No.209420

真・恋姫†無双外史「魏after 再臨」 第一章 御使い、蜀の大地に降り立つ

テスさん

 注意
 ○四月一日はエイプリルフールです。テスが堂々と嘘を吐きます(最低です)
 ○魏afterですが、魏の人の出番がありません(最低です)

 それでも作品を読んで、少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。

2011-04-01 23:24:09 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:22180   閲覧ユーザー数:16962

真・恋姫†無双 北郷一刀 魏after

 

真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」

 第一章 御使い、蜀の大地に降り立つ

 

「――暑っ!」

 目覚めは最悪だった。

 気づけば全身汗まみれで気持ち悪って……

「へっ?」

 跳び起きる。

 羽織っていた黒のダウンを脱ぎながら、辺りを見渡す。

「……ここ、どこ? ……しかも何? この蒸し暑さ、ありえないし」

 俺を中心にして、どこまでも広がる荒野。

 こんな場所で寝た記憶はない。まして歩きで移動しようなんて思わない。

 とにかく、まずは状況を確認するほうが先決だ。

 俺の名は北郷一刀。聖フランチェスカ三年、もうすぐ卒業……。魏の仲間達と乱世を駆け抜けた――

「痛たたたっ!」

 尻に何かが食い込んで凄く痛い。……石?

 立ち上がって尻に付いた砂を叩き落とす。

「もしかして戻って……」

 いや、そう考えるのは早計だ。明らかに景色が魏じゃないし。

「だけど期待するなってほうが無理だよなぁ~」

 前夜の記憶を手繰り寄せる。

 確か……。荒川と別れたあと着替えずベットにダイブ。そのまま寝たんだっけ。

 でも夢では説明しがたい尻の痛さや、蒸し暑さは何だ。

 期待が膨らむと同時に、萎んで行く。

 ……また消えてしまうんだろうか。

 華琳を前にして碌な言葉も交わせなかった、あの時のように……。

 結局あの後、俺は道場で目を覚ました。

 じいちゃんは気絶した俺を置き去りにして、さっさと屋敷に戻っていたらしい。

 ――夢だったんだ。

 自分に何度もそう言い聞かせた。じゃないと、辛いだけだから。

 ただ、腑に落ちないのは忽然と消えた北郷家家宝の脇差の行方。

「……はぁ」

 期待してしまう俺って、本当に馬鹿だよな……。

 ――でも、もし許されるなら、もう一度皆に会いたいよ。

 っと、こんな所で立ち止まって弱音を吐いても、誰も迎えには来てはくれない。――自分から行動しないとな。

「んー。どこか街でも探さないことには始まらないか……」

 ――取り敢えず歩こう。道を歩いていけばきっと村があり、人がいるはずだ。

 移動しようとしたら、何かが足下に当たった。

 「……ん!? 竹刀袋!?」

 何でこんな所に竹刀袋が……。ますますよく分からない。

 中身を取りだして、俺は恐怖で震えた。

「何で? ……怖っ!!」

 その中には北郷家家宝、胡蝶ノ舞が入っていた。

 ……もう、深く考えることは止めにした。

 それにしても、これからどうしたものか。水も路銀も無いし……腹も減った。

 今手元にあるのは、竹刀袋に入っていた家宝の本差のみ。

 それに平和になったとはいえ、まだまだ油断はできないはずだ。

 野党と出会って、身ぐるみはがされては適わない。

 思えばこの広い荒野で遭難しているのだと、今更ながら不安と恐怖に襲われる。

 

 孤独に一本道を歩いていると遠くに砂塵が見えた。こっちに来る。

「――旗! どこの軍だ!?」

 じっと目を凝らす。

 色は緑色。……蜀の牙門旗!!

 それに左右に、厳と趙の文字。言わずと知れた、大徳、劉備の軍である。

「た、助かったかも……!! おぉぉい!!」

 俺は声を張り上げて、両手を振った。

 

「全軍止まれぃー!」

 良かった! 本当に良かった!

