No.553374

寂滅為楽(上) 07

0.99さん

 ISで篠ノ之箒メインの話をやってみたいなと思い立って書いた次第です。
 ちなみにpixivとハーメルンでも同名作品を投稿しています。

2013-03-10 03:46:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:497   閲覧ユーザー数:497

七.

 低い駆動音を響かせながら「青雫」はアリーナ中央で浮遊していた。

 その繰り手、セシリア・オルコットに緊張の色はない。彼女は自身が討ち果たすべき、外敵が現れるのを今かと心待ちにしていた。

 その鮮やかな青の装甲が日光に煌めく。

 特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従えたその機体の外見は、彼女が好きではないという英国騎士を思わせる。しかし、その武装は剣ではなかった。

 名を六七口径特殊レーザーライフル「スターライトmkⅢ」

 原則的に宙に浮くIS故に可能となる所有者の背丈を優に超えるその巨大な銃器こそが彼女の主武装。剣を凌駕する刹那の一撃こそが、織斑千冬を前に自らの絶対的優位を宣言できた根拠でもあった。もはや音速など生温い。戦とは早さである。

 その自らの信念で彼女は教官さえも撃ち破ったのだ。

 お勉強上手なお嬢様と、馬鹿にする者がいるのなら、今再び見せてやろう。もはや刃を手に持ち果し合う。そんな野蛮な時代は終わったということを、見せつけてやろう。

 今日の相手はこの晴天の元で雌雄を決するに値する相手だ。

 ――そうだろう、ブリュンヒルデの亡霊め。

 眼下。やっとビットの向こうから現れた、地に足をつけて佇むその鎧武者は、彼女からすればまさしく旧世代の遺物としか表現しようがない。

 量産機「打鉄」

 それが篠ノ之箒の身に鎧う機体の名だった。さもすれば未だ存在を確認できぬ専用機がその霞の向こうから姿を現すかとも考えたが、いささか拍子抜けだった。

 多少のカスタマイズは施されているのか、その機体は駆動部から刀型近接ブレードまですべてが闇色。漆黒の装甲には箒の深紅の髪が良く映える。けれど、それだけだ。

 優雅さは彼女も意識はするが、勝負には何の影響も与えはしない。

 そもそも第三世代が第二世代に敗北する理由などないからだ。

 しかし、そんなことは箒も百も承知だろう。専用機も持たぬ身でそれでもセシリアとの決闘を受けたということは、現在の状況においてなお勝つ自信があるということだ。

 その根拠の出所をセシリアは知らない。

 けれど、一つ確かなことは篠ノ之箒が見かけ倒しであるなど有り得ないということだ。

 その刀でmkⅢの絶対到達時間〇・四秒を攻略できるというのなら、見せてもらおうではないか。

「それで、準備はよろしいですか?」

「いつでも」

 応答に合わせるように、青雫は引き金を引いた。

 衝撃波より早く閃光は打鉄に迫り、そして、黒鋼の刃と共に砕け散った。

「――――は?」

 その光景は青雫の内蔵するモニターにより、鮮明にセシリアの視界へと映し出された。理解に数秒を要する映像。果てに、確かに胴を狙った一撃に打鉄が対応したという現実は彼女の認識を凌駕した。黒刀の切っ先が青雫を指し示す。

「それじゃあ、始めようか」

 言って打鉄の疾駆は開始された。まるで踏み込むような飛翔、先古の武者が空を舞う。

 半ば反射的に青雫より放たれた光弾は打鉄の鎧に傷を衝けることはあっても直撃はしなかった。しかし、セシリアが動揺を収めるにはそれは十分な時間だったといえる。

 一手こそ驚愕はしたものの、箒の行為が張子であることにセシリアはすぐに気づいた。何故か、刀で弾けるというのならかわす必要などないからだ。

 人間の限界を超えた〇・四秒に即応できるというのなら、ただ真っ直ぐに突撃すれば、それで勝敗は決する。それなのに、余分な動作を混ぜたのだとすれば――。

 打鉄の胴を狙い再び放たれた一閃はやはり弾かれた。それで疑念は確信に変わる。

 あの輝線は箒が意識しての行動ではない。おそらく試合以前に打鉄に組み込まれた動作プログラムだ。なるほど、事前に学園に提出していた青雫の公開用のデータからmkⅢのおおよその弾速を計算することができれば、それほど難しい行為ではない。

 シールドエネルギーが最も多く削られる胴回りに銃口が向いたとき、一定の角度と速さで腕を振り下ろす。重力はPICによってある程度軽減されているのだから、剣道を嗜むその筋力があれば何の問題もないという訳だ。

