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真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~ 第二章 思わく

テスさん

この作品は、真・恋姫†無双の二次創作物です。

色々とおかしな所がありますが、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。

2011-05-01 02:35:40 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:17434   閲覧ユーザー数:13619

真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、地~

 

第二章 思わく

 

「――賊がこの町に何用だ!?」

 

 関さんから水筒と路銀を受け取り一人町へと辿りついた俺は、入口で槍を突き付けられることとなった。

 

 ……そりゃ賊の格好をした奴が近付いてきたら、誰だって怪しむよな。

 

 誤解を解こうと説得するも門番は聞き入れてはくれず、信じて欲しければ、通りたければと、賄賂を要求してきたのである。

 

「おい、よく考えろ? 俺に金を払えばお前は町に入れる。そこで服を買えば庶人として生きることができる」

 

 そう言って、男は俺に手の平を見せた。

 

「――ちっ、分かんねぇ奴だな。何を悩む必要がある? なら逆に考えろ。ここから追い出されたらどうする気だ? 食い物はねぇ。次に辿りついた町でも追い返される。そうなればお前は野垂れ死にだ」

 

 男が嫌らしく笑う。

 

「例え今が賊でなくとも、お前は賊にならなきゃ生き残れねぇ。――分かるか? 賄賂は悪いことだから断る。……良いぜ? でもそれで賊になるってのか? 同じ悪いことじゃねーか。ならこれがどれだけ値打ちのある取引かって、分かるよな?」

 

 ……もし俺一人だったら、門番が言った通り賄賂を渡していたかも――いや違う。賄賂を渡すことすらできなかった。

 

 俺は一人じゃ無い。関さんがいる。そう思うだけで自然と心に余裕が生まれた。

 

 ここで俺の取る行動は一つ。

 

「これは人から預かった大切なお金。そんなことで大切な路銀は使えない」

 

 丁重にお断りするだ。

 

「――なら後悔させてやる」

 

 相手が武器を構える前に、俺は逃げ出すしかなかった。

 

 あっちへ行けと大勢の前で追い掛けられ、賊のくせに馬鹿な奴だと笑い声が聴こえてくる。どうやら町に入ろうと待っていた人達も、一緒になって笑っているようだ。

 

 門番を振り切り、俺は少し離れた街道の端に座りこんでいた。

 

 一人ではどうすることもできず、ただぼんやりと考え事をしながら大空を眺める。

 

「服くらい何とかなると思ったんだけどなぁ……」

 

 街道を歩く人達が俺を見て、逃げるように通り過ぎて行くのだ。

 

 声を掛けると悲鳴を上げられそうで、お願いすらできそうにない。

 

「そういや、関さん大丈夫かな。……ん、大丈夫。きっと大丈夫」

 

 彼女と別れた峠を見上げる。関さんの姿はまだ見えない。

 

 

 いつしか日は沈み、真っ赤だった空は次第に紫色へと変化していく。いつしか空には星が輝き始めていた。

 

「……腹減ったな」

 

 腹の虫が鳴いた。寝転がり、涼しげな虫の音に耳を傾けていたのに、一瞬にして現実に引き戻される。

 

 辛い記憶が蘇る。兵糧攻めはもうごめんだと身体を丸める。

 

 どうすることもできずただじっと耐えるだけ。無力であることを痛感させられた前の戦い。

 

 そして今も、ただ救いを待つことしかできない――

 

 ふと、しばらく遠退いていた足音に気付いた。

 

 日暮れの時間なのに、町から人が歩いてくる?

 

 足音が消え、大きな溜息が盛大に漏れた。

 

「町の宿にいないと思えば、こんな所にいたか」

 

 その聞き覚えのある声に身体を起こし、俺は彼女に精一杯の感謝を言葉に込める。

 

「――ありがとう」

 

 彼女は一瞬固まったあと、手に持っていた何かを俺に投げつける。

 

 ……服?

 

「んっ、んっ!! ……嫌な思いをさせてすまなかった。さっさと着替えて宿に戻るぞ」

 

「……本当にありがとう。関さん」

 

 俺の顔を見ようとはせず、彼女はそのまま町へと歩いて行った。

 

 

「あっ、貴女様は! どうぞお通りください!」

 

 踏ん反り返っていた門番が、敬礼までして彼女を通す。

 

 その門番の前を、関さんは堂々と歩いて行くが……。

 

 俺は速攻で門番に胸倉を掴まれた。

 

「気が弱そうな奴だと思っていたが、まさか賊事を働くとはなぁ……」

 

 異変に気付いた関さんがこちらを振り向く。

 

「そ奴は私の連れだ。服は私がやった」

 

 それだけ言うと彼女は歩いていく。

 

 門番が小声で脅す。

 

「……悪運の強い奴め。言ったらどうなるか分かっているだろうな?」

 

 そう言って胸倉を離した門番は、俺と眼を合わそうとはしなかった。

 

 関さんが立ち止まって、俺を待っていた。

 

 どうやら俺達のやり取りが気になったらしい。

 

「何かあったのか?」

 

「詰らないことだよ。本当に、詰らない。話す価値もない」

 

 賄賂の話なんかしても、面白くもなんともない。

 

 察してくれたのか、関さんはこれ以上この話題に触れようとはしなかった。再び俺の前を歩きだし、しばらく経って彼女は一度だけ手をぽんと叩いた。正確には叩いた音が聞こえた。

 

「……良し!」

 

 何か決めた関さんが、身体をくるりとこちらに向ける。

 

「元気が無い北郷のために、今日は美味しいものでも食べようではないか!」

 

 至極真面目な表情で言ったあと、ふっと軽く微笑む。

 

「それなら関さんの路銀を返さないと……」

 

「いや、それはお前が持っていろ」

 

