西暦1945年8月24日。
淵田少佐率いる第一航空艦隊第1次攻撃隊が米機動部隊任務群へと向かいつつある時,高橋伊望中将率いる第三艦隊はフィリピン・ルソン島よりの方位40度,120浬を進撃していた。
第三艦隊は旗艦戦艦「倭武」を中心とした艦隊で,陸軍の比島攻略部隊である第14軍及び第16軍を支援している。
第三艦隊に天照型戦艦4番艦「倭武」が編入されているのは,陸軍の上陸部隊を支援する目的の他に,米アジア艦隊を撃滅する任務も帯びているからだ。
―――出撃の直前,第三艦隊の司令部幕僚,各戦隊司令及び陸軍参謀本部からの派遣参謀が一同に介し,作戦会議が開かれた。
まず口を開いたのは第三艦隊参謀長の中村俊久少将だった。中村少将は比島を中心とした中南部太平洋の海図の前に立ち,指示棒を比島へと伸ばす。
「既に皆も知っていると思うが,今回の我々の任務は,陸軍比島攻略部隊の上陸支援と,米アジア艦隊の撃滅である。出発時刻は第三艦隊は明け○六○○,輸送船団は一六○○,比島到着は8月26日○七○○である。我が艦隊の編成は「倭武」を旗艦として,高速戦艦「比叡」と「霧島」で第二一戦隊を組み,これに1個水雷戦隊がつく」
中村少将は海図上に指示棒を伸ばし,予定進路の説明をする。
手を挙げたのは「比叡」艦長,西田正雄大佐だった。
「まず確認したい。我が艦隊の主任務は陸軍の陸上支援か,それとも敵艦隊の撃滅だろうか」
その言葉に陸軍の参謀達も表情を険しくする。それを確認したのか,中村少将は視線を彼らに向けながら答える。
「無論,陸軍の支援が一番に優先される」
その言葉に,陸軍参謀達の顔に安堵の色がうかぶ。
「ただ―――米アジア艦隊との戦闘も考慮にいれなければならない。今回,我が第三艦隊に第二一戦隊が編入された理由もそこにある。我が軍が比島へ接近すれば,当然それを阻止する為に敵艦隊が邀撃に来る事は十分に予測されるからだ」
その言葉に場が緊張に包まれる。
「なるほど。船団上陸の前に敵艦隊を排除しねければならない,という事ですね」
「その通りである。我が艦隊は,万難を排してこれにあたらなければならない。何故ならば,比島の米軍は南方航路上に存在する敵の牙城であり,これを撃滅しなければ,南方資源の輸送が脅かされる。ひいては帝国の戦争遂行に多大な影響を与えるからである」
西田大佐は,その答えに満足したかのように頷いてみせた。
「もう一つ疑問がありますが,よろしいでしょうか」
そう言ったのは,「倭武」艦長猪口敏平少将だ。猪口少将は,中村少将が頷くのを待ってから口を開いた。
「我が「倭武」が編入された理由を知りたい。第一航空艦隊と第一艦隊,第二艦隊が米太平洋艦隊と雌雄を決しようとしているのであれば,新鋭の天照型は一隻でも欠けるのは避けるべきだと思いますが」
「その問いについては,聯合艦隊司令部の命令である,と答えるしかないが―――」
中村少将は,いささか面倒だ,という表情で答えた。
「その質問に関しては,私の方から説明します」
そう言ったのは,情報参謀御厨源吾少佐だった。
「軍令部第三部第五課が掴んだ情報ですが,米アジア艦隊に戦艦が増派された形跡があります。開戦以前からの潜水戦隊の監視情報と,航空偵察の結果分かった事です。恐らく米国は我が国との開戦をにらんで,真珠湾から戦艦を回航したものと思われます」
「アジア艦隊に戦艦が増派されたという話は聞いたことがあるが・・・」
「具体的には四隻が増派されています。艦型の照会から,サウスダコタ級である事も分かっています」
その場がざわめいた。
「サウスダコタ級といえば,我が帝国海軍の長門型に匹敵する戦艦ではないか。それを四隻も配備したのか・・・なるほど,金剛型二隻で相手取るのは苦しいな」
「霧島」艦長岩淵三次大佐は呻いた。
サウスダコタ級戦艦は1942年からアメリカ合衆国海軍が順次就役させた新鋭戦艦だ。同型艦に「インディアナ」「マサチューセッツ」「アラバマ」があり,40.6センチ(16インチ)砲3連装3基9門の火力を有している。対する金剛型は35.6センチ砲連装4基8門と,砲口径・砲門数ともに劣っている。
装甲防御も問題だ。戦艦の装甲は自艦の主砲で決戦距離から撃たれても耐えられる事が要求されが,金剛型は防御よりも速力を優先した為に,35.6センチ砲弾に対してさえも装甲防御に不安が残るものとなっている。ましてや相手は格上の16インチ砲である。これと正面から渡り合うのは無謀といえた。
「了解した。相手が新鋭戦艦となれば,相手にとって不足はない。存分に戦わせていただく」
