真・恋姫†無双 北郷一刀 魏after
真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」
第一章 御使い、蜀の大地に降り立つ
「――暑っ!」
目覚めは最悪だった。
気づけば全身汗まみれで気持ち悪って……
「へっ?」
跳び起きる。
羽織っていた黒のダウンを脱ぎながら、辺りを見渡す。
「……ここ、どこ? ……しかも何? この蒸し暑さ、ありえないし」
俺を中心にして、どこまでも広がる荒野。
こんな場所で寝た記憶はない。まして歩きで移動しようなんて思わない。
とにかく、まずは状況を確認するほうが先決だ。
俺の名は北郷一刀。聖フランチェスカ三年、もうすぐ卒業……。魏の仲間達と乱世を駆け抜けた――
「痛たたたっ!」
尻に何かが食い込んで凄く痛い。……石?
立ち上がって尻に付いた砂を叩き落とす。
「もしかして戻って……」
いや、そう考えるのは早計だ。明らかに景色が魏じゃないし。
「だけど期待するなってほうが無理だよなぁ~」
前夜の記憶を手繰り寄せる。
確か……。荒川と別れたあと着替えずベットにダイブ。そのまま寝たんだっけ。
でも夢では説明しがたい尻の痛さや、蒸し暑さは何だ。
期待が膨らむと同時に、萎んで行く。
……また消えてしまうんだろうか。
華琳を前にして碌な言葉も交わせなかった、あの時のように……。
結局あの後、俺は道場で目を覚ました。
じいちゃんは気絶した俺を置き去りにして、さっさと屋敷に戻っていたらしい。
――夢だったんだ。
自分に何度もそう言い聞かせた。じゃないと、辛いだけだから。
ただ、腑に落ちないのは忽然と消えた北郷家家宝の脇差の行方。
「……はぁ」
期待してしまう俺って、本当に馬鹿だよな……。
――でも、もし許されるなら、もう一度皆に会いたいよ。
っと、こんな所で立ち止まって弱音を吐いても、誰も迎えには来てはくれない。――自分から行動しないとな。
「んー。どこか街でも探さないことには始まらないか……」
――取り敢えず歩こう。道を歩いていけばきっと村があり、人がいるはずだ。
移動しようとしたら、何かが足下に当たった。
「……ん!? 竹刀袋!?」
何でこんな所に竹刀袋が……。ますますよく分からない。
中身を取りだして、俺は恐怖で震えた。
「何で? ……怖っ!!」
その中には北郷家家宝、胡蝶ノ舞が入っていた。
……もう、深く考えることは止めにした。
それにしても、これからどうしたものか。水も路銀も無いし……腹も減った。
今手元にあるのは、竹刀袋に入っていた家宝の本差のみ。
それに平和になったとはいえ、まだまだ油断はできないはずだ。
野党と出会って、身ぐるみはがされては適わない。
思えばこの広い荒野で遭難しているのだと、今更ながら不安と恐怖に襲われる。
孤独に一本道を歩いていると遠くに砂塵が見えた。こっちに来る。
「――旗! どこの軍だ!?」
じっと目を凝らす。
色は緑色。……蜀の牙門旗!!
それに左右に、厳と趙の文字。言わずと知れた、大徳、劉備の軍である。
「た、助かったかも……!! おぉぉい!!」
俺は声を張り上げて、両手を振った。
「全軍止まれぃー!」
良かった! 本当に良かった!
緑の甲冑を着た兵士達が一糸乱れぬ動きで停止すると、色々と目のやり場に困る大人の女性が前に出てきた。
男なら誰もが釘つけになるであろう大きくはだけた胸元に、白い肌。艶のある髪を簪で結い、顕わになった肩を揺らしながら、って、左肩凄いなっ!
――俺の頭よりも大きな赤い肩当てを填めている。そこに書かれた『酔』の一文字は、きっと彼女自身を表しているのだろう。
歩き方にも気品が滲みでているというか、まるで孤高な一輪の花を思わせる。とても綺麗な女性だった。
「そこのお前、このような場所でいったい何をしている?」
「助けて下さい! 気が付いたらここにいて、道が分からず困ってるんです! 近くの村か町まで運んでもらえませんか!?」
「ほぉ、そのような怪しい服を着ている者が、水も馬もなく、このような場所で迷子というのか、若いの?」
素性を確かめるべく、頭の先から靴の爪先まで観察される。
無理があるのは、百も承知でございます。
「でも、何て説明したらいいか……」
――目が覚めたらここにいた。
本当のことを話しても通用しないと、華琳と出会ったときに勉強済みだ。
「賊の討伐に向かう前日に流れ星と思えば……。はぁ……、余り良くない兆しかのう」
……うっ、迷惑がられてる。
でも引きさがるわけにはいかない!
