■単行本化してくれ! な作品たち
さてさて、最後はまだ単行本化されていない作品についての話である。もう掲載雑誌は新刊では手に入らないので「今さらそんな話をされても……」と思うかもしれないが、どういった雑誌から面白い作品が出てきているかといったことは、ある程度分かってもらえると思う。こういう作品を読み逃さない方法といったら……うーん、やっぱり雑誌を読んでもらうしかないかな。
・蓮古田二郎「しあわせ団地」
別冊ヤングマガジンで連載されている作品。ときおりヤングマガジン本誌にもスポット的に登場する。
このお話は、じめじめした団地の一室でひっそりと暮らす若夫婦の物語。家計は妻がパートに出てかろうじて支えられている。この夫がどうしようもないダメ人間で、まったく働く気がなく、日がな一日、ずっと全裸で部屋の中でくだらないことをしている。いろいろ文句を言いつつも、結局はこのダメ人間に惚れ抜いている妻も、やはりこれはこれでダメ人間であろう。この夫妻の、ダメダメな生活をぬったりと描く。その濃厚によどんだ、でも陰湿でない空気は得も言われぬ迫力さえ感じさせる。
本誌にまで登場するくらいだから、きっと単行本化されると信じているが、どうなるものやら。
・武富智「ほしにねがいを」
ヤングジャンプ増刊漫革 2/20 Vol.19(集英社)に掲載された作品。たった12ページの作品ながら、少年と少女の触れ合いを美しく描いた佳作。目の前で車にひかれた男の携帯を拾った少女が、その男の息子からかかってきた電話をとる。寂しい少女と悲しい少年の出会った一瞬を、ギュッと引き締まった構成で描き出す。
余分なところがなく、作風は研ぎ澄まされている。スッキリとした描線、爽快な質感を感じさせる作画はとてもクオリティが高いし、短いページ数の中でお話を作ってきっちり見せるだけの構成力も持っている。
ヤングジャンプ系の若手では、現在最も楽しみな人だが、残念ながら単行本はまだ出ていない。すでに何本か読切作品を描いているので、ぜひここらへんは1冊にまとめてもらいたいものだが。
・作:高見広春+画:田口雅之「バトル・ロワイアル」
太田出版から刊行された高見広春「バトル・ロワイアル」が漫画化された。孤島に中学生42人が連行され、国家のプログラムに従って、島を舞台とした勝者一人を決定するクラスメイト同士の殺し合いバトルをさせられる……といったストーリーだ。息もつかせぬアクションシーンの中で、中学生らしいロマンチシズム、ささやかな恋などが展開され、実に読ませる作品であった。かなり話題になった作品でもあるので、ご存じの人も多いだろう。
田口雅之は週刊少年チャンピオンの「バロン・ゴング・バトル」で名を上げた、パワフルなアクションを得意とする漫画家である。「バロン・ゴング・バトル」も豪快なアクションで、見事にエンターテインメントした作品であった。
この二人が手を組んで「バトル・ロワイアル」が漫画化されたわけだが、今のところの印象としては、作画および演出がちと濃厚すぎる気がする。ただ物語はまだ始まったばかり。田口版「バトル・ロワイアル」がどのような形を取っていくのか興味深く見守っている。
小説のほうは間違いなく傑作なので、未読の人はぜひ。
・高橋ツトム「鉄腕ガール」
コミックモーニングで連載中の、戦後間もない日本での女子プロ野球リーグを題材にした物語。白人相手のコンパニオンをしていたヒロインが、酒場に来た男に誘われ、女子プロ野球のマウンドに登ることになる。
「地雷震」で、そのシャープな描線やドラマティックなストーリー運びが話題になった高橋ツトムの新作。背筋のシャンと伸びたヒロインが、強くしなやかで美しい。
・三田紀房「甲子園へ行こう!」
漫画ゴラクで「クロカン」を連載中の三田紀房がヤングマガジンに登場。最初は別冊ヤングマガジンでの掲載だったが、現在はヤングマガジン本誌で連載中である
タイトルどおり甲子園を目指す高校球児の物語。主人公は一年生投手。別にものすごく速い球があるってわけではない。豪快きわまりない打撃を持っているわけでもない。ただ野球が大好きな、実にそこらへんのどこにでもいそうな高校球児である。戦術や、監督の指導法、トレーニングもオーソドックスだ。この漫画の特徴はそこにある。
奇策を使うわけではなく、ズバ抜けた天才も出てこない。実際の高校野球を見れば分かるだろうが、松坂や江川、松井みたいな恐ろしいほどの才能を持った選手はそうそういるもんじゃない。エラーもするし、ちょっとしたことでアタフタしたりもする。高校野球漫画に出てくる球児たちはえてして才気にあふれている。最初は一見才能がなさそうに見えた選手でさえ、なんだかんだ理屈をつけて底知れない才能を見せたりする。そう、野球がうますぎるのだ。
しかし、この漫画に出てくる球児たちは、実にホンモノらしい。うますぎもしないし、下手すぎもしない。地味ながら、しっかり構築された物語は実に生っぽいし、野球をしている選手たちのメンタル部分の動きをしっかりと描写している。
・室井大資「海岸列車」
コミックモーニング 3/19 No.13(講談社)に掲載されたMANGA OPEN大賞受賞作。
ヤクザの抗争に巻き込まれて、旅行中の老夫婦の夫が殺害される。相手はヤクザだけに、遺族も騒ぐことはできない。しかし、長年連れ添った妻である老婆は絶望に沈み、強烈な衝動を胸の中に抱え込んでいく。一方、その孫ミノルは不幸な家庭環境でありながら周囲の眼は冷たく、学校ではずっとイジめられていた。頼るものもない二人の怒りは、ある日突然爆発する。しかし、それは深い悲しみに満ちていた。
ハードで重いストーリーを、確かな作画力と構成力でシッカリと読ませる。鬱屈した気持ちをうやむやにせず、安易に逃げずに克明に描き出す。グイグイと引き込まれて読んだ。染み入るような悲痛さに満ちたラスト数ページは、思わず涙がこみ上げてくるのを感じた。正統派な強さのある作風で、かなりの実力の持ち主。今後に強く期待したい。
・紺野キタ「あかりをください」
きみとぼく3月号(ソニー・マガジンズ)掲載。若い義父、妹と一緒に暮らす女の子の物語。紺野キタといえば、すでに休刊したコミックFantasy(偕成社)で「ひみつの階段」という女子寮モノの作品を描いていた人だが、その持ち味は端整で上品、そして清潔感のある絵柄。柔らかいタッチの描線で、女の子たちの姿が、キラキラ眩しく描けている。かなりの実力者なので、これからも継続して登場してほしいもの。
なお、きみとぼくは少女漫画雑誌の中では注目している本の一つ。創刊当初はイマイチなところもあったが、だんだんと自前の作家を登用していき、瑞々しくて活気のある誌面になってきた。これから少女漫画に手を出してみようという男性読者にも、比較的読みやすくオススメできる。
とまあここまで紹介してきたが、今回名前を挙げたのは、とくに強烈に印象に残った作品だけだ。コンスタントに面白くて、あえて名前を挙げるまでもないかなと思った作品とかは除いてある。それでもこのくらいの作品数は出てくるのだ。ここで挙げた作品が、皆さんのアンテナにどのくらい引っかかってくるかは分からないけど。まあ、多少は参考になってくれれば幸いだし、これを読んで「ほかにもコレがあるじゃんよー」とか思った方々がいらっしゃったら、筆者にそういう面白い作品を紹介してくれたりするともっと幸い。
ではまた来月!
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