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真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~ 第八章 醜態を演じる

テスさん

 この作品は、真・恋姫†無双の二次創作物です。
 今回は洛陽周辺の賊退治となります。そのため暴力的なシーンが含まれております。
 他、作者の勉強不足でおかしなところが多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。

2013-01-07 14:42:15 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:26533   閲覧ユーザー数:16868

 

 真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~

 

 第八章 醜態を演じる

 

 朝稽古が終わり、緊張から解放された兵士達がぞろぞろと兵舎に戻っていく。

 彼等の話題と言えば……

「近々賊の討伐があるみたいだな……」

「孫堅様が戻ってきて昨日の今日だろ。耳が早いな」

「今日の朝、猫が好きな斥候の子が言ってた」

 男がだらしのない笑みを浮かべる。

「ってことは、見物だと思わないか?」

「何が?」

「魚の糞みたいに孫堅様にくっ付いてきたアイツだよ。えっと、何だっけ?」

「あぁ、確か北郷じゃなかったか?」

「――あぁっ、それ! 北郷!」

 その一言で、周囲に居た者達が何を言いたいのかを理解した。

「……おい、声を落とせ。噂をすれば姫様のご登場だぞ」

 孫伯符。言わずと知れた孫堅の娘である。

 母親譲りの美貌と豊満な胸。赤い衣装から垣間見える武人として引きしまった足腰は、都で噂される絶世の美女に劣らぬ容姿と言えるだろう。

 後ろで結った長く艶のある髪を揺らしながら、視線を忙しなく彷徨わせている。

「お味方としては頼もしいが、あの姿を目にしたら同じ人間とは思えんよなぁ」

 その一言に誰もが同意し、肩を震わせた。

「そういや孫堅様、北郷ってのを息子宣言したらしいじゃん?」

「ってことは、……とうとう姫様にもそういう話が――」

「――無理無理無理無理。俺だったら絶対無理」

「…………(心配しなくても、テメェにはねーよ)」

 口にはしないが、誰もがそう思っている。

「ってなるだろ? だから孫堅様は一日三食昼寝付きを条件に、姫様との婚姻を提示したらしいぞ?」

 噂とは恐ろしいもので、末端の兵士達にまで拡がっていた。

「らしいな。しかも実力行使にでたとも聞いたぞ? ……何でも年頃の二人を一緒の部屋に放り込んだとか」

「うわ~ぶっちゃけ可哀想っすね。バケモノとは知らず手を出したら――」

「おい!」

「おい!」

「後輩、思っていても口にするなっ」

 調子に乗った後輩を嗜める先輩兵士達。その只ならぬ雰囲気に後輩兵士は息を飲む。

「すっ、すんません」

「だがよ、だからこそ見物だと思わないか?」

「賭けるか?」

「北郷って奴が腰を抜かして逃げ出すかか?」

「姫様が失恋するかだろ?」

「お前等馬鹿だろ。どっちも勝負にならねーっての!」

 違いないと、兵士達は大笑いしていた。

 

 そんな兵士達の姿を視線の片隅に捉えた孫伯符は、その陰口を肌で感じ取っていた。

 

 彼等の会話は全く聞こえない。だが、こちらを盗み見るような視線が――彼らだけでは無い。あちこちから向けられている。不愉快なほどに。

 特に、北郷一刀の傍にいればいるほど強くなる傾向にある。

 嫉妬ならまだ可愛げがあるのだが、残念ながらそうではない。

 それも仕方の無いことだと、――私は思っている。

 だって自分のことは、自分が良く知っているもの。

 秘密を隠しているという訳ではないが、彼に黙っていることもある。

 周囲の兵士達から同情を向けられていることも露知らず、一刀は駆け寄る私に笑みを浮かべ、もうくたくただと吐露する。

 私は胸の内に秘める不安をおくびに出すことなく、彼に手を差し伸べて微笑んだのだった。

 

 その数日後……

 

 