「雑用でもなんでもやります。近くの村まで送ってください。お願いします!」
全身全霊をかけて、頭を下げる。
「……むぅ。できるならそうしてやりたいが、これから賊討伐の任を受けておるのでな」
「そこを何とか、お願いします!」
困った声を出した女性の傍に、カッポカッポと誰かが馬で歩み寄った。
「良いではないですか、桔梗殿」
顔を上げる。――あれ? この人どこかで……。
「このまま放置して、野盗にでもなられるほうが厄介。それに助けを求める者を見捨てたとあっては、桃香様の名に泥を塗るようなもの」
「分かっておる。だからこうして悩んでおるのだ。見るからに戦の素人。戦いの邪魔になられては厄介極まりない」
桔梗と呼ばれた女性からは、ため息交じりで素人はお断りだと、気の良い返事は返ってこない。
「ふふ、このような厄介事、私は大いに歓迎ですぞ?」
「星、良いのか?」
「構いませぬ。この趙子龍が、この者の身をお預かり致そう」
「……ふむぅ、ならば趙雲の指示に従え。勝手な行動は慎め?」
「あ、ありがとうございます!」
これで行き倒れにならずに済む。そう思うと、自分が置かれていた状況に、今更ながら震え出す。
蜀の二人はお互いの顔を見合せて頷くのであった。
落ち着いた頃を見計らって、彼女達は俺の名を聞いてきた。
「お主、名前は?」
「北郷一刀。字がないところから来た。北郷と呼んでくれ」
「ふむ。我が名は趙雲、字は子龍」
「我は厳顔。この部隊の将を引き受けておる。……字がないとは珍しいな」
――驚いた。厳顔と言えば、劉備の入蜀の際、戦いに敗れて捕虜になっても、将としての誇りを捨てない堂々とした立ち振る舞いに、深く感銘を受けた張飛が縄を解いて厚く持て成したという人だ。
青い髪と白い服を着た女性は趙子龍。言わずと知れた蜀の有名な武将。
俺が一番最初に出会っていた三国志の英傑でもあり、所属する国は違えども、風と稟の盟友。
……本当に、拾ってくれてありがとうございます!
何てことを考えていると、何やら胸の前で腕を組み、考えに耽る趙雲さん。
「北郷? はて、どこかで聞いた名――」
「――申し上げます!」
前方に放っていた斥侯だろうか、二人に報告を始める。
「目標の賊軍は前方に四里に待機しております。数はおよそ二百」
「そうか。賊の味をしめれば人はもう終わりよ。人を捨てた愚か者共には、早々にあの世へ行って貰おうか」
「では北郷、後ろに下がって雑用を頼む」
「了解。邪魔にならないように気をつける」
厳顔さんは部隊に次々に指示を出していく。
「五百の部隊を二つに分けて、両脇から相手の脇腹を食い破る。準備せぃ! 皆殺しにされた村人達の仇討ちよ! 一匹たりとて逃がすでないぞー!」
兵士が武器を構えて将の命令を待っている。俺は後方部隊の人達に混ざって並んでいた。
残念ながら蜀の鎧は無く、一人浮いている状況で気まずくて仕方がなかったのだが……。
いざ戦いが始まってしまえば、それどころでは無かった。
「負けりゃ皆殺しだ! 後は無いぞ! 明日が為に奴等を殺せ!」
賊は己が為にと死に物狂いで抵抗を始める。
剣と剣がぶつかり合い怒声が……。
肉体からは血が流れ悲鳴が……。
遠い世界だったはずの殺し合いが、今、目の前で繰り広げられていた。
……戦場の雰囲気に呑まれてはいけない。
震える身体を叱咤して、大声を張り上げる。
「――傷は浅い! 気をしっかり持つんだ!」
後方へと下がってくる血だらけの負傷兵を救護する。
血を失い、朦朧と助けを求める仲間の下へ駆け、血だらけの兵士を全身で受け止めて衛生兵の下へと運ぶ。
