No.172495

真恋姫無双~天帝の夢想~(董卓包囲網 其の三 激突)

minazukiさん

お久しぶりの更新です。
今、引越しなどでバタバタしていてなかなか更新ができませんが、董卓包囲網第三話をお届けいたします。

それでは最後まで読んでいただければ幸いです。

2010-09-14 21:44:37 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:14900   閲覧ユーザー数:11738

(董卓包囲網 其の三 激突)

 

「全軍、出陣!」

 

 朝日が上がると同時に孫の旗印が風に大きく靡いている中で馬上の人となった雪蓮が南海覇王を高々と掲げゆっくりと振り下ろした。

 一糸乱れることなく進軍を始める孫策軍。

 

「先に行くわね」

「はい。お気をつけて」

 

 雪蓮は笑顔で桃香に応えると一足先に進んでいった。

 

「それじゃあ、私達も行きましょうか」

 

 また桃香率いる劉備軍も同じように進軍を始めた。

 彼女の左右を愛紗と張飛こと鈴々がそれぞれの武器をしっかり握り締めて前を見ていた。

 

「桃香様は絶対に前に出ないように」

「え~~~~どうして?」

「万が一何かあれば困ります」

 

 愛紗からすれば桃香には後方にいてもらいたかった。

 桃香には桃香の愛紗達には愛紗達のそれぞれの役目というものがあることを理解して欲しいとは思っていた。

 

「大丈夫だよ。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんが守ってくれるから」

「桃香様……」

 

 自分達を真っ直ぐに信じてくれていることに喜びを感じると同時に、この人を失いたくないという気持ちが大きくなる。

 

「大丈夫なのだ。桃香お姉ちゃんに手を出す奴は鈴々が蹴散らすのだ」

「ありがとう、鈴々ちゃん」

「鈴々、あまり桃香様に危ない行動を取らすな」

 

 のほほんとしている義姉とまさに猪突猛進に義妹に挟まれている愛紗だが、その表情は苦労に耐えないものがあった。

 

「それにしても孫策さんは凄いよね」

「桃香様?」

「だって私達とほとんど同じ数なのにあんなにも堂々としているんだよ」

 

 桃香の言葉通り孫家の軍は一糸乱れぬ行軍をしている。

 数が少なくとも統率の取れた軍隊。

 それに比べて自分達は義勇軍で今のところ数が少なく統率は取れているが、正規兵に比べれば多少の力の差はあると思うと愛紗は雪蓮の言葉が重くのしかかっていた。

 

(しかし、我々とて目指すものはある)

 

 桃香の理想を現実にするために自分はここにいる。

 桃香と共に理想とする国を作り上げたい。

 そのためにはたとえ噂だとしても手を抜くわけにはいかなかった。

 意を決した愛紗は後ろを振り向いた。

 

「朱里、雛里。私と鈴々で先鋒を務める。桃香様と共に本隊を率いてくれ」

「はい。愛紗さんも鈴々さんもお気をつけて」

 

 朱里と龐統こと雛里は頷き桃香と共に本隊を率いることにした。

 

「桃香様、何度も言いますが決して前に出ないでください」

「うん。愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも気をつけてね」

 

 桃香に見送られて愛紗と鈴々が前に進んでいく。

 

「孫策軍と共に汜水関に向かうぞ!」

「おーーーーー!」

 

 二人を先頭に劉備軍も速度を上げていく。

 両軍が汜水関に近づいていくことは関の前で展開している霞もすぐにわかり、臨戦態勢をとった。

 数においては両軍を上回る三千を率いている霞か不敵な笑みを浮かべた。

「将軍、敵が真っ直ぐ突っ込んできています」

「わかっとる。ええか、適当に戦ったら汜水関に逃げ込むで」

「しかし本当によろしいのですか?」

「何がや?」

 

 騎乗の人となった霞に彼女の副将に任じられた李傕と郭汜は不安そうな表情を浮かべていた。

 董卓軍の中でも華雄より劣るものの武勇に優れていたため一刀が霞の手助けにと月にお願いをして副将として付いていた。

 

「汜水関に篭って戦うならまだしもその汜水関を当てにしないのはいささか不安があります」

「そうです。どうせ取られるのであればそれなりに被害を与えてからのほうが良いと思うのですが」

 

