空けた杯に舞い込んで来る桃色の欠片を、物見ることの叶わぬ虚無の瞳の主は如何にして捉えたのか。
僅かに目を細め、何を言うでもなく視線を上げた。
「ちょっと、花びら入ってるわよ一影」
手を伸ばしてよけようとする詠に、小さな苦笑を漏らしたのは七乃。
その目は優しく詠を見つめ、仕方ないなぁという表情を浮かべながらも、詠よりも先に一影の空いた杯に酒を注いでしまう。
「それが、風情というものですよ詠お姉さん」
やんわりとそう嗜められ、ちょっと気まずそうに赤面をする詠。
その眼の前に、桜の花びらが浮かぶ杯を影と化した手がそっと差し出す。
「これは、詠にやろう。
花びらごと、飲んでしまうがいいさ」
軽く肩をすくめながら、差し出された杯と言葉に、詠の顔が真っ赤に染まる。
どうして・・・この男は、いちいちこう・・・まったくもう
受け取るなり言われたとおり、桜の花びらごと注がれた酒を一息に煽る。
喉を滑り落ち、飲み込んだのは桃色の欠片だけではなかった。
桜の花に・・・その儚さに、詠が思い起こしたのは、彼女の親友で
忙しい仕事の合間に予定していた花見に、予定外の案件が舞い込んだ為に、この場にはその姿はない。
一緒に手伝うと申し出た詠に、首を振り・・・
折角の機会だからと、無理にも送り出してくれた彼女への罪悪感
なにより、その桃色の欠片に対して・・・
ちくりと胸が痛むのは、そんな優しく笑って送り出してくれた親友を連想して
それが愛しい男の唇に触れるのだと、微かな嫉妬を抱いた自分。
一影は、それを見ぬいて・・・全てを飲み下してしまえと、原因となる盃を詠に差し出してみせた
「ぁぅぁぅ・・・相変わらず詠お姉さんはお兄様に甘えるのが上手なのです。
今度、朧もツンツンして見せなければならないのですよぅ」
そう言って頬を膨らませ、唇を尖らせながら、つーんと視線をそらす朧に、詠も七乃も、料理を並べて忙しそうにしていた幽までもが思わず笑い声を漏らす。
和やかな談笑、穏やかな空気・・・
華琳に酒を注がれたあの日は、随分と殺伐としていたが
こうして、酒を酌み交わしたかったものだな・・・
幽から新たな杯を受け取り、七乃から酒を注がれながらそんなことを思い出している一影を、詠と朧がむっとした表情で睨む。
「お兄様・・・今」
「此処にいない女の子のこと考えていたでしょ一影」
詰め寄る二人に、長く伸び過ぎた前髪の後ろから、静かな瞳が向けられる。
「今日の酒は、穏やかに飲めそうな顔ぶれだなと、そう思っていた」
そう言われてしまうと惚れた弱み・・・一瞬にして二人は黙りこみ
怒った顔をしようとしているのだが、自然と表情が緩んでしまう。
『魔王』様って、なろうと思えば・・・実はとんでもない女殺しになれるんじゃないの、もしかして。
その威力を目の当たりにした幽が、ちらりと横目で七乃に意見を求める視線を送る。
しかし、ちょうどその時がやがやと騒がしい声が直ぐ背後の集団から上がり、七乃が態と聞こえるような大きなため息を付いて見せ
「お花見の席で大騒ぎする人っているんですよねぇ
あーあ、せっかくの風情のある景色を解らないなんて
どんな育ちをして来たのか、お里が知れちゃいますよねぇ」
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GWなので、なにかやろうというお話になりましたので。
どなたか一人でも面白いと思っていただけたら僥倖です。