夏の日の一刀の疑問
「………暑い。」
ここ数日、北郷一刀の一日はこの言葉から始まる。至極単純、暑いのだ。すさまじく……。
「なんだってここ毎日、こうも暑いんだ………。何もする気も起きない……。」
三国の英雄たちを束ねる人物とは思えないような、気の抜けた言葉だ。だが、一刀の言い分も分からないでもない。
ここ数日ほど、記録的な高温の日々が続いている。一刀のみならず、何人もの兵たちも熱中症で倒れこむほどだ。『心頭を滅却すれば火もまた涼し』と言うことわざがあるが、ある意味、本当に心頭が暑さで滅却されそうだ。軍師たちはこれを重く見、兵たちのみならず、近隣の都や村の住人たちにも注意を呼び掛けている。
他の人たちですらこうなのだ。ましてや一刀は便利な世界で育った現代人。クーラーも無ければ、扇風機すらも存在しないこの世界。暑さに対する耐性の低さは、この世界の住人とは比較にならないだろう。
一刀がそんな感じに机にうつぶせになっている時だった。
「あの……大丈夫でしょうか?ご主人様。」
「うん……あ!月!」
気が付かなかった。いつの間にか月が部屋に入って冷たい水を持ってきてくれていた。暑さのせいか注意が散漫になっているようだった。一刀はだらしのない格好を整え、背筋を伸ばし、月と対面した。もう手遅れだけど……。
「お水をお持ちしました。これで少しは涼しくなると思います。どうぞ。」
「あ、ありがとう!月!」
ゴクゴクと一息もつかず、一気に飲んでしまった。お世辞にも冷たいとは言えなかったが、それでもかなりマシになった。
「ふう………。美味しかったよ。ありがとう。」
「いいえ。元気になられて何よりです。」
相変わらずの眩しい笑顔だ。まるで暑さをものともしていないような……そんな笑顔だった。でもよく見ると、月の白い顔は、普段より赤くなっており、汗も滲み出ていた。
一刀は気付いた。月もまた暑いのを我慢しているのだと。よくよく考えてみれば、月はもともと涼州の生まれだ。あそこは年がら年中、雪の降っている極寒の地だ。暑さの耐性は一刀並みに低いはずなのだ。だと言うのに、月は気丈にも一刀の前でだらしない顔を見せるでもなく、普段と変わりない笑顔で接してくれている。その心意気が、一刀の心を燃やした。
非常に暑っ苦しく……。
何とかしなくては………
一刀は長い廊下を歩きながら思案にふけっていた。この暑さをなんとかしなくては……と。
とは言うものの、相手は気象だ。どうこう出来る筈もない。電気も無いこの世界で、扇風機やクーラーを作ってくれと真桜に頼んでも無理だろう。かといって、みんなで呉の領地にバカンスに行くという提案も却下だ。この都を留守にするわけにはいかない。したがって誰かが残らなくてはならないのだ。そんなのは駄目だ!楽しむのならみんなで。それ以外の案は却下だ。
根本的な解決でなくてもいい。なんかこう………言いづらいが、この暑さを逆に利用すると言うか………この暑さをひっくり返すようなもっとすごい事をするとか……ああ!駄目だ!暑さで何をしたいのかを全くまとめられない!