 緑の甲冑を着た兵士達が一糸乱れぬ動きで停止すると、色々と目のやり場に困る大人の女性が前に出てきた。

 男なら誰もが釘つけになるであろう大きくはだけた胸元に、白い肌。艶のある髪を簪で結い、顕わになった肩を揺らしながら、って、左肩凄いなっ!

 ――俺の頭よりも大きな赤い肩当てを填めている。そこに書かれた『酔』の一文字は、きっと彼女自身を表しているのだろう。

 歩き方にも気品が滲みでているというか、まるで孤高な一輪の花を思わせる。とても綺麗な女性だった。 

「そこのお前、このような場所でいったい何をしている?」

「助けて下さい! 気が付いたらここにいて、道が分からず困ってるんです! 近くの村か町まで運んでもらえませんか!?」

「ほぉ、そのような怪しい服を着ている者が、水も馬もなく、このような場所で迷子というのか、若いの?」

 素性を確かめるべく、頭の先から靴の爪先まで観察される。

 無理があるのは、百も承知でございます。

「でも、何て説明したらいいか……」

 ――目が覚めたらここにいた。

 本当のことを話しても通用しないと、華琳と出会ったときに勉強済みだ。

「賊の討伐に向かう前日に流れ星と思えば……。はぁ……、余り良くない兆しかのう」

 ……うっ、迷惑がられてる。

 でも引きさがるわけにはいかない!

「雑用でもなんでもやります。近くの村まで送ってください。お願いします!」

 全身全霊をかけて、頭を下げる。

「……むぅ。できるならそうしてやりたいが、これから賊討伐の任を受けておるのでな」

「そこを何とか、お願いします!」

 困った声を出した女性の傍に、カッポカッポと誰かが馬で歩み寄った。

「良いではないですか、桔梗殿」

 顔を上げる。――あれ? この人どこかで……。

「このまま放置して、野盗にでもなられるほうが厄介。それに助けを求める者を見捨てたとあっては、桃香様の名に泥を塗るようなもの」

「分かっておる。だからこうして悩んでおるのだ。見るからに戦の素人。戦いの邪魔になられては厄介極まりない」

 桔梗と呼ばれた女性からは、ため息交じりで素人はお断りだと、気の良い返事は返ってこない。

「ふふ、このような厄介事、私は大いに歓迎ですぞ?」

「星、良いのか?」

「構いませぬ。この趙子龍が、この者の身をお預かり致そう」

「……ふむぅ、ならば趙雲の指示に従え。勝手な行動は慎め?」

「あ、ありがとうございます!」

 これで行き倒れにならずに済む。そう思うと、自分が置かれていた状況に、今更ながら震え出す。

 蜀の二人はお互いの顔を見合せて頷くのであった。

 落ち着いた頃を見計らって、彼女達は俺の名を聞いてきた。

「お主、名前は?」

「北郷一刀。字がないところから来た。北郷と呼んでくれ」

「ふむ。我が名は趙雲、字は子龍」

「我は厳顔。この部隊の将を引き受けておる。……字がないとは珍しいな」

 ――驚いた。厳顔と言えば、劉備の入蜀の際、戦いに敗れて捕虜になっても、将としての誇りを捨てない堂々とした立ち振る舞いに、深く感銘を受けた張飛が縄を解いて厚く持て成したという人だ。

 青い髪と白い服を着た女性は趙子龍。言わずと知れた蜀の有名な武将。

 俺が一番最初に出会っていた三国志の英傑でもあり、所属する国は違えども、風と稟の盟友。

 ……本当に、拾ってくれてありがとうございます!

