No.499998

ばか。たったその一言だけ。【創作BL】

杜亜希さん

Twitterの診断ツールのお題より *** onnotesへの3つの恋のお題:ばか。たったその一言だけ。/涙で滲んだ景色/俺のものにしたい、でも、出来ない。 http://bit.ly/kgigEX

2012-10-25 00:08:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:471   閲覧ユーザー数:470

 

「…え?」

 

喧噪で、よく聞き取れなかった。

彼はもう真っ赤になってしまい、まだごにょごにょと口の中で何かを言っている。それが言葉ではなくて単なる音でしかなかったから、ぼくはただ首を傾げるばかりで、

 

「…えっと?」

 

と目をぱちぱちさせる。

 

「っ…」答える気があるのかどうか、目の前のパフェを乱暴にかき混ぜながら、彼はやっと口を開く。「だから、その。…だから、だな。」けれどもいまいち要領を得ない。

 

「…ね、そんなに混ぜたら溶けちゃう。」

 

そうやって声を掛けると、彼ははっとしたように顔を上げて、ばつの悪そうな顔で押し黙った。パフェに突き刺さったままのスプーンを抜き取ると、そこにしがみついたままの少量のアイスとコーンフレークとを口の中に入れた。ゆっくりと、咀嚼。それから、コーヒーを一杯。ふーっと、大きなため息をひとつ。

 

…うーん。

 

放課後空いているかと言ってきたのは、彼の方だ。曰く、話がしたいと。

話なら教室ですればいいじゃない、と返したのは覚えている。そう言うと彼は途端に真っ赤になって、そんなの、ここで話すことじゃあない、と慌てたようにそう言ったんだ。だから、ここへ連れてきたというのに…。

 

席に座って、何故か大きなパフェを頼んで、そのまま。借りてきた猫みたいにちょこんとして、そのまま。そうして、ぼそっと何かをしゃべって、そのまま。

 

…はぁ。何なんだろう。

 

大体、クラスの中でも人気者の彼が、ぼくを誘う理由がいまいち理解できない。クラスには可愛い女の子なんていくらでも居るはずだし、そういうのが選り取り見取りなくらい、彼がモテることだって十分に知っている。下駄箱がラブレターで溢れるなんてしょっちゅうらしいし、机の端っこからなにやら手紙がはみ出ているのも見たことがある。体育の時間なんて黄色い声があちこちから飛ぶし…それが、どうして、こんなぼくを。

 

「…ねぇ。あのさ。」たまらなくなって声を掛ける。彼はまた、はっとしたように顔を上げる。「一体、何の用なの。」

 

「…っと…。」その言葉に、彼は頬を掻き、俯く。「…えっと。だな。うん…。」

 

暫く沈黙。店の喧噪だけが響く。そして、意を決したように彼は顔を上げた。

 

「…なぁ、お前。付き合ってる子とか、いるのか。」

「…は?」

 

…一体、何の話だ。予想もし得ない台詞だったから、返事が思い切り無愛想になってしまった。でも、彼はそれに気付いているのか否か、勢いが付いたように、テーブルの上のぼくの手を両手でぎゅっと握り、身を乗り出してくる。

 

「好きな子とか。あっ、好みのタイプでもいい。付き合ってるなら、いつからとか、その、教えて欲しいんだ。」

「…え、っと…?」

 

早口でまくし立てる彼に、けれど、ぼくは曖昧に返事をしながらも頭をフル回転させていた。

 

なんで?なんで彼がぼくにそんなことを聞く?可愛い子に取り囲まれている彼が?

 

一瞬、新手のイヤミかとも思ったが、彼の目を見る限りそうでもなさそうだ。全く真剣そのものの目でぼくを見ている。見つめている。

…これは、マジだ。

 

「…いないよ、そんなの。」

 

ぼくは、正直にそう答えた。そうだ、そんなのはいた試しがない。生まれてきて16年間、女の子と一度も付き合ったことがないし、そういう雰囲気にすらなったことがない。そろそろ年齢=彼女いない歴だなんて、不名誉な称号が与えられてしまうくらいには。

 

そうしたら。

 

彼は、いきなり笑顔になった。「そうか、そうか」とか言いながら、見ているこっちがびっくりするほど明るく、むしろ擬音がつくなら、『ぱぁっ』とか出そうなくらいの笑顔で。

 

