No.199817

真説・恋姫演技 ~北朝伝~ 第三章・第五幕

狭乃 狼さん

どもども。

北朝伝、三章の五幕目をお届けします。

平原の町にて、一刀は張郃・高覧の二人と対峙します。

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2011-02-05 11:31:43 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:23768   閲覧ユーザー数:17647

 冀州・平原郡-。

 

 

 黄巾の乱が勃発するまで、この地は前・鄴郡の太守である、韓馥の管理下にあった。それがために、徐庶と姜維の二人が賊討伐に赴いたその帰りに、一刀と出会うことができたわけである。

 

 そして、一刀が鄴郡の太守となった後は、その管理下から離れて別の人物がこの地を治めていた。しかしその後、黄巾の乱が勃発したときにこの地は彼らによって占拠され、その人物は大して名を知られることもなく、行方不明となった。

 

 その後。

 

 黄巾の乱が終結した後は、その乱で功を立てた劉備が、公孫賛の推挙もあってこの地に太守として赴任した。それを知ったとき、一刀は彼女に対し、今後のための協力体制を構築したいと申し出た。……だが、劉備はそれを遠まわしに断り、それ以降何の連絡も取ることが出来なくなった。

 

 劉備のその対応の原因。それを一刀は反董卓連合のときに、ようやく知る事となった。個人的な感情を優先させて、それを政の判断材料にするなど、彼女は為政者としては失格だと。徐庶が一刀にそう言った。

 

 史実では、劉備のその人柄に惚れ込んで、その軍師として辣腕を振るった徐庶だが、この世界では、あまりにも甘すぎる、そして精神的に未熟すぎる彼女を、相当に嫌悪していた。

 

 まあ、徐庶の考えはともかくとして、いずれ、直に膝を詰めあって、とことん納得いくまで話し合う場を設ければいい、と。一刀はそう判断を下した。

 

 だから、そのときが来るまで、この件は保留しておこうということになった。

 

 ……話が少々逸れたが、ともかく、その後、平原の地をそれなりに治めていた劉備であったが、ある日突然、その地を追われる事になった。

 

 -勅命を奉じた袁紹により、三万近い軍勢でもって、突然町を襲撃されたのである-。

 

 一応、彼女もそれに抵抗した。

 

 初めは会話によって矛を収めてもらおうとしたが、袁紹はそれにまったく聞く耳を持たず、全軍による総攻撃を行った。わずか三千の兵しかいなかった平原の町は、あっという間に袁紹軍に占領された。

 

 劉備本人は、義姉妹の関羽・張飛の二人とともに、いずこかへとその姿を消した。死体が見つかっていないので、生きていることは確実であろう。

 

 そしてその後、袁紹は平原の町に、事後処理のための人間として、二人の将を残した。張郃と高覧である。

 

 そして今。

 

 二人は町を囲む城壁の上で、正面に展開している約五万余りの軍勢を眺めていた。その中央に翻る旗は、『十』。一刀たち、北郷軍である。

 

 

 

 「……来て、しまった、な」

 

 「……来ちゃい、ました、ね」

 

 揃って大きくため息をつく二人。その心中は少々複雑であった。-それも仕方のないことである。

 

 

 二人は以前、一刀と共闘をしたことがある。それは黄巾の乱の時のこと。-今まさに、二人が居る平原の町を占拠していた黄巾軍を討つため、主君・袁紹の意向を無視してまで、彼女たちは一刀の援軍に駆けつけた。

 

 そして、思い知った。

 

 袁紹と一刀では、天と黄河の底ほども、その器に差があることを。さらに、反董卓連合の戦いの際、謹慎を言い渡されていた二人は、後からあの事実を知った。

 

 -袁紹が、己の恐怖を消し去るために、味方に対して人質をとるという、そんな暴挙に出ていたことを。その相手が、一刀であったことも。

 

 二人は本気で失望した。

 

 自分たちが、今まで使えてきた人物の器とは、この程度のものだったのかと。

 

