No.561190

ムギとスミレ2

初音軍さん

菫のちょっとした不安とほんわり感を出したかった話です

2013-03-31 17:30:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:705   閲覧ユーザー数:669

 

 

 紬お姉ちゃんの寮に遊びに来てから暫くして、私は前の悩みが解消したのに

すぐに次の悩みに突入してしまった。それはいつ来るかもわからないことであり、

私にはどうにもならないことであった。

 

「どうしたの、菫?」

 

 お姉ちゃんが私の前に紅茶を置く。今回は私に紅茶を振舞ってくれて何だか新鮮で

嬉しい気持ちになった。けど、その喜びも全てではなかった。

 

「あのお嬢様・・・」

「お姉ちゃんでいいよ」

「お姉ちゃん・・・」

 

 姉妹のようでありながら、血は繋がってないから不思議。だからもし私の考えてること

がお姉ちゃんに起こっても私には何も言える権利はない。ただ見守ることしかできない。

 

「どうしたの、何か悩んでる?」

「・・・どうしようもないことですけどね」

 

「話してみれば? 少しはスッキリするかもしれないわ」

 

 本当に…どうしようもなくくだらない悩みなんですよ。とは言えなかった。

傍から見ればそうかもしれないけど、私にとっては苦しいことだから。

 

「えっと、お姉ちゃんはこの先。もしかしたら婚約者とか出来るかもしれないでしょ?」

「……そうかもしれないわね」

 

 こういう家柄だと何かしらそういう話は多いものだ。

特にお姉ちゃんくらいの年になると尚更増えてきそうである。

何でそれが心配なのかというと、いざ相手とくっついたら私の居場所が無くなりそうで。

 

 紅茶のカップを持つ手が若干揺れている。いや、震えているのかもしれない。

そんな私の手を優しく両手で包み込んでくれる。

 

「ふふっ、そんなこと心配していたの?」

「そんなことって…」

 

「まぁ、仮にそういう話があったとして…菫は私の傍に居ればいいのよ」

「でも…」

 

 そんなことは可能なのだろうか。相手やお姉ちゃんの邪魔にだけはなりたくなかった。

 

「私は女の子の柔らかさが好きで、触るのも、鑑賞するのも大好きなの」

「はぁ…」

 

 お姉ちゃんは私の手の震えが収まるのを確認してから、自分の分の紅茶を飲み始めた。

その表情はすごく穏やかで優しい。

 

「多分相手の方のことは好きにはなれないかもしれないわね。でも形だけの結婚は

すると思うわ」

「それじゃ、相手もお姉ちゃんも可哀想だよ…」

 

「いいのよ、それで。お父様もいずれ夫になる方も私という人間よりも肩書きを

背負った物として扱うでしょうから。私もそれと同じように思うだけ。

そうね、私が仕事で疲れた時にみんなや菫に癒してもらえれば私はそれだけで幸せよ」

 

 仕事とは夫婦生活や他諸々のことを言っているのだろう。

そう割り切っていても切ない気持ちは晴れなかった。

私が俯いて話しを聞いていると、お嬢さまはやれやれといった雰囲気の苦笑をしている。

 

「私がもっとも恐れるのは…」

 

 隣にいる私の体を引き寄せてぎゅっと抱き締めてきた。力強くも柔らかくて暖かい

抱擁に私はドキドキしている。

 

「お、お姉ちゃん・・・!?」

「こうすることが出来なくなることよ。私の前から消えないで頂戴ね。菫・・・」

 

「そ、それは勿論だよ!」

 

 願われても私はお姉ちゃんを追い続けるつもりだったから、迷惑でも申し訳なくても。

でも、お姉ちゃんのその言葉を聞いて私は必要な存在なんだと教えてくれてるようで

ちょっとこそばゆい。でも、心地良い言葉である。

 

「絶対……何があっても離れないから!」

 

 お姉ちゃんの後押しで私の気持ちは言葉になって口から出た途端、

堅固なる気持ちになった。この気持ちはもう揺らぎはしないだろう。

 

「お姉ちゃんも、さっきの言葉忘れないでよね。私が癒してあげるから」

「ふふっ、ありがとう。菫」

 

 顔と顔の間がすごく短くて近い。お姉ちゃんの顔のアップは美人だからか

ずっと見ていられる。だけど、匂いと好きっていう気持ちでドキドキが収まらない。

 

 だけどその後の出来事で私は我慢できなくなってしまったのだ。

 

 ペロッ

 

「アァァァッ!」

 

 私はお姉ちゃんから離れた後、両手を床につけたあと涙目でお姉ちゃんの方に

振り返って言った。

 

「なぜ舐めたし」

「汗かいてたからつい」

 

 悪気なく舌をペロッと出す仕草が何とも言えず可愛い。

その汗は貴女が出させたんですよと言いたかったけど胸に秘めておく。

それは好きで緊張して出た汗とは恥ずかしくて言い辛い。

 

「まぁ、それはそれとして」

「置いておかないでください!」

 

「そんな不確かな心配するよりは、今の目の前にある日々と仲間達を大切に

しなさい」

 

 しみじみというお姉ちゃんの言葉に私は目を瞑ると「わかばガールズ」の面々が

浮かんでくる。楽しい部活の様子を思い出すと自然と呟いていた。

 

「ですね・・・」

「よろしい!」

 

 そう言ってお姉ちゃんは私の額とくっつけあう。本当にこの人はスキンシップが

好きなんだなと、つい口が緩んでしまう。

 

「それはそうと・・・」

「はい?」

 

「前に私が貴女に頼んだことは結局守られなかったわね」

「あっ・・・」

 

 そう、お姉ちゃんはティーカップのことを言っていた。過去の物を残したままでは

お姉ちゃんの中では許されなかったのだ。

 

「安心して、別にあれがあのままでもみんなに楽しんでもらえればいいのだけど…」

 

 お姉ちゃんのその言葉に安堵するも、瞬間にお姉ちゃんは怖い顔に変わっていた。

 

「ちゃんと約束を守らない子にはお仕置きをしなくちゃね」

 

 語尾にハートがつきそうなほどの甘い声で恐ろしいことを言うお姉ちゃんであった。

 

「ひいいいい」

 

 手をワキワキしながら私に迫ってくるお姉ちゃんが怖くて私は思わず悲鳴を

あげていた。

 

「おたすけええええええ」

 

 

 その後、結局の所カップはそのままで良いとの判断を聞いてホッとしながら

お姉ちゃんのベッドの上で腰をさする私の姿があった。お姉ちゃんは色々と激しい。

何があったかは想像に任せることにして。

 

 私はお姉ちゃんの言葉を胸に学校生活に心を優先することを心がけた。

限りある高校生活である。無駄にはできない。

 

 お姉ちゃんの寮から帰ってきた翌日。登校の時に一瞬風が強く吹いて

花の香りが風に乗り、それを楽しみながら後ろからかかる声に振り返って

返事をした。

 

「おはよう、スミーレ!」

「おはようございます。梓先輩!」

 

 また、この生活が始まる。お姉ちゃんと居る時とはまた別の幸せの時間が…。

私にトキメキをくれるのであった。

 

お終い


 
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