 何てことを考えていると、何やら胸の前で腕を組み、考えに耽る趙雲さん。

「北郷? はて、どこかで聞いた名――」

「――申し上げます!」

 前方に放っていた斥侯だろうか、二人に報告を始める。

「目標の賊軍は前方に四里に待機しております。数はおよそ二百」

「そうか。賊の味をしめれば人はもう終わりよ。人を捨てた愚か者共には、早々にあの世へ行って貰おうか」

「では北郷、後ろに下がって雑用を頼む」

「了解。邪魔にならないように気をつける」

 厳顔さんは部隊に次々に指示を出していく。

「五百の部隊を二つに分けて、両脇から相手の脇腹を食い破る。準備せぃ! 皆殺しにされた村人達の仇討ちよ! 一匹たりとて逃がすでないぞー!」

 兵士が武器を構えて将の命令を待っている。俺は後方部隊の人達に混ざって並んでいた。

 残念ながら蜀の鎧は無く、一人浮いている状況で気まずくて仕方がなかったのだが……。

 いざ戦いが始まってしまえば、それどころでは無かった。

 

「負けりゃ皆殺しだ! 後は無いぞ! 明日が為に奴等を殺せ!」

 賊は己が為にと死に物狂いで抵抗を始める。

 剣と剣がぶつかり合い怒声が……。

 肉体からは血が流れ悲鳴が……。

 遠い世界だったはずの殺し合いが、今、目の前で繰り広げられていた。

 ……戦場の雰囲気に呑まれてはいけない。

 震える身体を叱咤して、大声を張り上げる。

「――傷は浅い! 気をしっかり持つんだ!」

 後方へと下がってくる血だらけの負傷兵を救護する。

 血を失い、朦朧と助けを求める仲間の下へ駆け、血だらけの兵士を全身で受け止めて衛生兵の下へと運ぶ。

 そして、俺は槍を持って走る。傷つき、弱った者達に襲いかかろうとする賊から、仲間を守るために槍を突き刺す。

「ぐぇぇぇ……」

 相手は賊。容赦などできるはずがなかった。

「くっ!」

 槍を引き抜き、震える槍先を倒れた賊の喉元へと突き立てた。

「た、助かった! すまない!」

 その感謝の言葉に、俺の行動は決して間違っていないと、震える心に言い聞かせ続けた。

 戦場に目を移す。遠くの敵陣で白き雄が戦場を駆ける――

「この趙子龍の正義の一撃、存分に味わえ!」

 情け無用とばかりに立ち塞がる賊を、貫き薙いで屍の道を築きあげ、また反対側から、厳顔が雄々しく巨大な武器から矢を放ち、屍の海を作る。

「豪天砲の餌食になりたくなければ、踊れ踊れぃ!」

 見るも無残な仲間の姿に、賊は恐怖しながら必死に抗うも、幾多の戦場を経験してきた蜀軍の勢いは止まらない。

 一騎当千の武将の二人が前戦で奮闘すれば、敵が敗走するのも時間の問題だった。

 戦いも終盤に移り、盗賊たちが敗走を始めると、異変が起こった。

「星! そっちへ流れたぞ!」

「くっ!」

「へへっ、このままやられるだけだと思うなよ!」

 包囲陣を抜けた賊が死に物狂いで地を駆ける。北郷一刀と傷ついた兵たちがいる部隊に向かって……。

「ひぃっ、賊がこっちに来る!」

「こっちは怪我人ばかりだぞ!? このままじゃ、皆殺しにされちまう!」

「あっ、こら逃げようとするな! 死ぬだけだ! 戦うんだ!」

「み、見捨てないでくれ!!」

「分かっている! ――その手を放すんだ!」

 ――やばい。

 怪我をして動けない兵士達が恐慌を起こした。

 部隊長らしき人物は何人かいるものの、混乱を収めきれないでいる。

 このままではいけないと感じ取った俺は、指揮を取るために胡蝶ノ舞を引き抜き、怪我をした兵士達の中を歩きながら叫ぶ。

「ケガ人を一か所に集めるんだ! ここにいる全員で方形陣を敷く!」

 必死に助けを求める動けない兵士達の下へと向かい、縋りつく兵士の肩に手を置く。

「――絶対に見捨てない。仲間を信じるんだ。一緒にこのピンチを切り抜けよう!」

 兵士が落ち着きを取り戻したのを確認し、立ち上がる。狼狽えていた兵士達も冷静さを取り戻していた。

 ――よしっ。これならいける!

