No.326905

【南の島の雪女】第4話 キジムナーの少女(完)

川木光孝さん

【前回までのあらすじ】
雪女である白雪は、故郷を脱走し、沖縄まで逃げてきた。
他の雪女たちは、脱走した白雪を許さず、
沖縄の妖怪たちに「白雪をつかまえろ」と要請する。

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2011-10-31 00:23:16 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:497   閲覧ユーザー数:497

 

【おじいちゃんヘルプ】

 

白雪と茜は、お互いを威嚇しあうように

視線をぶつからせていた。

 

茜は、今にも白雪に飛びかからんとしている。

実際に動き出すのも時間の問題だろう。

 

危機感を感じた風乃は、先祖の霊を使って

白雪を守ろうと考える。

 

「おじいちゃん! 助けて!

 白雪がキジムナーに捕まっちゃう!」

 

風乃は、心の声を使い、電話しているような感覚で、

トイレのおじいさんにピンチを伝える。

 

「風乃や」

 

「どうしたの、早くご先祖様を呼んで、助けに来て!」

 

「さっき食べた生肉があたったようじゃ。

 腹がごろごろ鳴ってて、クソが止まらん」

 

「えー…

 大ヒットしちゃったんだ。

 ご愁傷さまだね」

 

「そうじゃ。

 全米大ヒットじゃ。肉なのに全米とはこれいかに。

 ご先祖様を呼ぶのはもう少し待ってくれ。

 クソを撒き散らしながら、ご先祖様に会いに行くと

 嫌われるからのう。

 …うっ!」

 

直後、ビチビチビチという音と、老人の「うぐぅ」という

うなり声が同時に聞こえた。

 

風乃は、そこでおじいさんとの通信を終えるのだった。

そして白雪に話しかける。

 

「白雪」

 

「なんだ、風乃」

 

「おじいちゃん、生肉で全米大ヒットしたから

 ご先祖様を呼べないんだって」

 

「…今聞いたことは水に流そう」

 

白雪は聞かなかったことにした。

 

 

【今からりんごを】

 

「どうしよう、ご先祖さまの力が借りられないなんて」

 

「心配するな。風乃。

 俺の力だけでもなんとかしてみせるさ」

 

白雪は手をポキポキと鳴らした。肉弾戦の構えだ。

 

「大丈夫なの?」

 

「キジムナーがどんな能力を持った妖怪だか

 知らんが、強そうに見えない。

 見た目からして小さいし、力なさそうだし。

 すばしっこさは、あるのかもしれないがな。

 でも、それだけなのだろう?」

 

白雪は、あざけるような目で、茜をちらりと見た。

茜は、自分たちがバカにされたと感じ、怒り出す。

 

「キジムナーをバカにするなよ。 

 ちっちゃいけど、腕の力はすごいんだから」

 

「ほう? どうすごいと言うのだ?」

 

「キジムナーの恐ろしさを見せてやる!

 ひーなー! りんごを持ってないか?」

 

「もってるよー」

 

「リンゴを渡してくれ」

 

「うん」

 

茜の頭のイメージでは、

今からりんご1個を手に取り、

片手でにぎりつぶし、粉砕するという

古典的な脅しをする予定であった。

 

「ほら、りんごだよ」

 

「さんきゅー。

 よし、今からりんごを…」

 

だが、リンゴを手にした茜は唖然とした。

 

「う、うさぎリンゴ!?」

 

茜の手にしたりんごは、

うさぎ型に切られたリンゴだった。

誰でもにぎりつぶせる、かわいい、うさぎリンゴだ。

 

「きょう、弁当に入れてて

 食べ損ねちゃった。

 よかったら食べて」

 

緋那はてへりと笑う。

罪の意識はまったくない、無垢な笑顔だった。

 

「今からりんごを…なんだ? ん?」

 

白雪は、にやにやとした表情で茜を挑発する。

 

「り…りんごを、りんごを」

 

何かすごいことをやらなきゃ。

そうしないと、雪女になめられる。

キジムナーの恥になってしまう。

 

何か、何かすごいことを。

うさぎりんごで、何かすごいことを!

 

茜の脳がフル回転する。

耳から脳みそがこぼれるくらい、フル回転させた。

 

「りんごを…お尻から食べます!」

 

キジムナーの恥となった決定的な瞬間である。

 

 

【リンゴをお尻から食べる】

 

「ちょ、あ、あかね。

 本気なの?

 りんごって、普通、お尻で食べないよ」

 

緋那は茜の言動に引きつつも、動揺を隠せない。

 

「本気だ!

 ひーなー! スカートを脱げ!」

 

「えっ、ええっ!?

