No.174900

真・恋姫無双 季流√ 第37話 拠点 命と真意と夕凪

雨傘さん

沙和と真桜と凪の拠点、第2期拠点シリーズ2話目。
お楽しみ頂ければ幸いです。

2010-09-26 23:06:07 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:14570   閲覧ユーザー数:7523

命の御前。

 

 

 

「いや~~なの~~~!!!」

 

沙和の絶叫に近い叫びが、広大な草原へと響いた。

 

ここは魏国が新たに試みることになる、牧場が管理している草原である。

 

畜産物の安定供給というこの新たな試みは、魏国において将来を見据えた重要な産業になるはずである。

 

すでに唐(外国)から珍しい動物も可能な限り輸入されており、ここで実験的に飼育をすることになっているのだ。

 

まだ国内では珍しい動物も多々おり、魏国を建築する際、必要上伐採した森林に住んでいた動物も保護されている。

 

人間の偽善といえばそれまでだが、それでも一刀にとってこれは重要なことであった。

 

偽善であろうとも、やらぬより遥かにいいはずだ……そう信じていた。

 

一刀は今沙和とともに牛舎へと赴いており、その世話を見ているのだ。

 

先ほどの沙和の悲鳴じみた叫び声は、牛に顔を舐められた時に上げた声であった。

 

新たに開発されたジーンズ生地に近い厚手の素材で出来たつなぎをきて、麦藁帽を被った沙和が、一刀へ助けを求めている。

 

「ははは! 大丈夫か沙和?」

 

牛に絡まれ腰の抜けた沙和を一刀は引っ張り上げると、軽く髪についた土を払ってあげる。

 

「もう~! この牛さんは乱暴さんなの!」

 

沙和が牛に向かって距離をとって、ぷりぷりと文句を垂れた。

 

だがその瞳はとても楽しげである。

 

沙和は動物が好きだった。

 

いつかこの牧場の一角は、動物園として開園されるのを聞いては、飛び上がって喜んでいた。

 

だが沙和にとってこの牧場は、ある意味での試練でもあった。

 

畜産として飼う以上、いつかは捕殺をせねばならぬからだ。

 

だが沙和は命に対して、非常に真直ぐに向き合っていた。

 

生来、とても優しい性格を持つ沙和にとって意外な感じもするが、それでもこれが彼女の芯の強さであった。

 

これまで幾度か畜産として飼育された動物を、まさに食肉として殺さねばならなくなったときがあった。

 

その中で沙和は真剣な表情で、一遍の曇りのない瞳で死について向き合っていた。

 

勿論……彼女が悲しまなかった訳ではないだろう。

 

一刀が心配してそっと後をつけた時は、死なせた動物を思い返して泣いている彼女を見たこともある。

 

だが沙和は命について、誰よりも真剣であった。

 

例え今日じゃれあった動物達が、明日には食べられる運命にあったとしても、彼女は泣きながらでも膝を屈することはなかった。

 

今日目の前にいるこの牛も、来週には殺さねばならぬかもしれない。

 

それでも、彼女は命に対して優しかった。

 

1度、一刀は彼女に問うたことがある。

 

この役は辛くはないか、と。

 

すると彼女は、確かに辛そうだけど、笑顔でこう述べるのだ。

 

「沙和は~、動物さんを死なせなきゃいけないのは辛いけど~……だからこそ、命のありがたみを感じるの。

 隊長には、沙和にこの役割をあてて貰ったことを感謝してるの~。

 だってぇ……この牧場の運営に係わらなければ、沙和は毎日食べてるもののありがたみが、表面上でしかわからなかったと思うの。

 この胸がきゅっとする気持ちが、きっと命に対する感謝の気持ちなの~」

 

こう述べる沙和の表情はひどく辛そうな笑顔であったが、とても心が篭っていた。

 

人は……いや、ありとあらゆる生ける者は何かを殺さねば、他の犠牲無しにしては生きていけないのだ。

 

そこから逃げてはいけない、それを沙和は痛感していた。

 

だからこそ彼女は自らが運営する、この牧場の経営に献身的であった。

 

他の仕事もあるので毎日世話に来れるわけではないが、それでも沙和は出来る限りの世話をしていた。

 

「そっか……やっぱり、沙和は優しいな」

 

そういって一刀は沙和の頭を撫でた。

 

それを沙和は悲しさと嬉しさの混じった表情で受け入れる。

 

沙和にとって、この牧場は生と死をひどく感じさせるものだ。

 

だからこそ人たちが行う戦争について、懐疑的であった。

 

どうして人は争うのだろう……永遠に答えの出ぬ問いなのかもしれないが、それでも沙和は疑問に思うしかなかった。

 

「あ~あ、戦争なんて早く終わりにしたいの~。

 そうしたら沙和は、お洋服屋を大陸中に広げて、牧場に子供達をたっくさん連れてくるの~。

 隊長の言ってた動物園とか水族館とか、沙和はちょ~楽しみなの」

 

「そうだな……早く戦争なんて終わらせたいよなぁ」

 

一刀が快晴の空を見上げながらぼやくと、つがいの鳥がはるか上空を飛んでいた。

 

その鳥達は、牧場の一角に用意された森の奥へと飛んでいく。

 

しばらく黙って行方を眺めていた2人だが、やがて森の影に鳥達は姿を消していったので、一刀は視線を沙和へ戻した。

 

「よし、じゃあもう終わりか?」

 

「そうなの~! さっき引き継ぎの人が来たから、沙和は今から自由なの、隊長は~?」

 

「そうだな、沙和のおかげで早く牧場視察も終わったから、後は報告だけだけどこれは後でいいし、夕方まで時間あるし……とりあえず、そろそろ飯の時間だから街をぶらつこうかな」

 

「ええ~! じゃあ沙和も行くの~」

 

元気な沙和が一刀の腕に飛びつこうとするが、寸前で立ち止まった。

 