 二人の意見はもっともだったが、霞からすればそれを素直に受け入れるつもりはなかった。

 

「確かにアンタ等の言いたいことはウチにもわかる。でもな、大将軍の命令には逆らったらあかん。勝つための策やと思ってここは我慢しいや」

「はっ」

 

 自分達の意見を理解したうえでの命令であれば仕方ないと李傕と郭汜は従うことにした。

 

「それにしてももっと来るもんやと思ったんやけどな」

 

 あからさまに誘っているとはいえ向かってきているのはせいぜい二千程度。・

 これならば自分の兵力だけでもどうにかなるだろうと思った霞だが、そんな甘い誘惑に惑わされることはなかった。

 

「先頭に来るのは孫の旗印ということは」

「先ほど亡くなった孫堅の残党でしょう」

「ほな適当に戦って逃げた方がええな。李傕は右から郭汜は左から包み込むようにして戦いや。ええか、絶対に一騎打ちや無茶なことしたらあかんで」

 

 

 李傕と郭汜はそれぞれに頷き左右に軍を進めていき、霞は中央軍を率いて僅かばかり前に進んだ。

 それに対して雪蓮率いる孫策軍は速度をさらに上げていき、自然と偃月陣になっていく。

 そして張遼隊と孫策軍は正面からぶつかった。

 瞬く間に両軍は激しく切り結んでいく中で霞は向かってくる孫家の兵士に対して飛龍堰月刀を右へ左と的確に動かして薙ぎ払っていく。

 

「どきや」

 

 霞も自ら先頭に立って戦い道を切り開いていき、その後ろから彼女の部隊が続いていく。

 騎兵で構成されている張遼隊に対して歩兵が大半を占める孫策軍は押されているかに見えたが実際はそうではなかった。

 騎兵との戦いを理解しているのか一騎に対して三人が連携して攻撃をしかけており、機動力が自慢の騎兵もその力を半減させられていた。

 

「やるやないか」

 

 優劣がつきにくい中で霞は善戦している孫策軍に賞賛の声を上げた。

 

「そこにいるのは敵将かしら?」

 

 その声と同時に霞を囲んでいた兵士は一斉に道を開き、その道から雪蓮が南海覇王を片手に持ち馬を進めてきた。

 

「アンタは?」

「私は孫伯符。孫堅の娘にして孫家の当主ってところかしら」

「へぇ~。アンタが孫堅の娘かいな。ほなウチと戦ってくれるんやな?」

「そのつもりよ」

 

 お互いに不敵な笑みを浮かべ馬を飛ばしていく。

 まず仕掛けたのは霞。

 飛龍堰月刀を両手で握り勢いをつけてその刃を雪蓮に突き出す。

 それぐらいの突きであれば雪蓮は軽く避けられたが、あえて南海覇王で正面から受け止めた。

 

「なんや、避けんかったんか」

 

 笑みを浮かべたまま雪蓮が避けなかったことに驚いた。

 

「あのまま避けていたら次の一撃でやられていたわ」

 

 雪蓮は笑みを浮かべながら余裕を持って受け答える。

 彼女の言うように霞はもし避けたらすぐさま第二撃を繰り出すつもりでいただけに、それを読まれていたことに悔しくもあり、嬉しくもあった。

 

「ほな、次はこうや」

 

 引きながら今度は横に薙ぎ払おうとした霞に対して雪蓮がとっさに馬を動かして懐に潜り込んでいく。

 

「これで終わりね」

 

 すぐさま南海覇王を突き出し、一瞬のぶれもなく霞の顔を貫いた……と雪蓮は思った。

 だが霞は寸前のところで顔を避け、刃は彼女の髪留めを切り裂いた。

 まとめていた髪が広がりながらゆっくりと垂れ下がっていく中で霞は僅かに崩した体勢から飛龍堰月刀を常人では不可能な動きで雪蓮の右肩の前を斬り上げた。

 鮮血が宙に舞ったが霞の表情は苦々しいものだった。

 

「しくじった」

 

 切れたのはせいぜい皮一枚。

 雪蓮はそれをまったく気にすることなく突き出している右腕を素早く動かし、霞の顔を横殴りした。

 

