すようなため息を漏らした。
「はあ……って、おい! なんだよ!?」
と、トゥースが突然ぐいぐいとヒックの右肩の辺りを持ち上げようと鼻面を押し付けてくる。
止めようと手を上げたところで、その手から逃れるようにクイと首を少しさげるなり、カパッと大きな口をあけてヒックの腕を口で掴んだ。
もちろん歯はひっこめてある。
「おいおいおい、なんだよ、僕の腕はそんなにおいしくないと思うぞ? 嘘だよ、嘘。わかってるよ、そんなつもりがないことくらい、けどなんだよ。ちょ、ひっぱるなって!」
トゥースは加減しながらも、ヒックの腕を噛んだまま彼を引っ張る。
まるでヒックを立たせようとしているかのようだ。
ズルズルと、まるで獲物のようにひっぱられ、ヒックはここでも根負けして立ち上がれば、トゥースは彼の腕を口から解放するなり、腕がヒックの脇に収まる前に、その下に首を差し入れてきた。
「なに? 背に乗れって? それでどーするんだよ……わわわ、わかったわかった、乗ればいいんだろ乗れば、せかすなよ」
喉をうならせ、頭を動かしヒックに背に乗れと指示すれば、彼はしぶしぶ背にのった。
よくよく考えれば、ここに30分付き合わせたのだ。
そろそろ退屈しても仕方ないし、トゥースも付き合わせた理由がそんなつまらないことだと知って呆れたのかもしれない。
(ちぇっ、ドラゴンは気楽だよな。女の子の気を引かなくてもいいんだもんな……って、トゥースはどうなんだろう?)
カチリと義足を鐙にしっかりとかけると、トゥースは一気に上昇する。
村の自宅前に降り立てば、そこにはどうやら自分を待っていたらしい仲間達の姿。
「やあ、みんな集まってどうしたのさ!」
先ほどまでの悩んだ顔を表皮一枚下に隠して、何ごともなかったかのように、それこそ『散歩行ってきた』などと嘯ける程度の笑顔でトゥースからひょいと飛び降りる。すると真っ先に近寄ってきたのは、自分と同じようにアスティに惹かれているスノットだった。
「よう、こんな大事な日に何やってたんだよ。いいプレゼントは見付かったのか?」
「ぼ、僕ね、僕はアスティにね、」
「黙れよ、フィッシュ。それよりヒック、俺たちはもうみんな渡しちゃったぜ?」
スノットから庇ってくれたのか、自己主張の現われか、フィッシュがいい具合に話をそらしてくれたのだが、タフは見逃してはくれなかった。どうやら自分が最後の1人らしいと聞いて、余計にプレッシャーがかかる。
アスティも興味深そうにこちらに視線を向けてきた。
困った、何もないのだ。
「ええと、その、つまり……って、うわぁ!!」
そのときだった。突然トゥースがとびはね、アスティの傍まで来ると、彼女の背中をつついて首をクイと横にふった。
それの意味するところは、
「え、乗れってこと?」
「えええ? ちょ、トゥース??」
突然のトゥースの行動に、ヒックもアスティも驚いたように互いに顔を見合わせ、次いでトゥースへと視線を向ければ、彼はパチリと一度瞬きをして『グルル』と唸る。やはり自分の背に乗れ、ということらしい。だが困った問題が目の前にある。彼女はよしよしと彼の首筋の辺りを撫でてやりながら、
「でも私、あなたを操縦なんてできないわ。ヒック専用だもの」
「あーあー、じゃあこういうのはどうかな、僕が君をエスコートするっての」
ヒックはさも自然を装ってトゥースに近寄り、その背中に飛び乗るとアスティに手を差し伸べる。
すると彼女はさも面白そうに目を細めながら、
「ははーん、二人で飛行のプレゼントってわけね? いいわ、トゥースの背に乗るのも久し振りだし」
そう言ってヒックの差し出した手を握り、トゥースの背に乗る。
そんな二人につまらない顔をしたのは、もちろんスノットだ。「そんなのアリかよ、ずりぃだろ」などブツブツと文句を言っているが、「あら、誘ってくれないのがいけないんじゃない」などとアスティに反論され、旗色は悪かった。そんなスノットに溜飲を下げたヒックは、そっとトゥースの頭を撫でながら、離陸を促した。
「ほら、相棒、頼んだぞ」
