「コールドゲームだ」
雨が降りしきる中、僕らのリーダーはニヤリと口の端
を歪めながら僕らに告げた。その傍らには涙を浮かべ
ながら悔しそうに俯く謙吾の姿、そして横倒れになっ
ているバット。ここには僕たちしかいない、雨の音が
五月蠅いくらいに響く。
「ちくしょぉ……どうしてだよ、なんでだよ恭介!」
叫ぶ声は雨にかき消されることなくリーダーの、恭介
の耳に届いているだろう、僕にだって聞こえているの
だから。
「勝つためにどんな手段も講じ準備を怠らない……そ
の部分で負けていたのかもな」
相変わらずの表情で謙吾に下す言葉は彼をばっさりと
切り捨てる。いっそその笑みが酷薄に見えるほどに恭
介の表情に影が落とされる。
「約束は約束だ、分かっているよな?謙吾」
謙吾はただ悔しそうに呻いて、けれど次にはしっかり
と恭介の顔を見上げていた。
「あぁ、分かっているさ」
恭介が笑みを深くし、そして手を差し出して謙吾を立ち上がらせ眼を見据えながら告げる。
「じゃあ謙吾、お前にはこれをやってもらう」
差し出されたのは白い紙、おそらく中に内容が書かれているのだろうけれど僕からはそれ
が見えない。
「な!?馬鹿な!恭介、これが俺に出来るとでも思っているのか!?」
「あぁ、思っている。だからこそこれなんだ。いや、お前じゃなきゃダメなんだ」
謙吾の驚き具合からしてとんでもない内容なのだろう。けれど謙吾でなければいけないと
いう理由が分からない。
「いや、けどさ恭介。幾らなんでも野球部相手に野球勝負で最後の打者だったから罰ゲー
ムって幾らなんでもひどくない?」
そう、幾ら12-2という大敗だったとはいえあんまりではないかと問いかける。
「何を言っているんだ理樹!全員納得の上で最後の打者は打てなかったら罰ゲームだと言
っただろう?現にこの罰ゲームのおかげか最後の最後で2点は返せたんだ!その流れが止
まってしまったのならその責任者に罰ゲームは当然だろう?」
あまりにもあんまりな、けれど僕らの日常的な出来事に今度は僕が苦笑する。見れば皆も
苦笑したり頷いていたり、こらそこ!眼を輝かせないの。真人は謙吾の隣で
「ねぇ、今どんな気持ちですか謙吾くぅーん。筋肉が足りてないんじゃないか?」
などとふざけていたせいか地面に伸びているけれど。どうでもいいけどこの雨の中だと流
石の真人も風邪くらい引くんじゃないかな。誰も気にしてはいないけど。
「はぁ、ところで謙吾罰ゲームの内容ってなんだったのさ?」
素朴で単純な疑問、僕達は誰もそれを知らされていないのだ。
「た、たいしたことじゃないさ!ここは腕に響くからな、俺は先に戻らせてもらうぞ!」
なにやら慌てて寮へと向かって行ってしまった。その仕草がとてもあやしいのだけど、普
段が冷静……冷静?な分それに反応できたのはニヤケた恭介と含み笑いをしている来ヶ谷
さんだけだった。後日
「「うばうぅ~!」」
マスク・ザ・斎藤に二人目が出来ていた。一人はギプスをはめてなんかいなかったし、竹
刀も持っていなかった。ジャンパーの背中部分に猫の絵なんて書かれていないし、袴なん
て着ていない。そう、今目の前で広がる光景は夢であると信じ「「うば!」」信じたい。
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数多い名セリフの中から、とくに印象深いあのシーンの
あの一声、それを日常に組み込んでみたら……