 放たれた斥候達が洛陽周辺に息を潜めていた賊を探し出すと、華麗に優雅に軽やかに賊を殲滅せよとの命令が下った。

 点在する集団の中で比較的規模の大きい、南側を縄張りにした集団を宛がわれたとしても、数多くの反乱を鎮めてきた私達からすれば取るに足らない相手でありすぐに行動を開始した。

 そして現在、野営地で斥候の持ちかえった情報を活かすために軍議を開いていた。

 彼等の報告では賊の数は五百ほどで、これから商隊でも襲おうとしているのか、街道から少し外れた場所で待機しているらしい。

 母様の隣には一刀がいて、この戦況について助言を受けているようだ。母様が首を横に振ると地図に指を落とした。

「賊はこの辺り。で、ここ見て」

「――はい」

「ここはね、地図じゃ分からないのだけど、高低差があるの。相手からは私達を認識できないくらいのね。で、その情報を踏まえたとして、一刀は君どうする?」

「えっと、部隊を分けて回り込んで挟撃……ですか?」

 一刀が自信なさげに答えると母様が頷く。良くできました~と頭を撫でられていた。

「もう完璧に堅殿の玩具じゃな……」

 私の隣にいた祭が呟いた。

「情報は何より大切よ。集めるのが嫌なら主夫になることをお勧めするわ。はいっ、注目――!!」

 緩みきった空気が、鳥肌が立つほどに冷たく張り詰める。

 母様に一瞬にして戦場へと引き戻されたのだ。

「何も考えず、突撃するだけで片が付くわ。でもそれだけじゃ兵の鍛練にもならないでしょう?」

 母様は馬鞭で地図を指し示し、部隊を正面から受け止める本隊と、丘を回り込んで敵の後ろ側に回り込む別働隊に振り分けた。当然、一刀は本隊に配置され、そのまま私も本隊で行動することになる。

「あ、別働隊は急がないと、功を逃しても知らないから」

 そんな母様の一言で、別働隊は全速前進で移動することが決まり、そこに配属された部隊には同情の視線が向けられるのであった。

 

 * * *

 