 しかし、その程度でこの青雫が攻略されたとはセシリアも箒も思うまい。

 青雫は周囲に浮かぶフィン・アーマーをただ撫でる。それだけで邀撃武装ブルー・ティアーズは銃口を開き、四線の産声を上げた。

 セシリアは勿体ぶるのが元来苦手だった。

 出し惜しむという行為は自らを慢心させるだけでなく、相手を侮辱することに繋がる。

 やるのなら圧倒的に、徹底的に勝利を目指すべきだ。それがセシリアの美学だ。

 故に青雫はその場から後退することもなく、左腕を天高くに掲げる。

 この身に傷を衝けたいと望むのならば、まずは辿り着いて見せるがいい。

 自らの分身たるこの四基のブルー・ティアーズを見事討ち果たしてみせろ。

 教官にさえ不可能だったその行為が箒駆る打鉄ならば可能なのではないかと、青雫は期待した。

「さあ、踊りなさい。

 わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 人の身で人ならざる鉄の兵隊を動かすことがどれだけ難しいか。

 セシリアが望み、しかしこれまで果たされることのなかった闘争が眼前に展開された。

 目まぐるしく飛翔する四基の連撃を、ただの打鉄ごときがかわす。

 型遅れの第二世代が、第三世代のイメージ・インターフェイスに適応してくるのだ。

 人の知恵が人の行為に翻弄されている。

 思うにISの全方位視界接続の欠点とはなんだろうか。それはそのシステムを運用する人間が通常、眼球の正面を基点としてでしか物体を捉えられないことに由来するだろう。

 つまり正面を向きながら真後ろが見えることと、それに瞬時に反応できるということはイコールでは結ばれない。所詮、人間は生身の限界を超えることはできない。

 ならば理論上、青雫の攻撃はけして避けられないはずなのだ。

 何故なら四基は箒の視界の隙を衝くように移動しているのだから。しかし当たらない。

 それが意味することは何か。結論するに、箒の打鉄はわざと隙が出来るように飛行しているということだ。四基を上手く捌ける位置に常に誘導して対処している。

 流石だ。常人には到底不可能な絶技。そのデータがいったいどれほどの価値を持つか。

 しかし、このまま戦闘が続けば自分の勝利は揺らがないだろう。遅からず限界は来る。どれだけ芸術的な回避であろうと、それは曲芸の域を出ない。それでは面白くない。

「まさか、これで終わりではないのでしょう? 篠ノ之箒さん」

 この程度、短時間なら教官ですら真似できたのだから。

 何度目かの交錯だった。

 同じように視覚の隙を衝こうとして移動していた四基。その内でセシリアの制御が若干緩かった一基が打鉄の左下を通過しようとしたその瞬間。

 くるりと打鉄の持ち手で半回転した刃が、その機体に突き刺さった。一瞬の動揺。

 直後、打鉄の蹴りによって呆気なく宙を舞った一基のブルー・ティアーズは爆ぜた。

「これで三基だね」

 まるで何でもないように箒は笑う。

 これまでけして失われたことのなかった青雫の分身が、今、初めて失われた。

「なんて――」

 なんて期待通りなのだろう。箒に返事をすることなく、セシリアは三基を駆る。しかしその攻防に先以上の激しさはない。一基の損失は連撃の約四割に影響するからだ。

 より緻密な機動が可能になったところで、ブルー・ティアーズの銃口は一基につき一つしか存在しない。それ故、打鉄の機動にも余裕が生まれる。

 そして遂に青雫と打鉄の距離が二桁を割った。もはや互いの外敵は目前に在る。いかに打鉄が第二世代といえ、その機動を持ってすれば一息の内に青雫に利刀を叩きこむことはけして不可能ではない。