 そう言って、金子の入った袋を見せてくる。結構な額だ。

 

「これどうしたの!?」

 

「私を襲ってきた盗賊の一人が、親分は賞金首と言っていたのでな……」

 

「落し前って、まさか……」

 

「あぁ。服を汚――……。この私を襲ったのだからなっ! 当然その責任は頭にある。落とし前はしっかりとつけさせて貰った」

 

 うんうんと頷きながら、関さんが言葉を続ける。

 

「賞金首だけあって、相当この町の者達を悩ませていたようだ。庄屋殿が本当に喜んでくれてな、私達に宿を用意してくださるそうだ。……ここだな」

 

 立派な建物の門を潜り、横目に池を眺めながら長い回廊を歩き続け、漸く受付のある部屋へと辿りついた。

 

 正面には受付があり、漢王朝御用達と書かれた掛け軸が飾ってある。その左側には座り心地の良さそうな豪華なイスが幾つか置かれていて、ここの宿泊客だろうか。そこに座って瓦版を読んでいる人がいる。

 

「お前はそこで待っていろ」

 

 そう言って、床に敷かれた赤い布の上を歩いて行く。

 

 ……本当に凄いな。

 

 星と旅をしていて、こんな立派な宿に泊まることなんて無かった。置き物一つに贅を凝らす宿だ。それなりの身分の者しか泊まることはできないだろう。

 

 というか、漢王朝の御用達の掛け軸は、もしかすると保養施設みたいな意味合いが含まれているのかもしれない。

 

 関さんは受付台から身を乗り出して、内緒話をするかのように手続きを始めると、突然宿屋の主人の口が塞ぎこちらを見てきた。

 

「どうかした?」

 

「――いや、何でも無い! さぁ、案内してもらおうか」

 

「で、ではお部屋に……」

 

 池に挟まれた渡り廊下を歩いていく。どうやら部屋は離れの客室になるみたいだ。なんでも、この渡り廊下でしか行けない構造になっているらしい。

 

 そんな所に関さんが案内されるということは、相当賊に苦しめられていたんだろうな……

 

 部屋へ向かう道中、宿の主人と関さんが世間話を始めた。俺は黙って耳を傾けることにする。

 

「ご案内するお部屋は賓客を持て成すためにと贅を凝らした一室でして、ご利用いただいたお客様からは皇帝になった気分だとご好評を頂いております。そうですな、詳しくは言えませんが、最近では名門中の名門と言われる方がお泊りになられましたな」

 

「ほう、それは凄いな。だがそのような場所で無くとも私は別に――」

 

「庄屋様からは、町の者達を悩ませていた盗賊共を退治していただいたお礼とのこと。町の恩人に失礼があっては庄屋様にお叱りを受けてしまいます」

 

 ハハハッと主人が笑ったあと、小声で話を続ける。

 

「それに誰が聞き耳を立てているか分からないご時世。高貴な者も浮世を離れ、享楽的に過ごしたい日もございましょう? そのような場所を提供できることが、我が宿の自慢でございます」

 

「必要なかろう」

 

 関さんは眉を顰めてそれを一蹴する。

 

「ハハハッ。では貴女のような方にと致しましょう。部屋の雰囲気もさることながら、からくりで回転するんですよ。寝屋が。これがまた新しいと好評でしてね――」

 

「なっ、眼が回るのではないか!? 何故そのような余計な物を……」

 

「回る暇もございませんでしょ? ささ、こちらでございます」

 

 主人が部屋の扉の開けると、関さんは素直に感嘆の声を上げる。

 

「……これは凄いな」

 

 周りの壁には金で掘られた四聖獣の彫刻。蝋燭の炎に照らし出された朱い部屋。そして一番目を引くのが中央に置かれた寝屋だ。

 

 大人二人がゆったり眠れる大きさ。細かい刺繍が施された天蓋の中で、枕の傍に置かれたオシャレな行燈の優しい灯りに、そこが二人だけの空間なのだと意識させられてしまう。

 

 いや、待て……。いくら何でも考えすぎだ。ここが関さんのためだけの一室なら、何の問題もない。

 

 ……だけど贅を凝らした対の調度品が、全てを物語っていた。

 

「向こうの扉の奥は水風呂になっております」

 

「――あのさ」

 

「どうした北郷?」

 

 意外とあっさりとしている関さん。もしかして俺が思っている場所とは違う?

 

「ここってさ、……愛し合う男女が人目を忍んで会うような場所だろ?」

 

「――!?」

 

 その一言に関さんは絶句し、主人は一瞬固まったあと、声を上げて笑い始める。その笑い声に安心したのか、関さんの表情が安堵の色に染まる。

 

「何を当り前のことを……」

 

「――!?」

 

 関さんの心に何かが突き刺さった。……気がした。

 

「私達はそういう間柄ではない!」

 

 関さんの大声に驚いた主人は、口を開けたままじっと関さんを見詰めた後、ニコリと微笑んだ。

 

「またまた~! 庄屋様からは訳ありと聞きましたよ? 若い男女が二人で旅をしていて、訳ありといえば相場は決まっておりましょう! 応援致しますぞ!」

 

 関さんはうぐっと言葉を詰まらせる。

 

 ハハハッと笑う主人を見て俺は思う。どうして宿屋の主人は思い込みが激しい人ばかりなんだろうと。さすがにこの部屋に二人放り込まれては後が気まずい。

 

「庄屋様のお気使いには大変感謝しています。ですが何もかもが豪華で落ち着けそうにありません」

 

 主人が笑うのを止めた。

 

「私も彼女も長旅で疲れてますし、ゆっくり休める部屋に変えて貰っても構いませんか? もちろん料金は、支払いますので……」

 