そして、俺は槍を持って走る。傷つき、弱った者達に襲いかかろうとする賊から、仲間を守るために槍を突き刺す。
「ぐぇぇぇ……」
相手は賊。容赦などできるはずがなかった。
「くっ!」
槍を引き抜き、震える槍先を倒れた賊の喉元へと突き立てた。
「た、助かった! すまない!」
その感謝の言葉に、俺の行動は決して間違っていないと、震える心に言い聞かせ続けた。
戦場に目を移す。遠くの敵陣で白き雄が戦場を駆ける――
「この趙子龍の正義の一撃、存分に味わえ!」
情け無用とばかりに立ち塞がる賊を、貫き薙いで屍の道を築きあげ、また反対側から、厳顔が雄々しく巨大な武器から矢を放ち、屍の海を作る。
「豪天砲の餌食になりたくなければ、踊れ踊れぃ!」
見るも無残な仲間の姿に、賊は恐怖しながら必死に抗うも、幾多の戦場を経験してきた蜀軍の勢いは止まらない。
一騎当千の武将の二人が前戦で奮闘すれば、敵が敗走するのも時間の問題だった。
戦いも終盤に移り、盗賊たちが敗走を始めると、異変が起こった。
「星! そっちへ流れたぞ!」
「くっ!」
「へへっ、このままやられるだけだと思うなよ!」
包囲陣を抜けた賊が死に物狂いで地を駆ける。北郷一刀と傷ついた兵たちがいる部隊に向かって……。
「ひぃっ、賊がこっちに来る!」
「こっちは怪我人ばかりだぞ!? このままじゃ、皆殺しにされちまう!」
「あっ、こら逃げようとするな! 死ぬだけだ! 戦うんだ!」
「み、見捨てないでくれ!!」
「分かっている! ――その手を放すんだ!」
――やばい。
怪我をして動けない兵士達が恐慌を起こした。
部隊長らしき人物は何人かいるものの、混乱を収めきれないでいる。
このままではいけないと感じ取った俺は、指揮を取るために胡蝶ノ舞を引き抜き、怪我をした兵士達の中を歩きながら叫ぶ。
「ケガ人を一か所に集めるんだ! ここにいる全員で方形陣を敷く!」
必死に助けを求める動けない兵士達の下へと向かい、縋りつく兵士の肩に手を置く。
「――絶対に見捨てない。仲間を信じるんだ。一緒にこのピンチを切り抜けよう!」
兵士が落ち着きを取り戻したのを確認し、立ち上がる。狼狽えていた兵士達も冷静さを取り戻していた。
――よしっ。これならいける!
「戦える者は武器を持つんだ! 仲間を信じて仲間を守れ! 賊の初撃さえ耐えれば何も怖くない! すぐに助けが来る! ――誰一人欠けること無くこの戦いを乗り切るぞ!」
一刀が先頭に立ち、陣を敷き応戦すると結果はあっと言う間だった。
敗走する烏合の賊では、例え怪我をしていても、守りに布陣した精兵たちを崩すことは不可能だった。
「ちっ、こうなっちまったら分が悪すぎる! そのままずらかれっ!」
賢いものは瞬時に逃げ出し、機を逃した賊は駆け付けた趙雲達に一瞬にして貫かれていく。
何とか防ぎ切り、北郷一刀、約一年ぶりの戦に幕が下りたのだった。
「それにしても、とんだ拾い者よのぉ」
「ふふっ、まったくだ」
笑いをこらえるかのように、二人は酒を口に含む。
「後方の指揮を、新人の隊長達だけに任せるのはちょっと……」
「未来の将を育てることも、我等の仕事よ――」
「何を仰るか。桔梗殿はただ前に出たかっただけでしょう?」
「そのままそっくり返してやろう。終わったことを気にするでない。ほれ、飲まぬか小童共」
「ですな。ということで、終わったことを気になさるな、北郷殿」
俺は後方の指揮を取って窮地を凌いだということで、天幕の中でお礼とばかりに酒を振舞われていた。
「しかし酒を飲む良い口実ができたの。星!」
「いや、まったくですな、桔梗殿」
――酒が飲みたいだけかよ!?