猪口少将は温厚な顔に好戦的な笑みを浮かべるや,ゆっくりと席に着いた。
「その他に質問は?」
中村少将は,その場に居る者たちへと視線を向ける。
「・・・・ないようだな。それでは,司令官」
「うむ」
そう言うと,司令官席に座っていた高橋中将は立ち上がった。
その場に居合わせた者達が威儀を正す中,高橋中将は口を開く。
「皆,大儀であることと思う。しかし,事ここに至り,我が帝国と米国は開戦となった。かくなるは陸海一丸となってこれにあたり,米国を討ち果たさねばならん。これは帝国の命運を決する戦いであるとの自覚のもと,日頃の訓練を十全に発揮し,必ずやこの戦いに勝利をもたらすよう,各員の奮戦を期待する」
その人物と出会ったのは,呉海軍工廠の第一ドックであった。
第111号艦が正式に「倭武」と命名され,天照型戦艦4番艦として進水した後に,艤装委員長として就任してからである。
「おはようございます,猪口大佐。私はこの111号艦を担当しています,沢田五郎と申します」
いつの間に背後に立ったのか―――痩躯の男がそう猪口に声をかけてきた。
眼鏡をかけたその相貌は,常に笑みを浮かべており,誰が見ても人畜無害な人間のようだ。身長は猪口の頭一つ分高く,痩せた体躯と相まって,ひょろりとした印象を受ける。
「ようこそ,「倭武」へ。さっそくですが,現在の進捗状況ですが―――」
「うん。それは書類で見たよ。それにしても大きな艦だね」
猪口は第1ドックに横たわる巨躯へ向かって手を伸ばした。
「はい,それはもう。なにせ,天照型は世界最大でありますから。全長332.7m,全幅41.8m,基準排水量は78500tあります」
沢田は我がことのように嬉しそうに喋りだす。
「主機は高温・高圧に対応した改良型のロ号艦本式缶に,同じく改良型の艦本式タービンを搭載した結果,212000馬力を発揮し,速力は最大32ノットの予定です」
「32ノットかね?高速戦艦並じゃないか」
「ええ。次世代の戦艦には空母との連携も主眼におかれていますので。そこで速力が重視されています」
ふむ。と猪口は頷き,もう一度その巨躯へと視線を向ける。
そこには建造途中の艦橋と,5つの円形をした開口部が見て取れた。艦橋を挟んで前部に3つ,後部に2つある。
「砲は5基,だな。やはり単装砲なのかね?」
いかにも不服そうな猪口の口調であったが,沢田造船大佐は,それに気づいた様子はなく,相変わらずの笑みのまま,説明を続ける。
「はい。九八式五〇糎電磁投射砲を五門搭載します」
「電磁投射砲?」
聞き慣れない言葉に,猪口は眉をひそめる。
「艦政本部第一部―――大砲を造ってる部署ですが,そこと帝大の学者さんが組んで開発した大砲で,砲弾を火薬によって飛ばすのではなく,電気を使って飛ばすそうです」
「電気を使う?」
「ええ。私も詳しい事は分からないんですが,基本は二本のレールと砲弾によって構成されます。レールに電気を流す事により,電磁気力が発生して,砲弾を加速させるそうです。この方法だと,旋状が切れないので,砲弾を安定して飛ばす為に,弾に羽が付いてるんですね。弓矢の矢と同じ原理だそうです。九八式徹甲弾,又の名を装弾筒付翼安定徹甲弾と呼ぶそうです」
「それは聞いたことがあるな。弾芯を筒に包んで撃ち出すのだったな。高初速が出せる,次世代の砲弾だと聞いたことがある」
猪口は記憶を探るように言う。
猪口は海兵46期卒業後,海軍砲術学校の高等科,専攻科で砲術を学んだ後,軍艦「鬼怒」砲術長,砲術学校教官,戦艦「扶桑」砲術長等を歴任し,砲術の腕を磨き上げてきた生粋の鉄砲屋だ。海外でも,キャノン・イノクチと呼ばれる程の砲術の権威でもある。当然,最新の砲術理論にも精通していた。
「なるほど,この「倭武」に搭載されるのが電磁投射砲だったのか。砲弾の初速は確か,秒速5000mだったと記憶している」
「そうです。これと零式方位射撃盤装置と組み合わせると・・・・」
「命中率は実に80%以上になる。恐るべき砲だな」
「はい。実はこの「倭武」に搭載される射撃盤は,1,2番艦で得られた不具合を解消した改良型が搭載される予定です。この一式方位射撃盤は,更に計算速度が増した新式の電子計算機と組み合わせる事により,命中率は90%になります」
「つまり,この天照型戦艦は,良好な命中率と大威力の砲を搭載している,という事だな。高い命中率でもって数の不利を補うのか」
「はい。五門というのは,この艦に搭載できる発電機の容量の問題もありまして,一度に斉射できる発電容量が5基なんですよ。まぁそれでも,この「倭武」に搭載している発電機だけで帝都の全電力を賄う事ができるんですが」