「戦える者は武器を持つんだ! 仲間を信じて仲間を守れ! 賊の初撃さえ耐えれば何も怖くない! すぐに助けが来る! ――誰一人欠けること無くこの戦いを乗り切るぞ!」

 

 一刀が先頭に立ち、陣を敷き応戦すると結果はあっと言う間だった。

 敗走する烏合の賊では、例え怪我をしていても、守りに布陣した精兵たちを崩すことは不可能だった。

「ちっ、こうなっちまったら分が悪すぎる! そのままずらかれっ!」

 賢いものは瞬時に逃げ出し、機を逃した賊は駆け付けた趙雲達に一瞬にして貫かれていく。

 何とか防ぎ切り、北郷一刀、約一年ぶりの戦に幕が下りたのだった。

「それにしても、とんだ拾い者よのぉ」

「ふふっ、まったくだ」

 笑いをこらえるかのように、二人は酒を口に含む。

「後方の指揮を、新人の隊長達だけに任せるのはちょっと……」

「未来の将を育てることも、我等の仕事よ――」

「何を仰るか。桔梗殿はただ前に出たかっただけでしょう?」

「そのままそっくり返してやろう。終わったことを気にするでない。ほれ、飲まぬか小童共」

「ですな。ということで、終わったことを気になさるな、北郷殿」

 俺は後方の指揮を取って窮地を凌いだということで、天幕の中でお礼とばかりに酒を振舞われていた。

「しかし酒を飲む良い口実ができたの。星!」

「いや、まったくですな、桔梗殿」

 ――酒が飲みたいだけかよ!?

「そんな顔をするな。心配せずとも北郷の歓迎会をしていたところよ!」

「歓迎会? 俺の? 何で?」

「ただの飲み口実だ」

 そう言って笑いだす。

 どんだけ酒好きなんだよ。この勢いなら、俺がいなくても何かと理由をつけて酒を飲んでそうだな。

 そう思ったとき、ふと忘れていた事を思い出した。

 やっとお礼を言うことができる。

 命を救って貰ったお礼も言えず、彼女達はすぐに行ってしまったから……。

「趙雲さん」

「うん?」

「もう忘れているかもしれないけど、郭嘉と程昱……。いや、あの時は別の名前を名乗ってたかな」

「北郷殿?」

「たしか戯志才と程立と見聞を広めるために旅をしてましたよね、そのとき盗賊に襲われていたところを、助けられたことがあるんですけど……、覚えてます?」

 記憶の断片を探り当てるかのように、思い出そうと天井を見上げる。

「確かに見聞を広めるために二人と旅をしていたのは事実だが、助けた者は数知れず。いちいち顔などは覚えていない」

「じゃぁ、程昱の真名を突然呼んだ……」

 趙雲の眉がぴくりと動く。思い出したようだ。

「あのときの無礼な貴族……」

「改めて、言わせてください。助けてくれて本当にありがとうございました」

 深く頭を下げ、言葉を続ける。

 

