TINAMIX

まず、吉田まゆみと西谷祥子に対する宮台真司の理解図式を整理しておこう。宮台は、吉田まゆみと西谷祥子の類似性を指摘した上で、西谷祥子の特徴を「そこで提示されていたのは＜私＞をめぐる関係性ではなく、若者としての＜我々＞をめぐる関係性モデル」であると説明した。要するに、西谷祥子の方には＜我々＞という「共同体」の要素が強いのに対し、吉田まゆみの方は＜私＞という「個人」の要素が強いということである。ポイントは、「我々」と「私」の違いであり、これは「共同体」と「個人」という二項対立の問題として理解できる。確認してみよう。

西谷祥子の名作『レモンとサクランボ』[図1]を読み直してみる。＜我々＞という共同体の観点から、ここに３人の異質な「他者」が描かれていることが注目される。

図2『レモンとサクランボ』(c)西谷祥子

一人目の他者は「外国人」である。『レモンとサクランボ』には、白人が黄色人種である日本人を徹底的に差別するエピソードが登場する[図2]。人種間のディスコミュニケーションは、解消されることなく終わる。2人目は死人である。物語の終盤、クラスメイトの兄とその婚約者が死ぬ[図3]。ここに描かれているのも徹底的なディスコミュニケーションである。

図3『レモンとサクランボ』(c)西谷祥子

最後の他者は「おとな」である。『レモンとサクランボ』の登場人物たちには、自分が未熟な存在であるという自覚がある。自分たちの世界とは違う「おとなの世界」というものがあって、その世界のことは自分たちには理解できない（ディスコミュニケーション）という自覚がある。西谷祥子の＜我々＞とは、そのような「他者」に輪郭づけられた「学校」という閉鎖空間の中における＜我々＞の共同体である。

物語の最後、主人公の礼子はクラスメイトの外国への船出を見送りながら、「わたしたちも船出するわ」と誓う[図4]。「船出」が＜おとな＞になることのメタファーであるのは言うまでもない。<子ども>たちは共同体の外の世界と徐々に接触し、＜我々＞の世界からいつか離脱することを予感する[図5]。「国家」「死」「おとな」という他者。そのような他者に囲まれて境界が定められているからこそ、＜我々＞という共同体が想定できる。宮台の「＜若者＞という自己意識は常に、＜大人＞や＜体制＞との差異によってようやく意味を持つ＜我々＞意識」という指摘は、この状況を説明している。

一方、吉田まゆみのマンガには「他者」は登場しない。民族問題もない。障害者も登場しない。誰も死なない。＜おとな＞もいない。あるのは、一億総中流テーゼ以後の物質文明の中にいる等質な＜我々＞であり、その等質性を前提とした＜我々＞内部での差異である。だからといって吉田まゆみのマンガが劣っているというわけではない。卓越した描写力によって80年的状況を浮き彫りにしたからこそ、60年代との違いが明確になる。80年代は、＜我々＞をとりまく環境が同質化した（という物語が流布した）。だからこそ、＜我々＞内部の差異に敏感になる。吉田まゆみは＜我々＞内部の差異をリアルに描写した。西谷祥子が「共同体」の境界を強く意識した＜我々＞を描いたのに対し、吉田まゆみは共同体の輪郭が喪失された後の「個人」を描いたというわけだ。宮台が見た西谷祥子と吉田まゆみの違いは、ここに由来する。

ただ、西谷祥子が本当に「個人」を描かなかったのか、吉田まゆみが本当に「共同体」を描かなかったのか、もう少し詳しく検討してみよう。＞＞次頁