No.157443

ある日の出来事

ししゃもさん

短編。改稿版

2010-07-13 18:16:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:957   閲覧ユーザー数:946

 

 少し山奥へ行くと、釘を打ち付ける音が聞こえてく

るような時間。

「ああ、だめだっ!」

 読んでいた漫画をてりゃっと放り投げて恭介はベッ

ドから転がり落ちた。

「ど、どうしたのさ恭介」

 いきなりの大声に、理樹は勉強机に向けていた顔を

上げた。

「だめだ、だめなんだ……ッ!」

 うぁああっ、とうめき声を上げ、地べたで寝こける

真人のまぶたに食い込んだ漫画本を「うっ……」さら

に押しこむ。

「夜遅くに部屋にきたり、いきなり大声出したり……、

いったいどうしたのさ、恭介」

「……苦しいんだよ。寝られないんだ」

「寝られない?」

「そうだ。だから理樹の部屋に来て、漫画を読んでた

んだが……」

 やっぱり無理なんだ……。恭介はそう呟き、目を伏せた。長いまつ毛が、彼の頬に影を

落とす。

「無理って、なにが?」

「忘れられないんだよ」

 手にぐっと力がこもる。

「忘れられない……ってなにを?」

 理樹は優しい手つきで真人の目に食い込んでいる漫画本を引き抜きながら訊いた。察し

はできているけど、その答え合わせのために。

「今朝、川原を散歩してる時に見つけちまったんだ。あんなに真っ白で、きらきらしてる

奴なんか、見たことねえ」

「話しかけたの?」

「馬鹿、そんなことできるわけないだろ。見ただけで心臓止まりそうになるんだぞ?」

「でも、手とか繋ぎたいって思うんでしょ?」

「もちろんだ。頭を撫でたり、チューペットを半分こにしたり、公園のベンチで寄り添い

あうのもいいな」

「そこまでビジョンがあるなら、緊張とかしてる場合じゃないよ。恭介は僕から見ても格好

いいんだから、自信持ってよ」

「理樹……」

「そんなうじうじしてるのは、絶対に恭介らしくない。もっとこう、すぐに行動するのが恭

介の持ち味でしょ? だから、頑張ってよ。きっとうまくいくから! 『俺は向日葵だ。だ

から、例え君がどんな状態でも、俺の気持ちは君のほうを向き続ける。何故なら君は、俺に

とっての太陽なんだから……』くらいの事は言ってよね!」

 言い切った理樹は、己の吐き出した言葉の恥ずかしさに身悶え。しかし恭介は顔をニヤつ

かせることもなく、むしろ精悍な表情で、

「そうか……、そうだな。理樹の言うとおりだ。俺は、やるよ」

 漫画本を持ち、立ち上がった。

「じゃあ、理樹、ありがとう」

「うん、健闘を祈ってるよ。じゃあね、恭介。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 理樹の肩にぽんと手を置き、部屋を出て行く恭介の顔つきは、もう戦場に赴く兵士のそれ

だった。そしてそれは、朝になっても変わることがないだろう。

 何故なら今の彼には、絶対的な自信があったからだ。惚れた異性と、一緒になれる。信頼

する後輩の言葉で、恭介はそう確信してた。

~~~

「おまわりさん、あっちです! ほら、小さな女の子を連れ去ろうとしている怪しい男の人

が!」

 

 恋は障害があればあるほど燃え上がる――恭介のそのつぶやきは、すぐ頭上で鳴り始めたサ

イレンの音でかき消され、誰の耳に届くこともなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 
 
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