「そんな顔をするな。心配せずとも北郷の歓迎会をしていたところよ!」
「歓迎会? 俺の? 何で?」
「ただの飲み口実だ」
そう言って笑いだす。
どんだけ酒好きなんだよ。この勢いなら、俺がいなくても何かと理由をつけて酒を飲んでそうだな。
そう思ったとき、ふと忘れていた事を思い出した。
やっとお礼を言うことができる。
命を救って貰ったお礼も言えず、彼女達はすぐに行ってしまったから……。
「趙雲さん」
「うん?」
「もう忘れているかもしれないけど、郭嘉と程昱……。いや、あの時は別の名前を名乗ってたかな」
「北郷殿?」
「たしか戯志才と程立と見聞を広めるために旅をしてましたよね、そのとき盗賊に襲われていたところを、助けられたことがあるんですけど……、覚えてます?」
記憶の断片を探り当てるかのように、思い出そうと天井を見上げる。
「確かに見聞を広めるために二人と旅をしていたのは事実だが、助けた者は数知れず。いちいち顔などは覚えていない」
「じゃぁ、程昱の真名を突然呼んだ……」
趙雲の眉がぴくりと動く。思い出したようだ。
「あのときの無礼な貴族……」
「改めて、言わせてください。助けてくれて本当にありがとうございました」
深く頭を下げ、言葉を続ける。
「あのあと陳留の刺史に引っ立てられて、尋問を受けて……」
「真名を知らなかったら、首が跳んでいました。本当にありがとうございました……」
そう、すべてはここから始まったのだ。この人が駆けつけてくれなかったら、俺は始まることすらできなかっただろう。
「……そうか」
こちらをしばらく見詰めたあと、力を抜いて軽く笑みを浮かべる。
「お前達、なかなか面白い縁を持っているようだな」
話を聞いていた厳顔さんが、面白いことを聞いたと笑う。
「そのようだな」
「俺もそう思うよ」
趙雲さんは盃に口付け、何かを思い出しているのか、遠い目をしてさらに一献傾ける。
「ふむぅ、では趙雲に助けられた前といい、今回といい、あんなところで何をしていた?」
厳顔さん、そうきたか。一番困る部類の質問だ。
「気付いたら、あそこにいた……としか」
「なんじゃそれは? 答えになっておらんではないか」
「自分でも信じられないんだ。……前後の記憶の辻褄が合わない」
「もうよぃ」
厳顔さんが盛大に溜息をついたあと、一気に酒を煽る。その表情は面白くないと物語っていた。
「で、北郷殿。その話を陳留の刺史殿は信じたのか」
「頑張って説明して、そういうことにしてくれたよ……」
華琳の理解の良さに、助けられた形だったけど……
「確かあのときの陳留の刺史は……、曹孟徳」
『曹孟徳~?』と、厳顔さんの目の色が変わった。
武人の勘か、女の勘か。再び体をこっちに向ける。
趙雲さんがぴくりとも動かなくなる。
「あぃ、待たれよ北郷殿。……待て、待て待て待て!」
話しかけようとしたら、手を前に突き出されて止められてしまった。
「曹孟徳、風や稟の名を知っており、そして北郷一刀という名前……」
厳顔さんも趙雲の顔を覗き込む。その答えに痺れを切らしたのか、催促を始める。
「星、さっさと思い出さんか」
「……ふむ。さっぱり分からん」
前のめりになっていた反動は大きく、厳顔が一気に後ろに倒れるように転がる。手にした盃から、酒を一滴たりとも溢さないのは流石である。
それを見て、趙雲さんは笑いながら酒を飲み干す。
「そこまで引っ張っておいて――、拍子抜けではないか」
つまらんと、酒を飲み干す。
「すまんすまん。少々勘違いをしていたようだ。ところで桔梗殿。魏の種馬と呼ばれている男をご存知か?」
――ぶぅぅぅっ!
