No.365064

外史異聞譚~幕ノ五十五~

拙作の作風が知りたい方は
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2012-01-18 18:52:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3153   閲覧ユーザー数:1535

≪漢中鎮守府・評定の間/郭奉考視点≫

 

「ちょっと待ってください!

 涼州の刺客って、一体どういう事なんですか!?」

 

玄徳殿の叫びにも似た声に、私はそちらに顔を向けます

 

その表情は必死と言えるもので、絶句している周囲とはあまりに対照的です

 

ちらりと上座に視線を向けると、天の御使いと司馬仲達、龐令明、そして張公祺と羅令則はむしろ納得したかのように落ち着いています

 

 

………そういえば

 

星から聞いた内容のひとつに、先の袁家動乱に際して、玄徳殿は天譴軍と涼州諸侯の橋渡しをするために尽力し、そこで錦馬超と友誼を交わした、という話があった覚えがあります

そして、玄徳殿は漢中に来てから口には出さないが、いまだ涼州と天譴軍の穏やかな融和を模索しているはずだ、とも

 

そうであるならば、確かに彼女にとってこの詮議は見過ごせないものでしょう

 

彼女の気質を考えるに、仁徳に溢れてはいても時に義を優先する人為だというのも確かです

 

私は玄徳殿の言葉を故意に無視して、目の前にいる人物に声をかけます

 

「玄徳殿はこうおっしゃっているが、貴女が刺客というのは本当の事なのですか?

 この上無言でいる事は、玄徳殿の言葉を否定するしかない立場だと受け取らざるを得ませんが」

 

「…………っ!!」

 

血が滲み出る程に唇を噛み締めて私達を睨みつけるその姿に、彼女が刺客などではないという事を私は確信します

 

天譴軍の連中も傍聴している皆もこの表情を見ているはずで、彼女が刺客でない事など一目瞭然のはず

なのに敢えて私に詮議をさせ、小細工とも言える悪辣さでわざわざ涼州を貶める

 

解せません

 

十分な実力があり、大義名分もほぼ整い、後は最後の一手を打つだけのはず

その上でわざわざ周囲の憎悪と嘲笑を煽るが如き仕儀に及ぶ理由などないはずです

 

次に掛ける言葉を選びながら私が理由を考えていると、張公祺がさらりと告げます

 

「ん~……

 実はもうひとつの疑惑があってね

 そこの娘は曹孟徳のところに仕えている楽文謙だって話もあってね

 どうも公孫太守とも知己があるって話も出てたりするんだよ

 奉考殿には事後承諾で詮議の内容と結果だけを伝えてもよかったんだろうが、アンタの立場も考えるとね

 こうするのが一番だと思ったって訳さ」

 

私はその言葉に内心で目を剥きました

 

この娘が孟徳樣のところの楽文謙ですって!?

 

内心の驚愕を押し殺す私に向かって張公祺は続けます

 

「誰とどういう知己や友誼があるかはこの際置いておくとしてだ

 どういう経緯があるにせよ、この事件に関わってるのはどうにも本当のようなんだ

 で、だんまりを決め込まれちまっちゃあ、アタシらとしては涼州の刺客って線までを疑わなくちゃなんない、という訳さ

 どうして奉考殿を呼んだか、これで理解できたろ?」

 

困ったように肩をすくめる張公祺ですが、なるほど納得がいきました

 

玄徳殿が天譴軍を指して“何事も徹底している”と評していましたが、私の意見は少し異なります

 

この連中はとにかく、相手が構築した舞台に上がる事を徹底して拒否し、自分達が構築した舞台に相手を引き上げる事に終始している、という事です

 

 

………面白い!

 

私と風が考えた策に楔を打ち込み、この場にいる面々の行動を縛り、その上孟徳樣の行動に掣肘を加えようというこの策

 

見事です!!

