朱里の受難
ワイワイ!!ガヤガヤ!!
すさまじいほどの喧騒。
「すごいな。まさかこれほどの規模になるとは……」
一刀はあまりの人の多さにめまいを起こしそうになった。
だが、今は大切な仕事がある。
そう。今は目の前の仕事を何とかしなくてはならないのだ。
同人誌の販売を……。
ここは一般人のために一時的に解放された兵たちの訓練場。目の前には人、人、人、人人人人人人人人人人人人…………。何十万もの人の群れ。その群れは一種の生き物のようでもある。かつて、魏の華琳は何十万もの兵たちを従えてはいたが、それは総勢と言う意味ではあり、決して一軍隊ではない。そもそも兵たちはそれぞれに組織化され、分類さる。ある者は弓兵として。ある者は槍兵として、ある者は突撃兵として………そう、分類されるのだ。各地域へ、各場所へ。一度に同じ場所に何十万という人間を配置するはずが出来る筈がない。そんなのは場所も選ぶ上、指揮系統に乱れが生じるのは必然だからだ。だから、何十万と言う兵たちを連れて来ても、闘わせるのはその中の数千から数万の兵たちのみ。後は補給なり、補欠なりで待機と言う形をとるのが普通の軍隊、兵たちである。
だと言うのに、目の前にいるのは規律も何もない暴徒を化している何十万という民衆たち。まるで黄巾党を再来のような喧騒である。
「オラオラ!列を乱すなや!そこやそこ!!」
「早く来た順だ!規律を守らなければ罰するもやむなしと思え!」
「そこ~!ごまかさないの~!今、横から割り込んだでしょう~!!」
現在、この場を警備しているのは真桜と凪と沙和の三人と数人の警邏隊のみだ。あまりにも人の出入りが激しく、掌握しきっていないのが目に見えている。
「うわ………あいつら大変そうだな。」
一刀は販売席からその風景を見ていた。
「しかし、朱里の書いた本がこんなに売れるなんてな。やっぱり朱里はすごいな。」
まあ、あの諸葛孔明が書いた本が売れないはずがないのだ。でも買って行くのはえらい人と言うよりも、どちらかと言えばミーハーな若い女の子たちだった。一体どうしてなのだろう?と一刀は考えていた。
しかしまあ、どちらにせよ、これはいいことだ、一刀は考えを頭の脇に追いやり、仕事に集中することにした。。
「お買い上げ、ありがとうございます!」
どうしてこうなってしまったと言うと、話は少しさかのぼる。
結構前………。
この日、朱里は自分の政務を終え、自室に行き、久しぶりの休暇を楽しんでいた。
「さてと………早く続きを書かなきゃ!」
彼女にはある秘密があった。誰にも知られちゃいけない秘密。それは………
「『一刀』の必死の抵抗も空しく、その奇妙な生き物は触手を伸ばし、『一刀』の太ももを伝いながら、敏感な所を………」
ここからは少し自重するとしよう。
まあ、こう言った官能小説(腐女子物)を書いていた。
朱里は今になって書き始めたわけではない。もうずっと前から……そう、一刀に仕える前から、彼女は官能小説を書くことが趣味だった。彼女の作品はすでに百作をとうに超え、ある一部分人間の間では神格化されているベテラン中のベテランの作家でもあった。しかも、北郷一刀という素晴らしく製作意欲を駆り立てる人物が近くにいるのだ。そのおかげでネタ切れにもスランプにも陥りはしなかった。
彼女の創作意欲は底が知れなかった。次々にアイディアが浮かんでくる。止まらない。最近では妄想の世界から抜け出す事が出来ず、意識を失うこともしばしばである。作家としては今がピークなのかもしれない。
題材は様々だ。でもすべての話には共通点があった。それは主人公が必ず北郷一刀であるということだ。
一刀と出会った最初のころは、一刀と自分のベタベタで甘ったるい妄想の恋愛小説を書いていたのだが、最近では物足りなくなってきた。一刀と自分と、他の女の三角関係を書いたドロドロな小説を書いた。そこからなのかもしれない。今までは一刀×朱里が、自分のジャスティスだと信じて疑わなかった。いや、今だって疑ってはいない。それこそが至高だと思っている。だが、朱里は他の者とも一刀を絡ませてみたいという欲求に耐える事が出来なかった。
