No.108433

マジコイ一子IFルートその3

うえじさん

やっとこさ最初の決着です。ここいらで本編とは大きくストーリーが分岐しました。ここからもう少し熱い展開になれればいいなぁ……なんてw

2009-11-23 01:22:15 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2429   閲覧ユーザー数:2271

完璧なタイミングで入れられる光速の一撃。ギリギリの、まさに紙一重の勝負に打ち勝ったクリスは自信の持つ最も得意な一撃を打ち込む。

「~~~~~~~~~!!!」

 言葉はない。しかし確かに胸の内では雄々しく叫び声をあげ一子の胸めがけてレイピアをむける。

 刹那の中で向けられる一撃、その間実に30cm。

(入射角完璧。体勢は万全。速度、力量、共に全開。一切の無駄は無し! )

 

 飴のような空気を切り裂く刺突剣、目的地まであと15cm。

(これで……)

 

 この緊迫した一戦はもう間もなく終わりを告げる。その栄光への距離、およそ10cm。

(終わり……)

 

 ついに一子の服へとレイピアは到達する。

 その誇り高き騎士の一撃を

 

 

 彼女は見ることなく振り下した。

 

 

「!!?」

 勝利を確信したクリスの目に一瞬閃光が映った。

 眩い銀色の光を刃に集めつつ重力すら振り切るその一撃に、僅かな時間心を奪われてしまう。

(こ…れは……?)

 レイピアが一子の体に直撃するまで一瞬と必要なかったであろう。それでも絶対的に間に合わないと、彼女の本能は一転して壮絶な警鐘を鳴らした。もう遅いと知りつつも。

しかし頭脳は理解を拒む。時間もなく、そのあまりに予想外な現状にもはや考えることすら許されなかった。

まるでギロチン台にセットされたかの様な絶望。今まさに縄の切れた刃は次の瞬間には首と体を真二つに分けていることだろう。

そんな状況下でクリスの脳裏には様々な記憶が掘り起こされる。父と過ごした甘いひと時、マルさんと修行に取り組んだ苦しくも充実した日々。そしてこの国へ来て新たに得たかけがえのない友人との思い出。

(……そうか)

 それらが駆け巡ったとき、彼女はふと眼を閉じて微笑んだ。

(これが日本でいうところの……)

 騎士としてその結果を受け入れたクリスは全てを悟り、彼女を讃え

(おめでとう一子。この試合、とても楽しかったぞ……)

 天から来る白銀の一撃が背中を穿った。

 すべてにおいて優勢であったクリス。その彼女が敗北した唯一の原因、それは過信でもなく慢心でもなく、ましては焦りからくる隙でなどあるはずもなく。

 それは僅かな情報の差であった。

 まず一子の奥儀『顎』。これを理解したつもりになっていたことが大きい。本来『顎』とは最初の一撃で相手の武器を破壊し、その後間隙無く上から振り下ろす一撃で相手をうち下す技。そこまではクリスも理解していた。いや、それどころか彼女は最初にこの技を食らった際にこの技が未完成であったことを理解し、さらにはこの技が上下左右への2パターン、振り方にも正面逆方面と2パターン、計4パターンが理論上可能であり、振り切ってからの切り返しのタイミングに加速度まで瞬時に計算、予測値まで出すに至っていたのだ。

 実戦で受けたからこその正確な計算、対応処理が可能となった。が、その理知的な感に信頼したことこそが、彼女が一子に脅威を抱いていることを認めてしまっていた。

今一子の放った一撃は猛犬の顎。その口腔内に手を出せば、噛み千切るまで決して離さぬ野獣の毒牙。

真なる『顎』の脅威、それは物理法則すら捻じ曲げるほどの追撃にある。振り上げた刃を一切の減速無しに、むしろさらに加速させ切り返し相手へ叩きこむことこそが秘伝とされてきた川神流の奥儀なのである。

極限間で追い込まれた状況に一子の信念が体を支配し、さながら無心の境地に似た状態になったことにより初めて出すことの出来た奇跡の一振りであった。

ならばクリスに逃げられる道理などなく、最初の振り上げを避けた時点で彼女は獰猛な狩猟犬の双顎に噛み砕かれる運命であったのだ。

 

 

