真昼間。
曹操軍の陣中は、いつも以上の騒ぎが起こっていた。
先ほどまで天幕の中で休んでいた者達も、皆外へと出ている。
【春蘭】「………………。」
【琥珀】「………………。」
皆がひとつの場所に視線を注ぎ、その中心にいるのは、この騒ぎの元凶。
春蘭が望んだ、琥珀との再戦だった。
【春蘭】「琥珀!既にお前の太刀筋は一度みているからな!今度は以前のようにはいかんぞ!」
【琥珀】「…………………フ」
【春蘭】「ふん!その余裕すぐになくしてやろう!」
気合十分な春蘭とどこか冷めている琥珀。実に対照的な二人だった。
【季衣】「春蘭様ー!がんばってください~」
ざわめきの中、季衣の檄が飛ぶ。
集まったのは、彼女のほかにも幹部はほぼ全員と、兵達も見物に来る始末。ある種の祭りのようにも思える状況だった。
【華琳】「さて、今度はどうなるかしら」
【秋蘭】「これで二度目。琥珀の敵の意表をついていく攻撃は威力が半減しますね」
【一刀】「さぁ、意表のつき方にもよるんじゃないか?」
【華琳】「あら、一刀は琥珀側なのね」
【一刀】「仮にも師匠だからな」
どちらを応援するかなんて他愛の無いことでも、華琳は楽しそうにしていた。
【春蘭】「北郷!琥珀の次はお前だからな!」
【一刀】「なんで、師匠倒した後に弟子を倒すんだよ……」
【秋蘭】「姉者だからな」
【一刀】「……それは誇るところか?」
【琥珀】「まぁ、一刀」
なんだか流れに乗せられそうになったところで、琥珀が声をかけてきた。
【一刀】「ん、なんだ?」
【琥珀】「とりあえず逝っとけ」
親指をたてて、琥珀は笑っていた。
【一刀】「お前も敵かよ!なんで俺が春蘭とやることが前提なんだよ。琥珀がやるんだろ!?」
【春蘭】「おお、そうだったな」
【秋蘭】「ふむ、たしかに」
【華琳】「そうだったわね」
【季衣】「わすれてたよ~」
【琥珀】「どっちでも」
【一刀】「…………もうやだこの人達」
数名は本当に流されていそうだから洒落にならない。多少は戦えるようにはなっているとはいえ、まだまだ春蘭に勝てるはずも無い。攻撃なんてさせてもらえるかも怪しい。
場は仕切りなおして、再び琥珀と春蘭は向かい合っていた。
【琥珀】「…………。」
【春蘭】「…………。」
【華琳】「では」
無言の二人に代わり、華琳がその静寂を破った。
【華琳】「はじめ!!!」
弾けるような声と同時――。二人の姿がぶれた。
突進と同時に春蘭が剣を抜き、振り抜く。しかし、その斬撃は琥珀に当たることなく空を切る。
同じタイミングで前へと走っていた琥珀は、春蘭の頭上。空中へと回避していた。
【春蘭】「っ――」
一瞬の舌打ち。空ぶった剣を対空の斬撃に切り替える。
身を捻るようにして空中から居合いを放つ琥珀。その小太刀は斬りかえしてきた春蘭の剣に衝突する。
―――刹那、その場の大気が爆発した。
【琥珀】「―――っ」
【春蘭】「くっ」
両者共にひるんで、間合いを離す。それは最初の距離よりも少し離れていた。
瞬間、周囲のざわめきは一気に雄たけびへと変わった。
【薫】「一回でこれだけ沸かすってのもすごいね」
【桂花】「似たもの同士ってことよ。呆れてしまうわ」
【薫】「あはは、嫌いじゃないくせに」
【桂花】「な、何言ってるのよ!私は――」
桂花の声は二度目の歓声でかき消される。
視線を戻せば、春蘭は琥珀の目の前までせまっていた。
【春蘭】「はあっ!!」
その気迫は戦場でのものと変わらなかった。仕合とはいえ、少なくとも彼女は本気だった。
上段から来る春蘭の剣を琥珀は逆手に持った小太刀で受け止める。
そんなものを気にすることなく、春蘭は二回、三回と連続して剣を振るう。
だが、それでも琥珀自身に刃が通ることはない。
【春蘭】「ちっ、相変わらずそのような武……」
【琥珀】「これがコハクの戦い方だ。文句いうな」
【春蘭】「ならばそのようなもの、砕いてやる!」
すると、春蘭は一度間合いをとるように、後ろへと下がった。
そして、剣の先を琥珀へと向け、構える。
【春蘭】「でやぁぁっ!」
【琥珀】「――――っ!?」
今まで余裕のあった琥珀の表情が一変して、身を捻りながら、刃を受け流す。
防御という行動。攻撃という行動。それらを特化させていた琥珀だが、彼女の戦闘の概念に回避というものがなかった。
敵の攻撃をよけることはあるが、それは攻撃する動きの中に偶然回避行動につながったものがあっただけ。
したがって。
【春蘭】「お前は、突きから来る攻撃には対応できないようだな!」
【琥珀】「くっ…!」
一度体勢を崩されてしまうと、先ほどのような守りの戦いはできない。強制的に攻撃の型へと変化させられる。
防御を失った琥珀に対し、春蘭はさらに攻め立てる。