三角関係の次は、同性愛の小説に走った。一刀と、イケメンと噂の医神との絡みを濃厚に書いた。最高だった。想像するだけで股ぐらが濡れてきそうだった。その次は、強姦モノに走った。戦に敗れ、次々に一刀に性的に襲ってくる老若男女と言う話を書いた。一刀は悔しいと思いながらも快感に耐える事が出来ずに、恍惚で歪んだ顔をしてしまう。これも究極の一品であった。獣姦モノも書いた。女性化という話も書いた。他の仲間たちの話も書いた。一刀だけではなく、他の仲間たちの話も。華琳がフタナリになって愛紗や桃香を襲うという話も書いた。そして現在は触手モノだ。
書いた。書き続けた。
書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて……………。
書き続けた。書き示した。
気が付いたら…………
部屋に溢れるくらいの大量の書物が出来上がってしまった。
「はわわ……さすがにこれは………まずいかもです。」
気が付くのが遅すぎるが……。
まあ、本の処理に困った場合、手っ取り早い方法は本屋に売ると言う事だ。何冊か手に持ち、行きつけの店へと向かった朱里。
「おじさーん!おじさーん。」
「はいはい。おや、朱里ちゃん!」
真名を呼ばせるくらいここの店主と仲が良い朱里だった。店主は少し高齢の方だった。店主は朱里の手にある原稿を見てすぐに気付いた。
「新作かい?」
「はい。その………今回もお願いできますか?」
「ほほほ。構わんよ。朱里ちゃんの書く本はどれも人気があってね。こっちとしても助かるんだよ。また焼き増しして増やしてもいいかい?」
「はい。別に構いませんよ。」
「ありがとう。」
原稿を店主に渡した時、朱里に電流が走った、インスピレーションが湧いたのだ。
(今度はこのお爺ちゃんを子供まで若がえれる話を書いてみようかな?)
いうなればロリジジイである。ロリババアというジャンルがあるのだから、そんなジャンルがあっても良いかもしれないと朱里は考えた。
「そう言えば、朱里ちゃんは知ってるかい。曹操様の事。」
「曹操さんですか?」
「うむ。」
なぜか、華琳が話に出てきた。なんだろう?華琳の姦モノが欲しいのだろうか?そんなふうに朱里は考えてしまった。もはや心の隅まで腐ってしまっているようだ。
「今度、曹操様はご自身で筆記なさった、ご自身の書物を民衆に売ってくださるようなのじゃ。」
「曹操さんが?」
曹操はこの大陸の中で最も有名な著者の一人かもしれない。曹操の書く書物は、軍事モノから経済モノ。教育モノ。はたまた、料理の本だったり、お酒の作り方だったりと、ジャンルを選ばない。
(どうやって売るんだろう?)
印刷機能の発展していないこの世界では手書きが基本的であるために、大量生産が出来ない。しかも曹操の書物はそれ自体が大人気だ。早い者勝ちと言ってしまえばしれまでだが、それでも欲しい人たちは涙をのむしかない。
「朱里ちゃんもそれにあやかって自分の本を売ったらどうじゃ?」
「うん。考えてみますね。今日はありがとうございました。」
「いいや、役に立った思えれば光栄じゃよ。」
朱里は初老の店主に一礼して城へ戻って行った。
朱里は城に戻り、曹操の話を聞いた。
「ええ。そうよ。今度、私の半生を描いた書物を大陸中の人間に買ってもらおうと思うの。そのために訓練場も解放したし、張三姉妹に宣伝もしてもらったしね。」
大陸中から自分の本を求めに来ると自負している。すごい自信だが、曹操ならそれくらい当然かもしれない。
「どうやって増刷させるのですか?」
「読み書きのできない兵たちに、文字の書きとりを教えながら書かせるわ。」
なるほど。千人が一冊ずつ書いたら千冊になる。単純で原始的だが、無駄がない。兵をたくさん所有している曹操ならではの考えである。
「桂花も稟や風も自身の考えた戦術、戦略を記した書物を書くらしいわ。貴方も何か書いたら?」
