No.1087650

唐柿に付いた虫 52

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。
我ながらクドいなと思う部分ですが、有る意味ここが一番書きたかったのです。

2022-03-24 20:44:53 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:447   閲覧ユーザー数:437

 自分が口にしている愚かな繰り言が、彼の決意を鈍らせ、困惑させるだけの言葉だと。

 この差し迫った状況下で、口にするべき言葉では無いと。

 私は良く知っているはずなのに。

「……やっぱり、だめ」

 私のこの小さな心は、衝動的に掴んでしまった、彼の着物の裾を、どうしても離せなかった。

「気持ちは嬉しいんだけど……な」

 彼が小さい子にするように、私に視線を合わせようと、しゃがんで私の顔をじっと見る。

「俺が正しいと思えたのは、この選択だけだったんだ」

 受け入れちゃ、貰えないか?

 男には何となく判った、目の前の真祖も、この白まんじゅうも、偽らざる彼女の心なのだ。

 彼の魂と決意を見て、その式姫となる事を選んだ心と、彼の呑み友達の心。

「そうだね、わたしもね、正しいとは思う」

 闇の王たる真祖の心と、そして彼は、この状況下で選びうる正しい判断を下している。

 でもね、それが……その正しさが、私は。

「……だから、いやなの」

 その残酷な正しさを知った上で、白まんじゅうの想いは、この人を、世界や戦いの正しさの前に、従わせたくなかった。

 どの道死ぬなら、より正しい方を……そんな選択をさせたくなかった。

「そうか」

 白まんじゅうの言葉も……その小さな心から発せられた言葉もまた、正しい。

 俺がしたのはただ、戦の刹那の中で最善と信じた道を選択しただけ。

「どうしたら、良いと思う?」

 猶予は無い。

 だけど、この恐らく最後になるだろう、彼女との対話を経ねば、彼女は多分俺の命の全ては受け止められず……敗北するだろう。

 これは必要な事。

 だが、俺は……そして君は、どうすれば良い、どう決断すれば納得できる。

「……ごめんね、貴方は正しい選択をしたのにね」

 それを揺るがすような事をして、本当にごめんね。

 でも、だからこそ。

 白まんじゅうは、握っていた男の裾を離して顔を上げた。

「貴方の心の中にいる、大事な人たちと、もう一度だけ話してほしいの」

「俺の中の?」

「そう……式姫達や、貴方が大事に思う人から貰った心の欠片たちと」

 共に戦い。

 互いを一個の存在として認め合い。

 式姫と主としての絆を結んだ。

 そして、あの庭で一緒の時間を過ごし、互いの生の軌跡を交わした、あの存在たちと。

「……それは、したつもりだ」

 死にも通じるこの決断が皆を裏切る事にならないか……それを問いながら皆を思い出し、その上で俺は決断を。

 その俺の顔を見ながら、白まんじゅうはふるふると小さな頭を振った。

「今、私としているように、話をした?」

 ともに戦う、戦士としての彼女達では無い……日々を過ごし、穏やかな時を共有した、大事な友人としての彼女達と。

 今なら判る。

 私の小さな心は、その為に、貴方をひき止めたのだと。

「それは……」

 皆の顔を思えば、過ごした時間を振り返ってしまった時……俺の決意はどうなるんだ。

 それでも揺るがぬ程に……強いのか?

 悩む俺を暫して見ていた白まんじゅうが、その短い足でぽてぽてと歩き出し、先に立つ真祖と並び、彼女と同じように俺に向けて手を伸ばした。

「その結果を、私は受け入れる」

 俺は……どちらの手を取る?

 どちらの正しさを良しとするのだ。

「みっちゃんには御しきれなかったか」

 こういう神器の扱いは不慣れだし仕方ないかな。

 とはいえ、困ったわねぇ。

 時無き虚空に、時の道を細く刻み付けながら飛ぶ円盤を見ながら、彼女は憂わし気に小さく呟いた。

 あれの片割れは、今、吸血姫の女王の力によって時の門を開きかけた所で、何かが起きてそれを中断させられてしまっている。

 それは、力の場としては、かなり不安定な状態。

 その状態を安定させる為にか、それは常よりも強い力で対になる円盤を引いた、それが建御雷の予想を超えた力になって、彼女の一瞬の隙があったにせよ、その制御を振り切ってしまった。

