No.552569

寂滅為楽(上) 05

0.99さん

 ISで篠ノ之箒メインの話をやってみたいなと思い立って書いた次第です。
 ちなみにpixivとハーメルンでも同名作品を投稿しています。

2013-03-08 15:56:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:458   閲覧ユーザー数:457

五.

 ――そこに、「白」が、いた。

 白。真っ白。飾り気の無い、無の色。眩しいほどの純白を纏ったISが、その装甲を開放して操縦者を待っていた。

 

   ◆

 

「これが織斑くんの専用ISです」

 クラス代表候補に織斑一夏の名が挙がってから三日が経っていた。

 その日の放課後に山田先生の呼び出しを受けて、彼が第二整備室に向かうと、そこには織斑千冬と一機のISが待っていた。

 ISネーム「白式」

 それが織斑一夏の為に用意された専用機の名前。

「――綺麗だ」

 咄嗟に口に出たのは、そんな陳腐で安っぽい言葉だった。

 ある意味、それは一目惚れに似ていた。生憎まだ経験がないので断言することはできないが、それ以上に相応しい感覚というのを一夏は想像できない。

 真っ白の機体、無機質な一夏の専用機は、けれど彼を待っているように見えたのだ。

 そう、この時を、こうなることをずっと前から待っていた。

 ただこの瞬間の為に生み出された存在。

 そんな妄想を抱かせる相手に恋をしてないと誰が否定できるのか。

「身体を動かせ。装着してみろ。貸し切りにはしてあるが、時間は有限だ。今日の内に、フィッティングとパーソナライズは終わらせておきたい」

 千冬に急かされて、一夏は純白のISに触れた。

 試験の時に、初めてISに触れた時に感じたあの電撃のような感覚はない。

 ただ、馴染む。理解できる。これが何か、何の為にあるか。

 ――解る。

「背中を預けるように、ああそうだ。形式は問わない。後はシステムが最適化するから、お前はそのままでいればいい」

 一夏の身体に合わせるように装甲が閉じた。

 空気の抜ける音、機械の駆動する音、それに心地好さを感じた。

 生まれた時から我が身だったかのような一体感。適合するよう、最初から彼の為にだけ存在したのだと、事実を上塗るように、彼と百式は繋がる。

「ISのハイパーセンサー機動。

 問題ありません。違いなく動いています。気分はどうですか、織斑くん?」

「大丈夫です」

 キーボードを操作しながら山田先生はそう尋ねてきた。

 見えている。

 背後に居るはずの山田先生を、その表情を、ディスプレイに合わせて動く眼鏡の向うの眼球の動きさえ、一夏には知覚できる。

 目前に展開された各種センサーが告げてくる値も、どれも普段から見ているかのように理解できた。

 クリアーな意識の、その裏側では白式が膨大な情報量を処理しているのが解った。

 千冬は最適処理化と自己同一化を終わらせると言っていたが、その前に機体の初期化、一夏の身体に白式を合わせる前段階の操作が現在行われているのだ。

 刹那の間にソフトとハードの書き換えを同時に行うのだ、その数値の巨大さから詳しく知らない一夏でさえ、その行為がどれだけ次元違いのものか理解させられる。

 それを近所の幼馴染みの姉が最初から一人で作ったのだと知っていれば尚更だろう。

 初期化の終了には三分程かかった。

「後はフィッティングさえ終えれば一次移行完了か」

「……織斑先生、一次移行ってなんですか?」

 聞きなれない単語が出てきたので、一夏は素直に尋ねることにした。

 ここ数日、一夏は無知というものがどれだけおそろしいか、身を以て体験されられた。

「一次移行を経由すると、ISはその姿を搭乗者に合わせて変形させる。

 白式の場合は、さらに単一使用機能も同時に発現するからな。少しばかり時間がかかるという訳だ。理解したか?」

「えっと、単一使用能力の説明もお願いします」

「はあ、山田先生」

「はい。凄いなんてものじゃありませんよ。単一使用機能は本来セカンドシフト以降に、機体と搭乗者の相性が一定値を超えた場合に発現するIS独自の能力です。

 例えれば織斑くんが対戦するオルコットさんが四百時間、約二年かけても未だ発現しない、そういう機能ですね」

 山田先生の説明に一夏は唖然とさせられる。あの妙に偉そうなセシリアという外国人が言うだけの鍛錬を積んでいることに、そしてその努力を嘲笑う白式の性能差に。

「勿論、代償は在る。白式はその能力を先行して発現するという条件上、機体の拡張領域もすべて使用する為に、ただ一つの武装しか装備できない」

「……何かおそろしいことをさらりと言ってないか、千冬姉」

「織斑先生だ、馬鹿者。

 仕方あるまい、白式が専用機、と言っても所詮は実験機だからな。そもそもIS自体が完成されていない以上、素人のお前にあれやこれやと過多な性能を与えても扱いきれん。

 安心しろ、白式に装備されてるのは刀一本。

 要は足場の無い、相手が飛び道具を使う剣道をするのだと思えばいい」

 それなら簡単だろう、と随分無茶なことをいう姉に一夏は唖然とさせられる。

「しかしそれでもお前は不満だろう。だから束に交渉して武装は最高の物を用意させた。

 雪片弐型。後はもう、お前の心意気次第だ」

 しかしそれを聞いてしまえば嫌でも気概は高まった。

 ――相変わらず姉は狡い。

 その名の前に無自覚でいられるほど、一夏は馬鹿者ではない。

 雪片。それは、かつて千冬が振るっていた専用装備の名称だ。刀に型成した形名。

 一夏はいつだって守られてばかりだ。

「能力名、零落白夜。

 専用機の既存エネルギー値を搭乗者の任意により、攻撃へと転化させる単一使用能力。それを最大限発揮させるのが、雪片弐型のバリアー無効化攻撃だ。

 簡潔に言えば雪片は相手のバリアー残量に関係なく、敵機IS本体に直接のダメージを与えることができる。それを持ってすれば既存ISは絶対防御を発動させる為に、大幅にシールドエネルギーを割く必要に駆られるという訳だ」