と、
「きゃあああああ!!!」
「うわああああああ!!!」
トゥースは何を思ったか、一気に跳躍、急上昇したのである。
もちろんそんなことは想定外のヒックはあわててトゥースにしがみつき、同様にアスティもヒックにしっかりしがみついた。
「こ、こらっ、おい! 何考えてる…うわわわ」
ヒックが叱りつけようとするも、トゥースはチラリと視線をなんとなく背後に向けただけで、次々とアクロバット飛行を披露した。急上昇の次は、旋廻しながら急下降。岩場の合間をスレスレで潜り抜け、時にはスピンさえしながらスピードを落とさず飛翔する。ヒックがコントロールしてもいいのだが、ヘタに二人の息が合わずにバランスを崩してアスティに怪我でもさせたらことである。
怪我ですまないかもしれない。
「おい、トゥース、いい加減にしないと怒るぞ!」
さすがに再び急上昇し始めたところで、歯を食いしばりながらヒックが叫べば、しかし背後から聞こえてきたのは、
「……くく、ふふっ、あははははは!」
「あ、アスティ?」
さも楽しそうに笑うアスティの高い声。
逆にヒックはわけがわからず、しかしあまりのスピードにヘタに後ろを振り向けば顔ごとからだを後ろにもっていかれかねない。そんな疑問符いっぱいのヒックを他所に、アスティはまだ笑い転げていた。
「あははは、あは、は……あー、楽しい!」
「は?」
ある程度上昇したところで、トゥースは突然安定飛行に入った。
ようやく一息つけたヒックは「……ったくなんだったんだよ」と少し腹を立てるも、背後のアスティの様子の方が気になった。
「アスティ、大丈夫だったかい?」
「ええ、とても楽しかったわ! ありがとう、トゥース!」
「楽しい? 楽しいだって? あんな乱暴で、乗り手の都合丸ごと無視した暴走飛行が? いてっ!!」
そこまでしゃべったとたん、トゥースが軽く首を回して角でヒックを叩いた。
何するんだ、とは思うものの、アスティがさも楽しそうに笑っているのに毒を抜かれて、結果的に黙らざるを得ない。
(まあ、結果よければ・・・か)
「自分でドラゴンを操縦するのも楽しいけど、他の人にドラゴンに乗せてもらうのもステキね。特にトゥースはスピードがあるから、爽快だわ!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
彼女へのプレゼントはなんとかなったらしいとほっとする。
最も、手柄のほとんどはトゥースのものなのだが。
すると彼女はヒックの顔を覗き込むようにピッタリと身体をくっつけた。
「それで?」
「え?」
背中に当たる柔らかい感触にドギマギしながらも、ヒックは彼女の言葉に首をかしげた。
「それで、あなたは何をくれるの?」
「………………え?」
「だって、これはトゥースのプレゼントだもの。あなたの分は、そのごく一部でしょう? その他の分は?」
「……」
(えーと、何も用意してません)
などと言える雰囲気ではない。
そして、たぶん自分は彼女の期待していることに気づいている。
トゥースの飛行状態は安定。
たぶん後ろ振り返っても問題は無し。
あと必要なのは。
「もちろん、僕のプレゼントは……」
そう言いながら彼女の身体を少し離して上半身だけ振り返ると、そこにはトゥースに乗るときに浮かべた笑顔があって、一瞬躊躇ってから彼女の唇に触れるだけのキスをする。
「ええと、その他の分……」
「……ま、合格ね」
クスクスと彼女が笑って、もう一度キスをする。
たぶん一番おいしいプレゼントを貰ったのは、ほかならぬヒックであることに彼が気づいているのかいないのか。
それを知るのは、デートの後でご機嫌なヒックの多弁に付き合わされた相棒トゥースだけだろう。
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『ヒックとドラゴン』アスティの誕生日にプレゼントを贈ろうとするヒックだが、何も思いつかなくて。”ヒック→←アスティ”で、”ヒック+トゥース”な話です。