靴底に柔らかな感触。彼は紅色の絨毯の上に立っている。
部屋に立ち込めるつんと鼻をつく香、くゆる拳銃。それを握る手は、ひどく汗ばんでいる。
心の臓がどくどくと脈打ち、耳の辺りで血液がひどくせわしく行き交っているのを感じた。息が荒い。汗ばんでいるのは手ばかりではなくて、額から鼻筋へ、雫が一筋滑り落ちた。
彼は、凝視している。斜め下、足元から数メートルと離れておらぬ場所を。
そこに有るのは少女の体。豪奢な着物に身を包み横たわっている彼女の体は柔らかな絨毯の上に力なく手足を投げ出している。
紅の絨毯に広がる黒髪。――その、艶やかなこと――。
小鳥を買った。
傾城の美と称するにふさわしい姿形と声を持ったカナリアだった。幾年も幾年も、焦がれに焦がれて買った小鳥。
ところが、買った小鳥は家の中では歌わなかった。籠の中では窮屈であるかと、部屋に放せど廊下に放せど歌うどころかぴくりと動く気配も見せない。疲れているかと休ませて、日を置き様子を見ようとも口の微かに動く気配も見せない。
彼はじれた。小鳥に向かって激昂した。されど小鳥は口をつぐみ、目を逸らすばかり。
「私は焦がれていたお前に焦がれていた何が気に入らない何が足りない容姿声知恵金家権お前の求めるものはなんだお前の欲するものはなんだお前は何に歌う喜びか悲しみか幸福か忌み事か祝詞か呪詛かその喉を震わすものは」
彼はやっと息が整うと、早口にまくし立てた。焦点の合わぬ目で少女を見据え、ぶつぶつと呟き続ける。
「ああそれとも私があの男ではないことが気に入らぬのか金でお前を買うたのが気に入らぬのか私であることが気に入らぬのか」
彼は息を止めてしゃべり続けた。
部屋の中は蒸すように暑く、生臭かった。鼻をつくのは硝煙の香とぬめるような感さえ与える錆に似た血の香。
彼は深呼吸をした。胸いっぱいに生臭い空気を吸い込み吐き出さぬ間に呼吸を止めた。
「死とは醜い。なれど等しい。」
彼は喉に銃口を当てた。そして、いともあっさりと引き金を引いた。
乾いた銃声は湿った口内でくぐもりどこか水気を帯びたように響く。
紅の絨毯の上に血液と脳しょうと骨の欠片と肉の塊がぱっと飛び散った。
彼は仰向けに倒れた。もんどうり打って一回転半、右側にごろりと転がると、それきりぴくりとも動かなかった。
部屋の中では、少女と男、二つの死骸が柔らかな紅色の上を転がっている。
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病気系。これを元にしつつ原形をとどめていない長編『寒椿』をサイトで公開しています。