 誠意を込めれば伝わるものだ。それならばと主人は部屋を二つ用意してくれ、しかも町の恩人から御代を頂くなんてどんでもないと、料金を請求されることもなかった。

 

『良心的な人で良かったね』と話を振っても、『そうだな』と素っ気なく返す関さんと、驚くほど豪華な夕食を済ませたあと――

 

 案内された部屋の前で、俺は改めて彼女に頭を下げた。

 

「関さん、迷惑かけてばっかりでごめん。――それから、ありがとう」

 

 関さんは扉と向かい合ったまま、俺にこう告げた。

 

 私の中では、お前は賊だと。賊である限り、その言葉は私に届くことはないし、嬉しいとも思わないと。

 

 そして彼女は扉を開けて部屋の中へと入っていった。

 

 だから俺は胸に刻む。――この恩は絶対に忘れないと。

 

 

 朝起きた時にはすでに関さんは部屋におらず、俺は一人町中を出歩くことにした。

 

「筵いかがですかー! 丈夫で長持ち! 便利な筵ですよー!」

 

「筵?」

 

 聞き慣れない言葉に顔を向けると、お客さんを探そうとキョロキョロしている女の子に目が止まる。

 

 俺と同じような庶人の服を着て、腰まで伸びた桃色の長い髪。左右の羽飾りの髪留を見るからに、オシャレに気を使う年相応の女の子だ。

 

 透き通る海のような瞳で俺を捉えて破顔一笑。

 

 そのほわほわとした笑顔に吸い寄せられる俺。

 

 彼女は商品の筵を両手で掴んで、胸の前に持ち上げる。

 

「えへへ、素敵な素敵なお兄さん。筵、お一つどうですか?」

 

 歌うように聞いてきた彼女に筵の意味を問うと、彼女は筵を地面に置いてそこに座る。

 

「お外で宴会するときや旅の途中で疲れたときに、ちょっと座りたいなーって思ったら、ほら、こうすれば服を汚さないで済むでしょ?」

 

 なるほど、ござのようなものか。……一つあると便利かもしれない。

 

「なんでしたら、座り心地確かめてください♪」

 

 俺の腕を両手で掴んで、くいくいと引っ張る。

 

「屈んで屈んでー♪」

 

 両肩を押されるまま女の子が座っていた筵に座らされる。

 

 初対面だというのに、その距離感は驚くほど近い。でも嫌じゃない。不思議なことにそれが自然だと思えてしまう。

 

「痛くないね」

 

「……あっ、はい! えっと、あの~」

 

 突然歯切れが悪くなったことを不思議に思い、俺は後ろを振り返る。

 

 彼女からは笑顔が消え、何か戸惑っているように思えた。

 

「お兄さんは、旅の人ですか?」

 

「旅の人に……なるのかな? 幽州まで行くんだ」

 

「幽州ですか? 私、幽州の啄郡の出身なんですよ!」

 

 思わぬ共通点が見つかり、二人して声を弾ませる。

 

「へぇ! どんな所なの?」

 

「田んぼばかりですけど、村の人達は皆良い方ばかりですよ♪ よいしょっと――」

 

 俺の隣に膝をついて座ると目の前の筵に手を伸ばす。

 

「こっちは藍(ラン)おばちゃんが編んだ筵で、こっちが杏(アン)おばあちゃんの筵。同じ筵でも、一つ一つが違うんですよ」

 

 この時代に筵を大量生産できる機械があるはずもなく、言われてみて確かにと思う。どれ一つ同じ物はなく、温かみのある物ばかりだ。

 

「村の皆が作った筵を売って、買い物を済ませて帰らなくちゃいけないんです」

 

 綺麗に編まれた物が多い中、少し歪んだ物を手に取って見比べようとすると、彼女は俺の手から筵を一つ奪い取って後ろに隠してしまった。

 

 俺の視線は隠された筵……ではなく、無防備に突き出された大きな胸に釘付けだ。

 

 まさに『素晴らしい』の一言。顔を埋めれば、そこはきっと天国……

 

「うー、よりにも寄って村一番の筵織りと言われる、菜(サイ)おばあちゃんの筵と比べるなんてあんまりですよ~」

 

 ――つまり。

 

「隠したそれは……」

 

「私が編んだ筵です。とほほ……」

 

 がっくしと落ち込む彼女。ならばと手に取った筵を二つ貰うことにする。

 

「じゃぁ、この村一番の筵と君が隠している筵、二つください」

 

「えっ!? でも私が編んだ筵より他の皆の筵のほうが……」

 

 くださいという俺の言葉に、隠れていた筵が前に出てくるものの、彼女は躊躇してそれを渡そうとはしてくれない。

 

 どうしてだろうと、分かりやすく彼女の顔に書いてあった。

 

「知っている人が作った物ってさ、不思議と安心感があるんだよ。確かに皆と比べて少し出来が悪いかもしれないけど、でも頑張ったって気持ちが伝わってくる」

 

「……はい!!」

 

 嬉しそうな彼女の笑顔を見ていると、何故か俺まで嬉しくなってしまう。

 

 そんな可愛い女の子と俺は出会った。

 

 

 沢山の人が行き交う大通りで、私と同じような庶人の服を着た、同じ年頃の男の人と目が合った。

 

 村には年頃の男の子はほとんどおらず、小さな男の子か一周り歳の離れた男性しかいない。

 

 普段と違って胸がドキドキしている。茶色の瞳に艶のある髪。私よりも背が高くて、少し頬がこけて痩せている。

 

 ……自然に笑えてるよね?