「暑いな……。」
やはり暑い。ただ歩いているだけでも汗が出てくる。そんな中………
「にゃー!待てニャー!」
外で元気な声が聞こえてくる。もしかしなくてもこの妙な口癖は美以だ。シャムとトラとミケもいる。
「ニャ~?!兄ぃ!」
向こうも一刀に気付いた。
「美以。こんな暑い炎天下の外で何をしているんだ?」
「うん?追いかけっこをしているんだニャ。」
「…………。」
隣からニャーニャーとミケ達も頷いている。
「暑くないのか?」
聞かずにはいられない質問だった。みんなこの暑さには辟易しているというのに……。
「ニャー?こんなの暑い内に入らないニャ!」
「「「ニャー!ニャー!」」」
「……………」
そう言えば、彼女たちは熱帯地方の南蛮で育ったのだったな。暑さに対する耐性値は相当高いのだろう。でも、それでも暑いうちに入らないって………正直、うらやましい。
「………ふう。」
「どうしたんだニャ?兄ぃ。」
「いや、お前たちの元気さがうらやましくてな。俺はこの暑さにへこたれて………お前たちのように動く気にならないんだ。」
「そんな暑苦しい服を着ていたら、誰だってへたれるニャ!」
「え?そんなに暑苦しいかな?この服。」
そりゃ、美以たちの服と比べるととても暑いそうではあるが、白い学ランは全部ボタンを開けてるし、学ランの中はTシャツ一枚のみだ。これでも、結構なクールビズなのだが………。
「兄ぃも裸になれば涼しくなるニャ!」
「……はい?」
そう言って、ミケ、トラ、シャムの三匹?と共に一刀の服を脱がせにかかった。突然の奇襲であった。一刀はマウントをとられ、次々に服を脱がされて行く。
「お、おい!よせ!よせって!」
「いいから早く脱ぐニャ♪」
「ば、馬鹿!こんな所誰かに見られたら………!」
自ら、遺言ともいえるようなフラグを立てる一刀だ。まあ、当然ながら………
「ご、ご主人様……?」
「き、貴様!この暑い中、何を………!」
見つかるわけだ。しかも愛沙と春蘭と言う魏軍と蜀軍が誇る猪突猛進タイプたちに……。
現在、一刀は上半身が裸な上にズボンのチャックまで全開の状態で美以たちと抱き合っている。(ように見えるだけであり、本当は美以たちに必死に抵抗しているだけである。)
誰が見ても真昼間から、城内の庭で、せっせと青姦に精を出しているようにしか見えない。
「……ご主人様。皆がこの猛暑の中、自分たちの仕事を必死にこなしているというのに………貴方と言う人は……!」
「ま、待て!愛沙!誤解だ!お前たちは誤解している!」
「何が誤解だ!そんな姿で言われても説得力などないわ!」
「春蘭!お前の言い分も分かるが、それでもこれは誤解なんだよ!」
一刀は上半身裸で愛沙たちの説得をした。そして美以の方を向き、こう言った。
「お、おい!美以!お前たちも事情を説明してくれ!」
「ニャ?事情?」
「そうだ!どうしてこうなったかをこの二人に説明してくれ!」
本人の話を聞けば誤解は解かれるだろう。そう考える一刀だった。
「ニャー……兄ぃがとても元気がなかったから、元気にしてあげようと思ったんだニャ!」
「ニャー!そうだニャ!兄ぃ、とてもへたれてたニャ!」
「ニャー!普段の兄ぃはもっとすごいニャ!」
「ニャ~!これが事情だニャ!」
一刀はほっと胸をおろした。正しく事情を説明してくれた。何一つ嘘など言ってはいない。これで二人の誤解も解けるだろう。
ところがだ。
不思議な事に二人の怒りがどういうわけか解けていない。いや、それどころか、顔を真っ赤にしながら憤怒しているようにも見える。
「お、おい?愛沙?春蘭?な、何怒ってんだよ。事情が分かったろ?」
それでも二人の怒りのボルテージはますます登って行くようだ。理由が分からなかった。美以たちは正しく事情を説明した。そこにはなんの嘘もねつ造も無かったというのに……どうして怒っているのだろうか?
「ええ。よく分かりました。ご主人様。」
愛沙は物静かに言うが、目は決して笑ってなどはいなかった。
「き、貴様!元気がなかったから、元気にしてもらおうとした……だと!」
春蘭もまた、顔を真っ赤にしながら憤慨している。一体、二人はどうしてこんなにも怒っているのだ?と言うか、なんか話自体、妙に噛み合っていないようなきがする。
一刀は頭を高速回転させ、話の流れをさかのぼった。
『兄ぃがとても元気がなかったから、元気にしてあげようと思ったんだニャ!』
『ニャー!そうだニャ!兄ぃ、とてもへたれてたニャ!』
『ニャー!普段の兄ぃはもっとすごいニャ!』
これが美以たちの話。
『き、貴様!元気がなかったから、元気にしてもらおうとした……だと!』
これは春蘭の話だ。
あれ?
