文化改革以前の赤服と赤鼻のクリスマスのお話
「トナカイのためのサンタのお話」
身も凍るような風が吹いている。温度は、ファーレンハイト尺で20度ぐらいか。温度計も無い国にただの知識があっても意味は無い。
「遅いな…」
赤服の男は薄暗くなった空を眺めて、白い息を吐き出す。
はー はー
男の呼吸が動くたび、白い息が口から飛び出す。
男が待っているのは相棒。
その男の真上から鈴の音が綺麗な音色を響かせ聞こえてくる。
この合図は、赤鼻の相棒のものだ。赤鼻の相棒は冷たい地面に降り立ち、身震い。
「お待たせしました」
大きな角を二本で四足。男と同じ真っ赤な服を着て、後ろには大きなそりを引き摺っている。その赤服もところどころ破れていて、白いファーの部分は汚れてしまっている。大分長旅で疲れているのか、赤鼻の相棒は呼吸がずいぶん荒い。
「今度はどこまで行って来たんだ?」
一息おいて、労いの言葉をかける前に、赤服の男が悔しそうに白い息を吐いた。
「辺鄙な国ですよ、南の南の…最南端の国で、紛争が起きている国でした。それは酷いものでした。紛争に巻き込まれて、沢山の人が死んでいます。中には小さな子どもまでいました。そこは、子どもたちが沢山いる国なんです」
赤鼻から大きな鼻息が獣のように、ぶーっと出る。
赤服の男の顔が強張る。何か申し訳なさそうな表情を見せて俯く。
「でも、あなたのこと信じていましたよ」
「そうか……」
「信じてれば来るって、寝床に紅い大きな靴下を吊るしていました。子どもたちは、あなたのことを信じて、笑って話していました。可愛い寝顔でした」
ニッコリと赤鼻の相棒が嬉しそうに笑う。
「プレゼントはちゃんと渡せたのか?」
「はいっ、全部渡しました。一晩で配るのはさすがにしんどいので、時間を止めてやりましたっ」
時間を止めるのが、どれだけ大変な労力を使うことなのか、赤服の男は知っていた。
「…ま…」
ボソリと、白い息を赤服の男が吐く。
「は?」
その声はあまりに小さく、低い声だったので、風の音で消されてしまった。そのせいか赤鼻の相棒には聞こえなかった。
「すまん……」
もう一度はっきりと。
「すまん」
もう一度、今度は大きく。
「すまん!!」
いっぱいの悔しさをこめて、大きく赤鼻の相棒に頭を垂れた。表情は紅い帽子に隠れて見えない。
「なにを言っているんですか?」
一瞬、空気が凍った気がした。二人の間で沈黙が流れる。
赤服の男は、相棒に見られないように、夜空を見上げて、告白した。
「オレが力を失ったせいで、飛べなくなったせいで、時間を留められなくなったせいで、子どもの気持ちがわからなくなったせいで!」
「オレの代わりに、お前がプレゼントを配ってくれて! 役に立てない」
赤服の男にはもう、魔法が使えなくなっていた。それは、そりに乗ることも、プレゼントを渡すことも、相棒と一緒に空を飛ぶことも出来なくなったことを指す。
何故かは知らない。気づいた時にはもう何も出来なくなっていた。
それはサンタのいないトナカイ。サンタがプレゼントを運ぶのではなく、誰も乗り手のいないそりを引くトナカイが運び、配っていたことになる。
赤鼻の相棒が赤服の男を優しく見つめている。
「いいんです」
「いいわけあるかッ!!」
星空が、煌いていた。そのせいか夜なのにはっきりと顔を確かめることが出来た。
赤服の男は泣いていた。
「サンタさん、いいんです」
「いいわけあるかッ!!」
赤服の男が、間髪いれずに叫んだ。
「お前に任せて、お前がどんだけ傷ついてると思ってるんだ!!」
相棒の両の足を見る。ぐるぐる包帯。
相棒の背中を見る。赤服の色ではない黒ずんだ血。
相棒の顔を見る。いつのまにか角の片方がない。
きっとそれは紛争の国で銃弾をくらったせい。きっと爆発に巻き込まれたせい。きっと子どもたちを助けたせい。
「ばれちゃいました? 角は魔法で隠していたんですけど、もう隠せる力もないみたいですね」
赤鼻の相棒が笑っている。
「本当なら、オレが傷つくはずなんだ。お前がどうして」
赤服の男は、相棒の近くまでいって、傷ついた体を抱きしめる。体から伝わる妙な冷たさと獣臭い匂いの間に、血の匂いがした。
「恥ずかしいです、やめてください。サンタさん、私はね、あなたの相棒です。あなたが望むなら、どこだって行きます。だってそれがあなたのためで、子どもたちのためなんですから」
もう赤服の男には分かった。
赤鼻の息遣いと体を見て、もうあまり力が残されてないことに。
「なあ、お前がほしいプレゼントってなんだ?」
「内緒です」
そう言って苦しい吐息を出す。あまりにも辛そうなその声とは裏腹に、顔は笑っていた。
「あははは。なんだそれ、頼むから言ってくれ」
「本当はあります。でも、それは言えません。私の欲しい物は、いつかあなたがくれると信じてますから」
「オレが? プレゼントも配れないオレがか?」
「はいっ、あなたなら必ず」断続的な息遣いだった。
赤鼻の相棒の下の地面がもう真っ赤になっていた。
「あの、もう眠っていいですか?」
「ああ」声がかすれてしまった。
「疲れちゃって、もう目を開けなくてもいいですか」優しい声。
「ああ」もう言葉にならない。
「くたくたなんで、春になったら呼んでくれますか」
「ああ。 相棒、今までありがと…」
「! あははは。それだけ言ってくれればいいです」
「ありがとう」
そう言ってもう一度、赤服の男は、わざと相棒の姿を見ずに体を翻した。
赤鼻の相棒は、その言葉の温かさを知った。その言葉の気持ちを知った。その言葉の悲しみを知った。
その一瞬の後、赤服の男の後ろで、ドサッと何かが倒れる音がした。
「くそったれ、ちきしょう…」
必死にこみ上げる思いを我慢して、空を見る。綺麗なトナカイ座が大きく光っている。
あの星座になれるだろうか、と一瞬考えた後、我慢ができなくなってしまった。
「……ッ…ッ……」
その男の周りには、モミの木をくりぬいて作った十字架が幾つも幾つも地面に立っている。数え切れないほどの十字架。
「何回目だ…」
それは墓標だった。そのどれもが一年ごと一年ごとに、年代が振られている。中にはもう古くなりすぎて彫ってある文字が読めなくなっていた。その墓標に名前は全部記されていない。ただどれも綺麗花束と様々なプレゼントが十字架の前に置かれていた。
それはその時代毎の相棒がプレゼントして欲しかったもの。それが捧げられている。
「メリークリスマス、相棒……」
そうやって赤服の男は毎年、相棒に言われたプレゼントを添え続けている。
END
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少しだけダークな童話を描いてみました。
もともとあった童話は今のようなハッピーエンドばかりではなくダークで残酷な童話だったみたいです。
そんなはなしを聞いて、「サンタクロース」を題材に
ちょっとだけ切ない話にしています。