「ほう。それは凄いな」
それがどれ程の規模であるのか,正直猪口には分かりかねたが,規模の大きさだけは理解出来た気がした。大日本帝国海軍はとてつもない物を造ろうとしている。そしてそれは,自分が指揮することになるのだ。身震いは興奮から来るものか,或いは恐怖からだろうか。
「艤装中の艦橋についても,いずれご案内できると思います。その時はまた声をかけさせて頂きます」
この男の笑みはどこからくるものか―――猪口は薄ら寒い気分になった。
「艦長,会敵予想地点に到達しました」
猪口は航海長の言葉で我にかえった。どうやら,昔日の事に思いをはせていたらしい。猪口は一つ咳払いをすると,「合戦準備」を命じた。
「『晴空』とのデータリンク確立します………確立しました。主モニターに状況を表示します」
情報管制官の言葉と同時に,戦闘指揮所上部にある表示モニターに周囲100浬の状況が表示される。
「本艦よりの方位20度,距離30浬に敵艦隊と思わしきものを確認」
「確認,急げ」
猪口が短く告げるや,管制官は手元の電鍵を手早く操作する。
やがて,「敵味方識別信号に反応なし。敵艦隊と判断します。単縦陣にて接近中。並びは駆逐艦8,巡洋艦3,戦艦4。速力20ノット」との報告があげられた。
「ふむ」猪口は顎へ手をやり考える。米アジア艦隊は出せる兵力を全力で出してきたということだ。こちら側の戦力は,陸軍の船舶護衛に艦艇を割り当てている為,駆逐艦4隻,巡洋艦1隻,戦艦3隻という陣容だ。雷撃力,砲戦力ともに劣勢である感は否めない。
だが,それが必ずしも不利であるとは限らなかった。
「あれを使うか」猪口は呟くと,傍らの砲術長へ話しかける。
「砲術長,艦対艦噴進弾を使うぞ。これで敵の駆逐艦,巡洋艦を叩く」
「艦対艦噴進弾ですか」
砲術長の問いに,猪口は頷く。彼は沢田造船大佐との会話を思い出す。
―――天照型戦艦の弱点とは何か?
かの男は,いつもの笑みを浮かべながら,設計図面の前に立つ。
「既にご存知かと思いますが,天照型戦艦の耐弾性能は対18インチ砲を目標としています。これは,アメリカが天照型戦艦に対抗して建造すると思われる新鋭戦艦に,18インチ砲を搭載するだろうとの推測からです。そこで水平防御,垂直防御は勿論,集中防御区画は全て対18インチ砲対策が施されています」
「では,相手が16インチ砲搭載戦艦ならば,致命傷を受ける事はない?」
「攻撃を受ける箇所によりますが。例えば艦尾付近に集中的に攻撃を受けると,或いは舵機室を破壊される,という事態が生じるかもしれません」
「それは,ほぼ全ての戦艦が抱えるアキレス腱だな」
「はい。集中防御方式を採れば,どうしても装甲の薄い場所は生じてしまいます。ですから,装甲防御の薄い所は打撃を受けたとしても戦闘・航行に支障のない場所である,と割り切る訳です。では,それ以外に天照型の弱点をあげるとすれば―――」
沢田造船大佐は,指を図面の上に走らせ,艦尾付近で止める。
「ここでしょうか。この後部甲板に埋め込み式に設置されている,各種噴進弾の垂直発射装置です」
「噴進弾か。確かにあれは可燃物だな」
「はい。天照型戦艦には,この垂直発射装置が縦8列,横8列の64筒が搭載されています。これらにも勿論装甲が施されていますが,完全とはいえません。何故なら,稼働箇所が多く,どうしても脆弱な部分があるのです」
「そこに一激を食らうと,致命傷となるのかね?」
「最大限の安全措置はとられています。注水装置も設けています。また,噴進弾も電子信管を採用し,安全装置を解除しなければ起爆しないように配慮もされていますが,戦艦の主砲弾の直撃に耐えられるかどうかは未知数です」
「艦隊戦になるには,ここを空にするのが安心ということかな」
猪口の言葉に,沢田造船大佐は小さく頷いた。それはいつもの笑みをたたえていながら,どこかばつの悪そうな印象を受けた。
「対艦噴進弾の有効射程距離は?」
猪口の問いに,砲術長は即座に答えをかえす。
「50kmです」
「状況表示板の範囲内だな。誘導は可能ということか」
「はい。昨日までに第一一航空艦隊が敵飛行場を制圧,制空権の確保に成功しております。これにより,管制機『晴空』の運用にも問題は生じていません。今のこの状況は,まさしく我が軍にとって最良でしょう」
傍らの参謀長が耳打ちすると,猪口は満足げに頷いた。
「艦長,どのように戦いますか?」
しばし沈思し,猪口は口を開く。