 ……だが、それでも彼女たちは、主君をもう少しだけ、信じてみようと思った。今は、過去の幻影に縛られて、精神的に危うい状態になっているだけだと。

 

 いつかきっと、本来のその立場にふさわしい、その能力を開花させてくれると。

 

 今はただそう信じ、彼女のために全力を尽くす。それが、自分たちの武人としての矜持だと。

 

 

 

 「……さて、と。こっちの兵はわずかに五百。対して向こうは五万からの大軍勢。……死んだかな?これは」

 

 「……沙耶さま、あきらめるの早すぎです。……ま、私も同感ですけど」

 

 「ふふ。……なら、あたしたちに出来るのは、被害を一切出さずに収めておくこと」

 

 「はい。……私たちを除いて、ですね?」

 

 「そういうこと♪ ……うふふ」

 

 「あははは」

 

 あははははは。

 

 それは、これでもかというくらいに、清清しい笑い声だった。

 

 -覚悟はもう、出来ている。

 

 後は、自分たちの死を踏み台にして、袁紹が一回り大きい人物に成長してくれることを、草葉の陰で祈り、見守っていくだけ。

 

 「……じゃ、逝こうか、狭霧」

 

 「はい、沙耶姉さま」

 

 二人は城門を降りていく。

 

 その足取りに迷いはない。

 

 すべてを悟ったその表情で、戦神と呼ばれる彼と、天の御遣い北郷一刀と、その全身全霊を賭して、戦うために。

 

 

 

 一方の一刀たちはというと、どうやってあの二人を降伏させるかという、その一点のみに議論を絞って話し合いを行っていた。

 

 「……二人とも、結構義理堅いというか、高い矜持の持ち主ですしね。そう簡単には、降ってくれないと思いますが」

 

 「……ま、ね」

 

 平原の町に、張郃と高覧の二人が居ることを、一刀たちは前もって知っていた。

 

 -余談ではあるが、その彼女たちがここに駐屯することになったその原因-つまり、袁紹の手で劉備が追われたという事件も、司馬懿の集めてくれた情報から、一応、知ることは出来てはいた。

 

 しかし、その頃の一刀たちは、朝廷からの勅への対応や、その後の行動の準備で、完全に手一杯になっていた。一刀は正直、劉備たちを時間稼ぎのスケープゴートにしたみたいで、余り良い気分ではなかったが、徐庶から、「気持ちは分かるが、こればかりは仕方ない」と、そう諭されて、気持ちを切り替えることにした。

 

 それはともかく、

 

 さきの郡境での戦いで、袁紹を敗走させた一刀たちは、南皮へと進軍する前に、ここ平原に立ち寄った。……無論、張郃と高覧の二人を、自分たちの仲間に迎えたいからである。

 

 正直なところ、一刀の陣営に居るのは、一刀と徐晃、そして華雄を除けば、純粋な戦闘指揮官が、他に居ないのである。徐庶や姜維、司馬懿に李儒も、本来は参謀役こそが、その真価なのである。元董卓こと月は、侍女長として働いているし、賈駆はその彼女の補佐的立場に、今は落ち着いている。伊籍はもちろん純粋な文官なので、戦闘指揮はからっきし。

 

 とにかく、武人、武将。それが、一刀たちにとってはのどから手が出るほど欲しい、人材なのである。

 

 「……話して聞かないんだったら、いっそ、力ずくでふんじばる、ってのは?」

 

 「蒔さん……いや、それも確かに、一つの手ではあるけど」

 

 「……公明よ、向こうと我らとでは、その戦力に差がありすぎじゃろが。……のこのこ出てくると思うか?」

 

 半ば呆れつつ、李儒が徐晃のその発言に突っ込みを入れる。

 

 「あ~……。それも、そう、ですね」

 

 「……ま、蒔さんのことはともかく、どうしますか?……いっそ、一刀さんがその”お力”で、二人を篭絡するという手もありますが?」

 

