No.281118

恋姫異聞録124  -点睛編ー

絶影さん

今回は答え合わせみたいなものです

マジ書きしてるので死にそう><
KU-様が少し前にコメで長くなったと言ってくれたのは
きっと文字数が多くなってるからです。

続きを表示

2011-08-21 20:58:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9617   閲覧ユーザー数:7387

 

「そんなっ!?」

 

とある民家の一室で驚きの声を上げる李通

部屋に置かれた少し小さめの円形の卓に勢い良く手を叩きつけ、置かれた三人分の茶器が揺れる

注がれたばかりの湯気の立つ翡翠色の茶が卓に小さな水たまりを作り、自分の出した声と左右に座る

冷静な二人に我に返ったのか、頬を染めて卓を拭き椅子へ縮こまるように座る

 

「驚くのも無理は無いよねー。私もさ、風に聞くまでは信じられなかったからね」

 

無理もないと茶器を手に、一口啜り茶菓子の饅頭をパクッと一口頬張り頬杖を付くのは魏の文官

桂花の姪、荀攸こと鳳はモクモクと咀嚼しながら隣りに座る雲の軍師の一人に目線を送る

隣には現在は魏軍から引退し夏侯家で男の補佐などをしている程昱こと風が、眼を細めて同じように茶を啜っていた

 

想像だにしない言葉が穏やかな表情の風から発せられ、大きく驚いた李通はその事実が

一体何時からなのですかと頬を紅く染めたまま問えば、風は茶器に付けた口を離して一息

眠たそうな眼を向けて静かに語り始める

 

「始めの定軍山。秋蘭ちゃんが罠にはめられた時からです」

 

定軍山の報告は眼を通して有りますよね?と聞かれ李通は思い出す。忘れもしない、秋蘭と流琉が馬超と馬岱、黄忠

の罠にはめられ殺されそうになり、昭と春蘭が助けに入り事無きを得た。ただ、一番に衝撃だったのが

あれほど落ち着き、普段から怒りになど飲まれる事が無かった昭が怒り狂い、驚くような命令を兵に送っていたこと

退却する道を切り開く為に奮闘していた兵士を戻し、怒りのままに黄忠を殺そうとしていた事

 

「厳密に言えば、一回目はお兄さんを調べ、二回目の定軍山から動きがありました」

 

一回目の定軍山で怒り狂う男の姿を聞き、其れに怯える流琉を目撃し

更には馬超の恐るべき成長を破壊された霞と一馬の武器で見た事。それが魏を裏切る原因になったと風は語る

 

「フェイちゃんは落胆したはずです。お兄さんが怒りに身を任せ、兵すら戻し黄忠さんを殺すことに執着したことを

お父様である馬騰さんの姿をお兄さんに重ねて見たはずが、其れは見間違いであったのかと。そして同時に馬超さんの

恐るべき成長を見てフェイちゃんの心は揺れたはず。馬家を託すに値するは姉の馬超さんではないかと」

 

風の言葉に李通は思い出す。報告にあった馬超の武。霞の偃月刀を砕き、見事に兵を指揮してあの場から退却を

してのけた。はじめに聞いていた涼州での戦の報告では考えられない馬超の成長に、李通は考えこむようにして

卓の上で揺らぐ翡翠色の茶を見つめていた

 

「その後直ぐなんでしょう?フェイに接触してきたの。使ったのは昭様の義妹の名前、馬超の名で

フェイに竹簡を贈って来たって所かな。昭様は義妹からの文を勝手に読んだりはしないし安全だよね」

 

「ええ、元々はそういう目的で送ったのでは無いのでしょう。馬超さんの名を語り孔明はフェイちゃんから少しでも情報

を抜き取ろうと考えただけ。でも馬超さん当てに送った当たり障りの無い返事の中に孔明は感じたはずです。

フェイちゃんの心の揺らぎを」

 

少しだけ視線を落として呟くように語る風。鳳はそんな風の複雑な気持ちを理解しているのか、視線を手に持つ

饅頭に向けて二口、三口とパクつき茶で流し込み。同じように難しい顔をして考えこむ李通に茶菓子を取って渡す

長い話になるだろうし、落ち着いて菓子でもつまみながらゆっくり話の顛末を聞こうと

 

何気ない鳳の気遣いに李通は笑みを返し、頷いて饅頭を小さくかじると左側に座る風が小さく笑みを見せた

 

「馬騰さんの死、お兄さんの変化に揺れるフェイちゃんの心に気づいた孔明は其れを利用しようと考えます

情に訴え、あわよくば魏の内情を知り文官として能力の高いフェイちゃんを自軍に引き入れようと」

 

口にする孔明の名に眠たそうな眼が風には珍しくキツク細められると鳳は卓に両肘をつけて耳を傾ける

 

孔明のフェイ当てに出した手紙とは、もちろん馬超の名を語った事を謝るもの

涼州の行く末、成長した馬超、馬岱、韓遂、そして黄忠から聞いたであろう昭の変化、馬騰の死

 

だが誇り高き英雄馬騰の娘で有る扁風はその程度で首を縦に振るわけが無い事は十分に解っている

孔明の狙いは、扁風の心を少しだけ引っ掻き、情に訴え何でも良いから切欠を手に入れようとしたに過ぎない

 

涼州の、馬超達の為に何か一つだけでも良いから手を貸してくれと孔明は手紙に綴り

心の揺れていた扁風は姉妹達、涼州の兵を想い、一つだけ孔明へ練兵法を伝えた

 