 なんでわたしが!」

 

「りんごをお尻から食べるとは言ったが、

 わたしがやるとは言っていない!」

 

茜はそう言いながら、

緋那のスカートのすそを、むんずとつかんだ。

 

「そ、そんな! ひきょうだよ!

 はなして!」

 

緋那はスカートを脱がされないよう、必死にもがく。

 

「大丈夫だって!

 りんご丸ごと1個、尻に入れるわけじゃないよ。

 痛くないから安心して!

 座薬でも入れられたと思って!」

 

「いーやー!」

 

「おい、なんか仲間割れが始まったんだが」

 

白雪はあきれたような目で、

茜と緋那の取っ組み合いを眺める。

 

「白雪。あのふたり、どっちが勝つと思う?

 2000円賭けよう!」

 

風乃はポケットから2000円札を取り出した。

 

「さっきも言っただろう。

 未成年の賭博はダメだぞ、風乃」

 

「そういう問題じゃなくて!

 た、助けてよぉ!」

 

「早くスカートを脱ぎなさいってば!」

 

茜は、緋那のスカートを強く引っ張る。

 

「茜! ひーなーのスカートを脱がしたら

 ダメだよ!」

 

風乃が止めに入る。

 

「ふ、ふーのー。ありがとう」

 

緋那は、風乃が自分を助けてくれると判断し、

笑顔を見せる。

 

「茜は間違ってるよ」

 

風乃は、怒ったような表情で、茜に言う。

 

「なんだと!」

 

「脱がすのはスカートじゃないよ!

 パンツを脱がさないとリンゴを食べられないよ!

 混乱しないで!」

 

「順番に脱がすのが大事だと思ったんだ!

 スカートより先にパンツを脱がすのは邪道だよ!」

 

「頭の痛くなってくる会話だな」

 

白雪は、右手で頭をおさえた。

 

「ひーなー! 早くスカート脱ぎなさいってば!」

 

より強い力で、緋那のスカートをひっぱる茜。

脱がせるどころか、引きちぎるほどの力ではないかと思われる。

 

「ひーなー! 脱ぐのはスカートじゃなくてパンツだよ!」

 

茜に負けじと、緋那の下にもぐりこむ風乃。

風乃の手は、緋那のあらぬところに触れていた。

 

「や、やめてー!」

 

かわいそうな緋那は、大きな悲鳴をあげ、今にも泣きそうだ。

 

「おいコラ、お前ら。

 嫌がっているから、そろそろやめろ」

 

白雪が、茜と風乃の暴走を止めに入るが、聞いてはいない。

 

2人とも自分の作業に夢中だし、目つきがあやうい。

警察から職務質問されそうなほどにあやうい。

 

「はなしてって…」

 

緋那は、茜と風乃の頭を、がっしりとつかむ。

上腕二頭筋に力がかかる。

そして。

 

「言っているでしょっ!」

 

茜と風乃を投げ飛ばす。

2人の身体は、ジェット機のようなスピードで、

ドアの方向へシュッと飛んでいく。

 

「ふー、いっぱい出たわい。クソしたあとは爽快じゃ」

 

トイレを終えたおじいさんが、部屋のドアを開け、入ってくる。

 

運の悪い奴である。

ドアを開けたと同時に、2人の少女が飛び込んでくるのだから。

 

茜と風乃は、おじいさんに直撃した。

 

おじいさんと少女の身体は吹っ飛び、廊下に飛び出し、加速し、

ズトンと壁に衝突して、ようやく停止した。

 

壁に走る亀裂。こぼれ落ちる建材のカケラ。

どさどさと床に横たわっていく、茜と風乃とおじいさんの姿。

 

茜と風乃は目を回してぴくぴくと気絶し、

おじいさんに至っては、顔面蒼白でぴくりとも動かない。

 

もっと深刻なのは、おじいさんの手足が、卍形に曲がっていたことだろう。

複雑骨折をさらに複雑骨折させたと言っていいのだろうか、

それほどに曲がっていた。治る見込みがない。

その惨状に、緋那は思わず悲鳴をあげる。

 

「ど、どうしよう。おじいさんが死んじゃう!」

 

「あー、心配すんな。

 じいさんは既に死んでいるから」

 

白雪は、落ち着いた調子で、緋那をなだめるのだった。

 

「へ?」

 

 

【茜と緋那の退場】

 

「おじいさんは、幽霊だったんですね。

 死んだとは知らず失礼しました」

 

「そうだ。しかし、幽霊なのに

 大怪我を負うとはフビンなものだ。

 なぜすりぬけないのだろう」

 

白雪は、卍型に曲がったおじいさんを見て言った。

 

幽霊なのに、2人の少女の衝突をすり抜けることなく、

すべて受け止めた。

不思議な現象があるものだと白雪を思った。

 

「う、うーん…」

 

茜が目をさます。

 

「茜! よかった、無事だったんだね」

 

緋那は、茜に抱きついた。

 

「あ、あれ?