一刀としても沙和が飛びついてくるかと予想していただけに、変な感じがしてしまう。

 

「どうしたの?」

 

「たいちょぅ~……ちょっと待っててなの~!!」

 

そう言い残した沙和は、振り返って走り去ってしまう。

 

「な、なんだぁ?」

 

 

残された一刀は、1人ぽつんと立ち尽くしていた。

 

 

「う~……危なかったの~。

 流石にこの格好のままで、隊長とお出掛けするわけにはいかないの」

 

つなぎを着た沙和は更衣室へ飛び込むと、急いで服を脱ぎだす。

 

嫌というわけではないが、せっかく一刀とデートが出来るのに、土のついた衣服に動物の匂いがついていたのでは、よろしくないのにもほどがあった。

 

「隊長の知識は凄いの~、ここをこうやって~……」

 

鼻歌交じりに沙和は服を一気に脱ぎ捨てると、裸のまま水場で体を濡らしていく。

 

まだ秘密裏に進めている技術なのだが、沙和が使っている水は冷水ではなく、温水に近いぬるま湯であった。

 

試験的に様々な技術を試みている牧場では、すでに真桜の技術力と一刀の発案で、温水の常設が行われているのだ。

 

おかげで沙和も冷たい水で肌を切る思いをしなくとも、体を洗うことが出来る。

 

それに合わせて棚から取り出したのが、”しゃんぷー”である。

 

以前一刀が考えた石鹸を基にして、薬剤関係の人達と試行錯誤の末に出来上がった一品である。

 

いつぞやの、一刀がお風呂に入ったときの考えが、実現したものであった。

 

これは一刀の中でもかなり忠実に再現されたものらしく、その効能に沙和は瞳を輝かせて喜んでいた。

 

「あっわあわ~♪ あっわあわ~♪ とって~も、あっわあわなの~♪」

 

楽しげに歌う沙和はしゃんぷーをこれでもかと泡ただせると、時間もないので髪も体も包むように洗い出した。

 

「気っ持ちいいの~……まだ皆はこれを知らないんだよね~。

 えへへ、これもいつか普及すればいいな~」

 

今はまだ自分だけの幸せな役得と思いながら、働いた体の汗を洗い落としていく。

 

そして綺麗になった沙和は、いつもの服しか手元にないのを少し残念に思いながら着こんでいった。

 

せめて髪型だけでも変化をつけようと、わざとちょっと濡らしたまま髪をおろし、更衣室を出て行く。

 

小走りに移動する沙和の視線の先には、一刀がまだ先ほどと同じ場所にいた。

 

待たせ過ぎたかもと思って心配したが、向こうがこちらへ気がつくと優しく手を振ってくれた。

 

「なんだ、着替えてきたのか?」

 

「っへっへ~そうなの~。

 待たせちゃってごめんなさいなの」

 

「大丈夫だよ、大して時間経ってないしね。

 それじゃあ行こうか?」

 

「は~い、なの~!」

 

今度こそ嬉しそうに一刀へ飛びついた沙和は、腕を絡ませて洛陽の街へと歩を進めていった。

 

隣から淡く香る良い香りがして、一刀が気づく。

 

「お? シャンプー使ってくれてるのか?」

 

「そうなの~! 沙和のちょ~お気に入りなんだから~。

 しゃんぷーの量産は目処がついてるの~?」

 

「ん~……もうちょい時間がかかるかな。

 でもこのままいけば、来年には完成すると思うよ」

 

「やった~なの!」

 

こうして仲良く2人で街につくと、来た当初に比べて活気が出始めている洛陽を散策した。

 

まだ洛陽の復興は続いている……やすやすと解決する問題でもない。

 

だがそこに住む人達の活気が戻り始めているのが、2人には嬉しかった。

 

「あそこで、ご飯にしようか?」

 

一刀が指差したのは、少し高めの値段を設定している店に見えた。

 

「沙和~お給金前だから~、ちょっとお財布が厳しめなの~」

 

「何いってんだ。

 俺が出すに決まってんだろ?」

 

「きゃ~!! 隊長すってきなの~!」

 

嬉しそうに飛び上がる沙和に一刀が笑っていると、向かいの道が若干やかましくなった。

 

せっかくの良い気分を邪魔された形になった沙和が、む~っと頬をふくれさせるが、どうやら何か問題が起きたようだ。

 

見てみぬ振りも出来ない2人は、まだ層の薄い野次馬に体を突っ込むと、柄の悪い男達が露天商と言い争っているところだった。

 

「すいません……どうか許して下さい」

 

頭を低く下げてあやまる店主を見るに、どうやら体を軽くぶつけてしまっただけのようだ。

 

だけれどどうにも気が立っているのか、ごろつきの男達はいい不満のはけ口を見つけた、とでも言わんばかりの荒れようだった。

 

「む~……まだ皆も来てないみたいだし、沙和達がやらないと~」

 

沙和が一刀の腕を引っ張って一緒に間に入ろうとするが、何故か上手く動けなかった。

 

違和感に沙和が視線を上げると、先ほどとは打って変わって厳しい表情になっている一刀が、不動のまま立ち尽くしていたのだ。

 

少しその表情に怖さを感じた沙和が、どうしたのかと下から覗き込む。

 

「……隊長~?」

 

沙和に言葉をかけられた一刀は視線を合わせると、強めに沙和の腕を引いた。

 

「ど、どうしたの? 隊長~?」

 

野次馬から一歩離れた一刀が辺りを見渡していると、視線の先には北郷隊の姿があった。

 

北郷隊はすぐさま喧嘩の仲裁に割って入ると、事情を聞き出して事態を沈静化していく。

 

特に大きな問題のない事件ではあったが、沙和は一刀にどうしようもない違和感を感じるほかにはなかった。

 

それは本人も自覚しているらしく、沙和と視線を合わせないように気まずい笑みを浮かべている。

 

「あれ? 隊長と沙和やん……どないしたん?」

 