 「ちょっ!?瑠里ちゃん、なんて事を……っ!!」

 

 「認めへん!そんな策は、絶対に認めへんで!!」

 

 「当たり前じゃ!”これ以上”、ややこしいことにされても困るわい!」

 

 司馬懿の献策(?)に、徐庶、姜維、李儒の三人が猛反発をする。その策を行うことになるかもしれない当人はというと、

 

 「……いや、だからさ?瑠里?俺が話したぐらいじゃ、あの二人は降りはしないだろって、今言ってたばかりじゃないか」

 

 と、本気でそんなことをのたまった。

 

 『……はあ~』

 

 「え?え?なに?みんなして、その、思いっきりあきれ返った反応は」

 

 「……自覚が無いって、恐いですね」

 

 「まったくだ」

 

 

 

 まあ、それはともかくとして。

 

 「どうにかして、二人を外に引っ張り出せないものかな?……町から出てきさえすれば、手の打ちようももう少しあるんだけど」

 

 と、一刀のその言葉とともに、視線を再び町の方へとやる一同。

 

 その時だった。

 

 『え?』

 

 ぎぎぎぎぎ、と。

 

 一刀たちの耳にも届くくらいの大きな音を立て、町の門がゆっくりと開かれていく。そして、中からその件の人物が二人、ゆっくりと、一刀たちのほうへとその歩みを進めてきた。

 

 「……張郃さん、高覧さん……」

 

 「……降伏してくれる気に、なったんじゃろうか?」

 

 「……とても、そんな雰囲気には見えませんね……」

 

 近づくにつれ、はっきりと見えてくる二人のその表情は、何かを悟りきったように清清しく、それでいて、武人としての確固たる信念を、感じさせるものだった。

 

 そして-。

 

 「そこに居るは、鄴郡太守・北郷一刀殿とお見受けした!我が名は張雋艾!そしてこれなるは、我が友高覧!……北郷殿に、是非に頼みたき儀がある!われらが前に、進み出ていただきたい!」

 

 「……一刀さん」

 

 「ああ。……みんな、決して動かないようにね。……あの二人、どうやら”俺”に、用があるみたいだからさ」

 

 張郃の口上を聞いた一刀は、彼女のその意図するところを、瞬時に感じ取った。……二人のその、武人としての”目”を見て。

 

 「……気をつけよ、一刀。……すべてをふっきった者は、存外強いからの」

 

 「わかってる」

 

 他の者も、それに気づいているのであろう。……張郃のその声に応え、一人出て行こうとする一刀を、誰も止めはしなかった。

 

 一同の視線を背に、一刀は張郃と高覧の前に進み出ていく。そして、敵味方とはいえ、久方ぶりに相対する両者。……先に口を開いたのは、一刀のほうだった。

 

 

 

 「……お久しぶりです、お二人とも。元気そうで、何よりですよ」

 

 「ふふ。……北郷どのも変わらずのようだな。……貴方がここに居るということは、姫様は負けたということですね。……無事、でしょうか?」

 

 「ええ。今頃は多分、南皮に辿り着いているころでしょう」

 

 二人は笑顔で会話を交わす。だが、その場の空気は緊張に包まれて居る。……近くを飛ぶ鳥でさえも、鳴くことをためらうほどに。

 

 「そうか。それを聞いて安心したよ。……本題の前に、北郷殿に一つだけ聞いておきたい。……勅命に逆らってまで、貴君の目指すものとは?」

 

 主である袁紹が、戦の末に敗北し、本拠へと逃げ帰った。それはつまり、一刀が袁紹による鄴の

接収を拒否したということ。そしてそれは、朝廷の勅に逆らったということを意味する。

 

 朝廷の勅に逆らった。それは、一刀が今後、逆賊として誅される立場になったということ。下手をすれば、すべての諸侯を敵に回しかねない、その決断。そこに、その先に、一刀は何を見、何を掴もうというのか。