 なんで私、廊下に転がっているの?」

 

茜は事態を飲み込めず、混乱しているようだ。

 

「な、なんでもないよ。

 ちょっと廊下で寝ていただけだよ」

 

緋那は、茜から目をそらしつつ、答えをごまかす。

 

「そっか。ひーなーの

 スカートをつかんでたところまでは

 おぼえていたんだけど」

 

「お・ま・え・ら」

 

「へ?」

 

茜と緋那の背後から、威圧感のある声がした。

2人が振り向くとそこには。

 

「先生!?

 ど、どうしてこんなところに!?」

 

「今日は宇久田の家庭訪問をしに来た!

 2階がうるさいと思ってきてみれば、

 なんだ、このざまは!」

 

担任教師は激昂した。

 

教え子が、家の2階であばれ、うるさくて家庭訪問が台無しになった。

それだけでも万死に値するのに、

よく見れば、壁がボロボロになってて、人が倒れているではないか。

しかも倒れているのは教え子。

暴れたというレベルではない。もはや事件だ。

ただならぬ惨状に、目まいをおぼえる担任教師。

 

「こ、これはちょっと理由がありまして」

 

茜は理由を言おうとして、口をつぐんだ。

 

理由なんていえない。

 

雪女を捕まえようとしたら、スカートを捕まえてた。

そして廊下で寝ていた。

これが理由になるだろうか。

茜の頭の中で、理由は却下された。

 

「えっと、えっと、その」

 

そんな簡単に言い訳が浮かんでくるはずがなかった。

えっとえっとを呪文のように繰り返すが、

優秀な言い訳など、そう思いつかない。

 

担任教師の口が開く。

 

「ん!?

 おまえら、その髪はなんだ?

 なぜ赤い。

 校則を違反しておるぞ!」

 

「しまった!」

「あっ!」

 

茜と緋那は、自分の髪を手でおさえた。

だがもう遅い。

手のひらの隙間から、ちらりちらりと赤い髪の毛が見える。

 

担任教師の厳しい目がそれを見逃すはずもなく。

 

「騒ぎを起こしたうえに、校則違反。

 まったくもってけしからん!

 おい、お前ら、ちょっと来い。

 きっちり指導するからな!」

 

担任教師は、両腕で、茜と緋那の襟首をがっしりつかむと、

引きずるように歩き出す。

猫のうしろ首をひっぱるような状態で、

茜と緋那は、なすすべもなく引きずられていく。

 

「ちょ、ちょっとはなしてください!」

 

目の前に賞金1000万がいる。

担任教師のせいで、みすみす逃すわけにはいかない。

茜は、担任教師を振りほどこうとし、自分の腕を振り上げる。

 

「あかね、ダメ!

 これ以上、人に危害くわえたら…」

 

茜がちょっと力を出せば、

担任教師を一発で気絶させるほどのパンチを繰り出せる。

しかし緋那はそれを許さなかった。

 

すでに風乃やおじいさんにケガをさせており、

これ以上の被害の拡大を防ぎたかったからだ。

 

何より、教師にまで暴力をふるって気絶させれば、

停学以上の処分はまぬがれない。

 

「で、でも…」

 

「お願いだから」

 

茜は反論しようとしたが、

緋那の考えを悟ったかのように、静かになり、

そのまま担任教師に引きずられていった。

 

「おーい…」

 

白雪は、ひきずられていく茜と緋那に呼び声をかけたが

2人とも気づかない。

やがて、担任教師とキジムナーたちの姿は見えなくなった。

 

「まったく、勝手に引きずられていきやがって。

 どうすんだよ制服は。

 ほつれ、直したのによ」

 

白雪は、部屋に放置したままの茜の制服を思い出し、

これをどうやって返しにいけばいいのだ、と憂鬱になった。

 

 

【帰り道】

 

茜と緋那は、家に帰るべく校門前をとぼとぼと歩いていた。

 

校舎の時計は夕方17時を指しており、

空が赤くなりはじめるころだった。

 

職員室で散々しぼられ、先ほど解放されたところである。

茜と緋那は、死んだような目つきで、肩を落とし、腰を曲げ、

猫背の状態で、校門前をとぼとぼ歩くのだった。

 

2人の髪は黒い。

数時間前の赤々とした色を、失っていた。

 

「入学して間もないのに、先生に怒られるなんて。

 もうやだ、最悪」

 