「私があの円盤に下手な干渉すると、完全に異界の神様を敵にまわしちゃうしねぇ」

 それは流石に避けたい……。

「困ったわねぇ」

 最前と同じことを呟きながら、彼女は額に落ちかかる銀髪を軽く払った。

 あの時の神器たる円盤が刻んでいく、細い時の道が、時なき虚無に呑まれるように、徐々に細くなる。

「みっちゃんと、あのお兄さんは、気が付いてくれるかしら……」

 今ならまだ、望みはあると。

 もし気が付けねば……本当にお終い。

 戦士としてではない、式姫達と……か。

 普通過ぎて困るんです、と本当に困った顔で相談に来た古刀の式姫。

 美味しい果物が出来たッス、そう言って西瓜丸ごと一個を豪快にその場で割って、顔中種だらけにしながら、俺と一緒に心底楽しそうに食べた元気な式姫。

 その彼女の顔を拭きながら小言を言ってた、優しく大いなる山神の式姫。

 俺のへぼ碁に付き合いながら、さりげなく歴史や世界の事を語ってくれた、師匠とも言える式姫。

 酒杯と、とりとめのない話をゆるゆると交わしながら、何という事の無い時間を共有しあった呑み友達の式姫達。

 綺麗な声で、都のはやり歌を聞かせてくれた、ちょっと気位が高い式姫。

 出された大量の課題を手伝ってくれと、俺の部屋に書物を抱えて転がり込んできた少女。

 一緒に庭の整備をし、あれこれと置く物を考えたり、手入れの知恵を出し合った。

 畑を耕し、大変な思いをしながら、丹精した末の収穫を皆で楽しんだ。

 折々の景色を愛でつつ、時期の物を野山から収穫し、簡単な祭りと共に、日ごろの労苦を労いあった。

 そして、その全てを始める機会をくれた。

 俺を信じてくれた、軍神建御雷よ。

 最後まで諦めずに歩き続けると、君と約束した。

 ……そうだな、俺が取るべき道は。

 

 男が歩み出す。

 彼は、白まんじゅうに歩み寄り、地に膝を付いて、彼女と視線を合わせ、その手を伸ばした。

 それを、彼女はどこか悲し気な目で見つめていた。

「ありがとうな」

 彼が伸ばした手は、彼女の手を取らなかった。

 代わりに、彼女をその掌に優しく乗せ、大事そうに抱えた。

「俺は、やっぱり君に生きててほしいよ」

 心が静かに定まっているのを感じる。

 式姫は、大いなる神霊の顕現。

 伝承に語られる名刀、山神、神獣、鬼神、神使、天狗、大妖怪達。

 だが、同時に、小さく弱き人に寄り添う事を選んでくれた存在。

 それを、思い出した。

 この真祖も同じ、大いなる存在だが、同時に俺に力を貸してくれると決めてくれた。

「そっか……」

「ああ」

 男は、どこか晴れやかな顔で、彼女の顔を見ていた。

「俺は、今、この生に心から満足してる、失いたくない」

 それが、はっきり判った。

 ゆっくり身を起こし、俺を信じてくれた夜闇の王に顔を向ける。

「だから、俺は最後まで戦う」

 傷ついたその手を、真祖の蒼白な手に伸ばす。

「君に俺の命を預ける」

 大いなる存在に対して、この命を捧げるのではない。

「俺も君たちと一緒に戦わせてくれ」

「……ええ、そうね」

 その命を貰うのではない……魂と共に私が預かり。

「共に戦いましょう」

 貴方の命と魂を預かり、代わりに私の小さな心を、貴方に預ける。

 二度と返せないかもしれないけど……ずっと預かるわ。

「……ありがとう」

 そして、すまない。

 男は、彼女の優しく小さな心を抱えながら、差し出されたその手を取った。

 真祖様の左足が再生した。

 彼女の背後に立つ、式姫の庭の主がした事か。

 両の足で大地を踏み、真祖様がこちらを見た。

 その目から、つ、と光が溢れる。

 見間違い?

 原初の闇よりこの世界に君臨してきた、最強の王のお一人たるあのお方が。

 涙。

 気が遠くなるほどの年月、あのお方に仕えて来た私も……そして恐らく吸血姫すらも見た事が無い。

 その頬をゆっくりと伝い、この虚ろな世界に切り取られた月光を弾き。

「……さよなら」

 私の愛した人たち。

 囁くような、小さな声。

 その、微かに動いた頤から、雫が落ちた。

 あの方の右手が上がる。

 あくまで、私の心臓を狙い、それが真っ直ぐに突き出される。

 あの方の本当に最後の一撃。

 本来なら、貴女様が望まれるなら、我が心臓の如きは、自ら捧げねばならぬ身ではありますが。

 お許しを。

 あの方の右手が、私の肩甲骨の辺りを刺し通す。

 そして私の突き出した細剣は。

「見事」

 あの方の不滅の心臓を、確かに貫いた。


 
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