「其れが華琳様の考えた、実践を使った練兵法。未熟な兵が多く、無理をしてまで実際に使用されることは無いだろうと

考えていたフェイちゃんは孔明へと文を送ります。此れで蜀とは関係は無い、今後手を貸すことは無いと」

 

「けどそうじゃ無かった。孔明って娘はフェイの練兵方を利用して自軍に引きこもうと画作し始める

其れが二回目の定軍山でしょ。二回目の不思議な動きはそのせいか、報告聞いて気味が悪かったよ

終始、聞いていた蜀の軍師の考えに当てはまらない動きなんだからね」

 

卓に腕を寝かせ、顎を腕に付く鳳は「その頃から練兵を隠してたんでしょう?」と口の端を釣り上げる

鳳の表情に風は少しだけ微笑み、流石ですねと頷いた

 

「あの時は昭様、自軍の大将ですら風の考えた陣形を知らなかった。そう聞いているよ」

 

「はいー。お兄さんには全てを任されました。其れこそお兄さんの命までも

風の問、【雲と共に有るべき風は】との問に【強き風、覇者の風と共に在る】と言ってくれました」

 

感情を抑えるように少し強く茶器を握り、涙をにじませる風

家族を絆を何よりも大切にする昭に、自分は義理ではあるが妹が裏切ると言い

更には自分と義妹、風(かぜ)と扁風(ひらひらとしたかぜ)のどちらを取るのかと聞いた

昭にとって身を切り裂くような選択を迫ったのにも関わらず、昭は風に己の命すら預けると答えてくれたのだから

 

心の底から嬉しいと、小さな笑みに表す風に鳳は「羨ましいね、そんなに信頼されて」と李通に話を振れば

李通はもらい泣きのように瞳を涙で滲ませていた

 

「はぅっ。御免なさい、私までっ!あの、それで孔明さんはどのように考えていたのでしょう」

 

慌てて眼を拭う李通に風は微笑み、鳳は茶の少なくなった李通の茶器に茶を注ぐ

 

「そうですねー。黄忠さんに厳顔さんを付けていた所から実際には韓遂さんが手傷を負う程度、

涼州兵は少々減らされるくらいに考えていたのでしょうけど結果は知っての通り

お兄さんは手を抜く事などしませんから」

 

二人は涼州の老兵達は全て全滅し、韓遂は討ち取ったとの報告を思い出す

壮絶な追撃戦、殲滅を口にした昭の言葉に従い逃げる蜀の兵を追いその場に残った涼州の老兵を一人残らず

討ち滅ぼしたことを。ならばそこから先は誰にでも考えつく、韓遂が手傷を負う程度と踏んでいたが死んだのならば

余計に巧く事が進む。扁風は策を与え、韓遂が死んだ事に責任を感じるはずだ。其れも小さく感じるのでは無い

自分の言葉で韓遂を殺したと、幼い心の扁風は必ず思うはずだと

 

「報告を受けてフェイちゃんの心は大きく揺れる。そこに更に付け込むのは当たり前。責任を感じるフェイちゃんを

こう考えるように仕向ければ良い。韓遂さんの意志を継ぎ、代わりに馬超さん達を守り、助ける道をと」

 

死を利用し、幼く弱い心に付け込む諸葛亮に李通は憤慨し、怒りのままに手を握り締める

なんと卑怯で恥知らずであるか、義など無く姑息で狡賢い狐のようだと

 

だが鳳は李通に同調するわけではなく、冷静に握りしめられる李通の手に自分の手をそっと乗せる

 

「軍師なんてのはそんなモノだよ。特に自分の担ぐ人間に力がなく現実を見ず、綺麗なものしか見ないっていうなら

下の人間が泥をかぶって、どんな避難の声を受けても策を遂行する。でなきゃやってられないんだ、華琳様みたいな人が

頭ならさ、結構楽なんだよね。何でも真正面からぶつかることが出来るからさ」

 

褒められたことでは無いけど、と付け足し李通に少しだけ寂しい笑みを向ける鳳に李通はハッと気がついたように

「御免なさい」と呟く。目の前に居る二人も軍師なのだ、きっと自分の知らない何か泥臭い事をやっているはずなのだと

特に鳳は桂花の為にと魏の中でもそういった役が多いはずだと。李通は自分は何て馬鹿な事をと心のなかで呟いた

 

自分の言葉に後悔するように俯き、下を向く李通

だがふと李通の中に疑問が残る。何故蜀の軍師はあれほどの用兵術と力を持っている韓遂を

巧く使わなかったのか、まるで無用な捨て駒のような使い方をと

 

その事を顔を上げて素直に口にして見れば、鳳は「だよねー、普通はそう思うよね」と言い

自分の眼の前に在る茶器の縁を指でなぞる。そう考えるのが普通、扁風を下手に引きこむよりも

既に自分の手の内に在る、強力な将を使ったほうが良いと

 

「違うんですか?」

 

「ううん、違くないよ。普通はね、だけど普通じゃないんだよ。英雄、韓遂の考えはどちらかって言えば華琳様に近い

劉備とはかけ離れてる。きっと客将から完全な蜀の将にはならなかったんだろうね」

 

主君と考えの違う将、ましてや英雄の言葉は主君の考えに迷いを呼び、困惑を生む

蜀に居るのも馬超達がいるからと言うだけで下手をすれば呉に、もしくは魏に馬超達を連れて去って行ってしまうと

ならば使いづらく、主君に従わず客将のままに居るならば使える内に利用し、馬超と馬岱、馬良を手の内に

してしまおうという考えであると

 