それを見てると、なんか、思う。イケメンなのだ、彼は。悔しいくらいに。眩しいくらいに。ぼくなんか、とても及ばないくらいに。

 

…はぁ。

 

「ねぇ、そんなくだらないことのために、ぼくを呼んだの?」

 

思わずトゲのある言い方になってしまった。しまった、と思うが、彼はそれに気付いていないらしい。相変わらず気持ち悪いくらいににこにこしながら、じゃあ、と声のトーンを落とす。

 

「…彼女がいないってことで、いいんだよな。気になってる子もいないってことで、いいんだよな?」

 

敢えてそうやって連呼されると、ムカつく。そうだけど、と思いっきり機嫌悪く返すと、彼は、うん、と頷いた。

 

「…そうか、良かった。」

 

…良かった?

 

引っ掛かった。魚の小骨みたいに、その言葉が。

 

…何が?何が良かったんだ?

 

けれどそれは、ネガティブな意味ではきっとない。それは彼の、満面の笑みから見て取れる。だとすると、…だと、すると?

 

それは、ひとつだけ思い当たった。けれども、その可能性は限りなく少ない。ぼくは頭を降ってそれを打ち消す。いや、それはない、絶対にない。ない、はずなんだ。

だって、…だって、彼は。

 

そう思ってるうちに、彼は、ぐっとぼくの手を握る手に力を込めた。

 

「…もう一度、言うぞ。一回しか言わないから、その、よく、聞いて欲しい。」

 

ぼくははっとする。彼の目はまっすぐだ。じっと見ていると射抜かれてしまいそうなくらいに。

くらくらする頭をなんとか立て直しながら、それでも、その目を見返す。

彼の形のいい唇が動き、言葉が紡がれて…―

 

「…  、…   。」

「…は?」

 

…呆気に取られてぽかんと開いた口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 

ワケが解らなかった。理解が出来なかった。だからその言葉を、言葉として脳が取り入れる前に、拒絶してしまっていた。

 

…え?今、いま、なんて、何て言った…?

 

ぼくが答えないままに呆然としていると、彼の頬がすぐさま真っ赤になった。あーとかうーとか何とか言いながら、返事は後ででいいから、いやむしろいらないから!と早口に言って荷物をまとめ始める。

 

「じゃ、あの、また明日。」

 

そう言い、ぴっと指を伸ばして敬礼し、彼は去っていった。

残されたのはぼくと、テーブルに置かれた食べかけのパフェと、会計なのか、小銭がいくつかと。

 

…はい?

 

繰り返す、その言葉が、やっと意味を持ち、

ぼくの脳がそれを言葉として処理して、それが…

たしか、おまえがすきだとかなんとか、いっていたようなきがして、

 

「…!?」

 

一気に顔が赤くなる。え、とか、は、とかしか声が出ない。

 

今、側に彼がいないことを幸運に思った。こんなところで、高校生男子が二人して、手を繋いだまま顔を赤くしているなど、回りから見たら誤解されかねない光景だからだ。

 

…誤解。

…でも、それは。

 

「…あー、っと…。」

 

ぐしゃりと、前髪を握る。卑怯だ。まったく、卑怯だ。こんな、こんなところで。

思いも寄らないかたちで、彼の思いを知るなどと。

 

「先、越された、ね…。」

 

卒業するまで胸に秘めておこうと思ったのに、それなのに。

 

「ばか。」ぼくは、呟く。それは店の喧噪に紛れてすぐに消えてしまう。それは誰に宛てたのか、ぼくか、それとも、…。

 

立ち上がる。テーブルの上にばらまかれた小銭を、ひとつひとつ指で拾う。けれど、指先がひどく震えているのに気付いて、ぼくはふっと小さく笑う。

まったく、彼はいつもぼくを悩ませてばかりだ…こんなときですら、ぼくの心を離してくれないらしい。

 

「…ばか。」

 

たったその、一言だけ、呟いて。

ぼくは店を出た。初夏の風はどこまでも爽やかで、蒼天、若葉の緑がよく映える。

明日、どんな顔をして会おう、どんな顔で返事をしよう…?そう考えると、なんだかわくわくしてきた。クラスの中でも人気者の彼が、ぼくみたいなのと、その、付き合う、なんて。

 

なんだか生々しい響きのその言葉に、たまらず顔を赤くしながら、ぼくは駆け出す。春の名残の空気だけが、ぼくを追い越して舞い上がっていった。

 

 
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