7月の単行本でまっさきに取り上げたいのが、本連載の第1回めで1999年の個人的ベスト漫画の一つとして取り上げた、花輪和一の刑務所漫画シリーズが単行本化されたこと。「刑務所の中」(青林工藝舎)である。「構想〜年」とかいううたい文句の作品は珍しくないが、「懲役三年!」と書かれる作品はまずめったにないだろう。この作品は、拳銃不法所持により三年間の懲役を課せられた花輪和一自身の獄中風景を描いたものである。刑務所漫画といえば、脱獄だの判決に対する憤りだの罪悪感だの、普通は陰鬱なイメージがあるものだが、この作品にはそういう影がまったくない。ちょっと変わった面白い生活の場所としての刑務所での生活を、興味深く見つめてこと細かに描写するのみなのである。与えられた生活に満足し甘受する腹の据わりっぷりは、さすがに花輪和一先生といったところ。作品の中では、とくに食い物に関する描写の執念深さはすさまじい。いわゆる「くさいメシ」をここまで丹念に、うまそうに描いた漫画は史上初であろう。とくにたまにしか出ない甘いものについての描写は絶品で、羊羹とか甘納豆とか食いたくなること疑いなし。徹底した現状肯定の視点による細かな観察に圧倒される。
それから小田ひで次「クーの世界」1巻(講談社)。中学校に入学したばかりの少女・林 麗寧(はやし・れねい)は、夜寝るたびに、死んだはずの兄そっくりな「クー」という青年が暮らす世界を歩き回る夢を見るようになる。この夢は、起きてまた寝ると前回の夢の続きから始まるという「つづき夢」だった。昼間は学校生活、夜はクーの世界での旅という二重生活が始まる……といった感じの物語。まず驚くのが、小田ひで次のペンタッチの緻密さ。細かい線を集めて圧倒的なボリュームになるまで描き込んでいる。隅々まで神経の行き届いた作風は実に完成度が高い。ファンタジーごころあふれるストーリーはとてもいい雰囲気だし、締めくくりも鮮やか。1巻の段階で第一部が完結しているので、この1冊だけでも十分この世界を満喫できるはずだ。なお、待望の第二部も「アフタヌーン」9月号(講談社)からスタートしている。そちらも合わせて読んでみてもらいたい。
少年誌系では、6月7月でハロルド作石「BECK」3、4巻(講談社)が相次いで発売された。本連載第2回めのときに1巻を紹介したが、その後もとても面白くお話は展開している。この作品は、コユキと呼ばれる冴えなくてイジメられがちだった少年が、音楽、そして友人たちと出会いながら成長していく物語である。いろいろと脇道にそれたりしながらも、着実に腕を上げていくコユキの姿が頼もしく、これからどんな演奏を見せてくれるのだろうとワクワクしてしまう。少年の成長物語としてはとてもオーソドックスで(ロック漫画としてはあんまりオーソドックスではないのだろうが)、それだけに揺るがない強さのある作品。お話の進め方がうまいので、読みやすいのも良い。今最も、早く続きが読みて〜と思う漫画の一つ。
それから、少年誌系では4コマギャグの施川ユウキ「がんばれ酢めし疑獄!!」の1巻(秋田書店)が出た。タイトルからしてなんだかクセモノという感じだが、素っ頓狂なネームの数々に思わず笑わされてしまう。意表を衝くセリフなど、ギャグ漫画家としてのセンスの良さを端々から感じさせる。例えばタイトル部なんか毎回、「君のメロディーで歌えばいい。がんばれ酢めし疑獄!!」「テクニシャン。がんばれ酢めし疑獄!!」といった調子。手抜きっぽいけど味のある絵柄もグッド。抜群にナンセンスでこりゃいけまっせ。
個人的に待望の単行本、阿部秀司「エリートヤンキー三郎」1巻(講談社)が発売。県内最強の不良兄弟、大河内家の三男として入学してきた三郎。彼自身は普通の高校生なのだが、大河内兄弟の弟ということで周囲から恐れられ、あれよあれよという間に番長としてまつりあげられてしまう。自分にはその気は全然ないのにヤンキーどもに囲まれて、最強伝説を作られていってしまう三郎の姿がやたらと面白い。ヤンキーがゾロゾロ何十人も勢揃いして歩いてる姿とか、三郎の鼻血ふきっぷりとか、ヴィジュアル的なインパクトもかなり強烈。キャラクターでは三郎軍団の副総長を自称する河井の活躍が光る。ゾクでもチーマーでもなく、あくまで学校の内部だけで管をまき、頭は悪いけど根はそんなに悪くもないヤンキーたちの姿は、ダサいけどどことなく懐かしい。だからこそ「エリートヤンキー三郎」は殺伐とせず楽しく読める。
吉田基已「水と銀」1巻(講談社)も好事家の間で話題になった作品。2郎して芸大に入り今6年生の亜藤森、それからやたらちんまりした不思議な雰囲気を持った女の子・桐生星。この二人が出会い、恋人になるところから始まり、その周囲の人たちの恋愛にも話が及んでいくラブ・ストーリー。まあ正直なところ主人公はけっこう自分勝手でいい加減で女たらしだし、展開的にも納得できないところはあるけれども、絵も含めた全体の優しげな雰囲気は読み手の心の隙間にスルリと入り込んでくる。人によっては釈然としないものを感じるとは思うけど、それでも読ませてしまうだけのものはある。やはりそれは、瑞々しくて暖かげな絵の効果がデカいのだろうなあ。なんだかんだいったけど、読んでみるとけっこう面白いことは確か(とくに第3話あたりはほろりとくる)。まあ恋愛なんてもんの受け取り方は人それぞれ。恋愛的青春漫画の新たなタレントとしてこれからも要注目。
こがわみさき「魅惑のビーム」(エニックス)は、「ステンシル」に掲載された恋愛モノの短編をまとめた作品集。線の整理された心地よい絵柄で、とても端整なお話を描く。読後感も暖かく爽やか、かつかわいらしいものが多い。掲載誌のステンシルが「オトコノコにも読んでほしい」とうたっているだけあって、この作品も男読者にとってわりと読みやすいタイプの作風となっている。
筑波さくら「目隠しの国」2巻(白泉社)。もともとは「LaLa DX」(白泉社)での連載だったのだが、現在は「LaLa」本誌での連載になっている。触れた人の未来が分かってしまう能力の持ち主である女の子・かえで。それから逆に過去が分かる男子・あろう。この二人に、さらにもう一人未来が見える男子の並木を加えて展開される物語。端整な絵柄そのままに、お話もさっぱりとしていてとても気持ちのいい読み心地。特殊能力の設定を生かして、毎回爽やかで前向きなお話に仕上がっている。
それから山下和美「ガールフレンズ」の2巻(集英社)も出た。今回は、「天使みたい」「マーブル・フレンド」「BARA BARA」の3本が収録されているのだが、とても面白くてうなってしまった。とくに「天使みたい」の出来が素晴らしい。これは双子の姉妹、はるかとかなたの物語である。かなたは子供のころに交通事故で死亡するが、ロボット工学者であった父母は彼女そっくりのロボットを作り出す。はるかが成長するのに合わせて「かなた」のボディも少しずつ作り替え、二人は記憶を共有しながら成長していく。自分が自分だけで存在していない、自分は「はるか+かなた」という人格の半分でしかないという意識にコンプレックスを抱くはるかの心情の描写や、中盤のグイグイ引っ張る展開、それからラストのほろりとくるような締めくくりなど、見事というほかない。お話としては各作品それぞれ独立しているので、1巻を買ってなくても十分楽しめるはずだ。>>次頁