(決まったわね)

 

 あとは霞が落馬すれば勝利は確実になるはずだった。

 

「あんた、おもろいな」

「なに?」

 

 落ちるどころか顔そのもので雪蓮の一撃を受け止めた霞の表情から笑みが消えていなかった。

 

「あんた、ホンマに強いわ」

「貴女もしぶといわね」

「そらあそうや。ウチはこんなところでやられるわけにはいかんからな」

「へぇ。でも、そんな事を言っていられるのも今のうちよ」

 

 雪蓮が腕を引き抜くと二人は馬を素早く動かし、体勢を整え再び斬り結んでいく。

 二人の武勇に優れている将の邪魔をしないように自然とその周りは開かれていく中で、霞と雪蓮は激しく刃をぶつけては楽しんでいるかのように全身でお互いの力量を賞賛していた。

 

「いいわ。もっと楽しませて」

 

 戦を楽しむ獣のように霞に打ち込んでいく雪蓮。

 それに対して霞も楽しくて仕方ないといった感じに受けては反撃をしていく。

 

「ウチも久しぶりに楽しめる相手に出会えて嬉しいわ」

「討ち取る前に名前を聞かせてもらえるかしら?」

「張遼や」

「そう、それじゃあ楽しませてもらえたお礼にその名をしかと刻み込んでおくわ」

 

 馬上に立つ雪蓮に霞が鋭い一撃を突き出すと、上空へ飛び上がり雪蓮は両手で南海覇王を握り締めて全体重をその刃に乗せて振り下ろした。

 激しい打ち合いを続けていた霞もさすがに体力を消耗していたのかすぐに体勢を整えられず、軽く舌打ちをした。

 

「終わりね」

「せやな」

 

 霞は飛龍堰月刀を投げ捨て、勢いで振り下ろされていく南海覇王の刃に向かって両手を合わせていく。

 まさに一瞬の出来事であり、霞は手のひらの皮を犠牲にして真剣白羽取りをしてそのまま左右に振りながら最後には刃ごと雪連を降り飛ばした。

 地面に両足をついた雪蓮は馬上の霞を見上げた。

 

「やっぱり強いわね」

「アンタも十分強いわ」

 

 地に転がっている飛龍堰月刀を拾い上げた雪蓮は霞に向かって放り投げて渡した。

 

「おおきに」

「どういたしまして」

 

 敵同士なのに妙に通じるものを感じている二人。

 

「続きいけるかしら?」

「そうしたいんは山々やけど、そろそろ引かせてもらうわ」

「あら、残念」

「ウチもや。この続きはいずれ。全軍、撤退や!」

 

 そう言って霞は馬を反転させて撤退を始めた。

 それまで戦っていた張遼隊は一斉に撤退を始め、左右から攻めていた李傕と郭汜も撤退をし始めた。

 雪蓮がその様子を眺めていると冥琳と祭が馬を近づけてきた。

 

「雪蓮、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。それよりも敵が撤退したことを知れば袁紹達も動くわ。劉備軍と共同でその進軍を抑えつつ前進をしましょう」

 

 雪蓮は南海覇王を鞘に収めて軽く手で髪を捲し上げた。

 

「あ、ああ……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 冥琳は今の雪蓮の状態が自分の思っている状態のはずなのに冷静でいることに不安を覚えていた。

 

「それにしても策殿でも苦労する相手がいるのじゃな」

「そうね。世の中には自分より強い者がいるのは確かね」

 

 感心するように言う祭に対して嬉しそうに答える雪蓮。

 

「それにしても汜水関を閉じられては厄介だぞ」

「その心配はないわ」

「どうしてだ?」

「勘よ♪」

 

 雪蓮の勘は侮れないことは十分に承知している冥琳だが、それでは敵にとって不利な状況になるのではないかと思った。

 そして雪蓮の予想通り、孫策軍、劉備軍のはるか後方に待機していた袁紹軍を中核とした連合軍本隊が霞達を追いかけるように動き始めた。

 だからといって美味しいところをすんなりと渡す雪蓮ではなかった。

 