突きから払いへと変化させ、また突きへとつなげる。
【琥珀】「――ぅっ…!」
中途半端な立ち居地からでの防御は出来ない。だが、かといって攻撃に移ることも出来ず、その斬撃を小太刀で受けてはいるものの、衝撃はすべて体へと流れていた。
下からすくい上げるように、琥珀を空中へと打ち上げる。
【春蘭】「これでっ!!―――!!!!」
空中へと浮かび上がった琥珀よりもさらに上へと飛び、上段から斬りおとす。
【琥珀】「――っ!!…ああああああああああああああ!!!!!」
途端。堰をきったような琥珀の叫び。
――鼓動が一気に早くなる。何かが来る。殺される。父や母のように。
琥珀からみれば、逆光により、春蘭の姿が影になる。それが、過去の記憶を鮮明に再現する。
自分よりも大きな体。上から襲い掛かられる状況。それらが琥珀の中の何かをはじけさせた。
そして、初手に起こったような大気の爆発がまた起きる。
春蘭が放った一撃は琥珀の一瞬の居合いと衝突していた。
【琥珀】「がっ………はっ…」
だが、互いに空中にいたために、下にいた琥珀にすべての負荷はかかり、地へと叩き伏せられる。
琥珀が倒れた地面から、砂埃が彼女の体を一瞬だけ包むように舞い上がった。
【一刀】「……………琥珀?」
空中での様子に、一刀は少しの違和感を覚えていた。
しかし、そんな違和感も突き詰める暇もなく、春蘭が地へと降りてきた。
【春蘭】「今回は私の勝ちだったな!琥珀!」
倒れこむ琥珀に、春蘭は言い放つ。
以前負けた相手に勝利したことで、満足したのか、その顔はすごく満ち足りたものだった。
【琥珀】「………………。」
だが、彼女とは正反対に、琥珀は顔を伏せたまま言葉に反応することはなかった。
その様子に、周囲の者達も、決着を感じ取り、歓声をあげる。
”やはり夏候惇様が最強だ”
”曹仁様も強かったけど、やっぱり夏候惇様のほうが上だったんだなー”
話題になるものは、当然のごとく春蘭の勝利だった。
【琥珀】「………………。」
無言のまま、琥珀は立ち上がって、その場を去ろうとする。
【春蘭】「琥珀?どこへ行くつもりだ?」
【琥珀】「……………天幕。琥珀の負けでいい」
【春蘭】「…?そうか?」
琥珀の態度に、春蘭は疑問を抱くも、何が疑問なのかも分からず、見送るしかなかった。
琥珀がその場を去ると、周囲のざわめきも次第に治まっていき、話し声こそあれ、兵達は散り散りになった。
【春蘭】「華琳様!」
【華琳】「春蘭。お疲れ様」
華琳の近くに駆け寄ってきた春蘭に華琳は労いをかける。
【華琳】「よくやったわねといいたいけれど、あれはあなたの本来の戦い方ではないでしょう」
【春蘭】「ぅ……申し訳ありません…」
【華琳】「ふふ。まあ、いいわ。武の幅が広がった、ということでしょうしね」
笑いながらも、華琳はやはり春蘭を褒める。
分かりやすい性格。忠犬よろしく、春蘭の表情はころころとかわっていた。
【一刀】「……………華琳、俺ちょっといってくるよ」
【華琳】「……えぇ、分かったわ。」
詳しく聞かずとも、わかっているという風に、華琳は頷いていた。
勘の良さは相変わらず。もしかしたら、華琳も気づいていたのかもしれない。
一刀はそう思いながら、その場を後にした。
一刀が向かったのは、やはり彼女の天幕だった。
天幕ではノックすることも叶わず、一刀は中へ向かって声をかける。
【一刀】「琥珀~。いるかー」
少し大きめの声で話しかけてみるが、中から反応はなかった。
【一刀】「琥珀?いないのか?」
再度声をかけてみる。しかし、やはり反応はない。
仕方なく、一刀は天幕の扉を開いて中へと入っていく。
【一刀】「琥珀…?」
三度目の呼びかけ。
【琥珀】「………………」
返事は無かったが、姿はあった。
こちらに背を向けるように、寝台の上に座っていた。
【一刀】「なんだ、いたんじゃないか。」
少し安心しながら、一刀は琥珀へと近づいていく。
呼びかけようと手を伸ばす。
【一刀】「こは――」
【琥珀】「――――っ!!」
だが、その手が彼女の体に触れる前に、琥珀はこちらに振り向くと同時に、一刀から遠ざかるように後ずさった。
【一刀】「……琥珀?」
【琥珀】「………………!」
自分の腕を強くつかみながら、琥珀はこれ以上込められないほど力を込めて、目を瞑っていた。
よく見れば、つかんでいる手は少し震えている。
【一刀】「こ、琥珀?どうしt――」
見たことの無い琥珀の態度に、戸惑いながら一刀はもう一度、声をかける。だが――
【琥珀】「い………嫌………」
琥珀は何か呟いた後、また黙り込む。
首を振って、目を開けようとするが、何も出来ず、ただ縮こまっている。
【一刀】「……………。」
――何かに怯えている。けど、何に?