 

ならば私にとっての最善は一体何なのか

 

これは思ったより早く意趣返しの機会がやってきたと思うべきでしょう

 

今こそ後悔するといいのです

 

この郭奉考を軽視し、簡単に使い捨てにできると考えた、その甘さを

 

 

私は楽文謙らしき人物を無視して、玄徳殿に身体を向けます

 

さあ、玄徳殿

私と貴女の思うところは全く違うでしょうが、ここはひとつ共闘といこうではありませんか

 

私は口元に浮かんでくる笑みを隠すために眼鏡の位置を直しながら、彼女に向かって問いかけます

 

 

「ところで玄徳殿、貴女がこの娘を涼州の刺客ではない、という根拠がありましたら、この場でお教え願いたいのですが」

 

私の中では、この詮議の詰みに至る筋道が既に出来上がっていました

≪漢中鎮守府・評定の間/劉玄徳視点≫

 

涼州が、あの孟起さんが例え他の人達の暴走だとしても、刺客を送るなんてありえない

 

だって約束してくれたんだよ!

難しいかも知れないけど、それでも涼州のみんなが傷つかないように、頑張ってくれるって

もし本当に誰かが刺客を送ったんだとしたら、孟起さんは何をおいても漢中にやってくる

 

責任を問われるのも、その結果自分がどうなろうとも、涼州のみんなのために必ず来る

 

そんな人が、刺客なんて真似を許すはずがない!

 

「聞いてください!

 確かに涼州の人達は天譴軍のみなさんをまだ認めていないと思います

 でも、結果として陛下を裏切るような形になった事をとっても後悔もしています

 だから、いくら天譴軍の人達が気に入らないからといって、こういう手段をとる事は絶対にないはずなんです

 だってそれは、今度こそ本当に陛下を裏切る事になるから!」

 

必死で訴える私に、奉考さんは頷きます

 

「なるほど、この上刺客などという手段に及ぶことは、今度こそ陛下に顔向けができなくなる事だから有り得ない、という事ですね」

 

「はい!

 付け加えるなら、もし涼州の人達が本気で天譴軍の人達と戦おうとするなら、その時は堂々と正面からやってくるはずです!!」

 

奉考さんはゆっくりと頷きながら、天譴軍の人達に向き直ります

 

「この娘から言質は得られていませんが、劉玄徳殿の主張は理に適っている、と私は考えます

 涼州諸侯に対してこの事件の顛末を伝え、糾す必要はあるでしょうが、涼州の刺客であるという嫌疑は少なくとも保留とすべきでしょう」

 

公祺さんがそれにゆっくりと頷きます

 

「なるほど、これはちょっとこちらが先走ったようだね

 では、その事についても郭奉考、アンタに任せる事になるかも知れないが、それでいいのかい?」

 

「承りましょう

 どのみち、本来の仕事の片手間で済む程度の事ですから」

 

同じくゆっくりと頷きながら応諾を返す奉考さんを見て、私はほっと溜息をつきました

 

確かにあの子は孟徳さんのところにいた文謙さんだけど、あの孟徳さんが刺客なんて真似をするはずがないのも確かなこと

 

多分孟徳さんの事だから、天譴軍にお願いをして勉強に来るっていうのを嫌がって、文謙さん達を調査っていうか、そういうのに寄越しただけだと思う

 

それに、文謙さんと知己だっていうなら伯珪ちゃんだけじゃなくて私もそうだし…

 

そう思ったところで、公祺さんが奉考さんに問いかけました

 

「じゃあ、涼州の刺客って線はとりあえず保留としとこうか

 身体を張るのがアンタな訳だし、アンタが自分の名前と先祖に賭けて役目を全うしてみせる、というならそれでいいさ

 だが、もう片方の容疑に関しては玉虫色じゃあ終わらせられないよ

 郭奉考、それはアンタが身をもって知ってるだろう?」

 

「ええ、承知しています

 私も妥協したような状態で詮議を終えるつもりはありません」

 

そして奉考さんは、再び私達に向き直りました

 

「もしこの者が曹孟徳殿の配下であったとすればですが、諸卿の中には見かけたりした方もおられるはず

 誰かこの者の身分を証明してはくださいませんか?」

 

思わず視線をさ迷わせる私達と裏腹に、謹厳ともいえる実直さで答えたのは、甘興覇さんでした

 

「直接の知己は得ておりませんが、先の袁家動乱の折、曹孟徳の陣で見かけた覚えはあります

 もっとも、遠目なので確証はありませんが」

 

その発言に悔しそうに俯く伯珪ちゃんだったんですが、何故か隣にいる仲徳さんの顔から厳しさが消えています

見れば、奉考さんの表情もこころなしか笑っているような…?