 目的の場所まで私達がやってくると、その姿を確認した賊は逃げずに襲い掛かってきた。

 母様が手を軽くあげ合図を出すと銅鑼の音が一つ鳴り響き、一糸乱れぬ動きで行軍していた兵士達が立ち止まった。

「一刀君、彼等は何故襲い掛かってくると思う?」

「負けない自信があるから、ですか?」

「ぶーっ。私が見目麗しい女性だからよ!」

 その解答に誰もが呆れたが、一刀はどう返答しようかと困っていた。

「相手にせんで良いぞ」

 賊から眼を放さずそう口にした祭に、母様は大きな溜息をついた。

「祭、貴女何も分かってないわ」

「む、どういうことか?」

「一刀君の困った表情を愛でなきゃ。それが年上のお姉さんの役割よ」

「――阿呆っ、戦に集中せい!」

「だって余裕なんだもん……」

 そう言うと肩を落としながら馬をとぼとぼと歩かせて前に出ていく母様。その背中を見送ると、一刀が小さな声で呟いた。

「やべっ、拗ねた孫堅さんが可愛い――ぐふっ!!」

 勘違いされてはいけないので、先に言っておこうと思う。

 決してムカついたのではない。一刀の横っぱらをぐーで殴って素知らぬ顔をしているのは、教・育・的・指導である。

「あら、どうしたの一刀?」

「……うぐぐ」

「弓隊、構えーぃ!!」

 一糸乱れぬ動きで矢を番う兵士達。次の号令で、何百という矢が小高い音を立てながら空に昇っていく。

 本隊の第一射が放たれただけで相手の勢いは十分に殺がれた。

 それでも運良く掻い潜った賊達が、突撃の勢いを武器に乗せ歩兵達に振り下ろした。

 前衛の兵士達は楽々とその一撃を受け止め、押し潰すように前に進んでいく。

 十分相手を引きつけたところに銅鑼が鳴り響いた。別部隊が到着した合図だ。

 挟撃が開始されると、均衡すらできない烏合の集に耐えられるはずもなく、あっと言う間にその集団は瓦解し、鼠のように散っていく。

 こうなると本隊にいる母様は皆の制止を振りきって前に出る。

 前に出て、淡々とその息の根を止めていくのだ。

 母様にずっと付き従ってきた者達にしてみれば、それはいつものことである。何の号令もなく母様の後ろに続いた。

「……えっ?」

 見事に出遅れた一刀。

「――そ、孫堅様の部隊に続け! 続けーっ!」

 そして後方に控えていた兵士達に一瞬で飲み込まれ遥か後方へと流がされていった。

 ……母様の目論見通りなのが癪だけど、仕方ないか。

 立ち止まった私に、祭が振り返って微笑んだ。

 後ろからやってきた彼の隣に並ぶと、後続の兵士達が驚いた表情を浮かべた。

「雪蓮、ごめん」

 息を切らしながらそんなことを言う彼に、私はいざという時に体力だけはつけておきなさいと助言しておく。

 点在する死体を踏まないように飛び越えながら、彼は先陣を見詰めながら思ったことを口にした。

「まるで人狩りだ」

「一刀。これを同じ人間だ、なんて思ってはダメよ――」

「分かってる。分かってるつもりなんだけどね……」

 煮え切らない彼と無言で前に進むにつれ、嫌な予感が私を襲う。

「雪蓮。確かこの先って……」

 一刀もそれに気が付いた。

 私達の向かう先が、先日釣りをした場所だと。

「先に行く――」

「えっ、ちょっ、雪蓮!? 速っ!!」

 彼の制止を振り切り、母様のいる前衛へと全力で駆けた。

 ――何故だ。選りにも選って何故ここへ逃げ込む。

 二人で過ごした場所が、たった数日で汚されるというのか。

「……ちょっとくらい、年相応の恋したって良いじゃない」

 分かってるわよ。戦から決して逃れることのできない運命だって――

 母様が一瞬私を見て、手にした剣を賊の背中に指し示し号令を下した。

 賊の殲滅。私はただ、それに従う。湧き起こる衝動のままその背中に剣を叩きつける。

 気付いた賊は辛うじてその一撃を受け止めるが、次の一手で手首ごと得物を落とした。

 手首を押さえ、絶叫しながら背を向ける。

「ひぃぃっ、たたたた助ぎぇぁぁぁあああ――!!」

 川底に足を取られ転んだその背中に剣を突き刺す。真っ直ぐに沈み込む手応えのあと、得物を持って行かれそうなほど身を捩らせ苦しむ賊は、口元や傷口から真っ赤な血を川へと垂れ流しながら動かなくなった。得物を引き抜くと、私は次の獲物へと視線を移し戦場を駆ける。

「死にたくねぇ、死にたくねえだぁ!!」

 剣を振るうたびに全身が返り血で染まっていく。

 感覚が研ぎ澄まされていく。だけど頭の中は彼のことで一杯だった。

 ――集中ッ!!

「なななんでもする! だからいいい命だけはっ」

「見苦しい……――」

 命乞いする賊を問答無用で斬り殺す。

 ――次ッ!!

「ひっ、化け物ッ!!」

 怯え、恐怖するその姿が彼と重なる。

 彼も、こんな表情で私を、拒む?

『一刀は、違う!』

『バカネ、一緒ヨ?』

『……っ!! 一緒ですって?』

『ソウ、一緒ヨ。コノ戦イガ終ワレバ、彼モ、私達ヲ拒ムニ違イナイワ。ホラ、アレミタイニ』

 私を近付けないように剣を振り回していた賊を視界に入れた瞬間、賊の片腕が飛んでいた。

 意思に反し、身体が動く。鞭のように剣を振るって、もう片方の腕も刎ね飛ばした。

『フフッ、スグニ分カルワ』

『ま、待って! まだ彼には――!』

『何ヲ今更』

 自らの血で染め上げた赤い処刑台に両膝をついた賊の首を刎ね飛ばす。

 まだ倒れない賊の亡骸を前にして、大きく剣を構えた。

 ――ここまでする必要はない! 止まれっ、止まりなさい! 止まれぇぇぇっ!!