鳳の説明に李通は顔を青くして吐き気をもよおしてしまう。本当に同じ人間なのか人の命を何だと思っているのかと

あれほど誇り高く、英雄視されていた韓遂をまるで駒のように使い捨てる

自分であれば納得など行かない、自軍の軍師であるならば斬り殺して居る

 

だが我等の軍師にそのような人間は居ない、今ほど魏の人間で在ることを誇りに思ったことはない

そう歯を噛み締める李通に鳳は複雑な顔をしてしまう。「綺麗なものなんてこの世には数えるほどしかないんだよ」と

 

「ところで、話聞いていると風は曖昧なままフェイおかしいなーって思ったって感じるけど」

 

「はい。近い真名を持つせいでしょうか、不思議とフェイちゃんを眼で追うようになっていてですね

お兄さんの足にしがみつく姿を見てまだまだ心が幼いと感じました」

 

幼い心のままで、馬騰を見る眼で昭を見ている扁風に不安を覚えたと風は言う

もし彼女の理想像から昭が少しでも外れた時、彼女は一体どういった行動を取るのだろうか

落胆し、心が揺れてしまった時、誰かにその部分を付けこまれたりはしないだろうかと

 

しかし、彼女は英雄馬騰の娘。そんな事はきっと杞憂に終わるはずだろうと考えていたが

気がつけば既に彼女は敵に接触していた後で、手の届かぬ場所へと行ってしまっていたと

 

「てことは風はそこまででフェイの動き、蜀の孔明との内通の証拠は掴めなかったってこと?」

 

「残念ながら、内通にはなんとなくは気がついてましたけど証拠は何一つ。全く掴めないので始めの頃は稟ちゃんに

全ての情報を伝えて想像してもらっていたんですよ。稟ちゃんなら想像だけで真実と遜色ない答えを出せますから」

 

「ふーん、真名の通りか。ヒラヒラとした風は昭様にも掴めず。それどころか沈黙は金ってのを地で行ってるからねー

普段から竹簡でしか人と関わりを持たないならどれが密書なのかも区別はつかず

人中埋伏、木を隠すなら森の中ってやつか」

 

証拠が無い人間を言及することなんか出来はしないと関心するように体を起こし、腕を組んで頷く鳳

元々隠密行動を得意とする昭様の眼を掻い潜れる時点で彼女の動きを捕らえるのは無理だろう

竹簡についても扁風が一日で積み上げる量は普通ではない、日常会話から重要な案件まで全てを文字で

書き記し続けるのだから、そんな中から密書を見つけるには兵が総出で調べなければならないし

もし何も出てこなかった時、扁風を疑う人間は立場が悪くなり、益々動きをつかめなくなると

 

 

 

 

「それで武都に繋がるんだ?本格的にフェイが裏切り、行動を始める場所へと」

 

「はい。孔明から報告、そして魏を裏切ると決意を固めたフェイちゃんはお兄さんを騙すため

其の幼き心を無理矢理に大人へと成長させます。ワザと負けて武都に蜀の指揮官を潜伏させると伝えられた

フェイちゃんは武都に赴く前にお兄さんの弱点を再度確認します。普段は其の眼を使っているのかと」

 

武都攻略時の敵軍の不可思議な行動、何も知らない兵士があっさりと降服

それどころか、たまたま武都へと向かった昭が兵士の眼を見てその心を探れば何も無く

指揮官らしき人物も曖昧な情報しか持ってなかった。兵士の一人二人がそうならば何も問題は

無いのだが、其れが全員でまるで始めからこの場所を捨てるつもりだったのかと錯覚するような状態

 

其れもそうだろう、赤壁の戦いで兵が集中するのを待ち、後方で内乱のように潜伏した兵が暴れだそうと

町の民を装って虎視眈々と狙っていたというのだから。それも魏、国内に手引きするものが居るのであれば

此れを使わない手は無い

 

「だんだん解ってきた。だからあの時期に引退するーなんて言ったんだね?雲の軍師を詠に任せて

魏の文官も引退しちゃうんだから皆びっくりしたよ。まぁフェイは願っても居ないってとこじゃなかったのかな」

 

「その通りです。あまりにもフェイちゃんの動きが掴めませんでしたので、風が引退し不可思議な行動を取ることで

フェイちゃんに風を利用してもらおうと考えました」

 

引退し、放浪するようにそこら中を徘徊し、それどころか自軍の用兵術や陣形を外部に持ち出すような行動を取り

周りの眼が集まる不審な自分を扁風に利用させ、風は逆に扁風の行動をその中から探ろうとしていたと言う

 

扁風にしてみれば、自分がしている行動は何時知られるか解らない、下手をすれば殺され其れこそ

裏切り者として涼州から馬家がなくなってしまうという観念に囚われている彼女としては有り難いこと

もし自分の内通、裏切りがバレても己には非が来ないように、風に全ての責任がかぶさるようにと

風を利用し始めるのはあたりまえだ

 

「ですから敵の手に渡った密書には全て風の名が入っているはずです」

 

「フフッ、ならそれを利用するのは簡単。風の名を使っているなら風が普通に蜀に文を送ってもなんにも不思議は

無いからねー。巧くやれば敵から情報を吸い取り放題だわ、やるねー」

 