どうやらこの北郷隊を率いていたのは真桜だったらしく、目ざとく沙和と一刀を見つけた真桜が近寄ってきた。

 

「いやぁ……何かあったのかなって覗きにきたんだけど、どうやら真桜達が上手くやってくれたみたいだね」

 

__え?

 

一刀と真桜のやり取りに、沙和は驚きから顔を上げた。

 

__嘘……本当は真桜ちゃん達よりも、先に来ていたのに……

 

「お仕事ご苦労様、報告書を後で出しといてくれよな」

 

「はいよ! なんや沙和さん、隊長と”でえと”かいな」

 

「う、うん! そうなの~、えへへ~羨ましいでしょ?」

 

若干ぎこちない笑みを浮かべた沙和だったが、同時に一刀の腕に抱きついたので、真桜には気づかれなかったようだ。

 

真桜は恨みがましい視線を、何故か一刀へと送る。

 

困ったように頬を掻く一刀を見て、真桜が何かを閃いたのか、瞳をキュピーンと煌かせた。

 

恨みがましい目線から、上目遣いへと視線の角度を変えた真桜が、そそそっと一刀へ近寄る。

 

「な、なぁ隊長?

 もうちょっと、ここで待っててくれへんかな?」

 

「ちょっとって?」

 

「午後はほら、夕方の凪のことがあるから、ウチも休みやねん。

 今から沙和と昼飯いくんやろ? だから待ってて欲しいかな~なんて」

 

大きな胸の前で、両手の人差し指を突き合わせる真桜が、擦り寄ってくる。

 

その真桜へ睨みを利かせたのは沙和だった。

 

一瞬の交差。

 

その間、お互いにシンパシーを送って、意思を伝えあう。

 

”真桜ちゃん……沙和の邪魔をしないで欲しいの~?”

 

”ええやん沙和さん、な~お願い? ”

 

”え~~~っ”

 

”…………この事、後で華琳様あたりにチンコロ(密告)かましたろか?”

 

”っむ……脅す気なの?”

 

”脅すなんて、人聞きの悪いこといわさんなや沙和さん。

 これは取引、な? お願い? 邪魔はせんからさ”

 

”むぅ~……仕方がないの~。

 仕方がないついでに、隊長を誘惑するのを手伝ってなの~”

 

”さ・す・が、は沙和さん! ほんまありがとう!”

 

薄暗い取引が行われた2人は、さっそく行動に移りだす。

 

「ね~、隊長~? 真桜ちゃんを一緒に待とうなの」

 

「ん? いいのか? 腹はすいてない?」

 

「すいてるけど~、でも真桜ちゃんがいたほうがきっと美味しいの~」

 

腕に抱きつかれる一刀は、それもそうかと考えて真桜を待つことにした。

 

 

真意の行方。

 

 

 

今から一度、引継ぎのために隊舎へ帰らないといけないというので、沙和と一緒についていく。

 

流石にちょっと華を持たせようと、真桜は沙和の邪魔をしなかった。

 

並んで歩く2人の前を進む真桜は、隊舎へと戻ると書類に取り掛かった。

 

今日あったことを日誌へと纏める間、沙和と一刀は座って待っていた。

 

真剣に書簡に向き合う真桜を見ながら、他愛のない会話を続けていく。

 

すると、今日の夕方の話へと話題が移っていった。

 

「隊長~、今日の凪ちゃんとは大丈夫なの~?」

 

「ん? ああ。

 真桜がしっかりと装備を拵えてくれたからね、ほんと助かったよ」

 

2人の会話を聞いていたのか、真桜が書簡から視線を外さずに腕を振るう。

 

「あれはほとんど隊長のおかげやで?

 隊長発案の新型炉が無かったら、あの合金は出来へんかったしな」

 

「いや、確かに炉の原案を出したのは俺だけどさ、それを使える形にしたのは真桜だろ?

 しかも出来上がってみれば、性能指標が予想値より高いんだから驚きさ」

 

「ん~、まぁそれはうちの工夫やけど……なんて言えばいいんやろなぁ?」

 

悩む真桜は椅子の背もたれに寄りかかると、筆のお尻で顎をちょいちょいと突きながら、天井を見上げていた。

 

「ほら、うちって役職柄、隊長から他の人よりも色々教えてもろてるやん?

 だからかんなぁ、結構思う時があるんやけど……」

 

「何がなの~?」

 

「隊長の知識って……答えが用意してあるような感じがすんねん」

 

その言葉に、思わず一刀の肩がピクリと動いた。

 

それに気づいたのは、抱きついている沙和だ。

 

どうしたのかと沙和が一刀の顔を覗き込むと、ただ平然と微笑んでいる。

 

真桜は天井を見上げながら、尚も言葉を続けていた。

 

「発明を長くやっとるとな、ある一定のところで必ず引っかかる時がくんねん。

 壁っちゅうんかな?

 いくら考えても、どんなにカラクリを弄繰り回しても、絶対わからへん時がくるんよ。

 そんな時は、むしろ発明から離れたほうが吉でな。

 あえてしばらくほっといて、気晴らしとかした方がいいんよ。

 知恵の熟成って感じやな。

 そんである日、何気ない事をしとる時にふっと解決策を思いつく時もあるし、ずっと答えの出ない時もあんねん……そのまんま忘れたりしてな」

 

「そうなの~?」

 

「せや、既存の技術や発想じゃ解決でけへん、新しい理論っちゅうんかな。

 長い時間に”偶然”を混ぜ併せんと、解決できへんような壁……それをな、隊長の原案をぼんや~りと眺めとると、すんなり乗り越えてくれるんよ。

 設計図自体は滅茶苦茶なんやけどな」

 

「あ、あはは。

 そりゃ悪かったな真桜、あれでも俺の精一杯なんだ」

 

「基本が全く出来てへんのに、今のウチじゃとても思いつけん事をスラスラ出してくれんねん。

 あの新型炉だってそうや。

 高温に上げるための圧力機構を作ったり、温度を一定に保つ換気機能、効率的な熱利用法に……しかも合金の組み合わせ方まで知っとんねん。

 なのに肝心の”炉”の基本設計は、付け焼刃な知識の感じがするし……今回の隊長の装備は、ウチの人生の中で最高傑作やで?