 

 張郃と高覧は、それだけが唯一つ、その心に残っていた疑問だった。

 

 「……民の安寧。それは、民の意思が、その想いが、完全に無視されるような、そんな体制下では決して訪れはしません。……無論、すべての声を聞いていては、かえって混乱を呼ぶだけになりますが」

 

 「ふむ」

 

 「……少なくとも、今の朝廷には、民の声を聞こうとする意思が見えません。先帝である少帝陛下であれば、漢を、朝廷を正しい方向へ戻せると、俺はそう思っていました。そのための協力だって、惜しむつもりは無かった。……けれど」

 

 「……その陛下は、亡くなられてしまった、か」

 

 李儒-いや、劉弁が皇帝のままであれば、少なくとも、これ以上民が苦しむ世にはならずに居たと、一刀は今でもそう思っている。

 

 「ええ。……そして、今の朝廷は、劉協陛下を傀儡にして、朝廷の存続にのみ、その意思と力を注いでいます。それが、民のためになることだと、そう信じて。けど、それは違うと俺は思う。国があって、民が居るんじゃない。民が居て国があるんです」

 

 『…………』

 

 張郃と高覧は、一刀のその口上をただ静かに聞いていた。……まるで、何かの確信を得るためのように。

 

 「……”この世界”に来たとき、俺は、どこの誰とも知れない、ただの大きな迷子でした。その俺が、太守として今までやってこれたのは、あそこに居るみんなが、俺を支えてくれたから。傍に居てくれたからです」

 

 その口上を述べながら、一刀は後方に居る徐庶たちに、その笑顔を向ける。

 

 「そして、こんな俺を温かく迎えてくれ、今も慕ってくれる街の、郡の人々を、勅命だからと言って捨てたくは無かった。失いたくなかった。だから、勅を拒否した。人々も、そんな俺を支持してくれた。後は、その意志に全力で応えるだけ。この二つの腕で、何があっても守り抜くだけです。そして」

 

 すう、と。大きく息を吸い、一刀は最後の台詞を口にした。

 

 「……必要とあるなら、みんなを守るためなら、俺は”天”を目指す。そして、この腕で、大陸に住むすべての人を、包み込んで見せます」

 

 『……っ!!』

 

 ”天”を目指す、と。一刀ははっきりとそういった。その意味するところは一つしかない。張郃と高覧はあっけに取られていた。そして、その身を小刻みに震わせていた。……想像していた以上の、一刀のその想いに、その、覚悟に。

 

 

 

 「……話はよくわかった。……なら、本題に入らせてもらう。北郷一刀殿、我ら二人と、この場にて死合って頂きたい。そして、それが済んだ後、結果に関わらず、町に居るわれらの兵たちを、どうかよろしくお願いしたい。そして」

 

 「南皮に居る者たちのことも、是非にお願いしたいのです。……お引き受け、いただけますでしょうか?」

 

 自分たちと戦えと。張郃と高覧はそういった。そしてその結果に関係なく、平原に居る者のみならず、南皮の者たちも保護してほしいと。

 

 「……戦わずに、済ますわけにはいきませんか?」

 

 「……それだけは出来ない。我々は、あくまで袁本初が配下。主の命を果たさず、一合も刃を交えることなく降ることは、われらの武人としての誇りが許さない」

 

 「貴方の強さは重々承知。あの飛将軍と互角の貴方と戦えば、私たちは無事では決してすまないでしょう。……だからこそ、戦わせていただきたいのです」

 

 ジャキ、と。

 

 張郃は槍を、高覧はその巨大なクロスボウを、一刀に向けて構え、戦闘体勢を取る。

 

 「……(ここで死ぬ気か、この人たちは。ただ、その命を賭して、主への忠節を貫き通して。……なら)」

 

 すらり、と。

 

 腰の朱雀・玄武を抜き放ち、一刀もまた戦闘モードへと、自身を切り替える。

 

 「……感謝する。……では参る!銀閃の張雋艾の槍、その目でとくと見るがいい!!」

 

 「往きます!!」

 

 ドシュウッ!!