ここで一刀に電流走る。どこかの体は子供で頭脳は大人な名探偵のように頭に一本の閃光が走った、そんな感じに頭の中にスパークが発生したのだ。アハ現象とも言うのだろうか?繋がったのだ。ほんと、どうしようもない勘違いだ。
美以たちは一刀の体が元気がないと言っている。愛沙と春蘭は一刀の………まあ、アレだ。アレが元気がないと勘違いしているのだった。
「お、おい!お前たちは勘違いを……!」
「言い訳無用!」
一刀がすべての謎が解けた時はすでに遅かった。一刀は二人の熱いビンタを食らい、ふっ飛ばされてしまった。二人は頬を膨らましながら自分たちの仕事場へと戻って行ったのだ。
「ううう……お、俺は何も悪くないのに………。」
一刀は両頬を赤くしながら泣きそうになった。二人の誤解が解けるのはそれから間もなくだった。今回の事の愚痴をこぼしたら、他の者たちは一刀と同様の回答に気が付いたようだった。愛沙と春蘭は勘違いが勘違いだけに顔を真っ赤に染めながら一刀に謝罪した。
夜中のベットの中での事だった………。
数日後、一刀はさらに思案していた。
やはりこの暑さは人の思考まで狂わせるのかもしれないと。あの一件以来、本当に早く何とかしようと思ったらしい。
「痛い思いしたけど、美以たちの言っている事も尤もだよな……。」
まあ、良い思いもしたのだがね……。
服装の事だ。やはり、誰もかれも住んでいた所の違いのせいか、服装が季節感無視のバラバラな服装なのだ。まあ、それはしょうがない。魏と呉は緯度的に言えば、北海道と九州のようなものなのだから。気候が違うのならば、当然ながら服装だって違う。寒そうでもあるし、暑そうでもある。本当にバラバラだ。
なんかこう………夏にあった涼しげな服はないだろうか………?もしあったらみんなにプレゼントしたいのだが………。
一刀は思案した。
が、直後、またもや電流が走る。
「………あったよ。」
何か思いついたらしい。
「あったよ!あったじゃないか!夏にあう涼しげな服が……!あれ?これってかなりいけるんじゃないか?去年は綿が大量に栽培されて、絹の価格自体かなり下がっている……。いけるぞ!」
鉄は熱いうちに打つ、とはまさにこの事だろう。一刀は真っ先に考えが変わらぬうちに行動に移った。
…………………………
………………
……
数日が経った。一刀はみんなに『宴会をしよう!』などと話を持ち出した。これに対し、桃香と雪蓮は両手を上げて大賛成。華琳も二人の王が賛成した上、春蘭の勘違いの一件で一刀に迷惑をかけた以上、おもだって反対はしなかった。そもそも、みんな酒盛りが大好きな連中だ。口ではとやかく言っても本心はみんな楽しみなのだろう。
「一刀。宴会は結構だけど、勿論何かしらの趣向を凝らしているのでしょうね?」
華琳だ。嫌味な頬笑みをくみながら一刀に尋ねる。確かにただの酒盛りでは趣に欠ける。それに一刀が宴会を開こうということ自体、珍しい。当然、何かしらな事をたくらんでいるに違いないと華琳は睨んでいた。
「勿論だよ!今夜を楽しみにしていてくれ!」
「期待しているわよ。」
…………………………………
…………………
………
そして、その夜………
「そろそろ来るかな~……。」
一刀はみんなが来るのをいまかいまかと待っていた。
「ご主人様!お待たせ!」
「やっほ~♪!一刀!似合ってる♪?」
「言われた通り、用意してあった服に着替えたわよ。」
桃香、雪蓮、華琳を筆頭に次々に集まってきた。そろいもそろって、全員浴衣姿である。
こうなるまでの経緯を話すために少しだけ、話を遡る。
……………………………
………………
……
数日前
「浴衣だ!」
夏の服装の定番だろうに、どうして今まで気が付かなかったのだろう、と一刀は自問自答を繰り返した。
そうだ。浴衣があるじゃないか。生地が薄く開放的で風通しがよく、長襦袢なども着用しない上、とても単純な作りで大量生産だってできる。何より趣があり、自分の生まれた世界の夏の定番中の定番の服だ。
一刀は早速、デザインを描き始めた。浴衣自体、単純な服だ。ものの十数分で書き終えた。書き終えたのだが………
「なんか………普通……?」
なんの捻りも無く、ただの浴衣の絵が出来ただけだ。まあ、浴衣自体単純な服なのだから普通なのはむしろ当然だ。