 

 でもそんな心配はよそに、お兄さんは私に笑顔を向けて近付いてくる。

 

「えへへ、素敵な素敵なお兄さん。筵、お一つどうですか?」

 

 村自慢の筵をお勧めしてみるが、お兄さんは筵を知らないという。とっても驚く。

 

「お外で宴会するときや旅の途中で疲れたときに、ちょっと座りたいなーって思ったら、ほら、こうすれば服を汚さないで済むでしょ?」

 

 実際に説明してみるとお兄さんは納得という表情で、並べた筵を眺め始めた。

 

「なんでしたら、座り心地確かめてください♪」

 

「いやっ、でも……」

 

「屈んで屈んでー♪」

 

 遠慮するお兄さんの腕を引っ張って、少し強引だけど座って貰うことにする。きっと村の筵を気に入ってくれるはず。

 

 そのとき、筵の感触を確かめるお兄さんの、背負っている剣に目が留まる。

 

 剣柄まで布でぐるぐると大切に巻かれていて、その柄の先から伸びる紐には水色の宝玉の飾りが……。

 

 ――あっ、盗まれた私の剣とお揃いなんだ! 何だか嬉しいな~♪

 

 あの男の人に盗まれていなかったら、お兄さんとお揃いだって話が……、ってあれ?

 

「痛くないね」

 

「……あっ、はい! えっと、あの~」

 

 ……何だろう。この気分。何か忘れてるというか、抜けているというか。

 

「お兄さんは、旅の人ですか?」

 

「旅の人に……なるのかな? 幽州まで行くんだ」

 

「幽州ですか? 私、幽州の啄郡の出身なんですよ!」

 

 思わぬ共通点、声が弾んでしまう。お兄さんから幽州について質問される。

 

 んっと……、何もないなぁ。

 

「田んぼばかりですけど、村の人達は優しくて、皆良い人ばかりですよ♪ よいしょっと―― こっちは藍おばちゃんが編んだ筵で、こっちが杏おばあちゃんの筵。同じ筵でも、一つ一つが違うんですよ」

 

 そんな皆が作った筵を、お兄さんが一つ一つ手に取って見比べる。

 

「村の皆が作った筵を売って、買い物を済ませて帰らなくちゃいけないんです」

 

 ――って、それは!!

 

 恥しさの余り、お兄さんの手からそれを奪い取るようにして後ろに隠す。

 

「うー、よりにも寄って村一番の筵居りと言われる、菜おばあちゃんの筵と比べるなんてあんまりですよ~」

 

「隠したそれは……」

 

「私が編んだ筵です。とほほ……」

 

 村の女性なら誰でも織れる。でも綺麗にできないのは、私だけ……。

 

 不器用な女の子だって、思われたに違いない。

 

 するとお兄さんは、懐から路銀を出して……

 

「じゃぁ、この村一番の筵と君が隠している筵、二つください」

 

「えっ!? でも私が編んだ筵より他の筵のほうが……」

 

 皆同じ値段にしているのに、どうして私のなんかほしいって言ってくれるんだろう。……同情かな。

 

 そう思っているとお兄さんが笑って説明してくれた。

 

「知っている人が作った物ってさ、不思議と安心感があるんだよ。確かに皆と比べて少し出来が悪いかもしれないけど、でも頑張ったって気持ちが伝わってくる」

 

 私が編んだ筵、このお兄さんが使ってくれるんだ。それってとっても――

 

「……はい!!」

 

 笑顔でお兄さんを見送って、気が付いた。私の剣に、お揃いなんてあるはず無いんだってことに――

 

 

 関さんと俺の筵を貰って歩き始めたとき……

 

「――あっ!! 待って、待ってください、お兄――きゃぁっ!!」

 

 慌てて俺を呼び止めようとした女の子が並べてあった筵に躓いてこけると、その勢いで筵が豪快に散らばった。

 

 顔を真っ赤にして起き上がると、服に付いた砂も叩かずに追いかけてきた。

 

「その背中に背負った剣!! 見せて貰って、うわわわわっ――!!」

 

 今度は足が縺れて、ぶんぶんと手を振り回しながら倒れそうになっている。

 

「――とっ、セーフ!」

 

 女の子を抱き止めると、ほのかな甘い香りに胸が締め付けられる。とっても柔らかで、ぎゅっと強く抱きしめたくなる衝動を必死で抑えつける。

 

「――えっ?」

 

 身体を離すと女の子は顔を真っ赤にして後ろに下がるも、すぐに詰め寄って俺の袖を掴んだ。

 

「――背中の剣! 見せて下さい!」

 

「えっと……、ごめん。ちょっと見せられないかな」

 

「そんなっ!!」

 

 煌びやかな宝剣なのだ。人通りの多い場所で見せる訳にはいかない。

 

 ががーんと項垂れる女の子に突然どうしたのかと聞くと、悪い男に剣を取られて殺されそうになったのだそうだ。

 

「崖から落ちて、運良く生き延びたのは良かったのですが……」

 

 男を探す当てもなく、例え探し出しても取り戻すことは叶わないだろうと半分諦めていたところに、この剣に付いていた宝玉の飾りが目に入ったのだそうだ。

 

「――たまたま一緒とかは?」

 

 彼女は首を横に振り、その理由を答える。

 

「それは先祖代々私の家に伝えられてきた、大切な剣なんです。偶然一緒だなんて思えません! だから――」

 

 彼女はその瞳に恐怖と期待を滲ませて、真剣な声で核心をついた。

 

「失礼を承知で申し上げます。その剣はお兄さんの剣ですか――!?」

 

 ……まさか、この子が?

 

 いや、先祖代々なんてこの時代ならよくあることかもしれない。

 

 なら彼女が嘘を吐いて、俺から騙し取ろうとしているとでも?