「とりあえず一番乗りは貰っておくべきかしら?」

「そうね。すぐに軍を再編成して進むわ」

「心得た」

 

 すぐさま冥琳と祭は再編成にとりかかった。

 一人残った雪蓮は自分の中にある衝動を抑えているつもりはなかったが、不思議とそういう気分にはならなかった。

 

「それにしてもまだ全力を出していなかったわね」

 

 笑みを浮かべるということはまだ余力があったのではないかと雪蓮は思ったが、もし余力があれば手傷をさらに増やしたのは自分だったかもしれないと一番初めに斬られた肩を見て思った。

 

「張遼。生きていたらまた戦いましょう」

 

 汜水関に駆け込んでいく張遼隊を見送った後、雪蓮は放置していた馬に乗り眩しそうに青空を見上げた。

 まだ戦は始まったばかりなのに雪蓮は妙な心地よさが疲労となって全身を包み込んでいた。

 再編成を終えて雪蓮はゆっくりとそれでいて素早く汜水関に突入を果たした。

 そこには予想した敵兵の姿はなく、ただ張遼隊が逃げ続けている姿だけが見られた。

 

「どういうこと?」

 

 さすがの雪蓮も一兵もおらずあっさりと得た汜水関に何か別の罠があるのではないかと一瞬、思ったがそれらしきものは何も感じられなかった。

 

「冥琳ならどう考える?」

「そうだな。私が敵ならばこのまま追撃をする我々を虎牢関の兵力と合流して反撃に出るってところかしら」

 

 勢いで突撃をする連合軍の先鋒を強力な部隊で叩き潰し、さらに連合軍に突撃を仕掛ければ逆撃を被った連合軍は混乱し被害も甚大になると冥琳は考えていた。

 だがそれには撤退する部隊と迎撃する部隊の呼吸をあわせなければならず、それを失敗すれば全軍崩壊になりかねなかった。

 

「どちらにしてもここまでは順調ってことね」

「そうだな。敵を撃退した上に一番乗りまでの手柄を取ったのだ。次は袁紹殿が盟主として手柄を欲しがると思うぞ」

「せいぜい頑張ってもらいましょう♪」

 

 他人がどのような功績を立てようが雪蓮には関係ないことだった。

 

「孫策さん」

 

 そこへ桃香が愛紗を連れて雪蓮のところにやってきた。

 

「大丈夫でしたか?」

「ええ。ちょっと面白い相手がいたぐらいであとは何も問題はないわ」

「そうですか。よかったです」

 

 桃香は雪蓮のことを心から心配をしていた。

 そのことを雪蓮は不愉快な気持ちで受け取りはしなかった。

 

「それにしても敵の引き方があまりにも鮮やか過ぎますが、何か罠でもあるのでしょうか」

「貴女もそう思う?」

 

 愛紗の意見に雪蓮は素直にその見識を認めた。

 

「貴女ならどういう策で連合軍を迎え撃つか聞いていいかしら?」

「私なら連合軍を虎牢関まで引っ張り体勢の整った状態で反撃をするという策を用います。そうすれば連合軍は勢いを止めることができず被害も大きくなるはずですから」

 

 同じ考えを披露する愛紗に雪蓮も頷いた。

 

「孫策殿もそうお考えでは?」

「そうね。でも、他に何か手があるかもしれないわね」

「他に?」

 

 ここから虎牢関まで一本道。

 何の障害もないはずであり、策を弄するのであればそれしかないことは愛紗だけではなく雪蓮も理解していた。

 

「私達が思いつかない策が隠されているかもしれないわね」

「とにかく油断はまだ出来ません」

 

 もっともこの時、油断しているのは雪蓮や桃香達ではなく麗羽達だった。

 堂々と進撃することで相手の戦意を挫くことはあるが、敵は戦意を挫いているようには見えなかった。

 

「雪蓮、本隊が前に出るらしいわ」

 

 そこへ冥琳が伝令から齎された知らせを雪蓮に伝えた。

 

「それじゃあ、私達はゆっくりと好機が訪れるのを待ちましょう♪」

「はい」

 

 あくまでも自分のペースを壊さない雪蓮はそう言って桃香達と共に連合軍本隊のために道をあけていった。

「おーっほっほっほっほっほっほ。袁家の威光に恐れをなして逃げていきますわ。さあ、皆さん、堂々と進軍をしなさい」

 