「なんか違うんだよな~………。なんだろう?」
言葉に出来ないモヤモヤ感が頭の中で渦巻いている。
「う~ん………やはりここは衣服の伝道師に聞くしかないか。」
そう言って、一刀はとある人物の元へと向かった。
沙和side
「うわ~!!とても可愛いの♡!」
もしかしなくてもその伝道師というのはこの沙和である。沙和は服のセンスは勿論、自身で服を作ったりもする。また仲間の服をコーディネイトしたりもする。まさに今一番頼りになる人物だ。
「俺の世界の夏の定番の服なんだけど………なんかもう一絞りが欲しいと思ってさ………。こうしてお前に相談に来たんだ。」
沙和も一刀の具体性のない抽象的な相談を、言わんとしようとしている事を本質的に理解した。そもそも服装とは、個人の概念で良いの悪いの決められるものなのだから、具体的に理解するなどはほぼ不可能に近いのだ。みんな頭の中にある具体化できないモヤモヤとした概念を少しでも形にする。アイディアやセンスとはそういうものだと思う。
「基本はこの形で良いと思うの~!問題なのはここからどうするかなの~。」
沙和もまた、これを基準にしてもいいと言った。沙和ほどの服にうるさい人間を一発でOKサインを出させるとは………やはり浴衣というのはすでに完成に近い形を持っているのかもしれない。
「この『ゆかた』……だっけ?この服の図案と制作は全部私に任せて欲しいの!」
「ぜ、全部!?さすがにそんな事は………」
悪い、と言おうとしたのだが……
「いいの!こんなにワクワクするのは久しぶりなの!」
沙和にとって、良い悪いなどというものはすでに蚊帳の外なのだろう。この形をいかにどこまで昇華させるのか、という所に彼女はある種の喜びを感じているのかもしれない。
「それじゃあ…………お願いしよう…かな?」
「任せてなの!みんなに合った服に仕上げてあげるの~!」
「どれくらいで出来上がる?」
「そうなの~………単純なつくりだから、ほんの数日中には出来ると思うの。」
「そうか。それじゃ、その時、お披露目のための酒宴を開こう。」
「わ~い!やったの~!」
「そっちは任せたからな。」
「任せてなの~!必ず最高の出来栄えにするの~!」
服の件はこれでOKだ。沙和のあのやる気ならば、きっとすごい浴衣を作ってくれるに違いない。
「服の件は沙和に任せるとして………まだ寂しいな。せっかくの浴衣なんだから、やはりアレも欠かせないよな!」
一度、コリ始めると止まらない人間がいる。どうやら一刀もまたその手の人間だった。あれもしたい。これもしたい。と、どんどん頭の中でアイディアが浮かんでくる。次に向かった先は、天下一のカラクリ師、真桜のラボだ。
真桜side
「なんや、隊長!こんな所に来てなんか用かいな?」
「ああ。頼みたい事があってな。」
「珍しいな。まあええ。話を聞かせてくれな。」
一刀は真桜に自分が考えている事を伝えた。最初は彼女自身も信じられないような話に半信半疑で聞いていたのだが、徐々に一刀の話にのめりこんできた。
「なるほどな~!やっぱり天の国のお人は考える事が違うわな~。」
改めて一刀を感心したかのように、真桜は一刀を褒め称えた。
「世辞は良いよ。出来るかい?」
「出来る!というか、極単純な造りや。作れる技術はあっても、作ろうとする発想がなかったんやな。」
「材料は?」
「問題あらへん。ここ最近、戦がないからな~。悪くなりそうな奴から分解して使ってしまおう!無駄がなくなってええしな。」
「そうか………それじゃあ、数日後、酒宴を開くつもりだからその時に頼むな。」
「任せとき!ドでかいのを期待しとってや!」
一刀と真桜は握手を重ね、約束を重ねた。
………………………
一刀は真桜のラボを後にした。
「浴衣の件は沙和に。アレも真桜に。あとは………アレだな。」
そう言って、今度は馬術の訓練所(競馬場)へと向かった。目当ては、翠だ。
翠side
「おおい!翠~!」
一刀の声に、訓練中だった翠は声の方を向いた。
「え?………ご、ご主人様!」
「うん?なんでそんなに驚くんだ?」
「い、いいや!だって………用事だったら誰かに呼びにこさせれば……こっちから行ったのに……。」
「訓練中なんだろ?そんなの失礼じゃないか。」
立場的には一刀の方が翠より上だと言うのに、一刀はそんな事全く気にしていないようだった。