「いえいえ、ですが証拠を掴んだ時には既に遅く、赤壁への道が出来上がってしまっていた。逐次情報を

手渡して居た稟ちゃんは此処までの道筋を既に頭の中で描き、沈黙する道を選びました。全ては敵の策を

利用するために、仲間の死すら勝つために稟ちゃんは沈黙をし続けていたでしょう」

 

軍師二人の話に聞いていた李通は眼を丸くして口を小さく空け呆けるだけしか出来なかった

一馬から風の不審な動きは聞いていたであろう李通は、まさか裏でそんな駆け引きと動きを繰り広げていたとは

思いもよらず、また少し聞いただけで策の殆どを理解している鳳にもただ感嘆の溜息を漏らすだけで

やはり武官と文官、いや軍師とは役割も能力も全てが違うのだと改めて認識させられていた

 

「たぶん殆どの人は風が敵に情報を流してるって勘違いしたんじゃない?深読みする人なら沈黙し続ける

稟を疑うだろうね、二人して疑いやすい行動してるんだから」

 

そう言って視線を李通に向ければ李通は顔を真赤にして硬直する

一馬から話を聞いていたから余計だろう、竹簡に陣形や練兵を記し、漢中へと赴いた話や

知らない人物と接触し続けていた事などを聞いていれば、誰でも疑うし当たり前

しかし、李通もまた真面目なのだろう「はぅ~っ、はぅぅ~っ」と自分の考えの浅さに自己嫌悪に陥り

赤い顔をしたまま、コクコクと首を縦に振り、声なき声で謝っていた

 

そんな李通の姿に鳳は可愛いと思ったのかクスクスと微笑み、いたたまれない李通は話を変えようと

顔を二三度振り回して無理矢理疑問を口にする

 

「あ・・・あの、それでは昭様は」

 

話を聞き、一馬を思い出した李通は昭の事を思い浮かべる。徐々に顕になる義妹の裏切りに昭は大丈夫だったのかと

彼の性格から恐らくは想像を絶するほどの悲しみや絶望に身を引き裂きそうになっていたはずであろうと

 

「風が確信的なモノを持ったのは一度目の定軍山の後、華琳様から昔のお兄さんの話を聞いた時にきっと

フェイちゃんはお兄さんの心を理解出来ないだろうと思いました」

 

昭の義妹である扁風を風は疑いたくは無かった。だが万が一ということがある、疑いも杞憂で終われば良いと

思っていたが扁風の心はまだ未熟、付けこまれる隙はいくらでもある。一番に怖いのは風が動くのが遅れ

彼女の動きを完全に見失った時

 

「だからこそ風は問ました。雲と在るべき風はと。ですがお兄さんの心は揺れず、それどころか強い言葉を返した」

 

風は言う、昭は既に妹達と戦う覚悟を決めていたと

娘の性格、心の未熟さを見ぬいていた父、馬騰から死に際に贈られた言葉

 

【翠達、馬家の者と敵対した時は手を抜くな。全力で叩き潰せ、それが戦だ】

 

そして苦言のように昭に言葉を続けた

 

【お前は優しすぎるようだ、己にまで涙を流すのだから】

 

優しすぎる心を見抜き、娘の心の弱さを知っていた馬騰は昭に先を見越して言葉を残した

短い間ではあったが、馬騰は昭に父として道を示した。死ぬ間際に短い言葉を持って優しき心が折れぬようにと

 

「お兄さんの真名は叢雲。集まる全てがお兄さんの力になる。馬騰さんもまたお兄さんの力。

馬騰さんの言葉の真の意味を理解していく上でお兄さんは一人、苦しみ続けました」

 

風の瞳は強い光を灯し、李通を見つめる。其れは影で苦しみ続ける男を見てきた瞳ゆえの輝きだろう

話を大きくすることは出来ない、秋蘭にこのことを言えば一人裏切り者を殺すため、扁風の元へと向かうだろう

春蘭もまた同じ。だからこそ切り裂かれる心を其のままに口を閉じて戦場を駆けてきた

 

知れば知るほどに李通の心にこみ上げるものがある。其れは次第に溢れ、眼を通しボタボタと頬を伝って流れ落ちた

鳳は小さい手ぬぐいを取り出し、李通の頬から流れる涙を優しく拭い妹をなだめるように頭を撫でていた

 

「フェイは元から魏を裏切るつもりじゃなかったって解っただけでも良いか」

 

「弱さ故ですね。元々は馬家存続の為に魏に来ました。きっと、途中から消えてしまっても仕方がないとも

思っていたはず。フェイちゃんのお兄さんへの甘えぶりは父と娘、そのままでしたから」

 

「だけど定軍山が其れを変えた。それを昭様に話したんでしょう?」

 

「ええ、ですからお兄さんは風にこう言葉をくれました【雲は馬と草原の色を望】と」

 

「色・・・か、扁風と涼州が染まるのは魏の蒼か、それとも蜀の翠か、風に調べろと言うことね

義妹を調べろと風に言うなんて、きっと昭様はすごく辛かったはずだよ」

 

李通の涙を拭き終わった手ぬぐいを少しだけキツク握る鳳は、茶の残りに口をつけて溜息と共に

自分の中で渦巻くゴチャゴチャとした感情を吐き出し、心を落ち着かせる

重要なのは此処からだと言わんばかりに頭を冷たく、冷静なものへと切り替える

 

ガラリと変わる空気にピリピリとしたものを感じる李通は少しも聞き逃してはならないと一層耳を傾け

風へと体ごと向けて真面目な顔を向け、風は二人の行動を肯定するかのように眼を一度伏せる

 