 

それになんとなくピンときた私は、奉考さんと視線を合わせて頷きました

 

「私が保証します

 確かにこの人は孟徳さんのところの楽文謙さんです」

 

信じられない、という顔で私を見る伯珪ちゃんやみんなだけど、私は私の目を今は信じる

奉考さんは文謙さんを助けたくて、今こうして詮議に臨んでるんだっていう事を

 

同じように驚愕と絶望に打ちひしがれたように私を見る文謙さんに、私は視線で答える

声には出せないけど、ただ精一杯、想いを込めて

 

“私達は貴女を助けるためにこうしている

 だからお願い、喋って!!”

 

それが伝わったかは判らないけど、奉考さんはゆっくりと含めるように文謙さんに語りかける

 

「さて……

 まずは貴女がどうしてこのような立場にならざるを得なかったか、話してはいただけませんか?」

 

「…………」

 

尚無言を貫こうとする文謙さんに、奉考さんは優しく、本当に優しく言葉を投げかける

 

「これは私の予測でしかありませんが、貴女は曹孟徳殿より遣わされたのであって、漢中の発展を目の当たりにし、観光というとおかしいですがそれを見てから挨拶に伺おうとしていた

 そのように予測するのですが、違いますか?」

 

奉考さんの言葉が徐々に染み渡ったのか、文謙さんの表情が明るくなっていく

 

そしてはじめて、文謙さんは言葉を口にした

 

「………はい!

 ……はいっ!!

 刺客の襲撃を目の当たりにし、孟徳樣が友誼をとお考えな事を伝える前に大事があってはと思わず手を出してしまいました!

 その結果があのような事になったため、何を言っても言い訳になるだろうと考え、無言を貫き裁かれようと考えていたのです!!」

 

その瞳には涙が浮かんでいる

 

私はそれを見て再びほっと胸を撫でおろしたんだけど、迂闊にもその場でたったひとりの人の顔を見る事を忘れていた

 

 

暗くて深い、底なしの井戸のような目をした、天の御使いその人の顔を

≪漢中鎮守府・評定の間/北郷一刀視点≫

 

なるほど、ね…

 

流石は稀代の策士にしてその神算と洞察力を曹孟徳に愛されただけの事はある

ほとんど詰んでいた状態から、まさかここまでやるとはね

 

これを公祺さんの失策というのはあまりに酷い言い草だ、というべきだろう

 

そもそも、公祺さんは本質的にこういう事には向いていない

もしそういう事柄に向いているなら、俺は公祺さんを全く別の事柄に起用したはずだ

 

公祺さんに限らず、多分俺でも詮議に郭奉考を呼び出しただろう

 

その結果、涼州に対する楔は増えた訳で、これを失策と呼ぶにはあたらない

 

そこからの見事ともいえる逆転劇は、正しく郭奉考の実力そのものだ

 

これで俺達は、表向きは曹孟徳に何をする事もできず、結果として民衆を巻き込んだ事を非難しながらも、運良く楽文謙を漢中に遣わしてくれた事にお礼を言わなければならない訳だ

 

あの曹操の事だ

実際にはそんな事実はなかったとしても、こちらの使者を丁重に扱い、楽進を大事な臣下であると賞賛し、互いの友誼のために寛大な処置を願う、と遜ってみせるだろう

 

ただ、郭奉考よ

 

君はひとつだけ間違いを犯した

 

君がこういう形で曹孟徳を救った事で、俺はひとつの決断を強いられる事になったのだから

 

 

俺は、楽文謙に向かってゆっくりと尋ねる

 

「その言葉に偽りはなく、俺達を救おうとした結果、ああなってしまったというのに間違いはないのかい?」

 

「はいっ!!」

 

「関係がないようで悪いが、それはあたしも保証する

 なによりその後、その子がおかしなことになっちまったのは、ほとんどあたしのせいなんだ

 それは如何ようにでも詫びるから、なんとか寛大な処遇をしてやってはくれないか?」

 

「伯珪樣!?」

 

公孫伯珪がここぞとばかりに言い募る

楽文謙の驚きようから見て、ここで庇われるとは思ってなかったみたいだな

 

劉玄徳達を見ると、やはり寛大な処置をと全身で訴えている

 