「う、うう~………」
「…………どうした?」
「な、なんでもない!」
そんな一刀の優しさをどう受け取っていいか分からない翠であった。
「ふ~ん………まあいいや。翠。お前に頼みたい事があるんだ。」
「私に?」
「うん。」
翠は一体何だろう?と頭を捻った。そして一刀は翠に今回の頼みごとを言ったのだ。
「え、えええええ!!」
「やっぱり無理か?」
「いや、無理だろう!どんなに急いでも戻るまで数日はかかるぞ!そんなに経ったら溶けちゃうじゃないか!」
「それが溶けない方法があるんだよ。」
「そんな方法があんのかよ。」
「まあ、耳を貸せって。」
「うん?あ、ああ…・……………・ひぅ!!」
一刀は翠の耳にコショコショと内緒話をした、それがまた、息がかかるような話であったために翠は思わずびっくりしてしまった。
「お、おい。聞いているのか?」
「え、……あ、ああ!聞いてるよ!………って、ほんとにそんな事で運べるのか?」
「ああ、保障するよ。翠の力と馬術があれば可能だ。」
「そこまで言うのなら………仕方ないか!」
「ありがとう!翠!」
「………え!あ、う、うん。」
………………………………
…………………
………
そして現在に至る。
現在side
「ご主人様!お待たせ!」
「やっほ~♪!一刀!似合ってる♪?」
「言われた通り、用意してあった服に着替えたわよ。」
三人の姿を見て、一刀は目を点にして驚いた。
桃香の浴衣はフォーマルな形ではあるものの、胸部が強調されるよう、流し着にしてある。恐らく、胸に何もつけていないに違いない。。雪蓮はその長い脚を強調するようにスリット化された浴衣だ。こっちも履いているのか怪しいくらいギリギリだ。華琳にいたっては、ミニスカの浴衣にニーソックス、そして脇出しの三蓮コンボ。男の夢の衣装を着こんでいる。
「……………我が人生に、一片の悔いなし。」
まさに感無量というものなのだろう。三人だけではない。他のみんなもそれぞれの個性を強調出来る浴衣を着こんでいる。ただの浴衣をここまで昇華させるとは………すべての素晴らしさは沙和にある。心の中で沙和にGJと言ったのは言うまでも無い。
「良い服ね。とても涼しいわ。」
華琳だ。結構気に入ってくれたようだ。みんなも天の世界の服を着ていると大はしゃぎだ。でも一番、大はしゃぎなのは一刀である事は忘れてはならない。
浴衣の披露宴も済んだ。沙和の顔はやり遂げた女の顔をしていた。相当、頭を捻り、考えたのだろう。でなければ、五十人近いものたちの着物をすべてひとつひとつ特別な着物にする事なんか出来ないだろう。
そして酒盛りが始まった。夜風の涼しく、月夜の綺麗な日だった。最高の酒盛り日で、みんな大いに飲み、大いに食い、大いに笑い、大いに歌い、大いに暴れた。酒も回り、腹も膨れた。いよいよデザートだ。運ばれてきたデザートを見た瞬間、全員の顔が驚愕の表情をしたのを一刀は見逃しはしなかった。良い気分だ。
「これって………氷!?」
最初に気付いたのは桃香だった。ただの氷ではない。氷を雪のように細かく削り、その上に蜂蜜を乗せた逸品だった。
まあ、ようはただの『かき氷』なのだが………。かき氷なんて知らない彼女たちにとってはまさに未知の菓子に違いないだろう。
「こんな暑い中、一体どこで………?」
雪蓮だ。まあ、もっともな意見だろうな。
「翠が涼州までいって取ってきてくれたんだよ。」
一刀が説明するとみんな翠の方を凝視した。翠は照れくさそうに後ろ頭をポリポリとかいていた。
「翠ちゃん、一体どうやってここまで運んできたの?」
桃香は純粋に聞いてきた。目がきらきらと輝いているもの。
「あ、ああ。それはご主人様の言われた通りに………。」
話をこっちに持ってきやがった。どうやら説明するのが恥ずかしいみたいだ。まあ、別に良いか。
「種はコレ。」
みんなが一刀の持っている物を凝視した。
「布?」
そう、ただの変哲もないただの布だ。
「そう。雪を押し固めた雪玉に何層にも重ねて包みこんでやるんだよ。そうすれば、溶けなくなるんだ。」
ようは、あのペットボトルなので使われるアレと同じ原理だ。包み込んでやると、空気に触れているよりもずっと低温を保てるらしい。理屈は……まあ、上手く説明できないし、説明しても証明できないから『天の国の技術』とかなんと言ってごまかした。まあ、当たらずとも遠からずだが……