口に含んだ酒を、盛大に噴いた。
「何を噴いておる! ……酒が勿体なかろう」
「す、すいません……」
「ふふっ」
にやりと笑みを浮かべ、趙雲さんが確信めいた瞳をこちらに向けてきた。
「魏の女性を片っ端から篭絡しては抱いているという、あの魏の種馬か」
厳顔さんの口から、予想だにしなかった言葉が返ってきた。
「姿を眩ませたと聞く。大方、あの小娘の傍に耐えかねて、他の女にでも走ったのだろう」
俺が消えたことで、華琳がそんな風に思われているなんて……。
ちょっとショックだ。
「ふむ。それならこの国に来ているかもしれんな。……ぜひ一度、お相手願いたいものですな」
なぁ、北郷殿? と、悪戯な笑みを浮かべて、こちらをずっと見続けている。
「な、なんで俺をじっと見てるの?」
「ふふ、北郷殿を愛でながら酒を飲むのも、また一興かと思いましてな」
「男を愛でて酒が美味くなるものか」
「桔梗殿はそうではないらしい。ほれ遠慮するな。飲め」
ずっと俺の瞳を見続けて、酒をちびちびと飲む趙雲。
「ほれ、北郷。応えてやらねば男でないぞ!」
このままだと本当に落ち着かないので、俺も勝負に出た。
睨めっこのように、俺も彼女の瞳をじっと見続ける。
酒を飲んで血の巡りが良くなったのか、彼女の頬が心做しか赤く染まっている。濁りのない瞳に俺を映す。
その均衡を破ったのは、趙雲さんだった。その美しい顔が徐々に近づいてくる。
よつんばになって、攻めの姿勢で迫りくる趙雲さん。
「はて? どうして逃げられる。北郷殿?」
視界の隅で、酒を噴き出しそうになった厳顔さんが見えた。
徐々に追い詰められていく俺を見て、笑いを堪えながら酒を飲んでいるに違いない。
視線を交えたまま、俺は後ろに下がり続ける。
とうとう天幕の端まで追い詰められ、膝に片手を乗せられて、息がかかるほど近くに趙雲さんの顔がっ……。
「あー、もうっ! 顔が近いっ!」
溜まらず目を逸らし、肩を押す。睨めっこ勝負に負けた俺は、二人から爆笑されることとなった。
「北郷~。男なら唇の一つや二つ、そこで奪わんでどうする!」
「だそうだ。おや? 顔が赤いぞ、北郷殿。少々酒を飲みすぎたか?」
「勝手に言ってろ!」
俺は残っていた酒を一気に飲み干す。
二人に玩具にされ続け、夜は更けていった。
無事に蜀の都に戻ってくることができた俺は、二人と別れ、活気のある街中を歩きながら考え事をしていた。
ここからは一人で何とかしなくてはいけない。
俺の目的は魏国への帰還。それまでの旅費はここで稼ぐ必要がある。
そうでなくても今、宿に泊まる路銀もないし、今日の食事にありつけるかどうか……。
でもさすが蜀の都。仕事は探せばいくらでもあった。
ならばと出てくるのは、欲だ。給金が高くて、宿もあって、飯もあって……、そんな都合の良い働き口って、あるの?
――あっ、都の警備隊。……それに志願するのが一番良さそうだ。給金がどれほどなのかは分からない。けれど寝る場所や、食事はあるはずだ。
それに俺は蜀の軍に助けられた。それはつまり、蜀の国に住む人達に救われたようなもの。その人達のために働ける場こそ、今の俺に唯一できるお礼ではないだろうか。
……ちょっと大げさだったかな?
と、膳は急げ。街の警備兵に尋ねるため、都の大通りに足を運ぶのであった。
運良くトントン拍子で採用試験に参加できることができ、そして今、俺は蜀の城の一室で待たされていた。
まずは適性試験通過だけど、試験の内容は少々理解に苦しむ質問が多かった。
渡された書類にはこんな感じで書いていった。
下記の質問に答えなさい。
○守りたい人がいる。……イエス。
○動物を世話するのが好きだ。……イエス。
○困っている人は放っておけない。……イエス。
○仲間と飲む酒が大好きだ。……大好きじゃないけど、好きなほうかな。
まぁ。この辺りまでは、何となく納得できるんだが……。
○メンマなんて消えてしまえば良い。 ……何でメンマ? バツかな。
○大、中、小。貴方が選ぶのは? ……何を? 取り敢えず、全部。
○五虎将軍で誰が好き? その理由も述べろ。
……うーん、俺、趙雲さんしか知らないんですけど? 命の恩人だからでいいや。
○五虎将軍で誰が嫌い? その理由も述べろ。
……何この地雷。趙雲さんでいいや。人を玩具にして、からかうから。
○若将と老将に指南を受けられるならどっちを選ぶ? ……両方にご指南を頂戴する。
○最後に、華蝶仮面について貴方が思うことを書きなさい。
……華蝶仮面? 他国の者なので分からないっと。
正直、『○子供が好きだ』の問いがあるのに、『○幼女が好きだ』は、いろんな意味で考えさせられたな。
きっと地雷なんだろう。……『幼女が』が、『幼女も』だったら、俺はここにいなかったかもしれない……。