 

 高覧のクロスボウから、その巨大な矢が放たれ、それと同時に、張郃が猛然とダッシュする。

 

 「……その想いに、見事、応えてくれよう!はあああっっ!!」

 

 一刀もまた、二人に向かって突進していく。

 

 -激闘が、開始された。

 

 

 

 張郃と高覧は、常に二人で行動をしてきた。平時であれ、戦場であれ、それは関係なしに。だから、自然と連携をとっての闘いが、彼女たちのスタイルとなっていた。

 

 「おおおおおっっっ!!」

 

 神速ともいえるその速さ-およそ一秒間に十回、その槍を繰り出す張郃。その一撃一撃も、当たれば即致命傷になりかねない、恐るべき強撃であった。

 

 「くっ!」

 

 だが、一刀はそれを、すべて確実に払い、その間隙を縫って張郃へと朱雀、ないしは玄武を振るう。

 

 「チッ!」

 

 しかし張郃もまた、一刀の繰り出したそれらを、紙一重でかわし続ける。そうして一刀の意識が張郃に集中していると、

 

 ドシュウ!!

 

 「ッッ!!」

 

 高覧が放った巨大な矢が、突然一刀を襲う。時に張郃の背後から、時に一刀の背後から。

 

 「……いいコンビネーションをしてる。……これは、何が何でも、手に入れたくなってきた!」

 

 「しゃべっている余裕があるのはさすがだ!……何のことかはよくわからんが、私と狭霧は、命を落とすときまで共にと誓った、刎頚の友!われらの連携攻撃、生半可なことでは破れはせん!」

 

 そう叫びつつ、張郃はさらにその速度を増した槍を、一刀めがけて繰り出していく。その目にも止まらぬ速さの槍を、一刀はこともなげにかわしつつ、時折飛んでくる高覧の矢を弾き飛ばし、あるいは避け、正面の張郃に何度となく攻撃を仕掛ける。

 

 (確かに、このままじゃ何時までやってもきりがない。……とはいえ、全力でやればどちらかを確実に殺してしまう。そうなったら、おそらく残ったほうも生きては居ないだろうし。さて、どうしたもんか)

 

 激しい戦闘の中、一刀はどうやって二人を、戦意喪失状態に持っていくか、それだけを考え続けていた。

 

 

 そうして、戦いが始まってから三十分もした頃。

 

 「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 「……大分、息が上がってきたみたいですね」

 

 「……少しばかり、な。……ふふ、それに比べて、そっちは息一つ乱れていない、か。流石だ」

 

 「……もう、良いんじゃないですか?袁紹さんへの義理なら、十分にもう果たしたでしょう?それとも、本気で、死ぬまでやるつもりですか」

 

 主への忠節、武人としての矜持。そのどちらも、これだけ戦えば十分だろうと、一刀は張郃にそう声をかけた。だが、

 

 「……すまんが、私たちは、生きて南皮に戻るつもりは毛頭無い。「!!」……この地で見事散って見せ、姫様にわれらの想いをお伝えする」

 

 「想い……?」

 

 「そうだ。……今の姫様は、過去の強迫観念に縛られて生きておられる。それを解き放つためには、よほどの劇薬が必要だ。……私たちの、死という劇薬が」

 

 家臣が、自分の命を遵守して死んだ。それは、袁紹の心に相当な衝撃を与える事になるはず。……ほとんど賭けに近い望みだが、それが良きほうに働き、彼女の真の目覚めを促すこととなれば、それで自分たちは本望だと。張郃はそう言ったのである。

 

 見れば、少し離れた位置に居る高覧も、張郃のその言葉に黙って頷いていた。

 

 

 

「……そう、ですか。そこまでするだけの価値が、袁紹さんにはあると、お二人は思っていらっしゃるんですね。……わかりました」

 