 叩き潰すように振り下ろしていた。

 重い手応え。そのまま力任せに押し斬る。

 ――ああああぁぁぁぁっ!! 止まらない!! 止まらないわっ!!

 真っ赤な川に得物をを叩きつける。何度も、何度も叩きつける。

 肉塊が散らばり赤く染まった川の中で、私が笑っていた。

「…………」

 後ろから近付いてくる気配に私はゆっくりと振り向いた。

「――しぇ、れん?」

 一刀は私と目が合うと立ち止まり、動かなくなった。大きく目を見開いている。

 ……あの優しい笑顔は、もう私に向けられることは無いだろう。二人で楽しい時間を過ごすことも。

『――ダッタラ、壊セバイイ。何モカモ、メチャクチャニ』

 誰かが耳元でそう囁く。

「ねぇ、一刀はこんな”化ケ物”ヲ受ケ止メテクレル?」

「ねぇ、一刀はこんな”私”を受け止めてくれる?」

 雪蓮の台詞が全く理解できなかった。

 全身を真っ赤に染めた雪蓮が獲物を捨てて、俯きながら俺を求めるように血だらけの腕を伸ばしてくる。

「どうして逃げるの?」

「えっ!?」

 気付かずに後退りしていたらしい。

「そ、そりゃ誰だって、血塗れ姿で首を掴もうと歩いてきたら……」

 と言い訳していたところで、目の前まで歩いてきた雪蓮がそのまま俺の首に指を滑らせた。

 親指がゆっくりと喉元に深く沈みこんでいく。最初は何かの冗談だと思った――

「――ぐっ! しぇっ」

 目を見開き、引きつった笑みを浮かべながら再び問いかけてくる。

「ねぇ……?」

 何故こんなことをする? 明らかに彼女の様子がおかしい!

 腕を振りほどこうにもびくともしないし、徐々に視界が狭くなっていく。

「一刀も……同じ、なのね」

 雪蓮の頭部から血が流れ落ちていく。それが何となく、彼女が赤い涙を流しているように見えた。

 この手は、力の入れ過ぎで震えているのか。それとも……

 途切れそうな意識の中で、彼女の頬に手を伸ばす。

 その表情が一転、恐怖に歪んだ。

 彼女は奇声を上げると、物凄い力で薙ぎ払うように俺を川に叩きつけた。

 水面に顔を出すと視界が一気に晴れ渡る。背中が痛い。

 川底に足を取られるのか、何度も躓きながら雪蓮が近付いてくる。

 ――と、取り敢えず距離をっ。

 そう思って彼女に背を向けたところ、物凄い勢いで彼女が飛び込んできた。

 見事に川底に沈む。

 腰に張り付かれ、顔が水面に届かない。

「……(く、苦しいっ)」

 雪蓮が手を放した隙に這い出るように抜けだし、酸素を求め大きく息を吸い込んで反転すると、四つん這いだった彼女がまた飛び込んでくる。

 避けられず腹に頭突きをかまされたことで、再び呼吸困難。

 が、ありがたいことにそれ以上の追撃は無かった。

 視線を落とせば、所々返り血のついた彼女の長い髪がゆらゆらと川を漂う。動くたびに彼女の服から薄らと血が滲みでていた。

 何をしているのかと思えば、俺の股間に顔を埋めた体勢でもぞもぞと下半身を弄っていた。

「雪蓮っ、何してるんだよ!」

 大声を上げ、彼女の肩に触れた瞬間、

 ――ビリビリビリィッ!!

 何かを引き千切りながら、勢い良く雪蓮が顔を上げた。

 ギラギラした蒼い目で一瞬俺を捉えると、再び下半身へと頭を落とした。

 ……えっ? ええええぇぇぇぇ――っ!?

 ビリッ、ビリリッッッ!!

 ビリビリビリッッッ!!