 閃いた剣光が青雫の胸元を裂く直前、防ぎに割り込んだ一基がまた爆ぜる。イギリスの英知の結晶の約三分の一がこれで失われた。そう、しかしまだ四基。

 ブルー・ティアーズは残っている――。

 爆炎が渦巻く中、青雫の腰部に装着されていた二基の突起が動く。

 弾道型と称されるそれは敵性ISを求めて外気へと繰り出した。いかなる絶技を持ったとして触れれば爆ぜる劇物にどう対処しようというのか。

 そこまで思考したところで煙から伸びた手が青雫の左腕を掴んだ。まさか――。

 余裕など笑止。そういわんばかりの衝撃がセシリアを襲った。彼女の懐でなお箒は不敵な笑みを崩さない。それが打鉄の突進攻撃であることは明らかだった。

 まさか。あの爆発の中を後退せずに直進してくるなどと誰が予想する。最初の撃墜から仕込みが始まっていたとでもいうのか。

「さて、呆けている暇はないんじゃないかな? セシリア・オルコットさん」

 青雫の前方、打鉄の後方に漂っていた煙を黒刀の薙ぎの一閃が払った。急速に晴れていく視界。そこでセシリアが目撃したのは、此方へと邁進する二基のブルー・ティアーズ。

「あ、貴女は――――!」

 屈辱を噛み締めながらmkⅢを構えた青雫は自らの一部を狙い撃った。そうしなければ引き分けとなってしまう。そんな結果を彼女が認められる訳がなかった。

 二基が放つ光線が最後の弾道型を貫く。それを確認すると共に、打鉄は腰に回していた手を放して一度、青雫と距離を取った。

 視線が交わされる。しかし、互いに言葉を紡ぐ必要性はどこにも見出せなかった。否、両者ともそんな隙を許す状態ではなくなったのだ。

 打鉄は爆炎でシールドエネルギーを失い、青雫は策略によって六割の四基を失った。

 たかだか二基のブルー・ティアーズではもう足止めにならない。

 セシリアの頬を汗が伝う。未だ大きなダメージは受けていないものの、一転して状況は不都合なものに変わってしまった。特に、自滅させられたという事実が彼女の矜持を酷く傷つけた。唯一のアドバンテージであるシールドエネルギーでさえ、いつまで持つか。

 こうなればもう徹底して距離を保ちながら、ひたすらmkⅢでの高速機動下精密射撃に徹しようか。そうまで考えてからセシリアはその案を否定した。

 それは逃げの一手だ。

 セシリア・オルコットはここで引くのか。自ら挑戦状を叩きつけておいて、第二世代を前に逃走を選ぶというのか。忘れるな、この光景を織斑一夏だって見ているんだぞ――。

 青雫の名を冠した兵装が未だ手元にあるというのに、その作戦を選択するのは早い。

 ブルー・ティアーズはまだ二基残っているのだ。

 自身を信用できなくてどうするのか。

「――――」

 意図せず呟いた可能性にセシリアは震えた。

 その選択肢を無意識の内に自分は排除していたのだ。残る二基のブルー・ティアーズ。操縦負担はいつもの三割でしかない。そして今――。

 思わず視線を二基へと向けた。その隙を見逃すことなく、打鉄の剣戟は青雫を襲った。けれど、その黒刃の一太刀を、彼女は明確に「遅い」と感じている。

 直後に、箒はセシリアのその行動に瞠目した。青雫は打鉄の斬撃を後退するのでなく、身体を斜めに反らしながら前進してかわしたのである。

 武芸を修めていないセシリアが行った、あまりに玄人染みた身体捌き。

 ついで横殴りに振られたmkⅢに当たるような愚は犯さなかったが、その明らかな異変に打鉄の動きは鈍った。その隙を縫うような二基の銃口が光を穿つ。

 それを無重力機動を駆使し、確かにかわしたと打鉄が認識する刹那。

 ビームが弧を描いて曲がり、打鉄の背中を刺し射抜いた。

「――――嘘」

 一方は驚愕に、一方は驚喜に、同様の音を漏らす。

 それはブルー・ティアーズという兵器が望まれた可能性。理論上は可能と提唱された、しかし、あまりに遠いはずだった夢物語。

 セシリア・オルコットという最高適性者が二年の歳月を掛けて、なお修得不能といわれたはずの技術。極限の演算を以て光線の屈折する軌道すらも作り上げるという絶技。

 

 その名を偏向制御射撃という。

 

「は、……参ったね」

 咳き込みながらも油断なく刀を構えた打鉄であったが、既にその勝機は無いに等しい。青雫の唯一の欠点がたった今、目の前で克服されたのだ。

 これより立ち塞がるのは、未だ試作機の域を出なかった実験機体ではない。

 イギリス代表候補生セシリア・オルコット専用機「ブルー・ティアーズ」

 そのついに完成された精神感応制御はもはや第二世代など歯牙にも掛けないだろう。

 青雫が指を宙に滑らせる。打鉄の機動の死角から、更に何段階にも屈折する二組の閃光が放たれる。プログラミングされた人ならざる速さをもった黒太刀の剣光を曲がりながらかわし、その光弾は遂に難攻だった胴さえも穿ち抜いた。けれど、打鉄は止まらない。

 一刹那の風切音を置き土産に青雫の胴に意趣返しとばかりに打鉄は傷を衝ける。しかし、反抗はそこまでだった。距離的には打鉄に利がある。

 それでも向けられたmkⅢと、二基のブルー・ティアーズを防ぐ術も、衝撃に耐えきるシールドエネルギーさえも最早打鉄には残されていなかった。

「協力感謝しますわ、箒さん」

「それさ、この状況じゃ皮肉にしか聞こえないんだけど? セシリア」

 まさか。そう言ってセシリアは学園入学以来最高と自負する微笑みを箒へと向けた。

 箒もそんなセシリアに目一杯の苦笑を見せる。

 轟音に続くように試合の終了を告げるブザーは鳴った。

 


 
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