「敵駆逐艦及び巡洋艦に対しては,本艦の対艦噴進弾にて撃滅をはかる。距離は最大射程,500(50000メートル)にて攻撃開始。噴進弾は全て使いきる。その後面舵をとりつつ,丁字を描きながら敵艦隊の頭を押さえる。砲撃開始距離は300(30000メートル)とする。我が艦隊は敵戦艦に対し優速であるので,これを最大限活用し,常に有利な位置での攻撃を行う」
中央戦闘室にいる全員がそれに応えると,各々の任務を遂行していく。
「速度,第3戦速」
「対艦噴進弾用射撃盤に諸元を入力………完了。最終安全装置を解鍵。発射準備完了」
「本艦進路,真方位190度。速度24ノットを維持」
「敵との距離520……510……500」
猪口は声を張る。
「対艦噴進弾1番から8番,撃ち方始め!」
「対艦噴進弾1番から8番,撃ち方始め」
砲術長は命令を復唱すると,手元の電鍵を操作した。
後甲板に設置された垂直発射装置の蓋が上部へ開き,噴進弾のロケットモーターが燃焼を開始する。
もうもうたる噴煙と,独特の燃焼音を発しながら,対艦噴進弾がゆっくりと上昇を開始する。
「誘導を開始します」
砲術下士官の声と同時に,垂直に飛び上がった対艦噴進弾が進路を190度にとり,徐々に下降を開始した。やがて海面高度5m付近で降下をやめると,真一文字に敵艦隊へと突進を開始した。
「命中まで160秒」
平面電子表示板に,カウントダウンが表示され,電探表示板に輝点が描かれる。
同時に誘導可能な対艦噴進弾8発の内,1発は発射後,5秒で故障によるものか海面に突入,表示板から消えたが,残りの7発は順調に飛行を継続していた。
米アジア艦隊司令長官トーマス=C=ハート大将は,その時まで勝利を確信していた。
アジア艦隊には新鋭のサウスダコタ級戦艦が4隻も配備されている。対して日本海軍の陣容は,旧式の高速戦艦が2隻のみだという。別の情報では新鋭戦艦が1隻配備されたと聞いたが,それでも1隻であり,火力で圧倒できると思っていた。
旗艦戦艦「サウスダコタ」にてハート大将は海図と時計を交互に見やりながら,会敵予測時間に達すると,巡洋艦・駆逐艦部隊へと突撃を命じようとしていた。
「未確認飛行物体接近中!」
との報告を受けたのは,今まさに突撃を命じようとしていた時だった。
「未確認物体とはなんだ」
ハート大将の問い掛けに,艦長アルバート=ショーン大佐はレーダーーマンへ確認を急がせた。
「小型の航空機と思われます。スピードは……は,早い。時速670マイルを超えています」
「670マイルだと?」
ハート大将は首を傾げた。そのような高速で飛べる航空機に思い当たるふしがないからだ。
「日本軍の新兵器でしょうか」
焦慮の色を浮かべる艦長に,ハート大将は
「対空戦闘用意!」
と叫ぶように命令したが,それは遅きに失した。
最初の1弾が命中したのは,それから20秒後だった。先頭を進む駆逐艦「ハムナー」の中央舷側部に火球が発生したと思った瞬間,耳をつんざく轟音が辺りに響きわたった。続いて駆逐艦「イングラハム」にも日本軍のロケット弾と思わしき物が突入し,大爆発を起こした。そのロケット弾は次々に飛来し,駆逐艦「クーパー」,「ヘインズワース」,「ハンク」に命中した。何発かは外れたようが,駆逐艦隊は一度に5隻もの艦を失ったのだ。
「今のは何だ?」
ハート大将は顔面を蒼白にしながら,舷窓からその光景を呆然と眺めていた。8隻もの駆逐艦を従えていた艦隊は,今狼狽の最中にあった。ショーン大佐の「被害状況確認,急げ」の命令も,どこか遠くで聞こえる幻聴のようだった。
そんな彼を現実に引き戻したのは,またしてもレーダーマンの「飛行物体接近中」の報告だった。
「数は8!艦隊上空到達まで,およそ120秒」
「対空戦闘開始!」の号令と共に,目標を捕らえるよう,各艦は両用砲を俯仰させる。
この時期米国は,砲弾にこれまでの時限信管に変わり,VT信管とよばれる近接信管を装備していた。これは砲弾そのものがレーダー波を発し,目標への接近を感知すると自動的に爆発する仕組みだ。
これまでの時限信管に比べると,その命中率は飛躍的に向上した。
しかし,その新兵器をもってしても,日本軍のロケット弾を阻止するのは無理だった。先の攻撃で5隻もの駆逐艦を失った為に,効果的な段幕を張れなかった事,相対速度が速すぎる為に砲弾が炸裂しても,ロケット弾がその加害半径から離脱していたこと。
それでも,3発のロケット弾を撃墜できた。
残りの5発は,駆逐艦「ボリー」に2発が命中,瞬時に「ボリー」は海面下へと消えてゆき,3発が軽巡洋艦「ブルックリン」に命中した。ロケット弾は右舷側艦首,同艦橋付近,同煙突付近に命中し,目も眩むような爆発光が閃いたと同時に,巨大な爆炎がわき上がった。金属的な叫喚と共に引きちぎられた鋼板が周囲に飛び散り,海面に飛沫を上げる。