「はわわ!私は結構です!本当に結構ですから!」
あんな小説、誰にも見せられない。店主に渡した原稿は確かに朱里が書いたものだが、著者は不明のままにしてもらった。だから、なんの問題も無かった。でも自分が売るとなると話は別だ。他の人には考えられないような淫靡な書き方で書いているのだ。あんな書き方をするのは大陸広しとはいえ、朱里だけであろう。
「あら、そう、残念ね、貴方の書物ならみんなが欲しがりそうなのに………。」
確かに諸葛亮孔明の戦術、軍略が書かれている書物は誰もが欲しがるだろう。いや、あの劉備玄徳を王にした本人の半生を描いた書物ですら価値の分かる人間には手から喉が出るほど欲しいものだろうに………。華琳はもったいないと思った。
「それじゃ、私はこれで………」
この奇妙な食い違いの話も食い違ったまま終わった。二人の間になんの蟠りも無く、食い違ったまま……。
朱里は自分の部屋に戻り、小説の続きを書こうとしていた。
(早く、続きを書かなきゃ。)
頭の中には、すでに幾通りものストーリーが出来ていた。それを早く具現化したい思いだった。無意識に歩幅が大きくなっている。スキップしているのかもしれない。とても充実した毎日だ。
だがそんな充実した日は突然に崩れ出す。
自分の部屋の戸を開けた時だった。
「あ、お帰り。朱里。」
「………え?ご、ご主人様!」
どういうわけか、自分の部屋に主である一刀がいた。しかも右手には自分がこれまで書いてきた、チョメチョメな小説が………。
「は、はわ……はわわわ!!!ご、ご主人様……その手に握っているのは……。」
あまりの恐怖に声が震えだし始めた。
「ああ。これか。朱里を待っている間、退屈だったから。ちょっとね。」
ものすごくおちゃめに言う一刀だが、朱里の心境はすさまじく入り乱れていた。まるで初めて買ったエッチなDVDの観賞中に部屋に親が入っこられた中学生のように………。
「それにしてもしばらく見ないうちにすごい事になっているな。周り中、本ばっかりだ。」
「…………………。」
緊張でとうとう声が出なくなってしまった朱里。一刀はそんな朱里の心境を分からいでいた。
「どうしたんだ?朱里。」
「………あ、あの……?」
「ん?何?」
「ご、ご主人様は、その………その本を見て何も思わないのですか?」
「これ?」
基本的にこの部屋にある小説は、みんなあまりのエロさとあまりの表現に自らお蔵入りさせた逸品中の逸品である。行きつけの本屋の店主にも見せられないような強力な奴が………。
「いや、俺って字が読めないからさ………。」
…………………………
「……………え?」
返ってきたのは全く予想もしていない言葉だった。
「あれ?もしかして、これって日記だったりするの!?」
だとしたらかなり失礼かもしれない。何気なく開いた本ではあったが、他人の日記を見るなんて、ましてや女の子の日記を見てしまうとは。と一刀は悔やんだ。そんな大層なものではないと言うのに………。
「い、いいえ!!そんな物ではありません!!決して……!!」
「??」
なぜが焦りながら言う朱里に少し、疑問を覚えた。
「それじゃ、この本の山は何?」
「それは………その……。」
自分の主である一刀に対し、嘘偽りを言うなど朱里の忠誠心がゆるさなかった。しかし、本当の事を言うわけにはいかない。だって、この部屋にある本には、一刀が強姦されたり、獣に襲われたり(性的な意味で)、未知の触手を持つ生物とのカラミだったりするのだから。
「これは………じ、自作の……恋愛小説です!!」
「れ、恋愛小説?」
決して嘘は言ってはいない。決して。たとえ恋愛の対象が同姓であっても、人外であっても。それが朱里にとって、最大限の譲歩であった。そう、決して嘘をつかなかった事によって、自分の忠誠心をごまかしたのだ。
「へえ!同人誌か!」
「同人誌?」
聞きなれない言葉に朱里は聞き返した。
「ああ。天の国の本の一種だよ。自分の想像を小説にしたり、漫画にしたりするんだ。」
「へえ。ですが、それって他の本と何が違うんですか?」