一刀はさっきの違和感を思い出した。
琥珀はどんな体勢でも攻撃の型に入れば、攻められないことなんてない。
それは、訓練の最中に嫌というほど思い知った。間合いの外にいようと、小太刀を投げたりなんてことまでしてくる。
琥珀が攻められない理由は春蘭が攻撃していたからじゃない。
その原因が目の前にあるような気がしていた。
琥珀はまだ震えている。
既に閉じられた目には涙まで浮かび上がっていた。
【一刀】「落ち着くまで、外に出てるから。大丈夫になったら声かけてくれ。」
思うことは色々あったが、今の琥珀はあまり見ていたくない。琥珀も見てほしくはないだろうとおもい、一刀は外へとでていった。
【琥珀】「………………。」
しばらく外で待っていたが、その日のうちに琥珀が出てくることは無かった。
―――夜中。
【琥珀】「…………。」
天幕の扉がゆっくりと開かれる。顔だけ覗かせるように、外を見る。
琥珀が出てきたのは結局日付が変わった後の夜中だった。
【一刀】「もう少し遅かったら風邪引いてたな」
【琥珀】「………いたのか」
【一刀】「待ってるって言っただろ。」
【琥珀】「……………」
一刀の言葉に反応することもなく、琥珀は一刀の隣に座った。
【一刀】「もう大丈夫なのか?」
【琥珀】「寒い。こんな中待ってるなんて一刀は変態か。」
【一刀】「俺の話を聞け。んで、俺は変態じゃない。自虐的な趣味もないしな」
【琥珀】「…………」
【一刀】「琥珀?どうし――はほふぁう…だあああ!!指で頬を突くな!」
ぐりぐりしてくる琥珀の手を振り払う。
【琥珀】「ち。」
【一刀】「舌打ち自重しろ」
【琥珀】「いて」
仕返しにデコピンをかましてやった。
【琥珀】「親父にだってぶたれたことないのにっ」
【一刀】「お前ほんとにこの時代の人間なんだよな?」
【琥珀】「この世に生まれて幾星霜……」
【一刀】「なんで戻るんだよ。未来側だよ、疑ってるのは!しかも星霜って何様だよ、お前」
【琥珀】「こはk「琥珀様ってのは無しだ。」―ちぇ」
【一刀】「はぁ………まぁ、大丈夫そうだな」
深く息をついて、一刀は琥珀から視線をはずした。
昼間の騒ぎが嘘のように、周囲は静まり返っていて、二人しか存在していないような錯覚さえ覚えてしまうほどだった。
琥珀は膝を抱えながら、腕に顔をうずめるようにしている。
俗に言う体育座り。
【一刀】「昼間、なんで攻撃しなかったんだ?」
少し間をおいて、一刀は気になっていたことを口にした。
【一刀】「琥珀ならあの状況でも攻撃はできただろ?」
【琥珀】「…………。」
琥珀は何も言わずに、首を数回横に振った。
ただ攻撃できないという意味だけではないような気がした。
【一刀】「………………。」
理由がありそうな気がして、「なんで。」と口に出そうとして踏みとどまる。
本人が言おうとしないことを他人が聞き出すものじゃない。
――そういえば、関羽との事にしても、今回の事も、俺は琥珀について何もしらない。
一刀は、そんな事を思うと、少し寂しさを感じる。
最近は常に一緒にいて、今も隣にいる彼女がひどく遠く感じた。
そんな風に思ったからだろうか。
【琥珀】「…………………なんだ?」
【一刀】「まぁ、いいだろ。寒いし」
俺は意識してか、無意識か。琥珀の手を握っていた。
【琥珀】「…………きも」
【一刀】「きもいとかいうなよ…」
少し落ち込んで、一刀は琥珀の手を離す。嫌がられちゃ仕方が無い。
一刀がそう思うと―。
【一刀】「ん…?」
【琥珀】「…………寒いから…仕方ない」
手を離せない。琥珀が握り返していた。
【琥珀】「きもいけど…我慢」
【一刀】「……そりゃどうも」
寒いという割りに、琥珀の手はずいぶん暖かくて、熱いと感じるほどだった。