 余りにも理解できない行動に言葉を失い、なすがまま、されるがままの俺。

 雪蓮がピタリと動かなくなった。

「……ごぼごぼごぼっ」

 水中で何か喋っている。

 何となく頭に過るがさすがにそれは被害妄想だろう。

 俺の上に這い上がってくると、俺の頭に手を伸ばし、覆いかぶさるように抱きしめられた。

 ……えっ、何これ? 新手のイジメ? 泣いていいよね?

 柔らかで大きな胸が顔面に余すことなく押し当てられると、火傷しそうなほどの熱と、彼女の荒い息使いが伝わってくる。

 ……や、柔らかい。でも血の臭いとか、周囲の目もあるしあんまり喜べないよなぁ。

 取り敢えず彼女を止めよう。

 引き離そうと彼女を押すと、拒むようにしがみ付かれた。

 俺の腰に足まで絡める徹底ぶりだ。

「……うおっ、何っ!? どうしたんだ雪蓮!? ちょっと離れてって!」

 勢いをつけて起きあがると、雪蓮が必死に俺にぶら下がる。

「にげな……、で……っ」

「えっ? あぁ、うん――」

 後ろに下がった途端、足をかけられ豪快に尻もちをつく。

 左肩に爪を立てられ痛みが走った瞬間、彼女は突き上げるように俺の唇を塞いだ――

「――んんんっ!!」

 首を振って拒み呼び掛けようとしても、それを邪魔するように何度も口を塞がれる。

 肩で息をしながら無我夢中に、舌を押し込み、絡めて、乱暴に音をたてながら痛いくらいに吸いついてくる。

「この馬鹿娘がっ、場所を弁えんかっ!」

 大混乱の中孫堅さんの声が聞こえると、雪蓮の表情が苦痛に歪み、離れていく。

 孫堅さんが雪蓮の長い髪を引き千切らん勢いで引っ張ったのだ。

「――邪魔、しないでっ!」

 大暴れする雪蓮を押さえ付け、まるで拷問のように何度も顔を沈める孫堅さん。

「この程度の戦なら我を保つと思っていたのに、まさか乱心するなんてお母さんは悲しいわ……」

 大きな溜息のあと、首を振りながら残念アピールをする孫堅さん。

「あの、できれば……説明を」

 大暴れする雪蓮をねじ伏せながら、孫堅さんがしばし悩んだあと答えてくれた。

「まぁ、一刀君ならいいかな。この娘は――」

 血を見ると感情が高ぶってしまい、興奮して色々抑えられなくなる体質?

 孫堅さんが言い切ったとき、雪蓮が水面に顔をつけたまま、ぴくりとも動かなくなった。

 ……背中痛い。

 あーそういえば母様に沈められたんだっけ……

 それより先ほどから前髪を何度も掬うように撫でられていて、まだ小さかった頃を思い出す。……気持ちいい。この優しさにずっと包まれていたい。

 ぼんやりとした意識が徐々に覚醒していく。

 誰……え、えっ、嘘っ。一刀!?

「起きた?」

「あ…………」

 迂闊だった。動揺が伝わったようで、一刀が私に気付いて声を掛けてきた。

 何事もなかったようにもう一度目を閉じると、微かに川のせせらぎが聴こえてくる。戦馬の喧騒は嘘のように静まり返っていた。

「って、寝るなっ!」

 手刀で私のおでこを何度も叩く一刀。

「い~け~ず~! 一刀のいけず!!」

 良い気分だったのに!

 それにこのまま起きあがっても、気まずいだけなのに……

 私を覗き込む一刀が、その表情を引き締めて言った。

「びっくりした」

「その……ごめんなさい」

 ふっと、彼の口元が緩む。

「でも無事で安心したよ」

「……ご心配おかけしました」

 ――パシンッ

 良い音が響いた。おでこを叩いてこれでチャラだってさ。

 ……チャラって何?