 軽くて丈夫っちゅう、最高の素材をふんだんにつこてるからな。

 どやった? 少しはつけてみてくれたんやろ?」

 

にひひと笑う真桜に、一刀も満足した笑みを浮かべていた。

 

「ああ、試しに付けて動いてみたんだ。

 以前よりも甲の面積が多いのに、動き易さはだんちで違うから驚いたよ。

 しかもあれで強度が以前の5倍近いってんだから、まさに理想形だ」

 

「せやろせやろ?

 もっとウチを褒めてーな? ウチは褒められて伸びる子なんよ」

 

真桜が両手を広げてこちらへ向けてくるので、一刀は立ち上がると真桜の両手の中には飛び込まず、優しく頭を撫でた。

 

上手くかわされたと感じた真桜が、拗ねるように唇を突き上げるが、撫でられることが気持ちいいのか瞳は満足そうだ。

 

後ろでは沙和が羨ましそうに、唇に人差し指を当てていた。

 

「……ほれ、さっさと終わらせろよ?

 そろそろお昼時も過ぎてくるからな、お店の材料が切れてても知らないぞ?」

 

「あ、しもた! はよせな……

 沙和~、もうちょっと待っててな」

 

 

「沙和はもうお腹が空いたの~、真桜ちゃん早くす~るの~」

 

もう、私の邪魔はしなんじゃなかったの? って視線で訴えてくる沙和に、真桜は苦笑を返すしかなかった。

 

 

「よし、ここで飯にしようか?」

 

「賛成~なの!」

 

「うちもええで~」

 

真桜と沙和が、一刀の隣を歩きながら店へと入る。

 

そこは先ほど入ろうとした高めの店ではなく、普通の大衆食堂であった。

 

お昼時の混乱も脱したのか、まばらに席が空いているので3人は適当な席へと座る。

 

採譜を持ってきた時、店員さんが声をかけてきた。

 

「あら、于禁さんに李典さんではありませんか?」

 

「あ、お姉さんお疲れ様なの~」

 

「ども~」

 

2人が知っている顔に軽く挨拶をすると、店員さんがそっと真桜と沙和の方へと移動する。

 

「あの方は誰なんですか?」

 

ニコニコと笑うお姉さんは、採譜を眺める一刀を見て楽しそうに話しかける。

 

「あれ? お姉さんは隊長の事知らんかったっけ?」

 

「ええ、私は見かけたことがありませんわね……どちらの恋人なのですか?」

 

この手の話が好きなのだろう。

 

顔見知りの間柄なので、戸惑いも無く素直に聞いてくる。

 

「ふっふ~、やっぱりそう見える~?」

 

得意げな沙和に、真桜が一刀のことを紹介しようとした瞬間、一刀の方が口を開いた。

 

「俺は2人の付き人ですよ、ただのね」

 

「あら、そうでしたの?」

 

不思議そうに頭を捻る店員さんに、一刀が言葉を続ける。

 

「そうですよ。

 何より私のような冴えない男などを恋人といったら、お2人に失礼じゃないですか」

 

あははと笑う一刀は、店員さんに適当に注文をすると、2人へと問いかけた。

 

「お2人は、何になさいますか?」

 

いやに丁寧な一刀の態度に、2人のほうが面食らってしまう。

 

「え、ええっと? ……じゃあ沙和はいつものマーボーで」

 

「う、うちはチャーハンにしとこかな?」

 

店員さんは3人の注文を聞くと、確認のために注文を読み上げてから厨房の方へと向かっていった。

 

変な空気が食卓に漂い、沙和と真桜が眉を潜めて訝しがっている。

 

その様子に気づいた一刀は誤魔化すように笑うと、こう説明した。

 

「ほら、俺が総隊長なんて知ったら、店員さんも驚いちゃうだろ?

 昼時は過ぎたといってもまだお客さんはいるし、静かにしとこうぜ?」

 

とってつけたような言葉。

 

どうにも納得の出来ない2人であったが、一刀の顔を見てしまうと何故か言葉が続かない。

 

どうしてこの人は、こんな風に笑えるのか?

 

しばらく憮然としていた真桜と沙和だったが、寸分違わず同時に立ち上がると、一刀の両隣の席へと腰を降ろした。

 

互いに椅子を持ち寄り、ぴったりと一刀の隣へ陣取る。

 

「お、おい?」

 

慌てた一刀が右へ左へと困ったように首を振ると、2人は唇を不機嫌そうに突き出しながら、一刀の肩へと頭を乗せた。

 

「え? あのぅ……お2人さん?」

 

2人分の頭の重さを感じた一刀は、何故かピンと背筋を伸ばしてしまう。

 

「別にええよ。

 何隠しとんのかしらんけど、今は信じといたるわ」

 

「隊長が~、いつか話せる時になったら、さっきの事もちゃんと話してなの~」

 

「…………」

 

肩の上からこのような事を言われ、少し一刀は俯いた。

 

その動きを感じた2人は、さらに続ける。

 

「でも、1つだけ。

 どうしても許せんことがあんな」

 

真桜の言葉に、沙和も同意した。

 

「そうなの~! だからこれは沙和達からのお仕置きなの~」

 

「はっ?」

 

沙和の言葉が終わった途端、2人の頭が肩から離れた。

 

全くの同時であるので、一刀の顔はどちらへも向く事が出来ない。

 

正面を向いて呆然とする一刀の一瞬を、2人は見逃さなかった。

 

 

「……ん」

 

「っちゅ」

 

 

頬に当たる柔らかい感覚。

 

2人は同時に、一刀の両頬へと唇を押し付けた。

 

「え?」

 

ほとんど無機質に両腕を上げる一刀は、そっと自分の頬を触る。

 

悪戯が成功したと笑う2人は、両側でにひひと笑っていた。

 

「あかんで隊長! 自分のこと”冴えない男”なんて言うたらな!」

 

「真桜ちゃんの言うとおりなの~!