っと、そんなことを考えていたら、五つある面接室へと志願者が流れていく。
合格した者は別の部屋へと案内されて、不合格だったものは、悔しそうな顔をして城から出ていく。
どうやら順番は最後から三番目のようだ。
待機室には自信に満ち溢れた屈強な男達が、いまか今かと自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
……俺、採用されるのかなぁと、緊張した面持ちで待っていると、凄いことに気が付いた。
名前が呼ばれ、何番に入れと言われるのだが、幾つか別れた部屋の一か所、一番と書かれた部屋の面接時間が明らかにおかしい。
多くが一瞬で外に出てきて帰って行く。というか、あそこから合格者が一人も出ていない。
がっくしと項垂れて出てくる者、悲鳴を上げて逃げ出す者。中には大声で怒って出ていく者と様々だ。
一体どんな面接官なのか見てみたい。でも一番は鬼門だ。――絶対に入りたくない。
他の志願者も気付いたようで、一番の部屋に呼ばれた奴には同情が投げ掛けられる。
いつしか志願者の間で、不思議な連帯感が芽生えていた。
……次は俺の番か。
五番と書かれた部屋から男が城の奥へと消えていった。
名前を呼んでいた人に目をやると、他の兵士に声を掛けられたようで、縋るように交代して貰うと、腹を押さえて小走りで走って行ってしまった。
「すまんな。アイツ、朝からずっと腹の調子が悪かったらしい。じゃぁ、次……」
……立ち上がろうとしたら、別の人の名前が呼ばれた。
最後の人が、何で? っとそんな顔をして立ち上がる。
……あれ?
「すいません。次の順番って、俺じゃないんですか?」
「ん……? あ、逆か。アイツ、用紙裏返して行ったんだな。あー、すまんすまん。もう名前呼んじゃったし、そのまま入って」
五番の部屋に入り損ねた俺。できることなら一番は避けたいんだけど……。
すぐに三番から人が出てきた。次の順番は……!!
男が書類に目を落として名を呼ぼうとしたとき、一番の部屋から悲鳴が上がると転がり逃げるように出て行った。
一番と、三番のどちらか……だと?
「あ~、もう二人で決めちゃってよ」
――投げやがった!!
「……どうする?」
「どうしようか……」
「俺さ、故郷の母親残して都に出てきたんだ」
……オーケー。俺の負けだ。
「家が貧しくてさ、都の警備兵に志願すれば租税も免除されるし、親孝行にもなる。少しでも母親に楽をさせてやりたいんだ。だから――」
「――良いよ。先に行って来いよ。でも絶対に警備兵になって親孝行しろよ?」
「……すまない。恩に着る」
そう言って、男は三番の部屋へと入って行った。
「……えっと、お疲れさん」
――始まる前から、血も涙もないな! この兵士!
一番の部屋の扉がポッカリと開いて、中からコンコンと机を叩く音が聞こえる。これって、早く来いって合図か!?
俺は恐る恐る近付くと……。
部屋の中では、俺と同い年くらいの女性が机越しに座っていた。
長く伸びた艶やかな黒髪。俺をどのような人物かと見極めようとする真剣な眼差し。
厳しそうなその黒い瞳の奥には、強くて優しい輝きを持ち備えている人だった。
そして何より、彼女の傍に立て掛けられていた青龍偃月刀。
……俺と関雲長との面接が始まろうとしていた。
――続く(この辺りがエイプリルフール)
あとがき
四月一日は、エイプリルフールでございます! テスはどうどうと嘘を吐きます。最低ですね。
この章の正式なタイトルは『御使い、蜀の大地に降り立ち、警備兵に志願する』です。ネタバレ防止なんですけど、バレバレだから意味ないかもって思ったり。
一年以上ずっと引き出しの奥で眠らせていた小説を、加筆修正したものになります。正直、こっちにまで手が回せないのが現状です。
あ、去年のエイプリルフールで出した魏アフターの続きです。覚えている人は凄いと思います。
展開はご想像通り、三国渡り歩いて魏に戻るという、単純明快な話。
一年に一回くらいは進めたい。というのが本音だったりします。
気付けば長さも結構な量に。昇龍伝、地の一章を更新してから作業に入ったので、オチまでいけなかったよ!(――何の嫌がらせだ!!)
……どんなオチになるのでしょうね?
四月に入り、心一身、創作活動に頑張って参りますので、よろしくお願いします!
皆さんに楽しんでもらえたらと願いつつ、この辺で失礼します!
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注意
○四月一日はエイプリルフールです。テスが堂々と嘘を吐きます(最低です)
○魏afterですが、魏の人の出番がありません(最低です)
それでも作品を読んで、少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。