 私を起こして彼が立ち上がると、彼の腰に巻かれた布が目についた。

「……そっか、私」

「何か言った?」

「ううんっ! 何でもないの!」

 慌てて首を振る。

 ――嫌われなかったんだ。

 私の呟きを気に留めることなく、彼は凝り固まった身体を解すように大きく背伸びをする。

「戻ったら、お風呂に入らなきゃな……」

「……………」

 間違いない。この勘は信じられる。信じたい。

 一刀なら、一刀ならきっと私のすべてを受け止めてくれる。

 ――だって、ほら。

 こうして手を伸せば、私の手を取ってくれるもの。

 勢い良く立ち上がると、私は手を後ろに彼の瞳を覗き込む。

 なら彼に全力でぶつかってみよう。例え何度交わされたとしても、必ず彼を押し倒してやる。

「ねっ、ね。一緒に入ろっか?」

 再び私のおでこに放たれた彼の手をするりと交わし、背後に回り込んで抱きつく。ぴたりとくっつく。

「な、何をっ」

「一刀は、私と一緒じゃ……嫌?」

「しぇ、雪蓮さん? そのえっと い、嫌とかそう言うのじゃ無くて――その前にっ!」

 もじもじと弱々しい抵抗を繰り返す一刀。

「どうしたの、一刀?」

「そ、その……あ、当たってるから。胸とか……」

 恥しさを誤魔化すように、彼をからかう。

「うふふっ♪ 当ててるの! 嬉しいでしょ? だって一刀の顔、嬉しそうだもの♪」

 彼が抵抗を始める。が、弱々しい。所詮彼も男である。

「う、嬉しくない! 嬉しくないから、だから早く離れてくれーっ!」

「何よ~、一刀って不感症なの? あっ、身体に聞いてみましょっか♪」

 腰に巻かれた布から、徐々にその存在を主張する膨らみを撫でると、魚のように彼が跳ねた。

「うわっ――!!」

「一刀の嘘付き♪」

 身を捩らせ嫌がる彼を放さない。みるみる彼は前傾姿勢へと移行していく。

「嬉しいわ、一刀」

「えっ?」

「一刀が意識してくれてるから。……化け物って言われている私に」

「雪蓮!」

 彼は私を跳ねのけて、私の両肩を掴む。

「…………君は化け物何かじゃ」

 ――パサッ

「……げっ」

「――っ!」

 聳り立つ彼のを見て、驚きのあまり口元を覆った。

 慌てて布を拾い上げ、巻きつける一刀。

「……う、嘘っ!! 化け物!?」

「ば、化け物!?」

 あぁっ、しまった。思ったことまんま口に――!?

「だ、だって! あんなにちゅぃ――」

 右手で頬を掴まれた。それ以上喋れなくなる。

「冷たい水の中にいたら誰だってそうなるのっ!」

 一刀が怒った。ちょっと怖かったので私は必死に頷いた。

 でもそれ以上に、こんな風にふざけ合える関係が嬉しかった。

「近くに誰もいないよな?」

 その問いに頷くと、口元は開放された。

 私は屈み込んで仕返しにと言ってやる。

「あっ、化け物同士仲良くしましょ♪」

「何だよそれっ! ……でも雪蓮は化け物じゃないからな」

「うん。ありがとう、一刀」

 彼の腕を取って彼に身を預ける。

「は、早く戻ろう。余り遅いと、皆心配するだろうし……」

 彼は少し困った顔をする。でも私を拒む素振りは見せなかった。

 こうして私達は、洛陽へと戻るために天幕の片付けを始めた。

 その日の夜……

 

