「寒さもだいぶ和らいできたな」
「ですな」
「ぷぎゅ」
「暖かくなるのももう間近か」
「そうすれば花とメンマを肴に一杯やれますな」
「いや、今でもメンマは肴にしてるだろ」
「何を言います。メンマを肴から外すなど考えられませぬ。ぼたんも
そう思うであろう?」
「ぷぎゅ?」
「くっ。理解は得られなかったらしいな」
「やれやれ。なぜ誰もこの良さが分からんのか」
この街の寒さのピークも過ぎたらしく、少しずつではあるが過ごし易くなってきている。
もう今より寒くなる事はないだろうから気が楽だ。
ちなみに、俺がさっきから会話しているのは
「ところで、なんで俺の店の前で酒飲んでるんだ?趙雲」
「いやなに、ぼたんと一緒に酒盛りでもしようと思いましてな。なあ?」
「ぷぎゅ♪」
「……酒飲ますなよ」
「良いではないですか。なかなかいける口ですぞ、ぼたんは」
三国志に疎い俺でも知ってる蜀の武将、趙雲だ。
と言っても、今現在蜀に仕えている訳ではない。
本人が言うには、自らが仕えるべき主を捜して大陸を旅しているらしい。
ここに居るのもその一環だそうだ。現在は客将として董卓軍に居る。
ついでにぼたんというのは
「しかし、猪を飼うとは。鷹原殿も中々剛毅で」
「別に飼いたくて飼ってる訳じゃないけどな」
そう、猪なのだ。まだウリ坊ではあるが。
「ではどのような経緯で?」
「……聞くか?」
「無論」
その日、俺は詠の寝室の警護をしていた。
俺は詠の超絶不幸の日限定で寝室の警護をしている。
で、その度に起こる事があった。それが
「……また来たのか、猪」
猪がまるで習慣になってる様に来襲する事だった。
ちょうど月が雲で隠れていてうっすらとしか見えなかったが、廊下の真ん中に
猪の姿があった。
ちなみにこの猪、俺が初めて寝室警護をして、その時気弾で追い払った奴だ。
鼻に傷が残ってた。
まるで不幸の日だけを狙って来るので俺がいつも相手をしてた
(正確には他の日も何度か来てたらしいが、その時は兵士達が追い返す事ができたらしい)。
その日もいつものように向かってくると思ったんだが
「……………?血の匂い?」
いくら待っても走ろうとせずにゆっくりと歩いてきた。
おまけに血の匂いもかすかに漂ってきた。
そして猪の姿が明かりで照らされた時にその理由がわかった。
「な!?」
その猪が血まみれだったのだ。その口に一匹のウリ坊を銜えて。
そして俺の近くまで来ると力尽き、倒れた。
見ると猪には無数の傷があった。剣や槍の傷ではない。
獣によって傷つけられたような傷だ。
ここまで来るのも辛かったろうに、なぜ来たのかと疑問に思ったが。
「ん?」
すると銜えられていたウリ坊が猪の口から抜け出した。
ウリ坊には傷らしい物は見当たらない。銜えられている間も
動かなかったから死んでいるかと思ったんだが。
そしてウリ坊は猪を労わる様に鼻を押し付けながら擦り始めた。
「……こいつを任せる。そういう事か?」
問うても答えが返ってくる訳じゃない。だが、俺にはそれしか思い浮かばなかった。
瀕死の身体を押して来る位の事なのだから。
俺はいまだに猪に鼻を押し付けているウリ坊を抱きあげた。
不思議とウリ坊は何の抵抗もせずに俺の腕の中に納まっていた。
「……よく見ておくんだぞ。お前の母さんの最期を」
俺の言葉を理解していたのかは分からないが、ウリ坊は猪から
視線を外す事はなかった……。
「これが俺とぼたんの出会いだ。母猪は丁重に弔った」
「そんな事が。……鷹原殿は今でも母猪がぼたんを託したと?」
「少なくとも俺はそう思ってる」
「ところで趙雲。お前、自分の仕える主を捜してるんだよな?」
「そうですが」
「お前の目から見て、月…董卓様はどう見える?」
「……そうですな……」
「正直に話していいぞ」
「……董卓殿は上に立つ人間としては申し分ないでしょう。臣下を信頼し、臣下から
信頼される。戦いと犠牲を嫌いながら、必要であればそれを肯定する。
矛盾こそしてますが、それは必要でしょう。土地を治める手腕もあります。
ですが」
「ですが?」
「董卓殿はこの地を治めはしても大陸全土を治める気はないでしょう。
私は乱世を治めえる王に仕えたいのです。
残念ながら董卓殿は……」
「お前が仕えたい主ではない…か」
「その通りです」
まあ、月様は積極的に乱世平定に乗り出す方じゃないな。
今治めてる範囲が精一杯だと思ってるだろうし。
「なら、いずれはここを出て行くのか」
「ええ。ここは飯もメンマも美味いし、居心地も良い。
名残惜しくはありますがね」
「そうか……なあ趙雲。街の外は乱世って呼べるほどに荒れてるのか?