「華琳様はこのことを?」

 

「ご存知です。お兄さんが少しずつ、華琳様に暗号のように伝えていました」

 

例えばどんな?と聞く鳳に風は昭からの話を思い出す

 

【呂伯奢が涼州の馬を移動させたいと言ってる。どうやら草原は風が強いらしく、近くの果樹園に移したいらしい】

 

思い出した言葉をそのまま鳳へと伝えれば、鳳は即座に理解を示し衣嚢に手を突っ込んで小銭をジャラジャラと鳴らす

 

「呂伯奢は裏切り者、果樹園は恐らく劉備の真名、つまりは裏切り者の馬が果樹園に、蜀に移ろうとしてるってことか」

 

「ええ、其れに対する対応は耳にしているかと思いますが、統亞さん達が既に武都へと常駐しています」

 

聞いていると頷き、衣嚢の小銭を二枚指先で挟んでカチカチと音を立てて弄ぶ仕草に李通は直ぐに理解する

他の軍師に劣らぬ鳳の知識と能力が今、全開で動き始めていると。何時も行動を共にする李通は

鳳の邪魔をせぬように、静かに風と鳳の言葉を待つ。武官が役に立つのは武を使う時だけだと

 

「ふむ。と言うことは流れから見て武都に兵を伏せたのはフェイ・・・いや、馬良と合流するために武都を選んだって

事か。金城から近いしね、南から駆け登ってくる蜀と合流するにはもってこいだ」

 

「現在、赤壁に連合と我が軍が集まっています。劉備さんは北上を開始し、其れより先に姿を消した厳顔さんと

魏延さんはフェイちゃんと合流してそろそろ武都へ姿を表すはず」

 

最早真名で呼ぶことなど出来無いと、馬良と呼ぶ鳳は指先で小銭を一枚取り出し親指で宙に弾く

 

となれば、合流後北上する劉備とも合流を果たして狙いは恐らく我らが首都ではなく、天子様の居らっしゃる

司隷だと鳳の言に頷く風。既に華琳が舌戦で連合に義が無く、天子様の意志を証明しているのだ

ならば蜀は義を、己達の戦う意味を取り戻すはずだと。天子様の居らっしゃる場所へ王、劉備自身が赴き

天子様の考え事態を変えるか、もしくは変えられぬのならば、と言ったところか

 

其れに、後方の本拠地を狙われれば帰る場所を無くした魏の兵たち、そして曹操は荊州の真ん中に留まざる得ない

四方から狙われると言う最悪の結果に持って行かれることになる。自軍のほぼ全てを赤壁に投入している

手薄な首都や、近郊の土地は進行する蜀の軍に容易く飲み込まれていくことになるだろうと。そうなれば蓄えた

糧食も、金も全て奪われ最終的に魏を囲む道のり、だがその道程にはまず新城を、昭の娘、涼風の居る場所を通る

 

「新城を通る事は話してある?涼風を避難させたほうが良いんじゃない?」

 

「ええ、勿論。逃げた所で許昌は目の前。ですからお兄さんは今、誰よりも怖いですよ」

 

風の重い一言に鳳と李通は背筋に冷たいものが走り、ゾクリと身を震わす。方方から聞いてはいるが

昭の殺気は形容しづらく、獣のようなそして欠けた刃のような殺気であり、あの黄忠ですら心を喰われ

かき乱し、普通の精神状態では居られなくなっていたと

 

李通は更に一馬から言われた事を思い出していた。兄者だけは怒らせるなと

勿論、父のような気質の昭を怒らせるようなことはするなと当たり前のことなのだが

其れ以上に、触れてはいけない領域というものが誰にでも有り

事、兄者に関しては絶対に其の領域に触れることはするなと

 

「風様・・・フェイちゃんは、何故昭様の事を理解出来なかったのでしょう。心が幼いと言っても

触れてはいけない領域、怒り狂うには十分の理由、当たり前の行動に」

 

新城を通り、涼風が危険に晒されていると聞き、改めて秋蘭が狙われた事を思い出し

自分の愛する人、一馬を重ね思い浮かべる。だが、将としては?と言われれば確かに落胆してしまうかも知れない

怒りに囚われ、その身をボロボロにしながら全てを投げ出し兵すら使って黄忠を討とうとした姿に

 

「李通ちゃんはどうですか?」

 

「怒り狂う、将としては確かに頼りなく感じて着いて行こうとは思えないかも知れません。でも・・・」

 

でも、と言葉を濁す李通に風は満面の笑みを浮かべる。それで良いのだと

 

「良いんですよそれで、お兄さんは天の御使でも何でもない、普通の人です。馬騰さんのような英雄なんかでもない

お兄さんはそんな人間になることを望んでいない。人間臭く、皆と同じ。好きな人が傷つくのに怒って、自分の子供が

危険な時に必死になる。普通の何処にでも居る親、だから皆お兄さんに着いて行こうとするんじゃないですか」

 

だから風もお兄さんが大好きなのですよと言われ、李通は強く強く頷く

一人の親だから、皆は彼の行動に共感し彼と共に生きようと考える。同じならば、皆の気持ちを一番に理解できるから

痛みも、悲しみも、苦しみも、戦に対する考えまでも皆と同じなのだから

もし、一馬が危険な目に合えば自分は普通では居られない、きっと昭のように暴れ狂うだろう

それは当たり前の行動、当たり前の話。何故なら・・・

 