 罠の危険性など無視するかのように麗羽は全軍を前に動かしていく。

 

「麗羽、少しは罠だとは思わないわけ?」

「あら、華琳さんにしては少々臆病過ぎませんこと?まぁ仕方ありませんわ。この私の華麗なる指揮を近くで見ているのですから」

「そういうことにしておくわ」

 

 まともに付き合っていれば頭痛が止まらないことぐらいとうの昔にわかっている華琳は適当に相槌を打った。

 

(それにしても)

 

 汜水関前での一戦のことを思うと罠が待ち構えていると確信する華琳。

 そして無条件で汜水関を明け渡したこともその罠の一片ではないのかと考えたが、敵兵は一兵も見当たらないことを考えると、相手の考えていることが読めずにいた。

 

(もしこの先で罠をしかけるのであれば勢いをつけたこちらの先鋒を虎牢関の軍と連携して徹底的に叩き潰し、こちらの戦意を挫かせて長期戦へと引き釣りこむぐらいね)

 

 華琳も雪蓮と愛紗と同じ考えだった。

 普通ならばそれで完結できたが、指揮を執っているのがあの天の御遣いなのだから、それだけでは終わるはずがないと確信していた。

 

(まさか黄巾の時と同じように単身でこちらに潜り込んでくるなんてことはないわよね)

 

 そして争いは止めようなどと言うつもりならば華琳は何の遠慮もなくその頸を跳ね飛ばすつもりだった。

 

(それ以外に考えられる策なんてあるのかしら?)

 

 もしあって自分達を敗退に導くことが出来るのであれば、なんとしてでも自分のものにしたかった。

 

(それを知るためには)

 

 華琳は笑みを浮かべて麗羽に進言をした。

 

「麗羽。敵に余計なことを考えさせないために一気に攻めあがったらどうかしら?諸侯に手柄を立てさせるより貴女が独占できればそれだけ袁家の威光も大きくなるはずよ」

 

 甘い誘惑を含んだその進言を麗羽は一瞬も考えず即答した。

 

「もちろんですわ。この戦で袁家の威光はさらに輝きを増しますわ」

 

 麗羽はすぐに全軍に追撃の速度を上げるように命令を下した。

 軽く煽てればすぐに乗ってくる麗羽を見て笑いをかみ締めている華琳は自軍だけは被害が出ないように後方に配置したまま前進をさせた。

 

(さあ、これで策を示さなければ負けるわよ)

 

 華琳は楽しくて仕方なかった。

 一刀がどのような策で自分達を迎え撃つのか。

 その策の第一段階が汜水関放棄ならば次は必ず何かを仕掛けてくる。

 迎撃?それともさらに罠をしかけてくるか?

 

(そのために麗羽達には頑張ってもらわないと)

 

 自分の兵力を消耗することなく相手の策を読む。

 これほど楽なものはなかった。

 この戦いが勝つにせよ負けるにせよ、最後に笑っているのは自分なのだという思いが華琳にはあった。

 だが、この時の華琳は珍しく戦闘本能が沸き立っており冷静さが僅かに欠けており、後方のことを失念していた。

 そして連合軍が『全軍』で進撃してしまったために汜水関の守備隊がほとんどおらず、奥へ奥へと進んでしまいその姿も小さくなっていた。

 その様子を一隊の騎馬軍が確認すると、先頭にいた赤毛の将が片手を上げ、短くこう発した。

 

「全軍、突撃」

 その頃、『敗走』していた霞が虎牢関に到着する前に門が開いた。

 そのまま駆け込むように霞達が入門してようやく一息ついた。

 

「霞!」

 

 馬から下りず軍の再編を指示していた霞の元に一刀達がやって来た。

 

「大丈夫か……って怪我しているのか?」

「う~ん、これぐらい平気や」

 

 髪を下ろしたままの霞は心配させることなく笑顔で答えたが、一刀からすれば平常心を保つことは難しかった。

 

「とにかく応急手当をしてくれ。誰か、傷の手当てを頼む」

「ええって。それよりもそこまで来てるで」

 