「あのあと陳留の刺史に引っ立てられて、尋問を受けて……」

「真名を知らなかったら、首が跳んでいました。本当にありがとうございました……」

 そう、すべてはここから始まったのだ。この人が駆けつけてくれなかったら、俺は始まることすらできなかっただろう。

「……そうか」

 こちらをしばらく見詰めたあと、力を抜いて軽く笑みを浮かべる。

「お前達、なかなか面白い縁を持っているようだな」

 話を聞いていた厳顔さんが、面白いことを聞いたと笑う。

「そのようだな」

「俺もそう思うよ」

 趙雲さんは盃に口付け、何かを思い出しているのか、遠い目をしてさらに一献傾ける。

「ふむぅ、では趙雲に助けられた前といい、今回といい、あんなところで何をしていた?」

 厳顔さん、そうきたか。一番困る部類の質問だ。

「気付いたら、あそこにいた……としか」

「なんじゃそれは? 答えになっておらんではないか」

「自分でも信じられないんだ。……前後の記憶の辻褄が合わない」

「もうよぃ」

 厳顔さんが盛大に溜息をついたあと、一気に酒を煽る。その表情は面白くないと物語っていた。

「で、北郷殿。その話を陳留の刺史殿は信じたのか」

「頑張って説明して、そういうことにしてくれたよ……」

 華琳の理解の良さに、助けられた形だったけど……

「確かあのときの陳留の刺史は……、曹孟徳」

『曹孟徳~?』と、厳顔さんの目の色が変わった。

 武人の勘か、女の勘か。再び体をこっちに向ける。

 趙雲さんがぴくりとも動かなくなる。

「あぃ、待たれよ北郷殿。……待て、待て待て待て!」

 話しかけようとしたら、手を前に突き出されて止められてしまった。

「曹孟徳、風や稟の名を知っており、そして北郷一刀という名前……」

 厳顔さんも趙雲の顔を覗き込む。その答えに痺れを切らしたのか、催促を始める。

「星、さっさと思い出さんか」

「……ふむ。さっぱり分からん」

 前のめりになっていた反動は大きく、厳顔が一気に後ろに倒れるように転がる。手にした盃から、酒を一滴たりとも溢さないのは流石である。

 それを見て、趙雲さんは笑いながら酒を飲み干す。

「そこまで引っ張っておいて――、拍子抜けではないか」

 つまらんと、酒を飲み干す。

「すまんすまん。少々勘違いをしていたようだ。ところで桔梗殿。魏の種馬と呼ばれている男をご存知か?」

 ――ぶぅぅぅっ!

 口に含んだ酒を、盛大に噴いた。

「何を噴いておる! ……酒が勿体なかろう」

「す、すいません……」

「ふふっ」

 にやりと笑みを浮かべ、趙雲さんが確信めいた瞳をこちらに向けてきた。

「魏の女性を片っ端から篭絡しては抱いているという、あの魏の種馬か」

 厳顔さんの口から、予想だにしなかった言葉が返ってきた。

「姿を眩ませたと聞く。大方、あの小娘の傍に耐えかねて、他の女にでも走ったのだろう」

 俺が消えたことで、華琳がそんな風に思われているなんて……。

 ちょっとショックだ。

「ふむ。それならこの国に来ているかもしれんな。……ぜひ一度、お相手願いたいものですな」

 