茜と緋那は叱られて疲労し、

息をするのも面倒だという調子だ。

 

「制服も、ふーのーの家に置いてきたままだし、

 はぁ。もう散々だわ」

 

茜は、自分のブレザー制服を

風乃の部屋に置き忘れたことに気づき、ため息をついた。

 

「制服がどーかしたって?」

 

脳天気な声が響く。

茜の声でも、緋那の声でもない。

 

「わっ!?」

 

茜はびくりとし、声をあげた。

背中に、暖かいものがかかったような気がしたからだ。

 

振り向いて背中を確認してみると、

風乃の家に置いてきたはずのブレザー制服があった。

 

誰かが、茜の背中にブレザー制服をかぶせたのだ。

 

「ふ、ふーのー!?」

 

「えへへ。茜の制服、届けに来たよ」

 

「ずっと校門前で待ってたの?」

 

「さっき来たところだよ。

 そろそろ先生の説教が終わるころかと思って」

 

「…ほつれまで直っている」

 

「それはね、白雪が直したんだよ」

 

「ふぅん…」

 

「じゃ、わたし、おうちに帰るね。

 ばいばい」

 

「待って!」

 

「何?」

 

「その…なんだ。

 ひとつ、雪女に伝えてほしいことがあるんだ」

 

「何かな?」

 

「せ、制服を直してもらってありがとう、ぐらいは

 伝えてやってもいいかな、うん」

 

「全然いいよ~」

 

「だが、もっと言いたいことがある!」

 

「さっき、ひとつだけって言ったのに、

 ふたつあるの?

 そんなにおぼえられない。

 わたしの記憶、風が吹けば飛ぶんだよ」

 

えっへんと胸をはりながら、風乃は誇らしく言う。

自慢のつもりなのだろうか。

 

「まあ聞いて。

 『あきらめたわけではない。また家に来る』

 そう伝えて」

 

それは、茜のリベンジ宣言だった。

 

「私、このままでは引き下がれない。

 今日は恥ずかしいところばっかり見せたけど、

 次はそういかないから」

 

「また家に来るの!?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ、今度こそ、お尻でリンゴを食べてよ!

 ビデオカメラ用意して待ってるから」

 

「そっ、それはやめて!

 わたしは遊びに来るわけじゃないよ。

 雪女を捕まえに…」

 

そのとき、ぐきゅるるる、と風乃の腹が鳴る。

 

「お腹すいたみたい。

 わたし、もう帰るね。

 ばいばーい!」

 

「ちょ、待って! 人の話は最後まで聞いて!

 おーい!」

 

「行っちゃったね。

 お腹がすくと、何も聞こえなくなるみたい」

 

「くっ、私たちをバカにして!

 次は思い知らせてやるから!」

 

「制服、戻ってきて良かったね」

 

「…まあね。

 雪女に直してもらったのは、ちょっとシャクだけど」

 

茜は、ちらりと制服のほつれ部分を見直した。

あんなに糸が飛び出ていたのにすっかり元通りだ。

最初からほつれなど、なかったかのように。

 

「すごいなぁ」

 

あまりの出来の良さに、思わずつぶやいてしまった。

純粋に、白雪がすごいと思った。

憧れに近いような感情が顔をのぞかせる。

 

茜は、ふと緋那の視線を気にして、

少し恥ずかしそうに下を向いて、歩き出す。

 

さっきのつぶやきが聞かれていないだろうか。

気になりつつ、緋那と少し距離をおきながら歩くのだった。

 

 

【茜からの伝言】

 

母親、風乃、白雪は3人で食卓を囲み、夕食をとっていた。

 

「まあ、リンゴをお尻から食べるですって?

 風乃のお友達には、おもしろい子がいるのね」

 

「今日は失敗したけど、次はビデオカメラにおさめるから

 一緒に見ようねー」

 

「親と一緒に見る映像じゃねぇだろ」

 

白雪はあきれたようにため息をつく。

 

「まあ、楽しみだわ」

 

「楽しみにすんな!」

 

「あ、白雪。茜から伝言もらってきたよ」

 

「なんだ? 言ってみてくれ」

 

「えーっと、なんだっけ…

 あ、そうだ!

 『あきらめたわけではない。

  また家を直してもらってありがとう』

 だったかな」

 

「…俺がいつ、あいつらの家を直したのだろう」

 

伝言は、風乃の頭でミックスされ混合物と化し、吐き出された。

しかしその混合物を、白雪はうまく飲み込めなかった。

 

白雪は風乃に言い直すよう指示したが、

正しい伝言が出てくることは、ついになかったという。

 

【南の島の雪女】第4話 完

 


 
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