「ボリー,轟沈!ブルックリン大破!」
見張員からの報告に,ハート大将はブルックリンへと視線を向ける。
右舷側から濛々とした煙を吐き出し,その艦体は僅かに右舷へと傾いている。被弾箇所から海水が浸水しているのかもしれない。既に「総員退艦」の命令が出たのか,左舷側に人影が群がり,艦載挺が降ろされつつある。炎に炙られ,我慢出来なくなったのか,舷梯から海面へ飛び降りる者もいるようだ。
「おのれ,ジャップめ!奴らの狙いは駆逐艦や巡洋艦といった軽快艦艇だ。残りの艦を避退させろ!」
ハート大将は呻りながら,命令を出す。
「敵艦隊は何処にいる?レーダーはまだ敵艦を捕らえられんのか?」
とショーン大佐が通信室へと艦内電話をかけている時,「飛行物体接近中!」の報告があがった。
「回避!」
の命令が各艦へと伝達された。
日本軍がどのような手段でロケット弾を命中させているのかは不明だが,高速で回避運動をする艦艇を捕らえられるとは思わない。効果的に展開出来なくなった対空砲火を実施するよりは効果があると,ハート大将は判断したのだ。
だが,その目論見は空しく外れた。日本軍のロケット弾は,どのような仕組みなのか,まるで糸でたぐり寄せられるかのように,残りの重巡洋艦,駆逐艦へと命中したのだ。
「無線誘導でしょうか?」
ショーン大佐の疑問に,ハート大将は応える事が出来なかった。あまりの出来事に茫然自失となってしまったのだ。
「レーダーに感あり!大型艦1,中型艦2!距離は40000メートル!」
「ジャップめ!全艦に通達。最大戦速。距離30000メートルで射撃開始せよ」
ハート大将は怒りに顔を紅潮させながら命令を下した。
4隻のサウスダコタ級戦艦が加速を始め,27ノットのスピードで前進を開始した。基準排水量35500トンの巨体が,怒れる恐竜のごとく敵艦隊へと猛進する。前部6門の16インチ砲が最大仰角をとる様は,大蛇が鎌首を持ち上げるかのようだ。
「艦型確認!大型艦はアマテラス級戦艦。中型艦はコンゴウ級戦艦」
突撃を開始して1分あまりが経過した時,見張員からの報告が入る。
「あれがアマテラス級か。コンゴウ級が巡洋艦程に見えるな」
ハート大将は双眼鏡で敵艦隊の動きを見ながら呟いた。
「敵艦隊の動きあり!面舵に転舵しつつあるもよう!」
更に2分が経過した時,見張員から報告が入る。
「敵艦隊はこちらに大して丁字を描くつもりです」
ショーン大佐の言葉にハート大将は頷くと,
「敵艦との距離は?」と問うた。
「34700メートルです」
航海長の返答に,ハート大将は顎をなでた。
「34700か・・・まだ遠いな」
砲の最大射程距離に入ってはいるが,遠距離であり,必中を期するには,もう少し距離を詰める必要があった。それに敵に頭を押さえられている現状では,前部6門の砲しか使えない。
「取り舵一杯!敵に頭を押さえられるな。同航戦にて戦う」
ハート大将の言葉に,
「取り舵一杯!敵艦と同航せよ!」
「取り舵一杯」
艦長ショーン大佐と航海長が命令を復唱する。
「サウスダコタ」がしばし直進を続けた後,艦首が左へと振られてゆく。正面に見えていた敵艦が徐々に右へと流れてゆく。だが,以前として敵艦隊は正面付近に見える。
「敵の方が優速だな・・・簡単には同航させてくれんか」
ハート大将は双眼鏡で敵艦隊を見ながら呟いた。
「敵艦隊との距離,31000メートル!」
との報告があがってくる。
「仕方があるまい。前部砲塔しか使えぬが,4艦合計で24門ある。敵のアマテラス級は5門,コンゴウ級は14インチ砲16門だ。火力では負けぬ」
「司令,それでは?」
ショーン大佐の問い掛けに,ハート大将は頷いた。
「距離30000メートルになり次第,前部砲塔によって砲撃せよ」
「了解。距離30000メートルで砲撃を開始します」
「サウスダコタ」の砲塔が微妙に動き,敵艦を捕らえようとしている。やがて,
「距離30000メートル」
との報告があげられると,艦長ショーン大佐は
「射撃開始!」を命令しようとした。
「なんだ?」
直前にハート大将はそう言うと,目をしばたかせた。アマテラス級戦艦の姿が一瞬揺らいだように見えたからだ。
―――気のせいか
降ろした双眼鏡を再び構えようとした時,出し抜けにそれが起こった。
第1,第2砲塔が粉砕され,空中高く放り上げられたのだ。
粉々に砕かれた正面防循,引き裂かれ,ねじ曲げられた鋼板,回転をしながら宙を舞う砲身。
「お……」
―――神よ!
