亥の刻(弐拾参時)を過ぎた町は驚くほど静まり返って、蝉の声すら聞こえない。
灯りをともす店があるが、どれも店じまいの支度を始めていた。
やがては火の匂いが消え、最後まで残っていた民宿も姿を消した。
そんな暗闇の中をすたすたと歩く。
手に持っている微かな提灯を頼りにして、ほんのりと香ってくる見えない糸を追う。
…難儀なことだと思った。
町はずれに出ると、見えてきたのは一軒の小屋。古びた小屋。
その上まで糸が続いていたので、仕方がなく屋根に上ることにした。
「…おや。これはこれは珍しい御客人が来ましたな。」
よくも頬を赤らめるまでに泥酔して、冷静な冗談が言えたもんだと残念に感心する。
まぁ、急な呼出には慣れているから、特別問題はないのだが。
「私は酔ってなどおりませぬぞ。
…“ご主人様”が来るまでは自我を保ってなければ、どうなるか承知致しておりますゆえ。」
持っていた提灯を置き、ちょっとしたイルミネーションを演出した。
完全に酔いがまわっている可愛い女の子を、ひょいと寄せる。
すると彼女は横に置いてあった一升瓶を取り出し、酒を受け皿にそそぐ。
「ほれあるじ。米、ヤシ、蜂蜜と星めの特性メンマ汁を合わせた極上の酒をお飲みなされ。」
最後のは余計だと思ったが、なかなかいける。
美味だと伝えると、星はなぜか大げさに笑った。
主らしいと感想を述べられると、星が三分の一くらいの重さで寄りかかってきた。
星の薄い甘美な声が漏れる。それからして手を繋いできた。俺は受容した。
「…あるじ。もう空はご覧になられたか。」
そういえば、と思い目線を空に移す。
「……前にご教授しなさったあの星たち。
あの3つ並んだ腰巻のようなものは、神話、おりおんの骨格をなすものだと。」
それと同時にここでは「参商の如し」と言う言葉があると教えられた。
「………星座は固まってはおりますが、他の星たちは、離れております。
自らが最も輝く星だと、孤高猛々しく申し出ているかのように…」
町を歩いていた時に、なぜ暗闇に包まれていたのか分からないほど、一つ一つの星が強い光を醸し出し辺り一面を照らし出している。
「……昔は気丈さを感じておりましたが、今はそうは思えませぬ。」
「……………とてつもなく、遠いもの……」
星の目は遠くを見ていた。
過去を見据えるような…そんな感じで。
そして、目線を戻し、星の瞳に見慣れた姿が映った。
「今は、おりおんの方が好きですな。あの勇ましい姿。惚れぼれします。」
頬の紅潮はとれ、いつもの透き通るような透明な頬に変わった。
だが、次の俺の行為で、星を元通りの肌に修正してやった。
少し酒の匂いを喰らい、このまま押し倒してしまいそうになったが唇を残りの理性で何とか離し、事なきを得た。
「…っん。…あるじ。…もしかして…嫉妬ですかな。
ふふ。そこはどこぞの世話好きの位置ですぞ。」
ここであえて否定はしなかった。
というか、押し倒そうなどと一瞬でも思ってしまった自分がどうして嘘をつけようか。
いやつけない。
たとえ星に腹を押さえながら笑われても。
「ふぅ。
………………………やはり、ここに来て間違いはなかったようです。」
笑い終わった星を包む。
星は目を閉じて、俺の胸にもたれる。
「……………あるじ……………………あなたは、手を伸ばせば…掴むことができる。
笑えば笑い返し、無茶な注文にも応え、優しく抱いてくれる。
…髪を撫でてほしいときも、手を握ってほしいときも、…一つになりたいときも。
………………孤独なときも、そばにいてくださる……。
……それが、とても………………。」
最近やけに、子猫が懐く。
自由奔放な猫がしきりに居場所を求めてくる。
「ふふ。私も酒がまわりましたな。
……これからは酔っ払いの言動なのであまり真に受けないでもらいたい…。」
その猫は器用でもあり不器用でもあった。
人を動かすのに長けたが、自分のことになると非常に素人。
「……ただ、酔いが私を蝕む前に一つだけ…。」
そんな猫であったが、非常に可愛いところがある。
俺にだけみせる、ものすごく愛らしい態度。
ねこじゃらしよりも、大好物の小魚よりも
酒よりも、大好物のメンマよりも…俺をみてくれる。
とても…女の子らしい、けなげな態度―――――――――
――――空の星々が地平線の彼方に消えるまで、俺は星の願いを聞いた。
途中、疲れて眠ってしまったが、お互い同時に起きて、お互い笑った。
こんな楽観人たちを叱るものが現れるまで、二人は屋根の上にいて
残りの酒を飲みながら、まだ薄青い空を見上げていた。
「…今日も、いい天気ですな。」「…うん。いい天気だ。」
―――そんなある日の話。何気ない、平和な国の日常でのこと。
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k.nです!記念の10作目。
星メインの話です。