 霞が指を指す方を見る一刀が遠くから砂埃が上がっていることに気づいた。

 

「今のところは一刀の策通りや」

「そうだけど……」

「総大将は戦場で一将ばかり見たらあかんで」

「わかっているけど、できれば少し休んで傷の手当てをしてくれ」

 

 大した傷ではないにしろ、一刀は霞達が傷つくのは嫌だった。

 戦なのだからそんなことを言ってはいられないことは理解していたがそれでも、大切な仲間である以上、いくら心配しても尽きなかった。

 

「傷は手当てするけど、休むつもりはないわ。それにそんな余裕もないやろう?」

「……わかった。でも、この戦が終わったら十分に休んでくれ。ただし手当てだけはしてくれ」

「せやな。一刀と一緒に休むのもええかもしれんな」

「霞……」

 

 嬉しいような恥ずかしいような言葉に一刀にも笑みがこぼれた。

 

「まぁそれもこの戦を生き抜いたらってことでウチも手当てしたら知らせるわ」

「ああ。それまで頑張ってみるよ」

 

 霞が手当てのために一時的に戦線を離脱するという想定外に一刀は一瞬だけ表情を曇らせたが、今は戦時下であることを思い返してすぐに気持ちを切り替えた。

 

「華雄、恋。二人はこれから全力で敵の最前線を叩いてくれ」

「わかった」

「(コクッ)」

「ただし、敵が弱いからと思ってそのまま突っ込み過ぎないようにな。危ないと思ったらこっちから知らせるから」

 

 ここまでは雪蓮達が考えられる策だった。

 

「向こうがそれで動きを止めたら後は後ろからの報告を待てばいい。それで諦めてくれれば俺達の勝ちだから」

 

 戦う以上、犠牲が出るのは仕方がない。

 ならばその犠牲を最小限に抑えつつ勝利するという一刀の目的がそこにあった。

 

「ねねと桂欄は楼閣から指揮してくれ」

「一刀様はどうするのですか?」

「俺は念のために華雄と恋の支援部隊を率いて待機しておくよ。そのほうが安心して二人も戦えるしね」

「恋殿の邪魔をしたら許しませんぞ」

「しないしない」

 

 音々音としては恋の傍でいたかったが、そこまでの余裕などないことぐらいはわかっていたため、一刀の指示通りに従った。

 

「みんな、ここが正念場だ。ここで俺達が敗れたら月達を守ることが出来ない。だから無理しない程度に頑張ろう」

 

 なんとも矛盾した言葉だったがその場にいた者達はその意味を知っていたため誰も反論などしなかった。

 

「それでは行ってくるぞ」

「ご主人様、行ってくる」

 

 あまり時間がないため二人はすぐに馬に乗って出撃の準備をする。

 

「ああ。無事に帰ってきてくれ」

 

 二人は頷きそれぞれの率いる部隊のところに行くと、一刀は空を見上げた。

 雲ひとつない青空が広がる中で自分はこれから戦おうとしている。

 大切な人達を守るために。

 

(百花、月……)

 

 今頃、自分達のために祈ってくれているだろうか。

 ふとそんなことを思った一刀。

 

「大将軍」

「なに?」

 

 そこへ董卓軍の将達がやってきた。

 一見、荒くれ者の集団のように見えたが誰もが月を心から慕っており、それぞれの武に誇りを持っていた。

 

「いよいよ逆賊どもに天の力を見せ付ける時ですな」

「天の力かどうかはわからないけど、みんなも力を貸して欲しい」

「董卓様をお守りするのが我々の役目。そして董卓様が信頼する天の御遣い様であればどのような命令をも喜んでお受けいたす」

 

 一刀の知っている董卓軍とは違い、ここにいるのはまさしく快き仲間達だった。

 

「とにかく生き残ることが一番だから。その上で勝つ。それだけだよ」

「大将軍。それは一番難しいのでは?」

「それもそうだな」

 

 一刀達の中で笑い声が広がっていく。

 張り詰め中で和やかな空気が流れたがすぐに引き締めていく。

 

「それでは我々も出陣します」

「気をつけて」

 

 礼をとって出陣していく武将達。

 全員が無事で戻ってこられたらいいなあと思いながら一刀も自分の準備を整えていく。

 