まあ、諸葛孔明と周公謹だけは難しい顔をしてるけどね

 

それはそうだろう、郭奉考が導き出した勝利への一手は、あくまで曹孟徳のためのものだ

それがこの場にいる他の人間にとってどれだけ不利益となるか、そこを考えはしていても甘いと言わざるを得ない

 

悪いが、今の俺は悪意を糧に動く事になんの躊躇もありはしないんだよ

 

「承知した

 流石に無罪放免とはいかないが、孟徳殿には使者を送って厚く御礼を申し上げる事としよう

 楽文謙殿の処遇はそれで決めさせてもらうという事で構わないかな?」

 

座の大半は満足そうに頷く事でこれに応え、場の空気が緩くなっていく

 

 

さて、それでは断罪に走るとしようか

 

俺は何気ない風を装い、孫仲謀に目を向ける

 

「仲謀殿、いいかな?」

 

「???

 な、なに?

 私なにか悪い事でもしたかしら!?」

 

慌てふためく孫仲謀に、思わず顔を覆う周公謹には少し同情しよう

 

「いや、悪い事ではないと思うんだ

 君達がここで客将をしてくれている事に関して、俺からお願いがあってね」

 

「………お願い?」

 

自分では知らず、なのだろう、可愛く首を傾げる孫仲謀に代わり、周公謹が俺に問いかけてくる

 

「我ら客将の身で出来る事であればお引き受け致しますが」

 

警戒を顕にする周公謹に、俺はさらっと告げる

 

「うん、君達の独立に関してなんだけど、お願いがあるんだよ

 それは…」

 

俺の言葉にくっと唇を噛む孫呉の面々に向かって、俺はこう“お願い”をする

 

「君達としてはまず建業を手中に旗を掲げたい、というところなんだろうけど、少し遠回りしてもらえないかな?」

 

「………遠回り?」

 

再び小首を傾げる孫仲謀と違い、周公謹の顔には理解の色が浮かんだ

 

「………なるほど

 では、その申し出に対して、我らは別途ご支援をいただける、と考えてよろしいのですかな?」

 

「当然だね」

 

ここまで会話が進んだところで、懿や公祺さん、令則さんの顔にも不満や不快ではなく理解の色が浮かぶ

 

そう、ただ俺が“できるだけとりたくなかった手段”を選んだのだ、という事に

 

「全部言わないとならないかな?

 周公謹」

 

俺の台詞に彼女は苦笑する

 

「みなまで言わせては私の無能を疑われかねんな

 よかろう、即答はできんが、我らはまず長沙を攻略し、そこを拠点に建業に旗を掲げるとしよう」

 

「こ、公謹!?」

「公謹樣!?」

「なんとっ!?」

 

孫呉の面々が慌てる中で、周公謹は淡々と告げる

 

「漢中に残るのは仲謀樣と、後からやってくる尚香樣、それと呂子明と陸伯言

 それで構わぬな?」

 

「詳細は後刻、改めて煮詰めよう

 快諾に感謝するよ」

 

「いや、我らにしても願ってもない申し出だ」

 

このやりとりに、郭奉考は苦い想いを流石に隠せないでいる

そう、このような手段で君が曹操を助けようというのなら、俺はその首根っこを押さえつけるだけの話だ

 

そして、俺は万座に告げる

 

「涼州が刺客を送ったという嫌疑は晴れたが、彼らが正式に漢室から涼州を預かった俺達に恭順の意思がないのもまた事実だ

 だから俺は今ここで宣言しておくよ」

 

そう、劉玄徳と公孫伯珪の目を見てはっきりと告げる

 

「この上、彼らを擁護し受け入れる、という姿勢をとるのであれば、それは俺達天譴軍を敵にする意思がある、と判断するとね」

 

機会はくれてやる

だから選ぶがいいさ

 

ただ、俺は絶対に譲ってはやらない

 

そして今は理解できずともその胸に刻みつけておくがいい

 

 

俺に尚この道を選ばせたのは、お前達なのだと

 

 

一番の罪人が俺である事実は変わらないが、屍山血河を望んだのはお前達で、俺はその頂に立つ事を選んだのだと

 

 

俺の言葉に息を飲む周囲を故意に無視して、俺はそっと瞼を閉じた


 

 
 
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