 なぁ、北郷殿? と、悪戯な笑みを浮かべて、こちらをずっと見続けている。

「な、なんで俺をじっと見てるの?」

「ふふ、北郷殿を愛でながら酒を飲むのも、また一興かと思いましてな」

「男を愛でて酒が美味くなるものか」

「桔梗殿はそうではないらしい。ほれ遠慮するな。飲め」

 ずっと俺の瞳を見続けて、酒をちびちびと飲む趙雲。

「ほれ、北郷。応えてやらねば男でないぞ!」

 このままだと本当に落ち着かないので、俺も勝負に出た。

 睨めっこのように、俺も彼女の瞳をじっと見続ける。

 酒を飲んで血の巡りが良くなったのか、彼女の頬が心做しか赤く染まっている。濁りのない瞳に俺を映す。

 その均衡を破ったのは、趙雲さんだった。その美しい顔が徐々に近づいてくる。

 よつんばになって、攻めの姿勢で迫りくる趙雲さん。

「はて? どうして逃げられる。北郷殿?」

 視界の隅で、酒を噴き出しそうになった厳顔さんが見えた。

 徐々に追い詰められていく俺を見て、笑いを堪えながら酒を飲んでいるに違いない。

 視線を交えたまま、俺は後ろに下がり続ける。

 とうとう天幕の端まで追い詰められ、膝に片手を乗せられて、息がかかるほど近くに趙雲さんの顔がっ……。

「あー、もうっ! 顔が近いっ!」

 溜まらず目を逸らし、肩を押す。睨めっこ勝負に負けた俺は、二人から爆笑されることとなった。

「北郷~。男なら唇の一つや二つ、そこで奪わんでどうする!」

「だそうだ。おや? 顔が赤いぞ、北郷殿。少々酒を飲みすぎたか?」

「勝手に言ってろ!」

 俺は残っていた酒を一気に飲み干す。

 二人に玩具にされ続け、夜は更けていった。

 無事に蜀の都に戻ってくることができた俺は、二人と別れ、活気のある街中を歩きながら考え事をしていた。

 ここからは一人で何とかしなくてはいけない。

 俺の目的は魏国への帰還。それまでの旅費はここで稼ぐ必要がある。

 そうでなくても今、宿に泊まる路銀もないし、今日の食事にありつけるかどうか……。

 でもさすが蜀の都。仕事は探せばいくらでもあった。

 ならばと出てくるのは、欲だ。給金が高くて、宿もあって、飯もあって……、そんな都合の良い働き口って、あるの?

 ――あっ、都の警備隊。……それに志願するのが一番良さそうだ。給金がどれほどなのかは分からない。けれど寝る場所や、食事はあるはずだ。

 それに俺は蜀の軍に助けられた。それはつまり、蜀の国に住む人達に救われたようなもの。その人達のために働ける場こそ、今の俺に唯一できるお礼ではないだろうか。

 ……ちょっと大げさだったかな?

 と、膳は急げ。街の警備兵に尋ねるため、都の大通りに足を運ぶのであった。

 

 運良くトントン拍子で採用試験に参加できることができ、そして今、俺は蜀の城の一室で待たされていた。

 まずは適性試験通過だけど、試験の内容は少々理解に苦しむ質問が多かった。

 渡された書類にはこんな感じで書いていった。

 下記の質問に答えなさい。

○守りたい人がいる。……イエス。

○動物を世話するのが好きだ。……イエス。

○困っている人は放っておけない。……イエス。

○仲間と飲む酒が大好きだ。……大好きじゃないけど、好きなほうかな。

 まぁ。この辺りまでは、何となく納得できるんだが……。

○メンマなんて消えてしまえば良い。 ……何でメンマ? バツかな。

○大、中、小。貴方が選ぶのは? ……何を? 取り敢えず、全部。

○五虎将軍で誰が好き? その理由も述べろ。

 ……うーん、俺、趙雲さんしか知らないんですけど? 命の恩人だからでいいや。

○五虎将軍で誰が嫌い? その理由も述べろ。

 ……何この地雷。趙雲さんでいいや。人を玩具にして、からかうから。

○若将と老将に指南を受けられるならどっちを選ぶ? ……両方にご指南を頂戴する。

○最後に、華蝶仮面について貴方が思うことを書きなさい。

 ……華蝶仮面? 他国の者なので分からないっと。

 

 正直、『○子供が好きだ』の問いがあるのに、『○幼女が好きだ』は、いろんな意味で考えさせられたな。

 きっと地雷なんだろう。……『幼女が』が、『幼女も』だったら、俺はここにいなかったかもしれない……。

 っと、そんなことを考えていたら、五つある面接室へと志願者が流れていく。

 合格した者は別の部屋へと案内されて、不合格だったものは、悔しそうな顔をして城から出ていく。

 どうやら順番は最後から三番目のようだ。

 待機室には自信に満ち溢れた屈強な男達が、いまか今かと自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 ……俺、採用されるのかなぁと、緊張した面持ちで待っていると、凄いことに気が付いた。