 そんな情けない事を言う隊長には、こうやってお仕置きなの~」

 

嵌められたと理解した一刀だったが、2人の優しい気遣いは感じられた。

 

一刀は両頬に当てている手を顔面へと持ってきた。

 

真赤になる顔面を覆い隠すように広がる手の平の隙間から、一言だけ伝える。

 

今はこれしか、まともに伝えられそうに無かった。

 

 

「……ありがとう」

 

 

夕凪。

 

 

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

新たに敷設された訓練場に現在、凪と一刀の2人がいた。

 

その辺りを隠し覆うようにして、密かに集められた人達だけが、事の行方を静かに見守っている。

 

今や当初よりも何倍にも膨れ上がった、魏の面々である。

 

30名に及ぶ面々が緊張から表情を固くしていた。

 

時刻は夕刻。

 

華琳の命によって見回りの兵でさえ、誰もがここへ近寄れないように指示されていた。

 

唯一その影では第0部隊が辺りを警戒しており、万が一の露見すら許さない。

 

そして徐々に2人だけの世界へと入っていく。

 

互いの準備が整ったことを確認した秋蘭は、すっと片腕を上げた。

 

「…………」

 

「…………」

 

その時に合わせ視線が一点へと集まっていき、どこからか息を飲み込む音が聞こえるが、その誰かを確認する気にはなれない。

 

「……………………っ始め!」

 

「ハッ!」

 

真っ先に仕掛けたのは凪であった。

 

秋蘭の掛け声に合わせ、短く気合を吐いた彼女は一刀へと駆けだす。

 

待ち構える一刀は真桜に新調された漆黒の手甲と、そして日本刀を握っていた。

 

鋭い視線を向けて駆けてくる凪を、冷たく感じるほどの観察眼で見据える。

 

春蘭達は離れたところで、わずかでも見逃すまいと、まばたきを忘れ凝視した。

 

勢いよく迫る凪にとまどいは無いと判断した春蘭は、真直ぐに進む彼女の気勢に感心しながら、次に打つ手を考えていた。

 

__間合いに飛び込んでの、細かい拳撃か?

 

だが一刀の間合いに躊躇なく踏み込んできた凪は、あろうことか右足で大振りの上段蹴りを放ってきたのだ。

 

明らかな愚行。

 

カウンターを主体とする一刀に、一手目に隙の大きい大技を仕掛けるなんて……

 

予想通りにその大蹴りをかわす一刀……恐らくあと幾ばくかで凪の視界からは、”朧”によって一刀の姿が掻き消えてしまうだろう。

 

__勝負あった、な。

 

「ハァッ! ハ!」

 

「なに?」

 

その唖然とした声は、誰のものであったろうか?

 

大方の予想通り、凪の上段蹴りは外れ、そのまま空を切った。

 

しかし凪はそのまま右足が宙に浮いていながら、回転を殺さずに体を捻り、左足による後ろ回し蹴りを放ったのだ。

 

「ッツ!」

 

凪に密かに近接しようとしていた一刀が焦り、体勢を低くしてその左蹴りを危うくかわした。

 

そのまま前方に転がるようにして凪から離れ、すぐさま立ち上がって刀を構えなおす。

 

額には、じっとりと油汗が浮かんでいた。

 

「……凪、やるやんけ」

 

隣に立つ霞がポツリと零す。

 

 

それは腕を組みながら見ている春蘭も、同じ気持ちであった。

 

 

「……今のは、やばかったな」

 

一刀が額に浮かんだ汗を拭う。

 

まさか空中にいながら、更に蹴りを放ってくるとは。

 

凪が生来持つ苛烈さに、途切れることのない、流れる舞踏的な要素が加わっている。

 

蹴りの外れた凪は体勢を立て直して、再び狼の如く疾走してきた。

 

__次はなんだ? 蹴りか?

 

攻撃の幅が広がっている凪に、一刀は力を抜いて、あらゆる攻撃に対応するため身構える。

 

一気に間合いにまで進入してきた凪は、今度は中段蹴りを繰り出してきた。

 

一刀はまた安易に”朧”を使って、凪へ近寄るのを避け、後ろへ下がり見に徹する。

 

すると凪は一定の距離を離されない様に速度を上げ、拳と蹴りを合わせた連続攻撃を放ってきた。

 

__やりにくい!

 

1つ1つの攻撃を丁寧にかわす一刀だったが、内心焦っていた。

 

恐らく凪は、ほとんどの攻撃の裏にも返しの技を用意している。

 

一見隙があるように見せて、常にこちらを誘っているのだ。

 

それを可能にした理由も、一刀にはわかっていた。

 

一番初めに仕掛けてきた、あの2段蹴りである。

 

人並みはずれた絶妙のボディバランスを見せた凪は、その気になれば空中においてさえ、3連、4連の手があるに違いない。

 

まさに自由自在のしなやかさ。

 

初めに凪の手の内を見せてくれたということは、すでに一刀の手の内を知る凪からの、宣戦布告といったところか。

 

一撃において、どの攻撃でも一刀を倒しきる程の力を持つ凪は、まさに渦潮のような力強い円の流れが出来上がっていた。

 

不規則に回転行動を加えてくる凪は、一刀にとっての切り札である”朧”をも封じている。

 

一刀に意識を浚われる前に、自ら相手を視線から外してしまうのだ。

 

研ぎ澄まされた感性、極められた集中力、そしてこの容易あらざる体のしなやかさがあって、はじめて成せる流れである。

 

凪は一刀のように”奇”を狙うのではなく、ひたすら”理”を求めた。

 