 湯上りの雪蓮が化粧台の前で、いつもの日課である髪の手入れをしていた。

 心做し嬉しそうに見える。

 そんな彼女が俺に気付き、鏡の前で微笑んだ。

「そんなにじっと見て、私の顔に何かついてる?」

 実は見惚れてしまっていた。と言えるはずもなく、純粋に思ったことを口にする。

「髪の手入れって大変そうだなって」

「面倒だし、それなりに維持するのも大変なんだから」

 雪蓮が何か思いついたようだ。

 こっちこっちと手招きされる。

「はい♪」

 手櫛を俺に向けた雪蓮の意図を汲み取り、それを受け取る。

「……はいはいお嬢様」

 彼女は鏡の前に座り直すと手を膝の上に置いて背筋を伸ばし、澄ました顔で目を閉じた。

 俺は毛先から、櫛で梳かしていく。

「……やけに手慣れているわね」

 覗き見るように肩目を開けて、そんな事を言う。

「あ~、妹のやらされてたし……」

「一刀って、妹がいるんだ?」

 ……そういやアイツどうしてるかなぁ。

 この世界にきて、もう一年半くらいは経つはずだ。

 向こうの世界に未練はある。だけど、もう戻れないだろう。戻れるのだとしても、この世界のことを知ってしまったから。……逃げ出すことだけはしたくない。

「聞いちゃ、いけなかった?」

「ん、そんなことないさ。遠い所にいるけど元気でやってると思うし」

「そっか……」

 ほんの少し気まずい雰囲気が流れたので、義理の妹がいることを彼女に話した。

「そうなんだ。私も妹がいるんだけど――」

 片方は真面目で堅物。片方は天真爛漫。どちらも可愛く将来有望……。でもまだまだ未熟らしく、私が頑張らないとと意気込んでいた。

「……そういえば、一刀は姉妹丼とか興味あるんだっけ?」

「ねーよっ!」

「嘘でしょ」

「すいませんでした!」

「最初はね、妹達に紹介しようって思ってたんだけど、今はちょっと紹介してあげられないかな~」

「……なんで?」

「一刀のことが好きだから」

 熱を帯びた彼女の視線は、俺を動揺させるのに十分だった。

「――しぇ、雪蓮」

「ねぇ。一刀は趙子龍のこと、好き?」

 ――彼女が核心をついてきた。

「……う、うん」

「じゃぁ、私のことも同じくらい好きになってね」

「――なっ……」

 何を突然。そう言いかける前に、彼女は自分の胸に手を当ててゆっくりと、確かめるように言葉を紡ぐ。

「一刀のこと、きっともっと好きになるわ。趙子龍になんて負けない。曹操にも他の誰にも負けるつもりはないわ。絶対に貴方を振り向かせて、夢中にさせてみせる」

 なんで曹操? いや、そこじゃない。

 否定しろっ。でなきゃ……俺はきっと彼女を悲しませてしまう。

 でも、その言葉が出てこない。

 逃げるように、雪蓮の蒼い瞳から視線を逸らす。

 目が離せなくなる。心まで、引き寄せられてしまう。そうしたら俺は……

 星には星の魅力があり、雪蓮にはまた違う彼女の魅力がある。

 星のことが好きだ。たった数日、一緒に過ごした雪蓮のことも……

「私ね、物心ついた頃から母様の隣でずっと戦場にいたの。いつ死んでもおかしくない。そんな日々がこれからも続くの。……戦いの中に生きて、戦いの中で死んでいく。それが孫伯符だって」

「雪蓮」

 不吉な話をする雪蓮を止めようとするも、彼女は首を横に振り、聞いてほしいのと呟く。

「でもね、そんな戦いの日々の中にも平穏があるわ。途轍もなく一瞬だけど。でもその時くらいは伯符じゃ無くって、雪蓮として生きたい」

「うん」

「でね、雪蓮として、もちろん伯符としてもだけど、こんな風に気の合う人と出会えるとは思っていなかったの。こんな気持ちになるなんて、絶対に無いって断言できるくらいに。……だから、その……嘘でもいいの。本当は嫌だけど……今は、ね」

 雪蓮の肩が微かに震えていた。

「……一刀に、抱きしめてほしいなっ、なんて……っ! あははっ! 何言ってんだろ、私! 今の無し! ごめん、忘れて、ねっ!」

 孫伯符。――母の死から彼女の物語りは始まり、袁術からの独立。瞬く間に江東の地をその傘下に収め呉の礎を築く。覇を唱えるも、その志半ば刺客に襲われ……、その生涯は驚くほどに短い。

 己を殺し、使命という炎で身を焦がし――彼女は消えていく。

 でも、今の彼女は――

「…………あっ」

 手を伸ばし、彼女を後ろから抱き寄せる。

 俺の腕に彼女の指が触れる。

「私のこと、もっと知ってほしい。お願い……します」

「……っ」

 ――引き寄せておかないと雪のように消えてしまいそうな、そんな儚い人のように思えた。

 あとがき

 

 戦うだけの人生。そう予感していた雪蓮の、最初で最後の恋が始まる!