 名前が呼ばれ、何番に入れと言われるのだが、幾つか別れた部屋の一か所、一番と書かれた部屋の面接時間が明らかにおかしい。

 多くが一瞬で外に出てきて帰って行く。というか、あそこから合格者が一人も出ていない。

 がっくしと項垂れて出てくる者、悲鳴を上げて逃げ出す者。中には大声で怒って出ていく者と様々だ。

 一体どんな面接官なのか見てみたい。でも一番は鬼門だ。――絶対に入りたくない。

 他の志願者も気付いたようで、一番の部屋に呼ばれた奴には同情が投げ掛けられる。

 いつしか志願者の間で、不思議な連帯感が芽生えていた。

 ……次は俺の番か。

 五番と書かれた部屋から男が城の奥へと消えていった。

 名前を呼んでいた人に目をやると、他の兵士に声を掛けられたようで、縋るように交代して貰うと、腹を押さえて小走りで走って行ってしまった。

「すまんな。アイツ、朝からずっと腹の調子が悪かったらしい。じゃぁ、次……」

 ……立ち上がろうとしたら、別の人の名前が呼ばれた。

 最後の人が、何で? っとそんな顔をして立ち上がる。

 ……あれ?

「すいません。次の順番って、俺じゃないんですか?」

「ん……? あ、逆か。アイツ、用紙裏返して行ったんだな。あー、すまんすまん。もう名前呼んじゃったし、そのまま入って」

 五番の部屋に入り損ねた俺。できることなら一番は避けたいんだけど……。

 すぐに三番から人が出てきた。次の順番は……!!

 男が書類に目を落として名を呼ぼうとしたとき、一番の部屋から悲鳴が上がると転がり逃げるように出て行った。

 一番と、三番のどちらか……だと?

「あ~、もう二人で決めちゃってよ」

 ――投げやがった!!

「……どうする?」

「どうしようか……」

「俺さ、故郷の母親残して都に出てきたんだ」

 ……オーケー。俺の負けだ。

「家が貧しくてさ、都の警備兵に志願すれば租税も免除されるし、親孝行にもなる。少しでも母親に楽をさせてやりたいんだ。だから――」

「――良いよ。先に行って来いよ。でも絶対に警備兵になって親孝行しろよ?」

「……すまない。恩に着る」

 そう言って、男は三番の部屋へと入って行った。

「……えっと、お疲れさん」

 ――始まる前から、血も涙もないな! この兵士!

 一番の部屋の扉がポッカリと開いて、中からコンコンと机を叩く音が聞こえる。これって、早く来いって合図か!?

 俺は恐る恐る近付くと……。

 部屋の中では、俺と同い年くらいの女性が机越しに座っていた。

 長く伸びた艶やかな黒髪。俺をどのような人物かと見極めようとする真剣な眼差し。

 厳しそうなその黒い瞳の奥には、強くて優しい輝きを持ち備えている人だった。

 そして何より、彼女の傍に立て掛けられていた青龍偃月刀。

 

 ……俺と関雲長との面接が始まろうとしていた。

 

 

 ――続く(この辺りがエイプリルフール)

 あとがき

 

 四月一日は、エイプリルフールでございます! テスはどうどうと嘘を吐きます。最低ですね。

 

 この章の正式なタイトルは『御使い、蜀の大地に降り立ち、警備兵に志願する』です。ネタバレ防止なんですけど、バレバレだから意味ないかもって思ったり。

 

 一年以上ずっと引き出しの奥で眠らせていた小説を、加筆修正したものになります。正直、こっちにまで手が回せないのが現状です。

 あ、去年のエイプリルフールで出した魏アフターの続きです。覚えている人は凄いと思います。

 展開はご想像通り、三国渡り歩いて魏に戻るという、単純明快な話。

 一年に一回くらいは進めたい。というのが本音だったりします。

 気付けば長さも結構な量に。昇龍伝、地の一章を更新してから作業に入ったので、オチまでいけなかったよ!(――何の嫌がらせだ!!)

 ……どんなオチになるのでしょうね?

 

 四月に入り、心一身、創作活動に頑張って参りますので、よろしくお願いします!

 皆さんに楽しんでもらえたらと願いつつ、この辺で失礼します!

 


 
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