ハート大将の祈りは,永遠に唱えられる事はなかった。
「敵1番艦に命中確認」
状況表示盤に表示された光景を見ても,誰も声をあげる事が出来なかった。そこには砲塔を粉砕され,艦橋どころか,その後部に位置していたであろう煙突までもを失った,「戦艦だったもの」が映し出されていた。火災煙もあがっていない。まるで最初から上部構造物は無かったようである。
それが,天照型戦艦の主砲,電磁投射砲の威力であった。
「これが,我が主砲の威力かね」
望遠画像であるために,粒子の粗い映像を見ながら「倭武」艦長猪口少将は呻くように呟いた。
おそらくあの戦艦の砲塔要員や艦橋に詰めていた者達は,自分達に何が起こったのかすら理解出来なかったであろう。音速の15倍で放たれた高速の矢弾は,30000メートルの距離ではおよそ6秒で目標に到達する。発砲に伴う閃光や,火薬の燃焼による煙も発生しない電磁投射砲では,いつ撃たれたのかも分からない。ただ破壊という現象が,その証明であるかの如しだ。
「次弾装填完了」
「砲身温度,射撃に支障なし」
「砲身,消磁中」
「射撃用蓄電器,充電率80%」
まるで非現実的な状況が,次々にあげられる報告により,今が戦闘中である事を否応にも認識させる。
「敵距離290!」
「敵はまだ撃ってこないのか?」
猪口の呟きに,参謀長が応える。
「敵はまだ,状況を把握していないのでしょう。おそらく本艦が撃破したのは旗艦です。いきなり指揮系統を失い,敵は混乱しているはずです」
「好機だな。よし,本艦目標敵2番艦,「比叡」「霧島」目標敵3番艦」
猪口は頷くと,命令を下した。
「「比叡」撃ち方始めました」
「「霧島」撃ち方始めました」
「本艦,射撃可能時間まで,あと10秒」
見張員の報告と主砲操作員の報告が重なる。
状況表示盤に敵2番艦の姿が拡大表示される。照準環がその姿を捕らえ,十字をした焦点表示器が敵艦の中心部――艦橋基部付近で上下左右に微妙に動き,照準を定める。縦軸・横軸・焦点距離を示す3つの数字がカウントダウンを始めている。この3つの数字が全て「0」になれば照準が定まったことになる。
約5秒の後,この数字が全て「0」になった。
「射撃準備完了」
砲術員の言葉と同時に,砲術長は短く「撃っ」と言いながら,発射電鍵を押し込んだ。
長1回,短2回のブザー音が艦内に鳴り響き,主砲発射の合図を送る。
直後に主砲用大容量コンデンサーから大電力が解放され,主砲を構成しているレールの一端に電流が流れ込む。それが砲弾を介してもう一端のレールに流れ込み,電気回路が構成されるやいなや電磁気力が発生,砲弾を加速させる。
加速開始から0.5秒後,砲身から撃ち出された砲弾の内,弾芯を包んでいる筒が4つに花が開くように弾けた。
直径40㎝,長さ1.5mのタングステン製の矢弾が解き放たれ,秒速5000mで敵艦へと飛翔する。
敵艦到達まで約6秒。僅かに弓なりの弾道を描きながら,矢弾が命中する。今度の命中箇所は第2砲塔だった。
文字通り粉砕され,四方へ弾けるように飛び散る鋼材。3本の砲身は,その全てが空中高く舞い上がり,まるで棒きれのように回転し視界の中から消える。
「敵,第二砲塔に命中」
状況表示板に映し出された状況を淡々と報告する操作員。まるで,命中するのが当たり前のような感を受ける。
猪口もどこか冷めた頭で,その事実を受け入れる。
天照型戦艦がその主砲を敵へ向けて放ったのは,今海戦が初めてである。その圧倒的な性能は,歓喜を通り越して,どこか寒気を催すものだった。
やや遅れて,敵3番艦を水柱が包み込む。「比叡」と「霧島」の砲弾が落下したのだ。
「化け物だな,あれは」
戦艦「比叡」艦長西田大佐は,双眼望遠鏡で敵艦隊を見ながら呟いた。
「戦闘開始」命令から1分足らずで,敵戦艦1番艦を無力化,敵2番艦に甚大な被害を与えている。従来の砲戦では,絶対にあり得ない展開であった。