「それだけ大切で、心から愛している人間だから。秋蘭様は幸せ者ですね、そのように昭様から想われて」

 

笑顔の李通に風は笑顔で頷く。英雄でも無く、ましてや将でもないならば扁風が落胆するのも仕方がないと

彼女が小さい時から見ていたのは眩しい英雄馬騰の姿ばかりで、父馬騰としての姿をそれほど見てこなかったのだろうと

 

「・・・・・・」

 

昭の想い、そして心の置所を理解した李通を横目に鳳は頭の中でひたすらに敵の動きを組み立てていく

どのように動くのか。合流後、此方が既に迎撃の体制をとっていることは驚くところだろう

だが敵がそれほど容易くやられてくれるだろうか、あの馬良を引き込んだ狡猾な軍師が、最悪の想定をしていない

はずがない。何かを考えているはずだと何度も小銭を親指で弾いては宙を舞わせ、落ちる小銭を指先で掴む

 

「・・・劉備ってさ、昭様は何て評価してたっけ」

 

呟く鳳に風は目線を向けると、鳳は掴んだ小銭を人差し指の腹と親指で思い切り挟み込みギリギリと握りしめていた

眼を細く、指先の小銭を睨みつける鳳は何かを思いついたのか再び心を落ち着かせる為だろう

衣嚢へと手を突っ込み、ジャラジャラと音を鳴らし始める

 

敵の動きは納得できる。でも天子様の意志を簡単に変えられるとは思えない、そこらへんを敵がわかってないはずが無い

蜀の傾向、劉備の考え方からして天子様を力でどうこうって言うのは考えにくい、と言うか考えられないよね

だけど向かわせた、其れもきっと自身満々でだ。其れって何故?話を聞くに、劉備と言う人物はそれほどの人間では無い

 

様々な想定、そこで突出するように異常な成長を遂げた人物が鳳の脳裏に浮かぶ

そう、馬超だ。馬超は始めに聞いていた人物像と、今の人物像はあまりにもかけ離れている

何故か?それは多くの経験と挫折によって成長した姿が今の馬超だからだ・・・

 

ならば劉備は?劉備はどうなのだ?と考えれば、彼女の挫折というのは計り知れないモノ

魏を抜ける前に華琳と交わした言葉、無徒の居る邑で現実を見て、更には魏に寝込みを襲うかのように

戦いを挑んで昭にあと一歩の所で討たれる所まで追い込まれた。三度も彼女は挫折を経験しているのだと

 

「徳の大器、偶像、遅効性の毒。だったか、今は一体どう変化してる?」

 

「風の手に入れた情報では随分と変わったとだけ。其れがどの様な変化なのかは詳しく知ることが出来ませんでしたが」

 

何かを思いついたのか、鳳はやっぱりと歯を噛み締める。突然険しい表情をする鳳に

李通は驚く、鳳が此れほどまでに顔を険しいモノに変えたところを見たことが無いと

 

 

 

 

戸惑い浮き足立つ蜀の兵士、目の前では軍師鳳統が涙を流し、顔を青くして心折られ膝を地に着く姿を

見下すように冷たい視線を送り続ける稟の姿。稟は、もう言葉を交わす必要も無い、これ以上の茶番は眼に余ると

霞に指示を出し、後方から来る虎豹騎で全てをなぎ払おうと手を上げようとした時

 

おぼつかない足取りで、体を引きずりながら兵をかき分けて鳳統の隣へと身を寄せる一人の少女の姿

 

「何の用ですか?既に貴女は使い物にならない、貴女が切り捨てた韓遂殿のようにね」

 

皮肉のように韓遂の名を口にする稟の目の前に現れたのは蜀のもう一人の軍師、伏龍諸葛孔明

震える体、既に壊された心をつなぎとめようやく稟の前に体を横たえるようにしてこの場に居ると

誰の眼にも明らかであるにも関わらずこの場に姿を表した彼女に稟は少しだけ違和感を感じる

 

この少女は何も無く自分の前に姿をらわすような人間では無い。ならば何だ?

もしや別働隊を使い、この場を囲んだか?そんなモノは直ぐに喰い破れる、だから其れは無いし

そんな動きを取れるならばもっと、自分が動くことを想定して此処まで容易く足を運ぶことなどできないはずだ

ならば北上する昭殿に兵を送った?いや、其れも無い。何故なら眼の前の鳳統が自分の話を聞いて

前面に押し出した華琳様に気を取られ、北上を開始した昭殿の話に膝を折る事など無いからだ

 

ならば何が残る?

 

考えるが答えがでず、心のなかで疑問だけが残る稟に諸葛亮は薄ら笑いを浮かべる

其れが彼女の精一杯の笑みなのだろう顔を蒼白に、唇は白く、体を震わせ合わぬ歯の根で稟を力の限り見据える諸葛亮

 

「・・・私達の勝ち。桃香様の変化を見ることが無かった貴女たちの負けです」

 

振り絞るように、震えた声で噛み締めるように言葉を放つ諸葛亮に霞は首を傾げる

劉備の変化?いったい何を言っているのだと

 

意味が解らず、稟の方に視線を向ければ稟は先程とは打って変わって表情を固くし、手を顎に当てて目線を落とす

いきなり深く思考に入りこむ稟に驚き、霞は武器を構えるが、稟は直ぐに考えがまとまったのか

諸葛亮へ、先ほどとは違う笑み。面白い、まだまだ楽しませてくれるのかと口の端を歪ませていた

 