 

 この子に限ってそれはないと信じたい。

 

「あのですね! 柄が黒色で、真ん中に赤色の宝玉が埋め込まれていてですね、えっと、その上辺りに龍の鱗のような装飾があって、それから、自分の顔が映っちゃうくらい金ぴかで、刃が怖いくらい綺麗で!」

 

 唖然とするしかなかった。鞘から抜いていないのに、彼女はそれの特徴を必死に語る。

 

 間違いない。彼女が劉備だ。

 

「盗まれたって言ったよね?」

 

 彼女が頷く。

 

「確かに……、確かにこの剣は俺の剣じゃない。劉備って男が持っていたものなんだ」

 

「――!?」

 

 絶句した彼女が、声を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「劉備は私の名前です。私は劉備、字を玄徳と申します」

 

 劉備――三国志演義の主人公で、関羽、張飛と義兄弟の契りを結び、義勇軍を旗揚げし、後に蜀の王となる人物。

 

 彼女が……その劉備。

 

 星が、趙子龍がすべてを捧げたいと思える人物。

 

 ……女の子だ。

 

「――お兄さん!! お願いです。その剣を私に返して下さい!! 大切なものなんです!!」

 

 気付けば俺達の周りに人集りができていた。

 

「お兄さん、お願いです!」

 

 必死に俺を揺すって懇願する彼女の向こうに、ふと見覚えのある人物を見つける。

 

 ……関さんだ。

 

 いつからそこにいたのか、彼女は人混みの中でこちらの様子をじっと見詰めていた。

 

 そんな彼女が静かに首を横に振った。

 

 ――渡しちゃいけないってことなのか? どうして?

 

 驚く俺に、自分で考えろと人差し指で頭をトントンと叩く。

 

 ……そうか。関さんはこの女の子が本物の劉備だって分からないんだ。ならそれが証明できれば関さんも納得するはず。

 

「お礼ならします。私にできることなら何でもしますから!」

 

「待って、落ち着いて! 別に返さないなんて言っていない。ただこっちにも都合があって――」

 

「――はっ、お金ですか!?」

 

 そう言って、彼女は懐から路銀を取り出して青褪めると、別の袋に手を伸ばして首を振る。

 

「……ダメ。これはダメ」

 

 それは村の皆の筵を売った、大切なお金に違いない。

 

「落ち着いて! 別に俺はお金がほしいなんて一言も――!!」

 

 俺の声が届かないほど彼女は焦り、悩んでいる。この機を逃せば、もう二度と取り戻すことはできないと。

 

 そして彼女は、この人集りの中心でとんでもないことを口走った。

 

「足りないなら、頑張って、身体で払いますから! 何でも言うこと聞きますから! どうかっ、どうかっ!」

 

 どよめきが起こった。

 

 ――そうか。そういう意味だったのか。

 

「あぁっ、こっちきて――!」

 

 軽蔑の眼差しを向けられ、最低だと罵られる中、俺は彼女の腕を引っ張って人気のない路地裏へと急いで逃げ込む。

 

「武術の腕前は?」

 

 戸惑いながらも首を横に振って答える。

 

「えっと……、ありません」

 

「そっか」

 

 関さんが駄目だと、首を振った理由に気付くことができなかったら、俺は一生後悔していただろう。

 

 運良く武器になりそうな木の棒を見つけ、そこで立ち止まることにする。

 

「まず言わせてほしいんだけど、俺が背負っている剣は、劉備さんが盗まれた剣で間違いないよ」

 

「――本当に!? それじゃぁ!」

 

「でもごめん。この剣は今すぐには返せそうにないんだ」

 

「――どうしてですか!?」

 

「最初に見せてほしいって頼まれたときに、見せられないって言ったよね?」

 

「はい」

 

「宝剣だからなんだ」

 

「……あっ」

 

 彼女も気付いたようだ。

 

「私、お兄さんが意地悪してるんだとばかり……」

 

「気にしないで。でも、そっか……」

 

 これほどまでに大切に想う姿を見せられると、本当にこの剣を守り抜いて良かったと思える。

 

「さっきのやり取りで、この剣が値打ちのある物だって気付いた奴がいるかもしれない。今劉備さんにこの剣を返すと俺はきっと後悔すると思う」

 

「じゃぁ、一体どうすれば……」

 

「確か劉備さんは幽州啄郡の出身だったよね。詳しく教えて貰ってもいいかな?」

 

「えっ? あ、はい。幽州啄郡の啄県にある楼桑村という村で、母と二人で暮らしていて……」

 

「啄県の楼桑村だね。届けるよ」

 

「届ける? ……えっ!? 届けてくれるんですかっ!?」

 

「この剣を元の持ち主に返す。それが幽州に向かう目的の一つなんだ」

 

 どうして届けてくれるのだろうと、彼女は不思議そうに俺の顔を覗き込む。

 

「まぁ、いろいろあってね。そういうことにしておいてほしいんだ。――必ず楼桑村の君の家に届ける。俺のこと、信じてくれる?」

 

「……はい」

 

 彼女は両手で顔を隠して、俯いてしまう。

 

「あぁ、ごめん! 本当にごめん!」

 

 やべっ、どうしよう……!! 

 

「違うんです、違うんです……」

 

 そう言って、彼女は何度も首を振った。

 

「へっへっへ、兄ちゃん、良いことしてるじゃね~かぁ」

 

 声のしたほうへ視線を向けると、一人の男が近付いてくる。

 

「待ってな~可愛い子ちゃん。俺様がその大切な剣、すぐに取り戻してやっからさぁ」

 

「あ、あのっ! 違うんです! 私の誤解だったんです。もう――」

 

「あぁ、そう言えって脅されてんだな。心配するこったねぇ。俺様も金なんていらねぇさ。ちょっちその身体で払って貰えればなぁ……」

 

 舐め回すような嫌らしい視線に恐怖したのか、彼女は俺の後ろに隠れてしまう。

 

 ――あ、ちょっとやばいかも。

 

 守ってあげたくなるって、こんな感じなんだ……。

 

 こんな風に頼りにされることなんて無かった俺。当然気合が入る。

 

 木の棒を拾って、中段に構える。

 

 ――じいちゃん。北郷一刀、男になります!!

