No.188206

ディア・マイ・ロード――プロローグ

まめごさん

中世ヨーロッパを舞台にした架空の国の物語。

お久しぶりです、まめごです。
着地点も定まらないまま、お得意の見切り発車をまたしてしまいました。
ぶっちゃけ、生真面目なヤン・チャオと耳と尻尾の生えたスズと標準語のイコマ。

2010-12-05 23:35:10 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1211   閲覧ユーザー数:1186

 

 

 

 

 

 

 ウィンザードの森は昼間でもなお暗い。数百年の樹齢を誇る木々たちが、己の齢(よわい)を主張しているからだ。枝間から所々に光が零れる以外は、けぶる靄に包まれている。

 普段でも滅多に人が訪れることの少ない森の中、娘が一人、歩いていた。

 年の頃は十九、二十歳、遠目からもほっそりと均等のとれた体つきであることが分かる。トツリ、トツリと歩くたびに農民にしては質の良いスカートのドレープが優雅に揺れる。  

 頭からすっぽりと黒いフードをかぶり顔は伺えないが、その隙間から覗く金色の髪は僅かな光をとらえて輝いていた。

 ふと、娘の足が止まる。先程まで途切れ途切れに聞こえていた鳥の鳴き声が消えている。異変を察して顔を上げた、その瞳に映ったのは。

「お嬢さん、こんな所まで散歩かい」

 二十人ほどのむさ苦しい男たちだった。気の利いた台詞のつもりだったのだろう、ゲハゲハゲハと卑しい笑い声を上げている。近辺の村のゴロツキが、森に一人入る娘を見かけてよからぬ思いを抱き、付けていたのだ。

「日暮れ時になると魔物が出るぞ」

「勉強になったな、授業料払えや」

「その綺麗なおべべを脱いでもらおうか」

「それとも無理やりの方がいいかね」

 再び湧きあがる笑い声。彼らは獲物を狙う狼のように、娘を取り囲んだ。

 娘は動かない。怯えているように見える。男たちの淫らな熱が高まった、その瞬間だった。

「ぎっ……!」

 いつの間に現れたか、一人の賊の頭に黒い塊がしがみ付いた。

「ぎゃああああ!」

 顔を噛みちぎられた男の絶叫が響く。そのまま塊は勢いよく空(くう)へ跳ねた。

「ガーゴイル!」

 血みどろで倒れた仲間に見向きもせず、男たちは驚愕の声を上げた。蝙蝠の様な羽をはばたかせ、忌まわしき魔物は次の餌を選別するように彼らを見渡している。

 誰も動かなかった。否(いな)動けなかった。動けば狙われることを本能で察したからである。一方で彼らの頭は混乱していた。魔物は夜にならないと出ないはずだ、今も昔もそうだったはずだ、ならば今、目の前にいる物は一体何なのだ――。

 

 

 不気味な姿を宙(ちゅう)に浮かせたガーゴイルの裂けた口元からは、鮮血が滴っており、余計に不気味さを際立たせている。

 その時、冷徹な娘の声がした。女にしては低い。

「ディア・マイ・ロード(親愛なる我が主よ)」

ガーゴイルと娘の手が動いたのは同時だった。

「この哀れな御霊(みたま)を救い給え」

 刹那、朧に光る剣(つるぎ)がそのグロテスクな魔物を貫く。一瞬の時が止まった後、ガーゴイルは光の微粒子となってザンと砕けた。

「お、お前、お前はクロス・フィアードか……!」

 茫然と見守っていた男の一人がほとんど掠れた声を上げた。

「左様。クロス・フィアード第五部隊、クリスティン・ハイオネス」

 淡々と名乗った後、娘もどきは優雅な手つきでフードを脱ぎ捨てた。現れたのはそこらの女が裸足で逃げだすほど美しく整った顔立ちの青年だった。いっそ見下したようなブルーサファイアの瞳で彼らを見渡す。

「ご協力痛みいる。深く御礼申し上げたいところだが、奴らの仲間がすぐにやってくるようだ。見物してゆかれるかな? ただし命の保証はできかねるが」

 その言葉が終るか終らないかのうちに、男たちは我先にと逃げ出した。

「おお、逃げ足は速いな」

 手を翳(かざ)し、目を細めて見送っていたクリスだったが、今度は首を巡らせ彼方に向かって怒鳴った。

「ディラン! 茶番は終わったぞ、さっさと出て来い!」

 声に応ずるように、木の梢がザワザワとなる。のっそり出てきたのは細身のクリスとは対照に筋肉隆々とした青年だった。癖の強い黒髪の下で明るいグリーンの目が面白がるように輝いている。

「うるせーよ、お嬢ちゃん。せっかくドレスを着ているんだから、もっとこうおしとやかに……こう、うっふんと……いでぇっ!」

 両手を頭に回し、シナを作ったディランの頬に激痛が炸裂した。

「うう、いいパンチだ……」

「もう一発、いくか?」

 拳を突き出したまま憮然としたクリスだったが、気配を感じて真顔に戻る。

「そら、お客さんがいらっしゃったぞ」

 ディランが緩んだ気を引き締め、白銀の弓に矢を番えた。纏っていた白いドレスをほとんど破るように脱いだクリスはその下に着こんでいた、ブラウスに細身の黒いパンツ、クロス・フィアードの証である鷲をあしらった薄い胸当てといういで立ちになった。

「ああ、それ結構高かったのに……」

 親友の悲しげな嘆きはきれいに無視を決め込んだ。

 彼方を睨み、聖剣を構えたその姿は、「神に愛された少年」と謳われた過去をディランに思い出させる。

「くるぞ」

「あいよ」

 遠方に認めた黒い影は、おおよそ十五匹。

「魔物さん、いらっしゃ~い」

 ディランのふざけた声で幕あけた戦闘は、静かな森の中にしばしの喧騒をもたらした。

 連続するような光の煌めきが十五回続いた後に

「腹が減ったな、夕飯は『銀の匙』で食っていこうか」

呑気な会話が聞こえ、ウィンザードの森はようやく静寂を取り戻したのだった。

 


 
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