No.358304

TOXアルエリ「虚言はもう通じない」編

不可抗力パンチラ。 この作品は次の企画にタイトル「虚言はもう通じない」に参加させていただいたものの転載です。 「嘘吐き傭兵と純情お姫様」http://aleli.yukihotaru.com/

2012-01-04 21:31:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5564   閲覧ユーザー数:5549

「あのっ・・・お兄ちゃんたちって・・・」

幼い呼びかけにジュードが足を止めたのは、既視感のためだった。

振り返ったところに立っていた子供に見覚えはない。全くの初対面だ。なのに、以前どこかで同じような場面に出くわしたことがある気がする。

それも、あまり良くない出来事として。

「おい・・・」

アルヴィンは嫌な予感がした。だが止める間もなく、件の少年は意気込みのまま叫ぶ。

「手配書の絵に似てるねーっ!!」

「うわあやっぱり!」

予感的中、とばかりにジュードは黒髪を抱えた。

慌てて子供の口を押さえたがもう遅い。今の叫びを聞きつけて、街角から、わらわらと兵士がやってくるのが見えた。

「二度ならず三度までも・・・。あの絵には、よほど子供の感性に訴えるものがあるのでしょうね」

ふむふむ、と顎鬚を撫でつつ頷いている老軍師の横を、ジュードは突っ込みつつ駆け抜けた。

「感心してる場合じゃないよ!ローエン!」

一行は、反対方向へ脱兎の如く走り出す。

「なぜだなぜだどうしてだ。どうしてあんなラクガキでわかるんだ私は精霊の主だぞ」

「ミラしっかりして!とにかく、今は逃げるよ!」

ぶつぶつと呟き始めたミラを、レイアは叱咤した。自分のことでないだけに衝撃は少なかったようだ。持ち前の性格故か、立ち直りは人一倍早い。

普段の快活な足取りからは程遠い、どこか鈍い動きのミラを支えるように併走し始める。

蜘蛛の子を散らす勢いで皆が逃げ出す中、エリーゼは完全に出遅れていた。

精霊術で大人達と肩を並べているものの、エリーゼの基本的な体質は十をやっと数えたばかりの少女である。素早さも高くなければ反射神経も鈍い。何より歩幅が仲間内で一番短い。

皆に釣られるように、そして警邏の群れから逃れるように慌てて駆け出したものの、差はみるみる広がってゆく。

息を切らせて追いすがる少女を見て、アルヴィンは危惧した。この速度では確実に憲兵に追いつかれる。一人捕まったが最後、全員が拿捕されるのも時間の問題だ。

傭兵は僅かに躊躇い、決断した。

「逃げるぞ!」

男が吼えると同時に、エリーゼの足が宙に浮いた。

「きゃあっ!?」

少女の体を小脇に抱えた、と思いきや、傭兵はえいやとばかりに、そのまま己の肩に担ぎ上げたのである。

エリーゼは堪らず悲鳴を上げた。

「アルヴィン!? お、お、降ろしてくださいっ!」

「騒ぐな。警備が来るぞ!」

抑えた声で叱責を受け、少女は慌てて口を噤む。ティポをしっかりと胸に抱き、男の肩に担がれたままの状態で、エリーゼを含めた一行は裏路地の奥に消えた。

「みんな無事? 全員いるね?」

入り組んだ細い路地の片隅で、少年は肩で息をしつつも確認を怠ることはしなかった。手近にあった酒樽に手をつきつつ、視線で各人を確かめる傍ら、栗毛の少女が小声で仲間に聞いて回る。

「怪我してる人いるー? いたら声掛けて。治癒するよ!」

この間、追っ手はない。通りの入り口に行き交う人々の姿は見えるが、こちらに向かってくる警備兵は皆無である。どうやら無事、巻いたらしい。

「何とか振り切れたようだな」

ミラは柄から手を離す。精霊の主が警戒態勢を解除したのを受け、ローエンとアルヴィンもまた緊張を解いた。

「流石に二回目だけあって、対処が早かったのが幸いしたのでしょう」

「だな。二度あることは三度あるって聞くけど、もう勘弁だぜ。――よっと」

もう安全だと判断した男は、担ぎ上げていた少女の細腰をつかんで地面に降ろした。降ろされた少女は、服の裾を丹念に直しながら恐る恐る訊ねる。

「・・・・・・見ました?」

男の答えは極めて淡白であった。

「見てねえよ」

「見ましたよね?」

「だから見てねえって」

「嘘。抱え上げた時に絶っ対、見えたはずです!」

きっ、とエリーゼは傭兵を睨みつける。だがアルヴィンは濡れ衣だと言わんばかりに溜息をついた。

「あのなあ、お姫さんよ。仮に見える角度だったとしてもだ。俺が覗き込んでいちいち見るわけねーだろ」

「む・・・・・・」

呆れ果てた表情でまっとうに否定され、少女は黙り込む。

諦めてくれたか、と息をついたとき、不意に眼前に紫色の物体が出現した。

「突然ですが! ここでアルヴィン君に質問ターイム!」

うにょうにょと上機嫌に頭を振るぬいぐるみに、アルヴィンは心底胡散臭そうな視線を投げた。

「えらい唐突だな。質問タイムとか、何だよティポ」

「いやいやー。さっきね、ちょっと僕アルヴィン君のこと見直したんだよー? 足の遅いエリーゼのこと抱えあげるとか、それだけ普段からみんなのこと、良く見てるってことでしょー?」