 高周波の金属音が聞こえる。

 直後、百式は光の粒子となり、弾け、再度結集した。フィッティングが終わったのだ。

 これでやっと白式は一夏専用の機体になった。

 滑らかな曲線とシャープなラインがどこか中世の鎧を思わせる。

 背後には付随するように二対の双翼が浮かんでいる。

 それは生身ではけして得られぬ力。

 人知を超えた天才が生み出した狂喜の産物。

 一瞬の興奮の後に一夏を襲ったのはまぎれもない恐怖だった。

 ――ありえない。

 こんな代物が個人の手に、一夏というあまりに未熟な人格に無造作に委ねられるのか。

 それは寒気なんて程遠い感覚だった。自身のあまりの認識の薄さに、手にした力の大きさに、そして世間の無知に身震いした。

 男だとか、女だとか、誰が特別だとか、そんなこと言ってるのはきっと底抜けの馬鹿に違いない。過ぎた力を知っていれば正気でなんかいられない。

 その本質を理解してるのなら、とても立ってなんていられないのだ。

 織斑一夏という器に注ぐにはあまりに情報という水の量は多すぎた。

 力の認識はこの世界が、あやふやで脆い虚像の上に絶妙なバランスをもって存在しているという事実を一夏に教えてくれる。

 そして、この瞬間を持って一夏は被害者から加害者に変わった。

 世界でただ一人、自分だけが再び常識を覆したのだ。

 おそらく才能ではなく、あの人の気まぐれで選ばれた自分が。

 力が抜ける、意識が薄れる。けれど倒れることは許されない。

 白式はそんなことを、一夏に許してはくれない。

「……大丈夫か、一夏。バイタルに若干の乱れがあるようだが?」

 千冬の言葉に一夏は我に返った。

 そうだ、自分はもう護られるだけの関係を終わりにしたかったから。

 だからこうしてこの場にいるのではないのか。

「大丈夫だよ、千冬姉。

 ありがとう。俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

「馬鹿者。そういう言葉はいつかの時の為にとっておけ」

 言って千冬は今日初めて笑った。その笑顔を護りたいと確かに一夏は思った。自分よりはるかに強い姉を護りたいと、まったく難しいことを思ってしまった。

 だからとりあえずは織斑千冬の名前を守ろう。

 元日本代表の弟。それが不出来では格好がつかない。

 そう、格好いい千冬の格好がつかないなんて冗談もいいところだ。

「……じゃあ、アリーナの使用許可、貰ってもいいですか。織斑先生」

「ふふ、面白い。本気になったか、一夏。いいだろう。それくらいの便宜は図ってやる」

「宜しいんですか、織斑先生?」

「身贔屓はよくないのだろうな。けれど見たいとは思わないか、山田君。

 今の時代に男の決意というものが、果たしてどれだけの意味を持つのか。それがISにどんな影響を与えるというのか。その覚悟の価値とやらを知りたいとは思わないか?

 私は見てみたいと思うのだがね、その可能性とやらを」

「……もう、そんな顔しないでくださいよ。私が変みたいじゃないですか。

 織斑くん私は反対しません。けれど特別期待もしていません。すべては貴方次第です」

「……ありがとうございます!」

「それではそろそろ戻りましょうか」

 山田先生が操作すると、白式は一度強い輝きを放ち霧消した。

 代わりに一夏の左手首に見慣れないガントレットが装着されている。

「どうやら、パーソナライズも滞りなく完了ですね。ISは待機状態になっていますが、織斑くんが呼び出せばすぐに展開できます。ただ、許可されていない場所での無断使用は生徒指導の対象になるので注意してくださいね」

 そうして前準備は終わった。

 アリーナの使用許可は特例で千冬が候補全員分を発行してくれるとのことだ。

 そういう公平な処置をするあたり、やはり千冬も教師なのだなと、一夏は今更ながらに納得した。

「では、決戦は四日後だ。楽しみにしてるぞ、織斑」

「まかせてくれよ、千冬姉」

「馬鹿者、織斑先生だ」

 またしても頭を叩かれた。しかし不思議と今回だけは痛くなかったのだ。

 

 

 寮へと戻る道すがら、女子生徒とすれ違った。

 どうやら第二整備室が今日は予約で埋まっていることを彼女は知らなかったらしい。

 しかし運が良かった。一夏達の作業は既に終わっているから、いまから整備室へ向かう彼女の行為は無駄にならない。見ればネクタイの色から同級生であるとわかった。

 学園で整備を習うのは二学年になってからのはずだ。すると彼女は既に独学でその学習を終えているということになる。やはり勤勉な生徒というのはどこにでもいるのだな、と一夏は妙に感心した。自分も彼女を見習わなければならない。素直にそう思えた。

 けれど一つ気になることがあるとすれば、それは彼女の眼差しだった。すれ違う一瞬、目礼していった彼女は教師陣二人には敬意を向けていた。

 それなのに一夏を見る彼女の目には好奇心さえ浮かべず。それどころか微かに、しかし隠しきれない憎悪の感情を宿らせていたのだ。

 思わず身震いするほどの感情が彼女の中には渦巻いていた。けれどどうしてそんな目を向けられるのか、一夏にはちっとも心当たりがなかったのだ。

 


 
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