その積み重ねの連続が、この見事な流れを形成しているのだ。

 

視線を一定間隔で外してくる凪の意識を謀るのは、流石に容易ではない。

 

舞踏のように舞う水流に、烈火の如き苛烈さは失わず。

 

渦潮の流れを得た劫火が、生き物のように一刀へと襲い掛かってくるようであった。

 

__ったく、見えないところでしっかり修練していたな!

 

渦潮の流れに逆らわず、わずかな動きでかわす一刀は、不敵な笑顔を浮かべていた。

 

これは一朝一夕に身につく動きじゃあない。

 

一刀が凪の師匠となって数年近くが経つが、その影でこれだけの動きを身につけてきたのだ。

 

恐らく、一刀がとる自然な体捌きと柔らかい動き、そして沙和達とやった訓練が関係しているのだろう。

 

剛の力に取り入れられた柔の流れ。

 

一刀とは違った答えだが、間違いなく彼女が出した1つの答えであった。

 

そこまで考えが至ったとき、一刀は心中で感心のため息を吐いた。

 

一概に言い切れない部分はあるが、剛と比べ技術的要素が強い柔は、その動きを観察し、常に指摘してくれる人が必要である。

 

だが一刀は、この凪の動きをチェックしたことはない。

 

己で考え、己で省み、己だけでここまでの形にしてきたのだ。

 

恐らく一刀の読みでは、凪の攻撃が誘う内、10あれば3は本当の隙だと判断していた。

 

7は罠。

 

だけれど淀みの無い彼女の動きは、どれが本当の隙なのか、3の正解がわからない。

 

ここまでの高みに、絶え間ない努力で登ってくる彼女は、やはり…………。

 

努力家と、一言では括れない才が凪にはあった。

 

「ハァ!」

 

上段蹴りを屈んでかわす一刀は、また後ろへ下がるが、つかず離れずの距離で追ってくる凪。

 

攻撃が始まれば渦潮のように回転を加えてくる凪を、一刀はひたすら観察していた。

 

__読みきってやる。

 

戦闘中にわざと回転をして、視線を1度相手から切るということは、凪にとっても相当にリスクの高い行動だ。

 

例え視線がすぐさま結ばれるとしても、どうしても一瞬は相手の姿が消える。

 

”朧”をかけられたのとは違って、自らのタイミングでそれは起こせるが、隙には違いあるまい。

 

問題はタイミングだ。

 

不規則な間で回転する凪だが、必ず癖があるはず。

 

そこを突ければ……

 

「ハ! ハ! ハァッ!」

 

それは凪も先刻承知のようだ。

 

攻撃をしながら向けてくる笑みには、挑戦的な色が混ざっている。

 

一刀の体力が尽きるか。

 

それとも凪が読みきられるか。

 

 

2人の視線が鬩ぎ合っていた。

 

 

「なんてまぁ、楽しそうね」

 

肩を竦めた華琳が言葉をもらすと、華雄が反応した。

 

「一刀の”朧”とかいう見えなくなる技を封じている回転……その隙を補う、凪のあの体のしなやかさは脅威だな」

 

華雄の評に華琳が頷くと、ふと興味が湧いた。

 

「貴方なら、どうなるかしら?」

 

「……8,2で私の勝ちだ。

 一刀とは違い、私ならあの渦のような流れを、無理矢理に力で断ち切れる…………が」

 

なるほどと思った華琳だが、華雄が尚も言葉を続けた。

 

「もし……もしもまだ高みがあるのなら、もうどうなるかはわからんな。

 そうなればもう、ここにいる誰もが凪に敗れうるだろうし、完成された武の1つの形となるだろう。

 それほどの可能性が、彼女の内には生まれている」

 

華雄の言葉に、春蘭、悠、霞、恋も同意のようだ。

 

まだ彼女に負けはしないだろう、が……数年という時を経れば、果たしてどうなるか?

 

誰にもわからない未来だが、期待は十分に出来る。

 

なんせ彼女は、あれほど楽しそうなのだから。

 

「それにしても、凪が1人でクルクルと中庭で回っとったんわ、これのためやったんかいな。

 あんなに回ってよう目ぇが大丈夫やな」

 

「体が回っているときには、もう首を捻って隊長へと向けているの~。

 回っているのに真直ぐなのが、とっても凪ちゃんらしいよね~。

 なんだか~……隊長へ想いを届けてるみたふむぐっ!」

 

沙和の不用意な言葉を、慌てて真桜が口を塞いで止めた。

 

全員の瞳の色がサッと変わる。

 

確かにそういわれてみれば、沙和のいうように見えなくもない。

 

初めは真剣勝負だということで、緊縛した空気がこちら側にも張り詰めていた。

 

だが沙和の一言で、皆が視線の角度を変えて見ると、なんだか真剣に戦う2人がイチャついて、まるでこちらへ見せ付けているかのように感じられた。

 

何がいけないのだろうか……ああ、笑顔か。

 

戦っているのに、2人とも心から楽しそうなのが原因なのだ。

 

沙和の変幻自在な相手を惑わす舞いとはまた違う、愚直なまでに相手へ届けと迫る舞。

 

違う意味での緊張感が一気に増していく観客席側に気づき、真桜は心の中で合掌した。

 

勝っても負けても、この勝負が終われば一刀は無事でいられまい。

 

そうこうしているうちに、2人に新たな動きが起きた。

 

流れる凪の渦を巻く舞いに、一刀が大胆に切り込んだのだ。

 

凪が上段蹴り中に回転を入れた、まさに一瞬の間であり、凪の視線が後ろを向いた刹那には、一刀は体を低くして肉薄していた。

 

後ろ向きでありながらでも気配に気づいたのか、それとも凪の方も同時に読んでいたのか?