「ご主人様」

「ん?」

 

 気づくと恋が歩いて戻ってきていた。

 

「どうしたんだ、恋?」

「ご主人様、恋が守る」

「うん。頼りにしているよ」

 

 そう答える一刀に真紅の髪の少女は身体をゆっくりと動かした。

 そして彼の左頬に軽く口付けをした。

 

「れ、恋?」

「百花が教えてくれた。大切な人にするって」

 

 純粋な彼女はその言葉どおりに受け止めた。

 恋にとって一刀の存在は欠かせないものであるという証だった。

 

「呂布、何をしている。早く出陣しなければ間に合わないぞ」

「……いく」

 

 名残惜しむことなく恋は一刀から離れていく。

 そんな彼女の後姿に一刀は言葉をかけるべきか迷ったが、一言だけ言いたかった。

 

「恋、絶対に死ぬな」

 

 一度だけ立ち止まり一刀を振り返った恋は頷き、二度と振り返らずその姿は兵士達の中に消えていった。

 開かれたままの門から勢いよく飛び出していく華雄隊。

 それに続くように呂布隊も戦場へ飛び出した。

 その様子を見ていた華琳はやはりそうきたかと思った。

 

「袁家の威光の前に無意味ですこと」

 

 まだそんなことを言っているのかと呆れかえっている華琳を他所に麗羽は圧倒的な兵力をこれでもかと広げて堂々と迎え撃った。

 勝負は一瞬でつくものだと麗羽を中心に大半の者が思っていた。

 だが。

 

「我々の強さを見せ付けてやろうぞ!」

 

 華雄の一言で董卓軍はいやおうまでに戦意が高まったまま連合軍に突撃を開始した。

 一切の策を弄することなくただ勢いにのって突き進むのみ。

 

「どけぇぇぇぇぇえ!」

 

 華雄は自ら先頭となって連合軍の兵士達を斬り伏せていく。

 右へ左へと金剛爆斧を動かしては鮮血の花を咲かせていた。

 

「我は華雄。我と思う者は出て来い!」

「華雄ごとき儂の剣の錆にしてくれるわ!」

 

 将らしき者が勇ましく華雄に攻撃を仕掛けるが、華雄からすればその辺りにいる兵士達と同じようにいとも簡単に斬り捨てた。

 

「おのれ、よくも!」

 

 続けて立ち向かっていく者達がいたが、それすら華雄の一撃で勝負がついた。

 次々と倒されていくとそれが兵士達にも伝わり、浮き足立ち始めた。

 

「呂布、今だ!」

 

 華雄の合図で今度は呂布隊が鋭い一撃で連合軍の最前線を切り裂き始めた。

 

「お前達、邪魔」

 

 自分の率いる隊から一騎抜け出した恋は周りを連合軍に囲まれてもまったく怯む様子はなく、逆にたった一振りで囲いを潰していく。

 

「恋殿を援護するのです!」

 

 虎牢関の上から音々音が弓隊に指示を送り支援の矢の雨を連合軍に降らしていく。

 

「楊奉将軍、牛輔将軍。華雄将軍と呂布将軍の支援を」

 

 桂蘭は第二陣として待機していた董卓軍の将軍達に指示を送ると、送られた方はその通りに動き始めた。

 第二陣が離れるとすぐに第三陣を用意して的確に戦場を見極めている軍師がいるというだけで互角に戦っている董卓軍。

 第一陣である華雄と恋の武のおかげでもあるが、全体的に士気が高ければ戦いやすかった。

 その華雄も数えるのもめんどくさくなるほどの将を討ち取り連合軍の前衛を食い破ろうとしていた。

 

「弱兵め。これでよく我が主を糾弾したものだ」

 

 もっと実力あってきているのかと思っていた華雄だが、肩透かしを食らったように呆れていた。

 

「あら、粋がっているのは誰かと思ったら華雄じゃない」

「うん?貴様は」

 

 声のするほうを見るとそこには華雄の見覚えのある者がいた。

 

「貴様は孫策か」

「この場合はお久しぶりというべきかしら?」

 