まあ、確かな疑問だろうな。本なんてものは著者の想像やアイディアによって書かれるものなのだから。
「う~ん………詳しい事は分からないけど………趣味の意味合いが強いんじゃないかな。ほら!朱里も作家として食べて行くつもりはないだろ?」
「はあ………確かに趣味の範囲です。」
「きっと趣味で書く本を同人誌っていうんだよ。」
「それじゃあ、曹操さんの書いている書物も………。」
「う~ん………」
華琳の書いている書物を同人誌なんて言っていいのだろうか?なんか後の世の歴史家に喧嘩を売っているみたいだ。でもまあ、いいか。
「ところでご主人様はどうして私の部屋に?」
「あ、ああ。そうだった、政務で分からない事が………」
まあ、何はともあれこの状況を乗り切った朱里であった。
数日が経ち、朱里は部屋の整理をしていた。あの時は、一刀が文字が読めない事で助かった。でも、また、あのような事が起きるか分からない。一刀以外の者にも読まれるかもしれないのだから。
なので、悲しいかな、今まで書いた書物の処分を決定したのだ。本屋に売る事も出来ないし、他人にも見せられない。もったいないがすべて焼いてしまおうと思っていた。
その時だ。どういうわけか、最悪のタイミングでやってくる男がいた。もしかしなくても一刀だ。
「お~い。朱里~。」
「え……あ、はい。なんでしょうか?ご主人様。」
「いや、それは俺が聞こうとしたんだけど………何してんの?本なんか縛ったりして。」
「え……えっと……もう部屋がいっぱいになっちゃったから処分しようかなと思いまして……。」
「ええ!もったいない!……それじゃせめて捨てる前にどんな話か聞かせてよ。興味あるな。朱里の恋愛小説。」
「い、いいえ!本当に大したものじゃありませんから!!」
「そんな……別にいいだろ?見せてくれよ。」
妙にしつこい。いや、本当は大したことはないのだろうが、人と言うのは追及されたくない事を繰り返されると、誰であろうともイラついてしまうものだ。朱里だって他の人と変わりない。
その時だった。救いの声がやってきたのだ。
「何をしているのだ?孔明よ。」
「周瑜さん?」
周瑜こと冥琳だった。
「お前がいつまで経っても来ないものだから、何をしているのかと思えば………逢引か?」
「ち、違います!…………って、どうして、周瑜さんが?」
「おいおい。忘れたのか?今日は私と共に近隣の国で起きた内紛の調停に出向く日ではないか?」
「あっ!!」
すっかり忘れていた!朱里は今日、冥琳と共に近隣の諸国同士で起きた内紛の調停をするために出向かなくてはならなかったのだ。あまりの焦りのせいで頭からその事が全く出てこなかった。
「まあいい。では早く行くぞ。このままでは決められた期限に間に合わなくなってしまう。」
「あ、でも………!」
「でも……なんだ?何か用事でもあるのか?」
いえなかった。自分の妄想小説の処分を急いでしなくちゃいけない……なんて。断じて言えない。しかし、この調停も前々から決められていた大切な仕事、ほっておくことなども出来る筈もない。しかし、この部屋にほおっておく事も出来ない。一度、出発すれば一週間は戻れないし……。
ならば、誰かに頼んで捨ててもらおうか?いや、その者に見られてしまうかもしれない。断じてそれは駄目だ。人任せなどは出来ない。
「えっと………この書物を処分してからでも……」
「そんな事、使いの者たちにやらせればいいだろう?」
「はわわ……」
まったくもってその通りだ。
(焦っては駄目よ!朱里!何か、何かいい手があるはず……!)
そんな時だった。
「それだったら俺が処理してやろうか?」
「………え?」
一刀だった。
「いやさ、朱里、とても大変そうだし………この前の政務を手伝ってくれたお礼と言うか……。」
「ご、ご主人様………」
そうだった。一刀は字が読めないのだった。それなら一刀に任せてもまったく無問題だ。いや、今まさにこの状況に一番ふさわしい、一番頼れる人間なのではないか?
