出先から帰ってきた彼女は、真っ先に服を着替える。
黒いキャミソールに、揃いのショートパンツ。着替え終わればベッドに一度転がって、起き上がったら除光液を手に取る。
コットンに含ませたそれでふてくされるような顔をしてマニキュアを拭う彼女を、僕は床に座ってじっと見ていた。
「いつも思うけど」
マニキュアを拭う手が止まる。
「貴方って、物好き。良く飽きないわね。」
彼女にとっては、僕が毎度同じ場所に座り、じっと彼女を見つめるのが不思議なのだろう。
そんなことを言い出したら、君の方こそ毎日同じ行動を繰り返して、十分に物好きだと言えると思うけど。
僕は口には出さなかった。だから、彼女も何も言わずにマニキュア剥がしに専念する。
手の爪を綺麗な薄桃色に戻した彼女は、僕の目の前にずい、と足を突き出した。今日のペディキュアは鮮やかなオレンジ色と透明なラインストーン。
僕は除光液を受け取り、左手で彼女の足を支えながらペディキュアを落とし始める。
コットンに除光液を含ませて、爪に押し付ける。爪に滲みこませるように何度か拭えば、綺麗にペディキュアも落ちた。
僕が十回、同じ動作をしているのを、彼女は飽きもせずに見ている。その顔はやっぱりふてくされているようで、何がそんなに気に食わないのかいつも不思議になる。
けれど、僕は彼女自身にそれを聞いたことが無い。
僕は、人間遠慮ってのはどんな関係の中にでも必要だ、と思っていて、彼女がマニキュアをふてくされた顔で拭う姿は本人に言って聞かせてはいけないものだと位置づけている。
ボンヤリと考え事をしながらも、僕の手はほとんど自動的に彼女の爪を手入れしていた。
爪用の美容液を全部の指に塗ってやり、部屋の隅に置かれたドレッサーからマニキュアの瓶を取り出してくる。
ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせている彼女の前にまた座り込んで、振り子みたいにゆれる彼女の左足を手に取った。
今日のマニキュアは、インディゴブルーだ。
僕はいつものように彼女の爪にマニキュアを塗りつける。
インディゴブルーにシルバーのラメを散りばめたマニキュアは、まるで星空みたいだ。
彼女の爪を星空色に塗りたくって、満足した僕は上機嫌で彼女の足のマッサージを始める。
ああ、今日も足首がよくこってる。今履いてるサンダルのヒール、高すぎて形が合わないんだろ。
足をマッサージしてやりながら爪を見やると、なんだかそれを舐めてみたい衝動に駆られた。
手を止めて、土踏まずを掴んで、顔を落として足の甲に口付ける。
すると、彼女は笑って、僕の額をかかとで小突いた。
勢いあまって床に倒れる僕。
彼女は「ひ弱」と呟くけれど、その声音は呆れたものではなく楽しそうで、僕もつられて笑ってしまった。
僕は笑って天井を仰ぎ見る。
真っ白な壁紙が一面広がる狭い空。
つんと鼻を突くマニキュアの匂い。
このマニキュアで塗りたくることでもできたなら、この狭い空にも星が咲くのだろうに。
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ラメの入ったインディゴブルーのネイルカラーが好きでたまらない時期がありました。