 

 

 男は腕に自信があったのか、武器を持たずに突っ込んでくる。

 

「劉備さん、危ないから離れてて……」

 

「キザ野郎が! 赤っ恥掻かせてやるぜっ!」

 

 突進してきた男の喉元を突き刺すように、武器を軽く伸ばす。

 

 当然交わそうと身体を曲げる男。その横側へと回り込みながら軽く押し当ててやると、自らの勢いで男が飛ぶように倒れた。

 

 武器を持つ者と、持たざる者。武芸を嗜んでいる者と、いないもの。この違いは驚くほど大きい。

 

 男の突進を何度か往なし、隙あれば打ち込む。しだいに男の息は上がり疲れが見え始める。

 

「糞がっ!」

 

 腹を立てればその動きは単調となりさらに読みやすくなる。

 

 小手が綺麗に決まり、男の顔が苦痛に歪む。

 

「おっ、覚えてやがれ!!」

 

 手首を擦りながら、男が逃げていく。

 

 ……っ、疲れた!

 

 身体から力が一気に抜けていく。

 

「お兄さん凄い!」

 

「いや、全然そんなことないって!」

 

 二人で笑い合う。

 

「案の定出てきたな。ま、仕方ないか。劉備さんに『身体で払いますから!』ってお願いされるんなら、俺だって何とかして手に入れたいって思うし」

 

「……優しいんですね」

 

「いやいや、そういう意味じゃないから」

 

「へっ……?」

 

 彼女としては“働いて稼いで返す”って意味なんだろうけど、世間の意味合いでは全く別の意味だ。

 

 そのことに気が付いた彼女が、顔を真っ赤にしてもじもじと俯いてしまう。

 

 ――あぁっ、もうすっげぇ可愛い!!

 

 そんなことばっかり考えていたから、俺は読み間違えてしまう。

 

「――いたぞっ!」

 

 その一声に、また来たかって思った瞬間――

 

『うぉぉぉぉ――――!!』

 

 鬨の声が上がった。

 

「嘘だろ――!?」

 

 その光景に、俺は動揺を隠さず叫んでしまう。

 

「見ろ! あの男が背負っている剣だ! あれさえあれば――!!」

 

「あの子が何でも言うこと聞いてくれるっ!」

 

「あの子が身体でお礼をしてくれるっ!」

 

「あの子があんなことや、こんなことっ!」

 

『――堪らねぇぇぇっっ!!』

 

 度肝を抜かれ、立ち竦んでいた俺の背中を劉備さんが押した。

 

「お、おおお兄さん! 逃げて、早く逃げてーッ!!」

 

 俺は全力で走りだす。この欲望に満ち溢れた男達から、逃げ果せる唯一の手段へと。

 

 

 朝、誰かが私の部屋の扉を叩いた。叩くだけで一向に入ってこない。

 

「関さん、いる~?」

 

 やはりお前か。何をしにきた!

 

「あれっ、どっか出掛けたのか……」

 

 ……読めたぞ。昨日の私を笑いにきたに違いない。

 

 北郷は扉を開けること無く、ここから立ち去ろうと歩きだした。

 

 そっと顔を覗かせる私に気付くことなく、そのまま突き当たりの角を曲がっていく。

 

 静かに、その背中を追いかけた。追いかけながら考えた。

 

 ――賊か、庶人か。それとも高貴な身分の子息か何かか。

 

 貴族、豪族の線は薄いと見ていた。が、庶人とは縁の無いあのような場所を知っていたことでその線を捨てきれなくなった。それにあの立ち振る舞い。庶人とはまた違うものがある。

 

 ……いつまでも隠し通せるものではない。必ずどこかで襤褸が出るはずだ。

 

 今日こそ、その正体を暴いてやる。

 

 北郷は市へと向かう。私は人ごみに紛れ、気配を消しながらあの男の後ろをつける。男は辺りを興味深く見渡している。

 

 ……仲間と打ち合うつもりか。

 

 っと思ったが、あの好奇心を満たさんと走りまわる子供のような動きに、一瞬にして気張りすぎだと溜息を吐くことになった。

 

 一件の本屋に客の振りをして紛れ込み、適当な本を手に取って男の様子を窺う。

 

「筵~、筵はいりませんか~?」

 

 可愛らしい声に興味を持ったのか、筵売りの娘へと引き寄せられていく姿を見て、私は内心苛立っていた。

 

 何度か言葉を交わし、楽しげに笑う二人。

 

 そう、あのような娘にこそ可愛いという言葉はあるのだ。無骨者の私が可愛いなどと言われる道理は無い。

 

 ――おのれ、北郷の奴。

 

 言葉巧みに誘い出し、あの娘に指一本でもちょっかいを出そうものなら、刀の錆にしてくれる。

 

「――っ!」

 

 女の胸ばかり見ている。やはり賊か!? っと思ったが、女も女だった。

 

 ――余りにも無防備すぎるだろう!