 昇龍伝、地 孫呉編。お楽しみ頂けましたでしょうか!

 

 おしとやかにした雪蓮がここまで可愛いとは予想外でした。

 恋姫で純愛って難しんですね。どうしたものかーどうしたのものかーと悩むことに。

 前回の作品のコメント見て、ちょっと勇気でました。ありがとうございます。

 取り敢えずこのままストーリーを続けていきたいと思います。

 

 前々回では沢山のコメントありがとうございました。まさにやる気の源でございます!

 本章で雪蓮がデレました。畏まっちゃって、もう雪蓮じゃありませんね!

 テンカラ、本来はフライフィッシングを予定していたのですが、調べてみると釣り竿の用途、そのためのリール機構が作品と合わず、原始的なテンカラになりました。

 星がそろそろ出番くれと枕元に立ちそうですが、その予定はありません。でも魏アフターで登場するので、許して貰おうと思います。

 

 さて次回の舞台は、荊州長沙郡へと移ります。あの方の登場が決定しております。

 そのあとは黄巾の乱を予定。目標が見えてきたぞ!

 

 最後に孫家とって切っても切れない袁術達をちらっと覗いてみようと思います。それではまたあう日まで~。

 おまけ

 

「はい、ではここで」

「――何じゃと!?」

「驚くの早すぎですよぅ。改めて、美羽様に残念なお知らせがありまーす。劉表さんが荊州の刺史に任命されちゃいましたー」

「…………?」

「あぁん、何も分かってない美羽様、ハァハァ……」

「七乃、説明してたも!」

「はーい。劉表さんに悪さしてたことがバレると、袁家の面汚しって皆さんから罵られちゃいます」

「ぜぜぜ絶対に、阻止するのじゃ!」

「勿論ですよ。関所で、新しい刺史の劉表さんがやってくるなんて、一言も聞いていないって突っぱねてますから。安心――」

「張勲様、劉表様が単騎で荊州入りした模様です! その噂を聞きつけ、次々と豪族達が劉表様の下へ!」

「なーなーのォォォオオオ!」

「あーあ……」

 皇族である劉表さんが、命の危険を顧みず単騎で乗り込んでくるとは思ってもいませんでした。

 なぜそこまでという疑問が浮かびますが、しなければならない理由があるのでしょうね。

 でも困りました。皇族相手では流石に袁家の威光も霞んじゃいますから。

 皇族という紛れもない血統。その人柄も温厚な劉表さん。

「血統と良い、人柄と良い、美羽様の完全敗北じゃないですかー」

「ふははっ、七乃、そう褒めるでない!」

 きっと劉表さんは物凄い勢いで荊州全土を掌握するでしょう。残りは美羽様が支配する南陽のみですか。

「ただ劉表さんは麗羽様をご存知ですし、仲も良ろしいようで、美羽様がいる南陽までは、強制捜査なんてことはしないでしょうから……袁家の看板って本当に凄いですよね」

「そうであろう、そうであろう! 童は凄いのじゃ。では七乃、あとは任せた。童は寝る」

「はーい。お任せください。では美羽様、寝室にいきましょうね」

「うむ。皆も遅くまで起きてないで、早く寝るようにの!」

「あぁん、下々にまでその様な御言葉を。美羽様……ごにょごにょ……」

「――ふぇっ、そうなのかえ?」

「ですから、……ごにょごにょごにょ……」

「…………そうであったのかー。童をそんな目で……ちらっ」

「そうなんです。ちらっ」

「…………」

「七乃、七乃、これはもしやオチなしという奴では?」

「ちょっ、美羽様、メタ発言とかいけません。早く寝室へ行きましょうね」

「う、うむ……では皆の集、さらばじゃ!」

「さよ~なら~」

 

 
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