「なるほど、なるほど。そういう事ですか、昭殿の評価の通りなら変毒為薬。毒は反転、薬と成った」

 

眼を見開き驚くのは諸葛亮。即座に見抜く、稟の凄まじい想像力に震える歯を噛み締め、友の体をきつく抱きしめる

だが稟はそんな二人に目もくれず、腰に手を当て一人大きく笑い続けるのみ

己の想像を大きく外れた。天はこの大陸に二匹の龍を産み落としたと喜びと共に天を仰ぐ

 

「面白い、実に面白い。この私の想像を超えるとは、流石は昭殿に大徳と評されただけはあると言っておきましょう

ですがこの大陸を統べる龍は一匹のみ。風雲、そして日輪と共に在る曹孟徳のみであると言っておきましょう」

 

嬉々として喜ぶ稟は、劉備を殺す前に手始めに貴女達を皆殺しにして劉備の眼前に並べてあげましょうと

霞に指示を出せば、大きな音と共に退路を立つために艨衝で敵の遊軍を潰した兵達を先行させて居た先から火の手が上がり

上る火の手に稟が視線を移せば、暗闇から月明かりに照らされた銀の光が稟の首めがけ一直線に襲いかかる

 

ガキィッ・・・

 

重く響く鉄の音。稟の首筋に銀に輝く十字槍の穂先が寸での所で霞の縦に構えた偃月刀に止められカチカチと音を立てる

 

「チッ、駄目だったか。やるじゃ無いか、兄様と同じ様な気迫を持つ奴なんて初めてだよ」

 

「ハッ!簡単にやれると思うな、ウチの偃月刀に速さで勝てる奴なんか居らんわ」

 

力の限り、槍を押し込む馬超に霞は腰を落とし一歩も退かず、偃月刀を押し返す

拮抗し、己の首筋に迫る白刃を目の前に、稟は馬超をちらりと一瞥するだけ。動じず怯える事も、驚くこともなく

冷徹な眼で状況を分析する姿に流石の馬超も武器を押し込みながら「そこに居るのは人間か?」と霞に問いかけていた

 

「なるほど、私の想像を超えたのは馬超、貴女も同じ。そこまで成長するとは思いませんでしたよ。

退路へ迫る我軍の兵を潰したのは貴女ですね。貴女だけは昭殿の義妹として認めましょう、その実力を」

 

馬家の人間で昭殿の義妹と認められるのは貴女だけだとの言葉に翠はニヤリと笑う

そして此れ以上は押しこんでも動かないと判断したのか、槍を霞の押しこむ力に合わせて後方へと飛びのき

槍の穂先を下に、独特の構えと絞り込むような独特の呼吸法をしながら鳳統と諸葛亮の前へと体をずらしていく

 

「稟、行ってエエか?」

 

「いえ、彼女たちは無視します。我らが狙うは撤退する呉」

 

馬超が現れた事、そして退路を潰すために放った兵が逆に潰された事実に稟はあっさりと目の前の敵を無視すると言い放つ

稟の言葉に一番に驚き、顔を歪めるのは霞でも無く、諸葛亮や鳳統でもなく馬超

まるで攻めてくれたほうが都合が良かったとばかりに一度だけ睨み、溜息をつくと槍を肩に担いで構えを解いてしまう

 

危険だと叫ぶ蜀の兵士に馬超は攻めて来る気が無いのに、構えたって疲れるだけだと首を振り

そんなことよりもこの場から撤退する準備を済ませろと指示する。早くしなければ敵兵が乗り込み

折角無視してくれるといったのが無駄になるぞと。すると兵士達は驚き顔を青くして座り込む軍師を担ぎ後方へと走りだす

 

「何でもお見通しってわけか、アタシ達を構ってくれれば呉のヤツらを無傷で脱出させることが出来たのに」

 

「周りをよく見ている貴女にそんなことするはずが無いでしょう。何処で学びました?敵の情報が何より大事であると」

 

稟の賛辞に馬超は目を伏せ、少しだけ口を笑みに変える

 

「此処に来るまでに兄様の動きで、兄様はアタシの教科書さ。叔父様も、自分にもしもの事があったならば

兄様を手本にしろって言ってた。敵だろうが何だろうが、学ぶのには関係ないって」

 

お前も同じだろう?と霞の方に視線を移し、燃えたぎる闘気を押し込み体から常に穏やかな

守るモノの気迫を纏い続け、稟の前に立つ霞に己の覇気をぶつける。この程度では揺れもしないのかと楽しそうに

 

馬超が武器の構えを解いたのにあわせ、霞も構えを解いていたがその体からは常に稟を守る気迫が包むように発せられ

馬超は理解する。そこの軍師が表情を変えなかったのはあんたが兄様と同じモノを纏っているからかと

 

「ふむ、では此処に来るまでに昭殿と戦って学んだと。報告では此方の足が速い艨衝に遅れを取ったと聞いていました」

 

「ああ、もうちょっとやれるって思ったんだけどな。情報ってやつが重要だって学んだよ、今回は其れを生かした」

 

既に個人で斥候を放ち、周りの状況を掴む事に専念していたのだろう

此処に来るまでの報告、稟は城から誘き出す役割をして追う此方の軍を苦しませたとの報告を思い出す

機転をきかせ、詠が船を合わせて馬超を追いはらったと。しっぺ返しを受けた上で、そこから学んだのかと

馬超の将としての姿勢、叔父の言葉を素直に聞く心根に素晴らしいと呟いていた

 

