ギャルゲー小特集
TINAMIX
==========

4.リーフ以後――主に『ONE』について

許された紙数も後わずかしかない。それゆえ残りは、リーフ以後価値的と思われた作品について、駆け足で解説することにしよう。

☆『ONE〜輝く季節へ〜』(98年タクティクス)

私はこの作品を次の四点から評価する。

  1. 巧みなメタフィクション性
  2. 「永遠」という隠喩の効果
  3. 『To Heart』への批評意識
  4. 快楽原則から逸脱したシナリオ

第一のメタフィクション性について。12−3月までの四ヶ月間を、前半のコミカルなパート、後半のシリアスなパートに分けて進行する『ONE』は一見、六人の女の子との日常を描いた何気無い恋愛ノベル系ゲームに見える。しかし実は主人公はもうこの世界には存在していない。作中で主人公――折原浩平は「永遠の世界」と呼ばれる謎めいた世界にいることが断片的な挿話より明らかにされる。つまりゲーム内の四ヶ月間は、折原浩平が思い出を反復する視点、この世界との関わりを失った幽霊の視点で語られているわけだ。よってプレイヤーがハッピーエンドを迎えない限り、浩平の追想はそれこそ永遠に反復される。ゲームシステムを最大限に生かして、メタフィクション性を獲得した作品としては『YU−NO』(96年エルフ)が思い浮かぶが、『ONE』は独特な抒情性にオリジナリティを感じる。

第二に「永遠」の隠喩は、別種の死を意味するものと解釈される。私の考えでは『ONE』は、折原浩平の自意識のレベルを「僕はここにいても良いのか」と存在理由を求める種類の不安ではなく、「僕はここにいるだろうか」「僕はここにいないだろうか」の間を激しく往復する、ダブルバインドな問いかけが生み出す不安に置こうとしていた。それを表象するにあたって「永遠」の隠喩は、自殺や分裂病などの具体的事実で語ることを巧妙に回避し、安易に死を内面化させなかった。「永遠の世界」がほとんど説明不足だったのは、その点で完全に正しい。多くを語れば語るほど、隠喩は機能を失っただろう。

第三に『ONE』は『To Heart』の模倣にしか見えない要素を多く持つ。しかし微妙な差異が、むしろそこに潜む批評性を浮かび上がらせている。具体的には前半のコミカルパート。とりわけ麻枝准が担当した部分のギャグセンスはかなり高度だ。これは日常会話をメインにシナリオを書かなければならないという、『To Heart』フォーマットで作られるゲームの制約を逆手に取ったものとして評価できる。実際プレステ版が出るまでは、『To Heart』においてギャグを中心としたコミカル要素はまだ弱かった。

第四にヒロイン長森瑞佳のシナリオは快楽原則からの逸脱として評価できる。実際にはユーザー人気のきわめて低い同シナリオだが、その結果は単にユーザー側の読解力に問題があると私は考えている。細かく言及しよう。まず同シナリオが佳境にさしかかるにつれ、折原浩平は、プレイヤーが「そんなこと絶対したくない」という行動を長森に対してとり始める。プレイヤーはそのような酷い選択肢を選ばないと長森とは決して結ばれない。この時点で、浩平とプレイヤーは深刻な分裂状態に陥るわけだ。しかし小説空間において、一人称は常に語る私/語られる私に分裂することを強いられている。同一性は保たれるものではなく、むしろ脅かされるものとしてある。つまりシナリオ中盤以降、浩平の一人称描写は小説空間における「語る私」に相当し、それを肯定出来ないもう一人の浩平=プレイヤーは分裂し、「語られる私」=浩平の心理面を担うことになる。長森に酷い行動を取り続ける浩平、その行動に心を痛めるもう一人の浩平=プレイヤー。この両レベルへの分裂が、長森シナリオの「じれったさ」「もどかしさ」「狂おしさ」を生み出している。快楽原則(例えば里村茜シナリオにしかけられた伏線)に従わないこの種の試みは、それ自体高く評価されてよい。

以上のように私はリーフ以後の作品として『ONE』を大変高く評価している。しかし他方では、不満も感じている。家族を持たない折原浩平が、失われた家族愛を再生させること、つまりこの世界に自分を繋ぎとめる絆(恋人=母の代理)を得ることで現実世界に復活するという物語の筋は確かに良い。しかし同一性のゆらぎ(記憶喪失/幽霊化etc.)と、その安定化(ハッピーエンド)――に図式化されてしまうシナリオ展開は、それ自体凡庸なものでしかなく、物語の円環はそこで閉じる。同じスタッフが独立して発表した『Kanon』(99年key)が『ONE』と比較して、いささか期待外れな出来に落ち着いてしまったのは、この図式をあまりに盲信しすぎたからだろう。例えば『Kanon』では「永遠の世界」に見られた巧妙な隠喩の戦略がそっくり抜け落ちている。『Kanon』は「奇跡」をキーワードに物語が展開し、収束する。しかし「奇跡」はそこで何も隠していない。冒頭から断続的に繰られる夢のような、ポエムめいた言葉が、多くを語り尽くしてしまっており、残念なことにゲームを始めて半ば、物語への興味は失われる。とはいえ見るべき点はいくつかあったので――例えば川澄舞シナリオのコミカル描写は相変わらず秀逸だし、沢渡真琴シナリオの喪失感は安易に死を内面化する他シナリオとは一線を画す――個人的には次回作に期待したい。私はまだ、私自身の「Mes」を置くことは出来ないと思っている。

EOF

ONE 〜輝く季節へ〜 パッケージ


Mes
オランダ語。手術・解剖などに使う鋭利な小刀のこと。


*

*
prev
7/7 next