帝国海軍が極秘に作り上げた,決戦兵器ともいうべき電磁投射砲―――それが今,敵に向けて牙をむいた。圧倒的なそれは”凶”を通り越し,”狂”の域に達していると,西田は感じた。
「弾着,今」
時計員の言葉と共に,敵3番艦の周囲に水柱が林立する。8本のそれは,赤と緑の水の壁を構成し,しばし敵艦を隠す。
帝国海軍の主砲弾には,弾着観測を容易にするために,着色染料がしこまれている。「比叡」のそれは赤色,「霧島」は緑色である。加えて現在は,艦隊上空に管制機としての「晴空」が,目視と電探により,観測しているはずだ。
「全弾,近弾」
の報告があげられる。
「直撃も,夾狭もなしか」
西田は呟いた。多少の悔しさを滲ませてはいるものの,その言葉に焦りはない。元来,砲術とはそういうものだ。初弾命中など砲術家の夢想に過ぎない。『天照型が異常』なのだ。
「比叡」の砲身が僅かに仰角をとり,連装砲の左砲が火を噴く。
金剛型2隻,合計8発の35.6㎝砲弾が唸りをあげて敵艦目指して飛んでゆく。
やや遅れて,「敵艦発砲!」の報告があげられる。敵艦は今頃になって,ようやく砲撃を開始したのだ。
「少し,遅かったな,米軍」
西田は敵2番艦へと双眼望遠鏡を向ける。その時だった。敵2番艦の第1砲塔付近に閃光がはしったのだ。そして次の瞬間,膨大な量の黒煙が沸きだし,その煙も続く火柱にかき消された。
「・・・・・!」
西田は思わず息をのんだ。あれは明らかに弾火薬庫に被害が及んでいる。敵艦を砲撃する為の装薬や弾が次々に誘爆し,その猛威が艦体を蝕んでいるのだろう。
やや時間をおいて,おどろおどろしい爆発音が,「比叡」に届いてきた。その音の大きさは,戦闘中の叫喚に包まれている艦橋にも,轟いてくるほどだ。次々とわき出す噴煙はきのこ雲を形作り,その破壊力の大きさを認識させるには十分であった。
「あの艦は長くは保たんな」
西田は,濛々とした煙を吐き出しつつ,既に右舷側に傾きつつある敵艦を見ながら呟いた。
やや遅れて,「倭武」の左舷付近に水柱が立った。その数は4本。
敵艦隊は,天照型を驚異とみて,先に撃破する事を選んだようだ。最も脅威の高いものを最優先で撃破する―――それは,確かに正しい選択に思えたが,
「選択を間違えたな,米軍」
西田は口元を歪めた。
天照型は,帝国海軍最新鋭戦艦であり,当然の事ながら対16インチ砲防御が施されている。最高級の軍規につき,西田も詳しい事は分からないが,噂では18インチ砲弾の直撃にも耐えられるという。
つまり,敵の艦載砲である16インチ砲で天照型戦艦を沈めるのは不可能ではないにしても,困難であるのは明らかだ。帝国海軍の軍事力を削ぐならば―――より弱い金剛型戦艦を沈める方が良かったかもしれない。
帝国海軍籍にある戦艦は天照型4隻,長門型2隻,扶桑型2隻,伊勢型2隻,金剛型4隻の計14隻である。この内で米新鋭戦艦と互角以上に戦えるのは天照型,長門型であろう。それでも帝国海軍の力を削ぐのであれば金剛型である「比叡」「霧島」を沈めておくのは意味がある。
戦艦という艦種は,建造に3~4年かかるのだ。1隻沈んだからといって,すぐに補充が出来るものではない。戦艦数では劣る帝国海軍としては,例え旧式艦といえど失うのは痛手なのだ。
「比叡」はこの日3度目の斉発を行った。
各砲塔の右砲が火を噴き,重量800㎏の徹甲弾をたたき出す。
それと時を同じくして,敵4番艦の艦上に閃光が煌めく。明らかに発砲のそれとは違う光は,次の瞬間,破壊の具現となった。
「『倭武』の砲撃だな・・・あれは,艦橋に命中したようだ」
西田は双眼望遠鏡を敵4番艦へと向けつつ呟いた。
敵4番艦の艦橋は中央部分から上が,無くなっていた。
「あれでは,電探射撃はおろか光学照準射撃も困難だろう。後部の予備射撃指揮所へ切り替えたとしても,十分な射撃精度を出すのは難しいな。これで,あの戦艦は脅威ではなくなった訳だが・・・・恐ろしいのは『倭武』の射撃だな。1撃で相手を戦闘不能へ陥れるとは,従来の砲戦では考えられぬことだ」