 相手を挑発するかのような笑みを浮かべたのは前衛軍があまりにも不甲斐ないので手助けにきた雪蓮だった。

「いいところで貴様に会った。貴様の母親に受けた屈辱をここで晴らしてやる」

「まだそんな昔のことを覚えていたわけ?しつこいわね」

「煩い。あの時の私と思っていたら大間違いだ!」

 

 雪蓮の姿を見てそれまであった冷静さが一気に華雄の中から消えていく。

 

「ならその実力を私が代わりに見てあげるわ」

「後悔するなよ」

 

 華雄は体勢を立て直して雪蓮に向かって一直線に馬を飛ばす。

 それに対して雪蓮はまったく動こうとせず南海覇王を構えているだけだった。

 

「せい!」

 

 まず仕掛けたのは華雄。

 初撃からまったく手加減を感じさせない勢いで雪蓮に刃を横から薙ぎ払う。

 それを雪蓮は片手で持っていた南海覇王を両手に持ち替えて重い一撃を全身で受け止める。

 

「よくぞ耐えたな。片手で受け止めていたらその腕を貰っていたがな」

「そうみたいね。両手で受けないとさすがにきつかったわ」

 

 そう言いながらも笑みを絶やすことのない雪蓮。

 

「その余裕、いつまで続くかな」

 

 すぐに第二撃、第三撃と繰り出していく華雄。

 それに対して防戦一方の雪蓮。

 その様子を軍を指揮していた冥琳は雪蓮が押されている姿を見て驚きを隠せなかったが、ここで感情にとらわれて彼女に加勢するわけにはいかなかった。

 すでに戦場は混戦となっており、いくら少数精鋭でも数で勝る董卓軍の攻撃を支えるのは難しかった。

 しかも桃香率いる劉備軍も混戦状態で援軍にくる気配がまったく感じられなかった。

 

(どうする?)

 

 冷静に状況を把握しようとする冥琳だが、今のままでは被害が増すばかりで引いて大勢を立て直すしかなかった。

 

「雪蓮、一度引くぞ」

 

 軍師として判断を下した冥琳だったが、雪蓮は引き下がれなかった。

 

「どうした、孫策。貴様の実力はこんなものか?」

「確かめてみたらどう?」

 

 先刻の霞との戦いで疲労が残っているのが今になって雪蓮の積極性をわずかばかりに抑えていた。

 十合ほど打ち合ったところで雪蓮は馬を動かし華雄から離れた。

 

「今日のところはこれで終わりよ。日を改めて戦いましょう」

「そのような必要などない!」

「それじゃあ追いかけてきたら?」

 

 挑発するかのように無防備な姿を見せる雪蓮に華雄は苛立ちを覚えた。

 

「いいだろう。そこまでいうのであればどこまでも追いかけて決着をつけてやる!」

「頑張ってね♪」

 

 言い終わる前に華雄が一撃を放ったが空を切っただけで雪蓮は手をヒラヒラさせながら自軍の中へ消えていった。

 

「待て、孫策!」

 

 それを追いかけようと華雄は馬を飛ばしていく。

 群がってくる敵兵を右へ左へと斬り捨てながら進んでいくが、雪蓮の姿を見つけ出すことはできなかった。

 そうしているうちに華雄の部隊は連合軍奥深く引きずり込まれていった。

 それに気づいたのは虎牢関から出陣したばかりの誰でもない一刀だった。

 

「すぐに張遼将軍に出撃をするように伝えてくれ。ねね、桂蘭、ありったけの矢を射掛けてくれ」

 

 一刀はなんとも言いようもない不安に取り付かれていた。

(あとがき)

 

残暑がようやく少しずつ収まってきている今日この頃です。

最近、新しい場所へ引越ししました!

おかげでネットがつながっていないので大変です!

というわけで当分はネットカフェからの更新になりますのでご了承ください。

(コメントなどの返信も当分の間、お許しください 泣)

 

華雄さんがやはり突っ込んでしまいました。

救われるのか、それともそのままなのか、それは次回以降ということで。

 

それでは第四回もよろしくお願いいたします。

 

あと、江東の花嫁企画応募作品にコメント、支援いただきまして心より厚くお礼申し上げます。

この場を借りて改めて御礼を申し上げます。


 
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