「どうだかな」

「またまたー。ひねくれてるなあアルヴィン君は」

そんな会話に、ぼそりとミラが突っ込む。

「奴の場合、観察癖は単に職業病とも言えるがな」

「しーっ」

幸いにして、アルヴィン達にこの無遠慮な発言は聞こえていなかったようである。

早速、とばかりにティポは姿勢を正した。

「んじゃあねえ、質問だよー。本日のローエンの髪セット時間は?」

「十七分」

即答である。観客に徹していた当事者ローエンは目を丸くした。

「ほう、本当によく観察していらっしゃる」

「正解なのか。地味にすごいな」

相変わらずミラの感嘆は誉めているのか、けなしているのか分からない。

「ちなみに優等生は五分未満だ」

アルヴィンは得意げに注釈を付け加えた。途端に観客は何とも言えない顔になる。

「・・・あー。なんかわかる、かも・・・」

「だろうな」

「でしょうね」

一様に妙な納得の仕方をされ、優等生と揶揄されたジュードは狼狽えた。

「え、何。何その反応」

「何でもないよ~」

「いや、実に君らしいな、と思っただけだ」

「我々と比べて短いのは確かですし」

哀れなほど周囲から置いてきぼりを食らっている主人公そっちのけで、ティポの質問は続く。ぬいぐるみは明らかに悪のりしていた。

「二個目の質問ねー。今日のレイアのパンツの色はー?」

「な・・・っ」

ぼん、と音を立ててレイアの顔が真っ赤になる。

「お前ら・・・! そうか、そういう関係だったのか・・・!」

精霊の主はまじまじと少女を見た。老軍師は心底申し訳なさそうに白髪を下げる。

「申し訳ありません気がつきませんで」

「ち、違・・・っ! 違うってば違う違うから! お願いジュード、固まらないで~!!」

誤解されたままでは堪らないとばかりに、ぶんぶんと幼なじみの肩を揺さぶるレイアをよそに、アルヴィンはにやりと笑った。

「フェイントだな。答えは、見えないから分からない、だ」

男の回答に、レイアは文字通り脱力した。安堵のあまり、へなへなとその場に崩れ落ちる。

「ま、そうだろうな」

「予想通りの答えですね」

「・・・そう思ってるなら変な反応しないでよ~・・・」

もーマジ心臓に悪いコレ、と涙目で膝を抱える幼なじみの背を、ジュードは元気出してとばかりに優しく撫でた。

件のぬいぐるみはというと、やや仏頂面である。二問とも正解されてしまってのが不服のようだ。

「むー、正解。ちなみにミラのは?」

「黒」

ミラは無言で剣の柄に手を掛ける。それを黒髪の少年が必死に押し留めた。

「んじゃエリーゼのは?」

「ピンクのふりふりレース。・・・あ」

時が止まった。

「ア、ル、ヴィン・・・ッ」

ふわり、と不気味に金髪が舞い上がる。落ち着いた色味の金が、マナの燐光を帯びて目映いばかりの光を放つ。

己の失言に気づいた男は慌てて取り繕った。

「だ、だから見えたのはだな・・・ぐ、偶然だ事故だ不可抗力だ! だから待てちょっと待て精霊術唱えるのタンマ・・・」

収束したマナが一気に爆発する。

「アルヴィンのばかああああああああ!!!!!!!!!!」

「ぎゃああああああああああ!」

爆音。閃光。雷鳴。轟音。粉塵。白煙。破砕。

「きゃーっ! アルヴィン君が黒焦げにーっ!」

「エリーゼさん街中っ! 街中ですから落ち着いてっ! 精霊術乱発しちゃまずいですからっ!」

路地裏は瞬く間に喧噪に包まれた。

主立った騒ぎの要因は、救護に駆けつけようとする看護士と、精霊術を次々と繰り出す少女を止めようとする老軍師と、そして制止を振り切って精霊術をぶちかまし続ける少女と、命乞いの機会すら与えられずなぶられる傭兵である。

「これはあれだ。俗に言う、口は災いの元、というやつだな?」

「うん・・・・・・」

乱闘から充分に距離を取った安全地帯で、ふむふむと納得顔で頷く精霊の主に、少年は曖昧な笑みを返した。

今回のことわざの用法は、ミラにしては珍しいことに、極めて正しかった。それだけに、ジュードは反応に困り果てていたのである。

「見事、墓穴を掘りましたな」

相変わらずの穏やかさで、そう話しかけてきたのはローエンだ。

場所は先ほどと変わらぬ、裏通りの一画だ。それまで傍らにしゃがみ込み、一心に治癒に当たっていたレイアは、既に腰を上げている。闇属性の精霊術を被弾した彼への治癒が、そこそこ済んだところを見計らって話しかけるあたり、本当にこの老軍師は空気を読むのがうまいとアルヴィンは感心してしまう。

「墓穴っつーか・・・墓穴か。まあそうだよな。しっかし、何で見たのがばれたんだか」

見ていないというのは嘘だが、見えたのが事故だったのは本当だ。勢い良く持ち上げたせいで、服の裾が舞い上がったのである。何もかも、あのレースとリボンまみれの、ふんわりとしたスカートが悪い。

見抜かれたのは、と老軍師は深い笑みを湛えて告げる。

「嘘が通じなくなっている、ということでしょう」

それは認めたくない事実だった。気づいていたが、肯定したくない事実だった。

彼女にだけは見抜かれたくなかった。それなのにこうもあっさりばれるとは。嘘を見破ったのは子供故の勘の鋭さか。それとも。

(・・・まさか、な)

我ながら馬鹿げた妄想だ、とアルヴィンは頭を振るう。

「やれやれ、嘘だけが俺の取り柄だったんだがな」

「それだけ、エリーゼさんは、あなたのことをよく見ている、ということですよ」

どうだか、といつものように軽口を叩いた男の笑みは、少しだけ強ばっていた。


 
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