 

彼女もただでやられるわけはなく、なんと軸足に無理に力を込め、渦の流れをピタリと止めきり、放った後の蹴りを逆へと引き戻してきた。

 

背中から迫りくる凪の踵に気づく一刀が、その蹴りの根元である太ももを裏拳で殴った。

 

遠心力のついていない、体の軸に近い部分であれば、一刀の腕力でも勢いを緩める位は出来る。

 

体勢が不十分な、凪のこの姿勢ならば尚更だ。

 

そのまま一刀は残った片手で、下から斬り上げるように木刀を放ち、凪の無防備な脇下でピタリと寸止めた。

 

一瞬……互いに彫刻のように固まった2人だが、すぐに緊張の糸が解けて均衡が崩れ、2人がもつれるようにして倒れこんだ。

 

半転して仰向けに倒れた一刀のお腹の上に、凪の背中が落ちてくる。

 

「っぐえぇ」

 

「す、すいません! 師匠!」

 

飛び跳ねて起き上がった凪は立ち上がると、心配そうに倒れた一刀を見下ろす。

 

寝転がっている一刀は、突き抜けるような青空を背負った凪を見上げると、晴れやかに笑いながら喜んでいた。

 

「腕を上げたなぁ! 凪。

 もう俺じゃあ凪の相手は厳しいかな」

 

褒められてびっくりしたのか、凪はピンと直立した。

 

しかしその表情から見るに、やはり嬉しいのだろう。

 

軽くその口元が緩んでいた。

 

「そ、そんなことありません! 自分はまだまだです! こ、これからも師匠には、色々と教えて頂きたいです!」

 

ほのかに頬を紅潮させる凪だが、一刀は静かに頭を振った。

 

「……いや、やっぱり俺じゃあ、もう凪の先生にはなれないよ」

 

「そ、そんな!?」

 

否定の言葉にショックを受けた凪は、見る間に顔を青ざめさせたが、倒れる一刀がスッと手を伸ばしてきた。

 

よくわからない凪がその手を握り、軽く引っ張り上げると、一刀が凪の目の前に立ち上がる。

 

一刀はそのまま凪の手を握りながら、改めて掌に力を入れた。

 

「これからは凪の先生じゃなくて、ライバルだな、ライバル」

 

「らい……ばる?」

 

よくわからずに頭を捻る凪に、一刀が笑っていた。

 

「いわゆる好敵手ってやつだ。

 ……これからは凪だけじゃなくて、俺にも凪を追わせてくれ」

 

「ッ! し、ししょうぅ!」

 

凪は涙ぐんだ。

 

武で対等と、そう認められたのだ。

 

誰よりも一刀に、ずっと追い続けていた人に……それがこの上なく嬉しかった。

 

涙ぐむ凪にちょっと困った一刀は残った方の手で頬を掻くと、じっと見ているのも悪いと気まずそうに視線を外した。

 

「……さて、訓練場もいつまでも貸しきれないし、みんなは……」

 

そういいながら振り返った一刀だが、観客席側に視線を向けると、なんだか様子がおかしかった。

 

「隊長~! はよ逃げやー!」

 

真桜の叫びに呼応したのか、次々に殺気だった武官達が訓練場に乱入してくる。

 

流石にこの面子の中には入れないと、他の人たちが悔しがるが、ここは訓練場なので仕方がない。

 

「へ? なに? なに?」

 

よくわからないと両手を上げて無抵抗をあらわす一刀に、一番早く辿りついた霞が飛びついた。

 

「一刀~! 今度はうちと試合やろうで!」

 

「へえ?」

 

霞に飛びつかれて顔を赤くしている一刀に、次々と腕自慢達が獲物を握りだした。

 

「あら、やっぱりここはわ・た・し・とでしょ?

 平地なら対等だし、いつもと違って遅れはとらないから」

 

張郃こと悠が一刀の背中側から首に抱きつき。

 

「北郷! やはりここは私とだろう! さぁ、さぁ、さぁ!」

 

春蘭が一刀の右腕を引き。

 

「一刀……そういえば、私はまだお前の技を直接受けていないのだ。

 その超絶的な技巧とやらを、是非見せてくれないか」

 

そういいながら華雄が左腕を引いていく。

 

「無理無理無理! もう体力の限界だから!」

 

4人の猛者に囲まれて動けなくなる一刀だが、背筋に急に冷たいものが走った。

 

抱きついている4人も敏く気づいたようで、その不吉な気配の元に視線を向けると、凪が腕に気を溜め始めていた。

 

こうなると人とは実に薄情なもので、バッと離れた4人に取り残されたのは、どこにも逃げ道のなかった一刀が1人。

 

「あ、コラひでえ! ってちょっと待て凪! ここは話し合お?!」

 

凪が気を溜めた腕を前方に突き出したので、もはやこれまでと両腕で頭を守り、目を瞑った一刀だが……何も起きなかった。

 

「……ん?」

 

恐る恐る薄目を開けると、凪の拳からは気が霧散している。

 

1人になった一刀へ凪は駆け寄ると、一刀の頭を己の胸へと抱え込んだ。

 

「み……みみみみみみみな、みなさん!!!」

 

顔を茹蛸のように真赤にした凪が、何故か目を見開いて動揺していた。

 

今、凪の心中にあるのは、大好きな彼に向ける真っ直ぐな気持ちと、ほんのわずかに出てきてくれた勇気。

 

もはや沸騰のし過ぎで、倒れてしまうのではないだろうか?