俺は他の街には行った事ないから分からないんだが」
凪とも何度か文を交わしてるが、そんな事は書かれてなかったし。
「いえ、そこまでではありません。ですが兆候はあります。
おそらくそう遠くない時期には……」
「……そうか」
いくら善政を敷いててもこの街も巻き込まれるんだろうな。
まったく面倒だな。出て行く気はないが。
「ところで鷹原殿」
「ん?」
「店主殿から伺ったのですが、あの店では鷹原殿が提供した料理が
いくつもあるそうですな」
「?それがどうかしたか?」
「その中の『三点盛り』の事ですが」
「三点盛り」とは、メンマ・味付け半熟煮卵・焼豚を小皿に盛った酒のつまみだ。
「あれも鷹原殿が調理法や味付けを教えたとか」
「……その通りだ」
「……」
「……」
「あれのメンマを大壷一杯に作っていただけませんかな?」
「無茶言うな」
どれだけ作らせる気だお前。
「良いではないですか。減る物ではないですし」
「いや減る。主に俺の体力が」
「代金は出しますゆえ」
「そもそもお前ここに残る気ないんだろう。その大壷どうする気だ」
「背負って行きましょう」
「傍目から見たら明らかにおかしいからな?」
槍と旅道具を持ってメンマの入った大壷を背負う人間。
メンマが入った大壷を持って仕官する人間……シュールすぎる。
どこのギャグ漫画だ。
「それ位なんの問題もありますまい」
「どれだけメンマ好きなんだお前」
「往来で叫べる程には」
「そこまでか!?」
「お疑いでしたら今ここで」
「やめろ!!?」
俺の店に変な噂立たせる気か!
「とにかく!俺はそんな大量のメンマを作る気は『あ~~!ぼたんだ~~~!』ん?」
ぼたんの名前を叫ぶ声が聞こえたのでそちらを向くと、数人の子供がこちらに
駆けて来ていた。
「ぼたん、遊ぼう!」
「大将のお兄ちゃん。ぼたんと遊びに行っていい?」
「いいぞ。けど危ない所には行くなよ」
「「「「「は~~~い!」」」」」
「ぼたん、子供達をよろしくな」
「ぷぎゅ!」
まかせろと言わんばかりに鳴いたぼたんと一緒に子供達は元気よく駆けて行った。
途中からぼたんは子供の一人に抱えられてたが。
「大人気ですな、ぼたん」
「動物嫌いでない限りは受け入れられるだろう。ぼたん自身、人懐っこいし」
「しかし……」
「どうした?」
「先程の鷹原殿の話では、ぼたんは言葉を理解してるか分からないと仰っていましたが」
「ああ」
「今、完全に理解していましたな」
「今はな」
もしかしたらあの時も理解してたのかもしれないが。
「それでは、自分も戻るとしましょう」
「ん?そうか」
「ええ。それに私と話してると鷹原殿に対して周りからおかしな視線がある様なので」
「……言うな」
必死に気付かないフリしてたんだから。
「やれやれ。いくら私に対してではないとはいえ、あまり良い気分ではありませんな」
「……含み笑いしながら言っても説得力無いぞ」
「おや。そうでしたかな?」
…さっきより笑みを深くしやがった。
「ああ鷹原殿、先程の話ご再考の程を」
「断る」
「それは残念。でしたら我が愛槍を鍛え直して…」
「お前が董卓軍に残るなら考えないでもない」
「つれませんなぁ。では」
「ああ」
そう言って趙雲は城に戻って行った。
あいつは霞みたいに人をからかう癖があるから少し苦手だ。
………あの二人が組む所は想像したくなかった。絶対碌な事にならない。
……ん?
「客将って昼間から酒飲める立場だったか?」
ていうか自由に外出歩いていいのか?
……まあいいか。別に俺がどうこう言う事じゃないし。
さて、仕事仕事。
おまけ
「ぼたんちゃん、こっちおいで~」
「ぷぎゅ」
「相変わらず可愛い奴ね」
「……ん」
「恋殿。ねねにも撫でさせてほしいですぞ」
「大人気やな~~、ぼたん」
「お前はいいのか?」
「ん?わざわざあっち行かんでも」
「ぷぎゅ」
「……またか。なぜお前は私の所に来るんだ?」
「ああ、そういう事か」
「そ。華雄の所へ行けばええんや。華雄、うちにも触らせてえな~♪」
「……本当になんであいつの所によく行くんだ?」
「……ふ」
「ぷぎゅ~~♪」
「……ま、華雄も満更ではなさそうだし、別にいいか」
後書き
趙雲登場。けど董卓軍には加入しません。
ついでにマスコット登場。名前には突っ込まないでください。
いやほんとに(汗
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お待たせしました。第十四話です。
どんどん執筆速度が遅くなって凹んだりしてます…。
いつの間にかお気に入り登録人数が100人を突破してました。
この場を借りてお礼申し上げます。
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