目線をずらさず、馬超を見据えながら稟は手を横に伸ばす。同時に後方から追いついた虎豹騎が伸ばした方向

呉が撤退する左へと進路を取り、一斉に駆け抜ける。同時に馬超も槍を左に、稟とは逆方向に差し出せば

浮き足立つ蜀の兵士は翠の覇気に当てられ足を早め、退く蜀の兵士を守るように騎兵が、涼州の残された若い兵士と

二度目の定軍山で韓遂や涼州の老兵に守られ生き残った男達が殺気を漲らせ横陣を敷く

 

一人ひとりがまるで定軍山で散った老兵達のように、韓遂の残した火種を大きく燃え盛る炎えと変えた男達

今まで見た蜀の兵士とは違う、まるで魏の兵士であるかのような姿を見た稟は再度納得したように頷く

 

「呉を無傷で、大言壮語という訳では無いようですね。私の目の前に立つ兵ならば、我らを抑えるには十分過ぎる」

 

「皆アタシと戦いたいって言ってくれた。叔父様がアタシに残してくれた力だ、英雄の火は消えたりしない」

 

潰すなら今だぞと言う馬超に稟は今はやめておきましょう、楽しみは後に取って置きますとの返し、二人は笑い

蜀の後方から馬に乗った馬岱が馬超の側へと馬を寄せ「退路は確保したよ」との報告に頷く

 

「一つ言って置くよ、アタシは今から北に向かう」

 

「何言ってるんや、全軍を逃がしながら北へ行けるわけないやろ」

 

背を向け馬岱の引いてきた馬にまたがると振り向いて思いついたように言葉を残す馬超に霞は冗談を言うなと呆れるが

兄様よりも先に合流し、お前たちを滅ぼしてやるとの言葉に稟の眼は細くなる。彼女が言っていることは本気だと

そして同時に頭の中で馬超の考えを組み立て始めた。頭の中では次々に情報の引き出しが開かれ、将の名前が並べられ

答えへと導かれていく

 

・・・蜀は有能な将が多いことで有名だ、だが趙雲、黄忠。二人の名が戦で一度も耳に入ってこない

恐らく後方に待機させているはず。ならば退路を二人に任せて目の前の二人は北上する。貴女の考えは分かりますよ

兵は全て置いていく、行くのは貴女達二人のみ。其れならば昭殿よりも早く合流が出来る、何より・・・・・

 

「貴女の考えは分かりました。ですが行かない事をおすすめしましょう、行けば貴女は後悔する」

 

言葉を放った馬超は、返された稟の言葉に背筋をゾクリと悪寒が襲う。あの言葉、あの笑みは嘘では無いと

此方の策は巧く進んでいる。だが其れを上回るモノが待っているのか?目の前の軍師がどこまで先を読んで居るのかは

解らない。だが面白い、自分はお前の想像を超えた。ならば其れさえ超えてやろうと馬超は後方へと振り向く

 

「次、戦場で会った時は覚悟しとき。アンタはウチの獲物や、何方の学んだモノが大きいか比べようやないか」

 

「・・・そうだな、楽しみにしてるよ。鉄心の娘、叢雲の妹がどれ程の者か教えてやる」

 

槍、銀閃を一振りすると馬超はその場を後にする。同時にその場から消えるように撤退する蜀の騎兵達

見れば横陣の後ろに居た蜀の兵士達はひとり残らずその場から居なくなっており、用兵術と指揮官としての

能力の高さに霞は喉を鳴らす。あれほど浮き足立ち、もたついて居た兵士をこれ程早く撤退させたと

 

だが同時に武器を握りしめ心のなかでは闘争心を燃やし続けていた。己の武を、己の力を余すことなく使い果たすのは

呂布や関羽などではない英雄の娘、馬超を置いて他には居ないと

 

大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出すと手の中の偃月刀に視線を移し、次に少し離れてしまった大円馬の手綱を引いて

稟の側へよる。その体からは抑えこまれた闘気や殺気が消え去っていた

 

「で、エエんか?このまま呉の方で」

 

「はい、良くこらえてくれましたね。敵を一網打尽に、とは行きませんでしたが呉を平らげる事で良としましょう」

 

「軍を二つに分けてもうたしなぁ・・・・・・んー、何で呉に拘るんや?」

 

少しだけつまらなそうに偃月刀を担ぎ、馬にまたがりぼやく霞に稟は眼を丸くする

良く自分が呉に拘って居るのが解りましたねと。すると霞は稟を自分の跨る馬の後ろへと手を引きあたりまえだと口にする

此処まで一緒に戦ってきて、自分を一番に巧く仕えると言ってくれる人間の思い位は察せると

 

「フフッ、有難う霞。そうですね、拘ってます。理由は陸遜の心を知ったから、後は華琳様の望みです」

 

「周瑜を手に入れるっちゅう事か?病気やったか?後どれくらい持つん」

 

「さぁ?詳しくは知りませんが、此方には華佗が居ます。華琳様の為、早々に呉には潰れてもらいましょう」

 

撤退する蜀に背を向けると霞は稟の言葉にこれだけは随分と大雑把だなと呆れ、稟は華琳様のもとに

これ以上軍師はいりません、死んでくれるなら其れは其れで結構と口にする

 

「・・・私の予想を超える者は二人も現れた、気をつけてくださいよ風」

 

呉へと追撃を仕掛けるために駆ける馬上で稟は呟く、北上した昭達の方角を見つめて

 

 


 
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