 石の砕ける壮絶な音が会場を支配した。圧倒的衝撃に観客は思わず後ろへのけぞってしまう。さらに広がる砂塵と騒音。それは決着を意味するものであり……

「…………な!」

 少しの静寂の後、砂塵がゆっくりと消えた頃、そこに立っていたのは一子であった。

「…………」

 地に薙刀を刺し、それになんとか寄りかかる形で立っていられる一子。その目の前には意識を失ったクリスティアーネ・フリードリヒがうつ伏せで倒れていた。しかし、敗北したはずのその顔は実に清々しく、清らかなまでに満ち足りた表情であった。

(ふむ、よくがんばったの。一子。じゃが……)

 武神と呼ばれた男は苦い表情を隠しきれなかった。

「…………」

 そう、勝ってそこに仁王立ちしている少女。しかしよく見るとその表情に生気は一切なかった。目は開いているが瞳孔が完全に開き、全身の筋肉は硬直した状態。呼吸ももはや吸っているのか吐いているのかすらわからないほど微弱なものとなり、おそらくそよ風が吹いただけでも倒れてしまいそうなくらいに危うい状態のまま、気絶していた。

(ぐ……ワン子!)

 苦虫を噛み潰す思いで場を眺める百代。ここまで高みに上がったことへの素直なうれしさや、誰よりも強い信念を糧に進んできたそれまでの努力を全て知っているからこそ、その姿を見ていられなかった。

 

「な、ワン子……」

「おい、マジかよ……」

 風間ファミリーにも衝撃が走る。

 壮絶な死闘の果てに得た尊い勝利。その、すぐ手を伸ばせば届くギリギリのところで彼女はつ力尽きた。既に最後の一戦を行うだけの体力がないにも関わらずクリスを最後に倒したこと自体が奇跡ではあったのだが。それでも、あまりに無念すぎる。

 残酷な結末は、会場に蔓延し、ただ審判の掛け声を静かに待っていた。

(一子や、お主はよくやった。本当に、誇らしいほどに頑張った。だが……いや、だからこそ、この現実を受け入れねばならん)

 鉄心は静かに口を開ける。

 それはこの勝負に勝者の出なかったことを示す一言。最後の最後、僅かな意識すら残せなかった一子への残酷な言葉。

 

 そもそもが間違っていたのか。努力で埋められる個所を全て埋めてなお、彼女の目指す場所はあまりにも遠く、どこまで頑張ってもその限界は一子の足かせとなり冷たい地面に落とされる運命であったのか。

 それは変えられない現実。決して諦めなくとも、ひたすらに邁進し続けようとも叶うことのない、儚い夢。

(武道の世界とは厳しくありしかるべきもの。残念じゃが一子、お主は……)

 道は一つではない。それは彼女も理解していることではあろう。しかし、それでも自身の夢が潰えることはショックであろう。

 しかし……

「この勝負、両者……」

 その掛け声よりほんの僅かに速く

 

 ゴウッ!!!

 

「うぬっ!?」

 それは煌めいた。

 

 最後の一言。それを告げる瞬間に鉄心の目の前僅か数ミリの地点に鈍重な光を照らす刃の潰された刃がつきつけられる。

 速さではなく、そのあまりの異常性に思わず低い唸り声を上げる鉄心。その一撃はどんな不意打ちであろうと鉄心に傷をつけることなど出来ない。が、それでもほんの一瞬に動揺を見せてしまうほどに、その事象は常軌を逸していた。

「…………」

 目の前にあるのは一子の薙刀であった。

 静かに佇むその姿には生気は宿っておらず、目はうつろ。風が吹けばそのまま倒れてしまいそうなくらいに弱弱しく立ち続けた一子は、その実しっかりと右手に薙刀を構えている。

「……」

 しかしそれでも裂昂の気迫は彼女の周囲に渦巻き、焦点の合っていない目は審判を凝視し、薄い呼吸も深くなっていた。

 彼女は静かに目で語る。

『私はまだ戦える。なんならお前とでもやってやる』と。

 意識が明滅している状態ですら動けるのは不屈の信念か、それとも体に刻んだ幾千もの修行の表れか。しかしそれでも彼女は武器を振るう。このような状態であっても確かにその薙刀を振るうことが出来るのだ。

 会場全員、解説として見ていた百代ですらその光景に口を開けたまま言葉が出てこない。

 ただあるのは一子と審判二人の持つ張り裂けそうな程鋭利な空気のみ。

「……ふむ」

 そしてついに審判の口から言葉が続けられる。

(なるほど、わしの想像以上の成長じゃな。一子や)

 それはこの勝負に決着が明確についたことを再認するためのものであり……

「この試合……」

 その顔はより厳格に、されど明快な解答が発せられる。

「勝者、川神一子!!!」


 
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