ややあって,敵3番艦の周囲に水柱が立つ。
「弾着,遠2,近2」
「次から斉射」
観測員からの報告と,砲術長の報告がほぼ同時にあげられる。
「よし,いいぞ」
西田は笑みを浮かべた。「比叡」は3射目で夾狭を得たのだ。砲の最大射程付近という悪条件ながら,僅か3射目で夾狭を得ることができたのだ。砲術科員の日頃の鍛錬の成果が現れたといっていい。
「さて,どうする,米軍?」
西田は敵3番艦を睨め付けながら,呟いた。
敵1,2,4番艦は既に無力化している。残る1隻で,こちらの3隻を相手取る不利は敵も承知しているだろう。加えて,天照型戦艦の脅威も身に染みたはずだ。このまま戦闘を続行するか,あるいは後退するか―――敵3番艦の艦長は難しい選択を迫られているはずだった。
「目標,敵3番艦」
猪口少将は短く命令を伝えた。
敵4番艦は艦橋を失い,既に戦闘力を喪失したと判断したのだ。
「『比叡』と『霧島』の獲物を奪うようだが・・・これも戦争だ。堪えてもらおう」
猪口がそう呟く間にも,射撃準備は進んでゆく。
「射撃用データの入力,完了」
「照準を開始」
「倭武」の主砲塔が僅かに旋回し,敵4番艦へ指向する。
「敵3番艦に命中確認。『比叡』のものと思われます」
状況観測員の言葉に,猪口は小さく頷いた。
「敵も追いつめられましたな」
参謀長が言うのと,
「敵3番艦,面舵!」
と見張員の言葉が重なった。
「艦長・・・!」
参謀長が小さく叫び声をあげる。猪口は,分かっている,と小さく頷いた。
「残念だが逃がすわけにはいかぬ。戦艦1隻の破壊力は,上陸船団にとっては脅威だからな。砲術長!」
「いつでも,いけます」
砲術長は冷静だった。方位射撃盤は,刻々と変化する敵艦の姿を,その標的に捕らえている。あとは,射撃用電鍵を押すだけ―――砲術長の目は,そう語っている。
ここで敵戦艦を逃すわけにはいかない。猪口が言ったように,もしも敵戦艦が上陸船団を襲おうものなら,無防備に等しい船団は,甚大な被害を被ってしまうだろう。上陸中に陸と海の両方から攻撃を受ければ,将兵の犠牲は鰻登りに上昇する。場合によっては,作戦そのものが中止に追い込まれるかもしれない。
それだけは防がなければならない。その為の二一戦隊なのだから。
「よし,撃ち方始め!」
猪口の,短いが切れのある命令に,
「撃ち方始め」
砲術長は命令を復唱すると同時に,射撃用電鍵を静かに押し込んだ。
およそ5秒後,敵3番艦の艦上に,直撃弾による閃光が閃いた。
第1砲塔と第2砲塔が弾けたように飛び散り,周囲の海面に飛沫をあげる。
その様子を状況表示盤で確認した猪口は,満足そうに頷くと,
「あとは水雷戦隊に任せよう。電磁投射砲はたしかに優れた砲だが,喫水線下に損害を与えるのは難しい。艦を沈めるには、やはり魚雷の力を借りるのが一番効率がよい。幸い敵戦艦は、戦闘力を失っている。水雷戦隊を突入させても、脅威にはならないだろう」
と言って、艦長席に身を沈めた。
いかに天照型戦艦が優秀で、一方的に戦闘を繰り広げられたとはいえ、戦闘は戦闘である。一切の緊張なく戦いに臨めるというわけではない。実際に10分足らずの戦闘だったとはいえ、それは1時間にも2時間にも感じられる長い時間だった。
「水雷戦隊、突入していきます」
状況表示盤に、突撃していく軽巡洋艦、駆逐艦の姿が映し出される。
それから30分後、米新鋭戦艦は1隻残らず水底へと消えていった。
上陸船団が比島へ到着し、激戦の上、上陸に成功するのは、それから2日後。比島陥落には1ヶ月の時間が必要だった。
(つづく)
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大日本帝国海軍第三艦隊と米アジア艦隊が交戦。
海戦の結果は・・・・