「その本たちの処理くらいなら出来るぜ?」
「あ、ありがとうございます!それじゃ…………お願いしても良いですか?」
「おう!任せてくれ!」
そう言って、朱里はすぐに身支度を整え、冥琳と共に出発したのだった。
だが、これが間違いであった事に彼女はまだ気づいていなかった。
一刀side
「さてと。それじゃ、この本を処理しなくちゃな。でも、もったいないな………。」
一度は読んでみたかったが………まあ、日記にしても自作小説であろうとも、身内に見られるのは結構恥ずかしいよな?さすがに自分が見るわけにはいかないだろう。と一刀は考えていた。
「うんしょ!うんしょ!っと」
一刀はとりあえず、この大量の書物を運んで行った。それにしても恐ろしい量だった。一年や二年で書きとめられる量ではなかった。一刀が一生懸命本を運んでいる時、声がかかった。
「あら?一刀、何をしているの?」
「華琳?」
華琳だった。
「そんな大量の本を持って………。」
「あ、ああこれは……」
「そう。貴方も私が開こうとしている書物の市場に参加してくれるの?」
「市場?」
何のことだろうか?一刀は最初理解できなかった。
「そうよ。私を始め、大陸中の有名な文人たちを集めて、大きな祭りを始めるの。そこで、自分の書いた思想や哲学。軍記や人生記、物語や恋愛を描いた話など、いろんな書物を大衆に売りつけるのよ。」
「まるでコミケだな。」
「こみけ?」
「いや、こっちの話。」
「そう。……それで、一般人たちも参加が可能になっているの。きっと大陸中から何万と言う人たちがこの街に集まるわよ。」
「へえ、面白そうだな。」
「絶対に面白いわよ。貴方も参加しなさい。」
「い、いや、俺は話なんかを書く才能は………うん?」
突如、一刀の頭に一線の閃光が走った。
「いや、参加するぞ!」
「そう、それなら早く訓練場にいる風と稟に参加すると言ってきなさい。早くしないといい場所がなくなっちゃうわよ。」
「ああ!ありがとう!」
一刀は早速、行動に移ったのだった。
(そうだよ。何も捨てるくらいなら売ってしまえばいいんだ!一応、処分した事になるし、あの朱里が凡庸な話を書くはずがないしな。)
捨てるくらいなら売ってしまおうと言う結論に一刀は達したのだった。まあ、確かに資源の無駄遣いはいけないけど……。
どちらにせよ、あの朱里が、あの諸葛孔明が凡庸な話を書くはずがないのだ。きっと、いや、絶対に売れるぞ!と、一刀は内容を確認していないのに、そう確信していた。
そして、当日………
ワイワイ!ガヤガヤ!
予想をはるかに超えた人々がやってきた。
「すごい規模だな。コミケと何ら遜色ないぞ!」
早速張り切って売ろうと一刀は心を燃やそうとした。しかし……
「………………誰も来ない。」
そう、一刀の所には誰も来なかったのだ。みんな華琳なり稟なり、もしくは有名な著名人たちの所に長蛇の列を作っていた。
「う~ん………無名の所へは誰も来ないか……。」
そんなところへ、一人の少女が現れた。服装からして、恐らくは一般参加の方だろう。
「この本は一体どんな本ですか?」
興味を持ってくれたのか、少女は聞いてくれた。
「これは恋愛小説です。」
「恋愛小説?」
「はい。さる高名な方が書いた逸品です。どうですか?」
「う~ん……面白そうだから、一冊頂戴。」
「お買い上げありがとうございました!」
一日目は一人だけ売れて、終わった。
(まあ、初日はこんなものだろうな。次はもっと売り込んでみよう!)
このイベントは一週間ほど続くらしい。まだ日はあるのだから焦る事はないな、と一刀は考えていた。
次の日……
「お買い上げ!ありがとうございました!」
どういうわけか、結構売れるようになってきた。しかも買って行く人たちはみんな少女たちだ。みんなこっちを見ながら顔を紅くしている、どういう事なのだろうか?