 

 あのように目の前で胸を突き出されたら、庶人でも北郷のような反応して当然。……だが癪だ。当然なのに、北郷という理由だけで憤りを感じてしまう。

 

「……ふんっ」

 

 殺気を放っても、あ奴は私に気付きもしない。それどころか、私が預けたお金で筵を二枚も買おうとしていた。

 

 一枚で充分だろうに二枚も買うとはっ! ……いや、あの男に預けてみた路銀だ。あの男が何に使おうと私には関係ない。だが……

 

「……あの、お客さん?」

 

「何だ、店主!?」

 

「ひっ、そんなに力を入れてしまいますと、商品の本が破れてしまいます。それに立ち読みはご遠慮願いたいのですが……」

 

「……あ、あぁっ! それは済まなかったな。これで足りるだろうか?」

 

“阿蘇阿蘇”と書かれた少し大きめの本を先日の報酬で購入したそのとき、私は外の異変に気が付いた。

 

 先ほどまであんなに笑顔だった二人が揉めている。

 

 北郷が背負うあの剣を、私の剣ではないかと、女が悲壮な表情で北郷に詰め寄る。

 

 ――馬鹿な。そんな偶然などあるはずがない。

 

 二人が話し合っている。……駄目だ、遠すぎて何を話しているのか。

 

 人集りに紛れこみ、二人の様子を近くで窺うと、北郷の表情から彼が迷っていることを察する。迷うことは北郷に心当たりがあり、また可能性を見出したということ。

 

「――お兄さん!! お願いです。その剣を私に返して下さい!! 大切なものなんです!!」

 

 その一言に、周囲の男達の気配が怪しくなることに気付く。

 

 しかし空気が変わったことに気付けない北郷。

 

 今背負っている剣を渡せば女は襲われ、剣を奪われるだろう。そんな簡単なことにも気づけないのか。

 

 ――私に気付け。気付け、気付け、気付けっ!

 

「お兄さん、お願いです!」

 

 そのとき、北郷の瞳が私を捉えた。

 

 すぐさま私は首を横に振る。渡してはいけないと……。

 

 彼の驚いた表情に伝わったことを知る。どうしてかは頭を使えば分かるだろうと身振りで教えてやる。

 

 女は興奮して周りが見えていない。その剣がどれほどの値打ちなのか説明しているようなものだ。

 

「足りないなら、頑張って、身体で払いますから! 何でも言うこと聞きますから! どうかっ、どうかっ!」

 

「んなっ――!!」

 

 開いた口が塞がらない。

 

 ――身体で払うだと!?

 

「あぁっ、こっちきて――!」

 

 北郷が逃げるように、女の手を引っ張って路地裏へと消えてしまった。

 

「ふふっ、ふふふ……」

 

 次に会った時が楽しみだな。北郷――?

 

 彼を追えない。いや、追うことができないと言った方が正しいだろう。

 

「全く……、後先考えぬ奴だ」

 

 筵をこのままほったらかしにしていれば、戻ってくる頃にはすべて無くなっているだろうに。

 

「へへっ、筵が落ちて――」

 

「おい、貴様……」

 

「あ? 何だ、姉ちゃん」

 

「その筵に触れたら、どうなるか分かっているな?」

 

「いいじゃねぇか、一個くらい」

 

「口で言っても分からぬか。なら……」

 

 私は男の腕を捻り上げる。

 

「痛いたいたいたい! 分かった! 分かったから放せ!」

 

 男が恨みがましい顔で逃げていく。

 

「さてと……」

 

 散らばった筵を拾い終わると、私は娘の帰りを待つ間、偶然買った本を読むことにする。

 

「春の新作を手に入れる、洛陽買い物観光。愛する人と行ってみたい、洛陽の行列ができる甘味屋と、お洒落な飲み屋……」

 

 私は本の表紙を確かめる。“阿蘇阿蘇”と書かれた下に、小さな文字で『洛陽で流行を先取り』と書かれている。

 

「洛陽は流行の最前線、好敵手に差をつけろ、春の新作、化粧……私には縁のない内容ばかりではないか」

 

 目次を流し読む私は、とある一文に目が止まる。

 

「今、洛陽で流行りの衣装、武官編!?」

 

 ……こほん。

 

 その内容をじっくりと確かめる。

 

「………………」

 

「…………」

 

「……」

 

「――何だとっ!?」

 

 私はもう一度、その内容を指で追って確かめることにする。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 よりにも寄って北郷が私の服を選ぶとき、声に出していた内容そのままではないか。どう考えても、あの男の単なる欲望でしかなかったはずだ!

 

 それが、流行だというのか……

 

 もう一度視線を本に戻す。

 

 膝上まである靴下を履き、短めの下と組み合わせることで、秘めた魅力を引き出せるのだという。

 

 わ、私に秘めた魅力など……

 

 ふと歩いていた女性武官に視線を向ける。

 

「……」

 

 馬に跨り、私の目の前を走って行った女性武官にも注目してみる。

 

 私と同じ年頃の武官の多くがそれを嗜んでいるではないか。

 

 ――武人としては当然、身形には気を使うべきだ。

 

 それに『流行に疎い』と舐めらても癪だ。

 

 言いかえれば情報に鈍感。それでは話にならん。

 

 情報の大切さは言うまでもなかろう。

 

 べ、別に私が着ても何一つ可笑しなことは……ない、はず。飽く迄、飽く迄流行に基づいてだな、――結果的にあ奴が喜ぶかも知れんが、それは仕方……

 

「関さーーん!!」

 

 ……ん? この声は。

 

 北郷が一直線に、私に向かって走ってくる。

 

 彼の後ろには砂煙を上げて走ってくる下種共が見えた。

 

 ――正直、関わりたくない。しかし筵売りの娘のために、なにより武人として逃げる訳にはいかなかった。

 

 北郷は背負っていた剣を手に取ると、私と擦れ違い様に……

 

「関さぁぁんん、パァーースッ!!」

 

 意味不明な言葉を叫んで私に剣を押しつけると、そのまま走り去ってしまった。

 

 息を切らした下種共が私の目の前に立ち塞がる。

 

 ……ハァハァと、この上なく耳障りだ。

 

「へっへっへ……、よぉ姉ちゃん。その剣こっちに渡せば、痛い思いしなくて済むぜ?」

 

「……」

 

「痛い思いするのはあの可愛い女の子だけどな!」

 