 

辺りに散った4人が、凪の異常な動揺具合に首を傾ける。

 

「わ、わわわわわあわわ、わた、わたし! は!!!!」

 

文字通り瞳がグルグルとしている凪に、悠が代表して訝しげに声をかけた。

 

「…………わたしは?」

 

訓練場の30人近い視線が、凪へと一手に集まる。

 

 

 

「絶対に!!」

 

 

 

 

 

「……負けませんから!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

すると凪は抱きかかえる頭を1度離して、勢いよく一刀へと口付けた。

 

「な、ウムッ!?」

 

凪の名を呼ぼうとした一刀だが、こう口を塞がれては何も言えない。

 

そしてあまりの事態に一拍を置いた一同だが、次の瞬間……城内を震わす悲鳴気味の大音声が巻き上がった。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「ッアーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!????????」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

後のことは、あまりに酷い状況のために記すのは憚られるが、一言で言えば……やっぱり混乱だった、大が付く位に。

 

もはや我慢の限界と、訓練場には武官以外の者達も進入して一刀を目指していく。

 

「こらーーーーーー待ちなさーーーーーーい!」

 

「審判なんだが……やはり私も追おうか」

 

「凪ちゃん、ずる~~~~いの~~~~~~~!!!」

 

「あ~あ~、こりゃもう庇いきれへんなぁ……ってかやりすぎやで凪ぃぃいい!」

 

「兄ちゃん~~~?」

 

「兄様ーーーーー?」

 

「ほっんとにどうしようもない屑ね、こんな人前で……」

 

「そういいながら、桂花も一刀殿を追いかけているのは何故ですか?」

 

「”むせん”を貸して下さいー、風は先回りしますので、後はよろしくお願いしますよ宝譿ー」

 

「あいよ! じゃあ俺っちは、兄貴の頭にでも乗り移ろうかね」

 

「へぅぅ、へぅぅ…………ヘウ?」

 

「ちょっと月! 大丈夫!?」

 

「…………恋も」

 

「恋殿! あんな男にかどわかされてはなりませんぞ!」

 

「兄貴ーーーー! 斗詩がいいなぁだってさ! でもあげないぞ! ねぇ姫?」

 

「そうですわねぇ、あらあら顔良さんったら、顔を赤くしていますわ」

 

「っちょっと文ちゃん?! 麗羽様も! 一緒になってニヤニヤとこっちを見ないで下さい!」

 

「七乃ー、妾もああやって一刀と遊びたいのぅ」

 

「えーっとお嬢様?

 あれはいじめ……いえ、そーですねー! お嬢様ー、私も一刀さんと”ああやって遊び”たいですねー」

 

 

 

 

本日も、陽は高し。

 

 

どうもamagasaです。

 

いつも多大な応援ありがとうございます!

 

先日の季衣と流琉の拠点は、久々の魏で密かに恐れていたのですが、皆様の暖かいお声をたくさん頂き安心しました、かなり嬉しかったです!!!

 

今回はそんなに甘くないのか、それとも甘いのか?

とりあえず激甘にはならなかったと思ってます、中甘か。

 

三羽烏の拠点です、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

 

感想、コメント、応援メール、ご支援、全てお待ちしております!(批判でもOKです!)

 

作品や文章構成に対して、こうしたほうがいい、ああいうのはどうか? などの御意見も、お手数ですが送って頂ければとてもありがたいです、よろしくお願いします!(厳しくして頂いて結構です!)

 

まだまだ力不足で未熟な私では御座いますが、一生懸命改善出来るように努力しますので、是非によろしくお願いします!!!

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「沙和牧場」

 

このネタは、かの有名な小岩○牧場に先日行ってきた際の、自分が感じた事を書いてみた。

のんびりとした牧場で食べるジンギスカンは、ひじょうに美味しかったのだが、やはりその後、動物達と直接触れ合ってみると色々と考えさせられたのだ。

 

でも、絞りたて牛乳で作られたソフトクリームはやはり美味かった。

 

Tシャツとつなぎという作業着コンボは、沙和に中々似合っていないだろか?

あのフォークみたいなので飼葉の山を作る沙和は、かなり可愛い感じがする、健康的だしね。

 

あっわあわ~♪ の沙和が半端ない、何がとは言わないが。

 

いつか貴方も、沙和牧場へ来てみませんか?

 

 

「真意の行方」

 

真桜のさりげない勘の良さが披露されたお話。

実際、一刀の知識の有効性って、こういう感じだと思ってます。

 

逆になんでもかんでも知ってたら、一刀君は何もんだって話ですよね。

 

彼は、日本の元・学生です。

 

最も一刀から危険な知識を教示されている真桜さん。

いつか真実を知るときが来るのだろうか?

 

 

「凪」

 

手数が多い凪さんには、攻撃と攻撃の隙間を埋める戦法が有効とみた。

この戦い方は、とあるものを参考にしている。

それがわかったら、貴方は凄い。

 

凪が持つ苛烈な剛に柔を合わせた形。

 

真っ直ぐな彼女らしいオチになったと感じている、いかがであろうか?

 

 

「拠点って……ヤヴァイ」

 

これで5人分完遂。

 

でもこれからまだ20人以上の、甘めな話を考える必要がある……大丈夫なのか、私よ。

 

小生、そんなに恋バナネタ溜めてないんだけど(涙)

しかもどの人も癖が強いから、ものっそい大変。

 

こんなに魏に、人を集めるんじゃなかったかなぁ……がんばろうっと。

 

 

「秋蘭様」

 

前の話で、”次に頑張らねば”と言ったことで……スイマセン。

 

予想以上に秋蘭様人気が高くて、どうしようかと思った。

とにかく急ぐべと思い、秋蘭様の話はすでに書いたのだが、ペアとなる人のが書けていない。

ので、あっさりと浮かんだ凪達を先にもってきた、それに合わせて秋蘭様の話にも変化をつけておこうと思う。

 

ほんと、秋蘭様でなくて申し訳ありませぬ。

 

 

「次はどうしようかな」

 

甘い話は、書いているとむず痒くなるのはどうしてだろうか?

誰かいい対処法知りませんかね?

 

脳内で想像しているときは平気なのに、字面に起こすとくすぐったく感じるこの不思議。

 

さぁ、これからも小生は耐えられるのか?!

 

アンケートでは4位であった凪、そろそろ1位のあの娘を書かなくては。

ただ書いている私が言うのもなんですが、どうして1位から3位がああなったのかが未だにわからない。

 

なるべく急ぎますので、気長にお待ち下さい。

 

 

 

では、また。

 


 
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