みんな美味しい美味しいと言いながら、かき氷を食べてくれた。みんなが笑顔になてくれて本当に良かった。翠には当分頭が上がらないな。
「美味しいの~!これ、主様や!もっと妾にこの菓子を贈りや。」
美羽だった。まあ、上に乗っているシロップは蜂蜜なのだから、彼女の嗜好に合っていたのだろう。
「悪いな美羽。もう氷がないんだよ。」
「そ、そんな~……妾はもっと欲しいのじゃ!」
駄々をこねるがない物はないのだ。どうしようもない。
「お嬢様。私のを半分ですが、いかがですか?」
「おお!七乃!よいのか!?」
「はい。お嬢様!」
「うはは!七乃!大好きなのじゃ!」
そう言って、美羽は七乃のかき氷を思いっきりかきこんでしまった。と言うか、七乃は少し美羽に甘すぎるような………。まあ、本人が良いと言っているのだから問題ないだろう。でも美羽のあの食いっぷり………。
「うっ!」
突然、美羽が頭を抱えて苦しみ出した。
「ぬおおおお!!あ、頭が!頭が割れるのじゃ!痛いのじゃ!」
「お嬢様。しっかり!」
まあ、こうなるわな。
良い感じに酔い、氷と夜風で涼み、最高の余韻だ。そろそろ良いかもしれないな。そう思い、一刀は真桜に連絡した。
「みんな、ちょっと外を見てくれないか?」
一刀がみんなにそう言い、みんな空を見上げた。その途端………
ドガーン!!
突如、雷が落ちたようなすさまじい轟音は鳴り響いた。
「な、なんだ!敵襲か!?」
そう勘違いしてもおかしくないほどの轟音だった。そして、空一面に巨大な花が咲いたのだった。
「敵襲でもなんでもないよ春蘭。あれは花火って言って…………まあ、いいや。とりあえず危険なものじゃないよ。綺麗だろ?」
一応、理屈も説明も出来るが、そんなことしながら花火は見るもんじゃない。花火はただ単にその美しさを愛でていればよいのだ。そこには口うるさい理屈など必要ない。
「綺麗ね。」
「はい。すごいです!」
雪蓮と桃香も花火のあまりの美しさに目を奪われてしまていた。二人だけじゃない。ほとんどの者もだ。
(それにしても、あのピュ~って音がないな。)
と言うか、どうやって真桜は空に打ち上げているのだろうか?発射台を使っている感じではない。
そう思うと、一刀は発射位置に行った。
「凪~!次いくで~!」
「よし!来い!」
ひょい
「でやああああ!!!」
蹴鞠みたいに思いっきり蹴り上げ、上空に送っていた。
ドガーン!!
「………………。」
見なかった事にしようと一刀はその場から離れて行った。
……………
最高の夜だった。宴も終わり、みんな満足しながら解散となった。一刀は宴を成功させた喜びの余韻に浸っていた。
「ご主人様。今日は私たちのためにありがとうね!すごく楽しかった。」
桃香が一刀に礼を言った時だった。一刀はとあることに気が付いた。
(あれ?そう言えば、俺って、どうして今回の宴を企画したんだっけ?)
そう。最初は暑さを何とかするためのものだったはず。一体どこからこんな流れになってしまったんだ?
一刀自身、気付いていなかった。すでに一刀は心頭を滅却していた事に。
【心頭滅却すれば火もまた涼し】
本来の意味は無念無想の境地に至れば、火も熱くは感じなくなる。どんな苦難にあっても、それを超越した境地に至れば、苦しいとは感じなくなるものである、と言う意味だ。
一刀は暑さを克服するために今回の計画を練ったが、準備を進めているうちに暑さなどとうに忘れていた。まるで文化祭の準備を楽しんでいる学生のような心境で………
当分、一刀は暑さなどあまり感じなくなるだろう。この宴の余韻が残っている内は……
(あれ?本当にどうしてだっけ?)
こういう事は自分ではなかなか気付けないものだ。いや、気付いてしまったら終わりなのかもしれない。
いずれにしろ、一刀の疑問は永遠に分からないままだろう。
(うわ!気持ち悪!なんでだっけ!?なんでだっけ!?)
終わり
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みんなも結構、あるのではないかという無意識的な話です。意識すれば感じる。無意識なら何も感じない。そんな当たり前と分かっていながら確信できない……。これはそんな話です。