「次の方、どうぞ!」
次に並んでいる人を呼ぼうとしたら………。
「やっほう!ご主人様!」
「あ、桃香!」
「何をなさっているのですか?ご主人様!」
「愛紗まで……」
どういうわけか、この二人までやってきた。
「何って……本を売ってるんだよ。」
「へえ!ご主人様が本を書いたんだ!一体どんな本!?」
「い、いや、書いたのは俺じゃなくて。朱里が……。」
「朱里ちゃんが?」
「ああ。処分してくれって頼まれたんだけど、捨てるく依頼なら売った方が良いと思ってな。結構売れ始めてきたんだ。」
ほお。と愛紗が感心したように唸った。
「ほう。あの朱里が。それはきっと大層な本なのでしょうな。では私を含め、皆の分を一冊ずつ、売ってはくださいませんか。ご主人様。」
「え?みんなに………でも、朱里の本だぜ?本人も身内には見られたくないと言ってたみたいだし……。」
「良いではありませんか。あの者の書いた本ですよ。きっと素晴らしいものに違いありませんし、何よりあやつは自分の才能に誉れを抱いてはいません。これを機に他の者たちへの関心を集めさせるのもいいと思いますよ。」
(それもそうなんだよな。みんな朱里がすごいって知っているのに、本人はいつも自信がなさそうに言うし……みんなに朱里がもっとすごいってことを分からせるいい機会なのかもしれないな)
と、一刀は考えていた。
「分かった。みんなに後で渡しておいて。」
「はい。」
そう言って、大量の書物を愛紗と桃香に渡した一刀だった。朱里に自信を付けてもらいたい思い出の行動であった。
そして、本の売れ行きはさらに良くなり、ついには完売して、祭りが終わった。
数日後………
朱里side
「ふう。平和的に解決して良かったですね。周瑜さん。」
「そうだな。あの民族との対話、見事だったぞ。」
「そんな……私は別に……」
二人は無事に調停を解決して、城へと戻ってきた。
「ふう……」
朱里は自分の部屋に戻り、休息を取ろうとした。部屋には何もなかった。あの今でも崩れ落ちてきそうな本の山も。一刀はちゃんと処理してくれたみたいだ。
「この部屋ってこんなに広かったんだ。」
部屋の掃除をすると結構広く感じるものだ。
「もったいなかったな~………」
今まで自分の頭の中で出来上がった世界を記したものだ。まるで自分の何かがなくなったような……そんな感じになった。
そんな余韻に浸っている時だった。
ドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
すさまじい人数の足音がこっちに向かってきた。
「朱里!」
「朱里ちゃん!」
愛紗と桃香だった、他にもたくさん………と言うか、軍師、武将とほぼ全員だった。
「え?え?え?………な、なんですか?みなさん!」
わけが分からなかった朱里に対し、愛紗は。
「なんだ!これは!!」
と一冊の本を目の前に叩きつけた。
「こ、これは……!」
自分が書いた本だ。
「こ、こんない、いい、如何わしい……本を………し、しかもご主人様を……!」
「ひいぃぃ!!」
すごい形相で愛沙は朱里を睨みつけた。ものすごい殺気に朱里は心から震えてしまった。
「つ、続きは……!?」
「…え?」
「続きはないのかと聞いているのだ!」
全く予想にもしてない質問に答えられない朱里だった。
「もう。駄目だよ。愛紗ちゃん!そんなにすごんじゃ!」
「あ…す、すみません。」
「朱里ちゃん。この話すごく良かったよ!みんな続きが気になっているの!他にはないの?」
「へ?へ?」
いろんな質問攻めにあう朱里だった。
場所は移り、ここは一刀の部屋。
一刀side
「そう、みんな朱里の事をすごいって言ってるんだな。」
「え、あ、はい。そうですけど……」
「よかったよかった……ズズ~!」
とお茶を飲んでいた。
「月、どうしたんだ?俺の顔をじっと見て。」
「あ!いいえ!も、申し訳ありません。」
そう言って顔を真っ赤にしながらトタトタとその場を離れて行った。当然、一刀は理由を知らない。
「今日も平和だな。ズズ~。」
そう。いつもと変わらない平和だった。何も知らない者にとっては………。
朱里side
「続き!続きを早く!」
何人もの重臣たちにせがまれる朱里。
「ふええええぇぇん!!!どうしてこうなるの!」
終わり
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夏と言ったら、花火や海よりもコミケを思い浮かべる自分はもう駄目かもしれない。