しばらく二人して黙っていると、頬に冷たいものを感じた。
気になって見上げてみる。
【一刀】「ゆ…雪……?」
いつの間にか曇天と化していた空からは白い粒がゆらゆら降りていた。
【一刀】「そりゃ……寒いよな」
量はそれほどではない。降ったところで積もる前に解けて消えてしまうようなもの。
だけど、だからといって気温が暖かいわけではなくて。
【一刀】「そろそろ中入らないか、琥珀」
一刀は雪を見上げながら、呟いた。
しかし、その問いに返ってくる答えはなく、一刀は戸惑いながら隣に座る琥珀のほうに視線を移した。
【琥珀】「すぅ…………」
【一刀】「……………まじですか」
思わず空いている手で頭を抱えてしまった。
琥珀は手を握ったまま眠っていたのだ。
【一刀】「はぁ……まぁ、いいか」
ひとりごちて、一刀は琥珀を抱えるようにして立ち上がる。
【一刀】「う…………こ、琥珀って軽いほうだよな…?」
手を握られたままでは、不自然な体勢になり、一刀が人の体の重さを実感した瞬間だった。
なんとか抱き上げつつも、天幕の中へと運ぶ。
【琥珀】「んん………」
そんな途中で、琥珀は寝ぼけながら、一刀の胸に顔をこすっている。
【一刀】「…………おちつけ……おちつけ俺……こいつは琥珀。琥珀だ。」
念仏のように唱えながらも、一刀は寝台へと向かう。
気温が低いせいか琥珀の顔は少し赤みがかっていて、ソレが普段とはずいぶん違った表情となっていた。
うろたえつつも、寝台へと琥珀を下ろす。
布団をかぶせ、そのまま去ろうとしたが。
【琥珀】「ふふ……」
【一刀】「こ、コハクサン…?」
琥珀に握られたままだった俺の手はこんどはがっちりと両手でホールドされていた。
嬉しそうに俺の手をつかんでいる琥珀は寝息を立てながらも、すっかり落ち着いているようだった。
【一刀】「……………やっぱり」
そんな状況に苦笑いになりながらも、一刀は呟いて、その場に座り込んだ。
【一刀】「よくわかんないやつだよ、お前って」
ただ、こんな状況でも、悪い気分ではなかった。
■あとがき
皆さんこんにちはです。
少し時間かかってしまいました(´・ω・`)
こういうの書いてて思うんですが、キャラの普段とデレの切り替わる境目って難しいですね(´・ω・`)
ツンデレとかはまだ分かりやすいんですが、他の性質のキャラが思いのほか難しいε- ( ̄、 ̄A)
まぁ、拠点の数も限られてますし、全章通してもおそらくあと4,5回が限界ですから、もう2,3回やれば全員落とせるように持っていこうとは思ってます。
さて、他の方の小説とか読んでるとたまに考えるんですが、やぱり皆さんプロットとかに基づいて執筆されてるんですよね。
というのも、実は自分そういうのをつくたことが無いので(ォイ
頭の中に所々の大事なシーンとかの構想はあるけれど、特にだからこうやって~みたいなのがなくて。
やっぱりその辺ちゃんとしたほうがいいのかなぁ…とか思ってる今日この頃です。
では、次回桂花拠点ですね。
まぁ、おそらくドタバタな展開になるとは思いますが、桂花をどこまでデレさせようかも考えているところなので、作者もどうなるか(ぁ
まぁ、桂花のセリフ回し考えるのは楽しいですし、がんばります。(テラドS)
ではでは、また(`・ω・´)ノ
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拠点、琥珀√です。
桂花と同時作成してたら、こっちが先に出来上がったので(’’
しかし、洛陽あたりの地方ならこの時期でも雪降る…よね?
んでもって、琥珀が着実にデレに近づいてr(
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