No.577740

選択の余地

nebokoさん

『王者の遊戯』二次創作SSSです。荀彧メインで荀攸がサブメインのお話。ほとんど二人だけしか出てきません。あとチョロリと曹操様w

2013-05-19 00:49:43 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1324   閲覧ユーザー数:1323

「何故軍師になった?」

 

彼はさして深い意味もなく問うたのだと思う。

いや、むしろ己を心配して「どうして軍師などになった!」と言いたかったのだと思う。

だがその問いに自分は、

 

怒りで目の前が真っ赤になったのを記憶している。

 

 

外が騒がしい。

当然である、戦が迫っているのだから。

そんな中、城の一室で木簡と紙を所せましと広げて立ち尽くしている少年。

曹操軍きっての参謀荀彧である。

軍師になったために姿こそ少年であるが、中身は権謀術数において右に出るものなどいないほどの頭脳の持ち主。そして軍師ならではの特殊な能力を有した、ある意味曹操陣営においてキーマンとも言える人物であった。

(エン州はもはやわが手に落ちたも同然。となれば次は予州)

足元に広げた大陸全図を眺める。

視線を予州へと向ければ、当然故郷の名前へと吸い寄せられた。

その瞬間、親族にして優れた軍師であった一人の男の声が、言葉が脳裏をよぎる。

『何故軍師になった?』

思わず目を閉じ、袖の中でギュッと拳を握りしめた。

その声も、言葉も、その言葉を発した表情さえ瞼に焼き付いている。

 

いったい。

いったい自分にどのような選択肢があったというのか。

生れ落ちてすぐに荀家の生贄にと権力者へ捧げられた。

その後才を見出された兄が軍師になるも、その性質から一族を率いるに不安だと判じられ、結果的に同じく才を見出された自分も半ば強制的に軍師にならざるを得ない状況へと追い込まれた。一族を率いるのはお前だと、そう名指しされて。

いったいあの状況で軍師になる以外の道があったというのか。

一族から逃げ出し、全ての責任を投げ出して逃亡すればよかったというのか。

そう、袁紹の元を去り、曹操と刎頸之交をかわした時のように。

だがあの選択が可能だったのは、袁紹の元で一族の安寧が図られたからだ。

だから選択肢が増えた。

だから、選べた。

 

しかしあの時は選択の余地などなかったのだ。

自分とて選べるものなら選びたかった。

同じく軍師の道を選びながらも、一族より己の道を選んだ彼に怒りを覚えたのはそのためだ。

 

 

「おい、そろそろ出発するぞ」

その時ふいに声をかけられ、ハッとしたように顔を上げた。

背後を振り返れば、入口には部屋に入れず壁に寄り掛かった『将軍』の姿。

「曹操様」

己の将軍にして、主君たる曹操が口元に笑みを浮かべている。

「作戦はできてるんだろうな?」

「そちらこそ、わたくしの作戦通りに動いていただける準備はできておいでで?」

「フン、心配なら調練を覗きにくればいいだろうが」

「心配する必要がおありなら、確認に参りましょう」

「ないな」

さも得意げに断言するあたり、やはり心のどこかに童心を宿しているのだろう、この曹操と言う男は。

思わず荀彧の口元に笑みが浮かぶ。

「では参りましょうか、曹操様」

ガシャガシャと足元の木簡を踏みつけながら曹操の隣に立つと、ふいに先ほどの彼の問いに答えが見つかった。

(ああ、そうです。少なくとも今この瞬間、わたくしは軍師になったことを後悔してはいない。後悔どころか…)

歩き出した曹操の背を見ながら、荀彧は己の気持ちを再確認した。

そう。

結果論から言えば、自分は軍師になれたことを幸運とさえ思っている。

 

 

 

「行っちゃったなぁ…」

ガランとした部屋の中独り残された荀攸は、だらしなく床にゴロリと横たわったままポツリとつぶやいた。

別れ際、「さびしい」と呟いた言葉はまた空気の中へと溶け込んでしまった。

そう、『また』。

あのとき、寂しいと告げた相手は今頃エン州でどうしているだろうか。

己に背負わされた運命を投げ出すことなく、受け入れ立ち向かっていた男は。

「荀彧、君は今でも軍師となったことを悔やんではいないのか?」

最後に別れた時の、あの怒りの色を浮かべた瞳が忘れられない。

決して彼を侮ったわけでも、また憐れんだわけでもない。

ただほんの少しでも彼に「自分で選べる道がある」と選択肢を示したかっただけだ。

だが自分が発した言葉は彼の矜持をいたく傷つけてしまったらしい。

袁紹の元を去り、曹操の元へと走ったことは、彼が己のために選択したことであって欲しいと思う。

決して一族保身のためではないと。

全てを彼に押し付け、己の道を進んできた自分に言えたことではないが、

「今、君が軍師であることを誇らしく思ってくれていればいいと思うよ」

遠い空の向こうにいる、あの年若な青年に思いを馳せる。

 

 

解説をば。

史実を元にしたお話です。

漫画しか読んでない方には結構ちんぷんかんぷんだと思います、すみません(汗。

 

漫画で郭嘉がキ州に赴くころ、荀彧がエン州にいるかどうかは史実の方はわかりませんでした。

ただ、ここではエン州取り戻そうと頑張ってる最中の設定です。

荀攸が「寂しい」と荀彧に告げた話はいずれ書きたいかなーと思っています。

董卓暗殺のため残った荀攸と、一族を潁川から逃すために故郷へと帰った荀彧という状況です。

荀彧が権力者に捧げられたというのは、史実の唐衡の娘との縁談を差します。

兄が先に目覚めたというのは捏造w 荀彧が一族を率いたというのは、故郷から韓プクの招きを受けたのが荀彧だったので、きっと一族を率いる立場だったんじゃないかなとか思って捏造してみました。いやだって漫画のあの性格たる荀シンが一族率いれるとはとても…www 

 

最後の荀攸のは、郭嘉に「でも…オレはさびしいよ」というコマの荀攸の表情と郭嘉の表情が訳ありっぽくて「荀彧がらみで何かあったのかな」という予想のお話です。

荀攸の言う「一族保身」とは、三国時代一族は離散することで一族全滅を免れるようにしていた、という話から。有名なところでは諸葛謹・諸葛亮兄弟がそうですね。

以上解説でした。


 
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