 チャキ、と。

 

 一刀は玄武を鞘へと戻す。

 

 「?……武器を片方しまうだと……?北郷どの、いったい何の真似」

 

 「……俺の剣術・示現流は、本来二刀を必要としないんです。……一刀のみでの戦いこそ、示現流のその真髄。そして」

 

 す、と。

 

 朱雀をその肩口に構え、気を練り始める一刀。

 

 「……そして、その本質は、二の太刀要らずの一撃必殺。……見せてあげます。北郷家に伝わる裏示現流、いや、北天示現流のその真髄の一端を。……はあああああああっっ!!」

 

 「ぐ!な、何だこの気は?!今までのものとは質が」

 

 一刀から沸き立つ凄まじいまでの気の奔流。それがやがて、一刀の持つ朱雀の刀身へと凝縮していき、巨大な”気による刃”を形成した。

 

 「膂力、速度、そして、気。この三者を極限迄高めて合一し、初めて為し得るこの技。……北天示現流奥義、疾風怒濤。……見事、受け止めて見せろ!!チェストおおおおおおっっっ!!」

 

 示現流独特のその掛け声と共に、一刀はその瞬間、一陣の風となった。

 

 「な……っ!!」

 

 一瞬のことだった。

 

 それはまさに、疾風。

 

 張郃は、正面から、気の刃によって、袈裟懸けにされた。

 

 「沙耶ねえさまあああああああっっ!!」

 

 高覧の悲痛な声が、その戦場に響き渡る。高覧は激しく取り乱しながら、手に持っていたクロスボウを地に投げ捨て、倒れた張郃の元へと駆け寄った。……無残な彼女の姿を、想像しつつ。

 

 だが-。

 

 

 

「沙耶ねえさま!!……え?……これは、切れて、無い……?」

 

 そう。

 

 張郃の体は、真っ二つどころか、傷一つついていなかった。細かい傷こそあるものの、彼女はその場に倒れ、意識を失っているだけだった。

 

 「……ど、どういうこと……?確かに、さっき、あのおっきな刃で」

 

 「……気の刃は、肉体は傷つけない。……その精神のみに、ダメージ…衝撃を与えるもの。命に別状は無いですよ、高覧さん」

 

 呆然とする高覧のそばに立った一刀が、そう先の一撃を説明する。

 

 張郃を説き伏せるのは無理だと判断した一刀は、彼女を傷つけずに、戦闘不能にする手段をとった。それが先ほどの、気を刀身にした朱雀での一撃である。元の朱雀の刀身部分を避け、気の刃の部分でのみ、彼女を斬って気絶させたのである。

 

 「今日一日は、これで目を覚まさないでしょう。……その間に、貴方もゆっくり考えてみてください。果たして本当に、死ぬことが袁紹さんのためになることなのか」

 

 「え?」

 

 「……言葉でもって、何度でも、何度でも、話しかけ続けて見るのも、一つの手だと思いますよ?……それで、たとえ本人に嫌われたとしても、顔も見たくないといわれても、生きていなければ、出来ないことですしね」

 

 朱雀を鞘に戻しつつ、高覧にそう語りかける一刀。

 

 「……それでも死にたいってんなら、止めはしませんけど。……でも、死んだらもう、それで終わりですから。……よく、考えてみてください」

 

 それだけ言って、一刀は二人にその背を向けて、徐庶達の下へと戻っていく。

 

 「……何度でも、何度でも、か……」

 

 気絶している張郃を抱き、そうつぶやく高覧。その瞳に、ある決意を宿しつつ。

 

 

 戦いは終わった。

 

 一刀たちはその後、平原の町に入り、中に居た袁紹軍の兵達を武装解除させた後、事後処理を司馬懿と姜維の二人に任せ、袁紹の後を追って南皮に向かった。

 

 -冀州の戦いは、まもなく終局を迎えようとしていた……。

 

 

                                  ~続く~

 

 

 


 
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