「……」

 

「馬鹿、ちげーよ、痛いのは最初だけで、すぐ気持ち良く――」

 

「……おい、貴様等、私を誰だと思っている?」

 

「あん? 誰だって言うんだよ――!?」

 

 ……あの男がいないことを確認して、私は名乗りを上げた。

 

 

 夕刻――。

 

 関さんに宝剣を押しつけ騒ぎが収まるまで姿を眩ませたあと、宿に戻った俺は彼女の部屋の目の前にいた。

 

 宿屋の主人に聞けば関さんはすでに部屋に戻っているらしく、俺が戻ってきたら部屋に来るようにと伝えてきた。

 

 予想はしてたけど、……どうしよう。

 

 いや、どうするもなにも、謝るしかない。そのために謝罪の品だって買ってきたんだ。

 

 ……関さんのお金でだけど。

 

 意を決して、扉をノックする。

 

「関さん、俺だけど……」

 

「……入れ」

 

 長い沈黙のあとの一言。それだけで彼女が怒り心頭だって分かってしまう。

 

 扉を開けて部屋に入った瞬間、顔を掴まれ物凄い力で持ち上げられる。

 

 ――う、浮いてる! 浮いてる!

 

 容赦なくこめかみが締め付けられていく。彼女の片腕にぶら下がって首の負担を和らげるしかない。

 

「北郷は少々痛い目をみる必要がある。そうだな?」

 

「ッ……、サーッ! イエッサーッ」

 

 そのまま部屋の壁に叩きつけられ……

 

「ふざけているのか?」

 

「……サーッ、ノォォォォ!!」

 

 割れる! 頭蓋骨割ちゃぅぅううう!

 

 暴れる俺のポケットから、お約束と言わんばかりに最終兵器が零れ落ちた。

 

「……何だこれは?」

 

「げっ……」

 

「そうか。貢いで媚びろうと、そう言う訳か?」

 

 ――逆効果!?

 

「い、いや、それは……その……」

 

「随分とお盛んじゃないか? 筵売りが相当気に入ったようだな」

 

 締め付ける力がほんの少し緩まったことで、俺はなんとか言葉を紡ぐ。

 

「た、確かに彼女は良い子ぉぉおおお!!」

 

 ――それ以上はダメェッ! 逝ッチャゥゥウウッ!!

 

「これはッ、これは関さんにッ――!!」

 

 もう限界だと、彼女の腕を必死に叩く。

 

「……私に、だと?」

 

 受け身を取り損ない、息が出来ずに俺は苦しむ。

 

 呼吸が落ち着くまで、関さんは俺を見ろ下ろし続けている。

 

 ――言い訳をしないと、殺される!

 

 顔を上げた瞬間、俺は言葉を詰まらせる。

 

 これは夢か、幻か。関さんが布を巻いていない。それどころか、関さんが却下したニーソを履いている。

 

 ……一体、何があった?

 

「な、何だ!」

 

 短めの黒いスカートがひらりと揺れると、俺はその喰い込んだ太股に釘つけになる。

 

「だから、何だと言っている!」

 

 視線をさらに上に向け、またも釘つけとなる。

 

 抱きしめたくなるようなか細い腰回りには緑を基調にした布が巻かれ、お尻を隠すように何枚もの羽が広がっている。

 

 ――っ、スカートを抑えつける役目を果たしているのか。

 

 その縁は金糸で刺繍され、武人特有の華やかさを作り出している。

 

「……い、言いたいことがあるなら!」

 

 視線を上に移動させると、またも視線が釘つけとなる。

 

 覆う白い布が今にもはち切れそうなほど、その存在感を主張する胸。留めてあるボタンの糸が千切れて、今にも飛んでいってしまいそうだ。

 

 あ、あの胸が俺の背中に……。

 

「――ハッキリ言え!」

 

「……いつになったら、俺は関さんの顔を見ることができるんだ」

 

「どこを見て、言っているのだ貴様はっ!」

 

 大胆にさらけ出した肩。腰回りと同じような意匠の襟元。そして、ようやく関さんの綺麗な瞳へと辿りつく。恥じらいからか、頬が真っ赤に染まっていた。

 

「……その、襲っちゃっても、良いですか?」

 

 ばさりと俺の上に敷布が広がり、

 

「一遍、死んでこい!」

 

 被さると同時に見事な足払いが決まる。

 

 一瞬の浮遊感の後、再び俺は床へと叩きつけられる。

 

「――ふん!」

 

 関さんが俺を足で踏む。どうやら靴は脱いでくれているようだ……。

 

「えっと、もしかしてご褒美――?」

 

 剣が鞘から抜ける音がしたあと……

 

 ――ザクッ!

 

 顔の真横で何かが刺さった。

 

「……す、すいませんでした」

 

 関さんの説教は夜遅くまで続き、俺は夕食と翌朝の朝食抜きという辛い罰の中、次の町へと向かうことになった。

 

 

あとがき

 

 お待たせしました! 昇龍伝、地 第二章「思わく」です。

 

 日本語として色々な意味があるんですね、まさにピッタリじゃないか。ということで、こんな題名になりました。

 

 さて、ここで劉備登場です。彼女らしく書けているといいのですが……ドキドキ。

 

 前半は賊というレッテルを貼られた一刀のお話で、這い上がろうとしても……というお話。

 

 後半は町を散策していた一刀が、劉備と出会うお話。関さんを含め三人の視点で話を進めつつ、良い所見せたけど案の定な展開に、一刀が関さんに問題をまる投げして、お叱りを頂くというお話です。

 

 関さんの衣装とか上手く伝わってると良いなぁ。描写とか苦手なもんで……

 

 それでは、楽しんで読んで貰えることを祈りつつ、この辺で失礼します!

 


 
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